ヒューと、冷たい風が吹き抜けた。
その風の、あまりの冷たさに身震いをし、面倒だという気持ちをなんとか押し殺して、目を凝らす。
目に飛び込んでくる景色は、海、海、何処までも海。
その海の上に、ほんの小さなサイズの黒点がないか、ジックリと、ゆっくりと、丁寧に確認する。
だが、どれだけ丁寧に辺りを見渡そうが、黒点が見つかる気配なんで無かった。
「はぁ、面倒なのです……早くプリン食べたいのです」
思わず、あたりに警戒したまま、そう漏らしてしまう。
「……そんな愚痴を、わざわざ通信器具を使い、俺を呼び出してまで言う理由は何だ? 電」
「一言で言うと、とっとと作戦完了の指令を出して、電にプリンを食べさせるのです!」
「うん、真面目に警備任務続けようか」
と、こんな感じに緊張感の無いやり取りをしているのは、説明するまでも無く、『御弓 稔』と、その部下(?)である、暁型駆逐艦四番艦の『電』だった。
こんな緊張感の無い状況に彼女は居るわけだが、まぁ先ほどの様子からもわかる通り、現在電は命を受けて、出撃の真っ只中。
確かに稔の着任した鎮守府には、鎮守府沿岸……詳しく言うと、半径10kmほどの沿岸にしか出撃許可は下りていない。
下りていないのだが……たかが10kmと言えども、いちよう深海棲艦は現れるのだ、いちよう。
なのにこの緊張感のなさと言ったら、もうアレだ。
電ちゃん万歳。
……じゃなくて!
「真面目にやらないなら、絶対プリン食わさないからn……「任せろなのです!! もうニ度とここに現れようと思わなくなるまでに蹂躙してやるのです!!」……別に倒しに行く必要はないからな?」
……返事がない。
多分、通信機切りやがった。
はぁ、と俺はため息を吐いた。
別に出撃してくれる事や、深海棲艦を倒してくれるのは悪いことじゃない。
むしろ週一の支援が増えるので、ありがたいことなのだけど。
ただ、単艦で出撃させるのは、やはり不安だった。
ただでさえ、駆逐艦という火力も装甲も足りない艦なのだ。
ここら辺に出る深海棲艦の殆どが駆逐艦、稀に軽巡だったとしても、現在の電の『17』という練度があるとしても、やはり単艦では不安は拭えない。
例え、稀にしか出てこないはずの軽巡が、なんの偶然か2艦同時に出てきたときに、無傷で夜戦到達の前に両方撃沈させた事があってもだ。
やはり、駆逐艦1艦での出撃は、心配だ。
俺は、そろそろ頃合いかと時計を見て思い、通信機を再びセットする。
「あー、電。そろそろ帰還しr……」
「敵の駆逐艦2艦を確認なのです!」
「……え〜〜」
このタイミングでかよ。
「あー……気づかれてる?」
せめて気づいていなければ、帰還する事は可能だが……。
「電の本気を見るのです! ウラァーーー!!」
「……」
ダメだこりゃ。後キャラ多分違う。
この通信機の様子じゃ、間違いなく突撃しやがった。
確かに相手も駆逐艦だし、練度的にも大丈夫のはずだが。
「あー、本当不安だな。頼むから轟沈とかやめてくれよ」
そう、祈るしか俺には無かった。
目の前に居るのは、深海棲艦、駆逐イ級×2。
戦力としては、恐らく最も弱い分類に入る奴らだ。。
弱い1が2になったところで、連携などが出来ない限り、それは3にはならない。
つまり……
「電の本気を見るのです! ウラァーーー!」
電に負ける要素は無い。
ここからは作業だ。
まずは右手に装備している主砲を、右のイ級目掛けて放つ。
電とイ級の距離は約700m程。
これが仮に戦艦……いや、重巡だったとすれば、射程範囲内なんて余裕だろう。
しかし、電は駆逐艦。
駆逐艦の射程はお世辞にも長いとは言えず、まぁ、当然のように外れてしまう。
だが、これでいい。
もともと当てようだなんて思っていない。
これは、一種の"ルーティン"なのだ。
一発、射程範囲外から打ち、どれだけ惜しく外してしまったかによって、自身の今日の状態を確認する。
一発を放つたびに馬鹿にならない量の資材が吹っ飛ぶ戦艦には、決して出来ない(と言うかやったら多分切れられる)事だ。
そしてその行動は、ある意味では牽制にもなる。
当然射程範囲外から、当てる技術なんて持っていない。
しかし、それでも自身が狙われているとなると、咄嗟に回避運動を取ってしまうのは、艦娘、深海棲艦、共通だ。
そして、今回電に狙われたと"錯覚"したイ級は、やはり、回避運動を取ってしまい、大きく左にそれる。
その隙を見逃してやるほど、暁型駆逐艦4番艦『電』は、あまくない。
即座に最大スピードで突撃。
瞬く間に……そう、まるで"瞬間移動"していると、思わず錯覚してしまうくらいの速度で、電はイ級に突撃する。
その時、艦娘の必需品である艤装についている、錨を手にするのも忘れない。
そして、イ級が突撃してくる電に向けて主砲を向けた瞬間、それを予測していた電が、先に砲撃。
それはイ級に直撃するものの、やはり駆逐艦と言うべきか、小破以上ではあるが、中破未満、という形になってしまう。
だが、駆逐艦の……電の真価は、砲撃ではない。
それは……
「なのです!!」
ついさっき手にした錨。
そう、"近接攻撃"だ。
電は、たったの5mを一気に駆け抜け、そして手にした錨を、思いっきり……イ級の脳天らしき所へ、振り下ろした。
途端に響くは、痛みから来るであろう叫び声。
錨が突き刺さった部位は大きく歪み、穴が開き、そこからは真っ黒な臭い燃料のような物が漏れる。
だが、こんなのでは終わらない。
電は、ニヤリ……と笑顔を浮かべ、突き刺さっている錨に、更に力を加えた。
最初はギギギィ、という音で、なかなか動かなかった錨も、ほんの数秒でどんどんと、グチャグチャと、めり込んで行く。
そして、もう貫通するするという所にまで迫ると、一気に力を入れ、力の限りに、イ級の脳天を貫いた。
断末魔の叫びは、響かなかった。
ただ、そのイ級だった物は、沈んでいった。
バラバラに、壊れて。
だが、それだけでは終わらない。
電が沈んでゆくその欠片から目を離し、もう一体のイ級に目をやる。
……そのイ級は、怯えたような、そんな雰囲気を出しながら、電に向かって突撃してきた。
俺って戦闘シーン、途轍もなく下手だな。