ソードアート・オンライン パラダイス・ロスト   作:hirotani

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今回はリズベットメインの回です。リズベットは好きなキャラです。ああいう気を張っている女の子っていいですよね。


第7話 遺跡には伝説を

 第49層の主街区は賑やかな街だ。雑貨屋が多く、ホームのインテリアにと多くのプレイヤー達が利用している。店の豊富さも魅力らしい。さながら街全域がショッピングモールのようだ。

 セツナはあまり人混みが好きではないが、この街はそれなりに気に入っている。街の喧騒に紛れていれば、身を隠すことができる。街はカーソルがグリーンであれば受け入れてくれる。たとえさっきカルマを回復したばかりの元オレンジプレイヤーであっても。

 仕事終わりに届いたメッセージで指定された広場のベンチに、そのプレイヤーは腰掛けていた。街の人混みに紛れ込み、どこにでもいるありきたりな人間を装って。何度も会っているためか、それとも小柄ながら妙な存在感を放っているせいか、セツナはすぐに見つけることができた。

「珍しいな。あんたの方から呼び出すなんて」

 セツナが話しかけると、そのフードを被ったプレイヤーはニッと笑みを浮かべた。頬に描かれた髭のペイントが歪む。

「ああ、お前さんに見せたいものがあってナ」

「アルゴがそこまで言うってことは、よほどのものか」

 アルゴは一枚の紙をオブジェクト化し、セツナに手渡した。どうやら記録結晶で撮った写真のようだ。

 そこに写るものを見て、セツナは逡巡した。一見動揺の気は感じないが、その目は僅かに見開き、写真を持つ手に力が入って写真にしわが入った。

「これは……」

「35層の迷いの森で撮られた写真ダ。お前が探している奴と特徴が似ていたから、見せておくべきだと思っタ」

 セツナは以前からアルゴにプレイヤーの情報提供を求めていた。オレンジプレイヤーの情報提供を受けるよう取引はしているが、そのプレイヤーに関しては最優先として伝えるよう頼んだ。

 アルゴは理由を聞かなかった。アルゴにそのプレイヤーの情報を集める義務はない。ただ入ったら伝えるだけでいい。そのセツナの要求に彼女は了承してくれた。

「名前は分かるか」

「いや、そこまでは分からン。ただ、そいつの腕には《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》のエンブレムがあったらしい」

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)……」

 セツナは写真の中の人物を凝視する。森の中で木々に隠れて撮影したのだろう。最大ズームのせいで画質は粗い。フードを被っていることも相まって顔は見えない。だがフードで隠し切れない頬にあるケロイド状の傷跡。それが確信への材料になる。

「オレっちに分かるのはそれくらいダ。新しい情報が入ったら教えてやるヨ。タダでナ」

「済まないな、アルゴ」

 アルゴはかぶりを振る。

「約束したからナ。お前さんにはタダで情報を提供するっテ。それに、お前さんからは金になるネタをたっぷり貰ってるサ」

 ヒースクリフがセツナを使って行っている犯罪者狩り。それは情報屋にとってはかなり高額な取引ができる情報らしい。一度だけセツナの情報はどれくらいの金額を見積もるのか、聞いたことがあった。あまり安く見積もられて売られたらたまったものではない。もし安ければ証拠隠滅としてこの小柄な情報屋も手にかけなければならない。

「死神の情報を買うプレイヤーはいるのか」

「ん~、たまにナ。でもしっかりとシラ切ってるヨ。知ってるなんて言ったらオレンジに狙われるからナ」

 アルゴも自分が危険な領域に足を踏み込んでいるのは理解しているらしい。それくらいの分別がつかなければ情報屋なんて商売はできないだろうし、セツナも情報のやり取りをしようとは思わない。

 セツナが写真を返そうとするとアルゴに「持っとケ」と断られ、自分のストレージに納める。アルゴはセツナの腰に提げたリーパーズエッジに視線を向けていた。

「剣、戻したんだナ」

「貸していた知り合いから返してもらった」

「そうカ、そいつは良かっタ。前のはお前さんが使うにはなまっちすぎたしナ」

「これでも厳しくなってきた」

「45層ボスが落とした魔剣も、今の前線じゃナマクラってことカ」

「新しい剣が必要だ。奴と戦う時に備えるために」

 現在セツナが愛用している剣《リーパーズエッジ》はドロップアイテムだ。とあるオレンジギルドに潜入していた時期、それなりの猛者が揃っていたギルドで第45層のボス攻略を決行することになったが、メンバーが次々と死にセツナ1人が生き残った。手を汚さずにギルドを潰せたセツナは、死んでいったメンバーたちが見抜いたボスの弱点を突き、単独で撃破を成し遂げたのである。

 そのボスが落とした剣がセツナの懐に収まり今まで使ってきたのだが、現在の最前線のモンスターでは苦戦することが多くなった。軽い上に攻撃力もそれなりにあるため、これ以上に使い勝手の良い剣が果たして存在するのか心配だ。

「俺の最高の剣を作れる鍛冶屋はいるか」

 セツナは鞘から剣を抜いて、その刀身をアルゴに見せる。銀色の刀身は渋みがあってなまくらのようだが、これでも定期的に整備を鍛冶屋に頼んでいる。その鍛冶屋に武器の作製を依頼してはみたが、セツナの要求に応えられる程のものは作れないと断られた。以前入っていたオレンジギルドの鍛冶職人なら作れたのかもしれないが、彼はもういない。

 アルゴは顎に手を当てて数秒唸り、分かりやすく「そうダ」と人差し指を立てた。

「確か、48層で店をやってる鍛冶屋がいたナ。結構評判もいいし、あの《KoB》の副団長の剣を鍛えタ」

 副団長の剣を作ったというだけで、十分信用に値するものだった。確か、48層の主街区はリンダースといったか。

「行ってみるか、リンダースに」

 

 ♦

 完全にスランプだ。

 椅子にうなだれながら、あたしは深くため息をついた。

 ここ最近、全く仕事に身が入らない。ハンマーを握る手に気合が入らず、代わりに雑念ばかりが混じって集中できない。おかげでオーダーメイドの注文を受けても納得がいくような品ができないし、昨日は研磨作業で剣を砥石に強く押し付けたせいでポッキリ折ってしまった。店に飾る用でお客から預かったものじゃなかったのが不幸中の幸いだ。

 原因は分かっている。先月の出来事のせいだ。

あの無茶苦茶な黒い剣士に最高傑作を折られ、彼のために最高傑作の剣を作ったのが。数年分の熱を一気に燃やしたようなあたしの恋は始まり、そして終わった。いや、そもそも始まってすらいなかった。気持ちを伝える前に自分がピエロだったことに気付いてしまった。

 ずっとこの熱は燃やし続ける。

 第2ラウンドする。

 そう誓ったはずなのに、あたしの胸から熱はすっと引いてしまったようだ。我ながら情けない。店を構える職人として、自分の仕事に情熱を持てないなんて。

 これでは、彼の隣にいる資格が無いのも当然だ。

「やっぱり、アスナには敵わないな……」

 その独り言が、お客がいない店の中に消えていく。心無しか、店の空気が重い気がした。カウンターに立つ少女NPCは何の反応もしてくれない。

 気晴らしにどこか行こう。

 フィールドに出てモンスターと戦うか、どこかの街で買い物をするか。何でもいい、外で何かできればそれで。

 そう思い立ったあたしは勢いよく地面に両足を叩き付けて立ち上がった。

「ちょっと出かけてくるね」

 NPCにそう言ってあたしは店のドアを開け―

「うわあっ!」

 丁度店に入ろうとしていた来客とぶつかった。あたしの体は店の中に押し戻され、フローリングの床に尻もちをつく。

 親切なことに、来客はあたしを起こそうと手を差し伸べてくれた。恥ずかしさと嬉しさが混じりながら、あたしは俺を言おうと顔を上げた。

「…キリト!」

 無意識にその名前を口に出したけど、その来客はキリトじゃなかった。逆光で顔が影に覆われた来客は表情を変えないが、多分困惑していることだろう。

「あ、あのすみません、その……」

 あたしはどうにか取り繕うとしたが、上手い言い訳が見つからず視線をあちこちに泳がせた。結局、あたしは恥ずかしさで俯きながら、差し伸べられた手を掴んで起き上がることができた。

「ありがとうございます。それと、いらっしゃいませ」

 精一杯の笑顔であたしはその男性プレイヤーの来客を出迎える。ゆっくりと靴音を立てて店に入るその姿を、あたしは接客なんて忘れてボーっと眺めていた。

 あいつと似てる。

 黒い髪に黒い瞳。足元まですっぽりと体を覆っている黒いコート。

 夜だと暗闇に完全に溶け込んでしまいそうなその妖しげな雰囲気が、あの剣士と重なる。でも細かい所を見れば完全に別人だ。

 身長は彼よりも一回り高いし、目尻が吊り上がって彼よりも険しい顔つきをしている。

 何て言うか、この戦いばかりの世界でアバターが成長するのだとしたら、あいつはこんな感じになるのかなあと、そんな気がした。

 来客は陳列ケースと壁に掛けられた武器を見ている。その表情は全く変わらない。さながら能面みたいに。感情表現システムがフリーズしていて、無感情のまま表情が固定されているんじゃないかと思えてくる。

「ここの武器は……」

「は、はいっ!」

 突然話しかけられ、驚いたあたしは上ずった声で反応してしまった。

「全部あんたが作ったのか」

 声に全く抑揚がないあまり、あたしは一瞬それが質問なのか分からなかった。年齢はあまり変わらなそうだけど、声や仕草や表情が外見と釣り合っていない。そういった所まであいつと似ている。

「ええ、全部あたしが鍛えた武器です。気になるものがあれば、持ってみますか?」

 いつもの調子を取り戻したあたしは、笑顔で来客に尋ねる。年齢より幼く見られがちだけど、あたしのこの笑顔を見に来てくれるお客もいる。

「一番性能の高い片手剣を見せて欲しい」

 その来客の言葉に、あたしはムッと口をへの字に曲げた。あたしの武器は、そこら辺のプレイヤーが手軽に扱えるような代物じゃない。あたしが女で、しかも童顔だから見くびられているのだろうか。

 あたしはこの澄まし顔の来客に一泡吹かせてやろうと、注文通り壁に掛けてある一番性能の高い片手剣を外した。

 最高傑作は一ヶ月半前にあいつが折ってしまったが、来客に渡した剣も会心の出来だ。

 来客は青みを帯びた刀身を眺め、軽く素振りする。反応を期待してみたが、来客は表情を変えないまま。感心しているのか、物足りないのか分からない。

 ふと、あたしはデジャヴを覚えた。1ヶ月前に同じようなやり取りをした。この素振りの後、もしかしてと思い咄嗟に剣を握る来客の手を掴んだ。

「まさか、耐久力を試すとかいってあたしの剣をへし折ろうとはしないでしょうね!?」

「するわけないだろう」

 来客は素っ気なくそう言った。あたしは安心して手を放す。そうだよね、普通いきなり売り物の剣をへし折ろうとはしないわよね。

 剣を返した来客は無表情だが、奇天烈なことを言ったあたしを変な奴だと思っているかもしれない。これも、あたしがこんなことを言う原因を作ったあいつのせいだ。

「オーダーメイドを頼みたい」

「結構、高くつきますけど…」

「構わない」

 来客はそう言うと、腰から鞘ごと剣を外しカウンターの上に置いた。

「これよりも高性能の剣を鍛えて欲しい」

 来客の目つきは、外見の年齢にそぐわない凄みがある。その目に少し恐怖を感じながらも、あたしは金属製の鞘から剣を抜いた。重さはそれほどでもない。指先でクリックしてポップアップメニューを表示させた。

 カテゴリ《ロングソード/ワンハンド》、固有名《リーパーズエッジ》。製作者の銘、無し。

「これって、モンスタードロップ?」

 来客は黙って首肯し、一枚の紙をオブジェクト化させてあたしに渡してきた。紙には、このリーパーズエッジのパラメータが事細かくメモされている。

 紙に書かれている数値を見て、あたしは目を見開いて口をあんぐりと開けた。要求筋力地は低めなのに、軽量さに対して攻撃力が不釣り合いなほど高い。あたしは親友のためにスピード重視の軽い剣をたくさん鍛えてきたけど、これほどのものは滅多に作れない。モンスタードロップでこの数値は、魔剣とはいかなくても名剣と言っていい。

「他にも、武器見せてくれる?」

 興奮したあたしはいつの間にか口調がぞんざいになっていた。でも来客は気にする様子もなく、「ああ」と次々と武器をオブジェクト化して、カウンターの上に並べていった。

 カテゴリ《短剣》、固有名《スローター》。製作者の銘、《スナッチャー》。

「攻撃力は期待できないから、牽制や投擲ぐらいしか使い道がない」

 カテゴリ《ブーメラン》、固有名《ダンシングラム》、製作者の銘、《スナッチャー》。

「これは扱い辛くてほとんど使っていない。使ったのは奇襲をかけた時だけだ」

 カテゴリ《大剣》、固有名《タイタンイーター》。製作者の銘、《スナッチャー》。

「攻撃力は高いが、重すぎて動きが鈍くなる。俺には向いていない武器だ」

 どれも情報屋の名鑑に上級クラスとして載っている武器だ。それなのに、あたしはこのスナッチャーという職人を知らない。これだけの武器を鍛えたのなら、同業者の間で名を知られていないのは妙だ。

「このスナッチャーって人、どこに工房があるんですか?」

「32層を拠点にしていたが、死んだ」

 セツナの口から出た事実に、あたしは黙って俯くことしかできなかった。同業者として、腕の良い職人が死ぬのは残念でならない。生きていたら、きっとあたし達の界隈で名人として知られていただろう。

「作れそうか」

 来客の問いかけに、あたしはカウンターに並ぶ刀身を眺めながら唸る。これらの武器はあたしに作れなくもない。高ランクだけど、同じ名前と姿の代物は他にも存在している。数は決して多くはないけれど。

 それにしても物々しい名前ばかりだ。皆殺し(スローター)だの、踊る憤怒(ダンシングラム)だの、巨人喰らい(タイタンイーター)だの、死神の刃(リーパーズエッジ)だの……。

「多分、作れると思います」

 どんなレア素材を使ったとしても、完成した武器のパラメータはランダムに設定される。悔しいことに、あたしの仕事は良い業物ができるという保証がない。

 でも、あたしはこの人の最高の剣を作ってみたいと思った。これは、熟練鍛冶職人(マスタースミス)としてのプライドだ。

「でもうちにある金属じゃ、これを超えるものは……」

「なら取りに行ってくる」

 来客はそう言うと、並べた剣をストレージに戻してリーパーズエッジを腰のホルダーに繋げた。

「行ってくるって、当てはあるんですか?」

「情報屋から仕入れる」

「あ、待って!」

 あたしはドアを開けようとする来客の腕を掴んだ。そんな行動に出たのは無意識だ。あいつに似た背中を見て、あたしは胸にこみ上げるものを抑えることができなかった。

「金属入手のクエストなら、あたしが知ってます。とっておきの」

「それは都合が良いな」

「でしょ。だからクエストのことを教える代わりに……」

 自分でも何やってんだと思う。こんなのあたしらしくもない。それでも、あたしはその言葉を言わずにはいられなかった。

「あたしも、クエストに連れてって下さい!」

 ♦

 

 砂の地面。見渡す限りの砂。

 そんなに体重を乗せていないのに、足が数センチ潜る地面を踏みしめながらあたしは歩いている。外周から差し込む日光を砂が反射して、ぎらぎらと熱を放っていた。

 主街区を出てから2時間歩き続けて、今は午前11時。1日で最も気温が高い時間帯だ。

 ここは年柄年中暑いけど、今は夏だからか余計に暑く感じる。まるで熱した鉄釜の上を歩かされているみたいだ。もっとも、この60層の砂漠地帯を金属素材入手クエストの舞台として紹介したのはあたしなのだが。

 あたしの数歩前を歩く彼は何も言わず、無言のまま砂の上をすたすたと歩いている。あんな暑苦しいコートを着て平気なのだろうか。SAOでは汗をかかないけど、あたしは鉄製の防具を装備したせいか熱がこもっている。冷たいシャワーを浴びたいと思いながら、あたしは前にいる背中を追いかけた。

「大丈夫か」

 前を歩く彼が振り向いて、そんな言葉を投げかけてきた。

「ああ、大丈夫です。セツナさん」

 あたしは精一杯の笑顔で返す。

 セツナ。それが彼の名前だった。店でパーティを組む時、素っ気なく名乗った。パーティを組めばあたしの視界に彼のHPゲージと名前が表示されるから名乗らなくても分かる。セツナは口数が少ないから、自分から名乗ったのが意外だった。何となく、あまり自分のことを話すような性格じゃなさそうなのに。

 まあ、他人に心を閉ざしていたあたしが言えることじゃないけど。

「やっぱり、あんただけでも戻った方がいい。素材は俺が取ってくる」

「いえ、この手のクエストはマスタースミスがいないと駄目って噂がありますし」

「店はいいのか。まだ一度もクリアされていないからって、店を休むほどの代物でもないかもしれないぞ」

「いいんです。仕事は余裕ありますし、たまには外に出たかったんです」

 外に出たかったのは本当だ。でも、まさか男と2人でクエストに行くとは思ってもみなかった。どうしてこの人に着いていこうと思ったのだろうと、あたしは理由を探す。

 正直好印象とは言い難い。無愛想で何を考えているのか分からないし。

 でも、その不明瞭さがあいつと重なる。あたしは今でも、あいつの背中を追いかけているのだろうか。あいつへの未練を、この人に向けているのだろうか。

 いや、違う。一ヶ月前、あたしは自分の気持ちに区切りをつけた。あいつの傍にいていいのはあたしじゃない。あたしができることは、あいつの剣の手入れをしてあげること。良い素材が手に入ったら、あいつのために剣を鍛えてあげること。それで片付いたはずだ。なのに、この人を見ると胸がざわつく。胸の中で何かが暴れているように。

「意味はないかもしれないが、飲んでおけ」

 セツナは水の入った瓶をオブジェクト化させて手渡してくれた。あたしはそれを一気にラッパ飲みする。無味無臭の水だけど、それはあたしの渇いた喉を潤してくれた。

「ぷはっ、生き返るー!」

 まるで風呂上りのビールを飲んだ中年親父みたいに、あたしは口元を手で拭った。そしてすぐ、隣にセツナがいたことを思い出して恥ずかしくなる。そのセツナは指でウィンドウを操作していた。せめて何か言ってほしい。尚更恥ずかしくなる。

 そんなあたしの羞恥など知らない涼しい顔をしたセツナは、フィールドのマップデータを表示した。目的のフラグを立てる村まで結構ある。あたし達は、主街区から村までの距離をやっと半分進んだところだった。

「あとどれ位かかるんでしょうね」

「大体20分くらいだ」

「え?」

 この人地図読めないの、と思った。半分進むのに2時間かかっているというのに。

 突然、セツナはしゃがんだ。

「乗れ」

「え?」

「村まで走る」

「走るって砂漠を!?」

「ああ」

 セツナの体勢からすると、間違いなくあたしを背負って走ろうとしているのが分かる。おんぶってあたし年齢的に高校生だし。他にプレイヤーがいないからってそれは恥ずかしい。

「早く乗れ」

「い、いいです歩きますって!」

「ここでへばってたら夜になっても着かないぞ」

「で、でも……」

 痺れを切らしたセツナは立ち上がると、あたしを肩で背負った。あたしは反射的に「ぎゃーっ!」と叫んで手足をジタバタさせた。それでもセツナは放してくれない。

「大人しくしてろ。振り落とされるぞ」

 セツナは身を屈めると、「行くぞ」と言って砂の地面をダッシュした。

 風と舞い上がった砂があたしの顔を叩いてくる。体勢が悪い上に激しく揺れるものだから、あたしは吐き気を催した。嘔吐なんてしないだろうけど、戻すまいと口を固く閉じてセツナの首にしがみつく。

 あたしはその乗り心地最悪のジェットコースターを、予告通り20分もの間耐える羽目になった。質の悪いことに、あたしの体感時間はそれよりも遥かに長く感じられた。

 ♦

 

 砂漠のオアシスにある村に着いてすぐクエスト発生のNPCのもとへ―。とはいかず、あたしは村についてからしばらくの間広場の地面で四つん這いのまま息を荒げていた。

「あんた…、無茶苦茶よ……」

「大丈夫か」

 その素っ気ない言い方に、あたしの堪忍袋の緒が切れた。

「だ……」

 あたしはすっと立ち上がり、セツナの胸倉を両手で掴んだ。

「大丈夫なもんですか! 女の子の体に気安く触るなんてどんな神経してんのよ! ハラスメントのOKボタン押して牢獄に送ってやるところよ!」

 あいつにも触られたことないのに!

 その言葉は寸でのところで踏みとどまることができた。

「…悪かった」

 セツナは無表情のまま言った。言葉では謝罪しているが、表情のせいで悪びれているようには思えない。

「あー、もうっ」

 あたしはセツナの服から手を放し、村の中をどかどかとブーツの踵を鳴らしながら歩いた。

「何ボサっとしてんのよ、行くわよ!」

 突っ立っているセツナに向かって乱暴に言い放った。

 いつの間にか、あたしはお客である彼にタメ口になっていることに気が付いた。でも訂正しようという気にはなれなかった。年はそんなに変わらなそうだし、あいつと同じで変に気を遣うことが馬鹿らしくなっていた。

 あたし達は元山賊という設定の老人NCPを見つけてクエスト発生の話を聞くことができた。

 

 幼い頃、両親を亡くした自分はなし崩しに山賊稼業に身を落とし、砂漠を彷徨っている旅人を襲ってきた。

 とある旅人を襲ったとき、砂漠の中で忘れ去られた大昔の遺跡に、古代で精製された金属が眠っているという伝説を聞いた。

 そして旅人の案内で遺跡に行ってみたが、遺跡に棲む魔物に旅人は殺され、自分も傷を負いながらも命からがら逃げてきた。

 今は山賊から足を洗ったが、今でもあの遺跡の伝説は本当なのか、それだけが気掛かりだ。

 

 話の内容は大体こんな感じだ。

 あまり話が長くなかったのは幸いだ。NPCが設定された生い立ちや若い頃の苦労話を省略してくれたのは。

「お前さん達遺跡に行くつもりかね。遺跡まで歩いて行くのはさぞかし辛いだろう。これを使いなさい」

 話の最後にNPCはそう言って、あたし達にラクダを2頭貸してくれた。

 これにはあたしは大いに喜んでバンザイした。また乗り心地の悪いジェットコースターに乗るのはごめんだ。

 村から出たあたし達は、ラクダの背に乗って再び砂漠へと繰り出した。ラクダの上はとても気持ちが良かった。砂漠に吹く風が砂を撒き散らすけど、そんなことが気にならないほどに。目線が高くなって、あたしは風に煽られ波打つ砂の地面に見とれていた。

「なんかいいなぁ、こういうの!」

 出店で買ったパンを頬張りながら、あたしは声高に言った。まるで映画「ハムナプトラ」みたいだ。ヒロイン役の女優がしていたように、あたしは早くも愛着が湧いてきたラクダの背を撫でる。

「ふふ、冒険してるって感じ。映画みたい」

「レイチェル・ワイズにでもなったつもりか」

 隣でラクダに揺られながらパンを食べているセツナが、そんな嫌味ったらしい事を言っても上機嫌なあたしは気にならなかった。でも困らせてやろうと、あたしはむくれた顔を見せてやる。

「あの映画知ってるの? 結構古い映画だけど」

「名作は何年経っても名作だ」

 まあ、確かにその通りだ。

 ラクダの上での簡単な食事を済ませると、あたし達はラクダを全力疾走させた。1時間も経たずに、砂漠の中に佇む遺跡へと辿り着くことができた。

 遺跡もまたダンジョンで、中は建造物としては不必要なほど入り組んでいた。あたし達はミイラ型モンスターとエンカウントしつつも、それをいなしながら遺跡の中を探索していった。

 それなのに。

「全っ然見つからないっ」

 日が暮れて暗闇が包む遺跡の安全地帯で、固い地面に座り込んだあたしは苛立ちを吐き出した。

 遺跡のマップデータは既に公開されていたから、迷うことなく全域探したはずだ。最深部にある宝箱を開けようとしたら部屋に横たわっていたミイラ達が襲いかかるというホラーイベントにも遭遇して、全部倒して開けた宝箱の中身といえば《黄金のブレスレット》という装飾品。装備すれば防御力が20プラスされる。

 あたしは唯一の収穫であるブレスレットを眺めてため息をつく。赤や青といった宝石が埋め込まれていて綺麗だけど、正直成金趣味で好きになれない。クエストを受注すれば必ず手に入るアイテムだし。

「それを武器として加工することはできないのか」

 あたしの隣で干からびた腕をオブジェクト化させているセツナが、そう聞いてきた。茶色く細い腕は、ミイラ型モンスターのドロップアイテムだ。気味が悪いけど、あたしはあえてスルーして答えた。

「無理ね。試そうとした鍛冶屋がいたけどできなかった」

「そうか、一度もクリアされていないだけのことはあるな」

 このクエストが発見されたのは半月前だ。遺跡探索というアドベンチャー感満載の内容にプレイヤー達はこぞって食いつき、遺跡の中を探索しまくったが、結局クエスト報酬である金属を見つけることができないまま現在に至る。

「で」

 あたしは隣で繰り広げられている意味不明な行為にとうとう我慢できなくなった。

「あんたは一体何してんのよ!」

 セツナの目の前には、何本ものミイラの手足がオブジェクト化されていた。中には頭部も混じっている。

「火を起こす」

「はあ?」

 セツナは火打石をオブジェクト化させた。小さい鋼のプレートをフリントに打ち付け、散った火花がミイラに巻かれた包帯に触れる。一瞬で炎が燃え上がり、それは積み上げられた手足全てに広がっていった。

「ミイラは乾燥しているから、よく燃える」

「こんな活用法があったとはね……」

 人間の手足が燃えるのは気味が悪いけど、あたしはこれも冒険の醍醐味かなと、不思議と力が入っていた顔が緩んだ。

 砂漠の夜は昼とは対照的に冷え込む。遺跡の中は昼でも暗くてひんやりするけど、外から入り込んでくる風が体を芯まで冷やしてくる。

 火はあたしの体を温めてくれた。ふと横のセツナの顔へ視線を移す。火が揺らめくと、セツナの顔に落ちる影も揺らめいている。それがとても神秘的に見えて、あたしは不覚にも見とれてしまった。

 考えてみれば、モンスターと戦っている時、セツナはあたしを守ることに重点を置いていた気がする。

 当のあたしはメイスを振り回すことに精一杯だったけど、あたしがソードスキル発動に失敗して硬直してたら、セツナはすぐさまモンスターを切り倒した。

 最深部で大量のミイラに襲われた時も、あたしはパニックになって動けなかったのにセツナはミイラ達を薙ぎ倒していった。ろくに戦えなかったあたしをセツナは責めなかった。パーティで足手まといはすぐ孤立させられるのに。

 やることは無茶苦茶で意味不明だけど、悪い奴じゃないんだ。

 セツナは串に通した魚をオブジェクト化させて、火に近付けた。魚の上に料理待ち時間のウィンドウが浮き上がる。魚の皮に焦げ目がつき始め、タイマーが消えると焼きあがった魚を差し出してきた。

「ほら」

「……ありがとう」

 あたしはそれを受け取る。彼に対する口調が、少し柔らかくなった気がした。彼に対しては、お客として気を遣うか、変に気を張ってばかりいたから。

 あたしは彼に対して、自分の心が氷解していくのを自覚しながら焼き魚を頬張り―

「にっが!」

 吐き出した。

「何これ…、ものすごく苦い。それに生臭い。しかもウロコ取れてないし。あんた料理スキルいくつよ?」

「ゼロだ」

「ゼロ!? そんな貧相な腕でよく他人に料理振る舞おうと思えるわ!」

 あたしは魚を放り投げて、セツナが自分用にと手に持っている魚をぶんどった。あたしは高くはないけど、それなりに料理スキルは上げている。工房に籠っている時に手軽に食べられる料理を作るために。

 あたしのスキルのお陰で幾分マシになった食事を終えた後、一難去ってまた一難なことに再び問題が起こった。夜も更けてきたからここで野営することになったのだが、それは大した問題ではない。問題はセツナが言った言葉だ。

「俺が見張っているから、あんたは寝ておけ」

 それは即ち、あたしの寝顔がこの男に見られるということだ。それは嫌だ。絶対に嫌だ。

 体を触られた上に寝顔を見られるなんて、必要な段階をいくつもすっ飛ばしている気がする。あたしとこの男は今日知り合ったばかりで、気心が知れている仲ではない。それどころか、この男は一緒にいればいるほど得体が知れない。

「いいよ、あんたが寝てよ」

「俺の方が索敵スキルは高い」

「あたしにも見張りぐらいできるわよ!」

「寝不足は肌に悪いぞ」

「余計なお世話よ!」

 妙な譲り合いの末、結局2人とも寝ずに夜を明かすことになった。

 絶対にあんたが寝落ちするところを見てやる。

 そう気張りながら火に照らされたセツナの顔を睨みつけていたけど、疲れていたあたしの意識は眠ることを求めてしまい、重くなった目蓋を閉じた。

「ふう……」

 意識が眠りへと落ちる直前、そんな彼の吐息が聞こえた気がした。




リズベットの視点で書きましたが、1人称の難しさを痛感しました。下手に掘り下げたら原作とかけ離れるんだもの……。
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