ソードアート・オンライン パラダイス・ロスト   作:hirotani

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 シリアスな話ばかり書いてたら猛烈にギャグに飢えている今日この頃です。


第24話 開戦には狼煙を

 早朝からグランザムでは厳戒態勢が敷かれている。街の出入り口、転移門広場は団員達が数十人規模で警備にあたり、転移門広場から血盟騎士団本部までの通路両脇にも団員達が並んでいる。警備を任された団員は大多数が入団して日も浅く、武器は勿論防具の類も統制が取れているとは言い難い。通りに店を構えるNPCが客引きをするが、彼等はそれを無視して佇む。

 予定時刻まで残り15分のところで、転移門の空間がより歪になる。歪む空間の中から鎧に身を包んだ一団が現れ、前後に2人ずつ囲まれた男だけは武装せず青のローブを身に纏い悠然と歩く。広場を警備する団員達の表情が険しくなり、おもむろに剣に手をかける者もいるが、抜くには至らず通路へ躍り出る一団の背中をただ眺める。

 一団は迷うことなく街を歩く。目的地までの道のりには団員達が脇を固めているため迷いようがない。街の構図を知らなくても団員達が無言で教えてくれるのだが、一団を率いるローブの男にとってグランザムの街は庭のようなものだ。

 歩きながら、男は街中にそびえ立つ尖塔を見上げ息を吸い込む。どこの街にも特有の臭気があるのだが、グランザムにはそれがない。街路樹すらない自然が廃された鉄の都。永遠の不滅を追求し鋼鉄で造られた建物。鉄は腐らないから臭気を出すことはない。それが街に冷たさをもたらす。

 本部の門で到着した一団を書記係が出迎える。書記係は男の顔を見て目を見開く。職務をそつなくこなす彼の珍しい表情が可笑しく、男は微笑する。

「久し振りだな、ダレン」

「………ご案内いたします」

 最優先は職務と切り替えたダレンは門を開き、一団を中へ招き入れる。本部の中にも警備は敷かれている。ロビーの壁際に計4人。彼等は入ってきた一団を凝視する。彼等の視線は意に介さず、男はダレンの案内に従って階段を上がっていく。

「こちらです」

 他のものよりも一際大きな扉の前で、ダレンが中へと促す。

「彼等も同席して構わないかな?」

「……ええ、2人までなら許可します」

「ありがとう、ダレン」

 前を歩いていた2人は扉の右へと移動し、そこで直立したまま動かなくなる。さながら神殿を守護する番人の像のように。

 ダレンは扉を2回ノックする。

「団長、先方がお越しになりました」

「ああ、入れてくれ」

 ダレンが扉を開けると中から光が漏れ出してくる。背後に2人の警護人を引き連れ、男は足を踏み入れる。

 

 ♦

「お久し振りです、セツナ団長」

 参謀職達の机が撤去され、代わりに設置されたソファからセツナは立ち上がる。書記係の案内で向かいにあるソファの横で、護衛2人を引き連れた来客は足を止め、書記係は一例して会議室を後にする。

「新しいリーダーがあんただったとは。足労を感謝する。ギルバート」

 聖竜連合のリーダーとしてやって来たギルバートは苦笑する。サプライズを意図していたのか、いつもの無表情を貫くセツナに反応を求めているように見える。

「突然ギルドを抜け、更にこうして押しかける形になって申し訳ありません」

「いや、構わない。こちらも話し合いの場が欲しかったところだ。退団のことも糾弾するつもりはない」

 「感謝します」とギルバートは会釈する。セツナは彼のために用意したソファを手で指し、ギルバートは腰掛ける。ソファの両隣に立つ護衛達はセツナを睨みつけるが、その感情を読み取る気も起こらず、セツナもソファに座る。

 この会談を持ちかけてきたのは聖竜連合だ。前リーダーのリンドに血盟騎士団から要請していたのだが、彼がリーダーから退いたことが判明してからは有耶無耶になり、対話は不可能という諦めの雰囲気がギルド内に漂っていた。そんな最中の2週間前、グランザムに白旗を手にした使者と名乗る男が転移門広場に現れた。彼はその場で自身を包囲した団員達に封書を差し出した。

「そちらの団長に渡してほしい」

 それだけ言って使者は転移門へと消えていったらしい。拘束して取り調べをするべきだったとクラインは主張したが、何もせずに使者を返した団員達の判断は正しかったと思う。もし拘束すれば、不当な暴力と聖竜連合に正当な攻撃の機会を与えてしまう。

 事の報告と共に封書を受け取ったセツナは中に1枚だけ納められた便箋を呼んだ。

 

 血盟騎士団ギルドリーダー セツナ殿

 ギルドを代表し、あなたとの対話の席を求めます。

 

 便箋にはその短い要件と、先方が指定する日時だけが書かれていた。参謀職達は罠と警戒しながらも、その要請を受けることを勧めた。正直、期待は全くと言っていいほどなかった。会談を受けることにしたのも、相手の出方を伺うため。いずれは牢獄エリアに送ることになるであろう聖竜連合リーダーの顔と名前を認識しておくため。団員達には聖竜連合を打倒しようという気運が高まっている。

 団員達の中で枷のようなものが外れかけているのを感じながら、セツナは数日後に再びグランザムにやってきた死者に了承の旨を伝えた。

「先に質問をしたいのだが」

 鋭いセツナの視線にギルバートは臆さず微笑で応える。

「ええ、構いません」

「なぜ主街区に侵攻した」

「侵攻とは、随分と誤解されているようだ。我々はただ、各層で勧誘をしていただけですよ」

「そちらのメンバーにPKされたという報告を受けているが」

「私もそれは聞いています。とても残念なことです」

 ギルバートは顔から笑みを消して視線をやや下げる。

「あんたの命令ではないと」

「私は穏健に進めるよう指示しました。しかし、中には過激な行為に走る者も多く、まだギルド全体の意思が統一されていない面もあることは事実です」

「80層のボス戦直後に俺達を襲ったのは、その過激派なのか」

「ええ。我らが聖竜連合はデスゲーム開始初期に結成されたドラゴンナイツ・ブリゲードを前身としています。他のギルドと合併して現在に至るのですが、巨大化した結果ギルド内で派閥が生じてしまっています。一部のメンバー達が血盟騎士団に強い対抗意識を持っていることもあり、あなた方を襲ったのはその者達なのです」

「内部分裂を起こしておきながら、なぜ更にギルドの巨大化を図る。内部での抗争が激化するだろう」

「仰る通りです。しかしプレイヤー達の意思で共通するものがひとつだけあります。セツナ団長なら、ご理解されているのでは?」

 ギルバートの言う通り、セツナにはその答えが分かっている。セツナのみならず、プレイヤー全員が分かり切っている。

「ゲームクリアか」

 満足そうにギルバートは再び笑みを浮かべる。

「セツナ団長も就任時に仰っていましたね。もはやプレイヤー同士で下らない張り合いを続けていられる状況ではないと。その時、私はセツナ団長の言葉が信じられずにあのような無礼を働きましたが、次第にあなたに共感するようになったのですよ」

 よく言えたものだ。ボスの間に押し込んでモンスターPKしようとしておいて。その皮肉を秘めるに留める。

「そうか。それは光栄だ」

「いえ、とんでもない。しかしながら、血盟騎士団は規模があまり大きいとは言えません。プレイヤー達の意思を統一するには攻略組、それも大きなギルドが牽引しなければならないと思いました」

「聖竜連合はそれを可能にすると」

「私がリーダーに就任した聖竜連合は、新たな方針としてプレイヤー全員を攻略の戦力として育て上げるつもりです。元より我々は攻略組最大の規模を誇っていたため、育成支援に必要な人も財も揃っています。残りの階層も僅かな今、もうギルド間で牽制しながら攻略を進めなくてもいいのです」

 1問えば10返してくる。ここまで話してくれれば、おのずと話は見えてくる。彼が何のためにここまで来たのか。彼が何を要求してくるのか。

「さて。それでは本題に移らせてもらいます。セツナ団長、血盟騎士団の指揮権を私に譲って頂きたい」

「それは、血盟騎士団が聖竜連合と合併するということか」

 ギルバートは首肯する。

「攻略を目指すという点で私達は共通しています。あなた方を同志として迎え入れれば、こちらの過激派も鎮めることができるでしょう。悪い話ではありませんよ」

 そう、悪い話ではない。

 言葉だけ聞けばその通りだ。ギルバートは微笑を絶やさず返答を待っている。セツナは彼の目を見据える。瞳は好意的な善意の色を浮かべている。だが、それをセツナは信じることができない。

 人の善意を信じていたのはもう昔のことだ。かつてのセツナであればギルバートの言葉を偽りなく受け入れただろう。人には誰かのために自分を犠牲にできる意思があり、それがセツナの好んでいた勇猛果敢な戦士の物語を生み出すことができたのだと。

 だがこの世界に来てセツナは知ってしまった。現実は物語ではない。物語の中にある善意とは所詮作り物であると。誰しもが野蛮になれる素質を秘めていると。それを数えるのが億劫になるほど見てきた。

 セツナははっきりと述べる。

「その提案を受け入れることはできない。確かにそちらの戦力なら、ゲームクリアを果たすことは可能だろう。だが、あんた達を信用することはできない」

 ギルバートは少し驚いた様子で、僅かばかりに目を見開く。セツナは続ける。

「先日も、あんたのお仲間に団員が殺されたと報告を受けた。そちらの指揮に下れば軋轢が解消されるほどの単純な問題じゃないだろう」

 セツナは見逃さない。ギルバートの瞳にある善意が陰りを見せたことを。その奥に潜む黒いものを。こういった輩は何人も見てきたし始末してきた。本性を引き出すのが厄介な輩だ。

「いいのですか? これは和平の機会だというのに」

「立て続けに起こっている犯罪行為を治めることができていないあんたに、攻略を主導させるわけにはいかない」

「残念です、セツナ団長。あなた方が我々の攻略を阻むというのならば、私は徹底抗戦させてもらいます」

 ギルバートは立ち上がり背を向ける。歩き出したその背中に護衛達が付いていく。

「それでは、失礼」

 それだけ言ってギルバートは扉の奥へと消えていった。廊下で待機していたのか、すぐに書記係とクラインが入ってくる。

「団長、協議のほうは?」

「聖竜連合との合併を持ち掛けられた」

「お前え、まさかそれ受けたんじゃねえだろうな」

 「いや」とセツナは前置きする。

「交渉は決裂した。血盟騎士団はこれから、占領された層の解放に動く」

 

 ♦

 SAOの料理は簡略化されすぎてつまらない。

 それはアスナの口癖だ。それでも、現実で料理なんて家庭科の授業でしか経験がないシリカにとっては奥の深い領域になっている。

 食材を切り分ける際は大きさと形を設定し、包丁で食材をタップするだけでいい。でもスキル練度が低ければ設定通りの形や大きさにはならず歪になってしまう。焼きや煮込みの際は調理時間をタイマーで設定するだけでいい。でもスキル練度が低ければ満足に火の通っていない生焼け生煮えか、逆に火を入れ過ぎて黒焦げにしてしまう。

 SAOでの食事はNPCレストランで摂っていたし、圏外で食事を摂るほどフィールド探索に熱を上げなかったこともあって、非常食を作ることもしなかった。そんなシリカが料理を嗜むようになった理由は、単純に暇つぶしだった。

 5ヶ月前から部屋にこもる生活をすることになったシリカは暇を持て余していた。その頃は寝たきりになっていたアスナの様子を看る役目を与えられていたが、物言わないアスナと会話に華を咲かせることもできず、ただ部屋でぐうたらに過ごすだけ。気を利かせたセツナは本を貸してくれた。読書家のプレイヤーが記憶した文章を写した本が発刊されているらしい。これはいい暇つぶしになると思ったのだが、セツナが貸す本はどれも難解で内容が殆ど頭に入ってこない。ラインナップは『すばらしい新世界』、『星を継ぐもの』、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』と、彼はSFを好むらしい。

 アスナが元気になっても家にこもる生活は変わらなかったのだが、自然とスキルを完全習得している彼女に料理を習うようになった。アスナには何を調理させても美味しく仕上がる。ランクの低い食材でも味付け次第で高ランク食材にも勝る料理にしてしまう。高ランク食材なんて使えば、本当に頬が落ちてしまいそうだ。

「シリカちゃん上手になったね」

 スープの味見をして、アスナは笑顔を向ける。アスナの下で修業を積んで、もうシリカの料理スキルも900の大台を超えた。

「もう完全習得も近いし、わたしが教えることはもうないかも」

 シリカは照れ臭く笑う。

「でも、アスナさんには敵わないです。お醤油の調合なんて、あたしにはできないですよ」

「わたしだって最初から上手くいったわけじゃないわ。色んな食材を試して、失敗だって多かったんだから」

 アスナの腕前は、ただスキル練度によるものだけではない。たとえシリカがスキルを極めたとしても、アスナに勝る料理は作れない。アインクラッドで手に入る調味料と味覚再生エンジンを全て解析するなんて、相当の根気が必要だ。しかもアスナは攻略の傍らでそれをやってのけている。

「ただいまあ」

 ぐったりと疲れた様子でリズベットが入ってくる。

「お帰りリズ」

「お帰りなさい」

 ソファにうなだれるリズベットにシリカはお茶を出す。アスナ特製のハーブティーだ。

「お店はどうでした?」

「はじまりの街でお店やってる知り合いに頼んで、工房を貸してもらったわ。まあ、露天商に戻っちゃったけどね」

 リズベットはお茶を飲んで穏やかなため息をつく。すごく根性のある人だ。お店が差し押さえ同然の状況で、まだ商売を続けている。

「リズ、お店移っちゃったの? わたしリンダースの雰囲気好きだったのに」

 会話を聞いていたアスナがそう言ってくる。「あっ」とリズベットは一瞬だけ焦りの表情を浮かべる。

「まあ、はじまりの街は人が多いから。大量に作って、大量に安く売ることにしたのよ。もう軍もないし、街を出る人も多いみたいだしさ」

 アスナには外の状況を教えていない。ただ今まで通り攻略を進めていると嘘をついている。

 ヒースクリフは攻略組を導いている。

 キリトは前線で思う存分暴れている。

 アスナはそう信じて疑わない。アスナの攻略復帰を良しとしないのも、キリトが彼女を案じての意向だと嘘を重ねている。とても辛いことだけど、最も辛いのはキリトが死んでしまったことをアスナが思い出してしまうことだ。

「さて、それじゃ晩御飯にしましょう。シリカちゃん、セツナさん起こしてくれる?」

 「はい」とシリカは階段を上がり客間へと向かう。客間に入ると真っ先に視線が向くのはベッドで眠るセツナだ。彼のために用意された部屋の家具はベッドだけで、私物はひとつも置かれていない。

「セツナさん」

 シリカは眠る彼に呼び掛ける。眠るときも険しい表情は変わらない。

 一緒に住み始めて分かったことだが、セツナは意外にもずぼらな一面がある。たまに起こしに部屋を訪ねると、決まって布団もかけずコートも着たまま眠っている。でもそれは仕方のないことなのかもしれない。ここ最近は家を出るのが夕方で、帰宅は朝方と昼夜逆転している。今日も朝帰ってきて食事を終えるとすぐに就寝した。

「セツナさん!」

 シリカが肩を揺さぶり、ピナが口で顔を突いたところでようやく目を開ける。

「セツナさん、ご飯ですよ」

「ああ………」

 ゆっくりと上体を起こして、セツナは目を擦る。意識はすぐに覚醒したのか、おもむろにベッドから降りるとウィンドウを呼び出して紙束をオブジェクト化させる。

「今日の朝刊だ」

「ありがとうございます」

 差し出された新聞を受け取ると、シリカはすぐ自分のストレージに納める。新聞はシリカが外の状況を知るための貴重な情報源だ。リズベットから聞こうにも、アスナの前では伏せなければいけないことが多すぎる。セツナも家にいるときは食事か寝るときだけだ。

 リビングに降りると、既に夕食の準備が整っていた。リズベットがセツナに悪戯な笑みを向ける。

「起きたわね寝坊助。10時間以上は寝たんじゃない?」

「2日振りの睡眠だ。それくらいは寝てもいい」

 ダイニングを囲み、「いただきます」と手を合わせて食事を始める。

「今日はシリカちゃんが作ったのよ」

 アスナは嬉しそうに言う。チキンのスープを飲んだリズベットは「うん」と頷く。

「上達したじゃない。アスナを超すんじゃない?」

「そんな、アスナさんほどじゃないですよ」

 シリカは恐る恐るセツナを見やる。セツナはぶっきらぼうにスープを飲み、豚肉のソテーへと手を伸ばす。ソテーもシリカが焼いたものだ。

「もうセツナ、女の子が作ってくれたんだから感想ぐらい言いなさいよ」

 リズベットが茶化すと、セツナは無表情のまま一旦手を止める。

「美味い」

「良かったあ」

 シリカはほっと胸を撫で下ろす。男性に料理を振る舞うのは思いのほか緊張する。嬉しい反面、この料理をキリトに食べてくれないことを思うと危うく悲しみに暮れそうになる。シリカはそれをぐっと押し殺し、スープを口に流し込む。

 食後のコーヒーを楽しんだあと、セツナは身支度を始めた。剣をホルダーに刺し、回復系アイテムと転移結晶をポーチに詰めていく。

「そうだ。セツナさん、これ持って行ってください」

 アスナはキッチンに向かい、すぐにバケット2つを手に戻ってくる。

「お弁当です。キリト君に渡しておいてください」

 そういえば、さっきシリカが夕食を作っている横でアスナはサンドイッチを作っていた。セツナは差し出されたバケットを受け取る。

「あいつは大食いなんだな」

 セツナがそう言うと、アスナは少し不満そうな顔をする。

「もうひとつはセツナさんの分ですよ」

「俺の」

「キリト君がお世話になってるお礼です。これくらいしかできませんけど」

 アスナは笑顔を向ける。セツナは彼女の顔を一瞥すると、受け取ったバケットをストレージに納める。

「ありがとう、渡しておく」

「よろしくお願いします」

「行ってくる」とセツナは暗くなった外へと出ていく。

 キリトさんの分はどうするんだろう。

 彼の背中を見て、シリカはそう思った。2人分食べるのだろうか。誰かにあげるのだろうか。それとも捨ててしまうのだろうか。どんな方法であれ、帰宅したときにセツナは2つとも空になったバケットをアスナに渡すだろう。そしてキリトの居場所を聞かれれば、まだ迷宮にこもっていると伝えるのだろう。

 シリカはたまらず階段を上がった。リズベットと共同の寝室に入り、ベッドにうつ伏せで飛び込む。ピナが顔を擦り寄せてくるのが愛おしく、そのペールブルーの体を抱きしめる。

 泣いちゃ駄目だ。

 もう散々泣いたし、一番泣きたいのはアスナだ。

 ピナが苦しそうに鳴き声をあげ、我に返り話す。「ごめんね」と背中を撫でると、少し気持ちが落ち着いた。

 気分転換に、さっきセツナから受け取った新聞を開く。1面の見出しには大きく【第27層奪還成功】と書かれている。1ヶ月前から、ずっと戦況ばかりが掲載されている。

 アインクラッドは3度目の変革を迎えた。

 1度目の変革はデスゲームの開始宣言。

 2度目の変革はヒースクリフの正体の露呈。

 そして3度目は、血盟騎士団と聖竜連合の抗争。

 血盟騎士団の方針が聖竜連合に占領された層の奪還へと変わってから、双方の対立は表面化した。巨大化しているに違いない聖竜連合に対抗すべく、血盟騎士団も次々と団員を迎え入れ規模が膨れ上がっている。入団者の多くが占領された層から逃げてきたプレイヤーだが、はじまりの街から1歩も出なかったプレイヤーも入団するようになった。

 その勇気を称える内容が新聞には書かれていたけど、シリカは彼等の根底にあるのは勇気ではなく恐怖なのだと思う。

「はじまりの街が聖竜連合に支配されるのは時間の問題だ。また《軍》が好き勝手やっていた頃に戻っちまう。過ちを繰り返さないために、武器を手に立ち上がるべきだ」

 街で木の実を拾い集めて生計を立てて暮らしていた男は、インタビューでそう言っていた。衝撃的なことに、写真の中で彼の隣にはシリカと同い年くらいの男の子が写っていた。少年も血盟騎士団の入団者で、まだ前線に立てるレベルじゃないからエギルの元でレベリングとスキル修行に精を出しているらしい。

 これは戦争だ。

 いつかの記事で、そんなことが書かれていた記憶がある。

 正直、シリカには実感がない。普段は外に出ないのだから当然なのだが、戦争とは無縁の生活をしていたから、戦争なんて歴史の授業で習う程度の認識しかない。

 でも、怖いことが起こっているということは分かる。新聞にはどこの層で戦闘が行われ何人が死んだのかが書かれている。これまでもSAOで死は常に潜むものだったのだが、最近は1日に何十人死んでも大したニュースにならなくなった。

 攻略はどうなった。

 その疑問を持つプレイヤーは多いと思う。でも、主張する者はいない。それどころではなくなったから。

 上層に行けば、聖竜連合に入らされるか殺されるか。それが下層にいるプレイヤー達の認識だ。情報屋でさえギルドの内情を掴めていないせいか、聖竜連合は謎だらけで得体が知れず、それが更にプレイヤー達の恐怖を煽っている。

 聖竜連合と戦う意向を示したセツナは何を思うのだろう。プレイヤー達の意識が攻略から遠ざかり、子供まで戦わせようとしている。

 まだ現実で暮らしていた頃、シリカは紛争地域で戦わされている子供達の映像をニュースで見たことがある。子供達を戦わせているのは先進国を倒そうと意気込む組織の大人だった。あのときはまだ幼かったから、それが何を意味するのか分からず父親に聞いたことがある。

「パパ、どうしてあの子達は鉄砲持ってるの?」

 父親は少し困った顔をしたけど応えてくれた。

「持っていなさいって、大人に言われたからだよ。嫌だって言えないんだ」

「どうして?」

「………そうしなければ、とても怖いことをされるんだよ」

 歯切れの悪い答えで納得できなかったけど、父親の口からはそれしか言葉が見つからなかったのだろう。今でも理解しているとは言えないが、きっとあの子供達はシリカの想像を遥かに越える苦境にあるのだろう。

 細腕には重い銃を持った小さい戦士達。

 いずれ前線に立つはじまりの街の小さい剣士。

 シリカは恐怖する。対岸の火事が自分の世界にも及んでいることに。人がどれだけ死んでも、誰も目を向けなくなっていることに。

 その人々を率いているのがセツナであることが、シリカの恐怖をより深くしていった。

 

 ♦

「なあ、本当に奴の話は信用できんのか?」

「それをこれから調べに行く」

「本当でも嘘でも、どうせ作戦は継続するんだろ?」

「ああ」

 鼻を鳴らし、クラインは後頭部を乱暴に掻く。

「一番のネックはクラインさんですよ。パラメータなんて殆ど脳筋じゃないすか」

「分かってるっつの」

 元《風林火山》の青年の苦言を受け流し、クラインはセツナへと視線を戻す。

「で、侵入経路はどうすんだ?」

「いつもの手でいく」

「そうかい。奴さんらが現れるまで待機ってか」

「そう長く待つこともない。あそこのクエストは深夜にしか発生しないからな。アルゴからも裏は取れている」

「なら安心だな」

 そう言いながらもクラインはどうにも気乗りしない様子だ。隣にいる元《風林火山》の青年が聞いてくる。

「団長、たった3人で大丈夫なんですか?」

「少人数の方が目立ちにくい。もし目標を逃がした場合、あんたの追跡スキルを頼りにすることになる。頼んだぞ、サダヒサ」

 サダヒサは緊張気味に「はい」と返事をする。追跡スキルの達人とクラインが推薦したから今回の作戦に同行させることにしたが、少々不安を拭えない。

「着替えるぞ」

 そう指示したセツナはコートを装備から外し、代わりに青を基調とした装いに変え、更に鎧で防具を固める。2人もセツナと似た装備へと切り替える。鎧の感触を確かめながらクラインが愚痴を漏らす。

「この装備、重くて動きずれえんだよな」

「街にいる間の辛抱だ」

 部屋から出ると、ドアの前で書記係が待機していた。

「準備は整ったようですね。3人の行動はマップ追跡します。不測の事態に陥った場合、余裕があればメッセージを。まず生存を最優先し、危うい状況になれば転移してください」

 作戦前の啓蒙じみた指示に、セツナはいつも通りに「了解」と返す。

「ご武運を」

 その言葉と共に送り出されたセツナ達3人は夜のグランザムへと繰り出す。街にはまだプレイヤーが行き交っているが、大半がセツナ達の同胞だ。作戦内容はギルドメンバー全員に知れ渡っているため、敵と同じ格好をしたセツナ達を見ても警戒を向ける者は誰もいない。

 転移門広場は警備の団員達で埋め尽くされている。これから戦地へと向かおうとしているセツナ達に激励を送り、彼等の声援に包まれながら3人は目元まで覆う兜を装備する。

「行くぞ」

 静かなセツナの声に、クラインとサダヒサは頷く。門へと足を進め、歪む空間の中で3人は一斉にシステムへと告げる。

「転移、アークソフィア」




 IF展開として物語を進めているうちに、もはやこれはSAOといえるのか疑問に思い始めています。
 分かってます。気付くのが遅すぎましたごめんなさい。
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