そして、鶴見留美は   作:さすらいガードマン

3 / 41
 
 読んでくださってる方、お気に入り登録していただいた方、本当にありがとうございます。
 また、誤字の指摘も本当に感謝しています。投稿前に全部確認しているつもりなんですが。今後とも宜しくおねがいします。


では、本編。留美は、ついに彼と出逢います。




そして、鶴見留美は彼と出逢う 中編② カレーライスと隠し味

 

 お昼ごはんの後は、野外レクリエーション。

 

 「子供の遊び指導員」の中岡さんという、少し年配のおじさんから、昔からある、あまり道具を必要としない野外の遊び方を教えてもらった。

 

 五つほどのグループに分かれて、「ハンカチ落とし」 「フルーツバスケット」 「手つなぎ鬼」等を順番にやっていく。

 クラスも班もバラバラに振り分けられたグループだったので他の四人とは一緒にならず、正直私は、少しだけほっとすることができた。

 

 

 時刻は午後三時。今から班ごとに、野外炊飯でカレーライスを作り、午後5時を目安に早めの夕食になる。

 私の班では、一応、私と仁美・由香がカレー、森ちゃん・友ちゃんがご飯の担当だ。

 

 まず、高校生を引率してきたあの美人先生が、かまどの火の付け方を見せてくれた……んだけど……、

 

 まず、かまどの下に等間隔に隙間を開けて炭を積み上げ、下の方に液体の着火剤をぴゅうとかける。それから、新聞紙を固く棒状に丸めて、その先端にライターで火を点ける。

 ここまでは流れるような動きで実にスムーズだった。それを、着火剤をかけた炭の横に押し込む。一応火はついたようだけど、なかなか炎が大きくならない。

 するとその先生は、炭の上からさっとサラダ油をかけた。バチバチっと音を立て、一瞬大人の背丈よりも高く火柱が上がる。

 わぁっ、と、みんなから歓声のような、悲鳴のような声が上がったが、その一瞬だけで火は落ち着いたようで、当の先生は余裕の表情。なんだかすごくかっこいい。

 

 ただ、他の先生方は慌てていて、

 

「みんな、最後のは悪い見本だから真似しないように。なかなか火がつかない時は近くの先生にお願いしなさい」

 

と注意を受けた。

 ふと横を見ると、さっきの女先生が、うちの校長先生に叱られてペコペコ頭を下げていた……。

 

 

 

 炊事場、と言っても屋根の下に大きな流し台がたくさん並んでいるだけだけど、雨天時にはここにガスコンロをセットして煮炊きが出来るらしい。そのせいか、百人位で料理をしていても、スペースには十分な余裕があるみたいだ。

 

 私は、相変わらず他の四人と少しだけ離れた所で、割当のジャガイモと人参を、どんどん皮をむいてちょうどいい大きさに切り分けていった。

 私達のところに近いかまどで、さっきの高校生達が火を起こしていた。葉山さんって人が、少しニヤニヤしながら、あの寝不足男をからかうように何か話している。

 

 私のすぐ横で、「フ、腐腐……」というような変な声が聞こえたので思わずそっちを見ると、

 

「愚腐腐っ『とべはや』を見に来たはずが、まさかの『はやはち』とはっ!!! キマシタワー」

 

 と、「眼鏡の似合う線の細い美少女」だったはずのものが、壊れて何か違うものになろうとしていた……。すると隣りにいた人が、そのものの頭をしゃもじでスパコーンと勢い良く引っ叩いた。

 

「ったく、小学生の前で……。 少しは擬態しろし」

 

 あ、この人、髪を束ねてるけど確か三浦さんとかいう人だ。意外とピンクのエプロンがよく似合っている。まあ、今のは見なかったことにしよう。

 でも……、こういう馬鹿みたいなのを見ていると、惨めな気分を少しだけ忘れられる。

 

 

 私は手先が器用な方だ、と、自分でも思うし、料理だって結構出来る。ただ、流石に炭のかまどでの調理は経験がないから、なかなか新鮮な体験だった。

 

 さっき見せてもらった要領で炭に火を着け、飯盒とカレーの鍋を火にかける。

 ここまで作業が進むと、みんなの手が空いてくる。後は、カレールウを入れるまでは、かまどの前で雑談しながら時々鍋の様子を見ているだけだ。

 

 

 仁美も由香も、一緒に作業している間は、必要な事だけは話をするけど、こういう時は何となく会話に入れてもらえない雰囲気になる。いつの間にか、そんな空気を読むことに慣れてきちゃってるなあ……私。

 

 ……だから私は、四人がいるかまどの前から少しだけ離れた柱にもたれて、少しずつ暮れていく景色と、かまどの火とを交互に眺めていた。

 

 

 

 すぐ近くで自分たちのカレーを作っていた高校生達が、近くで作業している、私達を含むいくつかの班に声を掛けてきた。

 作業が遅れている班は、火を起こすのを手伝ってもらったりしているけど、森ちゃんや仁美たちは普通に雑談をしている。

 

 仁美と話していた葉山さんが、突然、すっとこっちにくると、

 

「カレー、好き?」

 

 なんだか造ったような笑顔で私に聞いてきた。何で私に? ……みんなと離れてる私に気を使ってくれたのかな。

 でも、正直……困る。だって……。

 

 さっきまではしゃいでいた仁美や森ちゃん、それに他の班の子たちも、黙って私達を見ている。その視線にどこか非難めいたものを感じ、目をそらして下を向く。

 

「……別に。カレーに興味無いし」

 

 周りの視線に耐えきれなくて、それだけ言ってその場を離れた。それでも、嫌な視線は絡みついてくる。

 

 まだ、料理の途中だから、遠くに行くわけにも行かない。どこか……。一箇所、他と温度が違うように見える場所があった。顔をあげると、あの寝不足男と黒髪美人が少し間を空けて立っている。なんでここだけこんな空気なんだろう?

 

 でも、私は逃げ込むようにそこに向かった。

 

 美人さんが強い眼差しで周りを一(にら)みし、寝不足男がドヨンとした目でみんなの目を見返すと、私に向いていた嫌な視線がたちまちそらされる。

 ……もしかして、助けてくれたのかな。

 

 そこで葉山さんが、

 

「じゃあ、せっかくだし隠し味入れるか。みんな、何入れたら良いかな?」

 

 明るく大きな声でそう言うと、もうみんなの注目はそっちに行ってくれた。ほっとする。

 

「コーヒー入れようよ」

 

「チョコレートでコクが出るって」

 

「フルーツ入れよう。桃缶とか」

 

 え? 思わず振り向くと、変なことを言ってるのはお団子頭さんだった……。カレーに桃缶って……。

 

「あいつ、バカか……」

 

 思わず、という感じでそれを見ていた寝不足男が言葉を漏らす。美人さんは額に指を当てて眉をひそめている。

 

「ほんと、馬鹿ばっか」

 

 そう私が言うと、目の前の彼は、さも当然の事だろうと言わんばかりに、

 

「まぁ、世の中大概(たいがい)はそうだ。早めに気づいてよかったな」

 

 そんなことを言う。私は急に興味が湧いて、まじまじと彼の顔を見上げた。相変わらず目はどんよりしているけど、眠そうって感じでもない。この人、別に寝不足じゃなくて、いつもこんな目なのかな? そんなふうに見ていると、

 

「あなたもその、大概のうちの一人でしょう」

 

 そう美人さんが言う。

 

「あまり俺を舐めるなよ、俺は大概とか大勢とかの中には入れてもらえん。ぼっちは常にぼっちだからな。つまり俺は常にオンリーワンの存在たる逸材ってことだな」

 

「そんな最低なことを得意顔で誇れるのはあなたくらいのものでしょうね……。呆れるのを通り越して軽蔑するわ」

 

「通り越したなら尊敬してくれませんかね……」

 

 ふふ、変なの。……夫婦漫才? なんだかこの二人なら、私のことを解ってくれるんじゃないかって……別に助けてはくれなくても、理解はしてくれるじゃないかって、不思議とそう思えた。本当はなんでもいいから頼りたいだけなのかもしれないけど。

 

 

 

 ……名前、知りたいな。

 

 どう聞いたら良いのか思いつかず、

 

「名前」

 

とだけ言う。

 

「あ? 名前がなんだよ」

 

 本当になんの事かわからない、みたいな態度にちょっとイラッとして、

 

「名前聞いてんの。普通さっきので伝わるでしょ」

 

 と、つい強く言ってしまった。すると、

 

「……人に名前を尋ねる時はまず自分から名乗るものよ」

 

 一気に二十度ぐらい温度が下がったような気がした。 ……美人さんが私を氷のような瞳で睨んでいる。表情を歪めたりとかは全然してないのに、

 

 ただ、目だけが怖い……ほんとに怖いよ……。目を合わせられない。

 視線をあわせられないまま、私は小さい声で、

 

 「……鶴見、留美」

 

 それだけ言えた。それでどうやら目の前の雪女さんは許してくれたようで、私の周りの温度が戻ってくる。

 

「私は雪ノ下雪乃(ゆきのしたゆきの)。そこのは、……ヒキ、ガ? ……ヒキガエルくん? だったかしら」

 

「おい、なんで小学校の頃の俺のあだ名知ってんだよ、……最後は俺、カエルってよばれてたからな」

 

 彼は雪女さん、じゃなかった雪ノ下さんにそう言い返してから、あらためて私の方に向き直り、

 

比企谷八幡(ひきがやはちまん)だ」

 

 そう名乗った。

 

「で、これが由比ヶ浜結衣(ゆいがはまゆい)な」

 

 ちょうど今、雪ノ下さんのとなりにやって来たお団子頭さんを指して比企谷さんが言った。

 

「へ、なに? どったの?」

 

 由比ヶ浜さんは、わたしの方を向いて、

 

「あ、あたし由比ヶ浜結衣ね。鶴見、留美ちゃん、だよね? よろしくね」

 

「うん……」

 

 声をかけてくれた彼女に、私はただ、頷くだけで答えた。

 

「なんか、そっちの二人は違う感じする。()()()()()人たちと」

 

 もどかしくて上手く言えないことを、それでもどうにか口にした。

 比企谷さんは、一瞬だけカレーの味付けで盛り上がっている仁美たちや葉山さんの方を見て、また私に視線を戻す。それで、ああ、この人には伝わったんだな、と何故か安心した。

 

「私も……違うの。()()()()と」

 

 そう、違うはずなんだ。私はあんなのと一緒じゃない。だから……。

 

「違うって、何が?」

 

 由比ヶ浜さんが真剣な顔で聞いてくる。

 

「周りはみんなお子様なんだもん。私、今までその中でけっこう空気読んで、上手に立ち回ってきたつもりなんだけど……。 でも、なんかそういうの下らないからもうやめたの。自分が嫌なことしなきゃ一緒にいられないなら、一人でも別にいいかなって」

 

「で、でも。小学校の友達とか思い出って結構だいじなんじゃないかなぁ……」

 

「別に思い出とかいらない……。中学入ったら他から来た人と友達になればいいし」

 

 そう、あんなつまらない事を喜ぶ人達ばかりではないはずだ……なんて――ただの強がりなのは自分でも分かってるけど……。

 

 

「残念だけど、そうはならないわ」

 

 雪ノ下さんが、私の目をまっすぐに見て言い放つ。

 

「あなたの同級生達も、同じ中学へ進学するのでしょう? なら、また同じことが起きるだけよ。今度は『他から来た人』も一緒になって」

 

 何も言い返せない。そんな事、ホントはなんとなく解ってた。ただ、そうじゃないって、勝手に信じたかっただけなのも。

 

「それくらい、あなたはわかっているのではなくて?」

 

 そう。ほんとに私……。

 

「やっぱり、そうなんだ……。 ほんと馬鹿みたいなことしてた」

 

「何が、あったの?」

 

 由比ヶ浜さんが穏やかな声で聞いてくる。

 

「誰かがハブられるのは何回かあって……。けど、そのうち終わるし、そしたらまた前みたいに話したりする、クラスのマイブームみたいなもんだったの。いつも誰かが言い出して、なんとなくみんなそういう雰囲気になるの」

 

 三人共何も言わない。けど、真剣に聞いてくれているのは感じる。

 

「それで、私と仲良かった子がハブにされてね、その時は私もちょっと距離置いちゃって……。 でも、その子が本当に大切にしてることを、あいつら、(けな)して、馬鹿にしたの」

 

「私、その子がそのことをどれだけ大事に思っているか知ってたから、どうしても我慢できなくて……。それで、みんなに、『こんな馬鹿みたいなことやめよう』って。 ……そしたら、今度は私がこうなってたの……」

 

 雪ノ下さんが小さく息を呑んで、少し目をそらした。

 

 ぽたり、と、足元に水滴が落ちる。 ……私、いつの間にか泣いてたんだ……。

 

「中学校でも、……こういうふうになっちゃうのかなぁ」

 

 その時、

 

「すごーい。これ、美味しい!」

 

「ホントだー。やっぱコーヒーがよかったんじゃん?」

 

「やっぱさー……」

 

 カレーの味見で一層盛り上がるみんなの声が響いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食後、後片付けをして本館に戻り、入浴、今はもう就寝時間。

 

 部屋は、ドアを入って右側に、作り付けの二段ベッドが二組縦に並んでおり、左側がトイレ、奥に二段ベッド一組の、真ん中の通路を三組の二段ベッドで挟んだような形の六人部屋だ。

 

 私は左のベッドの上の段で一人横になっている。

 

 他の四人は、消灯時間を過ぎても、まだ右下奥のベッドに集まってまだひそひそと雑談中だ。

 

「それにしてもさー、葉山さん、やっぱカッコイイよねー」

 

「ほんとほんと」

 

「私は戸塚さんかな~。最初、女の子かと思ってたからマジびっくりしたケド、話してみたら結構カッコいい事言うし、そう。あれでテニス部の部長さんなんだって」

 

 え? 思わず声が出そうになった。戸塚さんって……あの緑のジャージの!?

 男の子だったんだ……今日一番びっくりしたかもしれない。

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 もうすぐ夕食が始まる……。またあの中に戻らなきゃなんない……。

 私が必死でこぼれそうになる涙を抑えていると、

 

「まあ、あれだ。向こうに居場所がないような時は、俺らんとこに来ればいいんじゃねーの。知らんけど」

 

 思わず比企谷さんの方を振り向く。目が合うと、照れたように視線を逸らされた。少し頬が赤い。

 

「……比企谷くん、あなたこんな所で小学生をナンパするなんて、犯罪者の風上にしか置けないわね」

 

「俺、どんだけ居場所限定されてんだよ」

 

「うわぁ、 ヒッキー、なんだか顔、赤くしてる。……キモい」

 

「馬っ鹿、違うっつーの。 ……雪ノ下、携帯をしまえ。すぐに通報しようとするんじゃない」

 

「まあ聞け、今は夏休み中だ。だからこの林間学校さえ乗り切ってしまえば、後は新学期まで自宅から一歩も出なければとりあえず嫌な状況は避けられるだろ」

 

「い、一歩も出ないって、それはさすがにムリがあるんじゃ……」

 

「大丈夫だ。必要なものはみんなアマゾンさんが届けてくれる。なんだったら、新学期が始まっても一歩も外に出たくないまである」

 

「ヒッキー……」

 

 コホン、と雪ノ下さん。

 

「話がそれているわ。彼女が呆れているでしょう?」

 

「お、おう。これはあくまでお前が嫌じゃ無ければ……

「『お前』じゃない」

 

「……スマン。……鶴見が、

「『留美』」

 

 今みたいな感じになってから、『鶴見』と呼ばれると、相手から酷く距離を取られたように感じて、胸が痛くなる。だから、比企谷さんには、『鶴見』と呼ばれたくない。

 何でか分からないけど……そう、思った。

 

「……はあ、わかった。その、留、留美が嫌じゃなければ、雪ノ下のところでも、由比ヶ浜のところでも良い、いつでも()()()()()に来ればいい。そう思えるだけでも少しは気が楽になるだろ」

 

「八幡のところでも良いんでしょ?」

 

 思い切って、『八幡』って呼んでみた……嫌がるかな?

 

「名前呼び捨てかよ……」

 

「は? 名前、八幡でしょ?」

 

「はあ、まあ良い。俺んとこでも構わんが、俺一人の時はダメだ」

 

 意外なことに、彼は名前呼びされた事をあっさり流し、別なことにダメ出しをする。

 

「何で?」

 

「何でって、お前みたいのが俺一人のところに来たら、雪ノ下とかが通報しちゃうだろ」

 

「ほんとね。やっぱり今のうちに通報しておこうかしら」

 

「まだ何もしてねーだろ……」

 

「『まだ』、今『まだ』って言ったわね。比企谷くんあなたやっぱり……」

 

「ヒッキーキモい」

 

「揚げ足を取るな!!」

 

 

 

 ふふ、なんだか少しだけ心が軽くなった。いつの間にか涙も引っ込んでいる。

 

「あの、」

 

 私は三人に対して真っすぐ立って、

 

「もう、戻るね。……ありがとう。その、話、聞いてくれて」

 

「おう、またな」

 

「いつでもおいで、待ってるからさ」

 

「そうね」

 

 雪ノ下さんも、優しい顔で(うなず)いてくれた。

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 

 微かに聞こえてくる仁美たちの話し声と、建物全体を包み込むように何処からともなく響いてくる虫や蛙の声……脳裏にはなぜか八幡の照れたような顔が浮かんで……

 

 最近なかなか寝付けなかったのが嘘のように、私はいつの間にか眠りに落ちていった。

 

 

 

 




 
 ようやく、ほんとうの意味で、留美と八幡が出逢いました。

 この作品は、原作の別視点、という体で書いていますが、このあたりから色々とずれて行きます。なぜなら、

 ここは、「八幡と留美の距離が少しだけ近い世界」だからです。


では、次回は、少し短めの「過去編」を予定しています。

ご意見、感想など、是非お寄せ下さい


10月30日 誤字修正しました。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。