令嬢戦記   作:石和

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 酔いもさめて開きっぱなしだったPCで1話を読み、「うわあこれは書きにくそう(黒歴史の予感)」と思った。

 評価、しおり・お気に入り登録等してくださった方々ありがとうございます。それらをするに値すると判断してもらえたことは本当にうれしいです。ただの酔っぱらいがしでかしたこと、誰にも見向きもされないで終わると思っていたのですがちょっと楽しくなってきたので続きをやれるとこまでやってみます。
 では、令嬢の軽い設定の後、第2話をお楽しみください。


<令嬢の軽い設定>
☆アナスタシア・フォン・プルシア
 4月生まれ。現在結婚適齢期な20歳。令嬢にしては高身長。12歳から5年くらい祖父母と士官学校入学を巡って戦争していたが、何せ受かってしまったので18歳の一般の学校卒業と同時に士官学校へ入学。ターニャと同じく1年で繰り上げ卒業。
 知識を蓄えるのが好き。嫌いなことは家から押し付けられる縁談と令嬢の恰好をすること。

☆ユリア・バーナード
 4月生まれ。軍大学在籍時20歳。女子にしては高身長、スタイル良し。孤児であり、両親の名前は空欄になっている。
 射撃能力が発狂するレベルのエラー。しかし防壁硬度と近接格闘能力はそれなりにある。シャベル姫とは彼女のこと。




第2話

 

 ある日、ターニャは言った。此度の戦争は一撃では終わらない。むしろ、その一撃をはじめとした世界大戦になると。

 

 私はターニャがゼートゥーア准将に提出するというレポートを、確認という体で読ませてもらっていた。ほら読め、と押し付けられたそれを読み、彼女から受け取った生のデータにも目を通し――――私は彼女よりも統計を扱う上では成績が良かった――――分析方法が間違っていないこと、2つ数字のミスがあったのでそれを訂正するよう伝えた。そして、そのレポートを返却するや否や衝動のままに自室へ駆け込み本棚から歴史書を、それも戦史においてターニングポイントとなる時代のところだけを引っ張り出して、あらかじめ端を折っておいたところを広げて速読していく。そこだけ読めば、戦史がどのように転換するかを再確認できるようにつけておいた印は、私が確認したい知識を的確に伝えてくれた。そしてすべてを確認し終えた時、私のこの切羽詰まるほどの焦りと不安は、私が積み重ねた知識が警鐘を鳴らしている故だと把握できた。

 

 彼女は世界大戦、それも国力すべてを挙げての総力戦が展開されると書いていた。帝国は新興列強にして、従来の列強よりも単独で優位に立っている。確かに、共和国や協商連合くらいには単独戦であれば勝てると思う。様子見をしている連邦や連合王国は難しいが、イルドアなら仮に攻めてきても倒せるかな、というくらいだろうか。

 ただ、帝国が共和国を制圧すれば、もしくは協商連合を制圧すれば、連合王国が動くのは簡単に予測できる。

 何故なら、かの国は一時期世界を掌握できるくらいには優秀な国だったのだ。自分たちの不都合に目ざとく気づき、小さな島国とは思えぬ国力で火消しにかかる優秀な国だ。共和国とは100年殴りあうし共和国の敵の味方になるようなことが多いが、それはたいてい共和国の敵が共和国より弱い時の話。

 もしも長年の敵が帝国に飲まれたら?それは困るはずだ。だって、彼らは何だかんだ一緒に動いているのだ。この欧州大陸を三分割するなら連邦、帝国、彼らの3つになるのだ。気に入らないけど認めている、ツンデレのような関係が彼らだと個人的には思っている。そして連合王国は、今回協商連合を支援している。共和国も協商連合に味方している。それははっきりと、連合王国が帝国を脅威ととらえていること、共和国は帝国にちょっかいを出したいことを示しているではないか。

 しかも極東の皇国と連邦の不穏な動き――――連邦は今、極東に戦力を割きたくないから皇国を叩き潰さなかったのだ。なら、その戦力の来る先は間違いなく欧州大陸だ。帝国とその他列強諸国の世界大戦が見えてくる。

 

 状況は把握した。では、何故こうなった?

 

 答えとしては、帝国は一歩国外へ、協商連合へ踏み出してしまったことだろう。それも外交官ではなく、兵士が踏み出してしまった。そこがターニングポイント。それも、帝国が世界大戦の引き金を引く転換点。この戦争の歴史書を将来手にすることができれば、ぜひとも印をつけておきたいほどの。

 

「……もう少し早くこのレポートが上に行っていたら、何か違ったかしらね」

 

 帝国は総力戦かつ消耗抑制で「負けないこと」を目標に据えることになるというターニャちゃんの意見は非常に過激で狂気的だが、恐ろしいほどの正しさを持っている。このレポートは将来的に、北方で戦争をすることを主張した愚かな将校を片っ端から斬っていくだろう。

 

 小休止。息を吐いて、息を吸い、そして息を吐く。

 

 ターニャ・デグレチャフのレポートは、あくまでもこのままちょっかいを出され続けることを前提に書いている。ちょっかいを出された場合、軍としてどのように対応するかを考慮した完璧なレポート。

 だが、どうにも引っかかる。

 それはターニャちゃんが未来を予見したような分析をしたことではない。彼女の有能さはずっと隣で見てきているから知っている。私がどんなに努力しても掴めないものを彼女が掴み続けているのはよく見てきたので、今更気に留める内容ではない。では、気に留めるべきは何か?

 

『命令を忘れるようなアホな頭には、頭蓋骨を切開し、直接命令を叩き込んでやろう』

 

 鮮烈な記憶――――一人の廃人が生み出される寸前だったあの光景。

 やはり、彼女の狂気だろう。所以の一つは彼女が他者の感情を理解できていないと思われる。理解できないのだから、私たちから見て彼女が異質に見えるのは当然である。

 もう一つ、このレポートにおいて、人間を「消費」…つまり資源として捉えきっていることか。彼女の合理性は突き抜けて異常だ。彼女が正常に考慮できるのは、自分の命と保身についてなのだと思う。

 まあ、そんなことは士官学校の時から知っている。それを知っていて離れなかったのは私だ。私とて、誰かを資源として消費することになる可能性は捨てきれない。だって、消耗抑制ドクトリンに共感できるあたり、私も合理主義者である可能性は高いし、そこにどれくらい狂気があるかなんて私には把握できない。

 

 では、狂気の彼女が正しいとして。私、もしくは私以外の帝国軍が把握しておくべき、彼女から見た私たちの無駄はなんだ?

 

「…………!」

 

 そこまで思い浮かべて、私はデスクの引き出しから紙とインクを取り出し、ペンを手にガリガリと文字を書き始めた。日が暮れても、月が頂点に至ってもひたすら書き続け、月が沈むころにようやく、

 

「……ぐう、」

 

ペンは止まった。

 

 

 

 隣室から何やら大きな音がした気がする。それと、一瞬の魔力反応。

 朝、ターニャ・デグレチャフは目覚めた。時間を確認し、起きるにはちょうどいいことを判断。寝癖やらを整えてから廊下へ出た。すぐ隣、士官学校から同期の女の部屋で立ち止まると、小さな手を伸ばす。室内に響き渡る硬い音。もう起きてもいい時間であるのにしばらくしても動きのない室内にまたか、とドアを開ける。開けて、彼女にしては珍しく心臓が止まるような衝撃を受ける。ドアを開ける最中に見えたのは床に投げ出された白い腕。ドアを開けきって見えたのは、部屋中に散乱した大量の白紙と書き損じ丸められた紙、そしてシャツに軍のズボン姿で倒れている部屋の主。まさか死んでいるわけではあるまいな?!と呼吸を確認すれば規則正しい呼吸音。

 

「…………ついにこいつ、床で寝るようになったのか?それも、紙と一緒に?」

 

 無駄な心配を、とため息をつく。改めて部屋を見渡せば数冊歴史書が本棚から落ちていたり、椅子が倒れていたり、デスクの上でペンが転がっていたり、何か書いた跡があったり、心理学の本が山積みになっていたりする。床で眠るバーナードは束ねた髪を解いた形跡も着替えた形跡もなく、演算宝珠も首から提げたまま。…そういえば、彼女は昨晩夕食をとっていないはずだ。風呂にも入ってなさそうなあたり、彼女は何か熱中して書くだけのものを思いついたらしい。

 ほう、とターニャは思う。自分にできない思考をする座学最優秀の彼女を熱中させるその内容は、どうやら心理学と歴史に関係することらしい。デスクに置きっぱなしにされたレポートの中身に非常に興味がある。彼女は眠っているし、整理整頓がてらのぞいてみるのもいいかもしれない。

 表紙に書かれた題名は「仮題:歴史と心理学の関連」、ぱらぱらと頁をめくれば、彼女が分析した歴史上のターニングポイントと、その時の軍人の心理について書かれている。歴史の転換点は油断であったり、欲目であったり、確認不足であったり、人間の不出来な部分に軍人たちが陥って発生したもので、それは時に国全体を包み上げるとある。確かに、戦場一つとっても軍人の愚かな勇気と愚行は状況を一転させる。現場に即したいい内容だ。だがどうにも掴めないのは、彼女が書きたいことであった。

 彼女はどうにも、今の帝国軍に流れる空気を恐れているようであった。周辺国は打ち勝つべき敵と認識する帝国の勘違いを彼女は指摘したいような文面を書いている。また過去の戦争の歴史から、帝国はあと少しならやってしまえという風潮があると、こちらははっきり指摘している。――――そんなこと、今更指摘して何になるというのか。

 ターニャはそこまで考えて今回のレポートは興味なしと切り捨てた。しかし、彼女は知らない。これから先、軍と帝国がしでかすことが更なる泥沼を呼び込むことを。また、勘違いという単語のみに関しては、彼女が一番気に留めるべきであり、気に留められない彼女の欠陥であることを。

 

 ターニャが出て行った数分後、ユリア・バーナードは起き上がった。その顔に眠気はない。

 先ほど椅子を倒して起きたとき、とっさに魔法で棚を揺らして自らばらまいた大量の紙をかき集めてすべてごみ箱へ捨てた。そして、デスクに置きっぱなしのレポートは容赦なく火をつけ、使いもしない大ぶりの灰皿へ置く。燃え行くレポートを眺めつつ、結びっぱなしの髪を解いた。

 

「ごめん、ターニャ」

 

 本当はそのレポート、提出する気なんてさらさらない没案なんだ。口には出さず、その件に対する謝罪を述べた。ただし、罪悪感など感じない。ターニャがレポートを盗み見るような真似をしても罪悪感を感じないのだから、ユリアが騙したことに罪悪感を感じる必要はないと判断した故に。

 

 引き出しから束ねられたレポートを取り出し、ぱらぱらとめくる。ふくらますべき内容を確認してまた引き出しにしまうころには灰皿のレポートはチリと化した。灰を捨て、吸いもしない煙草の灰皿を定位置に戻した。

 朝だ、大学だ、と急いで支度をし始めたところで今日は休日であることを思い出した。げんなりした彼女は、ストックしているパンを適当に食べ、さっさと風呂に入り、流れるような二度寝を決めた。

 

 

 






 果たしてこれは友人なのか。まあとにかく、ヴィーシャ路線ではないことは確実です。


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