「いや、馬鹿だろお前」
修学旅行当日。待ち合わせの駅のホームで、
三人が呆れているのは、彼の格好ではなく、大和が背負うバックにあった。大きかった。パンパンに膨らんだバックは、遠くから見ても入れ過ぎだと分かる程に異常な膨らみを見せている。それは漫画やアニメなどの創作物に出てくる物凄く膨らんだバックのようである。
「お前………さては、めちゃくちゃ楽しみにしてたな」
「ふっ、なにを言う。この俺がたかだか中学の行事を楽しみにしていただと?」
柏田の言葉に、愚問だなというように大和は答えてみせる。だが、それは────嘘だ。彼はこの日を誰よりも心待ちにしていた。なにせ初めての修学旅行なのだ。この日の為に、幾つもの旅行スポットを調べまくり、万全を期す為に色々なカードゲームや道具などをバックに詰め込んだのだ。全ては修学旅行を楽しむ為に。この少年、表には出て来ないが、胸中では今もテンションが上がりっぱなしだった。
それを表に出さないのは、鍛錬の賜物だろう。因みにバックに詰め込んだ道具とかは、彼がちまちまと貯めたお小遣いで買ったものだと記しておこう。
「それで? そのバックの中にはなにが入ってるの?」
「ククク、それは着いてからのお楽しみだ。だが、敢えてヒントを出すなら。この中には組織の連中から奪った物が入っている」
「………またそれかよ」
「痛い痛い。直江君、もうやめた方がいいよソレ。絶対に後悔するって」
「後悔? この俺がなにに後悔をするというんだ」
もう駄目だこいつ、と神城は眼鏡をクイッと動かしながら肩を落とす。柏田もボソリと「駄目だこいつ、早くなんとかしないと」と口にし、安藤は相変わらず呆れた表情をした。もう、彼の厨二具合がヤバイ所まで行っていた。だが、大和は気にせずにパンパンに膨らんだバックを背負い、教師の指示に従って列を作る生徒たちに混ざるように足を進める。それを離れて見ていた柏田と神城の二人はため息を溢し、安藤はそんな二人に対して「ほら、俺たちも並ぼう」と提案して、列に加わる為に足を動かす事にした。
まぁ、その際に列に並んだ時、大和のバックが凄く邪魔だったと伝えておこう。
時間は少し経ち、生徒たちは新幹線に乗っていた。初めての修学旅行と新幹線で生徒たちは友達と話しで盛り上がったり、カードゲームとかをして遊んでいた。そんな中、安藤班はというと────
「…………おい」
「これは………」
「は、はは」
上から柏田、神城、安藤の反応である。
「…………おい」
そして再度、柏田が対面に座る大和に向けて口を開いた。
「な、なんだ?」
少し言い淀みながら反応する大和に、柏田は今の思いを言葉にした。
「なんだじゃねぇよ‼︎ 狭いんだよっ。窮屈なんだよ‼︎」
「し、仕方ないだろ。我が至高の宝が入らないのだから」
「入らないじゃねぇっ‼︎」
圧迫されていた。本来なら、荷物とかは天井にある荷物入れに入れるものだ。他の生徒たちも自身の荷物をちゃんと入れているし、安藤たちも例外はなく邪魔にならないように入れている。しかし、大和の荷物が入る事はなかった。そう、大き過ぎたのだ。その大きさにより、大和のバックは荷物入れに入れられず、席の横にある道に置こうにもやはり大き過ぎて、歩行者の邪魔になってしまう。
ならば、もう置く場所は限られていた。自分たちが座る場所である。そこに置く事によって四人の席は物凄く圧迫されていた。態勢を変えるのも億劫になる程なのだから、どれだけ窮屈なのかは想像出来るだろう。
「えっと、まさか大阪に着くまでずっとこのままなのか?」
ギュウギュウと圧迫するバックに、安藤はなんとか言葉を紡いだ。その発言に柏田と神城も気付いて「マジか」と項垂れる。ま、項垂れる行動も出来ないのだが。それに元凶である大和が一言口にした。
「ま、まぁなってしまったのは仕方ない。気を取り直せ」
「「いったい誰の所為だと思ってるんだぁッッッ‼︎」」
対して柏田と神城が叫び声を響かせるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁ、はぁ、地獄だったぜ」
「………本当にキツかったよ」
「流石にバックから煙が出た時は危険を感じたな」
新幹線の旅は終わり、生徒たちはやっと数時間かけて大阪に辿り着いた。和気藹々とする生徒に紛れて、三人だけは何故か新幹線に乗っていただけなのに疲れた姿を見せている。
「っていうか、本当にそのバックにはなにが入ってるのさ」
改めて神城が、何故か疲れた様子を見せない大和に問い掛ける。その問いに、意味深な笑み見せる大和だ。
「秘密だ」
「秘密ってお前な。本当に身の危険を感じたんだぞ俺らは。お前のバックから緑色の煙が出た時は」
「安心しろ。味方に害はない………味方には、な」
「言い回しが怖いわっ‼︎」
なんだ敵には害があるってのか、と柏田は少しバックの中に恐怖を覚えた。そうこうして、三人がバックの中身に人知れず不安を覚えていると大和たちが泊まる宿に辿り着いた。中々に大きな旅館であり、見た感じも風流があって他の生徒たちにも好評だ。事前に振り分けられた部屋に行く道中で、柏田は壁に貼られている看板を眼にする。
「おっ、ここは如何やら露天風呂が人気みたいだぞ」
「ん? そうみたいだね」
彼の発言にそれぞれが足を止めて、看板の方に視線を向け、神城が答える。それは楽しみだね、と安藤が言い、ふむと大和が顎に手を置いた。
「ふっ、ならば、今夜は露天風呂に入って英気でも養おうじゃないか」
「そうだね。今日の夜は露天風呂でも楽しもうか」
ニヒルな笑みでそう告げる大和に、安藤は同意の声を出す。そんな四人の中で一人のスポーツ刈りの少年が、静かに笑みを浮かべた事に気付いた者は残念ながらここには居なかった。
そうして各々の班に振り分けられた部屋に着く頃には、日は傾いていた。本格的に大阪の観光スポットとかに回るのは明日からだ。今は慣れない初めての旅に、生徒たちは旅館内を見回ったりして自由時間を過ごしていた。安藤班もまた、それぞれが自由に行動していた。神城はパンフレット片手に明日回るとこを楽しみにしているのか頬を緩めているし、安藤は大和を誘いトランプを取り出してゲームをしている。
柏田は何処か真剣な表情を浮かべ、時計を凝視していた。まぁ、そんな柏田に大和と神経衰弱をしていた安藤が疑問の声を上げた。
「ん? 如何したんだ柏田? そんな時計を見詰めて」
「え⁉︎ い、いやちょっとな」
煮え切らない柏田の返答に、益々、疑問を浮かべる安藤だ。ちなみに神経衰弱はまだ安藤のターンは来ていない。チラリと大和の方を見れば「ふむ、こことここか。おっ、揃ったな」と言いターンを続けていた。それに安藤は柏田に向き直り、
「でも本当に如何したんだ柏田」
「そ、それは………この後に起きる戦いに緊張してな」
「…………戦い?」
なんだそれ? とでもいう風に首を傾げてしまう。それも致し方ないだろう。そもそも、本当に戦いってなんだ? である。そんな物騒な事がこの旅館内で発生するとは思えない。では、柏田少年が言う戦いとはなにかの比喩表現ではないのか、と柏田と付き合いが長い安藤はそう推測した。とはいえ、情報が少ないから、それでも分からないが。ふと、そこでまだ自分のターンが来ないので、大和の方に視線を向けると、
「ここが恐らくはスペードの一だ。なら、ダイヤの一はここか。おっ、当たったな。では次は、これがクローバーのキングなのは分かっている、よし。そして恐らくこれがスペードのキングだ。ふっ、また揃ったな」
彼は一体、なんのゲームをしているのだろうか。神経衰弱というゲームは一人でやる者だったっけ? と安藤は目の前でずっと自分のターンを続ける直江大和にそう思った。次々とカードが捲られ、それら全てが一発で揃う。一回も間違えずに。完全に
時計を凝視していた柏田が大きな声で「よし‼︎」と発していた。それにパンフレットを見ていた神城が視線を投げる。
「どうしたのさ、そんな大きな声を出して」
「ふ、ふふふ。時は来たれりってな」
「…………はぁ?」
「つまり、戦場の時間が来たんだよ神城。安藤と直江も行くぞ」
柏田は胸を張り、安藤と未だにトランプを捲る大和に声を掛けた。対して安藤は何処に行くんだ? と聞けば柏田一つ返した。
「決まってんだろ?」
時計に指を差し、安藤、神城、大和の三人に凛々しい表情を浮かべて言い放つ。
「風呂の時間だ。付いて来い、俺が───桃源郷を見せてやる」
それは素晴らしい漢の顔だった。それでいて戦場を覚悟した者の顔でもあった。漢は歩く、その大きな背中を向けて。堂々と、足を前に出して踏み締める。
「さぁ行こう───覗きにっ‼︎」
柏田は三人に向けて隠す事なく、そう言い放った。その発言に大和以外の二人は呆気に取られていたのだった。
────エロは偉大である。
もう一度言おう。
────エロは偉大である。
一人の武人が『世界がもっとエロく平和でいられないのか』と語る程にエロは偉大だ。そのエロに立ち向かう男が一人居た。場所は旅館内になる露天風呂。夜空に映る星を見ながら入る露天風呂は、実にいい趣向だろう。しかし、柏田肇は夜空の星など眼を向けなかった。興味があるのは目の前に隔たる一枚の壁の先の
「ね、ねぇ、やめようよこんな事は」
すると、柏田の背後から静止の声が投げられた。そちらに顔を向けると神城が、流石にそれはまずいってと止めようとしていた。その奥で安藤がシャワーで全身を洗い、大和が頭を洗っている。
「ハッ、なにを言うかと思えば。このムッツリめ」
「むっ⁉︎ な、なななにを言ってるんだよ‼︎」
「なにを言ってるかだとぉ? それはお前の行動が物語ってんだよ‼︎ 本当に止めたければ、先生に言うなりなんでも出来たはずだ。しかし、何故それをしなかった。そうお前は、止めろと言ってはいるが、心の底では見てみたいと思っているんだ。だからこそ、先生に言わなかった。違うか? ムッツリ野郎」
何時も以上にテンションの高い彼の言い分に、ハッ‼︎ とそこに気付いた神城が腰を落とした。
「そ、そんな僕が心の奥では見たいと思っていた。でも、確かに本当に止めたいなら告げ口をすればいい。それをしなかったって事は本当に僕が気づかないだけで………覗きたいと」
そんな、と絶望の表情を浮かべる神城の肩に優しく手が置かれた。柏田だ。彼は諭すように神城に暖かい眼を向ける。
「恥ずかしがる事じゃない。目の前に女湯がある、ならば覗きたいと思うのは男なら当然の事だ。ただ、お前はそれに気付くのが少し遅かっただけさ」
「…………柏田」
「さぁ、手を取れよ相棒。俺と一緒に桃源郷に至ろうぜ」
「うん、そうだな柏田。僕も手伝うよ」
何故か友情? が増す二人を離れた距離から安藤は見ていた。
「いや、二人とも覗きたいとか本心とか以前に、それ犯罪だから」
とはいえ、安藤の至極真っ当な発言は右から左に流された。これ、どうしよ、と安藤は先生に言う準備をしようかと思っている中、二人の勇者は一枚の壁の前に立つ。
「さて、と。どうするか?」
どうやって桃源郷に行くかと少し考えて、柏田はとりあえず登る事にした。壁に手を付いて、いざ上がろうとした時、柏田は気付いた。掴むところがない事に。これでは登れない。ならどうする。穴を開けるか? いや、道具がない。そう考えを巡らしていると予期せぬところから救いの手が差し伸ばされた。横から出された手、そこには電動ドリルが握られている。それに眼を見開き、手を差し出した人物────大和に顔を向けた。
「な、直江お前…………」
「ふっ、こんな事もあろうかと持ってきてよかったな」
「直江君、君は天才か」
「いやいや直江、おかしいだろ」
差し出しされた電動ドリルを手に取り、よっしゃあと声を上げた柏田は電動ドリルの音で女湯に居る女子たちに気付かれるのではないかと思ったが、それは大和の言葉で安心する事になる。
「安心するがいい。我が手を加え、殆ど聞き取れない程の音が出るようにしてある」
「は、ハハ。最高だぜ直江ぇ‼︎」
ならば憂いもないと電動ドリルを起動し、壁に押し付た。極少量の音が鳴り、ドリルが回る。それを血走った眼で見る柏田。しかし、どんなに待っても穴が開く事はなかった。流石におかしいと感じた柏田は、一旦、ドリルを退けて押し当てた場所を見て絶叫を上げた。
「な、なんだこれはぁ‼︎」
「ど、どうしたの柏田⁉︎」
突然の大声に質問を投げつける神城。それに震えた声で柏田が言った。
「………鉄だ。板と板の間に鉄が挟まれてやがる。これじゃあ、穴は───開かないッッッ⁉︎」
「そ、そんな。そんな事って」
告げられた衝撃の出来事に神城は崩れ落ちた。柏田は全力で壁を叩く。
「くそっ、くそぉぉぉぉぉっ‼︎ もう少しなんだよ。もう少しで、辿り着けるのに、立った一枚の壁さえ乗り越えれば桃源郷に行けるのに」
慟哭を上げる。届かないと。自分の力ではあの領域に届かないのだと理解した男の慟哭が男湯に響いた。もう、駄目なのか。もうここで終わりなのか。そう、二人が諦めかけた瞬間。彼らの前に躍り出て待ったをかけた者が居た。
「ふっ、全く情けないな貴様らは」
ニヒルな笑みを浮かべるソイツは、背中を見せる形で前に立つ。
「この程度の壁で諦めるのか? この程度の障害で、貴様らは本当に諦めきれるのか?」
背後に居る二人に言い聞かせるように彼は言葉を紡いでいく。
「いや、諦められる訳がない‼︎ その胸の内にある情熱が何故、簡単に諦める事が出来ようかっ‼︎」
「だ、だけど。だけど無理なんだよ‼︎ 俺らの前にはデカい、本当にデカい壁が立ってるんだ」
ああ、確かに簡単に諦めれる訳がない。しかし、それでも届かないのは事実なのだ。余りにも
「たった一つの失敗で諦めるな。もし、貴様らでは到達出来ないのなら力を貸してやろう。この俺がな」
そう言って右手を手刀の形にすると、彼は息を整える。突然の少年の構えに二人は真剣に見据え、離れた距離に居る安藤は武術経験者故に、その余りにも隙がなく圧迫感を与えるソレに驚愕を覚える。やろうとしている事が余りにもアレだが。そして息を整えた彼は、その手刀を壁に向けて解き放った。
「ふんっ‼︎ ───数え抜き手。四、三、二、一っ‼︎」
数え抜き手。通常の手刀を四と見立て、そこから指の数を三、二、一と減らしていき、数を減るに従って指一本当たりの貫通力を増していくだけでなく、一度一度の貫手にはそれぞれか性質の異なる特殊な力の練りが加えられており、四から二までの貫手の力などを変化させる事で如何なる防御さえも、最後の一で必ず突き抜く。そうして壁は破られた。確かな手応えを感じた彼は、ふっと笑みを浮かべて背後に顔を向ける。
柏木と神城は見た。勝てないと。届かないと思っていたソレに穴が開いている事に。頬を涙が伝い、こちらに視線を向ける少年───直江大和に二人は声を出した。
「直江………いや、大和ぉ‼︎」
「────大和君っ‼︎」
二人は偉業を成し遂げた少年に、苗字ではなく名前で呼び抱き合った。よくやってくれたと。そう、彼らは今友情で結ばれたのだ。それに友達が居なかった大和も歓喜の声を上げる。
(す、すげぇ‼︎ すげぇよっ‼︎ これがエロの力か。やっぱりあの夢の人たちを参考にしてよかった。貴方のおかげで友達が出来ました)
胸中で喜びを隠さず、夢の中でエロに生きた一人の中国拳法の達人に感謝の言葉を言い、いっそうに尊敬を高めた。
「よし、それじゃあ見ようぜ」
柏田が神城と大和に視線を向けると、彼らもコクリと頷きを返す。
「「「────桃源郷をっ‼︎」」」
「……………ほぉ、桃源郷がなんだって?」
声が聞こえた。三人の後ろからここに居ないと思っていたドスの聞いた声が。ギギギギと三人は顔を向ければ、そこには一人の男が立っていた。見覚えがある。そう、何故ならその男は彼らの学校の体育教師だからだ。
「な、なんで石田先生がぁっ‼︎」
「────ふん、安藤からお前らが馬鹿な事をしてると聞いてな」
「なん……だとっ⁉︎ あ、安藤裏切りやがったなぁぁぁぁぁあ────ッッッ‼︎」
「いや、そもそも俺は最初っから参加してなかったし」
「まぁいい、言い訳は俺の部屋で聞こうか」
ドスの聞いた声に柏田と神城が悲鳴を上げ、大和は石田先生の怒りに震える。そうして、三人の覗き計画は一人の仲間によって叶う事はなかった。しかし、これを機に大和たちは友情を強くして、仲良くなっていくのだった。まさに、エロは偉大である。
覗きは犯罪です。覗くために数え抜き手を覚えないようにしましょう。
???「じゃ、行ってくるねん」
???「ん? どこに行くんだい?」
???「大阪だよ。まずは近いところから納豆の素晴らしさを伝えていかないと」
???「そうかい、気をつけてね」
???「お土産、期待しててねおとん」