ソードアート・オンライン パラダイス・ロスト 作:hirotani
「あなた……」
副団長はセツナに険しい瞳を向けた。一応同じギルドの仲間なのだが、まるで「敵」に向ける闘志を込めた眼差しだ。副団長はリズベットから手を放し、つかつかとセツナに歩み寄る。
「久し振りね。あれからも攻略と定例会議の場で姿を見なかったけど、もしかしてギルドを抜けたの?」
「いや、まだ所属している」
「へえ、なら別任務? それともずっと油売ってたの? リズを振り回したみたいに」
所在なさげに立っていたリズベットが、副団長とセツナの間に割って入った。
「アスナ、セツナはあたしを助けて……」
「へえ、あなたセツナっていうの。ごめんねリズ、これはわたし達ギルドの問題なの」
副団長はそう言ってリズベットをそっと押しのける。随分親しい仲のようだが、リズベットは副団長の気迫に圧倒されて何も言えないようだった。
「リズとは名前を知っている仲なのに、ギルドの副団長であるわたしがあなたの名前を知らないってどういうこと?」
「…………」
面倒なことになったなと、セツナは喉元まで出そうなため息を押し殺した。そんな態度を見せたら、この副団長の神経を逆撫でするだけなのは目に見えている。
「理由はどうあれ、ギルドの一員である以上あなたにも攻略に出てもらいます。丁度これからやることがあるし、一緒に来て」
副団長はセツナの腕を掴んで引こうとするが、セツナはそれを払いのけた。副団長の目がより険しくなった。現実だったら眉間にしわが寄りそうだ。
「何のつもり?」
「これからリズベットと食事をする予定が入っている」
セツナがそう言うと、副団長はさっきとは打って変わって口を半開きにした間の抜けた顔をした。隣にいるリズベットも頬を紅く染めている。
「セ、セツナ……。その言い方は……」
リズベットは口をまごつかせている。その狼狽が何かセツナには見当がつかず、続きの言葉を待った。しかしその先に言おうとしたであろう事を、副団長の方が言った。
「あなた……、リズとそういう仲だったの?」
副団長の言葉で、リズベットの様子に合点がいった。どうやら妙な勘違いをされていたらしい。
「違う」
誤解を解くために、セツナは即答で否定した。
「新しい剣の完成祝いだ」
そう言って先ほど完成したばかりの《ハーディスクラウン》を腰から抜き出す。副団長はその鞘に刃が付いた剣を訝しげに見ている。だがさして興味は無いようで、すぐにセツナの顔へと視線を戻した。
「そう、ならわたしも行くわ。わたしもお昼まだだし、口実を作って逃げられたらいけないから。リズ、いいかな?」
「あ、うん。あたしはいいけど……」
「なら決まりね。さっさと食べに行きましょう」
副団長はリズベットを連れて外へと出ていく。セツナもそれに続こうとしたら、ドアの手前で副団長に「待って」と止められた。
「あなたはこれからギルドの一員として行動するんだから、ちゃんと団服を着て。持っているでしょ」
そう言うと副団長は大きめな音を立ててドアを閉めた。
別に着替えを見られても恥ずかしくはないが、と思いながらもセツナはウィンドウを開き、装備フィギュアを操作する。ストレージから装備を探していると、ドアの向こうから声が聞こえた。本来なら聞こえるはずないのだが、聞き耳スキルのせいでセツナには会話が筒抜けになってしまう。
「アスナ、あの言い方はきつ過ぎない? セツナは良い人だよ」
「ギルドにいる以上、攻略をサボっているのは見過ごせないわ。うちはそんなに規模が大きくないから、尚更よ」
「でもまあ、セツナの方もあの態度は悪いかもねえ。副団長様にタメ口なんて」
「前に会った時に、わたしの方からタメ口で良いって言ったのよ。でも、反省の色は無さそうだし、敬語使うように言っておこうかな」
随分と悪い印象を持たれているものだな。
グランザムの本部へ行く時の白コートに身を包みながら、セツナは思った。ついでにズボンと靴も同じ色にまとめることにする。まだドア越しの会話は続いているから、丁度いいだろう。
「それにリズをダンジョンに連れ回して……」
「それは、あたしの方から着いていったのよ」
「リズが? 珍しいじゃない。男の人と行くなんて」
「そうなんだけど、何て言うか……。セツナって似てるじゃない、キリトと」
「あの人が? 服だけじゃないの」
「ほほう、やっぱりよく見てる人は違うねえ」
「もう、リズ!」
着替えはもう済んでいるが、セツナはどうにもドアを開けることを躊躇してしまう。会話がひと段落すれば出ようと思ったのだが、どうも女同士の会話は長引くものらしい。だからタイミングなど考えず、セツナはドアを開けることにした。
「待たせた」
ドアを開けた先に薄ら笑いを浮かべるリズベットと、頬を紅く染めた副団長がいたのだが、副団長はすぐに顔をさっきの険のこもった表情へ戻した。
「本当に《KoB》メンバーなんだ。それにしても、あんた白似合わないわねえ」
リズベットがそんな軽口を叩いてきた。自覚しているから特に腹が立つこともない。
「それじゃあ、行きましょうか。どこのお店で食べるの?」
「35層の主街区にあるトラットリア・オットという店だ」
転移門広場まで行く道中、副団長はリズベットとの談笑に花を咲かせていたのだが、時々一歩後ろを歩くセツナを何度か一瞥していた。
シリカといい、リズベットといい、そしてこの副団長といい。そんなに自分はキリトに似ているのだろうか。似ているのなら、一度会ってみたいなと、セツナはキリトというプレイヤーの顔を想像してみる。
でも、その顔は思い浮かばなかった。セツナが街の群衆や森の木々、ダンジョンの暗闇に隠れながら暮らしているのと同じように、彼の顔もまたおぼろげで、そのイメージがはっきりしなかった。
♦
第35層ミーシェの街に転移してから、中層プレイヤーが多く利用している街の喧騒は増していた。
セツナ達3人が転移門から現れたその瞬間から、周囲にいたプレイヤー達がこぞってセツナ達に視線を向けていた。白亜に赤のラインが入った服はただでさえ目立つのだが、この騒ぎは異常とも言っていい。
「相変わらず有名人ね」
副団長の隣を歩くリズベットが冷やかす。副団長のため息が、彼女らの前を歩き、店までの案内を務めるセツナにも聞こえた。
「リンダースでもちょっとした騒ぎになって、握手とかサインとかねだられて大変だったのよ」
「ああ、だからセツナに団服着せたんだ。護衛代わりに」
そういうことかと、セツナは納得する。確かに、護衛でも付けておけばトラブルは回避できる。転移してすぐ副団長に話しかけようとした男がいたが、彼はセツナの顔を見てすぐに群衆の中へ消えていった。目つきの悪さは自覚しているが、不用意に他人を近付けさせないことに越したことはない。それに、強面具合なら馴染みの故買屋の店主の方が上手だろう。
最近知ったことだが、セツナの上司である副団長はかなりの有名人らしい。攻略組ギルドである血盟騎士団を実質率いているという強さもあるが、その厳つい肩書きに反して女性というアインクラッドでの稀少性に整った容姿というギャップで、更に拍車が掛かった人気を持っていた。下層の街で彼女のブロマイドを売っている商人を見かけたことがある。
確かに彼女の強さに憧憬の念を持たずにはいられず、同時に光を反射するほどに白い肌に儚さを持っている。顔の部位1つ1つの大きさと配置の組み合わせは完璧と言っていい。そんな彼女のご尊顔を見るため、わざわざ血盟騎士団の門を叩いて門前払いを食らう者は多いそうだ。
美人であることは認めざるを得ないが、セツナにはどうもこの副団長の強さを疑ってしまう。以前会った時、彼女にこの世界で強さを判断するのは外見でないことを言ったのはセツナだが。彼女が「バイオハザード」の泥臭く血生臭い戦いを演じたミラ・ジョヴォヴィッチのようにはどうしても見えなかった。でも、彼女の戦いを見たことが無いセツナが、この場で彼女に対するイメージを固めるのは早計だろう。いざ戦いの場に立てば豹変するのかもしれない。何しろ彼女は「閃光」の他に、「狂戦士」なんていう異名を持つくらいだ。
トラットリア・オットに着いて騒ぎは少し収まったが、それでも他の客が副団長をチラ見してこそこそと話すのは一向に鎮まる気配がなかった。店に入った時、店主も副団長を見て驚いていた。
「アスナには憧れるけど、さすがにここまで注目されるのは勘弁してほしいかな」
注文した料理を待つ間、リズベットがそう言っていた。
料理が運ばれてきて、リズベットはスプーンでドリアを口に入れると同時に目を見開いた。
「美味しいわね! セツナってこんなお店知ってたんだ。いっつもあんな不味いもの食べてると思ってわよ」
「俺にも人並みの味覚はある」
リズベットの隣でカルボナーラをフォークで巻く副団長が、その手を止めてセツナに険しい視線を向けた。
「あんな不味いもの? あなたリズに何食べさせたの?」
「変なものを食わせた覚えはない」
「苦くて生臭い焼き魚と湿布みたいな味のお茶を飲まされたわよ」
笑いながら言うリズベットに反して、副団長の顔がより一層険しくなっていく。
「あなたねえ……」
「料理スキルを上げていないからな。味が悪いのは仕方ない」
「いや、魚はともかくお茶は無理よ」
副団長は何か言いたげだったが、結局何も言わずフォークに巻いたパスタを口に運んだ。
「……美味しい」
「アスナが認めるほどの味ってことは相当ね。アスナはそろそろスキルもコンプするんじゃない?」
「あと少しってとこかな。ここのシェフはもう完全習得してるのかしら?」
副団長の興味がレストランのシェフに移ったところで、セツナは安心して食事にありつくことができた。目の前でリズベットと談笑する副団長にさっきの険しい面影はなく、セツナとそう変わらない年齢の少女の顔だった。
ミラ・ジョヴォヴィッチが演じた「バイオハザード」のアリスも、映画の中で平和に生きていたら、こんな顔をするのだろうか。そう思いながら、セツナは注文したマルゲリータを食べた。
リズベットに奢るといった手前、3人分の代金はセツナが払うつもりだったのだが、副団長は自分が注文した分は自分で払った。どうやら他人に貸しを作るのが嫌いな性分らしい。
「それで、これから俺はあんたと何をすればいい」
転移門広場へ行く道中、セツナは副団長に聞いた。
「あなたがギルドの一員として足る実力か、その査定をさせてもらうわ。詳しいことは転移先で話す」
「この観衆だと、盗み聞きされかねないからな」
転移門広場で、午後の仕事があるリズベットと別れることになった。転移門の前で、リズベットはセツナと副団長に手を振っていた。
「じゃあねアスナ! それとセツナ、ご馳走さま。しっかり剣のメンテに来るのよ!」
リズベットが湾曲する転移空間へ消えると、「行くわよ」と副団長も転移門へと歩き始めた。
「どこの層へ行く」
「とりあえず65層ね。あなたの実力を見ておきたいし、少し調べたいこともあるから」
「調べたいこと」
「詳しいことは後で話すわ。それに、主な目的はあなたの査定よ」
転移門の前で立ち止まった副団長はそう言うと、手を差し出してくる。セツナはその意味が分からずその白く透き通った手を凝視する。
「不本意だけど、逃げられでもしたら困るから一緒に転移するわ」
「俺はそんなに信用できないか」
「できないわよ。ギルドの攻略サボる人なんて。ほら、早く手握りなさいよ」
照れるぐらいなら強がる必要はないと思うが。その言葉は思考するに留めて、セツナは副団長の手を握った。
♦
寺院が立ち並ぶ東南アジア風の主街区を抜け、セツナは副団長と湿原が広がる第65層のフィールドへ出た。現在の最前線は次の第66層なのだが、副団長の査定プランは迷宮区から66層主街区まで踏破というものだった。この主街区から次層までの主街区というルートは、ギルドの入団試験として採用されているものらしい。もっとも、試験の際は4、5人のパーティを組んでチームプレイを見るらしい。
一応ギルドメンバーに名前を連ねている名目上、セツナも入団時には試験を受けた。当時はフィールドボス攻略で、パーティメンバー兼試験管としてゴドフリーという癖毛が印象的な男が同伴していた。試験は当時の最前線で行われたが、その頃にはそれなりのレベルに達していたセツナは楽々試験に合格し、血盟騎士団に入った。
思えば、まともにギルドメンバーと一緒に行動したのは、あの時が最初で最後だった。セツナは仕事上攻略には滅多に参加せず、本部へ行ったのも片手で数えられるほど少ない。ギルドの内情がどうなっているのか、どんなプレイヤーが所属しているのもろくに知らない。
何度かモンスターとエンカウントしながら柔らかい足場を進み、次層へと続く迷宮区へと入った。
戦闘に関しては、交代無しでセツナが前衛を務めることになった。ただの攻略ではなく査定だから当然ではある。副団長はセツナが攻撃を受けそうになるか、ソードスキル後の硬直時間に手助けする程度に介入してきた。だがそれも2、3度のことで、殆どセツナが単独でモンスターを撃破した。リズベットが鍛えてくれた《ハーディスクラウン》は、文句なしの性能を見せてくれた。新しい相棒として心強い。
「セツナ君十分強いじゃない」
薄暗い通路を進みながら、副団長がセツナの肩を叩きながら言った。
「これなら前線で通用するわよ。わたしとデュエルしたら結構いい線いくかも」
「期待に応えられたようで何よりだ」
「あなた」ではなく名前で呼ぶあたりで、副団長が多少なりともセツナに対する認識を改めてくれたのが分かった。表情も幾分柔らかくなった気がする。しっかりレベル上げに邁進していたことを分かってくれて良かった。
セツナは、自分の実力が隣で肩を並べて歩く副団長と同等か、それ以上だと自分で評価していた。過大でも過小でもなく、客観的な評価だ。
血盟騎士団のような強豪ギルドと攻略組が合同で行うボス攻略を、セツナは単独で行いボスを撃破したことが2回ある。
1回目はかつて愛用していた《リーパーズエッジ》を手に入れた第45層。2回目は第64層だ。新しく習得したソードスキルがどこまで通用するか試すために、単独で迷宮区のマッピングを行い、そのまま情報ゼロでボスの間へ赴き、新しく習得したスキルで撃破したのだ。
もっとも、2回とも次の層の転移門を解放せずに放置したため、綿密な対策会議を経て攻略に挑んだプレイヤーたちが空になったボスの間に来るまで既に攻略済みであることは知られなかったが。45層はセツナが攻略してから3日後にフロア解放の知らせが届き、64層に至っては2週間も後になってからだった。
話題は誰がボスを撃破したのかということになり、名の知れた攻略組の名前が次々と挙げられた。結局最後までセツナがやったことは誰にも知られることなく、システムにバグが生じた、初めからボスがいない層だった、ダンジョンで遭遇した雑魚モンスターが実はボスだった等の憶測が独り歩きし、ちょっとしたオカルトチックな要素を含む噂まで飛び交った。
自分がやったと見栄を張る者がいなかったのは意外に思ったが、考えてみればボスを単独撃破したとなれば、次のボス攻略で必ず最前線に押し出されるのは容易に想像できる。そんな自ら死ぬ危険性を上げる間抜けなプレイヤーはいなかっというだけの話だ。
「それにしても……」
副団長は顎に手を添えてセツナを観察するように見ている。
「それだけ強いのに、何で攻略には参加しないの? セツナ君の任務って何?」
「クエストの調査と、未踏のフィールドマッピングを団長から任されている。モンスターが落とすアイテムやクエストの報酬が、攻略に役立つかもしれない」
この理由は、事前にヒースクリフとの間で決めていたセツナの表面上の役割だ。ギルドの仲間に攻略に出ない理由を聞かれたら、こう言おうと話し合っていた。
「まあそうだけど。それなら他の人に任せて、セツナ君は攻略に出てもらった方がいいわよ。あなたがいると心強いし」
「それについては団長を通して欲しい。それより、調べたい事とは」
まだ目的地の主街区までには達していないが、副団長が満足したところでもう査定はいいだろう。
「そうね。セツナ君の強さなら、協力してもらって問題ないわね。最近、ここの迷宮区でオレンジプレイヤーの目撃情報が出ているの。それを調べようと思って」
もしやとは思っていたが、やはりそのことだったか。
そのことはセツナもヒースクリフから聞いている。近いうちに片付けてしまおうと思っていた案件だ。前線に近いということもあって、しかもその頃は使える武器をトラビアで《軍》に奪われたままだったから先延ばしにしてしまった。こんな厄介になることなら、早くリズベットの店に行って新しい剣を作ってもらうべきだった。
「前線近くでそんな人達がいて襲撃でもされたら、攻略の大きな妨げになるわ。ラフィン・コフィンにギルドの人が何人も殺されているし、トラビアの悲劇だって起こっているんだもの。団長に調査を提案したら、必要ないって言われちゃった」
当然だ。それはセツナの仕事なのだから。
「だからといって、調査するにも俺達2人では心許ない。あんたの護衛を何人か連れて来るべきじゃないのか」
「あの人達は、わたしに危ない所に行くなって口うるさいから反対されるわよ。だからこうしてオフの日に調査するの」
「実際危険だ。非常時に備えて転移結晶は持っておくべきだ」
「分かってるわよ。何もその場で捕縛しようだなんて思わないわ。見つけたら団長に報告して、討伐隊を組んでもらうんだから」
尚更面倒なことになったと、セツナはため息を押し殺すのに必死だった。もし見つかって逃げられたらたまったものではない。だからといって、ここで副団長を説得する言葉が見つからない。自分の口下手さにうんざりするのは久し振りだった。
「了解した。ただし危険が及ぶと俺が判断したらすぐに転移する。それでいいな、副団長」
「あなたも護衛と似たような事言うのねえ。別にいいけど……」
副団長は「んー」と視線を上げて考え込む仕草をすると、含みのある笑みを零した。
「じゃあ条件ね」
「条件、何だ」
「副団長じゃなくて、わたしのことは名前で呼ぶこと。セツナ君、そんな他人行儀で友達いるの?」
「余計なお世話だ」
セツナがそう言うと、副団長はセツナの顔を見て吹き出した。セツナの顔に何か面白さを見出したようだが、それが何なのか全く理解できない。
「あはは、リズの言う通りね。セツナ君、わたしの知り合いにそっくり!」
またキリトか。何度も出てくるその名前が少し気味悪く感じる。キリトはセツナの行く先々で名前だけ現れる。そういえば、エギルからも彼の名前を聞いた。
「うちの常連にキリトって奴がいるんだがな。そいつがセツナに似てるんだよ。顔とかじゃくて、雰囲気がな」
キリトの方も、エギルからセツナのことを聞いているのだろうか。セツナがこうしてキリトの影を感じているように、キリトもどこかでセツナの影を感じているのだろうか。
「今度紹介するね。彼、セツナ君と気が合うと思うから」
「それはどうだろうな」
足を速めるセツナの手を、副団長は掴んだ。
「待って、まず練習。わたしの名前呼んでみて。知らなくても、視界にわたしのHPと名前見えるでしょ?」
「………アスナ」
「はい、よくできました」
まるで保育士と園児だ。でも不思議と気分は悪くなかった。セツナに満面の笑みを向ける副団長、もといアスナの顔を見ていると、少し気持ちが和らいだ。
「それじゃ、調査といきますか。セツナ君」
「………ああ」
調査なんて言い出すものだから、アスナは隠密スキルを上げているものだと思っていた。だが彼女は直接戦闘に関係するスキルばかりを上げていて、隠密にはあまり割り振っていなかったらしい。リズベットとの会話から料理スキルを上げているようだが、そんなものよりも戦闘の足しになるスロットにスキルポイントを割り振ってほしい。
かといって、スキルをもうすぐ完全習得しそうなセツナも、目立つ団服を着ているせいでスキル発動ができない状態にある。
「ねえ、セツナ君」
結局「あまり物音を立てず行動」などと原始的な形で調査することになり、あまり喋らないようにと言ったアスナ本人からセツナに話しかけてきた。
声量は抑えているが、聞き耳スキルを上げている者の範囲内に入ってしまえば丸聞こえだ。オレンジプレイヤーはそういうスキルを鍛えている者が多い。この攻略に熱心な副団長は、連中のやり口に無知すぎる。もし1人で調査していたら、確実に連中の餌食になっているところだ。
「何だ」
触れそうなほど顔を近付け、それでも聞こえるかギリギリな声で答えた。アスナは一瞬引き気味になったが、セツナの意図を察してくれて耳に口を近付けた。
「死神って、聞いたことある?」
「いや、無いな。何だそれは」
「わたしも最近聞いたんだけど、犯罪者狩りをしているプレイヤーがいるらしいわ。その人が死神って呼ばれているらしいの」
どうやら一般プレイヤーにも噂が飛び交い始めたらしい。情報収集に熱心な攻略組であるアスナが最近知ったということは、中層以下のプレイヤー達の間ではまだ広まっていないのだろうか。いや、その手のゴシップはむしろ中層にいる彼等の方がよく知っている。攻略組は攻略に関係ない情報なんて欲しがらない。
「そいつが本当にいるなら、この辺にいるオレンジプレイヤーも片付けてくれそうだ」
「悠長なこと言ってられないわよ。その人、カーソルがオレンジなら問答無用でPKするって噂なんだから」
「……そいつが気に入らないか」
「だって、いくら相手が犯罪者でもやっていることは同じだわ。正義の味方ぶった偽善者よ」
「少し落ち着いてくれ。声が大きくなっている」
アスナはまだ言い足りないようだったが、黙って通路を進んだ。迷宮区のマップデータは既に公開されているから迷うことはなかった。だがモンスターとのエンカウントを避けながら、数時間探索しても結局目的であるオレンジプレイヤーは見つけることができず、引き揚げることになった。
見つけることができなかったというより、敢えて見つけなかった。索敵スキルを既に完全習得していたセツナがプレイヤー反応を見つけると、近付かないようアスナを誘導していたのだ。アスナもある程度は索敵スキルを上げているようだが、モンスター察知のために使っているものでセツナより索敵範囲が狭い。
迷宮区から出る頃には、既に外周から覗く陽光が層全体を茜色に染めていた。
「結局収穫無しかあ。せっかくお休みを潰したのに」
「もう他の層へ移動したのかもしれない。連中の取り締まりは《軍》に任せて、あんたは攻略に集中すればいい」
「もう、小言みたいなこと言わないでよ。それじゃあ、わたし行くね。リズに剣のメンテしてもらうつもりだったし」
「ああ」
セツナは栗色の髪を揺らしながら街の中へ消えていくアスナを見送った。その目立つ姿が街へ完全に溶け込む前に、アスナは振り向いた。
「次の攻略には出てね! わたしの方から団長にお願いしてみるから」
セツナが了解の意として右手を挙げると、彼女は笑っていた。美しい笑顔だ。セツナはその顔を見て、奇妙な魅力を持った女だなと思った。
たまに見せる物憂げな表情は
できることなら、セツナの前ではどちらか一方であって欲しいと思った。
♦
夕闇が、迷宮区の暗闇をより一層深くしていた。昼とは真逆の黒コートを着てフードを被ったセツナは、暗視モードに切り替わっている視界で暗い通路を進んでいく。
アスナと別れた後、セツナは家に戻らず65層で早めの夕食を摂り宿で睡眠を取った。徹夜明けだったためか、まだ陽が落ち切っていないうちに眠ることができた。そう長くは眠らず3時間後に目覚め、いつもの服に着替えて再び迷宮区へと戻ってきた。
昼間にアスナと調査した時、セツナの索敵スキルはオレンジプレイヤーの存在を察知していた。迷宮区の暗闇の奥に、姿は見えなくてもセツナの視界はオレンジのカーソルを3つ捉えた。当然そこへ繋がる通路は避けた。
発見したら早いうちに片付けた方がいい。そう思って奴らの始末を今夜決行することにしたが、奴らも索敵スキルでセツナを捉えて既に別の場所へ逃げているかもしれない。前線に近い層にいるのだ。その可能性は十分ある。
だが、セツナの一抹の不安は杞憂で済ませることができた。さすがに昼間と同じ場所にはいなかったが、奴らはまだ迷宮区の中にいた。
セツナは通路の影から観察する。数は昼と変わらず3人。セツナのコートは隠蔽ボーナスが高いため、たとえ上位の索敵スキルを向こうが習得していたとしてもそう簡単には見つからない。
一応、下調べはしておいた。アルゴにメッセージで情報提供を求め、すぐに返信されたメッセージによると、上層を活動範囲としているオレンジギルドの情報は無いらしい。
2人は初めて見る顔だった。1人だけ、セツナの知っているシルエットだった。ぼろきれのようなポンチョを着て、フードを被っているから顔は見えない。だが奴の中華包丁のような武器と、それを握る手のグローブにあしらわれたギルドマークから身元の判別ができた。
《
初めてその名前を聞いた時は、何てふざけたキャラネームだと思った。でも、同時に《
彼を表するのに、殺人鬼なんて言葉では足りない。彼はただPKするだけでなく、その方法を他人にも吹き込み、殺戮本能を刺激しPKへと走らせていった。
イッツ・ショウ・タイム!
今年の元旦、ギルド結成を宣言した際の彼の言葉は、まさに波だった。彼を中心として生じた波紋に触れると、周囲の人間は否応なく狂化していく。そう思ってしまうほどだった。
以前始末した《
ただの殺人鬼には留まらない。彼を表すとしたら、悪のカリスマというべきか。「ハリー・ポッター」で手下に怖れられながらも妄信的に敬愛されていたヴォルデモートのように。
セツナは静かに剣を抜く。構えを取り、地面を蹴った。
一瞬で距離を詰められた敵は状況を理解する間もなく、プレイヤーのクリティカルポイントである心臓を貫かれてポリゴンの欠片になった。もう1人の方も、頭から体を真っ二つにされて砕け散った。
セツナは、自分と同じようにフードで顔を隠した
「もし
アインクラッド最悪の犯罪者をプレイヤー達の目に晒し、アインクラッドの平穏を確実なものとするため。ヒースクリフはこの悪のカリスマをだしに、自分のカリスマ性を絶対的なものにしようとしている。何てセコイやり方だと思う。でも、セツナも
《
「……死神か?」
「ああ」
突如、横から一筋の閃光が走った。
揺れる長い栗色の髪。
白地に赤い十字模様の戦闘服。
透き通るような銀色に輝く細剣。
「待ちなさい‼」
呆気に取られていたセツナは、アスナが走り出した方向に視線を向けた。
それはアスナも同じだったようで、彼女は剣を鞘に納めた。そして、その視線がセツナの方へ向いた。
フードを被ったセツナを見るアスナは、敵に向ける目をしていなかった。
この時、表情に憂いを纏っている彼女は紛れもなく
「あなた………、セツナ君なの?」
元々この小説は大学の卒論を書く合間の気分転換として始めたのですが、こっちの方に熱を入れすぎて卒論が全く進んでおりません。トホホ……。
本作は前編・後編の2部構成とするつもりなのですが、取り敢えず前編を一気に書いて卒論を一気に終わらせて後編を書きたいと思います。
多分、いけるよね?