そして、鶴見留美は   作:さすらいガードマン

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 このようなのんびり投稿のお話にお付き合いいただき、いつも本当に有難うございます! 永らくお待たせして申し訳ありませんでした。更新再開です。

 とは言ってもこの時期なかなかまとまった時間が取れず、相変わらずのゆっくり更新になってはしまいますが……今のところ今回のように何ヶ月も空けたりはしない予定でいます。

 では、中学生編、開始です。




鶴見留美は未来に迷う①  近況 ~ そして停滞の時は終わりを告げる(前)

「はい! 留美ちゃん、絢ちゃん、少し休憩していいよ~」

 

「はあ~~。つ、疲れた~」

 

「うん……動けないってのってストレス溜まる」

 

 私は立ち上がって一つ大きな伸びをする。絢香なんかブンブン腕を回してなんだかラジオ体操みたい。

 椅子に座ってるだけでこんなに疲れるなんて……。やっぱり動けないってのはきついなぁ。デッサンのモデルって大変。 ……まあ私たちがやらされてたのは一ポーズあたり五分位ずつだけど、プロの人は二十分も動かないと聞いたことがある。自分で実際やってみると……二十分動かないってすごいなぁと改めて感心する。

 

「なんであたしらがこんな事……」

 

「ね……」

 

 絢香と私が愚痴ると、泉ちゃんがニッコリ笑って言う。

 

 

「留美ちゃんだって絢ちゃんだって一応部員でしょ? 二人とも……特に絢ちゃんは普段あんまり活動してないんだから、たまには部のために貢献してよね」

 

「へいへい。副部長様のご命令とあらば致し方ありませぬな」

 

「あはは……今日も見学の子、結構来てくれてたけど……新入生、何人ぐらい入ってくれるかなぁ」

 

 泉ちゃんがそうぽつんと言う。

 

「うちは……なんだかんだでそこそこの人数入るんじゃない? ほら、あたしとか留美みたいなのも結構いるだろうしさ」

 

「うん……でもやっぱりちゃんと活動してくれる子にもっとたくさん入ってほしいなって思うんだよー」

 

 絢香の言葉に、泉ちゃんは赤縁の眼鏡の奥からジト目で私たちを見てそう返す。

 

「うぅ……それを言われると…………」

 

「なんかごめんね、泉ちゃん」

 

「ううん。元々そういう話で入ってくれたんだし、留美ちゃんたちはまだ来てくれてる方だよ。佐藤さんとか……三学期一回しか来なかったよ。それも三分で帰っちゃったし」

 

「あたし全然会ってないや。佐藤さん……どんな顔してたっけ……」

 

「お~い? 一年同じ部活にいてそれって……」

 

「まあ、顔忘れたってのは冗談だけど、ここんとこ実際話ししてないしね~。クラスの違う幽霊部員同士なんてそんなもんだよ」

 

 

 

 

 私たちがこの美浜第二中学校に入学して一年が過ぎた。

 

 ここは美術準備室。美術部の部室だ。泉ちゃん、そしてなんと私と絢香もその美術部に所属している。

 意外? そう、自分でも意外。私と絢香は、泉ちゃんとのお付き合いの中で美術の素晴らしさに目覚めて――っていう理由ならかっこよかったんだけど……。

 実はあんまり褒められた理由じゃないんだ。絢香も言ってたけど、美術部って幽霊部員の溜まり場なんだよね……。

 

 

 うちの中学校は伝統的に全員必ずどこかの部活動に入ることが義務になってる。でも、それだと家の都合がある人とか、外部のスポーツクラブに入ってたり本格的に習い事してたりする子は困るよね。

 そこで、その受け皿として幽霊部員を黙認してる部がいくつかある。その代表格が「科学部」と、そしてここ「美術部」なのだ。

 

 勿論全く活動しなくてもいいというわけではない。例えばこの美術部なら、毎年の文化祭に最低一作品展示できるものを作ることが条件。逆に言えば、それさえこなせば後は部活に出なくても特にお咎めなしってことでもあるんだけど。

 

 そしてそんな幽霊部員を受け入れる側の方のメリットは……下世話な話ではあるんだけど「活動費」だ。学校の予算から分配される「活動費」は、それぞれの部の「活動実績」と「部員数」によって決められるわけで……。

 要するに、例えば県大会に出場するような運動部や、単純に人数の多い吹奏楽部なんかには予算が多く分配されるということだ。そして、「部員数」には幽霊部員の数も含まれるから……。まあ、そういう事。

 

 で、その部活に出ない幽霊さんたちが何をしているのかと言えば……

 

 例えば絢香なら家の手伝い……というか修行? かなり本気で和菓子のこと勉強してるみたい。ただ、「お家は絢香が継ぐの?」って聞いたらなんだか曖昧な顔して笑ってたけど。

 他にも、「Jリーグの下部チームに入団してる子」 「本格的にバレエやってる子」 「ずーっと図書館で受験勉強してる子」 「単に遊んでる子」 と様々だ。

 

 そして私はといえば――。

 

 

 

 * * * * *

 

 

 去年の夏頃から、私は東京にあるデザイナーさんの事務所に通って様々なことを勉強させてもらっている。このデザイナーさん(私はユキ先生と呼んでいる)は母の古くからの友人で、私も子供の頃からのお付き合いだ。

 今私は彼女の個人ブランド「Fairy Wings」の()()()()()という形で籍を置いている。「専属」なんて言うとなんだかすごい特別な事みたいだけど、これはお母さんの希望――というか私がモデルを引き受けるに当たって両親が付けた条件で、要するに、

 

「あくまでも学業優先、学校生活の負担になるような仕事はしない」

「モデル業界はなかなか恐い所だけど、友人の所の仕事()()なら両親も安心出来る」

「彼女の事務所兼アトリエ兼自宅は、母の仕事先である出版社の事務所から目と鼻の先にある」

 

 と、つまりそれだけの理由なのだ。ユキ先生は普通に他の事務所所属のモデルさんも使う――というか作品に合ったモデルさんを選ぶし、私がモデルをするのは先生の作品のほんの一部だけ。実際仕事として本に載ったことなんて数えるほどしか無い。

 

 私は平均して週に1~2回ユキ先生の所に通い、ごくたまにあるモデルの仕事以外の日は、仮縫いのマネキンやったり、デザイン画の見方や縫製の仕方を教えてもらったり雑談したり。それから先生が主催しているデザインスクールの助手みたいな事を他のお弟子さん達と一緒にやったり、みたいな事もしている。

 ……で、時間が合えばお母さんと待ち合わせをして家に帰る時もあるし、時にはその母と一緒に先生とかそのお弟子さん達とご飯食べに行く、というようなこともある。

 

 あ、あと一応、()()一応週に一回ぐらいはちゃんと(と言っていいのか)美術部にも顔を出しているよ、念のため。

 

 

 そしてこの春、私にとって大切な場所がもう一ヶ所出来た。

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

「そういえば留美、比企谷さんの引っ越しのお手伝い行ったんだよね。先週だっけ? ねね、どうだった?」 

 

「どうって……」

 

「だからほら、どんなお部屋か、とか、回りにどんなお店が有って、とか、比企谷さんとラブラブして、とか……こう、色々とあるじゃん」

 

「最後のは部屋関係ないでしょ……」

 

「いやいや? 何言ってんのるーちゃんてば。 一人暮らし始める男の人の引っ越し手伝いに行くとか……それってもう彼女――いやむしろ奥さん……?」

 

「えぇっ! 留美ちゃんいつの間にそこまでの……」

 

「待って、まだそんなんじゃ無いってば!」

 

 私が慌ててそう言うと、何故か絢香の目が嬉しそうに光る。

 

「『まだ』……聞きまして? 藤沢の奥サマ。今この子『まだ』っておっしゃいましたわよ?」

 

「ええ聞きましたとも綾瀬サマ。確かに『まだ』とおっしゃいましたわ」

 

 なんで泉ちゃんまでノリノリなのよ……。

 

「……あのね二人とも、わけわかんないんだけど……」

 

 もう、絢香も泉ちゃんも……特に絢香のやつがニヤニヤして鬱陶しいったら……。

 

 私が睨むと、絢香は悪びれずに「あはは」と笑ってごめんと手を合わせた。

 

 私は一つ息をついて話を続ける。

 

「……まあ部屋は別に……普通のワンルーム……じゃあ無いか。お部屋と、キッチンとかのスペースが区切ってある、えーと1K(ワンケー)とかお母さんが言ってた。あとは……あ、スカイツリーがよく見えたよ」

 

「へー……。でも真面目な話さ、女の子が年上の男の人の引越し手伝いに行く関係って……も一回聞くけどさ~、留美、ホントに比企谷さんと付き合ってないの?」

 

「そうなら……せめて少しくらい意識してくれたらいいんだけど……八幡って私の事、なんか保護者目線で見てる感じがするんだよね、ここのところ特に……。こう……兄妹(あにいもうと)の兄じゃなくて父兄のほうの兄な感じ?」

 

「父兄って……ああでも、何となく分かるような」

 

「でもでも……留美ちゃんのことなんとも思ってないのにそこまで一緒にいるかな?」

 

「でしょでしょ」

 

「う~ん……でもそれが八幡なんだよね~」

 

 うん、八幡は私の気持ちを知ってるわけだし、実のところ全く意識していない……ってことでは無いんだと思う――思いたい。私が中学生になってからは以前よりもちゃんと女の子扱いしてくれるようになったのは感じるし。だけど…………。

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 3月の終わり――私は八幡の引っ越しのお手伝いにI市のアパートに来ていた。

 

 引っ越しと言ってもそれほど遠い所というわけではない。そもそも八幡がこの春から通うのは東京で、八幡本人は最初、自宅から通うつもりでいたんだって。

 けれどどうやら両親の意向というか方針で……「学生のうちに一人暮らしを経験しておくべきだ」ということでそれからの部屋探し、そしてやや遅めの引っ越し、になったらしい。

  八幡は、「俺と小町を引き離そうとする親父の陰謀に違いない」とか言ってるけど……。小町さんのこと好きすぎでしょ……。

 

 何かあればいつでも帰れる距離。だからか荷物も大した量じゃなくて、なんと宅配便での引っ越しだ。なんでも一立方メートルの容積のコンテナに詰めるだけ詰めて運べる、お一人様用の引っ越しパックというのを利用したんだって。

 

 

 

 

 動きやすいように髪をポニーテールにくくり、トレーナーにデニム、その上からコットンのエプロンという出で立ちの私。食器棚の奥を乾拭きしながらちょっと気になっていたことを聞いてみる。

 

「でもさ八幡、東京の大学なのにわざわざ千葉県(こっち)のお部屋にしたの?」

 

「それは……いいか留美、千葉県とは言ってもここから旧都心の大学まで三十分もかからん。千葉から都心に向かうには川を何本か渡るわけだが――都心に向かって一本川を渡る度に月の家賃が一万円位ずつ上がるのが相場らしい」

 

「ふうん」

 

「うちの親は、仕送り額……っつうか一ヶ月の支給額を決めて、『この金額でやりくりしてみなさい』ってことらしいから、まあこっちも出来る限りのことは考えないとな」

 

 なるほどねー。「一人暮らしを経験させる」ってそういうこともあるのか。

 

「それに千葉(ここ)なら自販機でマッ缶普通に買えるし……俺が千葉県民じゃ無くなったらライフが半分ぐらいになる気がする」

 

「え、そんな理由……」

 

「まあそれは半分冗談だが――」

 

 半分は本気なのね……。八幡だもんなぁ。

 

「――電車の定期代とか考えてもこっちの方がかなり安く済むし、その上ここ、留美のかーさんの紹介でさらに割安にしてもらえたからな」

 

 そう、実はここはお母さんの勤める出版社で、独身者用の社宅として十数部屋契約して借り上げているアパート――の同じ敷地にある別棟。

 ここ以外にも多くの部屋を契約している出版社の社員さんからの紹介ということで、不動産屋さんが気を利かせて少しだけ割引で契約してくれたらしい。

 

「え、でも安くなったのって確か二千円でしょ?」

 

「いや、家賃の二千円は大きいぞ? 一年で二万四千円、もし四年住んだら……」

 

「あ、そうか」

 

 家賃って、住んでる間ずっとかかるんだもんね。

 

 ちなみに江東区にある会社の社宅がわざわざ少し離れたここにあるのも、実はさっき八幡が言ってたとおりの理由らしい(マックスコーヒーは関係ないけどね)

 

 

 

 段ボール箱から取り出した食器類を布巾でさっと乾拭きして食器棚へ並べていく。うん、ここはだいたい終わりかな。

 さっきコンロにかけておいた鍋のお湯がいいタイミングで沸騰してきた。私は蕎麦の乾麺の袋を開け、鍋の縁に沿ってぐるっと回すように放り込む。ブクブクと湯の泡が細かくなってきて、白い泡がクリームのように盛り上がってきたところで火を緩めた。もこもこしてた泡がすうっと鍋に沈み、鍋の中で麺がゆっくり回転するように揺れているのが見える。

 

「八幡、もうすぐ蕎麦茹で上がるけど……、ざる蕎麦風で良いの? 暖かいつゆ作ろうか? ……乾燥ネギしか具無いけど」

 

「いや、別に寒いわけじゃないしそのままで……あれ、そばつゆなんてあったっけ?」

 

「あ、これはつゆ付いてるやつだよ。引っ越しならその方がいいってお母さんが」

 

 そう言いながら私はコンロの火を止め、ステンレスのざるとボウルを重ねて流しに置いて水を出し、そこで茹で上がった蕎麦を流水に晒す。

 水を切った蕎麦を、食べる方のざる……は無いからお皿に盛り付け、小鉢代わりのお椀につゆを張る。……良し。お蕎麦だけって八幡にはちょっと物足りないかもしれないけど、お昼だし……この後を考えると軽めでちょうどいいか。

 

「出来たよ八幡、テーブルの上空けて」

 

 そう彼に声をかけ、さっき八幡と二人で部屋のちょうど真ん中に置いたばかりの低いテーブルに蕎麦とつゆを二人分並べる。

 

「じゃ、たべよっか」

 

「……なんかサンキューな」

 

 ふふ、八幡がなんだか照れくさそうにお礼を言ってくれたのがちょっと可愛くて、それだけで私は嬉しくなってしまう。

 

「はいはいどういたしまして」

 

 私たちは向かい合わせに座って、二人タイミングを合わせるように「いただきます」と手を合わせる。

 

「じゃあ改めて、八幡、引っ越しおめでとー」

 

「おう……って、引っ越しって『おめでとう』で良いのか……?」

 

「さあ?」

 

 どうなんだろう。まあ、悪いことじゃないんだし、いいんじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、お留守だったのは手前のお隣さんと上のお家か……。ちゃんと後でもう一回お蕎麦持っていくの忘れないでね」

 

「おう」

 

 お蕎麦を食べ終え、お茶を飲みながらこの後の予定を確認する。

 

「えと……水道、電気、ガスもオーケーだし…………。うん、あとは日用品と食べ物の買い出し、かな」

 

「…………なんか、留美すごいな」

 

「え?」

 

「いや、ものすごく助かってるんだが、なんか慣れてるんだな……と」

 

「ふふ……慣れてる……かも? お父さん、転勤族だしね」

 

 相変わらず半年かそこらで全国色々な所――まあ最近は関東圏が多いけど――に転勤してるお父さん。母と私は時間が合えば小旅行を兼ねて父の引っ越し荷物を片付けたりする手伝いに行くことも珍しくない。

 だってお父さん、ほうっておくとめんどくさがってちっとも荷物片付けないの。去年なんかどうせ三ヶ月だから、とか言って食器とか入ってたダンボール、次の引っ越しの時まで開けないままだったんだよね……。

 まあ、お父さんの事はいいや。

 

「じゃあ、慣れてるついでに私が見て必要かなって思うもの書き出してみたから読み上げるね。足りないものとか思いついたら追加するから言って」

 

「お、おう」

 

「えーと、掃除機使えないとこ掃除するためのハンディモップ。お風呂・トイレ用の洗剤とスポンジ類。あ、トイレットペーパーとティッシュは一パックずつあるからまだ良いけど、早めに追加で買っといたほうが安心かも」

 

 メモの下の方に「後で」の欄を作って今の2つを書き込む。

 

「シャンプーとか……歯磨き粉とかは?」

 

「とりあえず向こうで使ってたのを持ってきたから大丈夫」

 

「あと調味料は一通り全部……砂糖・塩・胡椒・醤油・味噌・お酢・みりん・サラダ油・マヨネーズ・辛子・ケチャップ・バターかマーガリン、あと、あると便利なめんつゆと味ぽん。 ……それからとりあえずの食材かぁ。お肉とお野菜はお店に行って値段見てから考えるとして……お米はあるんだよね?」

 

「一応荷物の中に五キロの袋がある。しばらくは持つだろ。」

 

「なら、あとは牛乳と……お茶とコーヒーは少しはあるからこれも安い時に……」

 

 さっきの「後で」の所にお茶とコーヒーを追加。

 

「あ、そうだ八幡、今夜食べたい物ある?」

 

「え、作ってくれんの? いやそれは流石に悪いっつーか……」

 

「いいのっ。私がやりたくてやるだけだし。 ……それとも、私が作るの迷惑……?」

 

 最近色々と学習した上目遣いでそう八幡に尋ねると、彼は慌てたように言う。

 

「いやそんな意味じゃなくてだな……作ってもらえるなら正直嬉しいが、ただ夕飯ってなると……帰りあんまり遅くなると家で心配するだろ」

 

「じゃあ、後で駅まで送って。今日はお母さんと待ち合わせして帰るから。 ……後で確認するけど多分七時くらいだと思う」

 

「そりゃ送るくらい構わんが。いやだから……」

 

 もう……ここで帰されたって困るし……。

 

「はい決まり! 時間無くなっちゃうから買い物行こう、そこのスーパーでいいよね」

 

 私が話を打ち切るように立ち上がると、八幡は何か言いたそうにしたものの……諦めたように頷いて立ち上がった。

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 まだお昼を過ぎたばかりということもあってか結構空いてる近所の大型スーパーマーケット。春休みで、平日のこの時間に出歩いていられる中学生という立場にちょっぴり感謝。

 

 初めて入る店内は清潔そうで、それに品揃えもなかなか豊富に見える。野菜売り場にたくさんお客さんが居るし、お惣菜のコーナーから漂って来るのは揚げ物の美味しそうな匂い……うん、なんだかちょっと安心。

 八幡にそう言ったら笑ってたけど……お家とか、よく行く所の近くに良いスーパーが有ると安心するのって私だけかな?

 ま、これも転勤ばかりのお父さんのせいかもしれない。

 

 私が売り場の店内表示ボードを見上げて確認しながら歩いて行く後ろを、八幡が買い物カートを押しながらゆっくりと付いてきてくれる。

 私はさっきのメモを見ながら品物を選び、次々とカートの中に放り込んでいくんだけど……。

 

 ふふ、なんだか夫婦で買い物でもしてるみたい、なんて。 ……でも口には出さない。そんなこと言っちゃったら八幡照れたり嫌がったりするかもしれないし。それに私は夫婦気分でも、傍から見たらせいぜい兄妹に見られるのがいいところだろう。

 

 お肉のコーナー。私がちょっと悩んだ末に、牛肉の切り落としと鶏もも肉の特大パックを両方カートに入れると、

 

「こんなに?……何作るんだ?」

 

 と八幡が聞いてくる。

 

「さっき何でも良いって言ったから、カレーと……あと唐揚げ作っておこうと思って。少し多めに作って冷凍しておけば後でチンして食べられるでしょ」

 

 そう言いながら私はさらに調味料とか粉類とかパスタ麺とかをカートに入れていく。すると今度は、

 

「? 留美、そんなの俺多分使わないぞ」

 

 カートの中を覗き込みながらそう彼が言う。

 

 ん? ああ、私が小麦粉・片栗粉・から揚げ粉・鶏がらスープの素・重曹とかをカートに入れてるからか……。うん、まあ八幡は使わなそうだよね。でも、

 

「あ、これは私が使うやつだから。ちゃんとお金払うからどっか隅の方に置いといて」

 

「おま……しょっちゅう来る気満々だな……」

 

 私はそれには答えず、ただわざとらしいニッコリ笑顔で返す。ふふ。

 

「こいつ……」

 

 

 

 まあ、今の八幡と私はこんな感じ。

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 この一年、いろんな事があった。

 

 特に去年の春頃、八幡と雪乃さんの距離がすごく近くなって…………「ああ、私の恋、終わっちゃうのかな――なんて思う時期もあったんだけど……。

 それでもなぜか二人が付き合い始めるというようなこともなく、かと言って離れてしまうというわけでもなく……一年経った今も、私はまだこうして八幡のそばにいることが出来ている。 

 

 もしかしたらだけど、この一年は奉仕部の三人にとって受験の年でもあったわけで……傍から見ていてもどかしいような心地良いような停滞の理由には、そんなことも関係していたのかもしれないな、とかそんなふうに今は思う。

 

 

 

 そう、八幡たちの受験。

 

 彼らはこの春、見事受験を突破し、それぞれ別の大学へと進学を決めた。結衣さんは県内の女子大へ。雪乃さんは日本最高峰の国立大学へ。

 そして八幡はやはり東京の、誰でも名前を知ってる有名私立大の……なんと教育を取り巻く環境や教育に関する心理などを研究する学科へと入学を決めた。

 八幡が教育絡みの学部に進学するって意外に思う人もいたかもしれないけど……。

 

『まあなんだ、平塚先生が転勤になって……俺がどれだけ守られてきたか分かったというか……。あの人俺の担任でも何でも無かったのにな。

 だから……俺みたいなのが学校生活送るのにどれだけ周りの環境が重要か、どうしたらぼっちでも安心して学校行けるのか、平塚先生みたいな人がもっと仕事をしやすくするにはどうしたら良いのか……とか、まあそんな事を考えてみたくなって、とかそんな感じだ。……俺が教育とかほんと笑うだろ』

 

 とは本人の弁。

 

 平塚先生は学校が変わった今でも八幡たちのことは気にかけてくれていて、時折()長文のメールが届くとか。「でも……結婚の話は聞こえてこないんだよなぁ」と八幡はため息混じりに語る。

 八幡の平塚先生との絆とか、その想いとか……私なんかに本当のところがわかるはずも無いけど……それでも、彼女を語る八幡の声から、表情から――想いの強さが、絆の強さがどうしようもなく感じ取れてしまう。

 きっと奉仕部の二人が、平塚先生が彼の近くにいてくれたから今の八幡がいるんだ。

 

 だからこそ、八幡はきっと本気でその道へ進みたいと、そう思うようになったんだろう。

 

 

 

 春を迎え、3人がそれぞれの新しい道へと踏み出した今、雪乃さんは、結衣さんは、……八幡は――どうするのかな。

 まだ私は……今までと同じように八幡の近くにいても……いいのかな。

 

 それに私だけじゃなく……。

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 買い物から帰ってきて十五分も過ぎただろうか。「ピンポンファンフォン」と、八幡の新居にチャイムの音が響いた。うちのチャイムより電子音っぽい柔らかい音だな……。

 でも私は、間の悪いことにちょうど唐揚げの下味をつけようとお肉に塩と胡椒を揉み込んでいる所だったので手が放せない。

 奥の部屋の八幡に視線を送ると、テレビの配線か何かをしているところだった八幡が気が付いて立ち上がってくれる。

 

「何だ? 水道とか電気とかはもう午前中に来たし……後は……もしかして新聞の勧誘か?」

 

 八幡が小声でブツブツ言いながらキッチンを使ってるわたしの後ろを通り過ぎ、「今開けます」と外に声をかけつつドアを開ける……。

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは~、せんぱい?」

 

 相変わらずの甘い声を鈴のように響かせて、私のもう一人のライバルさんが満面の笑みを浮かべて立っていた。

 八幡は一瞬ビクッとした後、彼女――いろはさんに言う。

 

「な……お前なんでここ知って……ストーカー?」

 

「もう、せんぱいってば、こぉんなに可愛い後輩がわざわざ訪ねてきてあげたのに、一言目がそれってヒドくないですかぁー」

 

「う……いやそれは……」

 

 八幡はごにょごにょと何か言いながらさり気なくいろはさんから私を隠すかのように身体をずらす。が、

 

「もうお荷物片付いたんですかー」

 

 そう言っていろはさんは八幡の肩越しにぴょこんと部屋の中を覗き込む――。

 

「…………。」

 

「こ、こんにちはいろはさん……」

 

 上半身を傾げた体勢で固まっている彼女とバッチリと目が合ってしまった。

 

「…………せんぱい……またですか? また裁判ですか?」

 

 いろはさんの抑揚のない平坦な声がちょっと怖い。

 

「っく……いやだから何でだよ。俺は訴えられるような事は何も……」

 

「は? 何言ってんですか先輩。今の時代、せんぱいみたいな目をした大学生が女子中学生を部屋に連れ込んだ時点でもうヤバいです。『じあんはっせー』です!」

 

「う……それはそうかもしれんが……」

 

 ちょ、ちょっと八幡、そこは認めちゃダメなんじゃ……。

 そしてさらにいろはさんは八幡と私をキッと睨みつける。じりじりと後ずさる八幡…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な~んて。ね!」

 

 そう言っていろはさんは急に表情を崩し、()()()()()()ぱちんとウインク一つ。

 

「ちょっと遅くなっちゃってごめんね留美ちゃん。オーブンの調子が今ひとつでさー」

 

 そう言って彼女は体の横に下げていたやや大きめの紙袋をひょいと正面にぶら下げてみせる。

 

「お疲れ様、いろはさん。今まだ唐揚げ揚げる用意してたトコですから大丈夫ですよ」

 

「よかった~」

 

「はい。そんなとこで立ち話もなんですし、上がって下さい」

 

「え、留美? 一色も……おい……?」

 

 急変した私たち二人の態度に唖然とした表情の八幡。

 

「じゃあお邪魔しま~す。 ……ね、冷蔵庫開いてるかな」

 

 靴を揃えて脱いで床に上がり、紙袋の中身を気にしながら聞いてくるいろはさん。

 

「まだあんまり中身入って無いんで余裕だと思います。高さが足りなかったら真ん中の棚外しちゃって下さい」

 

「うん。ありがと留美ちゃん」

 

 いろはさんはしれっと八幡の横をすり抜けてさっさと冷蔵庫の方へ。ふふ、八幡から顔が見えない角度になったところで……彼女は笑い出すのをがまんしながら小さくガッツポーズを決めて見せる。嬉しそうだなぁ……。

 

 オロオロと落ち着かない様子で私といろはさんを交互に見てる八幡がおっかしくて可愛くって……私も口の端がヒクヒクしちゃったけど、どうにか吹き出すのをこらえ、いろはさんに向かって肩のところで小さくVサインを作った。

 

「……いや、だから……留美? 一色? おーい…………」

 

 八幡は「一体なんなんだよ……」とでも言いたげな顔してるけど……。

 

 

 ふふーんだ。「どっきり」は八幡の専売特許じゃないんだからね!

 

 





 いきなり一年飛んでます。これには理由がありまして……。

 原作とはだいぶ離れてしまった本作ではありますが、この一年には最終巻(おそらく13・14巻同時発売)の要素も加えられるものならそうしていきたい……でも新刊の発売を待っていてもいつになるか……。
 という事で、この時期の話は、いずれ後から回想エピソードのようにして書こうかな、と。


 次回は、フレッシュJDチームにJK&JC連合チームが戦いを挑むお話……か?


 ご意見・ご感想お待ちしています。


――お知らせ――

「そうして、一色いろはは本物を知る」作者の達吉様が、本作の挿絵を描いて下さいました。「入学祝い狂想曲」のお話の中ほどにあります。
 改めて、素晴らしいイラストをありがとうございました。

 達吉様のページでもご覧になれますので、是非見てみて下さいませ。



P.S.いろはすとえろはすを同時進行で書いていると、普通のいろはの方にも妖しい言動をさせたくなる件。
 

2月16日 誤字修正 報告いつもありがとうございます。
   
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