令嬢戦記   作:石和

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 誤字脱字校正その他もろもろ、皆様いつもありがとうございます。自分のダメっぷりに気付いて悲しい反面、皆様の優しさに嬉し泣きします。


 さてアーニャちゃんの胃痛タイムです。調子に乗ってサクサク書いて投げ込むので今回も誤字脱字以下略よろしくお願いします。


第20話

 

 

 

 前回、私は祖父母の評価をクズから怪物に変更せざるを得ないと痛感した、と言ったな?

 だが、夜会は別である。

 

「絶許」

 

 適当に挨拶を済ませ、することもなく話しかけられたくもないので壁の花になりながら、夜会を楽しんでいる祖父母へ恨みの言葉を述べる。ドレスは窮屈である。

 ユリアちゃんの時の普段の適当なスタイル、ぱっつん前髪に適当に束ねた長い髪は驚くほどの変貌を遂げた。アナスタシアの時は前髪は横に流され、ハーフアップがデフォルトになるのだが、今晩は後ろががっつり持ち上げられて結い上げられ、コテでふわふわにされた髪をよく分からない纏め方できれいに見えるように加工されていてもうなんかよく分からない(大事なので二回)けど凄い。分かるのは頭を振っても髪がバサバサしないということと、髪飾りがついていることと、イヤリングがつけられたことくらいか。

 イヤリングの石はエリカさん曰くハイパーシーンという石らしいが、そんなのはどうでもいい。

 ドレスは群青色のAライン。私の瞳とは相性がいいが、髪には合わない。無表情を装いながらふてくされていると、私が知っている声が飛んでくる。

 

「またそんな色のドレス着て」

「金髪には映えるのではないかしら」

「相変わらずねえ。あんたの髪色はそれだから良いのに」

 

 ソプラノボイスでの打てば響く反応、さらっと誉め言葉まで述べる。この反応の仕方は、“私”の学生時代を思い起こさせる。

 

「久しぶり、リリア」

「久しぶりね、アーニャ」

 

 目の前で不敵にほほ笑むのは、懐かしきアナスタシアの学生時代を充実させた、金髪碧眼、祖父母の理想形態を持つ女性――――悪友リリア。

 

「リリアは楽しくやっている?旦那様はどう?」

「毎日楽しいわ。ちょっと寝不足なのが悩ましいけど、幸せな悩みよね」

 

 そう言って笑う彼女は、とても美人だ。

 

 

 

 私が近況をしばらく語れば、次は自動的にアナスタシアの近況について聞くこととなる。

 

「アーニャは…その様子だと引きこもりかしら」

「そんなところ」

「猫被れるしスタイル良し、頭も切れるの三拍子揃ったそれなりの優良物件なのにねえ…性格が難だけど」

「ぐっ…相変わらず容赦の無い…」

「そんな人間を友人に選んだのはあんたでしょ」

「仰る通りで」

 

 流しきれない長さの前髪が彼女のこめかみ付近で揺れる。色白な肌にはっきりと主張する重たい色の髪は、相変わらず彼女を苦しめるのだろう。だが、その苦しみに対して何も手を打たないとは到底思えない。それは、私が悪友だからだろうか。

 

「アーニャ、あんたいつまでそうしているつもり?」

「………」

「あんたは邪魔する者を蹴散らすのなんて得意だろ?私は忘れてないわよ、全方位から売られた喧嘩を耐えて耐えて耐えながら情報収集して、最後の最後で敵の汚点暴露して下剋上どころか舞台ひっくり返す勢いの復讐を成し遂げて令嬢方に心の傷を塩と一緒にブチ込んだこと」

「リリアは横で大爆笑してたわね、懐かしいわ」

「今だってあそこで鼻高々なレイマーク夫人の弱みを握ってるから壁の花やってるんだろ?先輩ったら、アーニャに近づきもしない。手を振ってみたけど、私とアーニャを見て顔をひきつらせてるし」

「ちょっと脇腹を突いてあげただけよ、学生時代に」

 

 深い海の色を湛える瞳が闇を映す。けしかけておいてという話だが、少し怖い。

 リリアと呼ばれた友人は久々の感覚にゾクリとするのを抑えられなかった。

 

 実害は無いわ、わざわざ弱みを作るのがいけない、そもそも私を舐めてかかるからそうなる――――全てを飲み込む荒波というよりは、どこまでも静かな凪。しかし、どこまでも穏やかで、深く引きずり込める深海を持つ彼女を、リリアは学生時代から大層大事にしている。

 

 敵に回してはいけないと本能的に悟ったせいでもあるが、何より彼女の隣にいることは楽しいのだ。勉学の成績もスポーツの成績も優秀で、クソ真面目と思いきやジョークを解するユーモアも持ち合わせた賢い令嬢。こちらが何か言えば、それに合わせてそれなりに変化する表情も面白いし、時折見せる冷徹さも面白い、というよりは興味深いだが、とにかくリリアという令嬢は“金髪でない”ことも含めて彼女を気に入り、友人を始めた。そして、いつの間にかこうして顔を合わせれば会話が止まらないような関係になっている。

 

 今だって、彼女の口から言葉は止まらない。あのお菓子がおいしい、最近の物価は値上がりが激しい、あるブランドのドレスは輸入禁止になった、様々な情報のやり取りをしていく。まあ、これは情報交換が優先的に行われているだけだが………先ほどから彼女の視線の先にあるもの、それについてからかうのはこの会場において友人の立場を得ている私だけが許された行為なのではなかろうか。

 

「ふうむ……軍人さんは人気者ね。アーニャも軍人さん狙い?」

 

 彼女の視界にとらえられているであろう一人の令嬢とその取り巻き。彼女らの獲物は軍人らしい。軍服をまとった眼鏡の男は面白いくらいにタジタジだ。どうやら兵士や敵をあしらうことは慣れていても、自国民やその令嬢をあしらうことは全くもってだめらしい。

 

「……そうね、そしていいえ。可哀想なことに、その本人は逃げたくて仕方がない様子だけれど」

「気になるなら、助けに行ってあげれば?」

 

 お前の家名はぶっちぎりだろう?とからかうように言えば、彼女は苦い顔をして面倒くさいと呟く。

 そうだろう、だって彼女は家に認められない子供なのだから。認めてもらえないのに家督継承権は1位で、他の候補がいない。彼女の祖父は自分の選んだ男と彼女を結婚させて、男のほうに家督を継がせたいようだが、彼女は首を縦に振らない。

 まあ、圧倒的にレベルの低い男を当てようとしたって、権力を握るどころか足蹴にされるだけなんだがね。それをわかっているからか、それとも彼女の幸せを祈っているからか、彼女が首を縦に振らない縁談はまとまったことが無い。もし後者なら、というかハイパーシーンなんて石をイヤリングとして身に着けさせるくらいなら公爵は早々に彼女へ家督を譲るべきだと思う。出来るだけ“なるはや”で、彼女に下剋上アタックで殺される前に。

 祖父達に強要される縁談の数々で嫌になってしまったのか、もしくは彼女の理想が高すぎるせいか、中等部から高等部、学校を卒業した今に至るまで、彼女が自発的に起こした浮いた話など一切無い。時折誰かに告白を受けていたようだがバッサリだ。

 アーニャ、お前の中身がブリザードクイーンなのではないかと私は何回も疑っているんだよ。でも、もしかしたら、今日やっと、お前はかわいらしいお嬢さんなんじゃないかって、自発的に声をかけに行くんじゃないかってちょっと心が躍る。だからけしかけるね!

 

「家名は置いておいて、中心人物に心当たりあるだろう?」

「フィルデラント伯爵令嬢ね。縁談がまとまってたわよね、1年前に」

「あれ、破談の危機らしい。そんな状況で男性に声をかけるなんて、なあ?」

 

 軍人さんに多大な迷惑がかかる未来が見えるねえなんて言ってやれば、彼女はため息をついてこちらを見る。呆れ顔――――そのどこかに何だか恥ずかしそうな何かが見えるあたり………待てお前ちょっといつもよりかわいいぞ?!

 

「アーニャ、健闘を祈るわ!」

「何のことだか」

 

 張り切って一押ししたら、彼女は歩き出した。ちょ、もしかしてこれは、

 

「アーニャに春が……!?」

 

 え、うわ、どうしよ。私の心の準備がまだ!

 私が一人で浮かれている間に、彼女は例の集団のもとへ優雅にたどり着き、よく通るアルトボイスで一撃を入れる。 

 

「レルゲンさん、お待たせしてしまったでしょうか」

 

 軍人さん、レルゲンって言うのか、よく知ってるな…。面白いくらいに固まった彼の腕にアーニャはさらりと手を乗せる。あ、眼鏡がずれた。落ち着けって。

 

 誰も彼もが驚く中状況を飲み込んだのか、突然現れた上に軍人さんのずれた眼鏡を直してやる頭脳高レベルな乱入者に対し、問題の令嬢が悲鳴をあげた。

 

「プルシア公爵令嬢…?!何故ここに…!」

「お久しぶりですわね、フィルデラント伯爵令嬢。私も帝国貴族の端くれ、呼ばれた夜会には出席いたしませんとね」

 

 無駄にいい笑顔、周辺の男性の視線が彼女の顔に釘付けになるのが分かる。よく言うよ、無駄な夜会は断りまくって滅多に表へ出てこないくせに…とジト目になった私は悪くないよな?

 

「未来の旦那様の元へは行かれなくて良いのですか?それとも、まさか将来を約束した唯一に見放されているのでしょうか」

「そんな事はないわよ!」

「でしたら、この方は必要ありませんわね?道が違いますもの」

 

 おーおー、盛大に吹っ掛けやがった。今、フィルデラント伯爵令嬢の縁談は破綻しかけているんだ。新しい旦那候補が欲しい、しかし、縁談の破談を認めてしまえば傷がつく。ご令嬢のお相手は誰もが認める優良物件なだけに大変ねえ、まあ私は知らんけどと言わんばかりに軍人の腕を引き、さらりと集団から抜け出た彼女は、こちらを一瞥する。私は行っちまえ、と手を振り、彼女がごめんね、と目線だけ寄越してバルコニーへ出るのを見届ける。

 タイミングを見計らって迎えに来てくれた旦那に寄り添いながら、過去に一切浮いた話の無かった彼女に幸あれ、と思ったのは内緒だ。

 

 

 

 

 皆様ご機嫌麗しゅう、アナスタシア・フォン・プルシアですわ。

 今、私はユリアちゃんの上司、いえ、元上司を救済しに行きましたの。隣でぎこちない動きをなさっているのがその元上司、ユリアちゃん風に言うなればレルゲン中佐。

 

「助かりました………その」

「アナスタシアです。私の方が年下ですし、敬語は不要ですよ」

「しかし、」

「だって私、ただのアナスタシアとしか名乗っていませんもの。そう考えると、身分も何も関係ないのでは?」

 

 本音としては、私の中のユリアちゃんが発狂しそうなので私が敬語でお願いしますというところです。ええ、キャラの使い分けは大変なのです。今は令嬢外面モードですわ。

 

「恐ろしく頭の回る」

「お褒めの言葉、ありがとうございます」

 

 爽やかに微笑んで見せる間に、レルゲン中佐が落ち着きを取り戻した。大方、任務でこんなくだらない夜会に来ているのだろう。彼の性質と多忙さを考えると、こんなところに寄越していいのかと疑問しかないが、来てしまったものは仕方がない。お疲れ様です。ですが忠告。

 

「お嫁さん候補を探しに来たのなら、もう少し女性を学んだほうがよろしいですわ。先ほどの令嬢とその集団は貴方のキャリアにおいて火薬庫でしかありませんの」

「………社交界は恐ろしい」

「ええ、バケモノがたくさんいますから。軍務とはいえお疲れ様です」

「………」

「何故ばれたって顔をしていらっしゃいますが、あなたのような人間を送ってくるには理由があるでしょう」

 

 もう少し手段を工夫するべきですわ、と伝えると苦い顔をされる。まあ、この方法を考えたのは彼でないだろうから、上司にでも伝えてくれればそれでいい。正直人選ミスだろとは思います、ええ。

 

「そんな貴女もいいのか?こんなところで意味のない会話をしていて」

「名前と肩書に釣られる頭の悪い人たちと会話したり踊ったりしたところで無益でしょう。一応挨拶はしましたし、家としてつながりを保っておいた方がいい人たちとはもう会話も済ませてあります」

「コネ作りも合理的に、ということか」

「そういうものです」 

 

 ふむ、と生真面目に頷く中佐。そういうところがだめだと思います、キャスト変更を要求しますとか云々は絶対に口に出さない。

 しばらく会話が途切れる。バルコニー下の庭から頭上の空へと視線の角度を変える。月を隠す雲の合間から見える深い紺色の空には、銀砂のような星が散らばる。

 ふと、話題転換に自分の欲求を吐き出してみる。

 

「……ああ、コーヒーが飲みたい。なぜこういう場所にはお酒しか置いてないのでしょう」

「酒は飲まないのか」

「ええ。苦手です」

 

 本当はワイン大好きです、とは口が裂けても言えないのです。酔ってユリアに戻ったら笑えないですからね。仕方がないので帝都に帰ったらユリアちゃんの時に存分に飲んでやりますわ。

 

「商会のコーヒーはこの状況にあっても比較的質が良く、私もよく飲みに行っている。――――すまない、あなたの実家で間違いないか?」

 

 唐突な内容に驚きしかないが、さらっと微笑みと肯定の返事をした私を誰か褒めてほしい。

 

「まあ、そうなんですの。職場で人気なのですか?」

「知らない…が、直属の部下や、知り合い達はよく足を運んでいた」

「あら…」

 

 うーん。直属の部下、それはどう検討してもユリアちゃんですねありがとうございました。

 

「……その部下は貴女によく似ている」

「それは見た目が?性格が?」

「性格……だが、見た目も似ているかもしれないな」

「見た目が似ている人間は世界に3人くらいいるって言いますからね。しかし、私のような性格をしているとは、その方も大変ですね。きっと問題児でしょう」

「そうだな。だが、とても優秀だ。そこに間違いはないし、よく助けられる。感謝しているよ」

 

 

 思わず目を見張る。思考が荒れる。

 それでも何とか冷静な部分を作り出し、至って普通を装いながら、最上の解を目指して、ゆっくりと視線を空から中佐に変更して、慎重に口を開く。

 

 

「……それ、ご本人に直接言って差し上げればよいのでは?」

「似ている貴女で予行演習したと思ってくれ」

「まあひどい」

「だが、貴女も優秀であることは間違いないだろう」

「ありがとうございます」

 

 月の光が差し込む。

 

「私の名前はエーリッヒ・フォン・レルゲン。貴女の名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「アナスタシア・フォン・プルシア。通名ですわ、本名はもっと長いです。ご希望通り、次にお会いするときは本来の身分で――――話して差し上げませんわ」

「だろうな。そんな気がする」

「だって年上から敬語で話しかけられるだなんて、しかも国のために働く方に……まあ、状況によりと言ったところですわね。そろそろいい時間ですし、失礼いたします」

 

 努めてゆったりとした動作でお辞儀をし、踵を返してバルコニーから室内、廊下、玄関へと場所を変える。迎えの車に乗り込むや否や、頭を抱える。

 

 ああ、本当にしんどい。やべえ、ユリアちゃんの正体割れてたらどうしよう。いや、あの感じだと私はアナスタシアで、ユリアちゃんとは認識されてないよね?そうだよね?オールグリーンだよね?No problemだよね?

 

「――――っ、~~~~~~!!!」

「お嬢様、顔が真っ赤です」

「酔っただけ!帰ります!」

 

 運転手の一言が刺さる。

 畜生、そんなこと報告してくれるな!

 

 

 

 

 それから数日、休暇最終日。帝都の屋敷だろうと別荘だろうと引きこもりかつ起きない私をエリカさんが叩き起こしてくれた。

 

「おはようございます、お嬢様」

「………おはよう」

 

 ユリアちゃんとしての身支度をさっさと整え、裏口に回る。朝食は車内でとる予定にして、朝一の電車に乗ることにした。

 

「では私はこれで。エリカさん、世話になったわね」

「いえ…あの、帝都のお屋敷には次いつ戻られるのですか?」

「休暇の見通しは立っていないから当分戻らないわ」

「そうですか…」

 

 表情がいつもと違う。そう思うのと踵を返すのは同じタイミングで、私は見なかったふりをしてドアノブに手をかけた。そしてドアを開けようとして、

 

「あの、お嬢様!」

 

エリカさんの声に振り返る。

 

「何?」

 

 珍しく切羽詰まった声に気付かなかったわけではない。だが、素直に心配する程、私はこの家の人間ではないから、あえて何も気づかなかったように振舞う。

 

「その、旦那様の命がもう長くないことはご存知ですか?」

「……いいえ」

「……お嬢様、どうかお戻りいただけませんか。このままでは、」

「祖父が私を後継に指名しなければ家は無くなるわね。まあそうしたら、アナスタシアもいなくなるでしょう」

「!」

 

 祖父の命は長くないらしい。

 

「大丈夫よ。家が無くなったなら私が責任を持って使用人たちの転職先を手配するわ」

 

 ドアを開け放って外へ出る。後ろは振り返らなかった。

 

 一体、何だというのだ。何を知ろうと、何に興味を持とうと、私は後継に据えられないただのアナスタシアなのだからそこに関しては何にも関係ない――――だがしかし。

 

「…………果たしてどうなるかしらね」

 

 家が無くなったら無くなったで、私はユリアとして生きることができて人生お花畑モードに突入できる。しかし、どうもそんな様にはならない気がして、不穏な何かを感じつつ帝都行きの列車へと乗り込んだ。






 アーニャちゃんとレルゲン中佐のエンカウントを達成しました。やったね!
 悪友リリアちゃんは勝手によく喋るいい子です、お陰で文字数が…。
 ユリアちゃんは幸先よくなさそうな感じを察してしまった!可哀そうに。

 次からは戦争業務です。ではまた来月以降お会いしましょう。

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