ムーサーの風   作:早起き三文

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ムーサーの風

 ムーサーは一人トラキアの風を感じていた。トラキアの風は鋭く冷たい。

ムーサーは自分の故郷のシレジアの風を思い出した。

 

「ムーサー様、トラバント王から出陣の要請が来ました」

 

 部下がムーサーに対してそう告げる。

ムーサーはそれに答えず、じっと風を感じていた。

 

「ムーサー様……?」

 

 ムーサーはハッと部下に振り返り部下にこう答える。

 

「ああ…… すまない、少し風を感じていた」

 

 部下ははあっ? とした顔をしていたが、この隊長の

いつもの癖だと思い出して苦笑した。

 

「ムーサー様、トラバント王から……」

 

「ああ、わかったわかった、全軍、風のように進軍せよ!」

 

 部下は苦笑いを浮かべながら、控えている部隊に「出撃せよ、急いでな!」と命令した。

ムーサーは我ながら自分の性格の浮き世離れした所に「どうにかならんのかな?」と一人笑みを浮かべた。

まあ、この性格が風使いセティの血を引くものの業みたいな物なのかもしれない。

この風のような性格が。

 

ムーサーは父や母の顔は覚えていない。

しかし優しい両親であったことは両親の「風」で解っていた。しかし、その風は異なる「風」によって吹くことがなくなった。

 

「風とはめぐるものだよ、解放軍とやら……」

 

 ムーサーの愛馬は風を切った――

 

 

 

 トラキアの風は鋭く冷たい。

まさにシレジアのブリザードと並ぶ、人間の事などを全く考えない「暴君」である。

しかし、その風をおそらくトラキアの人々は愛しているのだろう。

そうでなければトラキアの人間が皆このような風と同じ「風」を纏っていることの説明がつかない。

 

「トラキアの人々の風はまさにこのトラキアの国に吹き荒れている風そのものだ。他人の事など全く考えず、ただ、自分とその仲間、あるいは家族の事しか考えない」

 

 だが、そのトラキアの「風」、そしてトラキアの人々の「風」がムーサーは好きであった。

自分が纏っているのもその「風」であるからだ。

 

「そして、トラバント王とやらは、その風に従って自分の責務をはたしていたのだな……」

 

 そのトラバント王の「風」はもう消え去って行ったらしい。解放軍によって討たれたようだ。

 

「しかし、このトラキアにはまだ多くのトラバント王の風に続く風が渦巻いておる、解放軍よ、トラキアを落とすのは容易ではないぞ……」

 

 ムーサーはそう言い、馬に拍車を入れた――

 

 

 

「お前が勇者セティか」

 

 ムーサーは目の前にいる解放軍の風使いに声をかけた。

 

 ムーサーは目の前の男が両親を殺した人間であるのかもしれないと思った。

両親を奪った「風」に似ている匂いがしたからである。

 

「両親の敵を取らせてもらう、勇者セティよ!」

 

 ムーサーの回りのトラキアの風が刃となってセティと呼ばれた男に襲いかかる。

それを彼は無造作に打ち払う、そして彼はこう叫ぶ。

 

「ゆけっ! フォルセティよ!」

 

 セティから凄まじい風が巻き起こり、ムーサーに襲い掛かる。

それをムーサーは風を巻き起こし打ち払う。驚くセティ。

 

「フォルセティが……!? もしやあなたは…… セティの血族なのか……!」

 

 それにムーサーはこう答える。

 

「そうだよ、勇者セティ。私はセティの一族、風使いのムーサーである」

 

 セティはムーサーに対してこう言葉をぶつける。

 

「何故、グランベル帝国に付く? セティの一族であるならば私と共に戦え!」

 

 そのセティの言葉を一笑して片付けるムーサー。

 

「あなたもフォルセティの継承者であるならば解るであろう、風使いセティの血とは自由な風、つまらぬ大儀よりも私情を優先すると。あなたのお父上のようにな」

 

「私の父だと……?」

 

 なぜ、ムーサーは自分がこの初対面の男の父親の事を解った風に言えるのか自分でも解らなかった。

しかし、彼から感じる「風」がそう教えてくれたのだ。

 

 セティは迷いを振り払うように再びフォルセティを放つ。

ムーサーはその魔力を帯びた風を竜巻による上昇気流で打ち払おうとする。

しかし、今度は流石に完全に無効化することは出来なかった。

ムーサーの身体に幾筋もの血が流れる。

 

「逃げろ、ダッカー!」

 

 ムーサーは愛馬を逃がす、このままでは愛馬は無事ではすまないと思ったからだ。彼の愛馬は名残惜しそうにムーサーをみてたが、やがて彼方に駆けて行った。

ムーサーは幾筋もの風の刃をセティに向けて放つ。

今度のは全力の攻撃だ。

セティはフォルセティによる魔力の防壁を作る。

ムーサーの風はその風の防壁を貫き、セティに傷を与える。

 

「フォルセティの風圧の盾を撃ち破るほどの風を使う魔道士がいるとは!」

 

 セティは驚愕の声を上げた。

セティは上空にトラキアの風を集め、それをハンマーのようにしてムーサーへと叩きつける。

ムーサーは風の傘を作り、必死にそれを防ごうとする。

 

 ムーサーはおそらくシレジアの歴代の風使いのなかでも最強の風使いであったのかもしれない。

その風に対する感じ方も、破壊する力としての風の使い方も。

神器フォルセティに対して一般の魔道書でここまで対抗できたのだから。

しかし……

 

パキッ……!

 

 ムーサーの風の傘が拡散され、消滅する。

凄まじい風圧がムーサーを叩き潰す。

身体中の骨が音をたてて折れる音をムーサーは聞いた。

 

 ムーサーは絶叫した。

しかし、その絶叫は母と父の風がいずこからなく来て受けとめた。

ムーサーの絶叫は笑みへと変わり、ムーサーは一筋の風となって母と父の風に導かれながら故郷のシレジアへと向かって強く吹いた――







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