令嬢戦記 作:石和
シャベルはほら、彼女のポンコツっぷりの象徴だから、うん。
では第11話をどうぞ。
統一歴一九二四年十一月下旬、北洋艦隊母港内某所。
「総員傾注!――――作戦を説明します」
穏やかなアルトボイスが室内に響く。
「第二〇三航空魔導大隊には、北方方面作戦の支援任務として行われる北洋艦隊のオースフィヨルド揚陸を支援していただきます」
室内にいる軍人たちの視線を一身に集めても震えることの無い発声は、注目されることに慣れていることの証明であり、実際、その声の主は緊張しているそぶりもなく、掲示した地図を指し示しながら着実に情報を発信する。
「本作戦の目標は後方の制圧です。手始めに、フィヨルドの地形を生かした砲撃陣地の密集地帯を先行の航空魔導師に破壊させます。これにより、短期間の間敵砲台を機能させずに艦隊が突入することが可能となりますので、後続もとい本隊の上陸部隊を積んだ輸送艦隊で後方の策源地を制圧してください。
この作戦において、二〇三大隊は先遣の空挺降下作戦実行担当となります。輸送機で敵方の背後から作戦区域に侵入、空挺装備による非魔導依存降下で戦闘開始です。各砲台、魚雷陣地を制圧し、後続の道を切り開いてください。なお作戦区域侵入は航空機で行い、エンジンを切るなどして魔導大隊の存在に気付かれにくい状況を可能な限り作り上げる予定です。また、艦隊司令部は魔導大隊の降下から三〇分後に海兵二個連隊の増援を手配してくださるそうです。
背後…共和国側には他の魔導師部隊と大洋艦隊が足止めをしてくださいますので、作戦区域内に集中していただいて問題ありません」
一呼吸の休みを置き、声の主の視線は一人の幼女に向けられる。
「なお、作戦立案は参謀本部ですが、作戦指揮権は北洋艦隊司令長官にあります。もしもデグレチャフ少佐が作戦の中止を勧告する事態になった場合は、海兵連隊指揮官の同意を得たうえで中止を勧告するようにしてください。……ええ、すでに私のほうで北洋艦隊司令とすり合わせをしておきました。砲台無力化に失敗した場合は艦隊保護を優先すること、海兵とは指揮系統が違うことから二〇三大隊が指揮下に組み込まれることも指揮をすることもできないことからこのような条件になっています。万一不足がありましたら、デグレチャフ少佐のほうで不足分の交渉をお願いいたします」
幼女の是とする短い返事に対し口元へ薄く笑みを刷くと、再度全体に向き直って声を張る。
「以上です。参謀本部はあなた方に期待しています。それでは、武運を祈ります」
皆さんごきげんよう。ユリア・バーナード少佐であります。現在私は北洋艦隊母港内、二〇三大隊に割り当てられた区域にいます。
え?何故って?簡単です、次の役目が陸軍と海軍の橋渡し役だからであります。ターニャちゃんよりも先に現地に到着し、伝令役であるがゆえにターニャちゃんより先に作戦内容を知っていたので、面倒を避けるため彼女に話が伝わる前に必要そうなことは片っ端から海軍と話をつけておいたのですが……まるで交渉人みたいだあ。そんな内容をターニャに話せば、彼女はコーヒーを飲みながら満足そうな表情をしたので、私は間違いを侵さなかったらしい。
「正直助かる。いちいち腹の探り合いをしながら話をつけるよりいい。ユリアなら間違いがないというのもあるがな」
「お褒めに預かり光栄ですねえ」
「これで戦闘ができればぜひ副隊長に据えたいが、なあ」
毎回チョコレートを差し出す羽目になりそうだからやめておく、という言葉を貰って非常に安心した私は悪くないと思う。しかし、私は作戦所属のはずなのだが、このまま鍛えていくと兵站…後方支援に転向した方が良いのでは?ぶっちゃけこの件において私がやったことは事務のお仕事に区分けされそうだし。
「もしもこの先何かあったら戦務か兵站に転向するという選択肢を頭の片隅に置いておこうかなあ」
「人事でもいいぞ、私のところに優秀な人材を送れ」
「うわあ圧力」
ひーやめておくれー、と大根役者のような返答をしながら書類をめくり、今回の作戦の全容を再度確認する。ルーデルドルフ閣下と詰めた支援作戦は、戦闘狂な北方方面軍がお相手してくれる協商連合軍の補給を背後から断つものだ。しかもフィヨルドの砲台まで無力化する点では今作戦の成功は帝国の勝利に直結すると言えよう。
「たとえ北方方面軍が失敗しても、ターニャちゃんがどうにかしてくれる…魔法のような布陣よね」
コーヒーも美味だし、ターニャちゃんの訓練に付き合わされることもないし、大量の母国語を読むこともないし、何より参謀本部から派遣されたのは私と二〇三大隊だけなので気張る必要もないしそもそも猫を被らなくていいのは溜まるストレスの速さが違う。非常に快適だ。あとはしばらく帰っていない帝都の宿舎にある秘蔵のコーヒーを飲めたら最高なのだが、油断するものではない。
「で、旗艦防衛はユリアの任務の内に入るのか?」
「一応魔導装備着込んで同行する………」
本当、油断するものではない。
後日、支援作戦は決行された。連絡将校であるはずの私は何故か旗艦に乗り込んで作戦に同行している。というのも、海軍にいい顔をしておけという参謀本部からの命令と、作戦成功後すぐに損耗率のデータを取ってこいという命令の両方を合理的にこなすための行動だ。参謀本部からは作戦が成功したらすぐに帰ってこいと言われている。仕事が溜まっていると言う。ああ、若い参謀将校はこき使われると言うが、それは事実である。
休めない悲しみで船の揺れなどどうでも良くなったユリアに、端目からはただ冷静に状況を見続けているようなユリアに、近くに座る水兵が声をかけてくる。
「少佐殿は船に慣れているのか?」
「…いいえ。ただ、空を飛ぶと爆風に巻き込まれて大回転したりするので、三半規管は鍛えられているかもしれません」
「ふうん…空を飛べる魔導士も大変だな」
「船に乗るあなた方も、ずっと海の上では苦労もありそうですが」
「なあに、潜水艦よりましさ。新しい空気が吸えるしな。敵に見つかりやすいのは潜水艦に劣る部分だ」
ユリアが成程、と呟くと同時に報告が入る。海兵隊が作戦区域に到着、砲台は半分まで制圧が進み、敵魔導部隊の邪魔が入ったが二〇三大隊と海兵の二個大隊で賄えるらしい。多分、敵地からは我々の輸送艦隊が見える頃か。
立ち上がって装備を確認し、シャベルを引き寄せる。
「あなた方の大切な船を護る手伝いくらいはこなせるよう努力しますね。私も良い空気を吸いたいので」
とは言っても、私は船に群がるハエくらいしか退治できないので、前線の皆様が優秀過ぎると出番がない。きっと暇だなあ、と思っていた。しかし、
「少佐殿、お助けいただきありがとうございます!」
「さすがラインのシャベル姫!機動が早い!」
「助かった…え?君があのシャベル姫?」
「あ!オレンジの瞳!シャベル姫ですね?!」
「シャベル姫!あっちだ!」
「助けていただき感謝です!ついでにシャベルで殴っていただけませんか!記念に!」
多少の砲撃を食らった船から転落する水兵を引き上げ、瞬間的に服を乾かして体温保全を図る重要な作業をすることになったのは想定外だったと報告書に記しておく。あと誰だ私の異名を言いふらしている奴は。海軍でもシャベルで有名になるだなんてそんな不名誉なことがあってたまるか。だめだ、認めないぞ私は!
そんなこんなで作戦は成功という結果で終了した。陸軍・海軍合同の支援作戦は無事協商連合の補給路を刈り取ることに成功したので、その物資は帝国のために有意に活用させていただく。掃討戦も終了したという報告を受け、私はあきらめとやる気を混在させた複雑な心境で空へ上がる。私の身柄は陸軍なので、私を守ってくれる妖精さんたちへ通信をつなぐ。
「ローレライよりピクシー大隊、これより戦果確認に入る」
『こちらピクシー01、了解した。護衛は要るか?』
「不要。万一の撃ち漏らしのために警戒だけはしてほしい」
宝珠に込める魔力を増やして防壁を展開する。私は例の方々のように高度八〇〇〇を保つこともないので、万一敵が潜伏していれば射程範囲になるために防壁は厚めにした。そりゃあ、ローレライというコードネームの通り歌って相手を沈められるなら是非にと思うが、あいにく私にあるのは歌ではなくシャベルだ。なお、このコードネームは参謀本部から言い渡されたものだが、戦果確認においてシャベルで人を沈めるような状況はあまりないはずなのでもっといいコードネームが欲しかった。
「――――砲台の全破壊を確認。優秀だわ」
『まああれだけ防壁が頑丈なら問題ないか。報告は色を付けてくれよな?』
「色を付けなくても充分最高評価よ」
空を飛び、魔導を利用して映像を録画しながら望遠鏡で詳細を確認、メモをサクサク記入していく。砲台は全破壊。二〇三大隊の撃墜スコアはまたいくらか上昇し、損耗は殆ど無し。オース市を入手した故に、協商連合軍前線が瓦解し、首都が陥落するのは時間の問題か。あとは…先ほど、共和国の増援は増援たり得ずに終了したと連絡が入った。なので、上手く事が運んだことを丁寧に報告書に記せばよいというわけだ。
戦果確認を終え、気分良く降下せんと拠点への帰路をたどる。あともう少しで任務終了、と思うと同時に、
パァン!
撃たれた。
「ピクシー01」
『何だ』
銃弾、というか攻撃術式は難なく弾いたが、撃ち落とされたように見せかけるため防壁も飛行も解除して落下する。
「あいにくだけど満点はあげられないわ」
その間に目は望遠鏡で対象を補足する。浜辺でどうやら一人。けがをしている。足をやられたようで、引きずって動いてきた跡が見える。空を飛ぶための道具を失ったらしい。ふむ、ならば。
「捕虜の回収が不足していたようよ」
海氷にぶつかる直前に水平方向で加速。敵の攻撃を防壁で弾き、浜辺に着くや否や攻撃術式を展開したシャベルを振りかざして敵のライフル銃をぶん殴る。たやすくライフルが手放されたので、あとはマニュアル通りに腕を固めて地面へ叩きつける。首元へシャベルを付きつければ、敵は動きを止める。
「投降なさい、帝国軍はあなたを捕虜として受け入れます」
「ふざけるな!俺たちはまだ負けていない!」
強い意志の籠る茶色い瞳に射抜かれて、一瞬身体がこわばる。だが、すぐに立ち直るのはやはりシャベル姫の経験のおかげか。
「確かにまだ首都は陥落していませんが、時間の問題でしょう」
「まだだ!」
性別故の力の差で拘束を解かれかけた上自爆を敢行しようとしたため、仕方なくシャベルの柄で殴って気絶させる。そして周囲を警戒確認するが、本当に一人らしい。助けに出て来る者も、声を上げる者もいない。魔導反応もないし安全かな、と通信で大隊に回収要員を依頼し、気絶した敵の傍らに座って待機タイム。
「………『"俺たち"はまだ負けていない』、ね」
気絶した敵の茶色の瞳を思い出す。俺たち、の定義は何だろう。小隊?軍全体?国?帝国に敵対する者たち?いいや、それでは何かが違う。あの言い方は、あの目は、どうもそんなことを言いたいわけではなかったように見えるのだ。
まあ、いつか分かるだろう。そうして脳内の保留リストへそれを投げ入れると、見えた迎えに手を振るのだった。