「あー……疲れましたわー。やってらんねーっすわー」
一面白い壁紙の、殺風景な部屋にかすれた声が響く。言葉の主は部屋の端に置かれたビーズクッションの上、濃緑色の布の塊であった。その疲労の原因はまだカルデアに滞在しているにもかかわらず、
「おや、ロビンフッドか。ちょうど良い、前々から聞きたいと思っていたんだが君の……」
「勘弁してくださいよ。こちとらこの二日間
両手でこんもりと洗濯物の積まれた籠を抱えた白髪の男が何事かを尋ねようとしたものの、ロビンフッドと呼ばれる青年は疲れ切った声でそれを遮った。
あのランサー。クレオパトラの治めていた特異点に限って、一時的な協力を得られたというヴラド三世のことだ。カルデアと契約しているどのサーヴァントよりも強大な力を持つ彼は、しかし彼自身が「正義」と認めたもの以外とは決して行動を共にしなかった。その価値判断が絶対のものであるとは彼らのマスターも、ロマニ・アーキマンも、そのほかの辛うじて生き残った人間たちも思ってはいなかったが、それでも無理に否定することはなかった。他のサーヴァントと共に暮らすことを受け入れたとき、彼は改めて召喚に応じるだろう。それまで待てばいい、というのがロビンらの召喚者の言で、他の者たちも多少の異論はあろうがそれに従うことにしたのだった。
「ヴラド公か」
「えーそうですよ。アンタあたりが代わりに行くんじゃダメだったんですかねえ」
「いや、私は善性のものではない。彼に認められることは――」
「いやいやいや。なんの冗談ですか。アサシンの方が認められてんだからアンタも『正義』ですよ」
善と正義は別のものだ。少なくともかの武人の中ではそうなのだろう、とビーズクッションに座り直した狩人は思った。自身の霊基特性が善であること自体疑念があるがそれはさておき、シャーウッドの弓兵は正義ではないと彼は思っている。彼にとって正義は森の中ではなく、騎士の鎧に宿るものだった。仕掛けた罠の毒にではなく、女王に捧げる剣に在るものだった。
「彼、が……?」
エミヤ[アサシン]。生前の名を、衛宮切嗣。
「そーですよ。何せさっきまで一緒に連れ回されてたんだから間違いありませんって」
アラヤの守護者というのは正義の味方ではないかもしれない。それは無慈悲で残酷な、そして常に正しい「正義」そのものだ。寝物語を卒業した子供たちに送られる、神の物語の住人。正義になれなったものからすれば「エミヤ」は、森の精霊にも近しい秩序そのものだった。
「私たちなどより、よほど正義の名にふさわしいサーヴァントがいくらでもいるだろうに」
そう良いながらエミヤには、その一人称が誰と誰を指すものなのか自分でもよく分からなかった。ただ一つ確かなのは、「ロビンフッド」は善であると言うこと。床に降ろした籠の衣服を畳みながら、投影術師は当の本人が知ったらその場で姿をくらましそうな思考を重ねる。誰にその報いを求めることもなく、無辜の民を苛政から守り続けて死んだ弓手。結局守護も救いも与えること叶わなかった自分とは大違いだ、とかつてエミヤシロウだった男は思った。
「全くだ」
エミヤは世界を救済するものである。ロビンフッドは村を救った存在である。
衛宮士郎は人々を救えないままに吊された。その青年は善とも正義とも呼ばれることなく犯罪者として撃たれて死んだ。
そして彼らは二人とも、カルデアに来ることのあり得ない人間を殺め続けてここにいた。