令嬢戦記   作:石和

7 / 23


 感想、評価、誤字報告エトセトラ、皆さまありがとうございます。
 では、第7話です。





第7話

 某日、帝都参謀本部。

 私はルーデルドルフ閣下にお呼び出しされていた。

 

「昇格だ。バーナード少佐。今回はよくやった。上も貴官を褒めている」

「恐悦至極に存じます」

「素直に受け入れればいい。お前の予測は大正解だったようだからな」

 

 大正解?否、不足することばかりではないだろうか。

 

 先日のダキア戦は六十万を七万が蹂躙した圧倒的国力差を見せつけての終わりを迎えた。それは、近代技術を誇る帝国が技術後進国に見せた、近代戦の実戦演習だった。山岳地帯を陸路で行軍するカラフルなダキア軍に航空戦力はなく、前線は途中分派された帝国軍予備戦力第十七軍と航空艦隊により崩壊した。ターニャ・デグレチャフ少佐率いる第二〇三航空魔導大隊により戦域の制空権の完全支配に成功……そこまでは、私が予測できた結果だ。私はその戦域が国境周辺だと思っていた。だが、これで終わらない。友軍航空艦隊に先んじてデグレチャフ少佐は前進、ダキア首都を制圧。その時彼女はこう言ったらしい。

 

『蹂躙できないほうがどうかしている』

 

 そうやって国境どころか国を手中に入れて見せたあのラインの悪魔。私はデグレチャフの有用性、思考も勘案してダキアレポートを書いたつもりだったのだ。なのに、不足した。例の取扱説明書も多くの改定が必要だと思うが、何を書いたらいいのかわからないという現状。

 ああ、私の思考は彼女の思考を読み解くには不足する。私は、私が、ターニャ・デグレチャフに追い付けない。指揮所でのどこまで、という質問。彼女はやはり間違いなく、首都まで行くつもりで中佐に聞いたのだ。

 

「いえ、小官の予想は当たったかもしれませんが、不足する部分が多いです。特にデグレチャフ少佐を当てれば国境防衛できると想定しましたが、実際は首都制圧、終結まで進みました。結果は良かったものの、不測の事態であることに変わりはなく、さらに悪化する可能性があったものと思います」

 

 いい方向に進んだから、今回は良かったのだ。もし、参謀本部も予想外かつ政治的に大問題な案件を引き起こしていたら、帝国の首は絞まる。それを一番やりそうな現場の人間はターニャ・デグレチャフだと思う。それに――――

 

「だが、今回は成功した。それでいい。次は北方を処理する。貴官にも時期に辞令が下る、それまで待て。…少佐、あまり完璧を求めるのはいいことではないぞ」

 

 私の思考を遮った声は退室していい、と許可を下す。私は会釈し、閣下に背を向けて歩きだした。廊下へ出て、自室への道をたどろう…として行き先を変更、続きを考え続ける。

 完璧?違う。私が気にしているのはリスクだ。それも、ターニャ・デグレチャフを運用することのリスク。確かに、今回は彼女のおかげで損耗少なめ、かつ短時間で敵国を制圧できた。ただ、それはうまく行き過ぎただけだ。航空艦隊がないなど、ダキア以外ではありえない。だが、帝国は彼女を使えば美味い汁を啜れることを、勝利の味をまた一つ知ってしまったのだ。これは、まるで、劇薬だ。それも、参謀本部と国を惑わす傾国の幼女ではないか。これでまた、帝国は勝利を渇望するのだ。歴史が繰り返される一方で、そうでない時の対処法をまた知ることなく次へ進むのだろう。

 

 神よ。あなたは、帝国の味方ですか?それとも、帝国の破滅を望まれているのですか?

 

 

 

 

 皆さんごきげんよう。ユリア・バーナード少佐であります。ええ、昇格しました。少佐になったので、人事課とかに飛ばされるかなとか思っていたんですけれど現状維持だそうです。いやあ、ありがたいですね。ありがたいのですが、上司が相変わらず胃痛に悩んでいるのはどうしたらいいのでしょう。

 

「中佐、今日もデグレチャフ少佐からラブレターですよ」

「やめてくれ…!」

 

 ここ最近、毎日作戦局のレルゲン中佐宛にデグレチャフ少佐からお手紙が届きます。内容は決まってこき使われることへの苦情。どうやら部隊訓練を盾にターニャちゃんは前線勤務をさぼりたいらしいのです。

 

「『休養とか連携訓練とかやりたいみたいなんだけど、ターニャちゃんほら、ダキア戦で十分実弾演習してしまったじゃない?だから働いてほしいの!消費した弾薬分の働きをよろしく!』って書けばいいんですよ」

「お前が書け」

「嫌ですよ、だってターニャちゃんからレルゲン中佐宛のラブレターなのに、私が返事書いたらラブレターの意味がないですもの」

「何の問題も無いから書いてくれ…!もうダースは届いている!」

「ターニャちゃんの純情!ってやつですかね。少々重たいですが」

「本当にやめてくれ」

 

 そんなことを言われても、こちらとしては書けない。というよりも、書く余裕がないのだ。私が少佐に昇格すると同時に任される仕事量が増えた。思考力を問われるような仕事が増えたので時間を食うようになっていて、今だって会話はおまけ程度で本当に集中しているのは北方方面軍の現状把握。分析したり考察した部分を書き留めて気になる部分には印をつける。今日の私は昼食をとる前にはノルデン旅行開始なのだ、中佐の世話を焼いている余裕は正直ない。

 ええ、実はですね。私にはノルデン――――北方方面軍司令部への出向が命じられまして。表向きは前線司令部で経験を積ませる、本当の目的は中央の意向を通しやすくするための伏兵…といった具合であります。何故私なのか、と思ったが、ルーデルドルフ閣下は戦争大好き北方方面軍に真っ向から対立する主張の持ち主である私を連れて行って会議をぶち壊すつもりらしい。だって、下積みと称して中央に送られてくる北方軍のデータとか報告書とか読まされてるし、協商連合の知識も突っ込んだし。しかも現地に着いたら中央宛の報告書と現地報告書との差分を調べるようにですってよ?全く、仲良くする気は毛頭ないとはっきり仰せになればよろしいのですわ!そのくせ時が来るまでは猫を被っておけと言うのですから、私のストレスがマッハだよちくしょう!しかもターニャちゃんもゼートゥーア少将から拝借して連れてくるときた、勘弁してほしい……もうすでに疲れている気がする。

 

「中佐はそれさえこなせばしばらく平和な胃を維持できます。問題は私です。ターニャちゃんに次会ったとき処刑な、って宣告されてるので死ぬかもしれない」

「防壁で防げばいいだろう」

「前線離れて久しいですし、もうターニャちゃんに勝てないと思います。ほら、早いところ書きあげてください、返事書く前に次の手紙が来ても知りませんよ」

「ぐっ…」

 

 時計を確認するともうそろそろ支度をはじめなければまずい時間に差し掛かっていた。というか、早いところ車を出してもらって駅に行かねばならない。書き上げた書類やデータを封筒に詰め、筆記用具類とともにトランクに放り込む。髪をシニヨンに結いなおし、苦手な帽子を被り、コートを羽織る。見た目だけは完璧な軍人の出来上がりだ。外向けの笑顔も装備。くそ、令嬢訓練で身に着けた外面がこんな時に役立つとは聞いていない。

 

「では中佐、行ってまいりますわ。わたくし、しばらくいませんから。ちゃんとご自分でデスク整理なさってくださいね」

「善処する。……貴官も無理をしないように」

「こんな馬鹿らしい化けの皮とっとと剥がして会議ぶち壊してやる……!――――行ってきます」

 

 別れ際に私のストレス発散も兼ねて胃薬を1ダース中佐に投げつけたが、正直不足するのではないかと思う。まあ、あとは軍医さんのお仕事ってね。

 ルーデルドルフ閣下と合流し、手配した車に乗り込んで駅まで向かう。発行済みの切符(自分で買ってきた、ちゃんと買えた)で列車に乗り込み、自分のコンパートメントを見つけて帽子とコートを脱いでから着席。窓の大きい席をもらえたことを喜びつつ、これからやることを順番に整理していくべく頭を働かせる。

 

 今回の派遣において私が期待されているのは、ノルデン侵攻時における中央のわがままがきっかけで起きた北方方面軍との仲の悪さの改善と、中央の意見を押し通す足掛かりとなることだろう。仲の悪さについては大陸軍の配置換えで北方方面軍を振り回した中央が悪いと思うのでもうどうしようもないと思う。

 もう一つのお仕事としては、中央の意見――――というより、所属的に私はルーデルドルフ閣下の意見を押し通すことになる。ただ、意見において2つの方向性があるので、現地を先に視察してどちらを優先するべきか見ておかなければならない。

 1つ目の意見は、協商連合など捨て置くパターン。越冬を見越して防御を固め、えっちらおっちら兵站の整備に取り掛かる。正直、私はこちらを薦めたいところだ。最近協商連合の魔導士の強化、それも立場上中立を保った国の兵士が混じっていることが報告されている。防衛を理由に撃ち落としたならまだしも、攻勢に出て撃ち落とした場合に政治面で文句をつけられるきっかけとなってはたまらないし、それを理由に参戦されてみろ、もっと混沌が訪れる。それは帝国にとっていい状況ではない。それだったら先に共和国を潰したほうが義勇軍派遣とかもされずに済みそうである。

 2つ目の意見は、オース・フィヨルドを攻撃し、短期決戦を決める。北方方面軍に攻勢をかけさせて囮とし、別動隊を海から派遣して叩くのだ。上手くいけば協商連合は砕けるし、北方方面軍は今までの鬱憤を晴らすが如く戦うだろう。まあ、悪くはないのだろうよ。でも、わざわざ戦いに行く必要もないかなあと。北方方面軍がよほどの戦闘狂ならこっちにするしかないのだが。……ああどうしよう、戦闘狂だったら。

 とりあえず私はこれから最善を検討するために現地の様子を調べ、不都合の無いように猫を被り、情報を多く手に入れる。そして閣下に報告、順序を決めるそうだ。ターニャはその後に合流らしいので、私の死はその後にやってくるかもしれない…と。

 

「まあどうせ、ターニャが来る前から針の筵状態だろうし…」

 

 私の主張と真っ向違う人間に囲まれて暮らすのだ。だから頭痛薬はちゃんとダースで持ってきた。

 

「次は軍務でも仕事でも何でもなく、旅行で行ってみたいものだわ。そうね、復興した後に。荒野が見たいわけではない」

 

 ノルデンより北にぜひ行ってみたい。フィヨルドなんて独特な地形、面白そうではないか。海の青と雪の白、さぞかしきれいに見えるのだろう。

 窓の向こうを眺めながら巡る思考を終わらせるべく、目を閉じた。

 

 

 

 






 お嬢様言葉ってこんな感じですかね。噛みそう。

 海外の列車旅は風景がきれいで楽しいと聞いています。ぜひ生きている間に一度くらいは行ってみたいものです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。