そして、鶴見留美は   作:さすらいガードマン

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気が付けばお気に入り数がなんと1500を超えました! これも更新の遅さに呆れずに読んで下さる読者様のおかげです!




鶴見留美は未来に迷う② そして停滞の時は終わりを告げる(後)

「へぇー、ベランダもちゃんとあるんですねー」

 

 着いた早々、八幡の新居に興味津々のいろはさん。

 

「まあ、そんなに広いわけじゃないがな」

 

「外、出てみてもいいですかぁ?」

 

 そう聞きながら彼女はもう勝手に窓を開けてベランダに出ている。八幡は苦笑しながらその後を追った。

 

「あ、せんぱい、スカイツリー見えますよっ」

 

「いや流石に知ってるって……」

 

 二人はベランダで話を始めたようだ。話してる様子からみると、私には聞こえないだろうと思ってるみたいだけど――窓が開いてるのと……風向きの関係だろうか、キッチンスペースにいる私にも意外なほど声が届いてしまっている。私はつい気になって料理の手を止めてしまった。

 

 

「……一色お前、その、なんで平気なんだよ……」

 

「ああ、そのことですか……」

 

 いろはさんの声が僅かに曇る。

 

「平気、じゃあ無いですよ」

 

「だったら……」

 

「でも! でも怖がって会わないでいたら……どんどん会いにくくなっちゃいそうで……」

 

「…………」

 

「それにですね、せんぱい……今私のこと意識してますよね! 申し訳ないなーとか、ちょっと思っちゃってますよね」

 

「……どっかで聞いたような話だが……その、まあ……な」

 

「なら、もう少し頑張らせて下さい」

 

「いやでも俺は……」

 

「迷惑……ですか……? もう顔も見たくない、とか……」

 

「……そんな事は……無い。一色はその……あざとくて面倒くさくて……ちょっとだけ可愛い後輩だってのに変わりはねえよ」

 

「……か、可愛いって……」

 

「おま、何照れてんだよ馬鹿。ちょっとって言っただろ。ちょっとだけだ」

 

「せんぱいがデレました♪」

 

「デレてねーっつうの……。そもそも何しに来たんだよお前は」

 

「それは……じゃあ中に入って留美ちゃんと一緒に」

 

 なんだか二人の距離が近いなぁ……。私は聞こえて無かったふりをして料理を再開した。

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

「ということで、今日はわたしと留美ちゃんから、『卒業と入学の、それからついでに引っ越しのお祝いパーティをプレゼント』です」

 

「なにが『ということで』だよ。いきなりすぎるだろうが……わざわざ引っ越し当日にやらんでも……」

 

「そのほうがびっくりするかなーと思いまして。それにちゃんと小町ちゃんには許可をもらいましたよ?」

 

「いやおかしいだろ。なんで小町じゃなく俺から許可を取らないんだよ?」

 

「えー、それだとサプライズにならないじゃないですかー。わたし達にもお祝いさせて下さいよぅ。 ……奉仕部三人だけの打ち上げの時はお邪魔するの遠慮したんですからー」

 

「え、あの日お前用事有るとか言って……」

 

「もぅ……そんなの空気読んだに決まってるじゃないですかぁ」

 

「あー……だからあいつらお前にありがとうとか言ってたのか……」

 

「はぁ……今になって気付くとか鈍感すぎです……ま、いいですけど。せんぱいですし」

 

 彼女は心底諦めたというようにガックリと肩を落としため息をつく。

 

「それは悪かったな……」

 

「だいたいですね、せんぱい、もしわたしと留美ちゃんの二人でお祝いしてあげますからうちに来て下さいってお願いしてたらOKしてくれました?」

 

「却下だな」

 

「即答ですか!?」 「えぇー、八幡ヒドい!?」

 

「あー……すまん。言い方が悪かったな。 ……その、嫌だって意味じゃ無くてだな……そういうのは苦手というか……だからその、今日はありがとな」

 

 あ……八幡照れてる……。

 

「……ほんっと、めんどくさい先輩ですね」

 

「まあ、それが八幡だし」

 

 いろはさんと私は顔を見合わせてニヤッと笑う。

 

「うっせーよ」

 

「ふふ……」

 

「じゃあせんぱいはお部屋でもうしばらくお待ち下さーい」

 

 さあ、料理の仕上げしなきゃ!

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 いろはさんと並んでキッチンに立つ。 ……なんだか久しぶり。去年の夏にみんなで一緒にお菓子作った時以来……?

 

 

 いろはさんは自分が持ってきた材料で何種類かのサイコロみたいな形の小さなサンドイッチを作ると、それを三個ずつ並べて焼き鳥みたいな感じに串(ピック)を刺していく。パンはたった今トーストして……具はベーコン入り卵焼き・鶏肉・レタスとか。 ……いわゆるクラブハウスサンドかな。

 私はその隣でからあげを揚げ、(と言っても私の定番、油が少なくて済む揚げ焼きだ)同時に隣のコンロに鍋をかけ、カレー用にあらかじめ別々に炒めて下味をつけた肉と野菜を合わせて煮込んでいく。それから()()()()()()を入れる。ふふ。

 

 ここのコンロは2つ口グリル付きのオーソドックスなタイプのもので使い勝手が良い。ちなみに私はIHコンロちょっとだけ苦手だ。一定の温度に保ったりするのには向いてるんだけど、料理の火の通り具合を見ながら弱火とかとろ火に調整する時、炎が見えてるほうが分かりやすいと思うんだけど、他の人は違うのかな?

 

「留美ちゃん、ごはん炊くんだよね? 料理、作り過ぎかなー。あれもあるし」

 

 いろはさんが冷蔵庫の方をちらっと見ながらそう聞いてきた。

 

「一応3合でセットしましたけど、最初からカレーは残すつもりで多めに作ってますし……。八幡っ、ごはん残ったら後で食べてくれる?」

 

 部屋の方に居る八幡に声を掛けて聞いてみる。

 

「おう、まかせろ。むしろ労働せずに食える食事に感謝するわ」

 

「だ、そうです」

 

「ぷ、相変わらずせんぱいはバカだなー」

 

 いろはさんはお菓子作りだけじゃなく普通の料理も結構手慣れてて……腕というか手際の良さというかは私と同じくらい……かな。そんな風に思ったら失礼なのかもしれないけど、似たような腕の人と一緒に料理してると気負わなくていいから安心する。

 ……正直、雪乃さんクラスの人の隣で料理するのってなかなかにプレッシャーかかるんだよね……。

 

 ちなみにお菓子作りの腕では、私はいろはさんの足元にも及ばない。去年彼女作の綺麗にピエが立った色とりどりの可愛らしいマカロンをごちそうになった時にはなんだかちょっぴり悔しかったり……。今度教えてもらおうかな。

 

 

 

 

 

 

 やがて料理も出来上がり、部屋のテーブルの上には所狭しと色鮮やかな料理が並ぶ。種類の多さとテーブルの広さの関係もあってカレーは小鉢に少しだけにした。

 

 八幡は流石に男子らしくよく食べる。カレーも気に入ったらしく(元々少なかったせいもあるけど)おかわりまでしてくれた。

 

「ね、八幡……このカレー、変わった隠し味が入ってるんだけど……なんだか分かる?」

 

「隠し味……?」

 

 八幡は小鉢の底に残っていたカレーを一匙口に含み、じっくりと味をみている……。

 

「分からん。結構辛いのにさっぱりした甘みと酸味があって……旨いってことだけは解った」

 

「わたしも分かんないですー。 ……でもこの甘み……果物ですかね? りんごとか」

 

「いろはさん惜しい! ……かも。八幡は?」

 

「かも……? いやもう降参だ降参」

 

「実はね……桃缶なの!」

 

「!!マジか…………」

 

 八幡が驚いて腰を浮かせる。

 

「うん。この前テレビで自衛隊の人たちが作ってるのを見て……調べてみたらけっこう沢山『桃缶カレー』のレシピがあってびっくりしちゃった。これは白桃の実の部分だけ潰して入れてるんだけど……ふふ、私も八幡も結衣さんに謝らなきゃね……」

 

「おお、そういえばそんな事あったな……。 いやあの時の由比ヶ浜は別にちゃんと分かってて言ったわけじゃねーだろ? 多分。知らんけど」

 

「えー? 何で突然結衣先輩が出てくるんですかー」

 

 ここでいろはさんがもっともな疑問を挟んでくる。

 

「あはは、いろはさんには前に話したと思いますけど……六年生の時に林間学校行ったんですよ」

 

「確か……先輩と留美ちゃんが初めて出会ったっていう……」

 

「そうです、その時もカレー作ったんですけど……その、野外炊飯で。それでその時に結衣さんが…………」

 

 そして私はいろはさんに、ほろ苦くも懐かしいその時の話をする。思えば結衣さんの「カレーに桃缶」の一言が八幡と初めて言葉を交わすきっかけだったんだよね……。

 

 でも……あれからまだたったの一年半かぁ。私の目の前に居る八幡はあの頃よりずいぶんと大人っぽくなったように感じる。 ……そうだよね、もう大学生になるんだし。

 彼の目には私はどう映っているんだろう? 少しは成長したと思ってくれているんだろうか? ……それとも相変わらず子供扱いのままなんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 三人で和気あいあい? と食事。みな一通り料理に手を伸ばしてある程度平らげ、空になる器も出てきた。

 いろはさんのクラブハウスサンド美味しかったなー。表面サクサク具はしっとりで……サンドイッチなのにわざわざ食べる直前にトーストして作っただけのことはある。

 

 やや落ち着いてきたと見て、いろはさんが席を立つ。彼女は冷蔵庫から両手のひらから少しはみ出すぐらいの大きさの箱を取り出してきてテーブルの真ん中に置いた。そして八幡の顔をちらっと見ながらゆっくりとふたを開ける。

 

 中身は少し小ぶりで可愛らしいサイズの生クリームホールケーキ。小さめの苺がぐるっと縁を回るようにピッチリと並べられているのがおしゃれで、その分広く空いた真ん中の白い部分いっぱいに、カラフルなチョコレートのデコペンで『せんぱい 卒業&入学 おめでとうございます!』と三段に書かれている。

 

 可愛くって美味しそう。やっぱりお菓子作りの実力じゃあ完敗だなぁ。

 

「それじゃあ、あらためてですけど、おめでとうございます! せんぱい」

 

「おお、ありがとな。……すげえ美味そうだ。なんか店で売ってるやつみたいだな……でも……」

 

「むー、なんですかこれじゃ不満ですか」

 

「いや不満ってわけじゃないが……こういうのって普通名前入れるもんじゃないの? なんでいつも『せんぱい』なんだよ……」

 

「は、なんですかもしかして口説いてるんですか俺のこと名前で呼べよアピールですか俺様ですか? そういうのはちゃんと付き合って自分もわたしのこと名前で呼んでからにしてくださいごめんなさい」 

 

 出た! 一色さんのお家芸。八幡は「お断り芸」とか言うけど……でもこれ、断っても振ってもいないよね……。

 それに私は、いろはさんの「せんぱい」呼びって何か逆に特別感があって結構好きなんだけどなあ……。

 

「だからおま……いや……うん」

 

 あれ、八幡の反応がいつもと違うような……。

 お約束の「あざとい」も言わないし……なんか困ってる?  

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 食事を終えた後、八幡は

「日中留守だった近所の方にもう一度ご挨拶に行ってみて、そのついでに管理棟の方に書類を出しに行ってくる」

 みたいな事を言って外出中。そう言えばご挨拶のお蕎麦まだ配り終わってなかったっけ……。

 

 

 

「留美ちゃん、わたし……わたしも、伝えたよ」

 

 いろはさんと二人で流しに並んで洗い物をしてたら、ぽつり、という感じに彼女が言った。

 

「え? それって……」

 

「うん。先輩に、わたしの気持ち」

 

 そう……か。さっきベランダで話してたのって……あ、さっきケーキの時おかしかったのもそれでか。 ……でも私はどういう反応をしたら良いのか正直困る。

 

「あの、私、あの……」

 

「あ、なんか急にごめんねー。びっくりしたよね」

 

「…………はい」

 

「わたし、留美ちゃんも先輩のこと好きなの知ってる。 ……でも……ううん『だから』かな? ちゃんと言っておきたかったんだー」

 

 ……まあ、バレてるとは思ってたけど、はっきり言葉にして言われると……なんか、こう……変にドキドキしてきちゃう。

 いろはさんはそんな私の顔を一度だけ見て……すぐ視線を外し、食器を拭く作業に戻り、少し力が抜けたような笑顔で続ける。

 

「先輩が結衣先輩と雪乃先輩の二人のことを大切にしてるのはもちろん解ってる。 ……でもあの人達は卒業まで答えを出さなかった。だから、伝えたの。卒業式の日に」

 

「…………」

 

「振られちゃいましたけどね。 ……今そういうの考えられないって」

 

「!」

 

「だけど先輩は……誰かと付き合ってるから、とか、違う人が好き、とは言わなかった。だから……これからは誰にも隠さないで頑張ってみようって思ったの。 雪乃先輩にも、結衣先輩にも――留美ちゃんにも」

 

「私……にも?」

 

「うん、もしかしたらそれがきっかけになって何かが変わって……先輩はわたし以外の誰かと付き合っちゃうかもしれないよね。それでも仕方ないって……ちゃんと先輩が答えを出せるならそれでも良いって……」

 

 いろはさんは言葉を探すように続ける。

 

「でも。でもね、せんぱいがそれでも答えを出せないくらい雪乃先輩たちのことが大事なら……わたしが逃げ道になっても良いかなって思ったの」

 

「逃げ道……ですか?」

 

 どういう意味だろう? 

 

「たぶん先輩が一番怖いのは……奉仕部の三人が、特に雪乃先輩と結衣先輩がバラバラに離れてしまうこと。だから……せんぱいが二人以外の誰かと付き合うとしたら……もちろん二人は悲しむだろうけど、でももし先輩の相手が、雪乃先輩や結衣先輩が少しでも納得できる相手なら……先輩が付き合ってもおかしくないと思えるような誰かなら――きっと三人の絆は壊れない」

 

 そう言って彼女はもう一度私の目を真っ直ぐに見る。

 

「自惚れかもしれないけど……わたし達はきっともうそこまで来てるよ」

 

 わたし()……。

 

「でもそれって……八幡が本当に好きなのは……」

 

「うん、わたしじゃあ……ない。というか……好きの順番が三番目とか四番目とかそういう感じかなぁ?」

 

「……いろはさんは……それで良いんですか……?」

 

 付き合ってる人に、自分よりも好きな人がいる――それって切なすぎるんじゃ……。

 

「う~ん? 二股男がどっちも選べずに三人目に逃げるとか最低ですね。……それに、逃げて来ても良いですよって言う女はもっと最低ですね。

 ……でもそれでも良いって、そばにいられるなら先輩にとっての本物じゃなくても良いって……そう思えちゃったんですよね~……」

 

 いろはさんは、私に、というより……むしろ彼女自身に言い聞かせるかのようにそう言って一度言葉を切り、

 

「今じゃなくて良い……いつか本物になれれば良いって」

 

 最後にそう締め括った。

 

 

 

 

 

 

 ……いろはさんは私が想像もしなかった未来を見てる。

 

 果たして私に同じ覚悟が出来るだろうか。 ――想いを伝えて、「ただ言いたかっただけだから」と、()()()()()()()()()()()()()()()()()私に。

 

 いろはさんは、私も「雪乃さん達が納得できる、八幡が付き合ってもおかしくない相手だ」みたいな事を言ってくれたけど、私はとてもそんな自信を持てない。だって……。

 

『疑似恋愛の一種』 『真っ向から否定されると意固地になる』 『一過性の成長病のようなもの』

 

 いくつかの認めたくない『言葉』が、フラッシュバックのように脳裏をよぎる。

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 あれは去年、五月の連休の頃――。

 

 小町さんに誘われ、八幡たちの家に遊びに行った時のこと。

 

 その日八幡は、午前中はしっかり受験勉強して、午後は息抜きも兼ねて小町さんと私を千葉に遊びに連れて行ってくれる、という予定になっていた。 ……勝手にそう予定を決めたの小町さんだけどね……。 

 

 で、10時ごろ、お菓子と飲み物が乗ったトレーを一度部屋の入口の床に置くと、私はペットボトル一本だけ持って八幡の部屋にそうっと忍び込んだ。

 何故って……テレビのCMとかで、「いきなり冷えた飲み物をほっぺにピタッてくっつけられてびっくり。 『こいつ何すんだ~!』 『きゃー』」みたいなのあるでしょ。あれを八幡とやってみたくって……。

 

 ちょうど八幡も一息ついているところだったらしく、彼は机に肘をついてぼーっとスマホの画面を眺めていた。いたずら心全開だった私は少し離れた場所からそうっとその画面を覗き見る。

 何見てるのかな? えっちなサイトでも見てたらからかってあげようと思ってたんだけど……。

 

 

 

 淡い水色の背景。『思春期の女の子の疑似恋愛』 『対応の仕方』 という言葉が目に飛び込んできて私は一瞬息が止まる。それって……。

 

 ……落ち着こう、落ち着こう、と部屋の入口までひとまず下がった。その時八幡が私の気配に気付いたようだ。

 

「ん……留美、か」

 

 彼はさり気ない風をよそおって、手に持っていたスマホを机に伏せて置いた。

 私はいかにも今来たばかりという態度で彼に言う。

 

「うん、10時過ぎたからおやつにしないかなって。 ……一応持ってきたけど……。どうする、下に行く?」

 

「サンキューな。 ……んー、じゃあ下にいくか」

 

 八幡は結局スマホを伏せ置いたままにして私と一緒に居間に降りた。

 

 

 

 

 その日は八幡と小町さんと三人で千葉で遊んで……すごく楽しかった。途中で小町さんは用事ができて帰っちゃって、急に八幡と二人になっちゃったりしたけど、それはそれで別の意味で嬉しかったり……。

 

 ――でも、あの時の、八幡がスマホで見てたモノがずっと心の端っこに引っかかったままだったんだ。

 

 その日の夜。私は『思春期の女の子の疑似恋愛』を検索した。たくさんあるページを次々に見ていくと……。

 見覚えのある淡い水色の背景。八幡が見ていたサイト、だ。

 

 そこには、色々な「疑似恋愛」の記事が集まっていた。

 一言で「疑似恋愛」と言っても色々あるらしい。

 「映画やアニメの登場人物、あるいはアイドルタレントなどに恋をする」

 「妄想の中に彼・彼女がいる(脳内彼氏・彼女とか言うらしい)」

 

 そして、「親族や学校の先生など身近な年上の男性に自分の理想を重ねて恋をしてる気になる」 ――これ、かぁ……。

 

 記事は雑多で、考察、体験談、周りの人間の対処法など様々な事が書いてある。

 

 曰く、「疑似恋愛は誰にでも起こり得るもので、特に二次成長期に多い」

 

 曰く、「一時的な物であることが多いので周りは振り回され過ぎないように」

 

 曰く、「否定されればされるほどより意固地になるから注意」

 

 曰く、「一種の病気だと思って対応しろ」

 

 曰く、「肯定も否定もせず、話だけは聞いてあげていたらそのうち落ち着いた」

 

 曰く、「教え子から熱烈に告白され真剣に悩んでいたが、一年ほどで治まってあっさり同級生と付き合い始めた」

 

 曰く、曰く、曰く…………………。

 

 

 八幡は……私のこと、どう見てるんだろう…………。

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 あれからかな……八幡と距離を詰めるのに臆病になって、つい現状に満足しちゃうようになったのは……。

 

 八幡は確かに私を近くに置いてくれてるけど……近くに居て欲しいって思ってくれているのかな、とか、もしかしたらあまり否定すると厄介な事になるかもしれないからと仕方なく相手をしてくれてるだけなのかも……とか、そんな風に思考はぐるぐると回って渦を巻き、心を、想いを淀みの中へと飲み込んでいく。

 

 

 

 

 

 ガチャリと玄関のドアが開いて八幡が挨拶回りから戻ってきた。

 

「悪い、ちょっと遅くなったな。 ……そろそろ時間だろ、駅まで送るから支度しろ」

 

 靴も脱がずにそう言った八幡の向こう側、ドアの外に見える風景はもうすっかり暗くなってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 日中、スーパーに買い物に行った時には、「もうすっかり春だなあ」と思わせるような暖かさだったけれど、この時間になってみれば、やはりまだ3月の夜は肌寒い。それでも日は日々確実に伸びていて、7時を回ったこの時間でも西の方の空にはほんの僅かに明るさの余韻が残っている。

 

 八幡の左隣を歩くいろはさんが微かに白い息を吐きながら、

 

「せんぱーい、さ~む~い~で~すー。ちょっと手ぇ貸してください」

 

 と言って八幡の腕をぐいぐい引っ張る。どうやらジャケットのポケットに突っ込んだままの手を引っ張り出そうとしているようだ。

 

「何だよやめろ、服が伸びる。あと俺が寒い」

 

「えぇー、せんぱいは自分が送っていく女の子が極寒の中で震えているのを見捨てるんですかー」

 

「何が極寒だ。 だったらその短いスカートやめろ」

 

「もう……先輩ってばどこ見てるんですかー」

 

 いろはさんはわざとらしく両手でスカートの前の裾をキュッと掴んで八幡を上目遣いで見上げる。彼女のこういう仕草には……女の子の私でもついどきりとさせられる。

 当然、八幡にも効果てきめん。傍から見てて笑っちゃいそうになるぐらい動揺してる。

 

「ど、どことか……なにも見てねーし」

 

「なら、はい」

 

 そう言って彼女は八幡に右手を差し出す。

 

「いや、その理論はおかし……

 

「はい♪」

 

「……ほれ 

 

 いろはさんの攻撃の前に、八幡は諦めて左手をポケットから出す。ほんと八幡の扱いというか……甘え方が上手いなぁ。

 そんな風に思っていると彼女は八幡の手を流れるような動きで自分の方に手繰り寄せ、指を絡めるようにして手を繋いじゃった! え、それ……こ、恋人繋ぎ……とかいう……。

 

「おい……」

 

 八幡が慌ててほどこうとしたようだけど、いろはさんはどこ吹く風といったふうでガッチリ握って放さない。それどころか、

 

「ほら留美ちゃん、せんぱいの右手空いてるよ!」

 

 なんて私にまで振ってくる。

 

「でも……」

 

 それは私だってこんな風に手をつなぎたいし、目の前でわたし以外の女の子と八幡が手を繋いでるのは――たとえ無理やり繋がされたところを目の前で見てても()()()()する。

 けどだからこそ、こんなふうに八幡の意志じゃなく手を繋いでもらうというのには気が引けるというか……。

 

 するといろはさんは、目を細めてちょっとドキッとするような低い声で言った。

 

「ねえ、留美ちゃん。 ……いいこと教えてあげるね」

 

「いいこと……?」

 

「せんぱい、卒業式の予行演習の日の帰りにー、雪乃先輩と結衣先輩と……今みたいに三人で手を繋いで歩いてましたよねー。あの二人だけなんてずるいですよー」

 

「ちょ、お前どこで見て……。在校生は授業中だったはずだろ……」

 

「ふっふっふー。わたしは誰かさんのせいで生徒会長やらされてるので、あの時はそっちの仕事してたんですよ。 ……そしたら、渡り廊下の窓からバッチリ」

 

「いや会長って……。一年目は確かに俺のせいかもしれんが、二年目はお前自分で……。それにあれは、『今日が部室使える最後の日だから』って由比ヶ浜が…………。て、何を言い訳してんだよ俺は……」

 

 八幡はなんとも情けない顔して頭を振ってる……けど……。

 

 ふうん……八幡、雪乃さんと結衣さんとお手手つないでイチャイチャしてたんだ……ふうん…………。

 

 

 私は彼がいろはさんと繋いでる手の反対側――右の腕を引っぱり、そのまま右手を上着のポケットからぐいっと引き出した。

 

「な……おい留美?」

 

「い・い・か・ら・!」

 

 びっくりしてる八幡を無視して、私はいろはさんと同じように指を絡めて手をつなぐ。こんな風に指を絡めるとすごくよく分かる、がっしりとして大きな……男の人の手だ。

 私はこの手に触れていると嬉しくて、他の女の子がこの手に触れているのを見たり聞いたりするのは嬉しくない。 ――我ながら単純すぎるよね、まるで小さい子のやきもちみたい……。

 

「……おまえらな…………」

 

 左にいろはさん、右に私という二人に両手を絡め取られて八幡はひどく落ち着かない様子で、あからさまに目が泳いでいるし……ちょっと顔も赤い?

 

「ふふ、なんで嫌そうな顔してるの? 八幡」

 

「そうですよー、両手に花、しかもこぉんな可愛い娘二人に挟まれてて、一体何が不満なんですかー」

 

 そう言いながら私たち二人は八幡の手を握ったまま、くるりと躰を半回転させて彼の前に回り込み、下から覗き込むような上目遣いで八幡を見上げた。

 

「あのな、周りの目とか少しは……」

 

 

 ふふ、確かにすれ違う人たちが私たちをチラチラ見てるけど……別に悪いことしてる訳じゃ無いと開き直ってしまえば案外平気なものだ。

 八幡は一瞬私たちと目を合わせ……恥ずかしそうに、視線だけでも上に逃がそうとするかのように空を見上げた。

 彼の視線を追うように私も空を見上げれば、今度こそ日は完全に暮れて空は夜の色に変わっており、街の灯りは一際鮮やかさを増しているように感じられる。

 八幡の見上げる先には……もしかしたら雪乃さんや結衣さんの姿が映っているのかもしれない……なんて、考えすぎかな。

 

 みんながみんなを思いやって……でもそのせいで停滞してしまっていた私達の気持ち。

 ……いろはさんが覚悟を決めた今、きっと何かが動き出す。

 

 私の気持ちは――みんなの気持ちは…………どこに向かうんだろう。

 

 

 

 ビルの谷間から時折姿を覗かせるスカイツリーは、美しくライトアップされて煌々と輝いているけれど……空に行き着く展望台の先は、上空のもやに隠れてぼんやりとしか見えなかった。

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

「…………あの時はそんな感じでさ、その後少し悩んじゃったりもしたんだけど……。ね、絢香、泉ちゃん……。私……私は、それでもやっぱり八幡と一緒に居たいって気持ちは変わらないんだ」

 

 どうにかそこまで言って一度言葉が途切れてしまった私を、二人は何も言わずにただ待ってくれている。

 

「けど……私やいろはさんが八幡にとっての……偽物、なんだとしたら――このまま当たり前みたいに傍に居るのは……それでいいのかな、正しい事なのかなって……」

 

「留美ちゃん……」

 

 泉ちゃんは両手を口元に当て、目を潤ませて私を見つめる。

 

 絢香は私の目をじいっと見た後、何故か両手に一本ずつそこにあった絵筆を握り、私たちに背を向け窓際に立つ。

 

 絢香……?

 

 彼女はそのまま肩幅に足を開いて胸を張り、両の腕をわずかに開くように構えた。

 

「偽物……か」

 

 絢香が左の肩越しに顔だけ振り向くと、肩の上辺りの高さで無造作に括られている髪がさらりと揺れた……。彼女は鋭い表情で言葉を続ける。

 

「だがな、偽物が本物にかなわないなどという道理はあるまい?」

 

 わざとらしい、低い作り声でそう言い放つ。 ……無駄に格好いいなぁ絢香は。

 

「ぷ、絢ちゃんそれ中二病すぎでしょっ」

 

 泉ちゃんに突っ込まれた絢香は、しかし悪びれもせずに、筆を持ったままの左手で器用にさっと髪をかき上げるとそのまま掌で左目を隠すようなポーズをとり、

 

「ふッ……あたし、ガチで中2ですが何か?」

 

 とドヤ顔で言い放つ。

 

 はぁ。……そりゃ確かに私たちは中学2年生だけどさ……ほんと絢香はブレないなぁ。

 

 

 

 

 でも。 

 

 ……それでも私は絢香の言葉に、肩越しの視線に――心の中を射抜かれたような気がした。今の一瞬の絢香からは何か……上手く言えないけど決して冗談だけを言ってるわけでは無い……言い方が合ってるかどうかは分からないけど、「凄み」みたいなものを感じる。

 

「ね、留美?」

 

 絢香は真剣な、けれどどこか遠くを見るような顔になって言葉を続ける。その声は直前のそれとは打って変わって穏やかだ。

 

「うん……」

 

「偽物って言うけど……、比企谷さんにとっての留美が例えば『偽物』だったとして……なら、留美にとっての比企谷さんも『偽物』になっちゃうの?」

 

「……っう!」

 

 ガツンと、心を直接殴られたような気がした。――私にとっての八幡……。そんなの、そんなの決まってる!!

 

「――本物、だよ。 ……上手く言えないけど、本物……本当の……唯一人の――特別な人」

 

「……へへ。なら、留美が本物にしちゃえばいいじゃん」

 

 そう言って絢香は親指を立てて笑う。

 

「いろはさんも……もしかしたら比企谷さんも、偽物だ本物だ言ってんのかもしんないけど……そーゆう『偽物』って別に偽札とか替玉とかじゃないんだから、結局本人の心が決めるものでしょ。なら……さ、いろはさんが言ってる通りなんじゃない?」

 

「…………」

 

「最初は偽物とかでも関係ないじゃん。二人の気持ちがいつかその、『本物』ってやつになれば……きっとそれでいいんだよ」

 

「うん……。 絢香って……なんかすごいね」

 

 いつも変なことばっかり言ってる彼女だけど、今の言葉にはひどく重みが有って……私と同い年の子の言葉とは思えないくらいだ。

 泉ちゃんは

 

「うんうん……。人間関係の本物とか偽物とかって、要は本人の気持ち次第って事だよね。なるほど~」

 

 はぁー深いねー、なんて、こくこく相槌を打ちながらなんだか妙に納得している。と、

 

「………あたしも、おかーさん大好きだし……」

 

 絢香がふと洩らした小さな声が聞こえてしまった。

 

「……お母さん?」

 

「え……ああ、うん何でも無い……」

 

 口調はさり気なく、けれどあからさまに「しまった」という顔を見せた絢香。私はそれ以上何も聞けない……聞かない。

 

 

 

 でも……彼女が言ったとおり、だ。

 八幡の気持ちを考えて……っていう事もきっと大事なことで、意味がないことじゃないのはもちろん当たり前なんだけど、だからって私の気持ちを否定するのは違うよね?

 

 ――うん、私は八幡が好き。だから一緒に居たい――きっとそれで良いんだ。今は八幡に「疑似恋愛」とか思われてるとしても……たとえ一番には見てもらえないとしても。

 

 

 

「でもさー留美ちゃん」

 

 いろいろ考えてぼーっとしてしまっていた私を泉ちゃんの声が現実に引き戻す。 

 

「ん? どしたの泉ちゃん」

 

「こうなると……もしかしたらいろはさんが最大のライバルになるって事もあるんじゃない?」

 

「あー……ううん。 ……いやえーと、うん?」

 

「ぷ、何ソレ?」

 

「何ていうか…………」

 

 どう説明したら良いんだろう……ずっと八幡を近くで見てきた私たちだけが理解る事。 ――雪乃さんと結衣さんはやっぱり八幡にとって特別の中の特別で……。いろはさんや私がそこまで行くのは簡単なことじゃないと思う。 ……でも……うん!

 

「絢香、泉ちゃん。 ……私、頑張ってみるよ」

 

 そうだ。うじうじしてたってなんにも変わらない。ただなんとなく八幡のそばにいられてるだけの今の状況に満足してないで、――雪乃さんと、結衣さんと……それにいろはさんとも、もちろん自分自身の気持ちとも向き合って……ちゃんと向き合って――頑張ってみよう。

 ――少なくとも、私自身が「八幡の傍にいても良いんだ」って納得出来るくらいには。

 

 私の宣言を聞いた絢香と泉ちゃんは大きく頷き、何故か二人で「ぱぁん」とハイタッチをして嬉しそうに微笑った。

 

 

 

 




 
読み返してみると……今回留美も八幡もあんまり活躍してないような……。いろはす回?
まあ、こんな時もありますね。

次回は……本編か幕間か……順番まだ未定です。


えー、改めまして、このようなゆっくり更新の作品にお付き合い頂き本当にありがとうございます。
感想下さる方、お気に入り付けてくださっている方、高い評価を付けてくださっている方にも重ねまして感謝を。

いまのところ、少し長めの話(一万字前後)を月一~二回といったペースならなんとか無理なく行けそうです。ただ、今みたいに複数の話を同時に書いてたりすると各々の更新は月イチ以下のペースになってしまうというのが問題ですが…………がんばります。

御意見・御感想ぜひぜひお待ちしております。


3月28日 誤字修正。 いつも報告ありがとうございます。


― 愚痴 ―

いろいろあって農業を手伝ってるんですが……農業の確定申告って慣れないと大変ですね。農業機械の減価償却、「本年度内の償却期間」「事業専有率」とかいきなり言われてもどう計算して良いのか分かりませんでした……。

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