そして、鶴見留美は   作:さすらいガードマン

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 分割 2/3

 三話に分割しての投稿です。前回更新の続きは、一話前からお読み下さい。




鶴見留美は聖夜に願う⑤ 大切な友達②

 

 

 絢香と二人で講習室に戻ってくると、八幡と雪ノ下さん、それと書記さんが一つの机を囲んで何か話していた。

 

「八幡」

 

 ちょうど私たちに背を向ける形で座っていた八幡がくるりと振り向く。すると八幡の陰に隠れていた反対側の席に……。

 

「……泉ちゃん……?」

 

 大好きな友達――苦手な友達……「藤沢 泉」ちゃん……。

 

「あ、その……こんにちは。留美ちゃん」

 

 意外な人物の登場にあ然としている私に対し、泉ちゃんの方は当然私がここにいることをわかった上で来ているのだろう、少しぎこちない笑みを浮かべながらも普通に挨拶をしてくる。

 

「うん、こんにちは……じゃなくて、その、どうしたの?」

 

 いきなり彼女の顔を見せられて、一瞬足がすくんだものの、どうにか気持ちを立て直し、無理やり笑顔を作って尋ねる。

 

「あ、あのね……沙和子おねーちゃんに劇の背景描いてほしいって頼まれて……」

 

「背景? 沙和子おねーちゃん?」

 

「私たちから簡単に説明するわ」

 

 雪ノ下さんが話を引き継ぐ。

 

「『賢者の贈り物』で登場する場面は、デラたちの自宅、髪を買い取るお店、それからできれば街中の三つ。これからセットを作るのは時間的にも予算的にも現実的では無いわ」

 

「はい」

 

「幸い、このコミュニティーセンターに後方投影型のプロジェクター・スクリーンがあるというので、それをお借りすることにしたのよ」

 

「こうほうとうえい……?」

 

 絢香がよく分からない、という顔をすると、八幡が説明してくれる。

 

「あー……。プロジェクターは分かるだろ? 白いスクリーンに映画みたいに映すやつ」

 

「あ、はい」

 

「後方投影型ってのは、すごく薄いスクリーンに、左右を逆にした映像を真後ろから投影して、その反対側から透かして見れるタイプのやつだ。これにパソコンとかデジカメとかを繋いでおけば、保存されている映像を使って次から次へと背景を切り替えられるから、今回みたいに尺が短いのに場面転換のある劇にはもってこいだ。それに、裏側から映すから演技の邪魔にもならない」

 

「ふうん。なんか、すごいんだね……」

 

 私たちが感心していると、

 

「ただ、その背景がな……」

 

「出来合いの画像を使っても良かったのだけれど、せっかく手作りの劇なのだから、誰か描ける人がいればお願いしましょう、という話になったの」

 

 雪ノ下さんはそう言って視線を書記さんと泉ちゃんに向けた。

 

「それで、私の従妹がものすごく絵が上手いし、描くのも速いという話をしたら、じゃあお願いしてみましょうという話になったの。泉ちゃんは今回参加してる、留美ちゃんたちと同じ〇〇小学校だし、追加の参加者っていう形にしてもらって」

 

 四人が囲んでいたテーブルに目を移すと、泉ちゃんがスケッチブックに鉛筆で簡単な部屋の絵を描いているのが見えた。それをちらっと見るだけでも、その小学生とは思えない絵のレベルの高さを感じる。所々にバツ印が付いていたり、漢字で「緑」とか「茶」とか書き込んであるのはまさに今打ち合わせをしていた内容なのだろう。

 

「うわぁ~ 絵、すごく上手なんだね」

 

 私の横でスケッチブックを覗き込んで目を丸くしていた絢香が泉ちゃんに声をかける。

 

「あ、あたし、綾瀬絢香。留美の夫のジム役だよ。よろしくね」

 

 そう言って右手を差し出す。

 

「あ、はいあの、ふ、藤沢泉、です。よろしくお願いします」

 

 ちょっと気圧されるみたいにしながらも、泉ちゃんは微笑って絢香と握手した。 

 

 

 

  **********

 

  

 

「でも、ジム役、女の子がやるんだね」

 

 あの後、少し休憩になり、今は私・絢香・泉ちゃんの三人で話をしている。泉ちゃんがふと漏らした言葉に、

 

「あはは。この劇、最後のところで留美を抱きしめるシーンが有るんだよね。男子は恥ずかしがって誰もやんないの。せっかく留美とギューってできるチャンスなのに」

 

 絢香は何かを抱きしめるようなポーズをとってニヤニヤ笑いながら言う。

 

「ちょっと絢香、変な言い方しないで。『私を』じゃなくて『デラを』でしょ」

 

「どっちだっておんなじじゃーん」

 

「違うっ。……上手く言えないけど、なんか違うからっ」

 

 私が文句を言っても、彼女は全く平気な顔。

 

「そうかな~ ねえ、藤沢さん。あたしがジム役じゃ変かな?」

 

「ううん。全然そんなこと無い。背も高いし……なんだかかっこいいし」

 

「え、かっこいい? ……そう?」

 

 泉ちゃんのストレートな言葉にちょっと照れたような顔をしていた絢香だけど、一つコホンと咳払いをすると、私たち二人に向かって斜に構え、両腕をびしっと広げるようなポーズを決め、

 

「ありがとう! 泉さんにそう言ってもらえて光栄だよ!」

 

 少し低く作ったような声でそう言った。

 

「!」

 

 一瞬固まった泉ちゃんは何故か頬を染めて絢香に向かってぱちぱちと拍手。……絢香の方は右手を胸に当て、大きく礼をして応えている……何だこれ。

 

 でも、確かにかっこいい。私も、八幡に見てもらうんなら絢香に負けないように演技しないと……なんて、ふふ。やっぱり私、何かというと八幡の事考えてるなぁ。

 それに絢香がいると息が詰まらずに泉ちゃんと話せている。お互い同士は相変わらず目を合わせられないでいるけど、避けられているような空気は感じないし。

 もしかしたら、泉ちゃんの方も以前のように仲良くなりたいと思っていてくれるのかもしれない、なんて都合のいい事を考えてしまう。……今だって傍から見れば多分普通に話せているのに、それでも、心の奥にある泉ちゃんに対する『怯え』のようなものがどうしても消せないでいる……。

 

「そういえば、泉ちゃんと書記さんが従姉妹だったっていうのはびっくりしたなー」

 

 私は自分に笑顔を貼り付け、なるべく自然に話題を振っていく。

 

「ああ。うち、お父さん居ないでしょ。だから小さい頃は、お母さんに用事がある時は、お祖父ちゃんのところか、沙和子おねーちゃんの家に預かってもらってたんだ」

 

 『お祖父ちゃん』という言葉がチクリと胸に刺さる。

 

 少し遅れて彼女もちょっとだけ気まずそうな表情に変わる。

 

「あ……。あの……わたし、今日はそろそろ家に帰るね。これ、少しでも描いておきたいから」

 

 そう言って彼女は左腕に抱えたスケッチブックをポンと叩く。

 

「そっかぁ。じゃ仕方ないね。じゃあ、また明日、かな?」

 

 絢香が言うと、

 

「あー……。あのね、わたしは毎日は無理なんだ。その、絵の塾もあるし……。でも、これは家でちゃんと描くし、また来るから」

 

 なんだか申し訳なさそうに彼女は言う。

 

「うん、待ってるよー。藤沢さん」

 

「わ、私も、待ってるから」

 

 私たちが言うと、

 

「……うん。じゃあまたね、留美ちゃん、綾瀬さん」

 

 泉ちゃんは、今度はぎこちなさのない笑顔で私達に手を振り帰って行った。

 

 

 

 そのあと、劇の出演者とナレーション役みんなで、講習室の隅でセリフの読み合わせをしてその日は終了。いつもより少しだけ早い時間。

 

「おつかれさん。……留美、今ちょっと良いか?」

 

 帰り際、珍しく八幡の方から私に声をかけてきた。

 

「うん。どうしたの?」

 

 彼に付いて行くと二階と三階を結ぶ階段の踊り場……二人で揚げ焼きを食べたあの場所で八幡は立ち止まった。そのまま振り向かずに言う。

 

「なぁ……留美、お前、あの藤沢の従妹となんかあんの?」

 

「……!」

 

「あぁいや、別に話したくないなら聞かん。……ただ、お前らの様子を見ててちょっと心配になっただけだ。それに俺の気のせいかもしれんし、な」

 

「……何で?」

 

「何でって、まあアレだ。ぼっちには人の苦手オーラが見えるつうか……」

 

 八幡はこっちを振り向きながらよくわからないことを言う。

 

「……おい留美、何で泣いてんの?」

 

 八幡はそう言うと、しょうがないなあ、とでもいうように優しく頭を撫でてくれる。

 

 泣いてる、というより涙がただ流れている。自覚が無いだけかもしれないけど、表情だってあんまり変わって無いはずなんだけど……。

 

「……分かんない……」

 

「スマン。変なこと言ったな」

 

 ホントに分かんない。何で私泣いてるんだろ。今日、泉ちゃんと学校にいる時よりたくさん話せたし……絢香のおかげだけど……泣くような事なにもないはずなのに。

 八幡に苦手オーラが出てるって言われたからショックだった? それとも……。

 

「ねえ、八幡 ……そんなに変だった?」

 

 八幡は私の頭に手を乗せたまま動きを止め、少し躊躇して、それからなんだか済まなそうに口を開く。

 

「これは俺の気のせいかもしれん、という前提で聞いてくれ」

 

「うん」

 

「さっきのお前らは、その、『お互いに話しにくいと思ってるのに二人とも笑って……無理に言葉を探して会話を続けている』ように見えた。俺にはな」

 

「そっかぁ……」

 

 分かる人には分かっちゃうんだなぁ。

 

「ただな、」

 

「ただ?」

 

「お互いを嫌っているようには見えなかったぞ。むしろ仲がいいのに喧嘩中、みたいな感じにも見えた。だから、よくわかんなくて、つい留美に聞いちまったんだ。悪かったな」

 

「何も悪いことなんて……。あのね……あの子が私の前にハブられてた、私とすごく仲良かった子なの。だけど色々あって……まだなんだかギクシャクしちゃってるままなんだ」

 

「そうか……」

 

 八幡はそのまま黙ってしまった。頭に触れている手の温もりが私の心に沁みていく。……それにしても、八幡は照れてもいない……この前の事といい、彼は私のこと、「とりあえず留美は頭撫でとけばなんとかなる」ぐらいに思ってるんじゃないだろうか。……うう、なんか悔しいけど否定できないなぁ。今だってすぅっと心が落ち着いてきてるし。

 

「ねえ、八幡」

 

「ん、どした」

 

「私、このイベント頑張る。……それで、終わったら、話の続き聞いてくれる?」

 

「おう、任せろ。俺なんかが力になれるかは分からんが……。ま、話を聞くだけならいくらでも聞いてやる」

 

「ふふ……うん。ありがと。……あと、もう一つだけお願い」

 

「ん、なんだ」

 

「もう少しだけ頭撫でて」

 

 八幡の顔を真っすぐ見て、ちゃんと笑顔でお願いする。

 

 八幡は「フッ」と笑うと、今度はガシガシっとちょっと乱暴に私の頭を撫でてくれた。

 

 

 




分割二話目 三話で投稿します

3月2日 誤字修正 報告感謝です

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