令嬢戦記   作:石和

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 遅くなりましたがあけましておめでとうございます。
 今年も頑張るので皆さまよろしくお願いします。





第17話

――――合理の牙城内、とある会議室にて。

 

「バーナードのレポート、読んだか」

「ああ、読んだ。『感情を軽んじてはいけない』、か?我々が合理的過ぎて、非合理的な人間の思考を読めていないと書いてあったな」

「言いたいことは確かに理解できる。彼女が懸念するのは、敵国の非合理的な感情を理解できていないということなのだろう。だが、いくら敵国が非合理的とはいえ、首脳陣がこの状況においても非合理的な思考をするか?」

「国民感情と最高統帥府の思考は別物だろうに」

「そもそも、この戦争はもう終わる。彼女の懸念こそ非合理的、無駄だろうよ」

「最後に書かれていた講和条件――――我々が勝ち取った土地を元あるところへ返す、だぞ。それこそ、我々が払った血と涙と汗はどうなる。こちらの感情が軽んじられるではないか」

 

 紫煙に包まれる空間の中交わされる会話は、期待を裏切られたといわんばかり。

 

「今回のレポートは不作だ。心理学会に提出すればもっと高評価だっただろうに」

「彼女が軍を辞めるときには、大学教授の職を準備してやったほうがいいな」

「………だが、」

「どうした?」

「いや、何でもない」

 

 響き渡る嗤い声の中、紙束は箱へと放られる。『ナショナリズムと感情』と銘打たれたレポートは日の目を見ることなく保管庫へと仕舞われることになった――――

 

 

 

 皆さんごきげんよう、ユリア・バーナード少佐であります。今日は青々とした空の広がる快晴、お日様の光に心が踊る上、帝国軍が共和国首都を占領。これで終戦までうまくやれれば秒読み。なんて素晴らしいのでしょう。

 今朝の作戦局は連合王国が近海で演習を開始したという話題で持ちきりです。周囲はあれやこれやと話し合いをしていますが、私は若輩組で協力して、この汚い空間を何としても清浄してやると不要書類やらなんやらの廃棄をしたり掃除をしたり、つまり肉体労働をしています。だって戦闘は止まっているから若いのは暇だし、私だって中佐が現地視察へ飛んでるからちょっと暇ができたんだもの、やるなら今でしょ?

 なおメンツの中で私しか魔導師はいませんので、つまり私だけは高所の掃除にふわふわ浮きながら従事するしかないんだなあ!?

 窓を掃除していると、近くの棚を浮かせて移動してほしいと言われる。

 

「私の二つ名ご存じでしょう」

「ん…?ああ、ごめん。“シャベル姫”には遠隔操作は無理か」

「はい。浮かせてそのままにするので動かしていただけると」

 

 あー久々の魔力を消費するこの感じ。戦闘とは違ってじわじわと消費されていく感覚はなかなか疲れるし、すっきりしないので気持ちのいいものではないが、流石に参謀本部で破壊神になるわけにはいかない。私の射撃能力が発狂する程度のエラーなのだ、ちょっと楽をして致命的なミスをしたら笑えない。そんなことを考えながらひたすら窓を拭いていく。雑巾で一拭きするだけで真っ黒になるくらいにはヤニだらけの窓をピカピカにしていると、突然作戦局の扉をノックする音が響く。

 

「報告します!ド・ルーゴ将軍名義で戦闘休止、移動命令が共和国軍に出され、共和国海軍が撤収作業をしているとの情報が入りました!」

 

 開け放たれた扉を叩いて注目の的になった兵士は情報を書きなぐったであろう紙を作戦局の将校へ渡す。それに目を通したルーデルドルフ閣下以下中心人物から情報が伝播する。

 どうやら、共和国軍は戦線を放棄してブレスト軍港に移動、集結しているらしい。

 

「ド・ルーゴ将軍名義で共和国海軍が撤収…ブレスト軍港…」

 

 これで終戦となれば、帝国の優位は確定だ。これから停戦を各部隊に最優先で送付し、小康状態を作り上げる。その間に文官の人達がせっせと講和条約の締結に走るだろう。

 なのに何故連合王国はこのタイミングで演習を行う?しかも挑発するかのように帝国側の近海で、まるで視線を集めている。その状況の裏に当たるのは一体何?今ある情報だと、共和国海軍の件。連合王国と共和国…どちらも互いを失えないと考えているだろう。――――失えない?

 

 連合王国が失えないものを腐れ縁の共和国だとする。

 ド・ルーゴ将軍名義で海軍が撤収する?ブレスト軍港に集結するのは何故?そこから近いのは南方大陸、共和国の植民地…。

 その上で、共和国が失えないものは?連合王国は失われない。彼らの祖国はすでに帝国が失わせた。彼らに残る失えないものは、

 

「――――!!」

 

 思わず雑巾を落とす。それに気が付いて拾ってくれた先輩を無視して地面へ落下するように降りるや否や、シャツの捲った袖もヤニだらけになりつつある手もそのままに上司の集団へ突撃する。

 

「失礼します。ルーデルドルフ少将、お聞きしても?」

「構わぬが、まずその手をどうにかしたらどうだ」

「ありがとうございます。降伏の処理はなされていますか?」

「……まだなされていないが、時間の問題だろう」

 

 無視か、と苦い顔をされるがそんなことを気にしている暇はない。

 

「つまり、現時点ではあったとしても“停戦”ですね?“終戦”ではないのですね?」

「そうだ」

 

 時間がないのだ。

 

「ならば、私は即時のブレスト軍港襲撃を提案いたします」

 

 彼らが積み荷を纏めきるまで、あと何時間ある?

 

 何を言うか、と制止してくる上司たちを無視して、顔をひきつらせたルーデルドルフ閣下が沈黙しているのも無視して私は口を開く。

 

「共和国は残存戦力を植民地へ避難させるつもりです。そして体勢を立て直し、彼らの“強い祖国”を取り返しに来るでしょう。連合王国がわざわざ私たちの目を引き付けるように演習を行っているのは、彼らの戦力を重要視している故です」

「艦艇を集結させるのは戦争を終わらせるためにすぎない」

「そもそも、首都を失った国に戦争継続能力はない」

「合理的に考えすぎです!逃げた彼らが私たちの味方になることなど、絶対にありえないというのに!」

「しかし今から攻撃をすれば終戦交渉に影響が出る!バーナード、お前は戦争を継続したいのか?!」

「違う、違う!」

 

 どうして分かってくれないの。そう珍しく声を荒げる部下に、ルーデルドルフは努めて冷静に口を開く。

 

「”停戦”に何の問題がある。我々は勝利した」

「勝利したからこそ、その使い道を考えねば美酒に溺れて足元を掬われるのです!閣下は、帝国は本気でこのまま戦争が終わるとお思いなのですか?停戦しておけば、あちらから終戦に動くと?」

「当たり前だ。合理的に考えれば当然の帰結だろう。それに、それは文官の仕事だ」

「失礼ながら!」

 

 ルーデルドルフの舌打ちをかき消すように、ユリア・バーナードは叫ぶ。

 そうじゃない。そうじゃないんだ。

 どうして、どうしてわからない?人間の大切なものを、どうして。

 

「閣下は、帝国は、合理的過ぎて感情を忘れています!――――国がなくなるのですよ?彼らの怒りは、復讐心は、停戦程度で消えるような生易しいものではないでしょう。それに、帝国は力を振りかざして協商連合、ダキア、共和国を呑み込んだのです。周辺の大国が黙って大陸の覇権を渡すとお思いなのですか?彼らの帝国に対する恐怖心は、私たちが周辺国に抱いていた恐怖心と何ら変わりないというのに」

 

 私たちは周辺国がすべて敵と仮想して動かなくてはならなかった。その時の圧迫感は、恐怖心は、こうも勝利に溺れることで忘れ去られるのか。それを知っているからこそ、策を練ってきたのではなかったのか。

 

 それがなかったら、戦争などしなかったのではなかったのか。

 

「バーナード、貴官のレポートは読んだ。だが深く考えすぎだ。あれでは軍事レポートというより心理学のレポートだ」

「軍事を執り行うのは人間だけです。心理学を持つのも、人間だけです。人間がやる以上、心理を考慮しなくてどうするのですか」

 

 声高な私の訴えに机を叩きつけたルーデルドルフ閣下は、怒りの度合いにしては珍しく静かに言葉を発する。

 

「バーナード。貴官の意見は却下だ」

 

 静かに、それでいて局内へ響く程度に発せられた言葉で――――私は止まれない。

 

 飛行術式を展開する。地図の広がる大きな机を軽々と飛び越え、私を止めようとした上司やら先輩やらを容易く振り切ってその向こうにある個室――――ルーデルドルフ閣下の個室へと引きこもる。

 

 バーナード、開けろ!声が響き渡るが意識的に外へ追いやる。ルーデルドルフ少将の棚から地図を引きずり出し、全力で防壁術式を組んでドアを塞ぎながら頭を回す。

 

「共和国ブレスト軍港……並の魔導士では間に合わない…V-1…デグレチャフ少佐と二〇三大隊ならテスターとして使用許可を持っているか………くそ!権限が足りない!何で最初の配属が作戦なんだ…!コネ不足にも程がある!」

 

 距離、速度、戦闘力はあっても、許可が出せない。しかし、独断専行を唆すなど私はいいが相手が何と言うか。

 

「………ターニャちゃん、」

 

 あなたなら、私よりも賢く嗅覚のあるあなたなら、分かってくれる?

 

 おそるおそる受話器を持ち上げ、西方司令部へ繋ぐ。二〇三大隊を呼び出し、朗らかな声を遮って要件を伝える。

 

「セレブリャコーフ中尉、今すぐにデグレチャフ少佐を。早く」

 

 人が替わる。何だ、と鋭く問われた私の返事は、誰が聞いても情けないものだろう。

 

「デグレチャフ少佐…ううん、ターニャちゃん、お願い。私のわがままを聞いて」

 

 彼女の戸惑う声に、私は口早に情報をぶつける。

 

「共和国ブレスト軍港に共和国軍の残党勢力が集結しています。彼らは本土を捨てて南に渡るつもりなんだ…!早く、早くしないと帝国が負ける!」

 

 焦りといら立ちでまとまりのない文章になったが、すべての情報を理解した彼女は一言、それはお前のわがままだな?と聞いてくる。

 

「独断専行です、私の首で足りればいいけど――――きゃあ!」

 

 自分の魔力が弾ける感覚と防壁が割れる音で身をすくめる。振り向けば、噴火どころの雰囲気ではないルーデルドルフ閣下と、魔導が使える兵士がちらほら、さらに後ろから様子をうかがう作戦局のメンバー。

 

「バーナード!ふざけた真似を!――――その電話の相手は誰だ!」

「やりなさい!いいわね?!」

 

 命令形式で電話を切る。これで、ターニャが私の独断専行に無理矢理巻き込まれたという形は作れただろうか。そう考える暇もなく肩を掴まれる。抵抗しようにも、魔力切れで防壁も何もできなくなった私はあっさり兵士によって床へ押し付けられた。床もヤニ臭い――――しかし、もうそんなことはどうだっていいのだ。何より、何よりも!

 

「お願いです!これから発効するのが停戦ならばせめて、ブレスト軍港襲撃の許可をデグレチャフに下してください!共和国は、国を捨ててでも戦力を逃がすつもりなのです!今のうちに削いでおかなければ、帝国の足元が、」

「くどいぞバーナード!」

「お願いです、何としてもこちらから終戦に持ち込んでください!彼らに彼らの国を返して、終戦の講和条約を結んで、戦争をしないと約束してください!」

 

 でなければ滅ぶのは私たちだ、という言葉は紡がれない。頭に衝撃を受け、状況を把握する間もなく視界が真っ暗になった。

 

 

 







 あーあ、やっちまったなあ~(他人事)


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