令嬢戦記   作:石和

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 次から戦争業務と言ったな?あれは(辛うじて)嘘じゃない。

 だけどもう一人不幸せ(?)にしてからユリアちゃんの左遷先へ。






第21話

 

 

 

 

 ユリア・バーナードが朝飛び乗った列車から降り立ったのは午後のことだった。足取りは住み込みで働いていた経歴のある喫茶店ではなく、帝都の図書館へと向かい、幼いころは常連のようにいた小説のコーナーで1冊手にする。やはり常連だった、日の当たる窓際のテーブル2人席で上着を脱いで膝に掛け、手は本のページを手繰る。児童向けというよりもう少し成長した少年少女向けの本は昔より色あせて、ボロボロになっているが、そもそも内容を覚えているので問題なかった。

 

 本の内容は、魔王によって国を追われた王子が別の王国で成長し、仲間を集めながら祖国解放の旅をする。その途中で聖剣に認められた後、祖国を乗っ取った魔王を倒して出身国の王となるありきたりな内容。聖剣に認められた男の子の名前はオスカー。彼と一緒に育ち、最初の仲間となり、最後は結ばれた別の王国のお姫様の名前はリジー。オズヴァルド・ドバナという無名の作家によって書かれたその物語は、彼女がここで初めて読んだものであり、人生で一番、何度も読み返したものだ。それは、彼女がその物語を好きだったからというのもあるが、何よりも、軍人さんに薦めてもらった初めての本がこれだったということが大きい。

 

 ああ、懐かしいな。また、軍人さんに会いたいな。

 

 

 

『ナーシャ』

「――――?!」

 

 

 

 誰かに呼ばれた気がして目を開く。視界を木の板と自分の腕が占めている。光源はどう考えても夕日で、昼からの記憶がないということは寝ていたらしい。人の気配を感じて向かい側を見ると、誰かいる。

 

「目が覚めたか?」

「…………?」

 

 寝ぼけ眼で顔を上げると、視界に参謀本部のお偉いさんがいる気がする。――――気のせいじゃないぞ?!

 

「ゼートゥーア閣下!?うわ、え…いつから!」

「………まあ、落ち着きたまえ。ついさっき座ったばかりだ。そう長い時間ではない」

 

 目が覚めました。ゼートゥーア少将でしたね!うわこれは恥ずかしい。寝顔とか見られてそうだし何より居眠りというのは軍人にあるまじき失態ですね!

 

「あの、レルゲン中佐とかデグレチャフ少佐には内緒にしてください。こんな醜態さらしたなんて」

「案ずるな、私は本に夢中だったからな。ただ、レディが一人、外で居眠りするのは危ないからやめることだ」

「一応前線勤務経験ありの兵士なんで万一の時は心配ないかと……すみませんでしたもうしません」

「それでいい」

 

 少将が面白いものを見つけたかのようにくつくつ笑う。私はというと恥ずかしくてそれどころではない。ああ、この世に女神がいるというならば、きっととんでもないいたずら好きに違いない。何で普段なら寝もしないような状況で寝ているんだ私!いや私が悪いんですけどね、でもいつもしないもの、だから女神のせい。いいね?

 

「しかし、随分と古いものを読んでいるのだな。まして子供向けの本とは」

「…小さいころに読んでとても好きになって、それからずっと思い出しては読んでいるんです」

「思い出の本、というわけか」

「はい。初めて人に薦めてもらった本でもあります」

「ほう?誰に薦めてもらったんだ?」

 

 あなたですよ、とはとても言えない。 

 

「名前も知らない軍人さんに。昔はよくこの図書館にいて、私にいろいろなことを教えてくれました。この数年は会っていません。私は彼の行方を知らないので、会いにも行けない」

「……その人間に会いたいと思うか?」

「会えたらいいですね。でも、あちらが会いたくないなら会わなくていいとも思います。大分身長も伸びました、見た目も違います。あちらはきっと分からないでしょうから。私が会いたいと思っているのは、きっとわがままなのかもしれませんね」

 

 そう言って微笑む――――私はうまく笑えているだろうか。

 

「少佐、この年齢層の本で、他に薦めてもらえないか?」

「わかりました」

 

 少将にお薦めの本を教えて、もう耐えられないと私は図書館を出た。

 

 

 某日夕刻の図書館。

 閉館直前の静けさの中、軍服に身を包んだ学者然とした軍人が、日の沈むテーブル席で3冊の本を前に頭を抱えていた。

 目の前に並ぶ本はどれも少年、少女向けの小説。どれも見覚えがあり、そのどれもが記憶の中の人間から薦められ、現実の人間に薦めたものであった。そしてつい先ほど、その現実の人間から薦められたもの。

 

「ナーシャ、………アナスタシア」

 

 確かに、現実の人間には自分の望むものは自分で掴めと説教した覚えがある。しかし、それで本当に軍人になると、それも素質ある軍人になるとは誰が思っただろうか。

 

『ゼートゥーア閣下!?うわ、え…いつから!』

 

 ……ああ、何故、何故彼女が、彼女なのか。今更、あの有能な人材を手放す余裕は無い。だが、これでは、あいつに顔向けできない。――――父親と同じではないか。

 

「良い訳がない…言い訳もない」

 

 思い出す記憶の中の人間も、同じような重たい髪色をしていた。瞳の色は違うが、纏う雰囲気は彼そのものではないか。細めの目ではないがあの形の目は覚えがある。多分、パートナーだった人間の目の形をしているのだ。これほど分かりやすいにもかかわらず、何故今まで気づかなかったのか、と己を責めてももう遅い。

 

 しかもよりによって、あの本が一番好きだという。本の内容は、魔王によって国を追われた男の子が別の王国で成長し、仲間を集めながら祖国解放の旅をする。その途中で聖剣に認められた後、祖国を乗っ取った魔王を倒して出身国の王となるありきたりな内容。聖剣に認められた男の子の名前はオスカー。彼と一緒に育ち、最初の仲間となり、最後は結ばれた王国のお姫様の名前はリジー。そして、書かれてこそいないが設定段階では存在していたもう一人――――二人がもうけたたった一人の娘はナーシャ。ナーシャは愛称であり、本当の名前はアナスタシアであったが、出版するときにその話はカットしたのだと、結婚を圧力で消された記憶の中の人間は言っていた。

 

 彼女は、いや、ユリア・バーナードは、何だかんだ、重要な佐官として立ち位置を得ている。ならば、自分は気づかないふりをして部下を上官としてこき使うしかない。本当の名前を呼ばず、偽の身分を申告したことを咎めることなく、むしろその隠蔽に協力していくしかない。それが帝国にとって一番合理的であるがゆえに。そして、帝国の勝利のために。

 

――――女神というものがいるなら、それはとんでもない阿婆擦れに違いない。

 

 

 

 

 皆さんごきげんよう、ユリア・バーナード少佐です。ご報告したいことがいくつかありますのでお聞きいただければと思います。

 

 まず、休暇明けに命令通りの場所に出頭いたしましたところ、私の軍籍を継続することが決まりました。ただし、ちょっと変更が。ええ、フォンが取れました。私が優秀だった証拠はすべて無くなって私は一介の少佐になったのであります。シャベルは手放せませんがね。

 

 次、帝国は戦争続行となりました。連合王国からは挙国一致、徹底抗戦の姿勢を見せられ、共和国と協商連合の残党――――自由共和国と姿を変えたそれは帝国に対する闘争を続けるそうです。しかも海の向こうで義勇軍設立の噂ありと来れば、帝国がさらに戦いの泥沼へ足を突っ込むどころか全身で飛び込んでいくことは想像できますね、ええ。

 さらに付け加えるならどの勢力を抑えきるにも帝国は力不足です。しかしすべての戦線を維持する程度には力があるという……これでは千日手。だからあの時戦争やめろって言ったのにと言ってももう遅いですから何も言いません。

 

 では次。

 

「………あ…暑い…暑すぎる…」

 

 帝都は比較的涼しかった。軍服一式を着こめた。だがここでそんな服装規定を順守していたら脱水状態で死へとまっしぐらではないのか。早速上着を脱いでシャツを捲った。

 視界に映る光景も随分と違う。近代的建築の立ち並ぶ景色ではなく、砂塵が舞う原始的光景。

 

 …ええ、皆さんお察しの通り、私、今、砂漠にいます。

 それも、南方大陸ときました。

 

 ここで四つ目の報告、私は野戦将校へと転向になりました。しかも見た目がちょっと変わりましてね?今まで後ろで束ねていた長い髪が短くなって、ぎりぎりシニヨンができる長さになりました。そりゃあもう、転属先聞いた瞬間バッサリと。頭が軽くなりましたし、シャワーにありつけない生活に以前より適応できますし、涼しいし、結構便利です。本当はベリーショートにしたかったのですが、まあ、アナスタシアが困るので仕方がないのです。

 

 そして一番の変更点。

 

「第八〇八航空魔導大隊に配属となりました、ユリア・バーナード少佐です。大隊長の任を預かっています。よろしくお願いします」

 

 次、五つ目、そう、私は指揮官になりました。絶対向いてない。私に威厳もクソもないから、現に目前で飴を舐めてる人とか勝手に武器を解体し始めた白衣とか、なんか色々いるんですけど?私が解散の合図もしてないのに勝手に解散したんですけど?皆ちょっと待って?

 

「こりゃあまた別嬪さんが来たねえ…ねえ、どこかのお嬢様だったりする?」

 

 解散しても立ち去ることなく近づいてきた、ネコのような雰囲気を醸し出す猫目の男に声をかけられる。自己紹介もなくタメ語で話しかけられるとは私の大隊長職が不安。

 しかしそんなことを気にする程私はこだわるタイプでもない。今そう決めた。

 

「いえ、孤児です」

「はあ…それで参謀本部にいたなんて君凄いんだねえ」

 

 声をかけてきた男は30代に差し掛かるくらいだろうか、周囲と比べて雰囲気が老成されている。軍人のわりに細身で、心なしか軽装備な気がする――――いや、装備品に軽量化の改造の跡が見られる。

 

「――――で、どうしてそんなやつがこんな廃材置き場に?」

「戦争を終わらせられなかった責任をとってここに」

「それはそれは桁の違う罪状だ。弱味でも握られたか?」

「上官への抗命行為、越権行為、独断専行の教唆をチャラにされた結果です」

「うへえ、フルコースじゃん!ここじゃあぶっちぎりの勇者だな」

「罪人に勇者はないのでは?」

「んまあ、それもそうか」

 

 ひとしきり楽しんだらしい男は、スッと手を差し出してくる。

 

「俺はアンスガー・ミュンテフェーリング中尉。シャン()って呼ばれてる。歓迎するぜ、嬢ちゃん」

「よろしくお願いします」

「ほら、お前も挨拶しろ」

 

 ミュンテフェーリング中尉、もといシャンの後ろから、金髪碧眼の可愛らしい女性が顔を出す。この人は通常装備だが、全身がやたら煤けているのは何故なのか。

 

「わ、私はヒルデガルト・ベッカー中尉です!プルバー(火薬)とお呼びください!」

 

 緊張した面持ちで敬礼までしてくれる。やる気がありすぎて空回りするのが不安だが、この現状において敬礼までしてくれたその心が嬉しい。

 

「えっちょっ何で泣くんですか!」

「あなたの優しさが沁みる…」

「プルバーが嬢ちゃん泣かせたー」

 

 初日初っ端からこんな状況である。大丈夫だろうか。いや、本当に。

 

 







★オズヴァルド・ドバナ
 皆様お察しユリアちゃんの実の父親。職業は軍人。軍大学を出る程度には優秀だったらしく、ゼートゥーアとルーデルドルフの後輩にあたる。航空魔導師で野戦将校だったらしいが記録が一切残っていないらしい。ユリアちゃんの髪色と性格は父親譲り。嫁はエリザベト・フォン・プルシア、愛称リジー。



 女神ってもんはとんでもない奴ですねえ(他人事) 


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