ロズワール本邸の、宛がわれた部屋の中。いらないとは言ったのに並ぶ豪奢な調度品。そのせいでまだ落ち着かない部屋で、今日も今日とて机に向かって勉強だ。今日こそは、しっかりお勉強しなければ。読んでいるのは、北方はグステコの風俗について書かれた本。ルグニカとは気候が違うので、当然服飾品も違ってくるし、育つ作物やそれを使った食生活も異なってくる。大事だと思う点のメモを取りながら、分厚い本を少しずつ読み進めていく。
……そういえば、グステコには黒髪黒目の人がいるという。わたしの騎士、スバルも黒髪黒目だし、もしかしたら彼は北方のグステコの出身なのだろうか? でも、その割にスバルは寒さにはそんなに強いわけじゃなさそうだし。ただ単にご先祖様がグステコの人だったとかだろうか。スバルの出自は未だに謎が多くて、他の皆がよくあることないこと言っている。一度本人に尋ねてみたんだけど、大瀑布の向こう側だよ、なんて冗談でかわされてしまった。他の人ならともかく、主のわたしにくらい言ってくれてもいいのに。スバルがそうだったように、わたしだって何処で生まれたかとか、どういうふうに育ったとかそういうことでスバルを見たりしないのに。ただ、スバルのことをもっともっとよく知りたいだけなのに。ふんだ。
さらに言えば、スバルの育ちも謎よね。屋敷に来てすぐにいっぱいいっぱいになってたりとか。ルグニカの常識とかはすっからかんだったし。でも、スバルは一度習ったことはたちまち覚えてしまう。きっと、すごーくいい教育を受けて来たに違いない。たまにわたしたちが全然知らないことを知っていたりするし。ますます謎だ。スバルは一体どういう家に生まれて、どんな風に育ったのだろうか。スバルにだってちっちゃいころがあったはずだし、そのころの話とかも聞いてみたい。どんなわんぱくだったんだろうとか、どういうことで叱られたんだろうとか。スバルのことだからきっと――
トントン
突然ノックの音が聞こえた。ちょっと、ほんのちょっぴりだけびっくらこいちゃったけど、この時間に一体誰が来たんだろう。スバルだろうか。そうだといいな。ちょうど、たくさん聞きたいこともあるんだし。
「はい、どうぞ」
返事を確かめて、ドアがゆっくりと開く。見えたのは黒髪黒目のわたしの騎士――ではなく桃色の髪にかわいらしいプリムホワイトブリムを乗せ、何故だか露出の多い白と黒のメイド服を纏った、背の小さな女性、ラム。尋ね人が彼でなかったことを、少し、ほんの少しだけすごーく残念に思いながら、その姿を見つめる。
「エミリア様。ラムのこの世で一番美しい顔に、何か付いていますか?」
「ううん、大丈夫よ。ラムの顔、今日もすごーく綺麗」
当然です、なにせラムの顔はこの世界の至宝ですから、と少し控えめな胸を張って、いつも通り誇らしげに返すラム。その自信、わたしも見習わなくっちゃ。それはともかく、わたしの方を見て、はあ、と嘆息するラム。うっ、やっぱり気付いちゃうよね。
「エミリア様、最近、勉学の方に打ち込めていないようですが」
「……うん、そうなの」
――そうなのだ。最近、お勉強のペースがだんだんと落ちてきている。昔、ロズワールの別邸にいた時なら、先ほど読んでいた本など、メモを取りながらでも3日ほどで読み終えていただろう。だというのに、ここ最近は1日で10ページほどしか進めない。この調子では、この本を読み終えるのに1ヶ月ほどかかっちゃう。今日に至っては、もうお昼過ぎだというのに1ページほどしか進んでいない。これでは、いつまでたってもお勉強が終わらない。今日の進み具合を確認したラムが、見かけはめんどくさそうに、しかしどこか心配げに尋ねてくる。
「一体、どうされたのですか? 何か心配事でも」
心配事。これは心配事なのかな? しかし、なぜだか他の人にこれを言うのは恥ずかしい。良くわからないけど、いつの間にかスバルのことを考えちゃって、それで勉強に身が入らないなんて。ラムに見つめられながら、何度か口を開きかけてその度に閉ざすということを繰り返して、幾度目かでようやく言葉にすることができた。
「実は、ね。ちょっと、スバルのことで」
スバル、の3文字を聴いた瞬間、ラムの表情に大きな変化が訪れる。ああ、聞かなければ良かった――そんなラムの心の声が、こちらまで聞こえてくるようだ。
「……チッ」
「あ、今、すごーく嫌な顔した!」
あげく、舌打ちまでされてしまった。ラムはそんなにスバルのことが嫌いなのだろうか。食事のときなどすごーく仲が良さそうに喋ってるのに。ずきん、と心のどこかが痛んだ気がした。――なんで? スバルとラムの仲がいいのは、とっても良いことなのに。胸が痛くなることなんて、ぜんぜん無いのに。嬉しいことなのに。そんなわたしの心を知ってか知らずか、ラムはいつものように言葉を続ける。
「そんなことはあります。それで、バルスの愚か者がエミリア様を一体どんな風に辱めたのですか?」
「ん? 何か変だったような……。それはとにかく、スバルが何かしたわけじゃないの」
さらに面倒くさそうな顔を浮かべるラム。 し、しかたがないじゃないの。ずっとスバルのことを考えてしまうだなんて、口に出すのすごーく恥ずかしいんだから!
「では、一体なんなのですか?」
今度こそはっきり言えと、その桃色の瞳に詰め寄られている気がした。うう、恥ずかしいけれど、いわなきゃだもんね。
「……その。最近、あんまりスバルと会えてなくて。それで、ずっとスバルのこと考えちゃって」
案の定、何をおっしゃってるんですか? といわんばかりの視線を向けてくるラム。ついに口に出してしまったことと、ラムにわかってもらえないことで、恥ずかしさは倍増だ。耳とか、赤くなってるかも。
「毎食毎食、顔を合わせていると思いますが。それに毎朝、ラジーオタイソウ? を一緒になさってるはずでは?」
「う、うん。そうなんだけど……。なんというか、その、前よりもスバルと会う時間が少なくなったの。だからなのか、ずっとスバルのこと考えちゃって」
そうだ。明らかに、一日のうちでスバルと過ごす時間は短くなっている。ロズワールの別邸のころ、スバルが屋敷に来てしばらくは、朝晩に精霊とお話しするときや、たまに他の時間にもスバルとお話できていた。それが、今では三食と朝のラジーオ体操の時間だけで、他の時間にはスバルは忙しく屋敷内を走り回っているし、夜はレムさんとお話しをしている。スバルがわたしの騎士になったから色々しなければならない、というのはわかっているのだが、それがなぜだかすごーく寂しくって。もっと、お話したいなって思っちゃって。でも、ラムにはそんな考えは伝わらない。
「どうやって辱めてやろうか、ですか?」
「そ、そんな変なこと考えないもん! ……今何処で何してるんだろうとか、スバルの好きなものってなんなんだろうとか、スバルはこれまでどんなところでどう育ってきたんだろうとか、ちっちゃいころはどんな子だったんだろうかとか。何でかはわからないけど、そんな取り止めの無いこと考えちゃって。それで、なかなかお勉強に集中できないの」
慌てて、ラムの危険な考えを打ち消す。スバルにそんなことしようだなんて、全然思ってないんだから。でも、わたしの言葉を聴いたラムは、なぜだか、いつもけだるげにしか開いていない目を、はっきりと大きく開けていて、どうにも驚いているみたい。
「いえ、驚きました。……なかなか重症ですね」
「重症!? わ、私病気なの?」
がつん、と頭を殴られたような衝撃を感じる。そうなのか、――知らなかった。もしかして、大変な病気か何かだろうか。
「ええ、それも重篤な。ともかく、おこさ……いえ、エミリア様は病気です。今すぐバルスに会って、さっきラムに語ってくださったことを言ってきてください」
「わ、わかったわ。それで、どうしたら良い?」
「それは、バルスに聞けばわかるかと。ほら、ぽんこ……ではなく、エミリア様。病気が悪化する前にお早くバルスのところへ」
それを聞いて、わたしは部屋を出る。すぐにスバルに会わなくっちゃ。今の時間帯なら、屋敷の中にいるだろうか。でも、スバルに会える、スバルと話せる。病気だというのに、そのことがとっても嬉しくて。はしたないとわかっていても、思わず廊下を走りだす。
「全く、あのお子様は……」
そんな、呆れたような呟きが、後ろの方から聞こえた気がした。
「スバル!」
スバルは、廊下に一人でいた。すーはーすーはーと深呼吸してあがっていた息をしずめる。
「うん? エミリアたん? そんなに急いでどったの?」
わたしを覗き込む、心配げな優しい瞳。それに見つめられると、何故だか心がぽかぽかして、胸がどくんどくんと力強く脈を打ちはじめる。あがっていた息は、もう静まったはずなのに。スバルと一緒にいるだけで、その姿を見るだけで、すごーく嬉しくて。楽しい気持ちを抑え切れなくて。――そこまで考えて、思い出す。わたしは、病気なのだ。何の病気なのかはわからないけれど。
「え、エミリアたん? そんな泣きそうな顔しないで。 ――オットーのやつにセクハラされたのか? くそっ、やっぱりあいつは簀巻きにしてリーファウス平原に置いてくるべきだったか」
わたしの顔に浮んでいるだろう憂いの表情を解釈したスバルが、オットーくんへの偏見のもと、彼をけなし始める。そうじゃない、そうじゃないの。
「ち、ちがうの、スバル。オットーくんは関係なくって。その、ラムに言われたの。……わたし、病気なんだって」
「び、病気! 大変じゃないか! くそっ、フェリスに連絡を取って一刻も早く見てもらわなきゃ」
病気だと告げたとたんに、青くなるスバルの顔。王選の最中に病気になって、万一にも途中離脱してしまったらまずい。彼も、そう思っていてくれるのかな。あるいは、スバルは、わたしのことを心配してくれているのかな? ……もしそうだったら、嬉しい。なんでそう思うのかは、わからないけれど。
「そ、それで、一体何の病気なんだ?」
「それが、その……」
うう。ここに来て、少しだけためらってしまう。スバルを前にしてスバルのことばっかり考えている、だなんていうのはとても恥ずかしい。でも。真剣に心配げにわたしを見ている彼に、言えないだなんて言えなくて。
「その、ずっとスバルのこと考えちゃうの。お勉強してるときも、スバルは今何してるんだろうとか、スバルが小さかったころはどんな子供だったのかなとか、ずっとそんなことを考えちゃって。それで、お勉強に身が入らなくなっちゃったの……」
「ひうっ!?」
スバルが、急に変な声をあげる。び、びっくらこいちゃった。おまけに、わたしを見ている顔も赤くなっている。耳までまっかっかだ。
「そ、それが症状なのか?」
気を取り直して、わたしに問いかけるスバル――顔を赤らめたまま。そういえば、ラムに言った症状はこれだけじゃなかった。
「そうなの。でもそれだけじゃなくて。スバルと最近会う時間が少なくなって、ちょっと寂しいなとか。もっといっぱいお喋りしたいな、とか。そんなことも考えちゃうの。やっぱり、わたし何かの病気なのかな? ――って、スバル?」
おかしい。スバルの様子が変だ。一度は収まりつつあった赤い顔は、逆に赤みを増しているし、なんだか身を捻っているし、それよりもうわごとみたいに、どどどどどどどうしよう、って呟いているし。不思議に思っていたら、スバルは口を開いて。
「ええええみりあたん俺はちょっとこれからラムを問い詰めてちょっと色々聞いてくるからごめんちょっとこれで失礼するよまた夕食のときに会おうあでも俺はちょっと今日の夕食はパスするかもしれないからそれじゃあまた会おうエミリアたん」
そう一息に言い切って、そのまま、あらぬ方向に駆け出していく。あまりのことに、ただスバルの後姿を見送ることしか出来ない。……あ、足がもつれて転んだ。でも、いやにすばやい動きで立ち上がって、そのまま視界の外へ消えていく。――スバルとまた離れてしまった。そのことに少し寂しさを感じて。そしてはたと気付く。
スバルが慌てていたのは、あの様子を見れば明らかよね。だとしたら、一体何に? ――そんなの決まっている。わたしの病気にだ。どうやら、わたしの病気は相当大変なもののようだ。
「すばる……」
もう、彼ともお別れになってしまうのだろうか。皆に申し訳ないとかそういうことよりも、そのことがとても悲しかった。
夕食は食べる気にならなかったから、部屋までわたしを呼びに来たラムにそのように言っておいた。作った分は無駄になってしまうかもしれない。ごめんなさい、フレデリカ。
でも、それよりも。部屋に来たラムの、わたしを見つめる目がひどくやさしくて――なんというか小さな子供を見ているかのような目でわたしを見つめていて。それが少し気にかかった。
それからしばしして月が輝きはじめたころ。また、トントン、とノックの音が響く。なんだか、控えめなノックの音。彼だろうか?
「どちらさま……ですか?」
それを肯定と捉えたのか、ゆっくりとドアは開いていって。現れたのは、豪奢なドレスに身を包み、金色の髪をくるくるとしたツインテールにまとめている少女――ベアトリス。わたしの姿を認めるなり、声をかけてくる。
「エミリア、どうして夕食に来なかったかしら。みんな心配してるのよ」
ベアトリスは変わった。――スバルと契約をしてから。つんけんとした態度は幾分かやわらかくなっても表面上変わっていない。だけど、他の誰かを気遣うようになった――特に、スバルを。スバルも、ベアトリスのことを大切に思っていることが横から見ていても伝わってくる。二人のやり取りは言葉上はなかなか過激なこともあるけど、それでもその言葉の裏にある相手への信頼や想いというものは、誰にも否定できないと思う。
ずきん、と胸が痛んだ。――まただ。最近、こういうことが良くある。さっきも、ラムと仲が良さそうだと考えたときに何故だか胸が痛くなって。他にも、スバルが女の人と話していたり、特に仲が良さそうだったりすると、よくわからないけれどちょっと嫌な気持ちになってしまう。なんでなんだろう?
でも、ベアトリスがわたしを心配してくれていることは変わらない。
「ありがとう、ベアトリス。優しいのね。」
「――っ、別に、ベティーは心配してないのよ! あくまで、あくまでもみなを代表して来ただけかしら!」
思わず、笑みがこぼれる。ちょっと素直じゃないだけでやっぱり、この子は優しい。彼と仲がよさそうだというだけで、すこしもやもやとしてしまうわたしとは違って。こほん、と咳払いをした後でベアトリスは目的を果たそうとする。
「それで、一体何があったのかしら」
心配げにこちらを見つめている少女。その声も、少しわたしを気遣っているようで、少し嬉しくなる。ありがとう、ベアトリス。なら、その心配に、きちんとした答えを返してあげなくちゃ。
「その、わたし、病気になっちゃったみたい。ラムが言ってたの。重篤な病だって」
ベアトリスの、綺麗に整った顔に暗い影がさす。うん、ごめんねベアトリス。わたし、実はもう長くは無いのかもしれない。
「一体、どんな病気なのよ。症状がわかれば、図書室で治療法が見つかるまで探すかしら! 絶対に、救ってみせるのよ!」
ほら、やっぱりベアトリスはいい子じゃない。わたしのために、一生懸命になって。このことを語るのはやっぱり恥ずかしいけど、いつまでも隠し通せることじゃない。それに、スバル本人に言うのにくらべれば、ベアトリスに言う恥ずかしさなんてへっちゃらなんだから。
「……うん、それがね。ずっとスバルのことを考えちゃう病気みたいなの」
「――はぁ!?」
みれば、ベアトリスはすごーく驚いているようだ。そんなに有名な病気なんだろうか。常識にとんと疎いスバルですら知っていたみたいだったし。
「その、ずーっとスバルのことを考えちゃって、スバルと一緒にいたいな、とか、お喋りしたいな、とかそんな風に考えちゃう病気なの。ねえベアトリス、わたし、死んじゃうのかな?」
口に出してから、思う。――それは、嫌だ。スバルともっと一緒にいたい。いろんなことを喋りたい。彼のことをもっとよく知りたい、叶うならずっとそばにいたい。でも、ベアトリスが言ってきたのは、意外なことで。
「それ、本気で言って――るのかしら、エミリアは。だとしたら、にーちゃは何をしてたのよ! ……にーちゃを殴りたくなったのは、はじめてかしら」
彼女は、何を言っているのだろう。わからない。何故今パックが? 疑問は増えるばかりで、一向に消えてくれない。困惑しているのをわかってくれたのか、ベアトリスはわたしの手を引いて、どこかに連れて行こうとする。
「……エミリア、ちょっとこっちに来るのよ」
「? 一体、どういう……?」
「い、い、か、ら! 早く来るかしら!」
最近のベアトリスにしては、珍しく強い口調と態度。それに導かれるがままに、わたしたちは足を進め始めた。
月明かりが差し込む部屋で、わたしは本を読んでいる。机の上に明かり代わりにおいているラグマイトの光が、すこし明るすぎるぐらいに古ぼけて茶色いページを照らしている。
ベアトリスに連れて行かれたのは、ロズワール新邸の図書室だった。流石に、かつてベアトリスが守っていた禁書庫ほどの量は無いけれど、それでも十分すぎるほどの本が所狭しと並べられている、すこし埃っぽい部屋。そこで、ベアトリスは一冊の本を差し出してきた。
『これを読めば、全部わかるかしら』
『これは医学書か何かなの?』
『そういうのじゃないのよ。ともかく! 一刻も早くそれを読むかしら!』
良くわからないけれど、とにかく読めと有無を言わさない口調でいわれて、目をしょぼしょぼさせながらページをめくる。でも、これって。
「これ、普通の物語じゃない……」
そう、これは普通の物語だった。ある少女がある男の子に助けられて、その男の子に恋をするというのが始まり。正直ベアトリスが渡す本を間違えたのか、と思ってしまったけど、何故だかこの恋の行く末が気になってしまって。眠い目をこすりながらページをめくる。
物語は、やがて少年と離れ離れになってしまった少女が、彼のことを想う場面にさしかかる。そこで、ふとページをめくる手が止まる。少女は、ずっと少年のことを想ってしまい他の事に手が付かなくなる。もっと彼のことが知りたい、彼は今何をしているのだろう、そんな考えが彼女の心を占めて離さない。何故だろう、最近何処かで同じようなことを聞いた気がする――。
――スバルだ。わたしも、彼のことをずっと考えている。それで、他の事に手が付かない。まるで、物語の少女のように。ふっ、と『恋の病』という言葉が浮んだ。え、つまりそれって。
――熱い。気付いてしまったことに、顔から火が出ちゃいそうだ。風に当たりたくなって、部屋に備え付けられている窓へ少し早足で向かう。何故だか、じっとしていられない。
窓を開けると、びゅう、と思ったよりもずっと強い風が吹き付けてくる。びっくらこいてしまって、慌てて窓を閉めた。でも、そこにとどまってもいられなくて。なんだか気になってしまう、つけっぱなしのラグマイトを消すために再び机に近寄る。明かりを消した後も、なんだか落ち着かなくってベッドの方へ。……うん。わたし、わたわたしてる。
ベッドに体を横たえて、ひとごこち付く。でも、またそのままじっとしてもいられなくなって、枕がいつもと少し違う位置においてあることに気がついたのをこれ幸いと、そちらの方に這っていく。枕に手が届きそうになって、ふと、枕元においてある猫のぬいぐるみを見てしまった。
『――! 好きってだけで信じられねぇんなら、誰が好き好んでお前みたいな面倒な女のために、こんな苦しい思いまでして助けにこなきゃならねぇんだ!』
――っ! もう、完全に頭がどうにかなってしまいそうだ。胸も、これまでなかったほどにどきどきしていて、とても苦しい。あのぬいぐるみは、パックと会えなくなったわたしが寂しくないように、と彼が作ってくれたもの。それで、彼を思い出してしまった。ついでに、聖域での彼の言葉を。
時の歩みが止まった、冷たいあの墓所で。わたしたちは言葉をぶつけ合った。その中でも、ひときわわたしの心に刻み込まれた言葉。お前が面倒なやつだなんて知ってる。でも、好きだから信じられる、信じていると。これ以上速くなんてならないと思っていた鼓動が、ますます早さを増していく。
そのまま、手に持った枕を手繰り寄せて、ぽすっと顔をうずめる。ど、どうしよう。わたしたち、両思いだ。好きな人が、わたしを好きで居てくれることが、こんなに嬉しいなんて思いもしなかった。そのまま、ベッドの上を右へ左へのた打ち回る。どうしよう。どうしよう。どうしよう。本当にどうしよう。わからない、わたしはどうしたいのか、どうしたらいいのか。
――でも、ひとつだけわかること。
「……今夜、寝れるかしら。わたし……」
未だ収まらず、力強くどくんどくんと脈打つ胸に、無理だと言われた気がした。