令嬢戦記   作:石和

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 感想・評価ありがとうございます。心が躍ります。ダンスは苦手なので踊りません。
 フィルムの件は納得しかなかったので全力で修正しました。スライディング土下座で感謝申し上げます。







第13話

 皆様ごきげんよう、ユリア・バーナード少佐です。私は今、参謀本部内で一部から人気者になっています。

 

「少佐!これ少佐なんだって?」

「あ、あのっ、バーナード少佐!サインください!テレジアのサインで!」

「テレジアって奴いないだろ………え?バーナードなの?」

 

 最近こんな言葉ばかり私の周りで飛び交います。そして、皆が手に持つのは金髪碧眼、ふわふわヘアーの御令嬢の写真。そう、ヒルデ・テレジア嬢の写真。あのプロパガンダ隊のお姉さま方が撮った写真は見事に参謀本部にも出回り、いったい何があったかは知りませんが大きな話題となって参謀本部内をにぎやかにしています。加えて流石と言いますか、直ぐそれが私だということがバレているこの現在。何がうれしくて毎日人の話題に晒しあげられているんですかね、ええ。おかげでどこに行ってもこんなである。

 

「あー!噂をすればバーナード!」

「君、普段化粧っ気全然ないから最初分からなかったよ」

「女は化けるんだな…すげえや」

「バーナード少佐、普段からもう少し頑張ればいいんじゃない?」

 

 煩い。そんなものは無視である。というか、反応してやる必要もない。女性の化粧は男性の欲を満たすものではなく、女性が自分のためにするものであり、女性が必要としなければ不必要なものなのだ。…というか、それだったら男性の化粧もありなのではないか?だってコンプレックスくらいあるよね?え?無いの?

 

 とにかく逃げるように作戦局へ戻り、ドアを閉めて自分のデスクに戻る。そうして深呼吸をして怒りを忘れ、落ち着きを取り戻し、仕事に取り掛かる。働かなければ居場所は無いんだから仕方ないよね!

 

 そんな私は現在、作戦局の主要項目となっている「ルーデルドルフ閣下肝煎り、協賛ゼートゥーア閣下のライン戦線に梃入れ大作戦」を練る仕事をしています。レルゲン中佐は上官命令で胃をしくしくさせながらターニャちゃんに会いに行くなど諸々の仕事を外へ済ませに行っているので不在ですが、名目上は彼に引っ付いてこの大作戦に参加している形になっています。なのでこれからガリガリ書いていく書類はレルゲン中佐のサポートになるというわけなのだが、そろそろ帰ってきてくれないと書き上げた書類を積むスペースが中佐のデスクに残っていないので非常にまずいですねどうしよう。

 

 まあ仕方がないし仕事は山積しているのでひたすらに仕事を続ける。この作戦はいかに演技をするかにかかっているのだから、完璧なシナリオを描き上げねばなるまい。一分一秒まで現地の演者たちに共和国宛の舞台を演じてもらうため、作戦の骨子案に肉付けをするべく共和国東部の地形図を細かいところまで眺め、検討し、ペンを走らせる。

 

 地上で演技をしてもらう間に地下で仕込みを行い、地上の演目が休憩に入ると同時に地下の演目が開演する――――そのように仕組まれたこの演目は、なんと常軌を逸するのかと最初は驚きもした。決して後退するわけにはいかないが、前進するには不足する。その地上戦の現状を打破できぬなら、地下を使ってでも前進し、現状を打破せん。普通ではない、きっと異端に属するのであろう意見も、論理と知性の牙城である帝国参謀本部は帝国に問題がなければそれを実行する。するのだが、どうもこの作戦には打撃力が足りない。塹壕の地域を沈めても、司令部が残っているのでは軍の機能は生き続ける。

 

 どうだかなー、と書類を書き上げペンを手放し、使い終わった資料を机の下、足元に置いた自前の返却物ボックスへと仕舞う。後で暇そうな人を手伝わせよう…いないけど。宝珠の力を使ってこっそり飛行して移動したいなー、なんて。

 

「バーナード少佐」

「っ!」

 

 突然の声に驚き頭をぶつける。ゴツンという鈍い音、ずきずき痛む後頭部、じんわり滲む涙。痛い。何とか泣くことなく顔を上げて声の方を振り向けば、若干の呆れを滲ませた表情の兵士が立っていた。

 

「ゼートゥーア少将がお呼びです。……先に医務室へ寄られますか?」

「いえ、大丈夫です……」

 

 そう返事はしたが、用事が済んだら一度医務室で氷を貰うべきかもしれない。いや、大丈夫か。

 

 数多の視線を浴びながら本部内を移動し、ゼートゥーア少将のいる部屋へと連れて行かれる。私を呼び出し連れてきてくれた閣下の従卒が部屋をノックし、返事もないまま扉を開けて私に入るように促す。その際に人差し指を立てて口元へ当てていたため、私は静かに部屋へ入る。さすれば、待っていたのは電話中のゼートゥーア少将。

 

「ああ、今バーナード少佐を呼んできた。――――バーナード少佐、魔導士の貴官に問いたい。その資料を読め、そして意見を聞かせろ。準備が出来次第答えてもらう」

 

 眉間にしわを寄せた少将が指さす先には書類の山。まさかこれすべてか?!と戦慄しながら書類を確認すると、一目を惹く目新しいタイトルの書類があった。多分これか、と電話中の少将に表紙を見せれば是と返ってきたのでそれの概要とまとめを読む。

 

「強行偵察用特殊追加加速装置……?」

 

 唐突に現れた謎の言葉に首をかしげることを止められない。しかし、“強襲前提かつ一撃離脱を可能とするために、追加加速装置を付けた航空魔導士という重武装かつ高速のユニットを作り上げる”という答えを見た瞬間にピンときた。確か、ターニャちゃんが半泣きにさせられた一種の“てんさい”が居たはずだ。ターニャちゃんの95式を作り上げ、私や二〇三大隊の装備となった97式の生みの親――――そう思いながら提言者を見ればやはり見覚えのある名前。

 

「エレニウム工廠……シューゲル博士」

 

 ああなつかしい、ダキアを思い出す……若干の頭痛はこの際置いておいて、きっとそれは先ほど頭をぶつけたせいに違いないと思っておいて、目前で電話を続けるゼートゥーア閣下を見やる。何故彼は私にこれを見せた?例の作戦のためだとは思うが………。

 

――――どうもこの作戦には打撃力が足りない。塹壕の地域を沈めても、司令部が残っているのでは軍の機能は生き続ける。

 

 これか。

 ユリアは自分が考えたことのある内容と結びつける。司令部が残って軍の機能が生きるなら、司令部を刈り取れば軍は残らず死ぬ。

 

 概要を読み終わり、表紙に戻ったところを確認するや否や、閣下は容赦なく受話器を差し出す。眉間にしわが寄っている。おそるおそる電話を代わり、バーナード少佐ですと一言いえば、耳元から大声が――――自分の所属する局のトップの声に顔をしかめる。非常にうるさい、つまり、機嫌が悪そうだ。

 

「お久しぶりです、ルーデルドルフ少将。……はい、読みました。所見を述べてもよろしいでしょうか」

 

 言え!という強迫じみた返答には慣れたものだ。伊達にノルデンで副官を務めたものではない。

 

「突飛ですが不可能ではないでしょう。航空魔導士は空を飛び戦う兵士ですから、日ごろの航空の慣れと魔導兵士としての身体の丈夫さがあれば大丈夫かと。どうせ、手練れ…二〇三の選抜ですかね、彼らに乗らせるのであれば装備と環境が十全であればきちんと作戦は遂行されるでしょう。そうすれば、現在作戦と戦務合同で練っている例の作戦も遂行しやすくなると考えられます」

 

 他にも問われたことにサクサクと返事を返し、時折ゼートゥーア少将の問いかけにもうまく答えてやれば、ルーデルドルフ少将の機嫌もだんだん上昇していく。すごい、これが竹馬の友パワーなのか。質問と称して気分回復薬のような効果を持つなんて、ゼートゥーア少将の部下をやったら医者になれるのではないだろうか。

 そんなこんなで受話器をゼートゥーア少将の手に戻してしばらく、例の作戦の不足部分は埋まったらしい。シューゲル博士に装置――――秘匿名称V-1の開発を進めさせることなどがいろいろと詰められ、今度の合同作戦会議に持っていかれるそうだ。そして言われた。

 

「バーナード少佐、貴官の演算宝珠の型は?」

「旧式です」

「………ルーデルドルフが嘘をつくなと」

「97式です、はい、すみません嘘つきました。ターニャちゃんから97式を受け取っています」

「では、貴官がV-1の最終テスト要員だ。いいな?」

「はい……かしこまりました……」

 

 私が最終テスト要員として引きずり出されることも決まった。97式は癖が強いから、ある程度練度のある兵士じゃないと扱えないし、扱える私がテストすればターニャちゃんを速攻で納得させられますもんね知ってますちくしょう……。

 電話が切られ、いくらか気分がよさそうなゼートゥーア少将が私を見る。仕方がないので機嫌をノーマルへと引き戻し、姿勢を正して礼をとる。

 

「遅くなりましたが、バーナード少佐です。お呼びでしょうか」

「貴官への用事は大体済んだが、もう少し付き合ってもらおう」

 

 戦務から作戦への言付けやら何やら細々とした用件を処理し、必要なことをメモに残す。その最中、思いがけずと閣下の手が書類の山に当たり、書類の山が崩れる。

 

「ああ…しまった」

「拾うの手伝います」

「助かる」

 

 書類を拾い上げ、閣下の言う通りの順番に揃えようと指示を仰ぎ、逆にうまく整理してみろと言われたため四苦八苦しながら整理整頓をする羽目になったのは解せぬ。その間、閣下は面白そうに笑うのだから卑怯である。

 書類整理も終盤、最後に残ったものは書類やら資料ではなく。

 

「……これは、」

「――――これは懐かしい………若いころの写真だ。参謀本部の下っ端時代だな」

 

 私が拾い、閣下の手に渡ったものは白黒の写真。軍大学の一角を背景に、軍服を着た若い将校が3人写っている。許可なく見たことを詫びると、構わないという返事と共に写真を見せた。

 

「左がルーデルドルフ、右は私だ。真ん中のこいつはオズヴァルド・ドバナという。……優秀な野戦将校だった。軍大学の後輩というつながりしかなかったが、よく飲みに行くような仲でな。――――ああ、今は懐かしき青春の日々か」

 

 聞けば、ドバナという野戦将校はすでに亡くなっているらしい。二度と会えぬ人に寂しさを滲ませているゼートゥーア少将など初めて見たので、若干の驚きを持って話を聞いていたが、ふと気が付く。

 

「閣下、その、髪色は…黒かったんですか?」

「ん?ああ、そうだな。ちょうどバーナードと同じような重たい色だった。真ん中のこいつはバーナードの髪色そのままだな。目は緑色だ。写真も色付きになったらさぞ楽しいだろうに」

 

 そうですね、とユリア(軍人の私)は話を聞きながら相槌を打つ。

 

 一方、アナスタシア(貴族令嬢の私)はそれどころではなかった。

 

 特徴的な糸目、青色の瞳、私と同じような重たい色の髪。この写真の人間からいくらか時を進めたら、記憶の中の人間に一致する。――――ああ、なんてことだ。どうしていままで気づかなかったのだろう。髪が灰色だったから?時が経ちすぎたから?

 そんなことはどうでもいい。そんなことよりも、軍人さんは、アナスタシアの追いかけたあの人は、今、目の前にいるこの御仁ではないのか?だとしたら――――だとしても、

 

「バーナード少佐、」

「――――っ、はい」

「疲れているのかね?泣きそうな顔をして」

「……いえ、昔を思い出しただけです。作戦局への言付けはほかにありますか?」

 

 無いと言われたので早々に退室の許可を得て、逃げるように部屋を出る。作戦局に戻るや否やメモを丁度帰ったばかりらしいレルゲン中佐へ押し付けるように渡し、終業時刻を過ぎていたのでそのまま自室へと駆け戻る。

 

 部屋に戻るや否や、こらえていた涙が頬を滑り落ちる。

 

 どうしよう、と思った。軍人さんの正体は掴めた。あの人のようになる道のりを辿ることだってできている。なのに、私がユリアであるが故に、私はあの人を呼ぶことができない。ここにいる私はユリア・バーナードであって、アナスタシア・フォン・プルシアではない。

 

 ああ、どうして今までそこを考えなかったんだろう。どうして、昔のように呼んでもらえると思ったのだろう。

 

 

 ここにいる私は、私じゃないのに。

 

 

 













 そうだよ、バレたら軍法会議さ。






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