令嬢戦記   作:石和

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 映画の感想を述べようかと思いましたがネタバレが怖いので何も言いません。観に行っていない同志はなるはやで観に行くのです。間に合わない人はいつか出るであろう円盤を買うのです。デグレチャフ少佐の可愛さに萌えること間違いなし!


 ということで18話です。戦争は終わるかなー?





第18話

 

 ………至る経緯は問題が多かったとはいえ、結果としてもたらされた光景、緑に輝く湖畔の景色を眺めつつ、美味しいコーヒーを飲む。これほど贅沢で、快適な時間には喜びしかない。ただ難点としては非常に窮屈で動きにくい服装をしていること、また目の前に座る人間がいて、しかもそれが金髪碧眼の男――――縁談の相手であることだろうか。

 

 

 皆さんご機嫌麗しゅう、アナスタシア・フォン・プルシアです。只今わたくしは祖父母好みのクラシカルな装いをして、帝国南部の高級別荘地の喫茶店にいますの。

 

 何故そこにいるのかって?ユリアちゃんはどうしたと?――――順を追って説明いたしますからご安心を。とりあえず、数日前のユリアちゃんがどうしていたのか説明いたしますね。

 

 

 

 

 

 帝都参謀本部内。

 

 冷たい。…湿り気がある。目を開ければ、私は石畳に転がっていて、視界に広がるのは薄暗く狭い空間――――独房である。冷え込んだ空気が身体を冷やしたのか、カチコチに固まっているのをゆっくり動かして解いていく。そして、またじっと静かに過ごす、そんな生活もかれこれ一週間超え。これだけ生活すると慣れが発生する。恐ろしいったらありゃしな「出ろ」……さようなら、慣れ。

 

 皆さんごきげんよう、ユリア・バーナード少佐であります。ちょっと前に抗命行為、越権行為を盛大にやらかし、さらには上官に対する無断魔導使用や独断専行の教唆などもうなんかクビまっしぐらな項目をすべてやらかして独房行きになりましたが今この瞬間に独房から出されて連行されています。

 

 ああ、笑えない。………いや、狭いようで広い独房の隅で膝を抱えた姿勢で横になってやさぐれていた惨めな自分の身は笑えるが、共和国軍が南方大陸に逃げたという情報は笑えない。

 

 敵勢力の温存、これで戦争は継続される。しかも共和国の人間のための、自分たちの共和国を取り戻す大義名分を掲げた戦争に姿を変えて。おかしいなあ、つい先日まではまだギリギリ帝国が自分の身を護るための戦争だったはずなのに、これでは侵略者だ。人的資源も物的資源も、正義も信頼も何もかもを泥沼に吸い取られていく。それこそ、私のような人間も捨てられないレベルで…って考えるとクビはないが参謀本部での座席はなくなるだろうなぁ…ターニャちゃんが後釜に…ならないよなあ…残念。

 

 ………でも、本当に物理的に首切られるなんて状況になったらどうしようか…そこは考えてなかった…ってか、当時はもう必死だったんだよなあ…。

 

 なお、やさぐれたり寒かったりいいことなしの独房生活で嬉しかったことが一つ。作戦局の先輩や同輩たちはそれはもう慌てふためいて、日替わりで私に理由やら事情やらを根掘り葉掘り聞いてきては、報告書の内容と照らし合わせてくれたことか。いい上司に同期だ、私がこれだけの行動をした理由が何かあると信じて、私を救済するべく動いてくれているのだから。だが、その現場にいた彼らが見た内容や、報告書に上がっている内容以上に伝えることも、やったことも何もないのだ。

 

 私はあそこで戦争を終わらせる気だった。しかし誰にも理解を得られず失敗した。それに尽きる。周囲が「何かあると思って」行動してくれていると言う事実が尚更私を抉ってくるのは少ししんどい………待ってやっぱり嬉しくなかったかも。本当に理解してもらえていないとは、神に戦争をやめられない呪いでもかけられているのか?

 

 あー、もう本気でやばそうだったらもういっそユリアちゃんを殺してアナスタシアに戻って大人しくお見合い相手と結婚しよう。うんそうしよう。自分のミスだ、自分で回収するしかない。うん。青春を代償にしたものが終戦失敗なんて悲しすぎるけれど、もう私の限界はここにあるのかもしれないし?限界だから状況に敗北して死んでいくのは当然だよね!

 

 日頃の自分では想像つかないレベルでの白旗を祖父母に対して掲げていると、あっという間に部屋に連れていかれる。法務官やら何やらが集合し、その中にはルーデルドルフ閣下やゼートゥーア閣下の姿もある。そんな中、私が手錠をかけた状態で立たされた場所は、少し前に見た景色の中央部分。私の前にこの場所に立っていたのはターニャちゃん、つまり、私は査問会議にかけられるらしい。

 

「一日で悲鳴を上げると思ったが」

「………私は孤児です。寒い空間で寝るのはそれなりに慣れています」

 

 ルーデルドルフ閣下の声に、私は返事を返す。何が面白くないのか、ふんと鼻を鳴らして言葉を続ける。

 

「デグレチャフ少佐は停戦命令に従った。よって貴官の独断専行は未遂に終わったわけだ。彼女の狂犬ぶりに期待したようだが、残念だったな」

 

 出撃直前まで行ったが、出撃はできなかった。話を聞きながら私は一人安心する。良かった、ターニャは何もなく終わったらしい。罰を受けるのは私だけ、想定で一番いいルートだ。

 

「本当なら首を切りたいが、貴官の頭も身体も替えが効かぬ」

 

 与えられる罰は何だろう。参謀本部に残れるとは思っていない。だが、今この場で殺されることは確実にない。だって、人的資源が不足している。あるとすれば、私は参謀将校から野戦将校へと転換することだろか。閣下たちの想像通り戦争が終われば、私は軍縮なり何なり理由をつけて市井へ放り出されるだろうが、確実に戦争は終わらないのだから、私の目的である軍人を続けるということは可能に違いない…多分…たぶん…。

 

「これから会議にかける。せいぜい寛げばいい」

 

 想定した通りの言葉と共に、形式だけの査問会議が進んでいく。ターニャちゃんの時とは違い、誰も彼もが害を被ることなく進んでいく。そうして出された判決は執行猶予付きの無罪。

 

「――――?!」

 

 思考が追い付かない。どういうことだ。私が混乱しているのを見て楽しいのか、いや、実際楽しいのだろう、ルーデルドルフ閣下の声音が踊っている。

 

「ちょうどいい処罰だろう?」

「少佐が少将に逆らったんです。独断専行未遂でもある。そう考えると、軽すぎる処罰でしょう」

「不満かね?」

「文句をつけるつもりはありません。その権利は、私にはない」

 

 何故この程度なのか、そこだけが引っ掛かりを覚える。まるで、何かあると言われているみたいじゃないか。……ああ。

 

 ルーデルドルフ閣下の表情を見て確信する。

 ここは合理の牙城。隙を見せた人間にぶち込める物は山ほどある。多分、いや確実に、私に充てられる罪状は別にある。それは今そこに無くたっていいのだ。どうしても逃れられないもののスケープゴートとして私の罪は“現状において”無罪として流され、それが現れた時に宛がわれて有罪になる。

 ため息はつけないが、眉間にシワが寄るのは止められない。

 

 ああ、――――ろくでもないことになった。

 

 そうして、ユリアちゃんが休暇を取らされました。強制で日程決定の権利すら与えられないものです。実質、停戦関連どころか戦争業務から追い出された形になります。宿舎からは追い出されていますし、休暇明けに出頭するところを指定されているとはいえ、休暇から帰る頃には参謀本部の私のデスクはなくなっているでしょう。監視がついている気がするので逃げ出せばお尋ね者、なので名誉のために逃げないでおこうな!辞令は休暇から復帰後に与えるとされましたが、これは良くてクビですかねえ………最悪はとんでもない罪で首が飛ぶかな?

 

 まあ、何が何であれ休みですので、ユリアちゃんの元職場として登録されている飲食店に向かい、住まわせてもらう代わりにお仕事でもしながらのんびり過ごそうとしていましたがあら不思議。どこから聞きつけたのか家から呼び出しがかかりました。いつぶりかしら。仕方がないので私服で裏口から屋敷へ立ち入れば、エリカさんが待っていて、あれよこれよと頭の天辺から足の先まできっちり令嬢の格好に仕立て上げられる。そして祖父に対面させられ、

 

「面倒なことをしてくれたな、忌々しい髪色の分際で」

 

一言目からこれである。コップの水をぶっかけられたので魔導で乾燥させれば、顔が引きつる。それでも威勢を張るのだから少し面白いぞ?

 

「お陰でお前の影武者を立てる羽目になった。お前をアナスタシアとして動かしている間、ユリア・バーナードの代理をする人員を割かなくてはならん」

「監視がついていることまでよくご存じですね」

「我がプルシア家にかかればどうということはない。お前が査問会議にかけられたこともな」

「そうですか」

 

 ほう、軍内部にプルシアの人間がいたのか。知らなかった。というか、私はプルシア家が表面上は商会経営――――プルシア・ライヒ商会の会長をしていることしか知らないので、祖父の発言で裏側がきな臭い雰囲気であることを知ってしまった感じになる。

 

「これだから魔導師は嫌いなのだ。自分の力で何でもできると驕る」

「何でもできるなら、今頃私の力で戦争は終わっているでしょうに」

 

 ユリアちゃんの元職場も商会の運営するものだが、時折コーヒーを飲みに行ったりする間に、従業員の足の運びや体のこなしが普通でないことには薄々感づいていた。それに、随分前にレルゲン中佐に説明したように、彼らは知識も教養もあり、外国語を手繰ることができたものだから、何だか頭の良い傭兵じみているなあ…とか考えてしまったのはこういう理由だったのか。………おい、大分物騒ではないのかこの商会、もといこの家。

 私が嫌な汗をかくのを知ってか知らずか、今日の祖父はやたらよく喋る。

 

「共和国軍を仕留めなかった結果はすでに見えている。海の向こうでは多国籍軍が編成されている上、東側の動きが怪しい」

「東部戦線は異状なしのはずですが」

「商会員はそうは言っていない。――――新規開拓して正解だったな」

 

 そして、嫌に冴えている。

 このクソジジイ爪隠して愚か者やってたのか腹立たしいとか、分かってるならそのパイプを使って戦争終結させりゃあこんな苦労してねえとかいろいろ湧き出すが、そんなことよりもその事実を今、私に明かす理由がわからない。

 

「今日、私をここに呼んだ目的は何ですか」

「ふん、縁談に決まっているだろう」

「は――――はあ?!」

 

 意味が分からないと私がキレている間にあれよあれよと別荘地へ連行され、今に至る――――

 

 

 以上で最初の時間軸、つまりは別荘地にいる私の状態につながります。そして、縁談の相手とコーヒーを飲みながら話す…いえ、演説を聞く羽目になっています。

 なお、祖父母は今、観光を楽しんでいます。もう訳が分からなさ過ぎて殺意しか沸かない。

 

「――――そして我が小隊は敵陣を制圧し、祖国に貢献したのだ……アナスタシア嬢、聞いているかな?」

「ええ。あなたの武勇伝は聞いていて楽しいです、中尉さん」

「そうかそうか!そういえばつい最近もだな…」

 

 さて、私の縁談相手ですが、見ての通り軍人です。魔導適性の無い普通の軍人、階級は中尉。彼は自分がいかに優れた軍人かを熱く語ってくださるので、ある意味非常に面白いです。大した内容も無いのにもう二時間は話しっぱなしという纏まりの悪さ、永遠に軍大学へ入れてもらえなさそうなのがよく分かります。これで私が、ユリアが少佐であることを伝えられたらもっと面白い状況になりそうなのですが……きっと顔を青ざめさせて、先ほどまでの非礼を云々言い始めるのです。それで少しは私も満足できそうなのですが、不可能な話です。残念。

 もういいだろう。彼の話が途切れるあたりで声をかける。

 

「あの、誠に申し訳ないのですが、わたくしこの後用事がありまして」

「ん?ああ、もうこんな時間か、よく聞いてくれるから喋るのにも熱が入ってしまった。明日の夜会には参加するのか?」

「はい」

 

 明日の夜会をサボるのは祖父母が黙っていないので、否とは言えない。ただ、その後に言われたエスコートの話くらいは断ったっていいと思う。私の有意義な読書・その他思考の時間を潰してまで希望をかなえてやるのだ、これくらいいいだろう。

 ご馳走になったコーヒーと(長ったらしい)話の礼を告げ、私は喫茶店を出た。なお、ここも商会経営のお店。

 

 別荘への帰路の途中で立ち止まる。空を飛ぶことなく収めた視界はとても穏やかだ。

 煙や硝煙の臭いがしない青々とした空は憎らしいほど美しい。焼けた跡一つ無い緑に包まれた風景も、青空を映す湖も、何もかもが輝いて見える。

 今この瞬間にも南方大陸では共和国の生き残りが帝国への牙を研ぎ、帝国占領下に置かれた国の人間が帝国への恨みを育てていく。これはユリアちゃんの悩みの種。

 一方のアナスタシアは、つまり私は、唐突に表れた自分の家名における裏の顔を飲み込みきれていない。あと夜会に行きたくない。金持ちが行う戦勝を先走って祝う会など、戦争が終わらないことを知っている人間にとって楽しくも何ともない、むしろ不愉快である。

 

「……とんだ休暇だ」

 

 物理的にも、感情的にも、恐ろしく長い休暇になりそうだった。

 

 

 







 終わりませんでした。残念。しかも左遷の未来が見える!カワイソス!

 少しだけアナスタシアお嬢様もといユリアちゃんの話をしてまた戦場に戻ります。

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