令嬢戦記   作:石和

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 みんな!クソアニメ見ようぜ!!!





第8話

 一台の車が帝国北方方面軍司令部前に止まる。ドアを開けた従卒に対してありがとう、と礼を告げるその声は戦場に飛び交う声より高いが、高すぎないアルトボイス。というのも、車を降り、帽子を被った人間は頭のてっぺんから足先まで軍服で身を包み、重たい色の髪をシニヨンに結った女性兵士であった。階級は少佐で、次に降りる人間のために場所を空ける。次に降りたのは初老の軍人で、階級は少将。

 案内役を任された男性兵士が駆け寄り、挨拶とともにトランクを預かろうとする。それに対して少将は自ら連れてきた従卒に自らの分だけ持たせ、どうするかと問われてやんわりと断った少佐は、気づかいに対して礼を言う。そして早く連れて行けと言わんばかりに二人から睨まれた男性兵士は慌てて切り替えるかのように案内を開始した。途中、珍しく読み物を持った兵士が座っているのを、少佐の瞳が捉えていた。されど声はかけず、少佐は案内役や少将に大人しくついていき、本部へと連れていかれる。

 出迎えた高級将校たちに彼らはきれいに整った礼を見せる。簡単な挨拶を済ませると、握手を交わす。暖炉のある室内でコーヒーを飲みながら、方面軍の状況や必要事項の説明を受ける。良い待遇に感謝の意を述べ、執務室へと案内してもらうと、案内役に礼だけ述べて扉を閉めた。

 少将と少佐の先ほどまでのにこやかな笑みは一切消える。

 

「とんでもないな…なあ、少佐」

「ラインは物資足りなくて大変だったのに、あいつら上質なコーヒーにミルクまでついている…それでいて現状は厳しい?ふざけています」

 

 恐ろしく据わった目をして悪態をついた少佐は帽子を脱ぐや否や自分のトランクにしまい込み、シニヨンを解こうとしてやめた。自らのデスクに仕事道具を並べ、少将と自分の分のコーヒーを淹れて少将へ手渡せば、少将は満足げにそれを飲み、腕前を褒めた。そして表情を切り替えると、入り口で待機していた従卒に声をかける。

 

「とにかく仕事だ。――――書類を持ってこさせろ」

 

 かくして、ルーデルドルフ少将とバーナード少佐は北方方面軍司令部での仕込みを開始した。

 

 

 

 

 皆さんごきげんよう。ユリア・バーナード少佐であります。今、ノルデンにいます。ルーデルドルフ閣下の元で書類を読み漁り、情報を分析し、報告を続ける数日間を過ごしていますが、

 

「……もう放っとけば良いのではないでしょうか」

 

そう呟いてしまった私を許してほしい。疲れています。ええ。資料の読み過ぎで母国語がゲシュタルト崩壊してきている。自分が何を書いているのかも分からないなんて末期症状だと思う。そんな泣き言のような呟きに案の定、ぎろりと目を向けてくるルーデルドルフ閣下。彼もだいぶ資料を読み込んでは2つの策の詳細を練り直しているので、それなりの疲れは見える。

 

「何故だ、少佐」

「……参謀将校としてはもうお答えできません」

「ではユリア・バーナード、答えよ」

「兵站は伸び切ってるのに敵地に攻め込みたい?馬鹿じゃないんですか?何でわざわざ戦闘狂するのやら!帝国の基本戦術は防戦のはずです!」

「それはもう崩れている」

「そうなんですけども、そうなんですけど……」

 

 フェードアウトする発言に閣下がため息をつく。『言いたいことは山ほどある、それは理解するがすべて言ってくれるな状態』で働く身なのでもうこれ以上文句は言うまいと机に突っ伏す。従卒が用意してくれたコーヒーがもう何杯目かなんて知らない。

 

「まあこれもあと少しだ。明日にはデグレチャフ少佐が来る」

「……ああ、死んだ…!」

「とはいえ仕込みにはもう少し時間がかかる。デグレチャフ少佐にはしばらく訓練しながら空挺作戦でも考えていてもらうとする。貴官も魔導士として訓練を受けてきたらどうだ?久々にシャベルを振り回してくればいい」

「あの、閣下。小官は参謀将校であると認識していたのですが」

「参謀将校にしては動きが軽やかすぎる。もしも野戦将校ならば貴官のコードネームは何になるかという話題では、Streber(ガリ勉)Hirnmuskel(脳筋)で割れた」

「うわあ…どっちも嫌……」

 

 私の悲痛な叫びに対し、閣下は北方司令部で借りた資料の一部返却を言い渡した。デスクに積まれる大量の書類。今までに読み込み、不要と判断された書類たちの返却を済ませたら帰ってこいとのお達し。

 

「これ、全部、私が?」

「一人で行ってこい、Hirnmuskel(脳筋)

「………」

 

 ああ、早くレルゲン中佐の下へ帰りたいとか思ってしまった。胃薬投げつけた分だけで足りてるかしら。

 よろよろと立ち上がり、書類を抱えて返却の旅へ向かう。畜生、どうせ閣下がこれから煙草タイムに入るのは知っている。せいぜい時間をかけて返却してくるとしよう。そう思って少しすっきりしたはずなのに、人生は上手くいかない。

 

「…………」

 

 目の前で散乱する書類。尻もちをついたのは私。私を見て前を見ろだのなんだの怒鳴りつけてくる将校は服装の乱れもなく、私はちゃんと立ち止まったのに前方不注意でぶつかってきた人間なだけあってあーだこーだうるさい。……階級は大佐か、逆らえないな。ああ困った。

 

「聞いているのかね少佐!」

「申し訳ありません。書類の順番を思い出していました」

「はあ?!」

「書類は司令部からお借りしたものなので、きちんと順番を整えて返却しなければなりませんし。ああ、大佐、足を動かさないでいただけませんか。表紙に靴跡がついてしまいますので」

 

 言っていることはあれだが、笑顔だけは令嬢スマイルで何とか対応する。だがやたら文句をつけるのに忙しい北方司令部の大佐殿はそれくらいでは文句を言って時間をつぶしたいという意思を揺るがしてくれないらしい。散々怒鳴り散らしてから去っていった。まあ、書類は踏まないよう気を付けていたのでまだいい。…ああだめだ、もうプラス思考というものも怒りゲージに蓄積されていく。

 

「くそったれ…絶対後で痛い目見せてやる……シャベル…」

 

 一人でぼそぼそ呟きながら書類をかき集める。順番に並べなおしながら拾っていき、先は遠いなあなどと内心でぼやいていた時、きれいにまとめられた書類を差し出される。

 

「……あの、大丈夫ですか?」

「?!」

「えと、シャベルでしたら、今すぐお持ちできますが…」

 

 驚いて顔を上げると、困惑した表情を見せる兵士が横で同じようにしゃがんでいた。頭髪は栗色、目は緑色、階級は伍長。礼を言って書類を受け取り、ぱらぱらとめくればページがちゃんと揃えられている。おお、有能である。

 

「ハイディ・シュテーグマン伍長です。お手伝いさせてください」

「バーナード少佐。ありがとう、とても助かります。シャベルは別の機会にお願いします」

「わかりました。書類、全部拾ってしまいましょう」

 

 この伍長、先ほどまでの流れの悪さを吹っ飛ばすかのようにさくさく書類を拾い上げ、返却まで手伝ってくれた。優秀過ぎる。涙が出そう。だから返却が終わった瞬間、コーヒー飲まない?なんてお誘いしてしまったのは仕方がないと思う。

 

「改めまして、私はユリア・バーナード少佐。先ほどはありがとう」

「ハイディ・シュテーグマン伍長です。ラインでのご活躍は風の噂で知っています、よろしくお願いいたします」

 

 ショートヘアの女性兵士はなんとなく見覚えがある。顔ではなくて、その猫背気味な座る姿勢に。……そういえば、数日前に私が目を付けた人間に似ている。顔は見えなかったが、確か本を読んでいて、珍しいなあって思った覚えがある。

 

「ねえ、読書好き?」

「あ……はい」

「何を読んでいたの?」

「大陸の歴史について書かれたものを」

「前線でそんな本読んでる人久々に見たわ…だいたいカードゲームとかで時間を潰す兵士が多いような気がするけど」

「私はあまりカードは得意でなくて…それに、久々に手に入れた本なので嬉しくて」

 

 たわいもない会話をしながら、彼女の為人や能力を探っていく。するとなかなか、彼女はできる人間なのだということが分かる。幼年学校しか通ったことがないと言っているが、高等学校で習うような知識もいくらか身についている。誰がどこで手に入れたかも不明な、様々な言語の本を人づてに手に入れては読んでいたために、彼女は簡単な会話程度であれば英語も扱えるようだった。会話は苦手らしい。発音は本から学び取れないので当たり前ではあるが。もし戦争が終わったら、様々な言語を扱えるようになって翻訳の仕事をしたいらしい。

 そろそろ戻らねば、と会話を終わらせて彼女と別れる。そして部屋に戻るや否や、彼女について書類が欲しいと閣下に言えば、予想通り煙草を楽しんでいた閣下は従卒にそれを持って来させた。ありがとうございます。

 

『ハイディ・シュテーグマン伍長。魔導適性は無し。志願入隊。射撃の腕は良く、戦闘能力も高い。冷静沈着、ただし扱いにくい』

 

 ふむ、なかなか悪くない。戦場でこき使うにはいい人材のようだ。しかし、あの知識量ではいささか生きにくいだろう。実際、彼女は敵の言葉を断片的に理解しては瞬間的により良い行動を提案してくる点で上官と折り合いが悪いらしい。確かに、敵が罠にはめようとしているのを理解できるのはいいが、駒としては賢すぎて、上官としては扱いにくい。だが、それはもっと教育すれば優秀な将校になるだろう。そうだな、情報部あたりがいいのではないか。彼女の希望に沿った仕事ができるだろうし、外国語を複数操れるようになる。

 そこまで思考を膨らませて、彼女が自分の部下ではないことを残念に思った。管轄下でもないので将校課程への推薦は難しいだろう。ああ、こういう時人事局所属だったら職権で引っこ抜きも出来ただろうに…と思ってもあいにく作戦局所属だ。

 残念、いい子を見つけたと思ったのに。人生とはかくも上手くいかぬものなのか。

 ため息をつきながら書類をデスクへしまう。そうして、私は何とか終わりが見えそうな仕事の山を解体する作業を再開するのであった。

 

 

 







 前書きは大変失礼いたしました。
 リアルでメンタルゴリゴリだったものですから…ええ。現実は難しい事だらけ、人生はうまくいかない。でもまあ、心の中で中指を立て、好きなワインを飲んでクソアニメ見てだらだらして寝ます。




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