ソードアート・オンライン パラダイス・ロスト   作:hirotani

18 / 36
 本編の箸休めとして短編です。
 ネタが思いつき次第投稿する予定です。不定期です。


番外編
2023年11月


 森の葉が落ちた木々を吹き抜ける風が髪を揺らす。夜になると寒さが厳しくなってきた。ふっと息を吐き出すと、吐息も白みはじめる。

 白い息まで再現するとは。何気ない行為も、ゲームの世界での動作と考えると驚くべき再現度だ。

「フライデー、ビール持ってるか?」

 フライデーと呼ばれた少年が、隣を歩く男にオブジェクト化した瓶を投げ渡す。「おっと」と危うい手つきで掴み、にたりと趣味の悪い笑みを向けてくる。

「お前酒を飲む年なのか?」

「ここではな」

「ほう、ここでは」

 男は上機嫌に栓を、抜き瓶をあおる。口の端から黄金の液体が漏れて不潔な無精髭の生えた顎を伝い零れていく。現実では何かあると酒を飲む習慣があったのかもしれない。

「じゃあ俺はワイン開けるぜ」

「おい、そりゃ上物のやつじゃねえか!」

「いいじゃねえかタダで手に入ったんだからよ」

 前を歩く3人がルビー色の液体が詰まった瓶を取り合い、それを見る無精髭の男は喉を鳴らしてビールを飲んでいる。屁のように汚いげっぷをして、中身が残り僅かになった瓶をフライデーに寄越した。

「お前も飲めよ」

 抵抗は見せず素直にフライデーは残りの液体を全て飲み干した。

「ようしもう一本!」

 アイテムストレージをスクロールしてお目当てのものを探している間に、フライデーは空になった瓶を後ろへと投げ捨てる。かさりと、落ち葉の上に着地する音が小さく聞こえた。

 かさり、かさり。

 男の手から実体を得たばかりの瓶が滑り落ちる。栓が抜かれた瓶が中身をぶちまけ、落ちた先の土を濡らす。男の意識は早くもお陀仏になった瓶ではなく、自分の顔の真下――喉元から突き出した鈍色の刃へと向けられている。

 男は何か言いたげだ。恐怖なのか。文句なのか。自分の喉から出てきた刃を虚ろに見つめ、さっきはビールを垂らしていた口の端から唾液を垂らしている。

 刃は男の首の中で捻り、外側へと切り裂く。研ぎ澄まされた切れ味で素早く。頸動脈を切断されたから血が勢いよく吹き出るはずだが、生憎仮想世界で血は流れない。代わりに申し訳程度の赤いライトエフェクトを撒き散らしている。

 現実なら死んでいるはずの傷だが、それでも男は生きていた。この世界で生死の境を決めるのは出血量でも酸素量でもなく、緑色のHPバーだ。ゾンビみたいなグロテスクさを醸しながら、男はバランスを失った頭を産まれて間もない赤子のように揺らしている。

 首と頭をかろうじて繋ぎとめていた皮がダガーで切断された。今度はとどめのようで、男のHPが完全に消滅し、体が砕け散る。

 視線を背後へ移すと、取り合っていたワインの瓶を放り出した3人が剣を取り戦っている。相手はモンスターではなく人間。突然現れた襲撃者に動揺しながらも、彼等は剣を必死に振っている。まず1人、突然現れた両手剣士の3連撃ソードスキルによって消滅する。コンマ1秒遅れて、もう1人が大柄なメイス使いのモーニングスターによって足を潰される。身動きが取れず必死の抵抗とばかりにあげた悲鳴を、メイス使いは叩き潰した。

「ワン! 標的Cが逃げる」

 ダガー使いが叫ぶ。フライデーは腰に提げた剣を抜く。木々を縫うように走り出した男に焦点を合わせ、構えを取る。

 月光も射し込んでこない宵闇の中で、一筋の閃光が森を貫くように走った。閃光が掠った木々には【Immortal Object】のメッセージが表示される。片手剣技《シャープネイル》が背中に命中した男は前のめりに倒れ、地面に衝突すると同時に砕けた。

 襲撃者達は被っていたフードを脱ぐ。PKという犯罪コードに抵触する行為を行ったにも関わらず、全員カーソルはグリーンを保っている。殺した全員がオレンジカーソルの犯罪者だったから、PKしても犯罪者の烙印を付けられることはない。

「誘導ご苦労さん、セツナ」

「まだ作戦行動中だ、トゥ」

セツナと呼ばれたフライデーは両手剣士を嗜める。まだ顔立ちに幼さが残る両手剣士は「はいはい」と肩をすくめる。

「番号で呼ぶって何かださくね? もっと良いコードネームあっただろうよ」

「長ったらしいと伝達に支障をきたす」

 屈強なメイス使いがぶっきらぼうに言う。トゥは少し離れた所に立つ小柄なダガー使いの少年に助け舟の視線を送る。

「ワンとスリイの言う通りだよ」

「ニ……、フォウまでかよ。良いのかこんな味気ねえコードで」

 もはや疲れたというように、スリイとフォウは自分の武器を納めている。トゥはお手上げと両手を振り上げた。雑談が終わったところで、フライデー改めワンは指示をする。

「街に戻るぞ」

 各々がポーチから転移結晶を取り出し、一斉に掲げた。

 

 ♦

 

『ピースウォーカー、殲滅完了』

 メッセージの送信ボタンを押すとウィンドウが上へと飛んでいく。長方形の窓は層を覆う天井へと昇っていき、小さくなって見えなくなる。視覚的な演出だが、無事に宛先へと届けてくれるだろうと安心できる。

「なあ、街に着いたら作戦終了だよな?」

「ああ」

 トゥ改めリーランドは「いよし!」とウィンドウを出し操作する。羽織っていた黒いマントが消滅し、剣士然とした金属製の鎧が露になる。

「このマントだせえから嫌だったんだよなあ」

「必要なものだ」

「セツナは普段からそんな地味なもん着てっからいいけどさあ、俺はどうも受け付けねえや。お前らも脱げよ。街じゃかえって目立つぜ」

 スリイとフォウがセツナに視線を送ってくる。ワン改めセツナは無言で頷き、2人もリーランドにならいマントを装備から外した。

 レンガ造りの建物が並ぶ街にはまだ人々が行き交っている。もう深夜だというのに、ランプは夜の闇に抵抗するように太陽の真似事をしている。

「この街で俺らみたいな奴は何人いるのかねえ」

 リーランドがすれ違うプレイヤー達を見ながら感慨深そうに言う。誰も答える者はなく、悪戯に「なあ、ニコライ」と指名を付け加える。

「さあね」

 フォウ改めニコライはそう短く言う。

「おいおい、会話を無理矢理終わらすなよ。オスカーは?」

 スリイ改めオスカーはため息の後に「何が言いたい?」と質問を返す。

「この世界の犯罪防止は穴だらけってことだ。俺らも犯罪者だってのに、カーソルはグリーンのまま堂々と圏内に入れる。これはどういうこった」

 リーランドの視線はオスカーへ。オスカーの視線はセツナへ。何とかしてくれというオスカーの助けを請う声がテレパシーのように感じ取れる。年長なんだから自分で何とかしてくれ。そう視線を送り返してみるが、オスカーにセツナの心意を読み取る超能力はないようで気付くことはない。

「正当防衛だ」

 仕方なくオスカーの代わりに答える。

「システム上、オレンジは襲う側。俺達グリーンは襲われる側だった」

「襲ったのは俺らだったぜ。お前が人気のないところへ誘導して、待ち伏せていた俺らが襲って一方的に殺した。俺らの方が連中よりも極悪だと思わね?」

「ああ。だがそれは現実(むこう)での基準だ。この世界の善悪基準は全てシステムで規定される。こうして圏内に出入りできるということは、俺達が善だという証拠だ」

「システムねえ、そういうのは区別がはっきりしてるからつまんねえや」

 リーランドはまだ髭が生えない顎をさする。

「区別がはっきりしねえからこそ面白いってのに」

 不意打ちをかける言葉に、セツナはどう返すか逡巡する。だがいくら思考を巡らせても見出せず言葉を紡ぐことを諦める。

 リーランドはよく思索的なことを述べて意見を求めてくる。それは全て無為だ。何を知り、何を悟ってもセツナ達のやることは変わらない。

「哲学者を気取るのは程々にしておけ」

 会話に疲れたオスカーの決まり文句だ。わざとリーランドが不貞腐れることを言わなければ、際限なく続く会話は終わらない。

 でもセツナはリーランドをただの哲学者を気取る思春期少年と笑い飛ばすことができずにいる。セツナもあれこれと考えずにいられない性分だ。口数は正反対だが、もしかしたら似た者同士なのかもしれない。現実で出会えたら良い友人になっていただろう。

 転移門広場からNPCの商店が並ぶ大通りから東に外れた閑静な住宅街。その一角に建つ一軒家が4人の拠点だ。若者たちのシェアハウス。家の中では住人達が同じ釜の飯を食い、遅くまで騒ぎ、夢を語り合う。

 一見そう見えるのだが、そんなジュブナイルめいた要素は一切絡まない。システムの穴を突いて暮らし、ついさっき殺人を犯したセツナ達は善人を気取ってドアを開けて帰宅する。

「それじゃ、任務の成功を祝って」

 リーランドの音頭でグラスを鳴らし、セツナ達は食卓に並べられた料理を食べる。テイクアウト可能なNPCショップの料理に感動は覚えない。もう食べ慣れた味だし、むしろ飽きてすらいる。

「団長から報酬が届いている」

 セツナ達のために作られた専用のアイテムストレージから、新しく追加されていたアイテムをオブジェクト化させる。硬貨が入った小ぶりな布袋と、結晶アイテム数個。

 青の転移結晶を手に取ったリーランドは、反射するキューブの面を眺めて無造作にテーブルへと投げる。

「相変わらずわびしいのばかりだな」

「必須アイテムだ」

「こういうのは報酬じゃなくて支給品て呼ぶべきじゃねえか? 転移結晶は数が人数分足りてねえし、回廊結晶に至っちゃ1個だけだぜ。しかも切らさなきゃ補充されねえ」

 「よさんか」とオスカーが嗜めるも、それでもリーランドは止まらない。

「お前らはいいのかよ。俺らは危ねえ任務をこなしてるってのに、割りに合わねえじゃん」

「この家を与えられただろう」

 レンガ造りの2階建て。1階はリビングとダイニング。2階は4人それぞれの寝室。プレイヤーホームとしては広く値段もかなりの額なため、この家に住むというだけでもかなりのステータスになる。

「この家は当然の対価だ。それどころか足りねえくらいだぜ。俺らはヒースクリフに逆らえねえよう縛られてんだよ」

「当然だ。俺達は暗部なのだから」

 血盟騎士団オレンジプレイヤー暗殺部門。

正式名称は決められていないが、便宜上4人は自分達の所属をそう形容している。ヒースクリフによって集められ、極秘裏にオレンジプレイヤーを排除する暗殺部隊。とはいえ、そんな長ったらしい所属名を暗殺対象に名乗るなんてことはしないし、自分達でも「暗部」と省略して呼称している。

「俺達のことは外部に漏れてはならない。団長が俺達に首輪を付けることは理に叶っている。お前はそれを分かっていない」

 「ああ?」とリーランドは語尾を上げてオスカーを睨む。

「ご立派なもんだなあ。さすが元正規団員様だ。自分の立場をわきまえてらっしゃる。騎士として聖騎士様への忠誠は変わらねえってか」

 乱暴さと丁寧さが混在した口調はリーランドが激昂している証拠だ。思春期真っ只中だから、年上のオスカーに対して反感を抱くのも共感できないわけではない。

 オスカーもかつては正規の団員として攻略に励んでいたが、今は前線を離れて暗部として汚れ仕事をこなしている。ヒースクリフの下で働いている期間は4人のなかで最も長いのだが、暗部として加入したのはリーランドの次で後輩だ。リーランドはどうやら後輩に説教されているのが気に入らないらしい。

「よせリーランド。オスカーもだ」

 流石に止めなければなるまいと、やり取りを傍観していたセツナは2人が口論になる前に制す。ニコライは関係なしとばかりに不干渉を貫きワインを味わっている。

 リーランドの矛先はオスカーからセツナへと移る。

「セツナ、お前はいいのかよ? PKじゃ経験値は手に入らねえ。任務が終われば次の任務でレベリングしてる暇もねえんだぞ」

 PKで経験値を得られる《魂を噛む者(ソウルバイカー)》を支給されたのはセツナだけらしい。片手だけの赤グローブを打ち明けるのは止めたほうが良さそうだ。

「現時点でマージンは十分取れている」

「でも――」

「命令だ」

 命令。その便利で姑息な一言でリーランドを黙らせる。

 セツナ。リーランド。オスカー。ニコライ。この順でメンバー達は暗部に加入し、最古参であるセツナが必然的にリーダーとして3人の指揮をヒースクリフから任されている。

 リーランドは上下関係を重んじる律儀な面もあるため、この「命令」という言葉には従う。暗部に入る以前はパーティを組んでいたらしいから、仲間意識はそこで培われていたのかもしれない。だがゲームとしてSAOを楽しんでいた側面もあり、強化へのこだわりと報酬に対する不満という弊害を生んでいた。

「明日の任務に備えて、今日はもう休むぞ」

 

 ♦

 自分にしか聞こえないアラームの音で、セツナは目を覚ます。外周から離れたところに街があるせいか、窓から射し込む朝日は弱い。

 階段を下りた先のリビングで、オスカーはソファにくつろぎコーヒーを飲みながら本を読んでいる。現実で大層な読書家だったというプレイヤーが一字一句記憶しているという、「恐怖の四季」の写本。セツナは映画版の「スタンド・バイ・ミー」は見たことはあるが、原作は未読のままだ。

「起きましたか、隊長」

 オスカーの上下関係を重んじる律儀さはリーランド以上だ。元正規団員としての名残か、見た目が年下にも関わらずセツナを「隊長」と呼び敬語を使う。

「俺にもコーヒーを貰えるか」

 「ええ」とオスカーはもうひとつカップをオブジェクト化し、それにポットの黒い液体を注ぐ。オスカーの料理スキルは決して高いとは言えないが、セツナの貧相なスキルよりは美味いコーヒーを淹れることができる。

「リーランドとニコライは」

 そう尋ねてセツナはコーヒーを啜る。

「リーランドが早く片付けたいと、1時間ほど前に出ていきました。さっき任務が終わったと連絡が届いています」

 寝ぼけているせいか気付かなかった視界のアイコンをタッチする。短く『任務完了』というニコライからのメッセージが届いている。

「俺達の担当は32層でしたね?」

「ああ。俺達も向かう」

「朝食はどうします?」

「腹は減っていない」

 口数が少ない者同士の会話がそう長く続くことはなく、セツナがコーヒーを飲み干したところで装備を整え出発する。

「この世界に銃があれば、少しは楽なんですがね」

 第32層の転移門広場へ降り立ったところで、オスカーは珍しく愚痴をこぼす。一応短剣やピックといった遠距離攻撃用の武器やスキルは存在するが、ウィークポイントに命中しない限り大したダメージは期待できない。確実に殺すには、互いの体が触れ合うほどに接近し、剣で斬り刻むかハンマーで叩き潰すか。そうやって殺す感触を確かめることが必然になっていく。仕事熱心なオスカーも暗部入りして3週間が経つが、未だに対人戦に慣れているとは言い難い。

 血盟騎士団に暗殺部門が結成されたのは3ヶ月ほど前だ。部門といっても結成時のメンバーはヒースクリフに拾われてギルドに入ったセツナだけだった。それが結成から2ヶ月経つと、組んでいたパーティをオレンジプレイヤー集団に壊滅させられた元攻略組のリーランドが加わり、しばらくすると正規団員だったオスカーが、そして最近になって中層を拠点としていたニコライが加わり部門と呼べるようになった。

 夜、暗闇に潜み目標を音もなく正確で華麗な技で殺すプロフェッショナル集団。まだ4人になって間もない暗部はそんなスマートな集団とは言えず、未だに4人での暗殺はつたない。ヒースクリフから受け取る目標が昼を主に活動していれば白昼堂々殺しに行くし、実際に戦闘となれば武器の衝突音や目標がポリゴン片になる瞬間の破砕音もある。ジョブシステムが存在しないSAOで暗殺者(アサシン)なんて仕事もなく、戦闘となるとどうしても泥臭くなりがちだ。

 所詮は殺し屋のままごと。暗殺者という役目を与えられても、ゴルゴ13の気持ちが分かるなんて傲慢さは持ち得ない。

 元々ギルドメンバーの保護を目的とした暗部は、団員達が主に活動している上層のみならず下層や中層にも暗殺の範囲を広めている。まだフリーランスだった頃のセツナは中層を主に活動していたから、その辺のフィールドはもう庭のようなものだったし、ヒースクリフから指令を受け取れば情報屋から目標の顔や名前、活動拠点をまとめた人物像(プロファイル)を仕入れるから、まだ任務での失敗はない。それでも不確定要素はつきものだ。セツナが仕事上の仲間を得てから手掛けた任務15件の内スムーズに成功したのは2,3件程度で、事前情報にあった層で目標を見つけられずに何日もフィールドを彷徨う羽目にもなったし、善良な通行人に目撃されて止む無く殺すなんて事態も発生した。

「団長様はどうやって情報を集めてるんだろうなあ」

 リーランドと初めて任務を共にしたとき、彼がそう言っていた。

 確かに不思議なことだ。消極的とはいえギルド運営に忙しいヒースクリフに、どうやって中層を拠点にすることが多いオレンジプレイヤーの情報が入ってくるのか。しかし情報というものは拡散するものだ。デスゲーム開始当初で約1万人という人数は確かに多いが、国どころか市としても少ない人口といえる。しかも人数が減っても増えることのない世間は狭いもので、ニュースが入ればすぐに広まっていく。時折街には懸賞金付きの手配書が掲示されることも、仲間をオレンジプレイヤーに殺されたという者が復讐代行を募っている光景も見かける。

 仲間にゴシップ好きな者がいれば、そうした散見される情報を耳にすることは可能であり、後は情報屋に真偽を確かめれば誰だって諜報員じみたことができる。情報収集自体は決して難しいことではない。それを気付かれないよう行うことに諜報の質が問われる。

 あくまで憶測でしかないが、暗部はそういう理屈でヒースクリフがオレンジプレイヤーの情報を集めていると結論付けている。

 そういった事情でその日も、不幸な目撃者を殺す事態が生じながらも任務を終わらせた帰り。既にリーランドとの任務を終えたニコライからメッセージが届いたのは、目撃者を殺してオレンジ化したオスカーがカルマ回復クエストを終えた頃だった。

『リーランドが消息を絶った』

 クエストに付き合っていたセツナがウィンドウをオスカーに見せる。オスカーは顔色を変えることはなく冷静に言う。

「リストに名前は?」

 所属ギルドのページを開き、表示されるメンバーの名前をスクロールしていく。

「消えている。黒鉄宮に行くぞ」

 行方不明者が発生した場合、まずやることは黒鉄宮の生命の碑で生存を確認するというのがお決まりになっている。

 宮殿のロビーにそびえ立つ生命の碑に視線を這わせ、羅列された文字列の中から無慈悲な横線が引かれた《Realand》という名前を見つけ出す。死亡日時は11月2日7時25分。死因はPK。

 実際に死の瞬間を見ていないセツナとオスカーに知ることができるのはこれだけだ。

『リーランドが死亡。日時は今日の7時25分。死因はPKであることを黒鉄宮で確認した』

 ヒースクリフに報告のメッセージを送り、2人は家に戻った。家にはニコライがソファで待機していた。

「黒鉄宮でリーランドの死亡を確認してきた」

「そう……」

 セツナの報告に、ニコライは落ち込んだように頭を垂れる。いつも何事も興味なさげに佇んでいる彼のこんな面を見るのは初めてだ。

「リーランドと最後に会ったのは」

「目標の暗殺に成功した直後」

 ニコライは少し困惑気味に答える。ひと呼吸おいてニコライは続ける。

「セツナとオスカーに報告メッセージ送った後、リーランドはレベル上げをしたいって前線に向かった。僕はここに戻ってセツナ達の帰りを待っていて、次の任務の話をしようとリーランドにメッセージを送ろうとしたんだけど、送れなかったんだ。一応確認はしておこうとリストを見たら、名前が消えてた」

 元攻略組のリーランドは、任務が早く終わると最前線で経験値を積みに行く習慣があった。HPがイエローゾーンになるまで戦い、貴重な転移結晶を消費されることも多かった。

「任務での目撃者は」

「近くにプレイヤーはいなかった。索敵したから間違いないよ」

「そうか」

 正直なところ、重要なのはリーランドに単独行動を取らせたことではなく、任務時に目撃者がいたかどうかだ。目撃者は善良なグリーンでも、次の任務での暗殺対象になる。

「隠密スキルを上げている者が、2人を目撃したとでも?」

 オスカーがそう尋ねる。

「ニコライ、索敵スキルの熟練度は」

「845」

 自分のステータス数値をさらりとニコライは言ってのける。

「ニコライの索敵を掻い潜るプレイヤーがいるとは考えにくい」

 そこでセツナの思考は止まってしまう。思考しようにも、情報が足りなさすぎる。現時点でリーランドの死については、今日死んだこと、PKされたこと。加えて確実とは言えないが、ニコライと別れた後は前線に行ったことしか分かっていない。

 ふと、視界にあるメッセージアイコンが点滅していることに気付く。セツナはそれをタッチしてウィンドウを呼び出す。

「団長からだ」

 セツナは文面を読み上げる。

「『リーランドの死の捜査と、彼をPKしたプレイヤーの暗殺を命じる。尚、この任務は最優先事項とする』」

 

 ♦

 

「まるで探偵だナ」

 事の顛末を一通り聞いて、アルゴはそんな感想を漏らす。

「んデ、オレっちに推理を手伝えってカ? そりゃお断りだネ。こちとら情報取引だけで手一杯なんダ」

「あんたに探偵ごっこをさせるつもりはない」

 そう言い放ち、セツナは壁に背を預ける。

「32層を拠点にしていたワビノスケというプレイヤーは、本当に1人で活動していたのか」

「本当ダ。ワビノスケは4日前から32層の西エリアで強盗を働いてタ。1人だけって目撃情報がいくつもあル」

 ベンチに腰掛けるアルゴは、フードから覗く視線をセツナに向けてくる。

「奴に仲間がいテ、そいつがお前さんのお仲間を殺したと思ってんのカ?」

「的外れだというのか」

「まア、情報が少ないから仕方ないサ」

 アルゴは悪戯に笑う。だがすぐに笑みは消えて、逡巡の後に言った。

「セツナ。2週間くらい前に来た客に、お前さん達の情報を売っタ」

「何っ……」

 セツナは険を込めてアルゴを睨む。アルゴはどうどうと両手を振る。

「慌てなさんナ。お前さんのお仲間だヨ。KoBの暗部を名乗ってタ。自分達の仕事内容を代金にしてたナ。まあ大体お前さんから聞いたネタばかりだったから金にはならんガ、一応初めて聞いた体にしといたヨ。オレっちとお前さんの仲だからネ」

 アルゴは人差し指を自分の唇に当てる。アルゴの協力を得ているのは他のメンバー達には秘密にしているから、こういった配慮は有難い。欲を言えば黙っていてほしかったが。

「そうか、助かる。それで、どんな情報を売った」

「KoBメンバーの経歴をまとめた名簿を作るよう頼まれタ。噂とか憶測とかでも構わないってナ。結構作るの苦労したヨ」

「それには俺達の情報も入っているのか」

「あア、入れタ」

 あっさりと言い放つ。流石は鼠のアルゴだ。自分のステータスすら売るという噂は伊達じゃない。

「でも一応、暗部のことは伏せといタ。オレっちにもヤバいって分かるからナ」

「その名簿を買った奴の名前は」

「名前は名乗らなかったなア。暗部のネタだけで団員名簿なんて割に会わなかったカ。しくじっタ」

「そいつが買った名簿、俺にも貰えるか」

「いいヨ。何冊か増刷しといタ」

 アルゴはオブジェクト化させた本をセツナに手渡す。茶色の表紙にタイトルは書かれていない。

 セツナはページを捲る。まず最初に目を通すのは自分の経歴。今までの商売で集めた乱雑な情報の中からピックアップした苦労が窺える。

 

 《セツナ》

 2023年8月、KoBに入団。ギルド入団以前の経歴は不明。

 

 傍から見れば、セツナの経歴はこの短い文章で成り立ってしまうことになる。我ながら随分と素っ気ないと思うが、現実でも1人物の人生なんて生没年と学歴と職歴だけなのだからこれでも彩りがあるほうだろう。それに余計なことを書かれるよりはずっといい。

「今回の事とは無関係かもしれないガ、一応伝えとク」

 それだけ言って、アルゴは街中へと消えていった。

 ホームに戻っても、セツナはオスカーとニコライに名簿のことを黙っていた。この2人――既に亡きリーランドかもしれないが、暗部のことを嗅ぎ回っている者が内部にいるかもしれないのだ。ただでさえリーランドのことで仕事が滞っているというのに、内部でのいざこざに振り回されるのは勘弁願いたい。

「そういえば、ストレージの結晶アイテム切らしてたよね」

 ソファでウィンドウをスクロールしていたニコライが、戻ってきたセツナに言った。

「ああ、団長に補充を頼んでおく。進展はあったか」

「何もないよ」

「オスカーは」

「ニコライと同じです」

「そうか。俺はもう休む」

 「お休みなさい」と、野太くも丁寧なオスカーの声を聞きながらセツナは階段を上る。コートを装備から外し、ベッドで横になるとアルゴから受け取った名簿を開く。

 

 《リーランド》

 2023年10月、KoBに入団。ギルド入団以前は前線で友人4人とパーティを組んでいたが、オレンジプレイヤー集団に襲撃され1人生き残る。

 

 《オスカー》

 2023年5月、KoBに入団。入団以前はソロプレイヤーとして活動。

 

 《ニコライ》

 2023年10月、KoBに入団。第9層を拠点としていたオレンジギルド《オルペウスの琴》のメンバー。2023年8~9月の間に《オルペウスの琴》がフラグMob戦で全滅し1人生き残る。

 

 ♦

 

「一応、現場検証はしておきましょう」

 翌朝、朝食の席でオスカーがそう提案してきた。

 ニコライによるとリーランドは最前線の第46層へ行くと言っていたようで、現場と思われる迷宮区へと足を運んだ。

「リーランドの剣でも回収できればいいのですが」

 オスカーはそんな期待を口にするが、アイテム目的のオレンジプレイヤーならPK時にドロップしたものは全てその場で回収する。運良く回収を逃れたとしても、最前線の第46層に足を運ぶ攻略組はステータス向上に邁進するもので、業物と自慢していたリーランドの剣はラッキーな落し物として別の手に渡っているに違いない。

「妙だよね、最前線で死因がモンスターじゃなくてPKなんて」

 何度目かのエンカントの後、ニコライが獲得経験値を確認しながら言った。

「何故そう思う」

 セツナが聞くと、ニコライは「分かってるくせに」と言いたげに半ば呆れた表情を見せる。

「オレンジプレイヤーは大体中層にいるよ。モンスター相手じゃ敵わないからプレイヤーを狙うのさ」

「詳しいんだな」

「何、僕を疑ってるわけ?」

 薄暗い迷宮区の松明が、ニコライの眉根を寄せた表情をおぼろげに照らす。

「いや、疑っていない。多分、リーランドが死んだのはここじゃない」

「どういうこと?」

 オスカーとニコライの視線がセツナに集中する。

「確認したいことがある。リーランドが死んだ日の結晶分配はどうなっていた」

「転移結晶が3個しかなかったから、リーランドには代わりに回廊結晶を渡した」

 ニコライの言葉でセツナは確信する。

「リーランドはレベリングの途中で窮地に陥り、回廊結晶を使って脱出した。その転移先で殺された」

 「しかし隊長」とオスカーが口を挟む。

「回廊結晶の出口にはタフトを指定していたはずです。圏内でどうやってPKをするのですか?」

「オスカー、32層での任務で目撃者を殺したな」

 突然の切り替えに戸惑いながらも、「ええ」とオスカーは頷く。

「あの目撃者はリーランドだ」

 オスカーは拍子抜けして口を半開きにする。何か言いたげだが、言葉が詰まっているようだ。

「あんたは分かった上で殺したんだろ」

 こればかりはニコライも驚いているようで、オスカーを凝視している。当のオスカーは「違う」とうわ言のように呟いている。

「リーランドは暇さえあればレベリングに行く習慣があった。いつもギリギリまでダンジョンにこもって結晶で脱出するのを利用して、出口を俺達のいる迷宮区に指定した回廊結晶を渡した」

 第32層の任務でセツナはオスカーが目撃者を殺す現場を直接見てはいない。目標と交戦した際、オスカーが「見られました」と目撃者の追跡へと向かった。目標を暗殺し、オスカーを追いかけたら既に彼は目撃者を殺害していたのだ。

「リーランドが転移した迷宮区で、あんたは指定しておいた転移地点に行ってあいつを目撃者として殺した。レアアイテムにがめついあいつのことだ。分配のときに貴重な回廊結晶を喜んで受け取っただろう」

 真実なのかそうでないのか。さっきまで動揺を演じていたオスカーは焦りも絶望も見せず無表情になる。数秒の沈黙。それが途方もなく長く感じる。オスカーはその沈黙を静かに破る。

「ええ、隊長の仰る通りです。なぜ分かったんです?」

「消去法だ。ニコライも疑っていたが、確証はこれだ」

 セツナはポケットから1冊の本を取り出す。アルゴから受け取った血盟騎士団の名簿。

「鼠のアルゴから、暗部の誰かがギルドメンバーの情報を買ったという情報を俺も買った。6月と7月に、リーランドと同じようにレベリング中に死んだ団員が3人いる。あんたは、これが初めてのPKじゃないだろう」

「ええ、全て正しいです。まさか隊長が鼠と取引をする仲だったとは」

「この名簿を作成するよう依頼したのはあんたか」

 オスカーは答えず、代わりにストレージからセツナと同じ本をオブジェクト化する。

「なぜ殺した」

 セツナは問う。状況でオスカーが容疑者として浮かび上がってはいたが、その動機については全く思い当たる節がなかった。リーランドの死の前夜、彼と口論を繰り広げてはいたが、それを理由に殺すほどオスカーは子供ではない。

 オスカーはゆっくりと回廊を歩きながら言った。セツナとニコライは後に続く。

「俺は暗部に入るとき、ヒースクリフ団長から監視の命を承りました。もし暗部が反旗を翻す兆しを見つけたら、芽を摘み取るようにと。血盟騎士団は攻略組で最も強く、そして最も誇り高きギルドでなければなりません。それは汚れ仕事の暗部でも変わりません。それなのに………」

 オスカーの声から感じる雰囲気にセツナは奇妙な緊張を見出す。これまでセツナ達が殺してきたオレンジ達が醸し出す愉悦も狂気も、オスカーからは感じ取れない。

「リーランドは日頃から団長への不満を漏らしていました。隊長は知っていましたか? リーランドがギルドを抜けて、新しいギルドを作ろうとしていたことを」

「いや、知らなかった」

「重大な背信行為です。暗部に入る前に殺した3人もそうでした。皆、団長への忠誠を持たずギルドに所属しているだけで満足する連中です。俺達は下層にいるプレイヤーの希望でなければならないのに」

 回廊の行き止まりで足を止めたオスカーは天井を仰ぐ。横から見たその顔は悲しげに正気を保っている。

 義務感。それがオスカーの粛清を働いていた理由だとセツナは思い至る。このメイス使いは血盟騎士団にいることを誇りとし、ヒースクリフに忠誠を誓い、そのためにギルドに相応しくない団員達を殺した。そこに愉悦も狂気も介在せず、オスカーは罪の意識を背負いながら更に罪を重ねていた。

「悲しいですね。志を共にした仲間を葬らなければならないというのは」

 わざわざ殺さなくてもよかったのでは。善良な者ならそう言うのかもしれない。でもセツナにその言葉を述べる権限は持っていない。そっくりそのまま跳ね返ってくる無責任な言葉だ。それはニコライも同じで、彼はダガーを腰から抜く。セツナも剣を抜いた。

「オスカー。あんたをリーランド殺害の犯人としてこの場で殺す。これは団長からの命令だ」

「ええ、俺も罰は受けるつもりです。しかし、最期にこれだけは、やっておかなければなりません」

 オスカーは壁を背にして設置されている宝箱を開ける。直後に、光源が分からない赤の照明が回廊を照らした。同時にファンタジー世界観には不自然な電子的アラーム音。

「隊長も名簿を見たのなら、ニコライが元オレンジプレイヤーと知っているはずです。彼も排除しなければならない」

 滅多に近付かないから忘れていた。迷宮区のトラップ空間。転移結晶を取り出すニコライに向けて言う。

「結晶無効化エリアだ」

 走ってトラップ範囲から抜け出そうとするが、天井から厚い石壁が下りて回廊を塞ぐ。周囲に光の柱が無数に現れ、その中から岩で形成された人型のゴーレムが佇む。

「フォウ、モンスターは俺がやる。お前はオスカーを」

 コードネームで呼ばれたニコライは軽く頷く。セツナは先行して阻むゴーレム達を切り倒し、ニコライはゴーレムにメイスを叩きつけるオスカーへと走り出す。

 ニコライがオスカーとの戦いに集中できるように。そのためにモンスターの始末を買って出たのだが、思いのほかモンスターはすし詰めと言っていいほど多く、ニコライとオスカーに目を向ける余裕もなく剣を振った。ゴーレム1体の強さはそれほどでないにしても、油断すれば数の暴力が押し寄せてくる。

 目に映るもの全て。長期戦で吹き飛びそうになる冷静さを、倒したゴーレムを数えることで留める。もし目の前にニコライが現れたらうっかり殺してしまいそうで、しっかりと剣を振る対象を見据えながら斬り捨てる。

 赤い照明とアラームが消え、元の暗い迷宮に戻る。それでも新手が出てくるのではと、警戒は緩めなかった。離れたところで衝撃音が聞こえる。ニコライとオスカーは泥臭く、武器を打ち合う戦闘を続けていた。だがすぐに、オスカーのメイスがニコライの脇腹に食い込んだ。ニコライが奇声に似た叫びをあげ、数瞬置いて砕け散る。

 オスカーはその場で膝をついた。体力的な疲労なんて感じないはずなのに。焦点を当てるとオレンジに変わったカーソルと残り3割を切ったHPが表示される。セツナはゆっくりと歩き出す。

「隊長、ずっと不思議に思っていました……。あなたは任務で積極的に殺しを引き受けるのに……、殺すときは辛そうな顔をしている……。何故です…。何故隊長は殺すのですか…………」

 どうやらニコライは、死の直前に麻痺毒を込めた一撃をオスカーに見舞ってくれたらしい。《オルペウスの琴》にいた頃に教わったのかもしれない。惜しいことをした。もっと早く知っていたら、彼から暗殺に適したその技術を教わることができたのに。

「隊長……、教えてください。冥土の土産に………」

 こんな状況でも、オスカーから狂気は感じない。この男はどこまでも真面目で律儀で正気だ。笑いもせず、怖れもせず、ただ疑問を解消するために質問を繰り返してくる。

 セツナの振りかざした剣が赤い光を纏う。光の尾を引いて、剣はオスカーの顔を真っ二つに裂いた。

 ごくりと、咥内に広がる鉄臭い味を飲み込む。

「これが理由だ」

 目の前で霧散していくオスカーの残骸に、セツナはその言葉しか見つけることができなかった。

 

 ♦

 

 いつも通りの時刻。いつも通りのアラーム音で目を覚ます。

 リビングのソファでくつろぎ、朝食の黒パンと不味いコーヒーを飲む。ふと、テーブルの隅にある本が視界に入った。持ち主が放置したのだろう「恐怖の四季」。それを手に取りページを捲る。どうやら短編集のようで、「スタンド・バイ・ミー」の原作になったのは1エピソードだけらしい。

 久々の読書を楽しんだ後、セツナはグランザムの血盟騎士団本部に向かった。

「そうかね。そんな事が」

 報告を全て聞いたヒースクリフは神妙そうに言う。

「オスカーの所業に気付かなかったのは私のミスだ。済まなかった、セツナ君」

「これから新しいメンバーを補充するか」

「いや。今回のことを踏まえて、これからの任務は全て君に一任したい。できるかね?」

 ヒースクリフの両眼がセツナを見つめる。威圧は感じない。彼は純粋に、セツナにできるかと聞いている。

「ああ」

 ヒースクリフは苦笑する。喜んでいいのか迷いがあるように。でも、どこかそれが偽物のように思える。

 それでも構わない。心細さはなかった。元々仲間意識など皆無だった。リーランドがギルドからの独立を考えていたことも、ニコライが元オレンジプレイヤーだったことも、オスカーが忠誠故に殺人を犯していたことも知らなかったのだから。

 むしろ1人がいい。そっちの方がやりやすい。

「早速だが次の任務だ。第15層を拠点としているオレンジギルド《ビスマルク・ヘッド》の殲滅を命じる。潜入か襲撃か。方法は君に任せるよ」

「了解」

 4人でひとつ屋根の下に集う共同生活。共有する苦楽もなく、夢も語り合わない仮初めのジュブナイルは終わった。傍にいて(スタンド・バイ・ミー)とは思わない。本当にいてほしい人は既にいない。

 ビスマルク・ヘッド。そこに奴はいるのか。奴を見つけ出すまで、セツナに立ち止まることはできない。

 黒のコートを翻し、セツナは振り返ることなく会議室を後にする。

 本部を出てすぐ目標のもとへ――、とはいかずセツナは寄り道をする。ギルドのことを知っている情報屋のもとでもアイテムショップでもなく、フィールドの荒野に繰り出し地面が途切れる外周の淵に立つ。

 リーランド。オスカー。ニコライ。

 消えていった者達の名前を呼んで追悼らしいことをするも、セツナは未だに悲しみも寂しさも見出せずにいる。オスカーを殺した感触と、口の中にある血の味はまだしっかりと残っているというのに。それが全てデータで作られた仮想の産物なのではないかという思いにとらわれた。

 セツナはオブジェクト化させた「恐怖の四季」を無造作に投げ捨てる。本は無限に広がる空へと乗り出し、一瞬だけ浮遊すると重力に従って下へ下へと落ちていく。

 その姿が雲の中へと消えていったところで、ぱりん、と小さく破砕音が聞こえた。




 番外編は前編で生じていた空白期間を補完するために書きました。作中で何年何月か明確な時期を書いていないので年表的なものを作ろうかなと思います。

 にしてもサスペンスはキツい。サスペンスとしての体は殆どないけど………。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。