なんで、こんなにお気に入り件数が増えてるんだ?
本当におかしいぞ。気まぐれに書いて、続かないって書いて投稿した筈なのに。
今回の話は一子メイン回。一子視点ですね。
川神院総代には、一人の孫娘が居る。いや、二人居ると言った方が今は適切だろう。武術の総本山────川神院。そこに居る者たちは、己の武を高め合う。武術家にとって整った環境の場所で育てば、二人の娘も武術家になるのは当然と言えた。その中の一人は子供でありながら、大の大人すら瞬殺する程の力を手に入れる程だ。まぁ、戦闘狂で欲望に忠実なとこが偶に傷だが。
話は戻る。今回の話は、もう片割れの少女の不思議な三日間を記したものである。少女に武術の才能などなかった。しかし、尊敬する姉に近付きたい為に、彼女は努力する。自分でやり方を見付けて、ソレを実験していった。だが、それでも埋まる事はない才能の差。何度、挫けそうになった事か。何度、諦めそうになった事か。それでも少女は最後には、諦める事はせず、人一倍に努力し続けたのだ。
あの姉────川神百代に近付く為に。必死に必死に努力した。まだ足りないと、こんな程度では近付けないと日に日に、修行をキツくしていった。それでも見えない力の差。ソレに気付かない振りをして、少女は強く願う。『強くなりたい』と。そして少女は、彼と出会った。自身と変わらぬ年齢をした少年。覆面を被り素顔を隠した、難しい言葉を話す彼に。
その時の事を、未来の彼女は何時でも思い出す事が出来る。彼が自分に希望を与えてくれた。才能などなくとも、努力だけで強くなれる事を教えてくれた。たった三日間という少ない時間であったが、少女は如何しようもなく楽しかったのだ。そう少女にとって何時しか彼は憧れの存在となっていた。最後の最後まで名前を教えてくれなかったが、そんなのは些細な問題でしかない。
彼のあの三日間があったから、自分はここまで自信を持つ 事が出来るのだから。故に、少女────川神一子はその時の事をこう語るだろう。
─────『あの三日間は、生涯忘れる事はない』と。
その瞳に、一人の少年に対しての想いを浮かべて。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
川神一子の朝は早い。目覚ましが鳴ったと共に、起き上がり、体操服に着替えると川神院の玄関先でストレッチをする。現在の時刻は五時三十分だ。小学生の子供が起きるにしては凄く早い時間だろう。冷えた気温が、少女の体を通り抜けるが関係ない。動けば熱くなるのだから。頬を二、三回叩いて気合いを込めると、一子は自分の腰にロープを巻いた。そのロープの先には車のタイヤが括られていた。
「よし、勇往邁進っ‼︎」
そして、何時ものように掛け声と共に少女は走り出した。本来ならこの日も変わらない日常を過ごす筈だった。しかし、走り出した少女はふと、思った。
「今日は別の道を走ろうかな」
思いもしなかっただろう。この気紛れに道を変えた行為が、一子に出会いをもたらす事を。一子は走りながら方向を転換。別のルートを駆け出した。初めて来る道だ。その為か、キョロキョロと周りを見ながら彼女は走っていた。はたから見れば、タイヤを付けたロープを腰に巻いて走る少女だ。とんでもなくシュールである。
「勇往邁進。勇往邁進」
一子は声を出しながら、リズム良く走る。大分、長い距離を走ったのにも関わらず、少女にはまだ疲れの色は現れていない。元気良く声を出しながら足を動かす。勇往邁進、と。すると、彼女は広い場所に着いた。
「うわ〜、こんな所があったのねぇ。アタシ知らなかったわ」
本当に広い場所だった。その近くには、よく知り合いたちと行く河川敷とは別の河川敷があり、もう
もしかしたら、いい修行場所かも、と一子は笑う。本当にそう思ってしまう。広さは小さな公園よりも大きく、ここでならどんな五月蠅くしても迷惑が掛からないと思う程だ。例え、
「あっ、いっけない。早く帰らないとじいちゃんに怒られちゃう」
何時もならもう帰っていて、朝食を食べている時間になっていた。少しこの場所に長居してしまっていたようだ。一子は慌てながら、急いで来た道を戻っていく。この少しの時間差によって、一子は達人の夢を見る事になるとは、まだこの時の少女は知る由もなかった。
戻っている最中、学生の姿が多くなってくるのに連れ、一子は足を急がせる。だが、そこで少女は視界の端で捉えてしまった。何処かガラの悪い十人程の高校生たちが、一人の少女を路地裏に連れて行くのを。ただ一人の目撃者となった少女は、足を止める。連れてかれた彼女が、どんな目に合うかなど、まだ幼い少女では分からない。しかし、それでも酷い事をされるのは想像出来た。
ここで助けに行けば、完全に間に合わなくなるだろう。だが、それでも一子は迷わずに、彼らを追い掛ける選択を取った。タイヤを引きずりながら路地裏に入ると、すぐに彼らを発見する。
「なぁなぁ〜、いいじゃん俺らと遊ぼうぜ」
「そうそう、学校なんてつまらない所に行かずによぉ」
「俺らと楽しもうぜ」
「まぁ、そうなったら。明日まで帰れないけどな」
少女を囲みながら、なにが面白いのか彼らは笑い声を上げる。必死に抵抗して逃げようとする、女子生徒だが、彼らに腕を抑えられて逃げる事も出来ないでいた。彼女の目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。対して彼らは、涙を流し抵抗出来ない少女に下卑た笑みを浮かべる。
「助けなきy」
「─────おい」
本当に危険だと感じ取った一子は、彼らの元に足を踏み出そうとした瞬間────何処からか不機嫌な一言が木霊した。その声は彼らのものではない。何故なら突然、聞こえた言葉に彼らも辺りを見渡して困惑していたのだから。
「…………あの子は?」
離れた場所から全体を見ていた一子が、最初に気付いた。今までそこに居なかった存在に。少年だ。恐らくは一子と同じ年齢くらいの。だが、彼の素顔がわからなかった。何故なら少年の顔には覆面が被られていたから。突然の覆面を被った少年の登場に、彼らは驚いたものの警戒して損したと、安堵の息を漏らす。
「おいガキ消えろ」
「そうそう、ここからは子供には過激で見せられないんだよ」
ゲラゲラと下品に笑う彼らの一人に、覆面を被った少年は、右腕を伸ばした。
「なにをする気?」
無造作に腕を伸ばす少年に、一子は何故か気になった。少年の近くに居た不良もまた首を傾げる。そして────
「…………あ、がぁ」
「…………え?」
ゴキッと骨の音が響いた。そして近くに居た不良が、崩れ落ちる。足の骨を外されて立てなくなったからだ。なにが起きたか一子は分からなかった。離れて見ても分からなかったのだ、近くでやられた不良など理解出来る訳がない。いきなり立てなくなった不良は、なにが起きたのかを確かめる為に、己の両足を視界に入れて悲鳴を上げる。それに漸く異常が起きている事に、不良たちは気付き驚愕の視線を向けた。
「…………お前ら、折角俺が良い気分でいたのに、不愉快な光景を見せ付けるとはな。覚悟は出来ているんだろうな?」
あまり子供とは思えない口調で、不良たちにそう告げる。それに舐められていると思った彼らは、それぞれが怒声を言い放った。
「上等じゃねぇかっ‼︎」
「なにをしたか分からねぇが、テメェこそ覚悟は出来てるんだろうなぁガキっ‼︎」
「ガキだからって手は抜かねぇぞ」
懐からナイフを取り出し、鋭い眼光を少年に向ける彼ら。しかし、少年の顔には怯えなどなく、ただただ冷静に見据えていた。物陰に隠れながら、何処か期待するように一子は眺めていると、不良の一人が彼に飛び掛った。本来なら子供が高校生に勝てる筈もなく、すぐにボコボコにされるだろう。不良たちも仲間の一人がなにをされて関節を外されたか分からなくても、そうなると思っていた。
だが、彼らの眼前に居る少年は、ただの子供なんかではない。例外に分類される規格外だ。飛び掛った不良が、瞬きする刹那に壁に叩き付けられていた。一子でも視認する事が出来ず、眼をパチクリと瞬きする。だが、仲間をもう一人やられた彼らは逆上して襲い掛かる。今度は一人だけではなく、全員でだ。流石のソレに一子は、危ないと思った。しかし、ソレは杞憂に終わった。
不良たち全員が襲いくる中、少年は動揺など見せず、焦りも浮かべず、冷静な表情で行動に出た。一人の不良の腕関節と足関節を一瞬で外し、もう一人も同様に外すと、ソレを外した関節同士で極め、また別の不良たちの関節を外す。後はそれの繰り返しだ。そうして、出来たのが外れた関節により繋がれた不良たちの車輪だった。
────
一子は知らない事だが、複数の敵の手足を利用して極め、関節を極められた状態の敵が連なって輪を作る技だ。技をかけられた人間の体重が、お互いの関節を極め合う構造になっている為、誰かに外してもらう他に彼らが抜け出す術はない。
「う、あぁ………がぁ、ぁぁぁ」
「………う、ぅぐぁっ」
一子が驚愕に眼を見開いていると、聞こえるのは不良たちの呻き声だ。それにハッと我に返って一子は、改めてソレを視界に収めた。人間によって作られた輪。抜け出す事が出来ないのか、彼らはただ痛みを発するのみだ。
「……………すごい」
ポツリと声を漏らす。あぁも簡単に極められる物なのか、と思う程だった。あまりにも自然に、簡単にやるものだから見入ってしまっていた。未だに驚いている一子である。すると、視界の中で少年が囲まれていた少女になにか話して、その場から逃すと輪になっている不良たちを外して関節を戻していた。如何やら、彼らは気絶しているみたいで、ぐったりと倒れている。
不良たち全員の関節を戻し終えると、少年はそのまま離れようと歩き始めた。ソレに一子は駄目ッというふうに、なかば反射的に飛び出して、彼の足を止める為に声を上げていた。
「ま、待って────ッ‼︎」
「…………ん?」
少女の制止の声に、足を止めてこちらに振り返る彼だ。覆面越しから見える視線に晒され、なにを言えばいいか分からずに混乱した一子は、気付けば口走っていた。
「あ、あの………あ、アタシを弟子にして下さいっ‼︎」
「……………………は?」
焦ったが故に、彼女は心の奥底で思った本心を吐いていた。一子は恐らく、あの少年の力になにかを感じ取ったのだろう。それは言ってしまえば、野生の勘のようなものだ。だからこそ、焦った末にでた言葉がソレだったのだ。無意識で弟子に成りたいと胸中の思いが溢れた。突然の発言に、一子は自分がなんと言ったのかに気付いて『あ、アタシはなにを言ってるの⁉︎』と顔を染める。
そしてゆっくりと、少年の顔を見た一子は、覆面が被られて表情は見えないが、覆面の奥の表情が驚いているように見えた。すると、案の定、彼は呆気に取られた声を漏らした。さっきまで凄い力を見せ付けた少年が漏らした、その声に一子は何処か可笑しくて静かに笑うのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一子の弟子発言から数十分後。一子と少年は路地裏から場所を移していた。因みに、学校には完全に遅刻である。それに内心で、お爺様に怒られるとブルブルする少女であった。因みに、同じ理由で少年も震えている事を一子が知る由もない。
「でだ、少女よ。弟子にしてくれとは、一体、如何いう事だ?」
向き合う形で顔を合わせる二人。そして覆面を被った少年が、そう切り出した。対して、一子は答える。
「そ、そのまんまの意味よ」
「そのまんまの意味、か。つまり、この俺の弟子に成りたいと?」
一子の言葉に少年が改めて尋ねる。それに頷きを一子は返した。
「悪いが、俺は弟子を取らない主義でな。断らせてもらう」
「……………ッ⁉︎」
しかし、返ってきたのは拒否の言葉だった。一子は頭を俯かせる。断られるのは当たり前だ。ついさっき会ったばかりの自分が、簡単に弟子にして貰えるとは思えない。だが、あの達人の技を見せ付けられた一子は、諦めたくなかった。そもそも、一子が使う武器は薙刀だ。無手の少年に弟子入りするのは、無茶と言えるだろう。武器と無手では動き方が違うのだから。
それでも、なにかの参考になると思い頼んだのだ。最も、目の前の少年が、武器術も達人並みに収めていると、一子は知ったらどんな表情をするだろうか。
「ま、待ってっ‼︎」
拒否の言葉を投げ付け、もう用はないと判断して背を見せる彼に一子は再度、制止の声を上げた。少年は優しいのだろう。止まる事はせずに歩んでもいい筈だ。それなのに、ちゃんと一子の言葉に足を止めて、こちらに視線を向けている。彼は優しい、と一子は思いながら、頭を下げた。
「お願い‼︎ アタシを弟子にして下さいっ」
「………………」
二度目の弟子入りの懇願。頭を上げる事はせず、一子は少年の反応を待った。対して彼は、頭を下げる少女を見据える。一体、何分たったのだろう。数秒か、数分、それか数時間か。一子はそれだけ時間が経過したと錯覚する程に緊張していた。
「…………何故、俺の弟子に成りたい」
そこで少年は口を開いた。一子の真意を聞くように。何故、彼の弟子に成りたいか? そんなのは決まっている。理由など自分にとって一つしかないのだから。少女は顔を上げて、彼と視線を合わせて、気炎を吐いた。
「─────強くなりたいからっ」
武の才能が無い少女の叫び。ソレが少年に向けられて放たれる。強くなりたい。武を学び弟子に成りたいと懇願した理由。単純明快にして、純粋な想いだ。才能がない? そんな事は一子自身分かっているのだ。誰かに言われなくとも、才能がないのは自分が一番知っている。それでも、それでも少女は諦めたくなかった。強くなりたい。あの義理の姉のように。
人を救うヒーローのように。今はまだ成長するだろう。しかし、この歩みもあと数年したら頂上に到達する。そこが自分の限界。ソレが川神一子にとっての武の終わり。いずれ来るであろうそんな未来を思い浮かべて尚、少女は言葉を告げた。強くなりたい、と。
対して、その想いが伝わったのか。それとも必死に頼む少女に断れなくなったのか、少年は口を開いた。
「……………今日から三日間だ」
「…………え?」
突然に言われた日数に、一子は素っ頓狂な声を漏らす。しかし、それに気にせず少年は言葉を続けた。
「三日後に、俺は海外に飛び立つ。そして俺の事を誰にも話さないという条件だ。それを守れるなら。少女よ、たったの三日だが俺が鍛えてやろう」
そう言って彼はニヒルに笑う。まぁ、正式に弟子にする気はないがなと付け加えて。だが、一子が眼に見えるようにパァッと顔を輝かせており、最後の言葉が聞こえていなかった。そして一子は、右手を差し出す。
「うん、その約束は守るわ‼︎ アタシは川神一子。貴方の名前は?」
「ふっ、俺の名など些細なものだ。だが、この覆面を被っている時はこう名乗る事にしている」
─────覆面X、と。
そう言って少年と少女は握手をした。こうして、一子と覆面Xの奇妙な関係が出来た。たったの三日間。しかし、一子にとっては充実で濃密な三日間が始まった。
握手をした彼らは、早速、鍛錬を始める事はせずに学校に向かったのだ。待ち合わせ場所と時間を決めて。その決めた瞬間に、覆面Xたる少年が何時の間にか姿を消していたが。そうして向かった学校では、案の定、先生に怒られたり、仲間の風間ファミリーになんで遅刻したんだと聞かれたが、なんとか話を逸らす事が出来た。まぁ、露骨に話を逸らした所為か、凄く訝しんでいたが。あと、如何やら今日遅刻したのは一子だけではなかったらしい。
とはいえ、そこまで親しい生徒ではなかった為に右から左に流したが。放課後になるのを今か今かと、一子はワクワクしながら授業をしていると、ついに放課後のチャイムが鳴り響く。それにすぐに帰る準備を終わらせると、風間ファミリーに今日は一緒に遊べない事を伝えて、大急ぎで学校から離れるのだった。残った風間ファミリーの面々は、何時も以上の一子の元気良さに呆然としていたのだった。
愛用の薙刀を手に持ち、体操着に着替えた一子は、待ち合わせ場所にへと来ていた。仁王立ちして、あの少年の事を待ち続ける。本来なら、嘘を吐かれて来る事はしないだろう。しかし、一子は確信した。彼は嘘を吐かずに来てくれると。そうしてジャリッという音と共に、覆面を被った少年が歩いてきた。
彼が来た事に少女は嬉しそうに笑みを浮かべた。と、まるでなにからでも良いというふうに胸を張る。そして少年が口を開いた。
「まず初めに言っておこう。俺は教えるのが、そんなに得意ではない」
そもそも、彼は弟子のような存在など今まで取った事がない。だからこそ、人に武を教えるのはコレが初めてなのだ。
「そんな俺が上手く教える方法を考えて、思い付いたのは一つしかない」
「…………一つしか」
たったの三日間とはいえ、頼まれて了承をしたのだ。ならば、全力で答えなくてはいけない。だから彼は考えた。如何すれば自分が教えられるのかを。そして考えた結果────
「構えろ少女よ、いや────川神一子」
「─────ッッッ⁉︎」
瞬間。叩き付けられるように少年から放たれる武威。本能的に薙刀を構え、少女は冷や汗を流した。それ程までに叩き付けられる武威は尋常ではない。
「腕立てなど、腹筋などしない。ソレをした所で俺が教える意味はない。だからこそ、俺は実戦でお前を鍛える事にした」
「………じっ……せんで」
ただ立っているだけなのに、息苦しくなる。体が震える、しかし少女は何処か期待するように視線を向ける。
「これから三日間は、俺と戦い続けてもらうぞ。人に教えるのは初めてだから、少しスパルタ気味になるかもしれないがな」
疲れたからという理由で休ませなどしない。文字通りに一日中、戦ってもらうと少年は宣言する。三日間限定の無限組手。三日というタイムリミットがあるが、その日に成るまで一日を永遠と実戦するというもの。休ませやしない。いや、休んでもいいが、その時は攻撃を無防備に喰らう事を意味するぞ、と少年が告げる。ソレを想像して全身が震えた。そして彼はゆっくりと、両手を開き、無限組手の開戦を上げる。
「さぁ、川神一子。全身全霊で、力の限りを尽くし、全力で掛かってこい」
「ッ、はぁぁぁぁぁぁぁぁ────ッッッ‼︎」
少年の言葉と共に、一子は地面を蹴り、全力で薙刀を振るうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
肺から伝わる衝撃に、口から空気が吐き出される。同時に背中に感じる痛み。視界に映るのは蒼穹の如く澄み渡る青空だ。一撃を貰い、投げられたが故に見える光景。ぜぇぜぇと息も絶え絶えであり全身に疲労感が襲う。汗が噴き出し、休みたい想いで一杯だ。それ程までに少女は疲れていた。しかし、休ませてなど貰えない。
寝転がる少女が次に感じたのは、放たれる武威。そして大気を切り裂いて迫る蹴りだった。一瞬にして覚醒する。これを喰らってはいけない。迫る蹴りに秘められる一撃の威力を想像して、少女は転がる事で躱した。次の瞬間。響くのは蹴りで発生するとは思えない爆発音だ。それに避けて正解だと思って安堵の息を吐く少女だったが、一瞬にして眼前に迫った掌打に総毛立つ。
遅れて自身が持つ薙刀の柄で防御しようとした。しかし、その防御を容易に突き破り掌打が、少女を襲って腹部に感じる激痛と共に後方に吹き飛んで転がった。貫いた一撃に、少女は息を吐く。
「─────立て」
蹲る少女に対して、有無を言わさない声が前方から告げられた。休む事は許さないという、圧力が少女にのし掛かる。
「………ぐっ、ぅあ……まだよ」
少年の言葉に従うように、全身に力を込めて立ち上がり、まだまだだと瞳に火を灯して見据える。全身に痛みが奔る。フラフラと足が覚束ない。だが、それでも少女は戦意を失わずに視線を飛ばしていた。ただ一つの想いがそうさせる。
満身創痍になりながらも、戦意を奮い立たせる少女に、前方に立つ少年が笑った気がした。
「ならば、行くぞ。耐えて見せろ。川神一子」
「……………うん、来て」
今までにない程に、少女────川神一子の精神が研ぎ澄まされる。休む事のなく続く戦闘により、無理やり凄まじい集中力が引き出されている。一子は考える。如何すれば、彼の攻撃を防げるのかを。防御しても、その防御越しからこじ開けられる。避けようにも速過ぎて避ける事が出来ない。なら、如何するか。思考を巡らせる。
一子は頭が良いとは言えない。なのに、何故、ここまで集中して思考を巡らせる事が出来るのか。ソレは少年がこの戦闘で、そこまで持って行ったのだ。考えなければ、頭を回さなければやられてしまうぞ、と。彼は簡単に教えるような事はしない。一子がこの戦闘で学ばなければならない。
チラリと一子は自分の得物に視線を移す。自分が今、少年に勝っているのは武器を持つ事による距離感だ。薙刀を使い、如何にこの距離を保つかに掛かっている。眼を閉じて、息を吐く。荒い息を静かに整えて、一子は一歩を踏み込んだ。
「─────はぁッ‼︎」
薙刀による刺突。一子にとって全力で放つソレは、しかし、少年の手によって軽く弾かれる。だが、そんな事は想定済みだ。弾かれた勢いを利用して、片足を軸に体を旋回。そのまま右側面に薙刀を振るった。だが────
「うっ……………⁉︎」
全身に衝撃が奔る。同時に地面に叩き付けられていた。視線を向けると、少年が一子の肩を掴んでいる。薙刀による有利性など意味を成さず、振るっていた時にはもう一瞬で懐に潜り込んでいたのだ。信じられない。全く見えなかった。痛む体に我慢して起き上がろうとするが、そこで少年が終わりの言葉を続けた。
「今日はもう終わりだ。辺りも暗くなってきたしな」
彼の言う通り、空を見れば日が沈み、暗くなろうとしていた。
「続きは明日だ。学校が終わったら、またここに来い」
「……………っ」
戦いの終了の言葉に、やっと終わったと息を付く。だが、一子は悔しそうな手を握った。なにも出来なかった。終始、少年によって圧倒され続けた。それが悔しくて、一子は俯く。そんな少女に、彼は帰る前に言葉を紡いだ。
「確かに一般的に言えば、お前は才能がないんだろうな」
「…………ッ⁉︎」
ビクッと全身が震える。唐突に告げられた才能が無いという言葉。それに少女は悲しそうに表情を変えた。続けて彼は言葉を言い放つ。
「例え、百の努力をしても才能には手が届かないかもしれない」
現実を突き付けるように、少年は言う。一子は泣きそうになる。改めて突き付けられた現実に、否定の言葉が出て来なかったからだ。一子自身が、心の奥底で思っていた事なのだから。しかし、少年は『だが』と言葉を切り、一子の頭の上に手を置いた。全身を満たすような暖かさを感じて、一子は少年に眼を合わせる。それに彼は口元に笑みを作ると言ったのだ。
「ならばやる事はもう決まっている。────努力しろ」
「……………え?」
最後の一言に、呆気に取られる。努力を否定したんじゃないのかと、少女は疑問を浮かべた。だが、そんな少女の気持ちなど知らずに彼は口を開いた。
「才能がない者が出来る事と言えば、努力する事だけだ。確かに百の努力では、一つ才能に劣るかもしれない。だが、千の努力なら? 万の努力ならどうだ? 何故、武術が何千年も伝えられてきたか………それは武術の世界において、努力が才能を凌駕するからだ」
「………才能を凌駕する」
「そうだ。だから努力しろ。何処までも愚直に、誰よりも必死に。才能に負けてもいい。だが、努力では誰にも負けるな。その努力は決して、無駄なんかではない」
「…………あ」
優しく頭を撫でられる。まるで、自分の努力が認められたようで、嬉しさが込み上がり、涙が溢れる。そして少女は、ポロポロと涙を流しながら、元気よく返事を返した。
「はいっ‼︎」
その時に浮かべた笑顔には、今までの苦悩や葛藤が完全に消えていた。努力をしよう。誰よりも、努力をし続けよう。ソレが才能がない者が、唯一、才能を上回る方法だと信じて。川神一子は誓う。努力では絶対に誰にも負けはしないと。そして思う。才能がなくとも、己の限界を超えて、達人に至って見せると。
まだ一日しか経っていないが、彼が認めたのだ。努力するしか能が無い自分を。憧れを、尊敬の念を抱き始めた彼が認めたのだから、突き進むしかないだろう。何時しか達人になる事を夢に見て。そうして、次の日も、その次の日も少年と少女は組手をし続けた。何度倒れても立ち上がり、何度叩き付けられてもその決意が揺らぐ事はない。
何度も痛い思いをした。しかし、それでも彼女はその組手が楽しかった。やればやる程に、強くなっていく実感があったから。楽しかった。嬉しかった。だが、必ず終わりは迎える。気付けば約束の三日間が来たのだ。それに悲しくなった一子だったが、海外に飛び立つ前に少年は、ある技を見せたきた。
自身の間合いに氣を張り、そこに浸入したモノを悉く打ち落とす技。
『アタシを正式に弟子にして下さいっ』
『言っただろう。俺は弟子を取らないと…………だが、もしも俺の弟子に本当に成りたいなら。ふっ、見付けてみろ。俺を見付ける事が出来れば、弟子にしてやるよ』
『…………見付ける。分かったわ‼︎ 必ず、探し出して見せる。例え何年経ってもっ‼︎』
『ククッ、ならば約束だ。時間は無制限。俺を見付ければお前の勝ちだ』
彼はそう一子にそう約束してくれた。だからこそ、彼女は悲しくはない。絶対に探し出してやると気合いを込めて、今日も薙刀を振るう。
「絶対に見付けてみせるわっ‼︎ 師匠っ」
今は海外に居るであろう少年にへと、言葉を届けるかのように彼女は叫ぶのだった。
大和君は海外に飛び立つ。父親の仕事の関係上で。本当なら行かなくても良かったのだが、暫くは日本に居たくない理由の為(全ては不良執事のせい)に、父親に着いて行く事に決めた彼だったが、彼は知る由もないだろう。その海外でも、面倒ごとが起きるなど。
川神一子の場合
一子「はっ‼︎ ふっ‼︎ はぁッッッ‼︎」
百代「…………? ワン子なにか変わったか?」
一子「あっ、お姉様。アタシは変わってないよ」
百代「私の気の所為か? (今、ワン子からトンデモナイ威圧が放たれたと思ったんだが)」
一子「お姉様…………?」
百代「いや、なんでもない。それよりワン子は最近、上機嫌だな」
一子「えっ⁉︎ そうかなぁ? お姉様分かるのっ」
百代「当たり前だ。私はお前のお姉さんだぞ。それで、なんでそんなに上機嫌なんだ」
一子「うん、ちょっと目標が決まったから」
百代「……………目標?」
一子「うん目標。絶対に叶えたい目標が決まったの」
未来の大和「なんで昔の俺は、あんな事を言ったんだろうなぁ。ふっ、俺を見つけてみせろ? カッコ付けんな‼︎ 何様だよっ」
ヒューム・ヘルシングの場合2
ヒューム「鉄心は居るか」
鉄心「珍しいのう、お主がここに来るのは」
ヒューム「まぁな。今日はお前に頼みがあってきた」
鉄心「儂に頼みじゃと? お主が…………?」
ヒューム「あぁ、俺の鍛錬に付き合ってもらいたい」
鉄心「ッ⁉︎ 鍛錬じゃとッ⁉︎ 一体、どういう事じゃ」
ヒューム「ふっ、なに簡単な事だ。鍛え直そうと思っただけだ」
鉄心「鍛え直す。ヒュームよ、一体、なにがあった」
ヒューム「なにもない。ただ、久方ぶりに思い出しただけだ。あの戦いの高揚感をな」
鉄心「……………戦いの高揚感じゃと」
ヒューム「そうだ。恐らくあの小僧は、急激な速度で強くなっている筈だ。だからこそ、俺は鍛え直さなければならない。……………待っていろ小僧。次に会った時が楽しみだ」