ソードアート・オンライン パラダイス・ロスト   作:hirotani

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初めまして、hirotaniと申します。pixivにも投稿しています。楽しんでいただければ幸いです。


前編
プロローグ


 そこは楽園のはずだった。

 百の階層に及ぶ空飛ぶ城。その中には街、草原、森林、湿原、雪原、砂漠、山岳が広がり、住人たちは飽くなきまで探検することができる。

 道を阻むかのように現れるモンスターが冒険に適度な緊張感を、戦いの勝利は現実では味わえない達成感と爽快感を与えてくれる。

 その世界に住人の肉体は存在しない。

 そこはゲームの世界。プレイヤーの脳から発せられる信号をネットワーク上に送り込むことで訪れることができる世界。その世界で動く肉体もまたデータであり、本物の肉体は現実の世界で眠っている。

 だが、その世界は現実とゲームという決定的な隔たりを超えた。コントローラーなど存在せず、プレイヤーは仮初めの肉体を自らの意志で動かし、現実では所持を許されない剣を振ることができる。

 2022年。文明を発展させ、高度な社会を維持するためにあらゆることを制限された人類は、仮想世界にて楽園の創造を実現させた。

 楽園の名は、浮遊城アインクラッド。

 その城が存在する冒険の舞台。

 ソードアート・オンライン。

 その名は楽園の名として、科学の英知の結晶として語り継がれるはずだった。

 ソードアート・オンライン、略してSAOのサービスが開始された2022年11月6日、全プレイヤーが第1層始まりの街の中央広場に集められ、このゲームの開発者でありゲームマスターの茅場昌彦がSAOの「本当のチュートリアル」を始めた。

 チュートリアルで、茅場は新たなシステムを追加した。

 

 1、ログアウトコマンドの消滅により、自発的なログアウトは不可能。

 2、アインクラッド最上層のボスを倒せばログアウトすることができる。

 3、SAOの世界でHPが0になると、現実でプレイヤーが装着しているヘッドギア型ゲーム機ナーヴギアから強い電磁波が発生し、プレイヤーの脳組織が焼き切られ死亡する。

 4、外部から強制的にナーヴギアの停止を試みた場合も、電磁波によってプレイヤーの脳は焼き切られる。

 5、プレイヤーは事前に計測した身体データを基に、現実と同じ容姿のアバターで攻略を行う。

 

 この5つのシステムが、SAOプレイヤーたちの運命を決定づけた。

 即ち、ゲームでの死は現実の死に直結する。

「これは、ゲームであっても遊びではない」

 茅場が告げたその言葉は、デスゲームの開始宣言だった。

 多くのプレイヤーがパニックに陥った。茅場の言うことはでたらめだと叫んだ。ゲームオーバーが現実の死に繋がることを証明することはできない。だが同時に、彼らは現実の世界に戻ることもできなかった。実証可能な片方の事実だけでも、プレイヤーたちを絶望させる十分な材料になった。

 デスゲーム開始から1ヶ月、モンスターに敗北しHPが尽きる者たち、ログアウト不可能な状況に絶望しアインクラッドから身を投げる者たちが続出し、既に犠牲者は2000人を越えていた。

 更に、サービス開始前のベータテスト出身のプレイヤーが自分の生存を優先して攻略を進めたことが、死を恐れて萎縮する者たちの反感を買い、両者の間に確執を生んでいた。

 たった1ヶ月で、楽園と謳われた世界は地獄へと変貌した。

 

 ♦

 

 夕暮れの草原で、少年は茜色に染まった空を睨みつけた。

 正確にいえば、空のみならず目の前に広がる草木や、アインクラッドを支える柱。視界に映るもの全てを睨んでいた。

 草原に吹く風が、草と少年の髪を揺らす。少年はその風さえも不快だった。

 歩くたびに足裏には草を踏む感触が、草が擦れる音が耳孔に響く。

 何もかもが紛い物だ。ナーヴギアによって遮断された脳の信号がこの世界に送られることで起こる現象だ。現実の体は、きっとどこかの病院のベッドの上で寝ている。

 自分のHPが表示されている視界の隅で、何かが動いた。

 近付いてくるそれは、イノシシのモンスターだった。第1層では雑魚モンスターとして多く徘徊していだが、この第38層ではそれなりの強さだろう。

 少年は、装備しているコートのフードを深々と被った。戦う前にいつもしている、儀式のようなものだった。

 モンスターが突進してくる。標的は間違いなく少年だ。少年は腰に提げたホルダーから剣を引き抜いた。姿を現した刀身が、夕日に反射して鈍く光る。

 モンスターがこちらとの距離を詰めてくる。少年は歩いたまま、剣を軽く素振りする。

 モンスターがこちらに突っ込んでこようと跳躍した。その牙を少年の体に突き刺そうと迫って来る。

 だが牙よりも早く、少年の剣先がモンスターの額を貫いた。一撃でHPが尽きたイノシシモンスターの肉体が色彩を失い、ガラス細工のように砕け散った。

 やっぱり雑魚だった。ソードスキルを使うまでもない。

 ガラスの破片が消えゆく様子を見ながら、少年は剣を鞘に収めた。

 今日もいつものように日が暮れて夜が訪れる。

 他のプレイヤーたちは、あの夕日に何か想いを馳せているだろうか。

 悪夢が始まったあの日。

 自分たちがこの箱庭の世界に閉じ込められた日から、丁度一年が経ったことに。

 2023年11月6日。ソードアート・オンライン正式サービス開始から365日。

 攻略は第48層まで進んだ。

 それと引き換えに、1万人いたプレイヤーの内の3割以上が犠牲になっていた。

 これは語られなかった物語。

 この俺、キリトが知らなかった、とあるプレイヤーの物語。

 楽園を求めた少年の物語。

 もうひとつのソードアート・オンライン。

 ソードアート・オンライン

 パラダイス・ロスト

 

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