そして、鶴見留美は   作:さすらいガードマン

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 申し訳ありません。気が付けば前回の更新から2ヶ月も開いてしまいました……。

 個人的に色々とあったんですが、どうにか落ち着いてきました。待っていていただいた方、心配していただいた方、本当にすいません&ありがとうございます。

 卒業…………小学生の留美は、このお話がラストになります。








鶴見留美はふわふわと落ち着かない① 卒業とサプライズ

 

 

「おっ待たせです~」

 

 ここは比企谷家のリビング。三人とも部屋に入ったのを確認するようにして元気な声を上げたのは、私の左隣に立つ小町さん。

 彼女の反対側、右隣には絢香が立ち、私たちは三人とも、首から足首のあたりまでを隠すようにすっぽりと薄手のシーツを巻きつけるように羽織っている。

 

 リビングのソファには観客席宜しく八幡たちが座ってる。どうやら私たちの()()を待っていてくれたようだ。

 

 

 

 そう言えば、先月にお邪魔した時にこの部屋の真ん中をどーんと占領していた炬燵は、その姿を普通の低い長テーブルへと変えており、そのせいか少しだけ部屋が広くなったように感じる。

 

 あの日、雪乃さん・結衣さん・いろはさんに不審な態度を追求された八幡と私だけど、「感謝の気持ちのチョコレートを送った・受け取っただけ」という事でどうにか事なきを得た。

 つまり、玄関で『感謝チョコ』を送ったことだけを話して、八幡が「ぼっちの俺はそういうの慣れてないから態度がおかしかっただけ」と主張し、夜の……私の八幡への本気の告白についてはどうにかバレずに済んだの。おかげで今私はこうして無事にここに立っていられるんだ……。

 

 大袈裟? ううん、そう思えないくらいあの時の裁判もどきはちょっと怖かった……うん……怖かった。

 

 

 

 

 

 ふと、隣に立つ小町さんがピンと姿勢を直す気配で我に帰る。

 

「ではっ、エントリーNo.一番! 小町、行きまーす!」

 

 彼女が掛け声とともにバサッと勢い良くシーツを床に落とすと、

 

「「おおっ」」

 

 と、観客席? から感嘆の声が上がる。

 

「小町ちゃんが……小町ちゃんが総武の制服着てる…………なんかもう、なんかもうだよ! ゆきの~ん」

 

 結衣さんが目を潤ませてそう言いながら、雪乃さんの袖を引っ張ってぶんぶん揺する。

 

「ちょっと……結衣さん、そんなに引っ張らなくてもちゃんと見ているわ」

 

 雪乃さんは結衣さんの手を押さえるようにしながら、

 

「でも……、本当によく似合っているわ。あらためて、合格おめでとう、小町さん」

 

 そう言って柔らかく微笑う。

 

「へへー。ありがとうございます! 結衣()()、雪乃()()

 

 小町さんはニコニコしながら、なんだか嬉しそうに言った。

 

「あ、先輩って……そうかぁ。えへへ、小町ちゃんにそう呼ばれるとなんか照れちゃうね……って、ヒッキー、なんか泣いてるし!?」

 

「ばっかお前、小町の晴れ姿だぞ!! これが泣かずにいられるかよ」

 

 八幡がグッと拳を握って力説するように言う。

 

「いや、入学式とかでもないのにさすがにそこまでだとちょっと引くってゆーか……」

 

「まあまあ結衣先輩。お兄ちゃんはどうせいつもこんなんだから、いちいち気にしてたら負けですよっ」

 

 小町さんが苦笑いしながら「たはは~」と呆れたように言えば、

 

「そうね、小町さんの言うとおりよ。比企谷くんのシスコン体質はもはや不治の病なのだし、これから小町さんがうちに入学してくるにあたっていちいち気にするのは時間の無駄……いえ、そもそもあなたの存在自体が無駄……?」

 

 雪乃さんは素の表情で小首を傾げる。きょとんとした表情が可愛い……言ってることはヒドイけど。

 

「おい……」

 

「なにかしら泣き谷(なきがや)くん」

 

 そう言って雪乃さんは八幡に視線を向け、いたずらっぽく笑った。

 

「無駄に韻を踏んでるのが腹立つな……」

 

 そう文句を言いつつも、八幡の声音はどこか優しい――優しさを、無理に隠そうとしなくなってる。それを見て結衣さんが嬉しそうにへへっと笑った。

 

 

 

 そんな様子を見ていた小町さんは口元に笑みを浮かべ、くるりと私たちの方を向いてニッと笑って声を上げる。

 

「じゃあ、第二弾っ! 留美ちゃん、絢香ちゃん、どうぞっ!」

 

 少しだけ緊張する。私と絢香はお互いに目を合わせ、声を出さずに「せーのっ」と口だけを動かし、二人同時にシーツを足元に落とした。

 

 

「おお……」「うわ、可愛い……」「ふふ……」

 

 私たちがこの春から通う中学校、美浜第二中学校――通称浜二中――の制服は黒に近い紺色のジャンパースカート型だ。前身頃に6つの飾りボタンが着いていて、スカート部分の裾のところには一本白いライン。ウエストのところをベルトで締められるようになっている。

 中のシャツは白で、襟の赤いリボンタイが可愛い。この赤いタイが総武高の制服と同じっぽく見えるという所も私的にはちょっと気に入ってる部分だったりする。

 

 

「……リアル朝潮改二かよ……マジか……いや、これはこれで…………」

 

 なんだか意味不明なことをブツブツ言ってた八幡だけど、

 

「あの……どうかな、八幡……?」

 

 という私の言葉にはっとしたように、

 

「いやその、すごくよく似合ってるぞ。留美も……綾瀬もな」

 

 ちょっとだけ照れたような顔で、それでもちゃんと褒めてくれた。ふふ。

 

「うんうん、なんかさ、二人ともかっこいいっていうか……大人っぽい、し?」

 

「ほんとそうですね。小町のとこのセーラー服も好きでしたけど、浜二の制服のが特徴あってオシャレっぽい感じはしますよねー」

 

 ちょっと羨ましいなー、と小町さん。

 

「そうね。特に絢香さんなんか背が高いから……なんだか高校生みたいに見えるわね」

 

 雪乃さんが誰に言うともなくそんな風に言う。

 確かに絢香は、結衣さんや小町さんより身長が高い。雪乃さんともそれほど変わらないんじゃないだろうか。

 早く大人になりたい私としては、彼女のスラっとして大人びたスタイルはすごく羨ましいって思うんだけど、絢香に言わせれば、「背ぇ高ければ高いで損することだってあるんだよー。特に女子はさぁ……」ということらしい。

 

 

 

 

 そんな話をしていると、絢香が

 

「あのー、今さらなんですけど……本当にあたしも呼んでいただいて良かったんでしょうか?」

 

 と、なんだか申し訳さそうに言う。

 

「あら、急にどうしたの、絢香さん?」

 

「いやそのですね、比企谷さんのご自宅って……留美はともかくあたしは良いのかなって。いろはさんだって来てないのに……」

 

「一色は声かけなかったわけじゃないぞ。ただ、この時期忙しいみたいでな」

 

「そうそう。いろはちゃん、生徒会長さんだもんね。今日来れないってすごく残念がってたし」

 

「まあアレだ。今日は卒業祝いってことだしな。なら留美と綾瀬は一緒に呼んでもおかしくはねえだろ。留美一人ってのもアレだし……。 それに……いやまあ、それは後でか……」

 

「……?」

 

 後で? なんの事だろう。

 

 

 

 

 

 そんな風に、少々大袈裟過ぎだった制服姿のお披露目も終わり……、

 

「じゃ、あらためて乾杯……の前に、制服着替えよっか」

 

 着たばっかりだけどねー、と小町さんが言い、私たち三人はぞろぞろと小町さんの部屋へと着替えをしに戻っていく。ふふ、なんだかちょっとお間抜けな感じ。

 まあ、さすがに入学式前に制服汚すわけにはいかないもんね。

 

 

 

 そう、私と絢香は数日前にそれぞれの小学校を卒業したばかり。四月から同じ中学校に進学するのを待つ身だ。

 小学生でも中学生でもない――ちょっとだけ心細いような、それでいてわくわくするような――不思議な、ふわふわとした気分の数週間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

『桜のつぼみもふくらんで』

 

『今、希望の季節――春』

 

『『僕たち』』

 

『『私たちは』』

 

『『『今日、〇〇小学校を卒業します』』』

 

『…………』

 

『……』

 

 

 

 今日は私が六年間通った〇〇小学校の卒業式。嬉しいことも悲しこともあったけど、それが今日で最後だと思うと……どうしてもしんみりしてしまう。

 なんて……我ながら月並みな感想だなあ。でも、卒業式の当事者になればきっとみんなが思うこと――感じること。

 

 今、六年生から在校生に向けての、『わかれの言葉』の最中なんだけど、皆で言う台詞以外に、卒業生全員に一人だけで言う台詞が必ず一つ割り当てられる。

 その、私に割り当てられた台詞が…………

 

『夏休み、楽しかった林間学校』

 

 ふふ、……楽しかった、かなぁ? でも、間違いなく一生忘れられない思い出にはなった。もし林間学校が無かったら、八幡とも出会えなかったわけだし……。

 そんな風に思えば、割り当ては単に出席番号順なのに、私にこの言葉が回ってきたのには不思議な縁のようなものを感じてしまう。

 

 

 ――ほんと、馬鹿ばっか

 

 ――まぁ、世の中大概(たいがい)はそうだ。早めに気づいてよかったな

 

 

 誰に言ったわけでもない私の独り言のような言葉に、なんともひねくれた言葉を返してきた、徹夜続きみたいに目がドヨンとしたボランティアの高校生…………変なやつ。

 

 あれから半年……ふふ、まさかその「変なやつ」をこんなに……こんなに好きになるなんて想像もしなかった。

 思えばあのひねくれた台詞も、一応私を慰めてくれようとしてたのかなって今ならわかる。ほんと、八幡の優しさって解りにくいんだよねー。

 

 

『『私たちは決して忘れません』』

 

 あ、今の女子全員で言う台詞だったのに、ぼーっとしてて言えなかった……。

 

 ……変なこと考えてないで集中しなくちゃね。もうすぐ『わかれの言葉』も終わりが近い。

 

 

 

『……』

 

『…………』

 

『『希望を胸に』』

 

『『『旅立ちます!!』』』

 

 

 卒業生全員で最後の言葉を締めくくる。一呼吸置いて、ゆっくりとピアノの伴奏が流れ始めた。

 

『『『~♪しろいひかりのなーかにー…………』』』

 

 練習で散々歌って、もう感動も何もないだろうと思っていた卒業式の定番ソング……けれど、本番で歌うと――なぜかこの歌はひどく心に沁みた。

 

 

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 卒業式を無事に終えた私たちは一度在昇降口から校庭に出た。下級生たちが一列に並んで作ってくれている花道をぞろぞろと歩き、彼らとの別れを惜しむ。卒業式で泣かなかったのに、ここで泣いてしまう子達が結構いる。

 それほど親しい下級生がいたわけじゃない私だけど、それでも縦割り活動とかで一緒だった低学年の女の子たちが目を潤ませて、

 

『留美ちゃん、卒業おめでとうございます』

 

 と言って小さな花束をプレゼントしてくれたのには、私の方もちょっとだけ目頭が熱くなってしまった。

 

 

 

 

 

 その後、卒業生全員が正面玄関前に移動し、父兄と一緒のクラス写真撮影になる。自分のクラスの順番が廻ってくるのを待ちながら、めいめい仲の良い友達と写真を撮り合ったり、話をしたりしている、そんな時。 

 

 ピンクと黄色の紙の造花で縁取りされた、「○○小学校卒業式」の看板の前で、泉ちゃんと並んで写真を撮ってもらっていると、

 

「……留美、ちょっといい?」

 

「え? ……うん、……何?」

 

 声をかけてきたのは森ちゃん。見れば、一緒に友ちゃんと仁美も居る。……そういえば仁美がこの二人と一緒にいるのを見るのはずいぶん久しぶりのような気がする。

 

「あの、さ……」

 

 森ちゃんは仁美と私とを交互にチラチラ見ながら、遠慮がちに何かを言いかける。

 

「うん……」

 

「五人で、写真撮らない? その……うちら、中学違うし。由香にも声かけて」

 

「あ……」

 

 そう。森ちゃんは陸上の強豪校である私立中に無事合格し、この春から私たちとは違う中学校に通うことになっている。そしてなんと友ちゃんも。

 友ちゃんだって元々成績は良い方ではあったけど、森ちゃんと同じ中学校に行きたいって言って春ぐらいからものすごく勉強してたもんね……。森ちゃんもずっと彼女の先生役してたし。

 

 ちなみに森ちゃんも陸上特待生ではなく一般受験。この前「どうして?」って聞いてみたら、

 

「うーん、中学校で陸上よりもっとやりたいこと出来ちゃったら困るし」

 

 だって。何でもこなせる森ちゃんならではの答えだよね。

 

 ただ、もしかしたらだけど……友ちゃんの受験の結果によっては私立中やめるつもりだったのかも。ちらっとそんな事をほのめかしたら、森ちゃんは照れたみたいにくすりと笑った。

 ……ふふ、いつの間にかこんなことも自然に話してる。 ……林間学校の頃には、森ちゃん達とこんな風に話せるようになるなんて想像もしてなかった。

 

 

 

 他のクラスメイトと写真を撮っていた由香に、

 

「由香、私たちとも写真撮ろ」

 

 私がそう声をかける。彼女は私と一緒にいる森ちゃんや仁美の顔を見て一瞬怪訝な顔をしたものの、友ちゃんのハラハラしたような顔を見てフッと表情を緩め、

 

「うんっ、撮ろ撮ろ」

 

 そう言ってニカッと笑った。

 

 

 

 二度とそろって仲良くなんて出来ないと諦めていた五人が、ぎこちない笑顏を浮かべながらもこうしてまた一枚の写真に収まろうとしている。

 嬉しさと寂しさと、それから戸惑いを一摘みだけ混ぜ合わたような――そんな不思議な感情が私の胸を占める。

 

 みんな、少しずつ変わっていく。……変わることが良いことも悪いこともあるんだろうけれど、きっとそれは誰かが止めようとしても止められない流れなんだよね。だから、今はそのままの流れに任せてみようと思う。

 

 ……何年か過ぎて、また一緒に写真を撮る機会があるのなら、その時こそ、みんな素直に笑い合えるんじゃないかな――なんて……楽観的すぎるかなぁ。

 

 

 

 振り返れば、通い慣れた薄いクリーム色とれんが色の校舎。その上に広がるのは三月らしい淡い色の青空と巻雲。……六年間を過ごしたこの場所が、家の近くにあるというのは今までと何も変わらないのに、四月からは、通りがかりに外から眺めるだけの場所になる。

 

 右手に抱えた卒業証書の筒がわずかに重みを増したような錯覚。

 

 

 

 うん、私――卒業したんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お母さんと並んで歩く、卒業式からの帰り道。

 

「留美ももう中学生かぁ。 ……ついこないだ小学生になったと思ってたのに、なんだかあっという間だったわねー」

 

「えー? 私は……六年間、けっこう長かったと思うけど……」

 

「そう? お母さんが年なのかしら」

 

「年って……」

 

 お母さんは確か35歳だったはず。さすがにまだ、「もう年だ」とか言う年齢じゃ無いと思うけどな。

 

「いやほんと、この前買った留美のケータイだって、説明書見ても何がなんだかさっぱり分からないし。留美もお父さんもよく最初からあんなに簡単に使えるわよね……」

 

「まあ、お父さんはああいう仕事だし。でも、スマホは本体に説明全部入ってるから分からなければそれ見ればいいんだよ」

 

「それが簡単じゃないのよね~。機種変える度に一から覚え直しだし」

 

「えー、でも、お母さんだってパソコンとかタブレット使ってるでしょ?」

 

「あれはパソコンっていうか、()()()()使ってるのよ。編集で使うソフトは昔からあるソフトのバージョンアップだから。……さすがに十年以上使ってれば覚えるってだけよ」

 

 お母さんは、年っていうより機械が苦手なだけなのかも。

 

 でも、そう。中学入学のお祝い、ということで、両親は前からの約束通り私にスマートフォンを買ってくれた。今流行の「学生割引プラン」で、家族もお得になるからとお父さんも同時に最新型に機種変更。お父さんと私とで色違いの同じ機種ってのがなんとも言えないけど……。

 お母さんは、「娘を持つ父親の気持ちを察してあげなさい♪」だって……。

 

 で、お母さんも一緒に同じのに変更しようかって言ったら、使い方がわからなくなるからいいって……。

 

 

 

 そんな話をしていて、ポーチの中のスマホの電源を卒業式の開始前から切りっぱなしにしていたのを思い出した。歩みを止めてポーチから取り出し、電源を入れる……と、新着メールが数件。

 

「お父さんと……あ、小町さん……?」

 

 お父さんからは、「卒業おめでとう。出席できなくてごめん。あと、卒業式の写真送って」みたいな内容。

 

 

 小町さんからは――

 

「卒業のお祝いパーティー…………小町さんと……え、私たちも?」

 

 

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

「じゃあ改めて――小町ちゃん、留美ちゃん、絢香ちゃん、卒業おめでとー。 かんぱーい!!」

 

 結衣さんが乾杯の音頭を取り、私たちはジュースやお茶の入ったクラスを鳴らした。

 

 テーブルには私たちが着替えている間に運ばれたらしい、色とりどりの美味しそうな料理が所狭しと並べられている。今日の料理は、雪乃さんと、それからなんと八幡が作ってくれたとのこと。

 八幡は、

 

「まあ、そう言っても俺は野菜切ったり洗い物したりを手伝っただけで、ほぼ雪ノ下の料理だから期待していい。 ……あと、由比ヶ浜には触らせてないから安心して食べていいぞ」

 

 なんて言ってる。

 

「ちょ、ヒッキーそれどういう意味だし!」

 

「ま、まあ、結衣さんだって頑張ってくれたじゃない。……その、買い出しとか……味見……とか?」

 

「フォローされてるのに悲しい!?」

 

 雪乃さん、優しく微笑ってるけど目が泳いでますよ?

 

 

 でも……うん、前に一度だけ結衣さんの作ったお菓子を食べたことがあるけど……マドレーヌ?だったかな? ……なんというか、酸っぱ甘かった(甘酸っぱいじゃ無いところがポイント!)

 結衣さんて、なんで余計なものを入れたがるのかなぁ。

 

 私もお料理とかお菓子作りとか時々する。初めて何かを作る時はレシピを参考に一度作ってみて、次に作る時に自分の好みに合わせて調味料の量を変えたりっていうのはよくやるけど……そもそも、レシピに載ってない調味料をドバドバ入れたりしたらそれはもう別の料理だよね……。

 

 結衣さんは、

「えぇー、でも、いろんなの入れたほうが美味しくなりそうだし。ほら、なんかこう……隠し味? 的な。『さしすせそ』とかいうじゃん」

 なんて言ってたけど……結衣さん、隠し味が隠れてないよ……。

 

「結衣さん……『さしすせそ』というのは、五つ全部入れなさいという意味では無いのだけれど……」

 雪乃さんがそう言って頭を抱えていたのを思い出す。

 

 

 

 話のとおり、並ぶ料理は雪乃さんの御手製なんだけど、とても普通の家庭料理には見えない。

 サフランできれいに色付けされ、ムール貝や海老などの魚介がふんだんに使われたパエリアの大皿を中心に、温野菜のサラダ、小さめのピザ、カットフルーツなどがそれを囲むように並べられ、色彩もとても華やかだ。プロのケータリングを頼んだみたい。

 

 

 流石に雪乃さんのお料理だけあってどれもものすごく美味しい。私も、料理をするからには、いつかこういうのも作れるようになりたいな……それで八幡に褒めてもらって…… はぁ、私、こんな時まで何考えてるんだろう……。

 

 

 

「ふむふむ。あ、これ柔らかくて美味しいです。蒸したんですか? 雪乃先輩」

 

 小町さんが雪乃さんに尋ねる。

 

「いえ、これは下茹での代わりに電子レンジを使っているの。 ……でも、小町さんに()()と呼ばれるのも慣れないせいかなんだか変な感じがするわね。……別に今までと同じ呼び方でもかまわないのだけれど」

 

「いえいえ、『親しき仲にも礼儀あり』ですよっ。それに小町、雪乃さんと結衣さんを、『雪乃先輩』『結衣先輩』って呼べるようになるのを目標にずっと受験頑張ってきたんですから。 ……あ、今の小町的にポイント高い!」

 

「いやいや、『礼儀あり』って言うならポイントがどうとか言わないだろ」

 

 八幡が言うと、

 

「別にいいじゃん、面倒くさいなあ()()()()()は。そんな事言う人は『お兄ちゃん』って呼んであげません」

 

 小町さんがプイッとそっぽを向く。

 

 あ、シスコンを自称する八幡がちょっとショックを受けるかなと見れば、

 

「『比企谷先輩』……なんかいい響きだな。いやしかし『お兄ちゃん』も捨てがたい」

 

 なんだか頬を赤くしてちょっと喜んでいた……。

 

「……貴方ね…………」

 

「げ、ヒッキーなんかキモ」

 

 雪乃さんと結衣さんが軽く引き気味に言うと、八幡はこほんと小さく咳払いをして応じる。

 

「いや、まあアレだ。確かに自分でも引かれて当然な発言だとは思う」

 

「自覚はあるんだ……」

 

「だが、俺は基本ぼっちだからそもそもまともな後輩がいない。唯一俺を先輩呼びするやつがいるにはいるが、『比企谷先輩』とは言わんしな……」

 

 いろはさんか。彼女の『せんぱい』呼びには、あれはあれでもっと特別な感情がこもってそうな気がするんだけどなぁ……。

 

 

「うーん、じゃあ、大志くんにお兄ちゃんのこと『比企谷先輩』って呼ぶように……

 

「小町! せっかくの祝いの席で羽虫の話などするな」

 

「えー、大志くんならよろこんでお兄ちゃんのこと『比企谷先輩』って呼んでくれると思うけどなー」

 

 ふふ、そういえばけーちゃんのお兄さんも無事に総武高に合格したって言ってたっけ。

もし小町さんが奉仕部に入部したりってことになったら、その川崎大志さん?もいっしょに入りそう。……八幡と仲良くしてくれるといいけど。

 

 

 

 その後、料理を楽しみながら話題は次々と移り、進学したら部活はどうするのか? みたいな話題になっていった。

 小町さんは、

 

「小町はどうしよーかなー、奉仕部は魅力的ですけど、結衣先輩も雪乃先輩も夏で引退になっちゃうんですよねー」

 

「ちょっと小町ちゃん? 誰か一人抜けてませんか」

 

 八幡が言うと、

 

「何? お兄ちゃんは別にいてもいなくても変わんないし」

 

 言われた八幡は「兄の扱いがヒドイ」とかいって地味にダメージを受けているようだ。

 その姿を見た小町さんは、にへーっと満足気に笑うと、

 

「だって、お兄ちゃんとはいつでも一緒にいられるでしょ」 

 

 胸の前で両こぶしを可愛くくっつけるように握り八幡を見上げるように、健気でせつない声音を作って言う。

 

「えへへ。これも小町的にポイント高い!」

 

「く、お前、一色と付き合うようになってからあざとさが増してないか? 落として上げるとか……ズルくない?」

 

 文句は言ってるけど、八幡はなんだかんだで嬉しそう。小町さんのこと好きすぎでしょ。

 

 

「留美ちゃん達は? もう決めてるの?」

 

 結衣さんに質問され、私と絢香は顔を見合わせる。絢香が、

 

「部活は……一通り見学してからですかねー 聞いた話では5月中に決めればおーけーらしいんで」

 

 と答え、私もこくこくと頷く。

 あと、もしかしたらだけど、お母さんの友達の所に将来のための勉強に行くかもしれないし。そうするとハードな部活じゃ大変かな……なんて、そんなことも頭にある。

 

 まあ、この前ちらっとそんな話が出ただけだし、わざわざここで言うことでも無いかな。

 

 

 

 

 

 

 

 会話が一通り落ち着いたところを見計らったように八幡が席を立つ。彼が小町さんに視線を向けると、小町さんはこくん頷いた。

 

「じゃあ、小町頼むわ」

 

 そう言って八幡が二階に上がっていく。雪乃さんと結衣さんがちらっと目を合わせたけど、特に不審がってる様子もない……なんだろう?

 

 

 八幡が階段を登るのを小首をかしげて見上げていた小町さんが、彼が自分の部屋に入ったのを確認するとくるっと私たちの方を振り向いた。

 

「はいはーい。ここで留美ちゃんと絢香ちゃんはじゃんけんをして下さい」

 

「え、何?」「あのー、何ですか?」

 

「まあいいからいいから。順番決めるだけだから気楽にね」

 

 順番……?

 二人とも小町さんに腕を取られて立たされ、訳も分からないまま絢香と向き合う。彼女も戸惑っているようで……どうやら事情を知らされていないのは私と彼女だけのようだ。

 

 

 絢香は私の顔を見ると、なんだか覚悟を決めたようにへへっと笑う。

 

「よくわかんないけど、やるからには負けない。3回勝負ね!」

 

 彼女は左手で前髪をサッとかきあげ、そのまま流れるような動きで私の目の前にその指先を突きつけた。 ……ただじゃんけんするだけなのに大袈裟だなあ。でも、絢香はこういう仕草が一々かっこいいんだよね……。

 

「じゃあ、勝負!」

 

『じゃん、けん、ポン――』

 

 

 あいこ、負け、あいこ、あいこ、勝ち、あいこ、負け…………。

 

「へへっ、あたしの勝ちぃ」

 

 絢香が飛び上がって喜ぶ。 う……けっこう真剣に悔しい。私に向かって得意げにVサインを見せてくるとことかちょっと頭にくるなぁ。なんて、ふふ。

 

 

「じゃあ、絢香ちゃん、お先にどうぞ~ 小町の部屋の手前のドアだよー」

 

 小町さんがそう言って絢香を促す。

 

「えぇー、いやあの……ホント、何なんですか?」

 

「まあまあ、行けば分かるから」

 

 尻込みしてた絢香は、小町さんに背中を押され、恐る恐るという感じで階段を上っていった。

 上からノックの音。ドアが開き、再び閉まる。

 

「留美ちゃんは座ってもう少し待っててね」

 

 小町さんにそう言われ、なんだか落ち着かない気持ちのままソファに浅く腰を下ろす。

 「待ってて」っていうことは……次は私も行くんだよね。何があるんだろう。

 

「結衣さんと雪乃さんは何か知ってるんですか?」

 

 向かいに座る彼女たちにそう尋ねる。結衣さんは、

 

「いやー、小町ちゃんには言わないでって念を押されちゃったし……」

 

 あははと申し訳なさそうに笑ってお団子にした髪をくしくしといじる。

 それじゃあと雪乃さんの顔を見れば、一瞬私と目が合った彼女はふっと笑みを浮かべ、

 

「心配するようなことでは無いわ」

 

 と一言だけ。うん――さっぱり分からない。

 

 

 

 そうこうしているうちに、二階でドアを開閉する音がして、それから絢香の声。

 

「次、留美呼んでくださいってー」

 

「じゃあ、絢香ちゃんは小町の部屋で待っててねー」

 

「はーい」と返事をすると、絢香はそのまま奥に引っ込んだようだ。

 

 

 

「お待たせ。今度は留美ちゃんどうぞっ」

 

 階段を上る。一つ目の……八幡の部屋のドアの前で一つ深呼吸。

 

 コンコンとノックをすると、ひと呼吸おいてノブがカチャリと回り、ドアが内側からゆっくり開かれる。

 

「おう。まあ……どうぞ」

 

「うん」

 

 おう、だって。ふふ、さっきまで下で話してたのになんだか変な感じ。

 

 八幡の部屋……かぁ。前に小町さんと一緒に少しだけ入ったことはあるけど、八幡と二人というのは初めてだ。

 とは言っても、二人っきりだっていう感覚……なんていうか緊張感みたいなものはあまりない。すぐ隣の部屋に絢香、下には小町さん達が居るわけだしね。むしろ今から何があるかのほうが気になる。

 

「とりあえずそこ座ってくれ」

 

 言われて、ラグの上に置かれたクッションに腰を下ろした。

 

 あらためてぐるりと部屋を見回す。あまり飾り気のないシンプルな部屋に、けっこう大きめの本棚が二つも並べておいてあるのが印象的。本棚はほぼ隙間なく埋まっていて、カラフルな背表紙の、いわゆるライトノベルから、文学全集のような渋いものまで、ジャンルもバラバラのようだ。

 あ、『夜のピクニック』がある。なんだかちょっと嬉しい。隣に同じ作家さんの本が何冊か並んでる……これはまだ読んだことないなぁ。今度貸してもらおう。

 

 

 

 そんな風に私がキョロキョロしていると、八幡は机の引き出しからきれいにラッピングされた箱を取り出した。

 そして私の斜向かいに少しだけ距離をとって胡座をかくように座ると、それを私に向かってスッと差し出す。

 

 ――水色の地に、白とピンクの細かい花柄。巻かれた焦げ茶のリボンには『White Day』の白い文字。

 

「遅くなってすまん。もっと早く渡せればよかったんだが、卒業式とか色々あったしな……」

 

 八幡は申し訳なさそうに言うけど…………えへ……う、嬉しい……。

 

 

 

 先月のバレンタインデー。私は想いを伝えることが出来た、という事だけでもう一杯一杯で、お返しなんて全然期待して無かった。それに、私自身の卒業式や中学校入学の準備とかもあって、ホワイトデーどころじゃなかったっていうのが正直なところ。

 

 あ、もしかして、だから今日私と絢香が呼んでもらえたのかな。あの日、絢香が八幡に贈った綺麗で可愛らしい和菓子の姿が脳裏をよぎる。

 

 

「下で渡そうかと思ってたんだが、ちゃんと一人一人渡したほうがいいってあいつらに言われて……まあ、そんな感じだ」

 

 ……私は、八幡が差し出してくれたそれを両手で大事に受け取り、きゅっと胸に抱えた。ふふ、なんだか顔がにやける。

 

 私のそんな態度を見たからだろうか、八幡は付け加えるように言う。

 

「あー、そのアレだ。あくまでこの前のお返しってやつな? ……言っとくがそんな大したもんじゃないぞ。普通に買えるお菓子だ。まあ、評判を聞く限りじゃ、美味い……らしい」

 

「うん…………八幡、ありがとう」

 

 分かってるよ、特別な意味なんか無いってことぐらい。それでも私は――

 

 

 

「それで、な」

 

 あれ、まだ何かあるのかな? 私が八幡の目を見上げると、

 

「まあこれはこれとして、だ。 ……留美、入学祝い、なんか欲しいものあるか?」

 

 意外なことを聞いてくる。

 

「え?」

 

「まあ、あんまり高いもんは無理だが」

 

「入学祝いなんて……そんなのいいよ」

 

 私が断ると、

 

「いや、これは俺が勝手に留美に何かしてやりたいと思ってるだけだ。おまえとは、夏以来なんだかんだで縁みたいなもんがある気がするしな」

 

「……うん……」

 

 縁、かぁ。ふふ、八幡もそんな風に感じてくれてたんだ。……でも、そうだよね。そうでなければ、私と八幡が今ここに二人で座ってることなんて無かった。いろんな縁が重なって今があるんだ。……大切に……しよう。

 

「ただ、その『何か』がまるで思いつかん。まあ考えてみれば、俺なんかに小中学生女子の好みなんて分かるはずが無い」

 

「それは……」

 

 うーん、そうかも。さすがに否定できない……かな。それに、小学生女子の好みに詳しい男子高校生ってのも逆に「それってどうなの!?」って言われそうだよね。

 

「それで小町に相談してみたんだが、小町は、『なら、本人に聞いてみればいいんだよ。お兄ちゃんの残念なセンスでいらないものプレゼントされても留美ちゃん的に困ると思うし』だと」

 

「小町さん……」

 

 相変わらず八幡にはキビシイなぁ。

 

「まあそれはその通り、と納得したわけだ」

 

 納得しちゃったの!? 

 

 

「で、どうだ、留美?」

 

 なるほど……それで本当に本人(私)に聞いてるわけか。八幡って小町さんに言われたことにはほんと素直だよね。

 

「……そんな、急に言われても思いつかないよ。それに、もし何かもらえるなら、八幡が選んでくれる物ならなんだって嬉しいよ?」

 

「そうは言ってもなぁ……文房具とかは……学校の指定とかあったりするのか? 服……いや、俺のセンスじゃな……」

 

 八幡が悩んでる顔を見て一つ彼にお願いしたいことを思い付いた。……でも、そのままお願いしてもきっと八幡はOKしてくれないかなぁ。それなら……。

 

 

 

「ね、八幡……だったら、あの、い、一緒に選んでよ。その……お買い物、連れてってくれたら嬉しい……」

 

 勇気を振り絞った私の言葉に、八幡は一瞬ぎょっとしたような顔をする。

 

「ああ、だったら小町とも都合を合わせて……

 

「だめっ」

 

 私は思わず八幡の膝に手を伸ばし、少し体重を預けるようにして八幡の顔をじっと見上げる。だって……

 

「……留美?」

 

「だめ。 ……八幡と二人だけがいい」

 

 一瞬私と目が合った八幡は、視線を私の手が乗っている膝に移し、それから居心地悪そうに目を逸らして言う。

 

「いや、それはアレでだな……」

 

 そうだよね。八幡は「勘違い」とか言ってるけど、それでも一応私の気持ちは知ってるわけだし……「二人で出かけたい」って、つまりはデートのおねだりみたいになっちゃってるもんね。

 うん、八幡なら、私の彼に対する好意を知ってるからこそきっと断ってくる。だから、「デート」じゃない理由があれば……。

 

「だって、小町さんが一緒だったら……八幡は小町さんにまかせちゃって自分で選んでくれないもん。――私……私は、どんなものでも八幡が私のために選んでくれた物がいい」

 

「…………」

 

 彼は、何か言いかけて口を開いたものの、声を発すること無く唇を結び、それから部屋の天井を見上げるようにしてしばし悩む。

 

 やがて八幡は、「はあ」と溜息を一つついて、

 

「まあ、『欲しいものを選んでもらうために一緒に買物に行く』ってだけの話だよな」

 

 どこか、自分に言い訳するみたいに言う。だから、

 

「う、うん。そうそう買物。せっかくだから直接見て選びたいし。それだけだよ」

 

 そう言ってその「言い訳」を後押ししてみる。

 

「…………なあ、留美……。入学祝いの話は小町しか知らない。 ……だから、他のやつらには内緒にしてもらっていいか? その、この前みたいなことになると面倒だしな」

 

 この前……先月の裁判ごっこかな。

 

「うん。絶対……絶対に言わないから」

 

 だってバレたら私も怖いし。

 

「……じゃあ、いつがいいんだ?」

 

 そう言って八幡はスマホを取り出し、スケジュールを確認し始めた……。

 

 

 

 

 

 

 ふふ、嘘みたい! 八幡と……その、「デート」の約束……しちゃった。いやその、ただのお買い物だけどさ。でも、私の心の中では「八幡とのデート」 

 

 どうしよう、今からドキドキしてきちゃった。男の子?と二人で出かけるのって初めてだし。

 

 

 

 あ……何着てこうかな。

 

 

 






 次回、デート回。

 いや、目の腐った男と女子小学生のデートとかヤバいでしょ? 女子中学生でもヤバいでしょ?
 しか~し、留美は今、小学生でも中学生でも無いから何をしてもセーフ!! 空白の二十日間――楽園はこんな所に在ったのか!

 ……普通にアウトですね。

 あ、留美たちの制服はただの作者の趣味です。
 艦これにあまり詳しくないって方は「朝潮改二」で画像検索♪ お気に召さなければ八幡のセリフ「リアル〇〇かよ」の〇〇の部分などを脳内変換してお楽しみ下さい。

ご意見、ご感想お待ちしています。


― 追記 ―
 
 いろいろありまして、生活パターンが大きく変わりましたが……それもようやく慣れてきた所です。
 またいつものようにゆっくりペースの更新ではありますが、頑張って書いていきますのでよろしければ次もお付き合い下さいね。


5月3日 誤字修正。 不死蓬莱さんありがとうございます。


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