令嬢戦記 作:石和
待たせたな…
これからも待っていてくれよな…
統一歴1924年11月16日 北方方面軍司令部参謀会議室
薪のはじける音と葉巻に火をつけるべくマッチを擦る音に支配された空間。この会議の主要出席者は、北方司令部所属の参謀将校ラーゲリ上級大将、シュライゼ中将、ウラーグノ北方方面司令、そして中央所属の参謀将校ルーデルドルフ少将。喫煙者たちが各々火をつけ終え、コーヒーとミルクが出席者に配られ終えるのを待つ。すべてが整い、会議の開催を宣言しようとした北方司令部の参謀将校に対し、ルーデルドルフが先に口を開く。
「会議に先立ち、現場で働いた士官の意見が聞きたい。よろしいかな?」
北方司令部の参謀将校たちが否定しないのを見て、ルーデルドルフは召喚したい将校の名前を告げた。北方側から賛同を得るなり部下の名前を呼べば、ドア際に立っていた部下は待っていたとばかりに閣下ご希望の将校――北方付き旅団指揮官級の野戦将校が幾人かと中央所属の野戦将校デグレチャフ少佐――を部屋へ招き入れる。手際が良すぎることからあらかじめ呼んであったことが見て取れたため、北方司令部の参謀将校は苦い顔を浮かべることになった。
「バーナード少佐、貴官もだ」
「はっ」
さらに一人、手際の良い部下もとい、中央所属のバーナード少佐が増えた。自分を嫌そうに見てくる北方司令部の参謀将校たちを帽子の下の笑顔でさらりと流し、増えた人数分のコーヒーを淹れて各員に渡す。仕事を終えたと言わんばかりにデグレチャフ少佐の横に並んで座る、そのタイミングを狙ったかのように北方方面軍の従卒がミルクを目前に置いた。そのことに彼女はほんの少し口をゆがめたが、それに気づいたのは中央所属の他の二人だけだろう。
「さて。貴官らを呼び出した理由だが…いやなに、難しい事ではない。現場で働いた士官、つまりは貴官らの意見を聞きたいだけだ」
では、君。一人の将校を指定するルーデルドルフ少将の声で会議は始まった。
皆さんごきげんよう。ユリア・バーナード少佐です。ええ、生きています。生き抜きましたとも。一緒に訓練した人たちからの報告書に「シャベル姫」「脳筋」「錆銀とは違った狂気」とかいろいろ書かれていて落ち込みましたが私は元気です。元気ですからね。現在私は令嬢らしく笑顔を浮かべつつ、軍人の仕事として会議に参加しています。私の視線の先では北方方面軍に属する方々が異口同音に「進軍し、攻撃するべき」と唱えたところです。あまりにも想定通りの発言なので気分がいいです。
え?想定通りでいいのか?お前の主張と食い違うぞ?――――ええ、良いのです。私の主張はこれから通されますので何の問題もありません。むしろ台本ばりにうまく事が運んでいます。最高です。
というのも、ここしばらく北方方面軍の状況を分析した結果、ルーデルドルフ閣下の意見としては「オースフィヨルドへ向かう」で纏まったのであります。だって、どう工作しても北方の方々は脳筋かつ戦闘狂でどうしようもならなかったし、協商連合の厳しい冬の中で戦闘がしたいらしいのです。なので、ルーデルドルフ閣下の約束である越冬作戦の提案はするだけして、どうせ蹴飛ばされるのでむしろ盛大に彼らの怒りを焚きつけるのが私のお仕事となりました。もう仲良くなろうとか考えてないですね。まあ、オースフィヨルドの作戦が成功すれば北方方面軍は囮扱いで立つ瀬もなくなるのです、それでいいでしょう。私たちはちゃんと道を作ってあげようとして、それをはねのけたのはそちらですから。自業自得、すべて解決。
そうこうしているうちにターニャちゃんが意見を述べ終えました。あちら側がブチ切れて聞く耳も持たず、ターニャちゃんは手袋を華麗に投げつけて退場。うーんいい感じ。これも台本。知らない間に組み込んでごめんねターニャちゃん、でもあなたのそういう思考はこういう時頼れると思う。合理性を追求し、かつ他者の心情理解に欠けてて都合がいい。
「ついでだ、バーナード少佐。貴官も意見があれば言え」
ルーデルドルフ閣下のセリフに短く返事をして立ち上がる。姿勢を整え、畏まって口を開く。
「意見具申の前に一つ、私の質問にお答えくださいませんか」
苛立つ将校たちが是としたので、私は少し怯えているかのようなふりをしつつ、
「軍大学の卒業論文で、『戦史における帝国軍と今次戦争について』という論文をお読みになった方はいらっしゃいますか?」
ヒットしたならば確実にこの会議場を吹っ飛ばすであろう爆弾を投げ入れる。そして、それはクリティカルヒットらしい。将校たちの抑えられていた怒りが燃え上がり、頭に血が上っているのが見てわかる。わざと被っていた帽子を脱ぎ、シニヨンを解いて後ろで適当に束ねる。そして令嬢スマイルを剥がせばあら不思議。
「貴様、あのバーナードか!」
「…参謀の皆様はご存知でしたか。ええ、小官が執筆した論文であります。さて、知るところとなれば話は早い」
野戦将校はぽかんとしているが、参謀将校たちの怒りは凄まじい。あまりの緊張感と敵意に押されたのか、魔導将校においては事情の読めないまま宝珠に手をかけた。良い判断だが、ここは味方しかいないのでやめたほうがいいと思う。
「これから冬になります。こちらの冬は帝都とは違って厳しい冬なのだそうですね。私は厳冬の状況がどんなものか知りませんが……帝国の兵器に使われる潤滑油は寒さに比較的弱いこと、備蓄された装備が通常装備しかないことから兵器の故障と兵士の凍傷による離脱が予測されます。装備、人員、物資すべてを激しく損耗することから冬は合理性においては最悪な環境でしょう。負けないために必要なものを悉く失うのですから」
一息。そして久々に浮かべる気楽な笑み。
「ですので小官はデグレチャフ少佐の意見を支持します。戦わずして後退し、態勢を整えて越冬するべきかと。無駄な損耗が兵糧だけで済むならそれが一番合理的で最善でしょう。――――『冬季に短期決戦を目論むなど論外なのである。勝ちたいという思考ではなく、負けないという思考でなければ、四方を囲まれた帝国に未来はない』」
読んだ覚えがあるらしい。非常に不満そうだ。私はミルクを手に取り、コーヒーへと注ぎ込む。カップを持ち上げると口をつけ、一口口に含んでいつもより甘いその味に顔をしかめる。ああ、入れなければよかった。不機嫌さをむき出しに、セリフを重ねる。
「北方方面軍はいささか血の気が多すぎます。少し立ち止まって、負けないことを考えてはいかがですか?あまり勝利にこだわると、このコーヒーとミルクが無くなってしまいますよ?」
「――――貴様!中央に帰れ!そして見ていろ!我ら北方方面軍が協商連合を短期で打ち破るさまを!戦闘もまともにできない臆病者には成しえぬことを成す様をな!」
北方方面側が激高し、会議が紛糾する。ターニャや私が推し進めた意見は問答無用で破棄され、ルーデルドルフ閣下はこっそり満足そうに口角を少し上げた。それを見て、私も最後のセリフを告げる。
「ええ――――期待していますわ」
とても満足したような響きに聞こえていればなおよいのだが、どうだったかな。
「よくやった、バーナード」
「ありがとうございます。仕込みがうまくいって良かったです」
我々がしていた仕込み、それは呼び出す現場将校のピックアップであった。中央の意向に反すること、つまり北方方面軍にとって都合の良い事を話すこと、また我々の思惑をぶち壊さないよう話してくれるであろう人間を大量の報告書やら書類の中からピックアップして召喚し、最終的にデグレチャフ少佐もしくは私に中央の意向に沿う発言をさせて会議をぶち壊す。おかげで私はなるべく早めに北方方面軍司令部から出ることになるだろう――――身の安全のために。
すべては前任者が浮かれて大陸軍を引っ掻き回したせいだ。『決してこれ以上我々から敵国へ攻め立ててはならない』の文章が盛り込まれた私の論文でぶった切られた彼等のせいで中央は北方に対して変に気を回さなくてはいけなくなったからこの任務が発生したのだ。まあ結局なかよしどころか私の論文で中央と北方の関係までぶった切ったけれど、どうせ花を持たせてやるのだから問題ないとはルーデルドルフ閣下の言。
「これであいつらはいい囮になるだろう。あとはデグレチャフ少佐がどう動くか……」
「心配ご無用です。合理的に戦うのが好きですからね、彼女は確実に喰いついてきます」
ノックが響くとともに従卒が部屋へ入ってくる。そして、来客を告げる。
「ほら、来たじゃないですか」
客の名はターニャ・デグレチャフ。
「では閣下、私は失礼いたします」
それから先、何が起こるかは言わずと知れたものである。
後日、私は配置換えで北方司令部を出ることになった。これから会議に出席するルーデルドルフ閣下と握手を交わし、閣下からプレゼントだと書類を受け取る。封がされていないのを疑問に思えば、開けてみろとのこと。その通りに中の紙束を引っ張り出し、その中身を見て、私は目を見張る。
「え、閣下、これ」
中に入っていたのはハイディ・シュテーグマンの人事書類と、ルーデルドルフ閣下による彼女の推薦状など、将校課程への推薦書類一式。
「お前が目をつけていたからな。しばらく観察させてもらったが、確かに優秀な人材だ。教育を施さない理由がない。それに、ここに置いておくにはもったいない。そう思わんか?」
「同意します。彼女は戦闘狂の高級将校なんかより圧倒的に正しく戦況を判断できますしね」
「ああ。育ったらどうなるか」
「とても楽しみです。……閣下、ありがとうございます」
想定外の事態に混乱する頭を立て直しつつも礼を言えば、閣下は散々こき使ったからな、と口元を緩める。閣下はほら貸せ、という言葉とともに再び書類を手に取り、今度は封をする。そしてそれは中央送りの書類の束の一つとなった。
「今度は支援作戦担当になるだろう。上手くやれ」
「はい。それではまた」
敬礼の後、荷物を持って部屋を退出する。嫌いな帽子を被らず、適当に束ねた髪が揺れる中、私は久々に機嫌よく歩を進めていくのだった。
第10話です。ついに2桁突入です。頑張れ自分。