令嬢戦記   作:石和

12 / 23
 ユリアちゃんは久々に帝都に帰ってきました。ということで今回は論争も血の香りも魔法もない平和回にしたかったんです許してください。

 では第12話をどうぞ。


第12話

 皆様ごきげんよう、ユリア・バーナード少佐です。私は今、帝都参謀本部作戦局内にある私のデスクにいます。非常にうれしいです。だってここは私のホーム、作戦局。本当に安心できる。時をさかのぼって数日前、帰り着いたときに上官の姿を見て涙が出たくらいには。

 

「久しいな、バーナード」

「生きて帰ってこれて良かったですレルゲン中佐ぁぁぁ!」

「……デグレチャフ少佐の訓練に付き合わされたことは聞いた」

「それも嫌でしたけど北洋艦隊の旗艦防衛とか何で組み込んだんですか!閣下と向こうで組んだ時はそんなの一切入れてなかったはず…おかしくないですか?!」

「こちらで愉快そうだからと入れた。私は止めた」

「中佐が止めてくれたのに何故」

「ゼートゥーア閣下が合理的に進めろと」

「あああ……」

 

 ひどい話を聞いたが、もう数日前なので立ち直っていますとも。あの後海軍の人たちから手紙が来たが、救助の礼とシャベル姫への賛辞が書かれていたので封印した。

 

 そうそう、久々にお会いしたレルゲン中佐は顔色が少し良くなっていました。というのも、私がしばらくターニャの相手をしていたおかげで無茶を要求されることがなくなったそうでして。ええ、当たり前ですよねえ?だって私が頑張ってターニャちゃんの訓練相手になったり、ターニャちゃんのサポートをしていたりしたんですから。だからレルゲン中佐は私に甘味の一つや二つくれたっていいんですよ?ああでも、ターニャちゃんから恋文が届かなくなったというのは私、もしかして馬に蹴られて死ぬパターンでは。

 

 とは言え馬に巡り合う暇などない参謀本部なので、今日も今日とて書類整理、作戦の策定のための資料集め、その他数多の頭脳労働をこなしていく。馬に巡り合うというより、私が馬車馬のパターンかもしれない。それでも、これについては文句を言う資格があると私は信じている。

 

「レルゲン中佐、一つお聞きしたいのですが」

「何だ」

「私がノルデンにいた間、デスク整理はきちんとできましたか?」

「…………できた、」

「できたとは言わせませんよ」

 

 だったら何故、私は仕事の合間、レルゲン中佐のデスクで発見したずいぶん前に終了した作戦の書類を処分しているのか。不思議ですねえ、不思議ですよ、中佐殿。

 

「胃薬の補充はきちんとご自分でなされていますね。ええ。ならばどうして書類整理しきれないんですかね」

「善処した、したんだが」

「忙しくて手が回らない?なら誰か呼んで手伝ってもらえばいいのに。まさか…」

「人望が無い訳ではない!仕方ないだろう、空いている人間はそういない」

 

 そうか、そうですよね。下っ端からお偉いさんまで馬車馬な参謀本部ですからね。…ん?

 

「……では何故私の時間は空いているのですか?」

「仕事量を増やそう」

「待ってくださいデスク掃除させてください」

 

 結局文句を言う資格さえ全うできないとは。数日前蓋をした悲しみに苛まれながら、自分のデスク掃除も兼ねて書類を捨てていく。

 

「お前の時間が空いているのには事情がある」

 

 レルゲン中佐がお土産のノルデン銘菓の箱を開ける。私は書類を整理する手を止め、コーヒーの缶に手を伸ばしてコーヒーを準備し始めようとしたが、その動作は中佐が缶を奪うことで止まる。休んでいろと言うことか。ならば、お言葉に甘えて私は大人しく座っていよう。

 

「理由はお前を休ませるためだ。休暇は取れそうにないのはすまないが」

「問題ないです。移動しかしなかった日もありますし、その日にたんまり寝ています」

「だが久々に航空魔導士として動いただろう。そのツケは来ているのではないか?」

「……筋肉痛です」

「そうだろうな」

 

 まあ、お前は参謀将校だから走り回れれば十分だが、という言葉とともに突き出されるマグカップ。それを受け取り、口に含む。自分が淹れるよりもおいしく感じるのは、きっと信頼する人に淹れてもらったという事実がスパイスになっているからだと思う。家のコーヒーは泥の味がするし。

 

「だが、最大の理由ではない」

「え?」

 

 差し出される命令書。

 

「お前に文化・宣伝局からの呼び出しだ」 

 

 コーヒーが一気に泥の味になったのは気のせいだと思いたい。

 

 

 

 日付も場所も変わって帝都の文化・宣伝局。

 

「嫌です!いーやー!!」

 

 只今、私は味方の女性数名によって軍人生命の危機にさらされている。主に身包みを剥がされる意味で。

 

「参謀将校がわざわざ身バレするようなプロバガンダに協力するなんておかしくないですか?!」

 

 残念なことに、私にプロバガンダ映像の撮影命令が下った。華やかな室内で可愛く着飾り、帝国の裕福さを見せつけながら帝国の正しさを伝える外向けの映像を作りたいらしいのだが、人選間違えていると思う。ついでに言うと宣伝工作のやり方も。これはまあ、帝国の外交下手たる所以を正さないと直らないので突っ込まないが。

 

「ちゃんとカモフラージュの身分は用意しました!あなたはヒルデ・テレジアになるんです!」

「い、いやです!知り合いに見られたくありません!てか偽の身分があっても実体がそのままじゃあ意味ない…」

「バーナード少佐、大丈夫ですから!映像を見るのは軍内部と政府内部、それに敵国の皆さんだけです!」

「軍内部が一番の身内じゃあないですか!!!」

 

 軍内部も嫌だが、私にとって一番問題なのは敵国の皆さんにも見られちゃうことだよ!!

 というのも、化粧人形アナスタシアとして出会った人間は外国籍…現在敵国の人間が多いのだ。祖父母が連れてくる縁談の相手は金髪碧眼の男なら国籍を問わなかった。国籍を問わなかったからこそひっきりなしに連れてきた。それこそ海の向こうからでも容赦無く。いや、それだけのパイプがあることはすごいと思うが、もっと別のことに使うべきではないのか。それこそお国のために。

 そもそも、カモフラージュの身分にさらにカモフラージュの身分を被せるなんて、私は一体どこへ向かうのだ。

 

「どうせいつも適当に髪を束ねているだけなんでしょう?なら化粧決めてその長い髪をふわふわにすればバレやしませんよ」

「うっ…いやっでも、ほら!髪をふわふわにすると軍務に差しさわりが!」

「大丈夫よ、参謀本部から最長2週間あなたを借りたから。十分元通りになるわ」

「もっと適任がいるでしょう!ターニャ・デグレチャフとか!」

「彼女はあなたの次に来てもらうわ!」

「次の犠牲者はターニャちゃんか…」

 

 聞いてはいけないことを聞いたので、忘れておこう。一瞬でも現実を忘れようと思考逃避に走っても、私が取り巻かれている現状は変わらない。数人の女性に取り囲まれてがっちり固められた私の目の前にはアナスタシアの時によく見るような型の洋服、きれいな群青色。左右には化粧道具や櫛、鏝、帽子などの小物類。

 

「それにあなたスタイルがいいわ!顔もいい、特にその目は形も色もきれいよ?」

「勘弁してください!ちゃっかり上着剥がすのやめ、」

「もう無理矢理にでも着せる」

「ああもう分かりました着るから脱がさないで!」

 

 身包みをすべて剥がされる前に諦めて投了、さっさと軍服を脱いで令嬢らしい服装に着替える。ふむ…群青色がきれいな服ではあるが、私の瞳の色と被るし、何より重たい色の髪にはあまり似合わないのではないか。映像は白黒、ということは私はほぼ黒く映るのか、ならば………と悲しくも積み立てられた令嬢の感覚が私というマネキンの最善を作り上げていく。

 

「あの、他に着る洋服の色は何があるんですか?」

「臙脂と深緑よ」

「……ウィッグってないですか?」

「金髪ロングならあるけど、どうして?」

「白黒で撮るんですよね。私の髪は重たい色だし、服も暗めに映るので全身真っ黒になります。華やかな印象を与えるなら、ウィッグで髪色を変えるのが一番かな、と思いました」

「成程ね。ちょっと待ってて」

 

 なーんだノリノリじゃない~、と上機嫌でウィッグを取りに向かう女性職員を死んだ目で見送りながら、編み上げブーツに足を突っ込み、ひざ下まで紐を絞めてリボン結びにする。踵が高いので走って逃亡もできないなあ、と絶望していると、金髪ウィッグが到着したので私の表情は死んだ。

 

「あらー、地毛とかけ離れた髪色なのに似合うわね!お肌が白いからかしら?」

「化粧を可愛めにしましょう、金髪にしたら大人びたので」

「髪型はハーフアップにしてトーク帽を載せたら良いとこのお嬢様みたくなりそうね」

「トーク帽見つけてきたわー!」

 

 投了、素直に従うことで早く仕事を終わらせるつもりだったはずが、お姉さま方の着せ替え人形になる結果となったのは解せない。あれだこれだとくるくるさせられながら、レルゲン中佐がコーヒー淹れてくれたのは単なる甘やかしではなく代償があっての事か、と悲しくなる。

 結局、見た目が決まったのは翌日だった。鏝でふわふわにした後ハーフアップにした金髪にトーク帽を載せ、深緑色のワンピースと飴色の編み上げブーツというちょっぴり裕福そうな可憐なお嬢さんに仕上げてもらった。あらー似合うわあ、などと褒めはやし、写真をパシャパシャ撮っていく女性職員たちの目は光り輝いているが、鏡に映る私の目が死んでいる時点であれは個人用だと分かる。

 

「ちょっと化粧濃いめにしますね」

 

 あらかた個人用写真を撮り終えたのか、想像した通り先ほどまでの写真撮影会の雰囲気が嘘のようにパリッとした空気に代わる。私に分厚くファンデーションを塗りたくり、化粧を濃くしている間に室内は映像撮影のセッティングがなされていく。

 化粧が完成すると同時に全身写真を何枚か撮られる。笑ってー、と言われるたびに心を殺して令嬢の笑みを浮かべる。ストレスがたまる。

 全身写真が終われば今度はフィルムへ映像の撮影。令嬢として鍛え上げられた動作は帝国淑女として完璧であるとのお褒めを頂いた。とても嬉しくない。

 プロパガンダは多言語対応なので同じ映像を違う言語で何回も撮る。すらすら流れ出る外国語はどう考えても令嬢ゆえにできること。認めたくない。

 

 そうして精神をゴリゴリ削って過ごした5日間の後、私は解放された。詳細は伏せるが、ホームである作戦局のデスクに戻ってから、何を思ったかレルゲン中佐から申し訳なさそうな顔でチョコレートの小箱を貰ったくらいにはひどい有様だったということで理解してほしい。

 

 

 




 借りてきた猫ならぬ、借りてきた令嬢(本物)ですかね。しかも金髪っていう。

 これからユリアちゃんが停戦に向けてさくさく進めていけるよう努力するらしいです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。