そして、鶴見留美は   作:さすらいガードマン

36 / 41
永らくお待たせしました。

ゆっくりすぎる更新で申し訳ありません。
久々に本編の続きです。



鶴見留美が守りたいもの① 彼女がドレスに着替えたら

本誌記者(以下「記」):今月号では、他にない不思議な魅力があると話題のデザイナー、個人ブランド「Fairy Wing」を展開している、塔之原有来(とうのはら あこ)先生にお話を伺います。よろしくお願いします。

 

塔之原さん(以下「塔」):はい、よろしくお願いします。

 

記:塔之原先生は、元々はあの、スポーツウェアや下着などで有名な「ワコレーヌ」のデザイナーさんだったとか。

 

塔:はい。でも私、実は今もまだ「ワコレーヌ」のデザイナーでもあるんですよ。

 

記:え、そうなんですか?

 

塔:はい。個人でブランドを立ち上げたわけですから、さすがにそのまま社員という形ではないですが。現在は嘱託デザイナーという形で「ワコレーヌ」の社内ブランドの一つ、「フェアリーズ」のデザインを一部任せて頂いています。

 

記:「フェアリーズ」というと……女性向けプレミアインナー――こんな言い方をして良いのか分かりませんが、所謂「勝負下着」というイメージがありますが……。

 

塔:あはは、そうですね、合ってると思いますよ(笑)

 

塔:勝負下着と言うと、皆さん……男性の方は特に、「異性を誘惑するための下着」という意味で使いますよね。でも、女性が特別な下着を身につけるのにはもっと広くて大きな意味があると思うんですよ。

 

記:意味というと?

 

塔:なんて言えば良いんでしょう? 自分を上げていくとでも言うか……。自分にとっての大切な日、例えば重要なプレゼン、大事な試験、もちろん好きな人とのデートとか、そういう特別な日に、特別な下着を身につけていると気持ちが上がる――勇気が湧いてくるというような……。

 

記:わかりますわかります! でもそういうのって女性ならではの感覚ですよね、多分。

 

塔:確かに男性にこの気持ちを説明するのは難しいですね~。男性は「このパンツ履くとアガる」とか言わないでしょうし。

 

記:あはは。思っていても言わないだけかもしれませんよ?

 

…………。

 

 

…………。

 

記:では、それまでそういった方面のデザインをされていた先生が「Fairy Wing」を立ち上げたのは何故ですか。

 

塔:私は細かいフリルやレース、ドレープを使ったデザインが好きなんです。もちろん高級インナーにはそういう要素がぎゅうっと詰まってるわけで、私の天職だと思っていたんですけど……でも、それがどんなに素敵なデザインでも、外でみんなに見せびらかすわけにも行かないでしょう(笑)

 

記:そ、それは確かに大変なことになりますね(笑)

 

塔:私は、世の女性にもっとフリルとレースとドレープに溢れた服を着て街を歩いて貰いたいんです。そういう服には女の子の夢がいっぱい詰まってますから、さっきも言ったように着ればきっと気持ちも上がると思うんですよ。

 

記:確かに先生の「Fairy wing」の服はフリルとレースとドレープのイメージがあります。ただ、今回の物は、いわゆる「ロリータドレス」のように豪奢ではないですよね。

 

塔:「Fairy wing」のラインナップにも勿論そういう派手な、というかボリューミィなデザインの服もたくさんあって、主力商品であることに変わりは無いんですが……。

 

記:ですが?

 

塔:やはりそういう「ドレス」は着られる場面が限定されてしまいます。「それを着て街を歩く」のには抵抗を持たれる方も多いと思いますよ。

 

記:確かに普段着という訳にはいきませんね。

 

塔:そういう状況もあって、最近多くの皆さんに支持されているのは、もっと気軽に着れるタイプのものですね。

 

記:今回取材させて頂いてるような?

 

塔:ええ。デザインの傾向としては……シルエットは所謂ゴシックロリータと、クラシカルロリータ・カントリーロリータの要素をミックスして、それを全体的に軽くした感じでしょうか。ただし、生地のカラーやパターンについては、王道といえる物の他に、一見するとロリータ系のデザインには見えない配色の物もラインナップしています。

 

塔:それから今シリーズの特徴として、フリルやドレープの部分に形状記憶素材の生地を使うことで、洗濯ネットを使えば自宅の洗濯機で洗える物も多くあるので(注:一部スワロフスキー等を使っている物はその限りではない)好評をいただいているようです。

 

記:確かに、オシャレ着が自宅で洗濯できるというのは魅力的ですね。

 

塔:はい、今回はサイズ展開を小学生以下のお子さんにまで広げているので、そういう扱いやすさの部分も考えて企画しています。

 

…………。

 

 

 

…………。

 

記:ではここからは、今回の撮影でモデルをしていただいた女性四人を交えてお話を伺います。

 

記:それでは簡単に紹介させていただきますと、(上の写真)順番に右から、現役女子大生モデルのあーや(AーYA、SRプロモーション所属)さん。中学生でこの「Fairy wing」専属モデルをされているルミさん。最年少、モデルは初体験の小学二年生けいかちゃん。そして先月結婚したばかりの若妻、弊社レディースコミック編集者のさやかさんです。改めて皆さん宜しくお願いします。

 

四人:宜しくお願いします。

 

記:早速ですが、皆さんは年齢も経歴もバラバラなんですよね? お会いになるのは今回が初めて?

 

あーやさん(以下「あ」):元から仕事だったりプライベートだったりでの繋がりはある方もいるんですけど、四人揃ってというのは今日が初めてですねー。けいかちゃんはこういう撮影自体今回が初めてだと聞いてますし。

 

記:では最初に皆さんが今着ておられる新作シリーズについて伺います。小学生から大人の女性まで、あえて同じシルエット――同じ型紙(ベースデザイン)からいくつも印象の違うデザインを展開するというコンセプトだそうですが。

 

さやかさん(以下「さ」):最初にお話を伺った時は、「そんなに若い子たちと同じフリフリの服を着て並んで撮影とか無理~」って思いましたねー。でも、実際に着せていただいた服は、確かにベースとなるデザインは同じなんですが、シルエットとか色味のチョイスとか、それからレースの幅とかがそれぞれ違う工夫がされていて……。私が着てるアイボリーに細かい黒の花柄が入ったワンピースは裾も長めでシックに見えますし、けいかちゃんのピンクのギンガムチェック生地のワンピースが同じデザインだとはぱっと見分からないでしょう? ああ、これなら安心って。

 

あ:さやかさんまだ若いんだからピンクのでお揃いも行けるんじゃないですか~。

 

さ:いやいやさすがにそれはキツイって(笑)

 

記:でも本当に、一見すると同じ型のデザインには見えませんよね。けいかちゃんのはピンクで可愛らしい雰囲気ですし、ルミさんのはアズールブルーとオリーブグリーンを大胆に対比させて上下が分かれているようにも見える配色、遠目には学校の制服みたいにも見えます。

 

ルミさん(以下「ル」):実際にはこんなフリルとかレースがいっぱいの制服は無いと思いますけどね。ものすごいお嬢様学校とかなら別ですけど(笑)

 

さ:そう? うちの漫画に出てくる女子の制服ってそういうのばっかりよ。

 

ル:でも、制服にレース……可愛いですけど、お手入れとか大変そう……。

 

記:そしてあーやさんのは黒に白い大きなドットの……丈の短いドレス風。これだけ印象の違う服が同じデザインをベースにしているというのは不思議な感じがしますね。

 

あ:私達も基本の型紙が同じというのは説明されてなければ気が付かないですよ、多分。

 

さ:作る方も混乱しそうですよね。

 

塔:実際試作のときはスタッフ一同大変でした(笑) ただ生産ラインに乗れば、最近は生地もデジタル裁断なので細かい柄合わせなんかも楽になりましたから。だからこそこんな企画が通せたのかもしれません。

 

ル:型が決まっている中で色々雰囲気の違うデザインになってるのに、どれもみんな可愛いっていうのが先生の凄いとこだと思います。

 

記:けいかちゃんは……緊張してるのかな? そのお洋服はどうですか? 今回着た中で一番好きなのはどれでしたか?

 

けいかちゃん(以下「け」):今着てるピンクのがとっても可愛いです。でも、るーちゃんがさっき着てた黒いのも格好いいです。

 

記:るーちゃん?

 

ル:あ、私のことです。けいかちゃんとは彼女が幼稚園の頃からのお友達で、その頃のあだ名みたいな。

 

記:なるほど、二人は仲良しさんなんだね。

 

け:うん!

 

…………。

 

 

…………。

 

 

記:今皆さんが着ておられるドレスの他にも、同じデザインベースの服は何種類もあるわけですが、やはりそれぞれ雰囲気が違いますよね(次ページ写真) この狙いは何でしょう?

 

塔:デザイン一回するだけで沢山商品が出来るので楽ができてお得だから……というのは冗談として、こういう、フリル、レース、ドレープがたくさんついたデザインでも、アプローチの仕方で様々な場面で着ていただける服になりますよ、というのが分かりやすいかなと。

 

記:なるほど。

 

塔:今回のシリーズでは実験的なチャレンジという位置付けでこんなことをさせていただいていますが、1つの型から、カラー・サイズ共これだけ多数の展開をするというのはもちろん例外中の例外です。……ただ、実際やってみたらとても楽しかったので、機会があればまたやってみたいですね。

 

記:今皆さんを見ていて思ったんですか、母娘とか姉妹とかで趣味が違っていても無理無くペアルックとか出来ますよね。こう……隠れたさりげないお洒落、みたいに。

 

さ:ちょっと記者さん、「母娘」って言ったときわたしとけいかちゃんのこと見てませんでしたか?(じろりと記者を睨む)

 

記:(ギクッ)いや気のせいですよ~。

 

さ:わたしまだ20代で……あれ、けいかちゃんいくつだっけ?

 

け:7才!

 

さ:げ、二十(はたち)で結婚してたらこんなに大きい子がいてもおかしくないのか……。もっと早く結婚しとけば良かったかな。

 

あ:新婚が何言ってるんですか?さやかさんは今の旦那さんに巡り会うのを待ってたんですよ。写真見せていただきましたけど格好いい方じゃないですか~。

 

さ:そう?まああいつ顔だけは良いからなー(満更でもない様子)

 

ル:惚気だ~~。

 

(その後さやかさんの旦那さんの写真を見せていただくと俳優の□□さんに似た渋いイケメンさんだった。羨ましい。)

 

…………。

 

 

…………。

 

記:それから先程撮影で着ておられたブルーのドレス。こちらは色も形も全員同じものでしたね。(下の写真)

 

塔:あれは各個人の体格に合わせたシルエットの変更だけですね。今みんなが着ている物に比べるとフォーマル寄りのデザインで、街で着るというよりはパーティーやお祝いの席などを想定したものです。

 

記:これは華やかですよね。でも、その中にも可愛らしさがあるというか……。

 

塔:そうですね。サイズによってスカート部分の丈とレースの面積を調整して可愛らしさとボリュームのバランスを崩さないようにしています。揃いのドレスを着た四姉妹みたいなイメージで。

 

さ:先生、さすがにあたしとけいかちゃんが「姉妹」というのはやめてください……。

 

ル:でも、みんなでお揃いのドレス着たのはテンション上がりました。写真を撮っていただいている時すごく楽しい気分になったし。

 

あ:それ、私も思いました。この記事を読んだみなさんも是非、お友だちとか家族でお揃いを着てこの楽しさを感じてほしいです。

 

記:けいかちゃんも撮影の時とっても楽しそうにしてましたねー。

 

け:うん、だってお姫さまになったみたいで嬉しかったの。

 

…………。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 先週発売されたばかりのカジュアル寄りのファッション誌。お母さんの働いてる出版社の、けれどお母さんは担当してない雑誌。

 特集記事の写真の中の私は、けーちゃん達、その時一緒にモデルを務めた三人と並んで楽しそうに笑ってる。

 これまでにもユキ先生こと塔之原有来(とうのはら あこ)先生の所でのカタログモデルみたいな撮影は何度もあったけど、今回のように名の通った雑誌の取材というのは私にとって初めてで……将来、漠然とではあるけれど、取材する側の職業を目指している私には見ること為すこと一つ一つがとても新鮮で興味深く、忘れ難い貴重な体験になった。

 ちなみに「有来」は「あこ」って読むのが正しいんだけと、子供の頃からみんなが「ゆき」って間違えて読むのを否定しないでいたら「ユキ」というあだ名が定着しちゃったんだって。私のお母さんも先生のこと「ユキちゃん」て呼ぶから、最初は私も「ユキ」が本名だと思ってたしね。

 先生に訳を尋ねたら、

 

「だっていちいち訂正するのも面倒くさいし………それにユキのほうがアコより可愛いじゃん」

 

 だってさ。

 

 それにしても、記事を読んでいて……編集者さんってやっぱり凄いなぁと、実際に取材を受けた身として改めて思う。

 ふふ、記者さんの質問に堂々と答えてるこの「ルミさん」って……私が読んでみて、()()()()()って感じなんだよね~。だってあの時の私は、こんなに流暢に話せてなかったもの。記者さんに何か話題を振られても、つい考え込んでしまってすぐに答えられなかったりして……あーやさんやさやかさんに助け船を出してもらったりしてようやく答えてたんだ。

 けーちゃんなんか、記者さんに聞かれたこととは全然違う話を始めたりしてたし、何よりユキ先生からしてこんなに丁寧な話し方じゃ無かった……。

 

 ところが、この記事はそんな事まるで無かったことのように綺麗に面白くまとめられている。嘘を書いてる訳じゃ無いんだけど、インタビューの内容そのままが書かれているというのでも無くて、実際の取材風景を知っている身としては、記事の中の自分が面映ゆいというか……変な感じ。

 本に載っているのは僅か一月ちょっと前の私で間違いないのに、ずいぶん昔の事のように感じてしまうのはそんな理由もあるのかもしれない。

 

 まあ……それ以外にも、この頃私は、なかなかに大変な経験もしたので、だからそれ以前の出来事を遠く感じてしまうというのもあるのかもしれない。

 大変――その一言で片付けて良いような話じゃないのかもしれない……けど、それ以外にどんな言葉も思い浮かばないしなぁ。そんな事を思いながら頁をめくる。

 

 あ……この青いドレスを着て、ちょっぴり背伸びした雰囲気の「ルミ」は目をキラキラさせて嬉しそうに笑ってるなぁ。少しはにかんだような……我ながらなかなか可愛いと思える笑顔だ。

 

 当然かもしれない。

 

 何故なら――その視線の先には八幡がいたから。

 

 

 

 

 

 *  *  *  *  *

 

 

 

「ねぇ? らがきー、るー子。あんた達、知り合いに可愛い小学生いない? 十歳とか……五年生位の……出来れば染めてないロングヘアで、お持ち帰りしたくなるような女の子♪」

 

「……ユキ先生、誘拐は犯罪です。通報しますよ?」

 

 ユキ先生がワークデスクの上にペタンと突っ伏すように上半身を投げ出し、顔だけ起こして言った言葉に、「らがきー」ことあーやさんはにこやかな表情のままで返す……んだけど()()()()()という言葉に異様な迫力がある。はっきり言ってちょっと怖い。

 

「らがきー、あんた私のことなんだと思ってる訳……。そうじゃなくて例の取材の時のモデル役よ」

 

「あれ、まだ決まってなかったんですか?」

 

「あんたとるー子、それから集談館のさやっちに……もう一人小さい子が欲しいのよ。プロのモデルばっかりに片寄らないようにさやっち頼んだけど、小学生の方も出来れば素人の子に頼みたいんだよね~」

 

「事務所とかに入ってない小学生かぁ」

 

「誰もいなければあんたの事務所の子役やってる子とかに頼むことになると思うけど……」

 

「子役……ですか? モデルじゃなくて?」

 

「モデルはあんたらで間に合ってるし、もういらないかなー」

 

「先生、言い方……」

 

 ユキ先生の物言いにあーやさんがムッとした声を出したけど、本気で怒ってる訳でもない。大体先生の口の悪さは今に始まった事じゃないし、慣れればそんなものと思うようになる。

 

「ユキ先生のドレスが似合いそうな小学生……」

 

 脳裏にパッと浮かんだのは青みがかった黒髪、くりっとした目の女の子。

 

「ん? るー子、心当たりあるん?」

 

「あー……でも、その子、まだ二年生なんです」

 

「二年生か……。でも待てよ………………」

 

「るー子、その子身長どのくらい?」

 

 数秒、視線を右上に向けるような表情で考えていた先生が私に訊いてくる。

 

「はっきりは分からないですけど、春に会ったときはこんくらいでした」

 

 そう言って私は自分の胸の前に手をかざすようにして高さを示す。

 

「お、案外この方が身長のバランス的にイケるかも。小学校の高学年だとるー子と変わんない背の子も多いし……。小さい子の方が今回のコンセプトに合ってる気がしてきた!」

 

 ふん、ふん、と先生は一人で勝手に納得してしまった。

 

「ねぇ、その子の写真ある?」

 

「はい。えーと、確か……みんなでお花見に行った時の写真が一番新しいのかな……」

 

 私がスマホのアルバムのページを指で繰ると、私の横に回ったユキ先生とあーやさんが私を両側から挟むように覗き込んでくる。

 

「えーと……あ、これ、この子です」

 

 私が目的の女の子――けーちゃんが満開の桜を背景に写ってる写真を見つけると、

 

「へぇー、可愛いじゃない! 目がくりくりっとしてて……うんうん、いいわね~」

 

「うん、なんだか目力ある娘ですねー。二年生ってことは……7才か8才?」

 

 ユキ先生とあーやさんも彼女の可愛さに目を奪われている様子。

 

「他には~」

 

「あ、ちょっと先生!」

 

 ユキ先生が勝手に写真を次々とスワイプする。

 

「お、八幡くんじゃ~ん。やっぱりお花見一緒に行ったんだー」

 

 彼女は1枚の写真で指を止め、にやぁ~っと笑う。

 

「う……良いじゃないですか」

 

 実はユキ先生、私のお母さんと会ったときに一度だけ一緒になったことがあり、八幡とは面識があるんだ。確か八幡が部屋探しをしてた頃だったかな。

 その時お母さんが何か余計な話を吹き込んだらしく、先生はたまに「八幡」の名前を出して私をからかってくるんだよね……。

 

「はちまん……? 何ですか、それ」

 

「それがね~……」

 

 先生は私の背中越しにあーやさんにこそこそと何かを耳打ちする。

 

「はー、歳の差恋愛ですか~。なんだか甘酸っぱくてドキドキしちゃいますねー」

 

「そうそう、からかうとカワイイのよね~、これがまた!」

 

「大学一年……私の一つ下ですか。……あ、何ですかこれ! 留美ちゃんじゃない娘と腕組んでるじゃないですか。ひき……がや君だっけ、まさか彼女いるのに留美ちゃんにちょっかい出してるんですかっ」

 

 写真を見ていたあーやさんが急に非難の声を上げる。

 

「ああ、それは八幡の妹さんです。この二人すっごく仲が良いんですよ。まるで恋人みたいに」

 

 それは八幡と小町さんが腕を組み、それぞれもう一方の手に三色団子を持ち、その団子をカメラに向かってつき出すようなポーズをしている写真。

 八幡はきっと他の娘とは恥ずかしがってこんなことはしないだろう。けど、小町さん相手だと妙にノリが良くなるんだよねー。

 

 

 

「……イモウト? また妹ですか……」

 

 あれ? なんだかあーやさんの様子が……。

 

「――どうして千葉の男は妹、妹ってそればっかりなんですかねーっ。ホントぶち殺しますよ? ……そうですね、いっそのこと全員抹殺してまともな人たちと入れ換えた方が……ふふふ」

 

 急に目の光彩を無くしたあーやさんが平坦な声でブツフツと何か恐ろしい事を言い始めた。

 

 怖い!どうしちゃったのあーやさん!?

 

「……らがきー……?」

 

 ユキ先生が、おっかなびっくりという感じで声をかけると、彼女はははっとしたように元の笑顔に戻り、

 

「な、なーんて、冗談ですよ?」

 

 そう言ってあーやさんは長い黒髪を掻き上げて優しく笑う。良かった……急におかしくなっちゃったのかと思った。

 

 ……先生に言わせると、あーやさんと私とは見た目の雰囲気が似ているらしい。「姉妹のような感じで絵になるのよね~」だってさ。言われてみれば、外見的には確かに似てる部分があるような気もするけど……。

 でも、笑っていると優しいけど、時々今みたいに変に迫力があるところとか、私より雪乃さんに似てる気がする。なんだか二人は声も良く似てるし……雪乃さんをスタイル抜群にしたらこうなる――みたいな感じかな、なんて雪乃さんに失礼な事を考えていると、

 

「でも、シスコンの変態には気を付けないとダメですよ?」

 

 あーやさんが真顔に戻ってそう言う。

 

「あの、八幡はシスコンだけど別に変態じゃ……」

 

「気を付けないとダメですよ?」

 

「は、はい……」

 

 と、とにかく話題を変えよう。

 

「そういえば前から聞きたいなーと思ってたんですけど、あーやさんって、どうしてFairy Wing のモデルやってくれてるんですか?」

 

「えぇ? 何か変かなぁ」

 

「だって……あーやさんみたいな人気のあるモデルさんがこんな……」

 

 そう、A-YAさん。私と同じ千葉出身で、中学生の頃に読者モデルを経て、その後大手プロモーション事務所に所属してバリバリ活躍してる現役女子大生モデル。○○コレクションとか名のあるショウモデルとしてステージに立った経験もある人気モデル――業界ではそれなりに有名人なのだ。

 Fairy Wingは、ユキ先生も言ってるようにフリルとレースとドレープを看板に掲げたような、ファッションの主流からはやや外れたブランドだ。一部特定の嗜好を持つ層には強く支持されているブランドではあるけれど、メジャー志向のモデルさんが好んで受けるような仕事では無いだろう。

 

 で、私の質問に対する答えだけど、あーやさんによれば、ユキ先生には彼女がプロモーション事務所に所属する前の読モ時代からお世話になっているからなんだとか。「あとは……」と彼女は言葉を付け加える。

 

「中学の時知り合った友達に普段からこういうのばっかり着てた娘がいるんですよー。この前ルミちゃんと二人で撮ってもらった時みたいな黒のドレスに、目もしっかりカラコン入れてたりしてて……それで慣れたせいかな?」

 

「着てた……って、え、アレを普段から、ですか?」

 

 だってこの前私とあーやさんの二人で撮ったのって……今回みたいにライトなのじゃなくて、けっこう本格的な黒系のゴスロリドレスだったんだよ。二人とも紅いカラーコンタクト、黒の猫耳まで着けて……あえて無表情に――人外の姉妹みたいな雰囲気で、というのが先生のリクエストだったっけ。

 とにかく、少なくとも普通に町中でするには相当勇気がいる格好だったはず。あんなのを普段から……。世の中にはすごい人も居るんだなぁ。

 

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 さて、けーちゃん、かぁ。

 

 あの後、結局私がけーちゃんにモデルの件をオファー……というか、一応話を通してみるということになってしまった。

 

 小学六年生の時のクリスマスイベントで知り合ってから何度か一緒に出掛けたりしてるけど(もちろん二人でじゃない。八幡や小町さん、沙希さん・大志さんを含む大人数での時ばかりだ)直接の連絡先は知らないんだよな~。

 う~ん、八幡に頼んで沙希さんを通して……それとも小町さんから大志さんのルートでお願いした方が良いかな……。

 

 そんな事を考えながらの帰り道。先生の事務所から百メートルも離れていない最寄り駅の改札を通り、階段を登って千葉へと向かう電車に乗り込んだ。

 

「あ、やっほー留美ちゃん」

 

「泉ちゃん! 教室の帰り?」

 

 ちょうど乗り込んだ電車で、おそらく美術教室の帰りであろう泉ちゃんと一緒になった。

 奇跡的な偶然……という程の事でもない。彼女の通っている教室のある新都心方面から乗り換え無しで来れる電車はこの時間30分に一本位しか無いし、私も彼女も特に急いでいない限り、比較的空いている上り方一番端の車両に乗ることが多いからだ。

 去年本当に偶々泉ちゃんと一緒になって以来、私は帰るタイミングが近ければ、淡い期待を込めて電車を1、2本遅らせてわざとその時間の直通電車に乗ったりする時もあるんだ。もちろん急ぎの時はしないけど。

 成功率はそれなり、かな。最初の時以降も数回「偶然」会えた事がある。本気で一緒に帰りたいなら待ち合わせでもすれば良いんだけと……そういうのじゃなく、「会えたらラッキー」位のちょっとしたゲームみたいな感覚だったろうか。

 

 ただ、今日はけーちゃんへの連絡の事を考えながらだったから直通電車に乗ったのは本当に偶然。端の車両に乗るのはいつもの事だけど。それに……。

 

「あれ? 泉ちゃんこの時間だったっけ」

 

 泉ちゃんの帰る電車はもう少し早い時間だったはず。

 

「今はあの絵描くのに時間取られちゃうから、週一回だけにして、その分少し遅くまで見てもらってるの。金曜なら次の日休みだし」

 

「なるほどねー。順調なの?」

 

「もちろんバッチリ……と言いたいところなんだけどね……なんだかよくわかんなくなってきちゃった」

 

「え、どうしたの」

 

「何て言うか……寝る前に絵を見て、『うん、なかなか良いじゃん!わたし天才?』なんて思ったはずが、朝同じ絵を見て、『うわー、ここのタッチ下手すぎ。わたし才能無いなー』ってなったり……」

 

「ふふ、なんだか芸術家っぽい悩みだねぇ」

 

「笑い事じゃ無いのよー」

 

 泉ちゃんは小柄な身体を揺らしてぷうっとむくれる。ちょっぴり情緒不安定かな……。うん、やっぱりゲージュツカっぽい。

 

 そんな話をしているうちに電車は数駅先に進み、八幡のアパートの最寄り駅に停車した。

 短い停車時間。今日は特に何がある訳じゃ無い……けど、私はなんだか落ち着かない気持ちになって、ついドアの外、ホームを行き交う人達に向けて視線を泳がせてしまう。

 その様子を見ていた泉ちゃんがニマニマと嬉しそうに笑ってるのに気づいた。

 

「何よ? 泉ちゃん」

 

「えへへ、別に~。恋って凄いなぁとか思ってるだけだよー」

 

 もう……泉ちゃんって意外と恋バナとかに食い付きが良いんだよね。……絢香の悪影響に違いないと私は思ってるんだけど……。

 

 まあ、この情緒不安定になってる親友が笑ってくれるなら、ここは特別に我慢しといてあげよう。

 

 

 

 

 電車は程なく私たちの家の最寄り駅に到着した。

 駅舎を出て広い通りを少し南に歩いた横断歩道のとこで泉ちゃんとはお別れだ。私の家はこのまま通りを進んだ所にあるマンションだけど、泉ちゃんの家はここからやや狭い路地を入って少し奥まった所に建つやや大きめの洋館だ。

 この時間女の子一人で歩くのにはちょっと寂しい道だなという気もするけど、この季節、時間の割にはかなり明るいからかそこまでの不安も感じない。彼女も慣れた感じで、

 

「じゃ、またね~」

 

 と手を振って路地へと入って行った。

 

 振り返ってふと見上げると、ビルとビルの間……まだ明るい西の空に、一際明るい星が強く輝いているのが見えた。あの空の向こう……というほど遠くもないか。あの空のこっち側、くらい? とにかくあっちの方向にはユキ先生たちがいて、八幡がいて……。別々の場所にいても同じ空を見ることはできる。同じ星を見て「綺麗だね」って言うこともできるんだ。

 

 ……決めた。けーちゃんのモデルのこと、やっぱり八幡に相談しよう。これだって立派な「電話をかける理由」だもの。

 そんなふうに、私はいちいち彼に電話をかけるための理由を探している事が多い。

 理由なんか無くても電話すれば良いでしょって自分でも思うけど、八幡に関わる事で理由を付けて何かをしてる自分が嫌いじゃないんだよね。

 

 家に帰った私は、「こほん」と軽く咳払いをしてから、ショートカットに登録済みの八幡の名前に触れて電話をかける。コール音三回半で通話が繋がった。

 

「――もしもし、八幡あのね…………」

 

 

 

 

 *  *  *  *  *

 

 

 

 後日、ユキ先生の事務所兼アトリエには、私と八幡、それに沙希さんとけーちゃん姉妹が揃って訪れていた。

 

 

 

 八幡から沙希さんに話を通してもらったところ、けーちゃん本人もさることながら、沙希さんの方がかなり乗り気だったとか。

 あとはユキ先生とけーちゃんのお母さんとで電話で直接話をしてもらい話は決まったとのことだ。

 

 で、今日は打ち合わせとけーちゃんの採寸のため、八幡の実家の方の駅(沙希さん達の家も最寄り駅は同じ)で待ち合わせをして四人でここにやって来たというわけ。

 

 八幡まで来ているのはけーちゃんのたっての希望によるものだ。

 要するに、けーちゃんが

 

「はーちゃんも一緒ならやる!」

 

 と言ったのに私が便乗して、

 

「八幡、お願い。せっかくだから一度くらい見に来て」

 

 と頼み込み、八幡が仕方無く折れてくれたという話。

 

 

 

 

 

「……そして、これが同意書と契約書ね。それぞれ二枚あるから、お父さんかお母さんに署名捺印してもらって、一枚ずつこの封筒に入れて郵送して下さい。残りはそちらの控えになりますから大切に保管しておいてくださいね」

 

「はい」

 

「あと、こちらに振込先を書いてください。今分からなければ当日でも良いですよ」

 

「あ、今で大丈夫です」

 

 事務員さんから説明を受けていた沙希さんが、スマホの画面を開いてちらちら見ながら色々と必要な書類を書かされている。

 私も前に書いたけど、小中学生が「仕事」をするのには保護者の同意書とか、時間によっては成年者の監督(付き添い)が必要になるとか面倒なことも多いんだよね。

 

 

 

 

 一方、面倒なことはお姉さんに任せ、その可愛らしさですっかりFairy Wingスタッフのアイドルと化していた本日の主役はといえば……。

 

「はーちゃん、るーちゃん、これカッコいい? 美人さん?」

 

 ついさっき採寸を終えて、ちょうど合うサイズの物があった鮮やかなブルーのドレスを着せてもらったけーちゃん。布の衝立で囲まれたフィッティングエリアから飛び出してきた彼女は、八幡に向かって両手を拡げてポーズをとり、いかにも誉めて欲しそうに訊いてくる。

 

「おう、美人さんだ」

 

 そう言って八幡が彼女の頭をぽんぽん、と撫でた。

 

 けーちゃんは八幡に誉められてとっても嬉しそうにしている。

 膝丈のスカートから覗く足先は普通の白いスクールソックスなのがミスマッチで可愛らしい。もちろん撮影当日はちゃんとドレスと同系色のレースをあしらったタイツになるだろうけど。

 

 けーちゃんが八幡に撫でてもらった所を自分の手で触って「えへへー」と笑っているのを見てすっごく羨ましかったけど、ここは年上のプライドでぐっと我慢する。妹の様子を横目で見ていた沙希さんまでなんだか羨ましそうな顔をしていたように見えたのは――気のせい……かな。

 

 けーちゃんが踊るように八幡の周りをくるくる回っていると、必要な話を終えたらしい沙希さんがやって来た。

 彼女はスマホを取り出すと、蕩けるような顔でけーちゃんのドレス姿を何枚も何枚も撮影している。

 ふふ、沙希さんってほんとけーちゃんのこと大好きだよねー。

 彼女はこの春から総武高からすぐの国立大に通っているので、通学路とかでもたまには見掛けることがある。でも大学生してる彼女は凛とした雰囲気で、もちろん今みたいなデレデレした顔はしていない。たまに髪を下ろしてるのも大人っぽくて似合ってると思うんだけど、今日は見慣れたポニーテール姿だ。

 

 

「けーちゃん、今日は来てくれてありがとね。……でも、ドレス本当に似合ってるよ。やっぱり女の子だし、こういうの興味有るの?」

 

 私はけーちゃんにそう訊いてみた。

 

 けーちゃんを一目で気に入ったユキ先生には、あわよくば彼女をスカウトしろなんて言われてもいるし……まあ半分は冗談だろうけど。彼女は体格の割に大人っぽいスッとした顔立ちで、目の表情がはっきりしてるからきっと本格的なゴスロリ服とかも似合うと思うんだよね……。

 でも、ドレスアップしてもらったけーちゃんはこの満面の笑顔。この様子なら案外乗り気になってくれるかもしれない。

 

 ふふ、彼女も女の子としてそろそろ可愛い物や綺麗なお洋服に本格的な興味が出てくるお年頃だもんね。

 

 少し上気してうっとりと夢見るような表情を見せたけーちゃんは、

 

「うなぎを食べるの」

 

 と、最高の笑顔で言った。

 

 ……え?

 

「うなぎ!?」

 

「うん」

 

 うなぎ……ウナギ……鰻……。

 

「けーちゃんごめん。よくわかんない」

 

「あのね、さつえいでしゃしんとったらおこづかいもらえるよって。それでうなぎ食べるの」

 

「それは……」

 

 もちろんこれは仕事で、モデル料をもらえるということを前に八幡が説明していた。つまりそれでうなぎを食べたい、と……。

 

「さーちゃんがね、うちはびんぼーなんだからそんなに何回もうなぎたべれないよって。だからおこずかいもらってみんなでうなぎたべるの」

 

「っちょっ、けーちゃんっ!」

 

「むぐぐ」

 

 いつもクールな印象のある沙希さんが珍しく顔を赤くして恥ずかしそうにしながら妹の口を塞ぐ。

 

 何とも言えない雰囲気で顔を見合わせる八幡と私。

 

「川崎……」

 

「その……ごめん」

 

 沙希さんは消え入りそうな声を出してうつむく。

 

「いや、謝る事じゃねえし。確かに鰻は安くないしな……。なぁけーちゃん、」

 

「むぐ?」

 

 口を塞がれたままで可愛らしく小首を傾げるけーちゃん。

 

「鰻、旨いもんな」

 

「ぷは……うん! みんなで食べるとおいしいの」

 

 けーちゃんは、口を塞いでいた沙希さんの手をぐいっと剥がしてそう言うとにぱっと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 




ドレスに着替えた()()はけーちゃんでしたとさ。

ようやく本編の続き書き始めました。お待たせして申し訳ないです。 
でも、今回はほぼ状況説明回。
ハチルミのイチャイチャが書きたいのにその場面が遠い……。

ゲストキャラに既視感のある方もいるかも知れませんが、多分気のせいですww


ご意見・ご感想お待ちしています。

一言感想・箇条書き感想・だらだら世間話感想とか、
最新話以外の時期外れ感想とかでも全然OKですので是非どうぞ。


3月3日 サキサキの名前(漢字)間違いを修正。
3月6日 誤字修正 報告ありがとうございます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。