令嬢戦記 作:石和
バーに色がついていました。もうおねむの時間(本来は早寝遅起き型、例外は酒)という時に見たので「エラーだな?!報告だな?!」と本気で考えつつ寝て起きてクリーンな頭で真実だと把握しました。皆様ありがとうございます。感想とかも嬉しいです。胃が痛いですが死なない程度に頑張ります。現実に胃薬差し出してくれる人間はいませんからね、ええ。
では第6話をどうぞ。
統一歴一九二四年九月二四日。
皆様ごきげんよう。ユリア・バーナード大尉であります。大尉になってからいろいろありました。チケットの時のように、まれに自ら身バレしそうにもなりましたが、現時点では元気に一般人をしております。いや、貴族だし列車乗ったことないのは祖父母が帝都から外へ行かせてくれなかったことと、徒歩もしくは自動車移動が基本だったんですよね。そんなこんなで楽しい列車旅が終わってしまったのは誠に残念ですが、お仕事の時間です。とりあえず、レルゲン中佐を脇へ逃がし、小さな同期と会話することから始めるとしましょう。
「ユリア!」
「あ、ターニャ。元気?」
「お前のレポート読んだぞ。なかなか面白かった」
相変わらず小さな身体で見上げてくる同期は外見に関してはかわいらしい。ただ、1か月で部隊訓練するとかいう鬼畜っぷりは間違いなく幼女にできることではないので、中身は男前なおばさんか何かなんじゃないだろうか。しかもドSの部類だと思う。
笑顔を浮かべながら横目で中佐の様子を確認すれば、行き場所がなかったのか通路の壁の向こうでこちらを窺っている。いや、逃げてよ。苦手なんでしょう?
「今日の査閲式には参加するのか?」
「うん。ほら、一応防壁だけは硬いから何かあったときは火消しできるし」
「じゃあこぼれ弾をせいぜい回収してくれ。お前ならできる」
「意図的に撃ってくるのやめようね?」
「新兵がミスするかもしれないではないか。まあそんな奴は私の権限で間引くが」
「うわあえげつない」
ささやかにしては物騒な会話ののち、時間が迫ったので解散。小さな歩幅でかつかつ歩いていく航空服の後姿を眺めながら、近づいてくる人間に声をかける。
「中佐、胃薬をご用意いたしましょうか」
「いや…万が一の時は頼む」
「ええ。胃薬も防壁もお任せください」
深いため息をつく中佐にこちらもため息をつきたくなる。これぐらいでその調子だと、デグレチャフの狂気には勝てませんよ。まあ、レポートを彼女が高評価したこと、つまり私の行動もそのため息の要因にはなっているので、そこだけは謝罪しておいたほうがいいかもしれない。
帝国軍野外演習場に高級参謀らがずらりと並ぶ。皆男性であり、軍服をかっちり着てすらりと立っているので見栄えとしてはいいものである。ただ、皆一様に顔が引きつっている。その端っこで私は苦笑いしながら無線の音声を聞く。一応シャベルは近くにある。憲兵に持っていくなと厳命したのできっと万が一も大丈夫。
『聞こえていないのか?よろしい。ならば、死ね。今すぐに死ね。貴様が死ねば諸経費が戦友のために役立つ』
容赦のないたたき上げと脱落者への砲撃術式。本当に撃墜してしまうなどターニャと私以外誰が想像していただろうか、というような周囲の動揺ぶりはきっと正常な判断だ。
『さあ、潔く死ぬか上昇しろ』
兵を死ぬ間際まで追い詰め、文字通り生かさず殺さず能力の限界まで絞めあげるその才覚は異常だ。大方、人間の死の恐怖の中発生する急激な能力向上の特性を生かして教育したつもりなのだろうが、これは将官たちがちょっとかわいそうである。ターニャの言う人的資源という面では何の問題もないのかもしれないが。
隣ではレルゲン中佐がターニャ直々に説明を受けている。ターニャからしてみれば、査察に同行したいと申し込まれた側なのだからプレゼンは必須だろう。しかし、中佐は上から命じられて申し込んだに過ぎない。直々の説明なんて欲しいけど欲しくない、そんなジレンマに駆られているはずだ。
「エレニウム工廠に資料を請求したい」
「わかりました、手配しておきます」
さくさくと手配を進め、意識を査閲に戻したときには、中佐の表情が真っ暗になっていた。ああ、まずいんじゃないかな。何聞いたんだろ。ターニャがいなくなるのを見送ってから、中佐にお伺いする。
「中佐、せめてポーカーフェイスを習得してください。胃薬あげませんよ」
「そんなにひどいか」
「ええ」
視線を上げれば、ひと月で訓練されたとは到底思えない精鋭部隊が空を舞う。なかなか信じがたい光景ではある。兵士の顔つきがほかの部隊の人間とは全く違う。すでに死線を潜り抜けまくって慣れ始めた人間の顔をしている。私も人を率いて戦場に赴いた経験はあるが、あそこまで……そう、戦闘狂のような雰囲気ではなかったと思う。人が死にかけるほどの教育を当たり前のようにこなせる彼女は、きっと異常だ。私にそれはできそうもない。
「奴は、人的資本と言った」
「……ああ、成程。気づきましたか。――――デグレチャフという人間は士官学校時代からあんなです。もしかしたら、元からかもしれない」
「知っていて一緒にいたのか」
「ええ。そうでなければあんな取扱い説明書なんて書けません」
「はは……やはりそうか」
中佐の表情が取り繕われる。どうも、今までのあらゆることが脳内で処理できたらしい。どこか諦めを持ったその様子に安堵したとき、緊急事態を告げる一報が届けられる。
『緊急。軍団規模ダキア軍我ガ国境ヲ侵犯中』
「中佐、」
「とりあえず指揮所へ。……ルーデルドルフ閣下もふざけて言ったはずだろうに、まさか、本当に滞在中にお前の答え合わせの時間になるとはな」
「それは私も驚いています」
眼鏡の位置を直したレルゲン中佐とともに指揮所へと向かう。後ろからターニャちゃんが小さな歩幅で近づいてきているのは回避不可能なので後でめいっぱい対応してあげねばなるまい。対応?もちろんレルゲン中佐の。さぞかし胃痛、苦痛に苛まれるであろう未来はもう見えてる。
指揮所へたどり着くと現状の把握。60万のダキア軍が徒歩でえっちらおっちら登山しているらしい。本気で攻めたいというのがダキア上層部のお考えか。なのに、航空戦力がない。準備砲撃も、制空戦もない。致命的だ。
どうやら、この弱小国の侵攻によって軍大学のデグレチャフレポートは現実になりつつあり、今日が帝国の世界大戦突入日らしい。
ああ、愚かな。脅威を感じる相手には手を出さない。それが生き残りの定石だ。なのになぜ、わざわざケンカを売りに山越えしてくるのか。義理か?それとも欲目か?まあ、どうだっていい。無知は罪なりというけれど、詰みでもある。愚かな選択をした上層部のせいで、歩みを止めて滅ぶ羽目になるのだから。そして、さぞかしデグレチャフはこの
ターニャがてくてくと近づいてくる。さあ中佐、胃痛のお時間です。
「……なんと意外な攻撃、と驚くべきですかな。レルゲン中佐殿」
「皮肉はいい。少佐、遅滞戦闘に出てもらうぞ」
「は?遅滞戦闘でありますか」
ターニャが信じられないといわんばかりの返答をする。それに対し中佐が至極まっとうな返事をするが、多分彼女に関しては違うと思いますよ、ええ。中佐の広げた命令書に目を通しながら、彼女の思考を読める範囲で探る。
「中佐、デグレチャフ少佐が言いたいことは多分、『余裕なので蹴散らしてきます』かと。命令されたのは『国境防衛に最適な行動をとれ』です。帝国…デグレチャフ少佐の部隊は精鋭の航空魔導士集団、対するダキアは陸上専門の歩兵、航空戦力無し。これはノルデン、ラインで最も欲される戦局ですよ」
「先鋒だけで三個師団近くというが?」
「問題ないでしょう。デグレチャフ少佐の撃墜スコアは邪魔があってもあの数値ですから」
想像とその材料を説明してみせれば、中佐が引きつった顔を見せる。何故、と思ったがこの中佐はターニャの野戦将校としての活躍はあまり見ていないのだったと思い出す。
彼女は砲弾、航空機、敵魔導士の邪魔を受けてなお戦場トップに君臨する“ラインの悪魔”なのだ。その邪魔が一切ない、その状況で果たしてどれだけの死体を積み上げることになるのか。まして部下は全員精鋭ぞろい。部隊全体でカウントしたらどうなるか。正直考えたくない。
「正解だ。流石はユリア・バーナード。レポートにおける戦力予測もドンピシャだ」
うわあ嬉しくない。自然に漏れ出た感想にターニャが私の脛を軽く蹴り、中佐の左手が胃の位置に持ち上げられた。ああごめんなさい、中佐を苦しめる予定はなかったんです。
とりあえず、これで国境防衛はできる、と思った。それで終わりだと思ったし、レポートにもそう書いた。だが、ターニャ・デグレチャフは止まらない。
「それで、どこまで進んでよろしいのでしょうか?」
「何?」「はい?」
「うっかり、敵の抵抗が脆弱すぎて兵站限界を超えては問題ですから」
「まて、少佐。貴官は何を言っている」
うわあまじかあ、と思った。私も彼女が何を言っているのかよく分からない。え?余裕すぎるの?長距離遠征するつもりでいるの?私無理だよ?
私も一応魔導大尉だ。空を飛びつつ攻撃をすることの疲弊度合いが結構すごいこと、魔導士の燃費の悪さは分かっているつもりだ。彼女はここからどこまで進むつもりなのだろうか。まさか首都ではあるまいな?――――いや、そうだろう。彼女ならやってのけそう。そもそも、それができるほど規格外な部隊を作り上げたというのかターニャ・デグレチャフ!?お前の脳内は一体どうなっている?!
思考に身体の機能を奪われている間に、ターニャは満面の笑みで私に言うのだ。
「待ってろユリア、サクサク攻略してお前のレポートの正しさを証明してやる!」
頭が痛い。
「………じゃあ期待しないで待ってるねターニャちゃん」
「ちゃん付けはやめろ!」
「ターニャちゃんの武運を祈るよ……必要なさそうだけど」
「お前帰ったら覚えてろ…?!」
お呼ばれしていたらしい彼女の副官が来たので適当に返事をして副官と会話させる。その間にも飛び交う言葉は耳に入らず、私の頭は鈍痛を訴え続ける。そんな私に、ターニャは胸を小さな拳でおまかせあれと言わんばかりに軽く叩く。その様子に私の思考は限界を迎えて停止した。ふと視野に入ったレルゲン中佐も同じような様子だったから笑えない。パタパタ去っていく背中は小さい。しかし、あの中にあるのは間違いなく化物だ。
「中佐、胃薬です。あと水筒も」
「すまない。………お前にも鎮痛剤か何かが必要そうだが」
「頭痛薬をください…」
二人分の溜息がターニャのいない指揮所に消えた。
……本当に、笑えない。私も、中佐も。
レルゲンだけでなくユリアちゃんも痛みに苦しむ羽目になった。後悔はしていない。