令嬢戦記   作:石和

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 遅くなりました。遊んだり、旅行したり、遊んだり、ゲームしたり、遊んだり、引っ越したり、遊んだりで忙しくしていたら執筆時間がなかったんですお許しください何にもしませんけど。
 ということで19話です。


第19話

 

 

 揺れる車窓に映る景色はのどかだ。青々とした自然、空を映す穏やかな湖畔。硝煙や鉄の臭いなど一切しないその場所になぜ自分は向かっているのだろうか。いや、仕事である以上向かわなくてはならないのである。しかし、本来なら伴っていたであろう部下がいないという事実を認識するたびに、気分は少し下がる。彼女ならこれからある仕事に適任であっただろうし、何よりこの旅路と光景を喜んでいただろうから。

 

 彼女、それは作戦局における紅一点だった女性であり、先日まで将来を嘱望されていた元参謀将校の女軍人、ユリア・バーナードである。自分が現地視察に向かっている間に、上官への抗命行為、越権行為、独断専行の教唆といった参謀将校にあるまじき罪状のオンパレードを成し遂げた彼女は、過去に取りそびれた休暇を消費するという名目で参謀本部から追い出された。彼女の行く先は未定であるが、参謀将校であり続けられない以上彼女は野戦将校へと鞍替えすることになるだろう。

 

 そこに口を何一つはさめなかったことについて、直属の上司としてどうだろうかとは思うが、ルーデルドルフ閣下は自分が視察から帰還するまでに彼女に関するすべての過程を終わらせてしまった。作戦局の面々からどうにかしようと動いていたこと、結局それが意味をなさなかったことを聞いたが、彼女がルーデルドルフ閣下に楯突いた時点で許される範疇を超えてしまっていることは確実なので仕方がない。

 

 しかし、あれほど有能に働ける人間を追い出して、一体どのように使う気でいるのだろうか。彼女の射撃能力は皆無どころかマイナスであるというのに。ゼートゥーア閣下はその能力を鑑みてルーデルドルフ閣下のやり方に反対したというが………

 

 とにかく、済んだことを考えていても仕方がない。だが、これからやる仕事が金持ちたちの相手をすることだなんて、彼女ほどの適任はいないのではないか、せめてこれをやらせてから飛ばすなり何なりしてほしかったと思った自分は悪くない…だろう。

 輝かしい景色を遮るためにカーテンを下ろし、顔写真の載った書類の束を取り出す。これを到着までに覚えておかなくては今回の仕事は全うできない。

 

 

 思い出されるのは昨晩の出来事。

 

『接待ですか?この時期に?』

『金持ち――――貴族の方々から招待状を貰ってな。この忙しい時に、“戦勝を前祝する会”ときた。あいつらは頭が沸いているらしい。共和国首都を占領し停戦が見えてきたとはいえ、まだ戦争は終わっていない』

 

 参謀本部の一室で、沸々と煮えたぎる怒りを滲ませながらそう言ったゼートゥーア閣下は、返事も待たずに続きを話す。

 

『現地の軍人もいくらか参加するが、階級が低い奴らだけでは満足できないから独身の高級将校を寄こせというらしい。軍人の多忙さを舐め腐っている』

 

 盛大な舌打ちを聞いた気がした。この冷静な学者然としている理知的な将校から、舌打ちを聞いた気がした。否、聞いた。

 

『申し訳ないが、お前に行ってもらいたい。本当はバーナードに行かせるつもりだったが、ルーデルドルフのやつが追い出してしまったのでな』

 

 これはまさしく、あの部下が言うところの、東洋の般若の表情というところだろうか、恐ろしく怖い。しかし、それをはっきり言うわけにもいかず沈黙していると、青い瞳がこちらを射抜く。返事を要求されている。

 

『は、承りました』

『参加者はリストアップした。貴族の顔を全員覚えるのは無駄の極みだ、必要な人間だけ覚えてくれればそれでいい』

『……女性が得意そうな任務ですね…』

 

 うっかり零した言葉。しまったと思った時にはゼートゥーア閣下の笑いが室内に響く。冷汗が背中を伝う。

 

『本当に、そうだな。………ルーデルドルフ、何も追い出さなくとも解決する方法はあっただろうに』

 

 返ってきた反応は叱責ではなかった。その反応の内容を聞く限り、彼女を追い出すことを厭うようにもとれる。そういえば、彼女が最近提出したレポートを読んで批判しなかった人間は、この少将ではなかったか。

 

 違和感から生じた思考はおもむろに発せられた貴族の名前で霧散した。この伯爵、この男爵、次々と告げられる今回のキーマンに印をつけ、きちんとポーズを決めて取られた写真の顔と名前と爵位と情報を頭に詰め込んでいく。その最後、一人だけ異質な人間の名前を伝えられる。小さい身体、どこかで本を抱えている様子が収められた肖像画をつけられた女性。どこか照れているような笑みを見せている。見る限り黒のような重たい色の髪をしていて、瞳の色はデータによると青。

 

『一人だけ、資料が違いますね。…年齢を鑑みると、これは幼少期の絵だと思うのですが』

 

 資料――――やたら空白の多いそれを見せれば、ゼートゥーア閣下は珍しく頬を緩ませた。

 

『ああ……最近の写真が無いそうで、私が持っていた肖像画が使われた』

『ゼートゥーア閣下、お知り合いで?』

 

 ああ、と閣下は肯定する。

 

『アナスタシア・フォン・プルシア。私はかの家と直接関わりはないが、彼女とはかなり前から知り合いでね。よく帝都の図書館で本について話をした。賢い娘だ、生まれによっては軍人か優秀な官僚になっていただろうに――――貴官も、プルシア公爵家くらいは知っているだろう?』

 

 知っている。公爵という爵位を持った家は限られているが、その中でもひと際地味で、何をしているか知れない家系。商会経営をしているらしく、帝都で行きつけにしている喫茶店はそこの商会によって運営されていた気がする。確か、この家だけが何故か金髪に固執している。差別意識が強いのかもしれない、が。

 

『本当に、あのプルシア家の令嬢なのですか?』

『その疑いは金髪でないからか?』

『それもありますが……プルシア家といえば、もう老齢の当主とその妻しかいないと思っていました。一人娘には先立たれたと聞いていましたし』

『彼女は不義の子だからな。あまり公には出てこないが、それでも継承権は第一位だ』

『ならば、彼女が将来の当主ですか』

『だがあの老人当主は納得しないだろうよ。だから必死に婿養子を探しているようだ』 

『……ならば、写真の一枚程度ありそうなものですが』

『全く出回らない。良くも悪くも、貴族社会の頂点に立つだけはあるのだろう』

『では、この肖像画は?』

『私が描いた』

『え…え?!』

『レディ――――当時は可愛い子供にせがまれては、するしかあるまい?』

 

 帝国紳士たるもの、レディの希望には全力で応えなくては。

 そう言って微笑む視線の先にあるもの、まったくいつの間に手に持ったのか。それは軍人にしては上手すぎる、重たい色をした髪をハーフアップにして、深海のような色の瞳を輝かせた幼い子供の肖像画だった。

 

「レルゲン中佐、まもなく到着です」

 

 レルゲンと呼ばれた軍服の男性は、トランクを持ち上げると座席から立ち上がった。

 

 

 

 ライヒ・プルシア商会。それは極東からアフリカの大地まで幅広く視野を広げ、欧州に利益を持ち込む帝国最大の商業団体である。戦争による経済制裁によって業績を下げつつも、独自のルート開発で一定以上の利益を上げ続けている――――

 

 皆様ご機嫌麗しゅう、アナスタシア・フォン・プルシアですわ。今ご覧いただいたのは私の実家が経営する商会の紹介文ですの。シンプルすぎて私の知りたいことは何にも分からないだなんて何て素晴らしい隠匿状況。これに関しては我が帝国軍も見習わなくてはならないでしょうし、情報をすっぱ抜く暇があるなら少しは協力したらいかがなの?とも思いますがまあわたくしにもユリアちゃんにももう関係のない話になりそうですわね。

 

「でも戦時下なのにここまで業績がいいなら法を掻い潜ったりしてそうだし、本気で爪隠してやがったなあのジジイ…おっと」

 

 あら、口調がユリアちゃん。よろしくない。しかし、本当に業績は良いのだ。別荘地でレジャーを楽しめる程度の余裕があるとは、参謀本部で話したらぶち殺されそうな勢いである。商会ではなく家の家計簿を覗き見たが、一応国に寄付をしている形跡も見られるし、王宮への交通費の計上から皇帝陛下と謁見する機会を持てる政治的な権力だってあると理解できた。とは言え、権力と金があるだけではあそこまでの経常利益を出すことはできないだろうから、商会は何かやっているはずである。たとえば、軍内の情報を収集したりとか。――――もうそれ答えじゃん、商会は情報屋も兼ねてそうじゃん。色々知っているから利益が出る土地に新規展開するんだよねそうだよね!

 

 八百長かな?と言いたくなるが、多分そうできるだけの苦労は支払っているはずなので、それができる理由を探りたい。そう、例えば。

 

「お嬢様、失礼いたしま――――」

「ごめんねエリカさん!」

 

 我が家の使用人に一発蹴りを入れにかかる。もちろん、シャベル姫御用達の格闘――――それは見事に両腕で受け止められる。

 

「――――っ」

 

 宙を返って体勢を立て直しながら着地するや否や、左右の拳を突き出していくがそれは容易く弾かれていく。拳では足りないと足まで使って攻撃していくが、逆に足を払われそうになる始末。結局、慣れないヒールに足を取られたその隙に組み伏せられ、ポケットに忍ばせていた演算宝珠を奪われる。なおも抵抗しようとすれば首筋に手刀を宛がわれたので大人しく降参する。

 

「何のつもりでしょう、お嬢様」

「――――ははっ、とてもカタギじゃないわ。それに対魔導士のスキルがある。非魔導師の人は普通、演算宝珠を狙わないのよ?」

「それは、……っ」

 

 エリカさんが言葉に詰まったようだった。これはもう、答えなのだろう。

 正直に言おう、恐ろしい腕前だった。帝国軍ならエリートになれる。

 

「何故このようなことを?」

「商会の人間はやたら傭兵じみてるなあと思って。エリカさんもそっち経由の人…というか、我が家の使用人は全員そういう感じなのかしら」

 

 公爵家という肩書きのわりには意外と人数いないし、よくよく思い出すと皆足音がないわよね。そう言えばエリカさんは私に突き出した手刀を引き下げ、無表情に告げる。

 

「それを知っていかがされるおつもりで?」

「今まで全く知らなかった事を知り始めると、好奇心が疼いて仕方ないのよ」

「興味本位で手を出すというなら今すぐお止めになられたほうが宜しいかと」

「祖父が私に継がせる気がない間は興味本位でしか動けないわ。分かるでしょう?」

 

 無表情だったエリカさんの表情が曇る。

 

「まあ、私は別にいいの。我が家が仮にキナ臭かろうが、仮に世界の裏側から世界を救ってるなんてことがあろうが、私がこの家に受容されない人間であることに変わりない。だから私はユリア・バーナードとして軍人生活を送り、早ければ戦場で死ぬだけ。その後のことも、そもそも今のことだって、どうでもいいのよ」

 

 起き上がるそぶりを見せれば、彼女は簡単に拘束を解いて私を立たせてくれた。その際に汚れた裾を払ってくれるのだから、気遣いもできる。

 

「そろそろ夜会の仕度しないといけないんでしょう?もう好きなようにして頂戴、どうせ私の意見は通らないんだから」

 

 そうして私の身支度を完璧に済ませるこの女性が、先ほどの格闘の合間に見せた猛禽類のような瞳を見せる人間と全く同じだという。

 とんでもない家に育ったものだ――――私は祖父母の評価をクズから怪物に変更せざるを得ないと痛感した。

 






 次でアーニャちゃんの話を終わらせて戦争業務に戻ります。
 早めに続きを投げ込みたいのでほどほどにがんばるぞい!

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