そして、鶴見留美は   作:さすらいガードマン

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 読んで頂いてるみなさん、いつもありがとうございます。

 毎度更新が遅くてすいません。いつものごとく、その分ちょっと長めです。
 今回もおまけのお話、ということで、話が飛んだり、説明不足だったり、というのについてはご容赦下さいね。

 では、前回に引き続き、あーちゃん視点でお送りします。




幕間 新しい友達 続

「背景変わりまーす」

 

 確認役の子の声が響き、ステージ奥のスクリーンに映し出されていた背景が、『繁華街』から、『髪用品店』に切り替わる。数秒だけ、『マダムなんとかの髪用品店』のカットインが入るのがなんか格好いい。

 

 

 

 イベントまで三日。今、総武高側のステージ、『賢者の贈り物』のリハーサルが行われている真っ最中……なんだけど……。

 

 

 

 ……暇だ。

 

 ジムの出番って、演劇の本編では最後の方だけなんだよね。まあ、その後キャンドル・サービスとかあるけどさ。

 

 これが本番なら、出番が無いからと言って衣装のままでその辺をウロウロするわけにもいかないんだろうけど……リハーサルだから、ということで客席の最前列から留美と陶子の演技を眺めている。

 

 留美が、

 

『その値段で構いません。どうぞ髪を切って下さい』

 

 そうセリフを言うとサッと幕が降りる。といってもリハーサルでは下のほうが空いたままだけど。

 スピーカーから、ジャキジャキと髪を切ってるみたいな音が流れてくる。その間に留美がロングのカツラからショートカットのカツラに取り替えて…………。あれ? なかなかカツラが外れない? 二人が慌ててるのがわかる。

 

 

 

 ぱんぱん、と、手を鳴らす音。

 

「ストップウォッチとめてくださ~い」

 

 あたしの横、ステージのほぼ正面で見ていた一色さんが、手を叩いて声を上げ、進行を止める。

 

「留美ちゃん、陶子ちゃん、無理に引っ張らなくていいから少し待ってて」 

 

 そう言いながら彼女はステージに駆け上がった。

 

 

 

 

 あたしや比企谷さんも舞台上に上がり、何があったのかを確認する。

 どうやら、カツラ本体の金具部分が、留美の髪の毛を喰うようにガッチリと挟んで引っかかってしまったらしい。どうにかカツラは外れたけど、留美の、耳の後ろ辺りの地肌が赤くなってしまっている。

 

「ごめんなさい……髪、ちゃんとまとまってなかったみたいで……」

 

 留美がそう言うと、一色さんは、

 

「そんなのいいです。それより……ここ、痛くないですか?」

 

 そう言って、赤くなってるところにそっと触れる。

 

「あ、ちょっとだけです。でも……」

 

「いいから気にすんな。誰かが悪いわけじゃない。むしろ本番じゃなくて良かったってだけの話だ」

 

 比企谷さんや、他のみんなも気にしないように言ってくれたけど、留美はその後も少し気持ちを引きずってるみたいだった。うん、まあしょうがない。

 

 結局カツラの問題は、留美の髪に薄いはちまきみたいなのをピン留めしたままにしておいて、ロング・ショートそれぞれのカツラを髪に直接じゃなく、そのはちまきに留めるようにする、という事になった。

 

 それから、ショートのカツラも陶子が最初から隠しておくんじゃなくて、幕が降りてる間にあたしが運ぶ、というように変更になった。そうすればかぶる向きを確認したり、髪を整えたり、ロングの方をまとめたりっていう手間が無くなるし、……なによりその時間、あたし暇そうにしてたし……ってそんな理由ですか……。

 

 

 

 

 リハーサルは、中断こそあったものの、劇本編のほうは他に問題もなく終わった。

 

 ただ、その後のサプライズ部分が色々と……。

 

 保育園の子たちがケーキとかお菓子を配る時お互いにぶつかって転んだり、お皿(練習だから何も載ってない)を落としたりということがあった。これは、お皿を配り終えた子が後ろに戻るのではなく、ぐるっと大回りしてワゴンのところに戻るようにすることで解決。

 結果として天使の動き回る範囲が広くなって、見た目もすごく華やかになった。

 

 それから、あたし、留美、けーちゃんのキャンドルサービス。

 全テーブルを本番と同じつもりで回り、その時間を測ってみたら、ステージに戻って最後のろうそくに火を灯す頃には最初のろうそくが半分以上溶けてしまう、ということがわかった。さすが二本で108円だけのことはある……。

 それに雪ノ下さんの、「あまり時間を掛けすぎないほうが雰囲気を保てる」という指摘もあって、無理に出演者のあたし達がやることにこだわらず、奥の方のテーブルは別のキャンドル班を二つ作って対応することになった。

 

 と、こうして、色々な問題が解決して、みんな、いよいよ本番、という感じに雰囲気が盛り上がってくる。

 

 

 

 そんな中、泉ちゃんが留美に、

 

「ね、その……背景、実際ステージで見てどうだった? あれで大丈夫かなぁ?」

 

 そんなふうに感想を聞いた。

 留美は、最初は笑顏で答え始め……、

 

「あ、うん! 何ていうか、色がとってもあったかくって、お話にはピッタリだって思ったよ、それに……それに……」

 

 ……けれど、見ている間に間に留美の顔色が悪くなり、手先が小さく震え始めた。

 

 あ、これマズイやつだ。

 

 

 

「……留美ちゃん……?」

 

 泉ちゃんの方も異変に気付いたみたい。

 

 ……どうしたら……って。 ああもうっ、このまま迷ってたってダメだっ。

 

 あたしは留美に、後ろからかかえるようにして抱きついた。

 

「きゃ」

 

 ……留美の手、怖いくらい冷たくなってる……。

 びっくりしてる二人に構わず、あたしはわざとらしいぐらい脳天気な声で言う。

 

「へへっ。るーちゃんもいーちゃんも何辛気臭い顔してんの? クリスマスイベントなんだよ? もっと明るく盛り上がっていかないと」

 

 いーちゃんてだれだよ。なんて突っ込まれる前に、もうここは勢いでいくしか無い。

 

「ちょっと絢香……」

 

 あ、留美の顔色が戻ってきた。ほっとしながらあたしは続ける。

 

「ねえねえ、いーちゃん、留美ってばさっきのこと自分のせいだってまだ気にしてんの。みんなそんなこと無いよって言ってるのにさ」

 

 留美は、あたしの方にくるりと振り向いて、

 

「別にこれは……」

 

 そう言いかけたところであたしと目が合う。……涙で滲んだ目。

 彼女は、安心したのか、力を抜くようにしてあたしに体重を預けてくれた。

 

 あたしはそのまま、留美を抱きしめるみたいにして彼女の頭を撫でてあげる。

 

「あ、ごめ……私、ごめんねっ……」

 

 留美の目尻から一滴(ひとしずく)だけ涙が溢れる――床にぽたりと落ちた涙の跡。あたしはそれに気づかないふりをした。

 

「へへっ、特別だよ~。私は比企谷さんみたいに簡単にほいほい人の頭撫でたりしないんだからね~」

 

 良かった、留美笑ってる。でもほんとだよ。あたしは「ナデナデの安売りはしない女!」……う~ん、あんまりかっこよくない……。

 

 その後、彼女は落ち着きを取り戻すと、いつものままの留美に戻っていた。……さっきの、何だったのかなぁ。痛々しくてこっちが泣きそうだったよ……。

 

 

 **********

 

 

 

 イベント当日の朝、あたし達がクリスマスツリーを移動させる準備をしていると、

 

「剣・豪・将・軍っ」とかいきなり名乗りを上げて、変なおじさんがエントランスに入ってきた。クーラーボックスを二つ肩から下げている。

 最初は不審者かと思ってみんなぎょっとしてたけど……、みんなに睨まれると急に弱々しくなったし、総武高の制服着てるし、よくよく見ればそれほど老けているわけでも無さそうで……。うん、ただの「痛い人」だな、これは。

 

 なーんて、ちょっとホッとしたところにさらなる衝撃が襲う。

 

 彼の後、すっごく可愛い女の子が少し遅れて入ってきた。やはりクーラーボックスを肩に下げている。どうやら留美と知り合いで、戸塚さんというらしい。爽やかなライムグリーンのジャージを着てるけど、この娘も総武高の生徒さんなのかな?

 

 彼女から比企谷さんの事を聞かれた留美が、

 

「……八幡なら、今隣の保育園に打ち合わせに行ってます」

 

 そんなに時間はかからないだろう、みたいなことを説明してるまさにその途中で自動ドアが開き、比企谷さんと一色さんが並んで帰ってくる。

 

「せんぱい、雪ノ下先輩たちこれ待ってるんで先いきますね~」

 

 一色さんは、手に持った封筒をひらひらさせて言う。

 

「おう、俺は調理室に荷物運んでからいくわ」

 

「了解でーす」

 

 そう言って彼女はちょっと小首をかしげて、ぱちんとウインクしながら可愛く敬礼。

 はあぁ、わざとらしいけど、かっわいいなぁ。女子としては見習うべきだろうか?

 

 そんな感じで一色さんは、ちょこんと戸塚さん? に頭をさげ、そのまま二階へと上がって行った。

 

 比企谷さんは彼女のところにいそいそとやって来て、

 

「おお、もう着いてたか。遅くなってスマン。……その、悪いな戸塚、こんなこと頼んじまって」

 

 比企谷さん、なんか、嬉しそうだなぁ……。

 

「何言ってるのさ、八幡。僕から手伝いたいって言ったんじゃないか」

 

 む、……この人、比企谷さんのこと「八幡」って呼んでる! しかも「僕っ娘」だとっ!

 

「まあ、な。でも、重かっただろ。……こんなの、材木座に全部持たせればいいのに」

 

「ひどいなぁ。それに、そんな事したら僕の仕事が無くなっちゃうよ」

 

「何を言う! 戸塚は俺の近くで笑っていてくれればそれでいいんだ!」

 

 比企谷さんはなぜか拳を握って熱く語る……。って、愛の告白かよ! 

 

「あはは。八幡は冗談が上手いなぁ。それに大丈夫。僕、こう見えて体力あるんだよ。ちゃんと運動部の部長やれてるんだから。……それにほら、腕の筋肉だって結構有るんだからね……」

 

 彼女は比企谷さんの手をとり、腕をペタペタ触らせたりしてる。

 

「お、おう……」

 

 比企谷さんは比企谷さんで、頬を赤くして彼女の腕をムニムニと……って、えぇ~~、

こ、ここに来てまた新しい女登場とか……。しかもやたらとベタベタしてるし……。

 

 

 

「ね、ね、留美。あの娘やばいんじゃないの? 比企谷さん、すごいデレデレしてるよっ。あっちが本命なんじゃないの?」

 

 留美の肩をガクガク揺さぶっても、彼女は妙に冷めた顔。……アンタわかってんの? 雪ノ下さんにも由比ヶ浜さんにも一色さんにもデレてない比企谷さんが大デレですよッ!

 

「あー、大丈夫、って言うのかな? こういう場合。 ……あの人、戸塚さんていうんだけど、男の子だから」

 

 男の娘? 何いってんのこの子は。

 

「あのね留美っ、冗談言ってる場合じゃ無いよ。もしかしたら雪ノ下さんたちより強力なライバルが…………」

 

 男の娘なんて現実にそうそう居るもんじゃなくてオトコノコは男の子だから……?

 慌てるあたしを留美は、「うんうん、わかるよ」みたいな顔でじっと見てる。……え? ホントに?

 

 

「…………マジ?」

 

「……うん」

 

「えぇ~~、し、信じらんない。けど、言われてみれば確かに……僕っ娘なんか現実にはそうそう居るもんじゃないし……。でも、これって違う意味でもっとやばいんじゃ……」

 

 そう、これはもしかして、女子が腐っちゃう感じの人たち大歓喜みたいな状況なのではっ。

 

 留美はなんだか呆れ顔であたしを見てるけど……、比企谷さんて、そっちの趣味の人なんてことは……無いよね?

 

 

 

 **********

 

 

 

『こちらのお店で、私の髪を買っていただけますか?』

 

『そりゃあ、商売だからね。……けど、まずは見せてもらってからだよ』

 

 

 

 総武高プラス小学生演劇チームの舞台本番、『賢者の贈り物』は、リハーサルでトラブルのあった、髪用品店の場面に入ってきた。

 

 もちろん対策はしたし、今回はうまくいくはずだ。そう思ってはいても、みんなどうしても緊張してしまう……。

 

 

 

『その値段で構いません。どうぞ髪を切って下さい』

 

 デラのセリフに合わせて照明が落ち、幕が下りる。完全に幕が下りたところで一つだけライトが点灯した。

 一色さんにぽんと肩を叩かれ、ショートのカツラを持ったあたしは舞台袖から飛び出して留美と陶子のところへ向かう。

 あたしが二人のとこに着いた時には、もうロングのカツラを外し終えたところだった。

 

「向きはこのまま。そっちが前ね」

 

 あたしはそう小さい声で言って、ショートのカツラを、陶子と二人で留美の頭にかぶせる。そして、焦るけど慎重に、留美の巻いてるはちまきみたいなやつにピンで丁寧に留める……。よし、OK。

 陶子も指でOKサインを作ったのを確認して、あたしは受け取ったロングのカツラを丸めて抱きかかえると素早く舞台袖に引っ込んだ。

 

 

 ひと呼吸置いて振り向くともう、一つだけ点いていた明かりは消えていて、それからゆっくりと幕が上がっていく。

 

 

『どうだい、短い髪もなかなか似合ってるじゃないかね』

 

 陶子のセリフに合わせて、スポットライトがショートカットになった留美を照らすと、会場が大きくどよめいた。

 

 ……よし、上手くいったぁ。

 

 一色さんが心底ホッとしたように溜息を一つつき、すぐにインカムで何か指示を出す。……そこであたしと目が合った彼女は、ニコッと微笑って可愛く片目を閉じた。

 

 

 

 さあ、いよいよあたしの、ジムの出番がやって来る。

 

 

 

 カラン、というドアベルの音を合図にしてあたしは舞台に上がる。

 

『ただいま。デラ、ねえこれを……』

 

 懐に手を入れたままセリフを言い、そこから視線を上げる。

 

 ……そのまま目を見開いて動きを止めるんだけど……。

 脚本を書いた書記さんに、「できれば瞬きもなるべくしないで」と言われてしまっている。これが地味にキツイんだよね~。

 

『おかえりなさい、あなた。今、お鍋を火に掛けるから、少し座って待っていて』

 

 留美デラに言われてもそのまま動かない……。懐に突っ込んだままになってる右手がつりそう……。目もヒクヒクしてきた。 

 

『そんな顔しないで。……髪は、切って、売っちゃったの』

 

『髪を……切っちゃったって?』

 

 はぁ、ようやく動ける。

 

『そうよ、だって、どうしてもあなたにプレゼントをしたかったんだもの』

 

『……髪を……切った……』

 

 あたしは馬鹿みたいに同じようなセリフを繰り返す。

 

『お願い、ジム。私のことを嫌いにならないでちょうだい。……髪は短くなってしまったけれど、ちゃんとお洒落もしたし、いつもよりちょっとだけ上等のお肉も用意したのよ。……それにワインだってあるわ』

 

 留美が切ない声で訴える。

 

 あたしは、「なんてことだ」みたいな感じにゆっくりと左右に首を振り、がっくりと俯く。

 

『お願いよ……ジム。今日はクリスマス・イブなのよ……』

 

 今にも泣き崩れそうな留美の声。……なんだかキュンとしちゃう。

 

 そして、あたしは……ジムはデラをぎゅっと抱きしめる。ちらっと留美の表情を伺うと、彼女の口が小さく「八幡」と動いたように見えた。

 

『ジム?』

 

 留美はそう言ってそのまま潤んだような瞳であたしの顔を見上げる。……かっわいいなあホントにこの子はもう! 思わず留美を抱きしめる手に力が入ってしまい、窮屈そうにわずかに身を捩った彼女から睨まれちゃった。

 ごめん。君が可愛すぎるのがいけないのだよ――じゃない!

 ……馬鹿なこと考えてないでちゃんと演技しなくちゃね。

 

 

 

 あたしは手の力を緩め、改めて懐からプレゼントの箱を出して、テーブルの上にトンと置く。そして留美の目を見つめ、

 

『デラ、僕のことを勘違いしないでおくれ。 髪型とか化粧とかシャンプーが変わったとか、そんなもので僕のかわいい奥さんを嫌いになったりするもんかい。 でもね、その君へのプレゼントを開けたら、 さっき、しばらくの間どうして僕があんな風におかしかったか解ってくれると思うよ』

 

 よし、完璧っ。なにを隠そう、これがジムの一番長いセリフなのだ。これが上手く言えると、あとはなんとかなるって自信が湧いてくる。

 

 そして留美デラはプレゼントの包みを開き、歓声を上げた……。

 

 

 

 **********

 

 

 海浜高・総武高両校によるステージは大成功のうちに終了し、イベントも大きな山を越した。

 

 今、あたし達はお客さんと一緒に、雪ノ下さんや、由比ヶ浜さん、それになんと比企谷さんの妹さんの小町さん達お手製の超美味しいケーキとクッキーをお供に贅沢なお茶の時間を過ごしている。

 

 ……そう、比企谷小町さん。さっき少しだけあいさつに来てくれて、留美に紹介してもらった。比企谷さんの妹で中学三年生。目が濁っていないこと以外は整った顔立ちといい、お兄さんとよく似ていると思う。留美とはたまにメールのやり取りをしているとのこと。

 小柄で可愛らしい。……一色さんと少しだけ印象が似てる……かな?

 

 小町さんが自分のテーブルに戻って行った後、留美が

 

「知り合いに挨拶してくる」

 

 と言って、なんだか気合い入れてホールの一番端の方にあるテーブルに歩いていった。彼女はさり気なく席を立ったつもりみたいだったけど、小学生はみんな注目してるよー。

 

 で、今、総武高の高校生達(当日参加の人たち)が座っているテーブルのところで何か話してるんだけど……。何で留美の周りには美男美女ばかり揃うのかな。

 

「ね、絢、あの留美と話してる人たち、カッコイイ人ばっかりだよね」

 

 陶子も気がついてたようで、もっともな感想を口にする。

 

「うん……なんかキラキラしてるね……髪とか」

 

「いや、それだけじゃ無いでしょ……」

 

 あたしたちの話が聞こえたらしく、隣のテーブルに座ってた男子が、

 

「おれ、あの人知ってる。今鶴見さんと話してるの、総武サッカー部の主将の葉山さんだぜ。秋の大会で県のベストイレブンに選ばれてた」

 

 と、なんだか嬉しそうに教えてくれた。

 

 はー、見た目が良いだけじゃ無いんだ……。でも、サッカー? 留美とどんな知り合いなのかなぁ。

 それにあたしは、留美と話してたもう一人、髪の長いおねーさんに興味を持った。何ていうか、綺麗だけど、それだけじゃ無い、いい女オーラ? みたいなのを感じる。

 

 留美は彼らに何度か頭を下げ、それからどこかホッとしたような顔になって自分のテーブルに戻ってきた。あたしはさっそく、

 

「ね、留美。あのイケメン集団と知り合い?」

 

 まずそこから聞いてみた。すると、

 

「あ、うん、あの人達も林間学校でお世話になって……その、八幡と一緒に」

 

「なにそれ……。その、林間学校の時のメンバーって顔で選んだの? 雪ノ下さんとか由比ヶ浜さんもそうなんでしょ」

 

「うん……あ、あと、戸塚さんと、それから小町さんも」

 

 うわ、美形ばっかりじゃん。比企谷さんはともかく(ヒドイ)。

 いや、そのね、比企谷さんもイケメンの部類だとは思うんだけどさ。それにあの目も見慣れてくれば大して気にならないし。うん。

 

 あ、総武高生といえば、

 

「……ちなみにあの材木さんは?」

 

 確認のため聞いてみると、

 

「い、居なかった」

 

 との答え。はい、顔で選んだの確定ですね。まあ、だからどうしたって話だけど。

 

  

 そんなことより、

 

「あたし達のことも紹介してよ~」

 

 あたしは留美の手を握ってお願いする。すると、

 

「あ、じゃあ私も」

 

「それなら俺も!」

 

 陶子や、それから、さっき「サッカー部の葉山さん」のことを教えてくれた男子が食いつく。

 

「え、やだよ、紹介とか……」

 

 でも、留美はなんだか渋い顔。

 

「えー、留美には比企谷さんがいるんだからいーじゃん。独り占めはんた~い」

 

 そう言うと、留美は、照れと呆れが混ざったような変な顔をする。

 

「別にそんなんじゃ……」

 

「特にあの、髪長いおねーさんとお話してみたい」

 

 そう言うと留美はちょっとだけ驚いたようだ。……ふふふ。女子がすべて葉山さんのようなイケメンに群がるわけではないのだよ。……まあ、別に美形が嫌いなわけではないけどね。というか、眺めるのは大好きだけどね。

 

「へへ、きれいで格好いいじゃん。あーゆうの、やっぱあこがれるよね」

 

「おれも葉山さん達に話聞いてみたい! 鶴見さん、頼むよー」

 

「あ、えーと、別に私が紹介とかしなくたって……」

 

「ねー、鶴見さん、お願いっ」

 

「…………」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 抵抗むなしく留美はみんなに押し負け、小学生のうちあたしたち十人ぐらいが葉山さんたちのテーブルの方に移動してきている。

 

 留美が、

 

「あの、この子たちがみなさんとお話してみたいって言うんですけど……」

 

 と、なんとも申し訳無さそうに言ったお願いを、彼らは笑ってOKしてくれた。

 

 

 

「……綾瀬、絢香っていいます」

 

「あ、アンタさっきダンナ役やってた子だよね。……へえ、背ぇ高いんだね。あーしと変わんないじゃん」

 

「はい、身長ばっかり伸びちゃって……ちょっとコンプレックスだったりするんですけど」

 

 あたしがそう言うと、三浦さんは、

 

「なんで? 小学生でそんだけ背高いって超かっこいいし。堂々としてれば?」 

 

 そう何でもない事のように言う。

 はぁー、三浦さん、思ってた通り格好良い人だ。……それに、思ってたよりずっと優しくて繊細な人だ。

 

 言葉遣いとかはアレだけど、話しかけにくそうにしてる子にも気付いて、自分から声をかけてくれたりする。

 少しきつめ、というか強気な印象を受ける目元だけど、これってわざとそういうメイクにしてるのかも。よく見れば別につり目ってわけじゃないし、笑顏はすごく穏やかだ。

 もしかしたら、すっぴんは優しい顔だったりするんじゃないかなぁ。

 

 それに……時折葉山さんを見つめる横顔が……なんてゆーかもう、超乙女なの!

 まあ、少し見てればすぐ、彼女が葉山さんの事好きなのはわかる。そう思って見てると彼に対する仕草とか態度とかがいちいち可愛く見えてくるんだよねー。

 

 葉山さんを、「はやとー」って呼ぶ時の、「や」から「と」にかけてちょっとだけ声が上ずる感じとか、もう、きゅぅぅんってしちゃう。

 

 ふむ……わからないかね? ならば君は、恋愛ウォッチャーとしてはまだまだだということさ。

 

 

 

 **********

 

 

 

 色々あったクリスマスイベントもどうにか無事に終わった。

観に来てくれた家族の反応も良かったし、出演者のはしくれとしてはもう大満足。……なんていうの?、こう……やりきった感、みたいな。

 

 あたし達は、講習室で夕方に行われる簡単な打ち上げ、「お疲れ様会」が始まるまでの時間を、会場とか講習室とかの片付けをしながらダラダラと過ごしていた。

 倦怠感と、高揚した気持ちが混じり合ったみたいな不思議な気分。……「祭りのあと」って、こんな感じなのかな……。

 

 

 

 さっき、作業が一段落したところで、留美が、

 

「ね、ちょっとだけぐるっと見てきていい?」

 

 なんて言い訳をして出ていった。まったく、どうせみんな応援してるんだから、「八幡に会いに行ってくる」とか言えばいいのに……。素直じゃないなぁ。

 陶子が、「比企谷さんは控え室に居るよ」って教えた時の、ほんのり頬をピンクに染めた嬉しそうな顔と言ったら……。ヘヘ、きっと真っすぐ控え室に向かったに違いない。

 

 

 

 ところが、留美が出ていって少ししてから、比企谷さんが、誰かを探すように周りを見回しながら講習室にやって来た。あれ、留美と行き違いになっちゃったかな。

 

 

「あれ、留美と会いませんでした?」

 

 あたしがそう声を掛けると、

 

「お、ここにいたか」

 

 と比企谷さん。 ……あれ、探してたのあたし?

 

「綾瀬、ちょっと急ぎで頼みたいことあんだけど、今大丈夫か?」

 

「あ、はい。こっちだいたい終わりですし……でも留美が……」

 

「ああ、留美なら今控え室に居る。……それでお前、奥の階段の、ホールに上るとこの踊り場ってわかるか?」

 

「え……と、はい」

 

 それなら知ってる。講習室からだとホールに上がるには遠回りになるからほとんど使わないけど。

 

「そこに、藤沢を、『控え室の前を通らないように遠回りして』連れてきてくれないか」

 

 え、控え室を通らずにって……さっきの話からすると、

 

「留美に見られないように、ってことですか?」

 

「……まあ、な。俺はちょっと用意するもんがあるから……頼む」

 

 詳しい事情はわかんないけど、つまりこれは、特命係(仮)の任務ですね。よし、ここは今朝新たに学んだ技を使う時……。

 

「了解でーす!」

 

 そう言ってあたしはビシっと敬礼してぱちんと片目を閉じる。少しだけ前かがみ、小首をちょっとだけ(かし)げる。この曲げ過ぎない角度がポイントだ。

 

「……それ、やめといたほうがいいぞ、一色のあざといのが感染(うつ)るから」

 

 比企谷さんは呆れたようにそう言った。

 

 

 

 **********

 

 

 

「あ、あの~、これってどういう……」

 

 さて、例の踊り場の隅には事情がいまいちよく分からずにオロオロしてる泉ちゃん。今、あたしと比企谷さんで、まるで彼女を囲んで閉じ込めるみたいに空の段ボール箱を積み上げているところだ。

 いじめじゃないのよ。念のため。

 

「悪いが藤沢、俺の言うとおりにしてくれ」

 

「は、はい」

 

 泉ちゃんが不安げに頷く。

 

「もう少ししたら、俺と留美がここで話をする……予定だ」

 

「予定……ですか」

 

「事情が変わったら連絡するが……とにかく、俺達が何を話していても……俺が良いと言うまで絶対に出て来ない。声も立てない。……という事で頼む」

 

「それって……」

 

「たぶん、お前にとって気分のいい話じゃないかもしれない。けどな……それできっと何かが変わる。……藤沢も、今のままで良いとは思ってないんだろ」

 

「……はい」

 

 ダンボールの壁の向こうで泉ちゃんが小さく、でもはっきりと返事をした。

 

「あのー、あたしはどうしたらいいですかね?」

 

 あたしが比企谷さんにそう尋ねると、彼は少しだけ迷うような顔をした後、

 

「あー……綾瀬は、部屋にもどって知らなかったふりしてろ」

 

 そう答えた。

 

「え、でも……」

 

「いや、これがもしうまくいかなかったら……綾瀬が手伝ってたって事になれば留美とお前の間が気まずい事になるかもしれんし……。だから、な」

 

 ああ、なるほど……考えたくもないけど、今より悪くなることだってありえなくはないんだよね……。

 

「わかりました……」

 

 そう言われればここは納得するしかない。

 

「よし、じゃあ留美を待たせてるから、一度下降りてここに連れてくる。……あ、藤沢」

 

「はい?」

 

「そこに一個置いてある箱は、中身も段ボール詰めたやつだから、椅子代わりにしてていいぞ」

 

「はい、ありがとうございます。それから……その、よろしくお願いします」

 

「……おう。ま、お前の従姉からの依頼でもあるしな」

 

 そう小さく返事をして、彼は階段を降りていった。え、依頼って何? 比企谷さんって、もしかして高校生探偵……いや漫画じゃないんだから。

 

 あたしは、気にはなりつつもその場を離れる。……どうか上手くいきますように……。

 

 

 

 **********

 

 

 

 あれからどうなったのかなぁ。講習室に戻ったあたしはヤキモキしながら待っていたんだけど……。

 

 お疲れ様会まで30分を切り、テーブルやら飲み物やらの準備が始まった頃、ようやく比企谷さんがすっと講習室に入ってきた。

 ……留美と泉ちゃんの姿は見えない。どうしたんだろう。

 心配してるのが顔に出ていたんだろうか、あたしに気が付いた彼は、「大丈夫」というようにひとつ頷く。

 

 それから比企谷さんは雪ノ下さん、由比ヶ浜さん、それから総武高生徒会の人たちと何か話してたんだけど……一段落したところで、ようやくあたしの所に来てくれた。

 留美たちの事、聞かなきゃ。

 

「あの、比企谷さん……?」

 

「おう。……アレだ、多分うまくいった、と思う」

 

「多分て……」

 

「いや、あとは二人だけのほうがいいと思って最後までは……な。まあ心配ないだろ」

 

 そか、留美たち、仲直り出来たんだ。……はあ~~よかったぁ~。

 ほんと、リハーサルの後の時なんかもう痛々しいぐらいだったし……でも、一体どうやって?

 あの二人の抱えてるものって、なんか複雑そうで……『お互いゴメンナサイして、はい仲直り』みたいな簡単な雰囲気じゃなかったと思うけど。 ……あれ、そういえば比企谷さん、なんだかずっと左の頬を触っているような……。

 

「比企谷さん、それって……」

 

 あたしがその不自然な手の動きをじっと見ているのに気付いても、

 

「ま、ちょっとな」

 

 彼はそれしか言わない。

 

「大丈夫なんですか?」

 

 あたしが聞くと、比企谷さんは、

 

「このくらい大したことじゃない」

 

 そうして話を打ち切るように、

 

「とにかく、今回は変なことさせて悪かった。サンキューな……絢香」

 

 そう言ってあたしの頭をぽんぽんと撫でた。

 

 

 

 

 

 ……って、ぎゃあぁあぁ。絢香? 絢香って言った今? そんでもって頭ぽんぽんって。

 

 な、何してくれんの比企谷さんっ。うわこれ、自分でも顔赤くなってんのわかる。

 

「な……なんで」

 

 あたしがやっとの思いでそう聞くと、

 

「なんでって……こないだ自分で言ってただろ、名前で呼べとか。だからまあ、一回くらいは、な」

 

 ぐわっ、そう言えばあたし言いましたね……「あたしのことも『絢香』って呼んでくださいよ~」とか……。ああでも、一回だけかぁ……。

 って、いやいやそこはがっかりするとこじゃ無いでしょ!

 

 

 すると比企谷さんは急に手を引っ込め、

 

「ま、とにかく助かったわ」

 

 とかなんとか言ってすうっとあたしから離れると、何故かそのまま部屋から出ていってしまった。……どうしたんだろう。

 

 

 

 ――一瞬、背後に冷気を感じた。

 

「あーやかっ」

 

 いきなり真後ろ三十センチ位のところから呼ばれる。

 

「ひゃっ!」

 

 あたしが慌てて振り向くと。目の前に留美が仁王立ち。

 

「あ、な、なに? 留美」

 

 あちゃ~、いつ戻ってきたんだろ。……あ、さては比企谷さん逃げたな。ずるいじゃん自分だけ……。

 ここは一つ、何でもないこと、みたいな感じで行こう、と……、

 

 

「大丈夫、ちゃんと見てたから……。今の何?」

 

 笑顏なのに、感情を殺したような低い声。……それはちっとも大丈夫じゃないやつですねわかります。

 

「ちょ、留美怖っ……」

 

 いや誤解だからね? あたしはただ留美たちのことを心配してただけで……。うん、そう……それだけ。だから、

 

「へへー……いやぁ~、年上男子に頭撫でてもらうっていいもんだねぇ。ほら、私背ぇ高いからさ、同級生とかだとちょっとさ……」

 

 そう、()()()()()()()()()()場をごまかす。

 留美がなんとも言えない顔であたしを見ているので、あたしは一つため息をつき、

 

「あはは。……いや、そのね、留美のこと頼まれてたんだよね……比企谷さんから」

 

 そう種明かしをした。

 

「な……」

 

「あんたと泉ちゃんがさ、色々複雑みたいだから、『それとなく気をつけてやってくれ、頼む』って感じに……」

 

 さすがに驚いてるみたい。ここでさらに追撃を。

 

「実はさっき泉ちゃんを階段とこに連れ出したり、段ボール箱積むの手伝ったりしたりしてましたっ。あは。……で、今のは、『うまくいったから、ありがとな』みたいな……。留美?」

 

 彼女は唖然として、あたしと泉ちゃんを交互に見て目をぱちぱちさせてる。

 泉ちゃんは照れ笑いみたいな顔でおでこを掻いてるし。

 

 留美は、一度大きく息を吐くと、すっごいいい笑顔でふふっと笑い、

 

「ごめん。絢香、泉ちゃん、またあとでっ」

 

 そう言って講習室を飛び出して行く。

 

「はいはい、いってら~」

 

 その背中にこっちも笑顏で声を掛け……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 留美が見えなくなったところで素早く泉ちゃんの手を握り、一言、

 

「追っかけるよ――静かに」

 

 と言って、そのまま彼女を連れて走り出す。

 

「え、えぇ~~」

 

 

 

 **********

 

 

 

「あ、あの、こーゆーのってよくないんじゃ……」

 

「しっ。泉ちゃん、声低く」

 

「あ、ごめんなさい。でも……」

 

「まあまあ。ここを見逃してどうすんのよ。恋愛ウォッチャーの名が泣くよ」

 

「わたし、べつに恋愛ウォッチャーとかじゃ……」

 

「あ、なんか動きが…………」

 

 

 

 ここはエントランスの隅っこ。

 留美たちのいる自販機コーナーから少しだけ離れた場所で、今朝までツリーが置いてあった場所の目の前だ。

 あたしたち二人は、そこに並んでいるソファーベンチの間に隠れて留美と比企谷さんの様子を覗いて……じゃなくて見守っている。

 

 だって……ねえ、気になるじゃん、ここまで付き合ったんだしさ。

 

 

 

 

「…………ほんとに、ありがとう」

 

 留美の声が小さく聴こえてくる。

 比企谷さんは、

 

「そか」

 

 と、一言だけ言って、笑う。

 

 その後二人はなんにも言わずにただ並んで座ってるだけなんだけど、なんだか雰囲気あるんだよねぇ。二人が、くっつくかくっつかないかギリギリぐらいの間を空けて座ってるってのがあたし的にイイ感じだ。

 

 

 

「ねぇ、ちょっとほっぺ見せて」

 

 どれくらい経っただろう、留美が比企谷さんの顔を覗き込むようにして言った。

 

「いや、んなもん見てどうすんだよ」

 

「いいから」

 

 比企谷さんが手でガードするみたいにしたけど、留美はベンチに膝立ちすると、そのまま彼の肩に体重を預け、その手を剥がした。

 

 

 留美は比企谷さんの赤くなった頬を見てわずかに顔を歪めた。

 

「ごめんね、痛かったでしょ……」

 

「あー……まぁ、少しだけな」

 

 彼女は、比企谷さんの頬にそっと触れ、指先で静かに撫でる……。

 

 あれ? 留美……なんだかぽうっとして……。

 ふらっと、吸い寄せられるようにして留美が比企谷さんに近づいていく。

 

 え、ここ、これってもしかして……。

 

 

 

 彼女はそのまま、比企谷さんの赤くなった頬にそっと触れるようなキスをした。

 

 ―― 一瞬、時間が止まる ――

 

 ひゃぁぁぁ~~。きたこれ! 大スクープ! じゃなくてっ!

 泉ちゃんなんか、さっきまで嫌がってたくせに、両手を口に当てたまま目を丸くしてガン見だ。……なんかうるうるしてるし……。

 

 留美すごい! あたし達が出来ないことを平然とやってのけるっ! そこにシビれる!あこがれるゥ! ……って、いやいや。

 それに、「平然と」ってわけでも無さそうだしね……。

 

「なんっ……!?」

 

 留美の予想外の行動に、ちょっとだけ固まってた比企谷さんが弾かれたように椅子から立ち上がる。

 留美は留美で視線があっち行ったりこっち行ったり定まらず、なぜか両手を中途半端に上げてジタバタするように動かしてる……ぷ。なんだか可愛い……ペンギンみたい。

 

 二人共可笑しいぐらい真っ赤になってるし。

 

「る……おま、何してんの?」

 

 へへーん、いつもどこか余裕で人の頭撫でたりしてる比企谷さんが珍しく慌ててる。……ザマーミロだっ!

 

 留美は、真っ赤な顔をいっそう赤くして、

 

「お……おまじない。おまじないだからっ。……早く治るようにって」

 

 そう言うと、恥ずかしさの限界に達したらしい。そのまま小走りに廊下を走って行ってしまった。……講習室、そっちじゃないよ……。

 

 ……だいたい、カエルの呪いじゃないんだから、ほっぺの赤く腫れてるのがキスのおまじないで治るとか聞いたこと無いし……あれぇ? 

 

 訂正。ごめん留美、おまじないちゃんと効いてるわ。

 

 ……比企谷さん……顔全部真っ赤だから、頬が赤くなってたのなんてわかんなくなってる。

 

 

 

 ふと気がつくと、あたしの横の泉ちゃんが、まだ両手を口に当てたまま、赤くなってうるうるを続けていた。……こっちはこっちで固まってたか……。

 

 その後、あたしはどうにか泉ちゃんを正気に戻し、お疲れ様会の始まる前には無事に講習室に戻れたのでした。

 

 

 

  **********

 

 

 

 あたし達が講習室に戻ってから、少しだけ時間を開けて、留美も、それに比企谷さんも、「出来るだけさり気なく」みたいな感じでここに戻ってきていた。

 

 ただ、さすがにちょっと気まずい……というか気恥ずかしいようで、お互いをチラチラと見たりして意識しながらも、留美は私達と一緒に部屋の後ろの方の壁際で、比企谷さんは材木さんや戸塚さんがいるテーブルで、とそれぞれ別々に過ごしている。

 

 たまーに目が合っちゃうと、二人してお互い慌てて目ぇそらしたりしてるの。 

 ふふふ。若い二人は初々しくて良いのう……。

 

 

 

 打ち上げが始まってからしばらくして、由比ヶ浜さんと雪ノ下さんが二人で私達小学生のほうにやって来た。

 

「みんな、おつかれさま~。飲み物とか足りてるかな?」

 

「「おつかれさまでーす」」

 

「だいじょーぶでーす」

 

 みたいな感じで、みんなで一通り、「お疲れ様のごあいさつ」

 後はまた皆バラバラに雑談が始まる。

 

 

 

 ……そして、

 

「ねえ、留美ちゃん……」

 

 みんなの注目が逸れるのを見計らっていたかのように、由比ヶ浜さんが少し表情を引き締めて、いよいよ本題というふうにそう切り出した。

 

「は……はい」

 

「あのさ、お願いがあるんだけど……」

 

「ちょっと、由比ヶ浜さん……」

 

 話し始めた由比ヶ浜さんに、雪ノ下さんが(たしな)めるような口調で声をかけた。

 けれど、由比ヶ浜さんはそれを目で制し、もう一度留美に向き直る。

 

 ……すると留美のほうもちょっと気圧されるみたいな感じになり、表情から笑顔が消える。……まさか、さっきの見られてたとかじゃないよね?

 

 

 え、何これ……も、もしかして宣戦布告とか!? 

 

『私のヒッキーに手ぇださないでっ』とか言っちゃうのっ?

 

 ……い、いわゆるしゅ、修羅場ってやつ? ……ってあわわ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私たちのことも、名前で呼んでくれないかなぁ」

 

 ズル。

 

 いや、マジでコケそうになった。……でもなんで今?

 

「あの……?」

 

 さすがに留美も戸惑ってるみたい。

 

「あはは……。何ていうかさ、夏とか、今回とかで、留美ちゃんと私たち、けっこう仲良くなれたと思うんだよね……」

 

 由比ヶ浜さんはなんだか照れくさそうにしながら話を続ける。

 

「でもさ、留美ちゃんはヒッキーとだけ名前で呼び合ってて、私たちのことはずっと「由比ヶ浜さん」「雪ノ下さん」だし、なんか寂しいっていうか、そのズルいっていうかだし……。ね、ゆきのん!」

 

 急に振られた雪ノ下さんは、こめかみの辺りを押さえながら、

 

「別にずるいわけではないと思うのだけど……でも、そうね」

 

 そこまで言って、ふふっと微笑うと、

 

「同じ時期にあなたと知り合ったはずのあの男が、私たちより親しげに接しているというのは……なんだか負けているような気がして不快だわ」

 

 ちょっといたずらっぽい顔でそう言った。

 留美がくすりと笑う。

 

「だから、私もこう呼んでいいかしら ――留美さん?」

 

 雪ノ下さんの声は優しい。

 

「あ……は、はいっ。もちろんです。……その……雪乃、さん。それから、結衣さん」

 

「うんっ。留美ちゃん、これからもよろしくねっ」

 

 そう言って由比ヶ浜さん――結衣さんは留美に抱きついた。……あ、留美が埋まってる……やっぱりすごいなあ結衣さんの、……ふかふかメロン?

 

 

 

 その様子を見ていた一色さんが不満をこぼす。

 

「えぇ~、結衣先輩たちだけなんかずるいですー。せっかく今回仲良くなったんだから、わたしたちも混ぜてくださいよう」

 

 へへっ、ホントそうだよ。

 

「じゃあ、あたしもいーですか? いろはさん」

 

 あたしがそう声を上げると。

 

「もちろん。今回はほんとお疲れ様ね、絢香ちゃん」

 

 

 

 その後は、いろはさんが比企谷さんを無理やり引っ張ってきて、

 

「ほらほら~、せんぱいも、『いろは』って呼んでいいんですよ?」

 

 なんてからかったりしてる。

 

 あ、いろはさん、冗談ぽく言ってるけど……声少しだけ震えてるし、頬もほんのり赤い。……これってすごく期待してる?

 

「いや、俺はやらんっつーの」

 

 残念ながら乙女の気持ちは伝わらなかったようです。

 

「えぇ~、何でですかぁ。留美ちゃんだけしか呼ばないなんてえこひいきですぅ」

 

「別に……一人だけってわけじゃ……」

 

 比企谷さんはそう言ってちらっとだけあたしの方を見た。

 

 なっ……ちょっと比企谷さんっ。「アレ」をカウントに入れるのはずるいでしょ。あんなのはただの冗談で……。はう。

 なななにをドキドキしてるんだあたしはっ。

 

 ……そもそもみーんな比企谷さんが悪い! ホント、「撫でるな危険!」

 

 

 

 それからは、なんだかお疲れ様会全体が、「名前で呼び合う祭り」みたいな変な感じになっちゃったけど、……なんだかとっても楽しかったなぁ。

 

 

 

 **********

 

 

 

 まだ一週間くらいしか経っていないのに、やけに懐かしいような気分でクリスマスイベントの時のことを思い返していると、

 

 

 

「あ~や~」

 

 よく通る陶子の声がそれを中断させる。……あたしの耳に駅前独特の喧騒が戻ってきた。駅に向かう人の波はいつもの倍ほどもあるだろうか。

 いつの間にか見上げていた空の色は、冬の……それもこの時期だけの澄んだ青。

 

 あたしは座っていたベンチから立ち上がり、白い息を吐きながら陶子たち三人のもとに小走りで駆け寄る。

 

「あけましておめでと。絢香」

 

「うん。おめでと、留美、泉ちゃん」

 

「おめでとうございます、絢香さん」

 

「ちょっと絢~、私には?」

 

「陶子には今朝言ったでしょーが」

 

「あれは電話じゃん」

 

 ああもう! めんどくさいなぁ。

 あたしは胸に軽く手を当てて軽く腰を落とし、「騎士の礼」みたいなポーズをとる。

 

「……陶子様におかれましては昨年中は大変お世話になりまして、うんたらかんたらで本年も宜しくお願いいたします」

 

「うむ、苦しゅうない。今年もよきにはからえ」

 

 陶子が偉そうにふんぞり返って言う。

 

「ぷ、なにそれ」

 

 留美が笑う。隣で泉ちゃんが笑う……もう、どこも無理をしてない自然な笑顏で。

 

 そんな――あたしの、新しい友達。

 

 

 

 へへっ、特命係の任務完了! 今日はこれから四人で初詣!

 

 

 

 




 以上、クリスマスイベント編おまけ、絢香編でした。

 いや……「幕間」に前後編合わせて3万字とか……。

 当初の構想では一万字前後で収まるはずだったんですが、絢香に突っ込ませたい場面が多すぎて……これでもけっこう削ったんですよ。……ホント、どうしてこうなった?



 次回のお話については現在検討中です。予定していた、いわゆる「本編」(一つの話に5話も6話もかかるような話)は、留美が中学生~高校生頃の話に飛んでしまいます。
 なので、時系列にそってやや短めの話(小学生編~中学生編)を書いていくのが良いのか、本編を進めた上で、こぼれ話として短編をあとから入れていくのが良いのか……。

 留美が成長しちゃったら一気に読者が離れそうな……ww どうなんでしょうね。

 
 ご意見・ご感想お待ちしています。

 ではまた次回。



P.S.
こちらの話がちょっと区切りの良いところなので、一月から更新できずにいた実験的な短編集(小町ポイント)の方をきちんと「完結」という形にする作業にも手を付けていきたいと思います。もしかしたらそっちの更新が先になるかもしれません。

5月8日 誤字修正。 報告感謝です。
5月3日 誤字修正。 不死蓬莱さん報告ありがとうございます。
5月18日 分かりにくかった表現を一部修正。

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