※この作品はフィクションです。
特定の人物や対象を非難中傷する意図は一切ないということをご理解ください。
病院のベッドの上。
少年は死にかけていた。
ネットに投稿した自信満々の小説が酷評を受けたからだ。
「パパ、僕はもうすぐ死ぬんだね……」
「バカなことを言うんじゃない! たかが小説ぐらいで……」
「たかが小説だって!? あれは僕の情熱と青春すべてを注ぎ込んだ傑作なんだよ!?
サイトの作品の中でも注目を浴びてたんだ!
ランキング上位にだって昇ったんだ!
なのに……たった一度ネタ回を投稿しただけで低評価爆撃! 酷評の嵐だ!
評価バーの色が赤から一気に黄色になった!
今までの努力と苦労がぜんぶ水の泡さ!
立ち直れないぐらいショックだ!
だから僕はもうすぐ死ぬんだよ!」
「息子よ……なんて豆腐メンタルなんだ」
父は涙を流した。
少年が言うサイトとは、通称『
誰でも気楽に小説投稿ができ、編集も容易。
さらに充実した機能や多様な閲覧サービスによって着々と利用者を増やし、今や大規模な小説投稿サイトとなっている。
少年もまたそのサイトに渾身の二次長編を投稿していた。
当初は多くの読者から支持を得てサイト内でも人気作のひとつとなった。
喜びがそのままモチベーションに繋がった少年は年単位で連載を続けた。
二次創作である以上、所詮はアマチュアでしかないのだが、少年すでにプロ作家になった気分でいた。
要は調子に乗っていた。
それが災いした。
自分なら何を書いても大絶賛されるだろうと思い上がったのだ。
しかし現実は非情だった。
「あれだけ『どの話も最高です!』って言ってたくせに!
ちょっといつもと雰囲気の違う話挙げた途端『いや、これはねーよ』って掌返すとかあんまりじゃないか!
もう誰も信じられない!
だから僕は死ぬんだよ!」
「なに言ってるの!」
息子の嘆きに悲しむ母親。
度重なるタイピングでボロボロになった息子の指を優しく包み込む。
そして言う。
「今日は洞穴一位の人がお見舞いに来てくれるのよ?」
洞穴一位。
すなわちサイトで一番人気の作品を書いている作者。
少年からすれば雲の上の存在。
「嘘だ! 洞穴一位が来るわけないじゃないか!」
その時、病室の扉が開かれる。
「やあ、こんにちは。洞穴一位の作者です」
「本当だ! 洞穴一位だ!」
まさかのトップの実力者がお見舞いに来てくれた。
憧れの存在を前に少年の目は輝きを取り戻した。
「いやぁ危うく今年は三位になりかけたんだけれど、今年も洞穴一位だったよ」
「おめでとう!」
すごい、と少年は思った。
真の実力者はいつだって不動の人気を誇るのである。
「でも、どうやって洞穴一位になれるの?」
「ふぅむ。たとえば洞穴五位がいるよね?」
「うん」
「しかし、そいつがどんなに流行りのネタを使って人気を集めても……ボクは洞穴一位なんだよ?」
「……」
よく理解できなかったが、とりあえず凄いと思った。
「とある掲示板の読者層の辺りでは私を『相対評価では八位じゃんwww』とバカにする奴らもいるが、とんでもない私は洞穴一位なんだよ。
神様転生とか憑依とかチートとかハーレムとか貞操逆転を押し退けて今でも頂点に君臨しているんだよ」
「うん」
なんという強者の風格。なんという強靭メンタル。
やっぱりトップは格が違うと少年は胸を打たれた。
「考えてみると、17位になってから評価が伸び始めたんだよ」
「そうなんだ」
「あの頃が一番辛かった。
よく12位の奴に粘着されていたんだよ。規約違反スレスレで」
「へえ~」
「うん、本当にうまく回避してたな。
文面だけならマトモな批評っぽかったから。
運営さん、ぜんぜん相手にしてくれなかったもん。何度報告しても」
この人も苦労していたんだ。
少年は切ない気持ちになった。
「君も運営さんの仕事ぶりは知っているだろう?
有能だよねあの人たち。そして恐ろしいほどまでに公平だ」
「うん」
いつもお疲れ様です本当に。
と少年は心から感謝した。
「その頃いつもオフ会で知り合った九位の人の家に泊まっていたよ」
「そうなんだ」
「今では私の編集者的存在として作品を見てくれている。
作品を書くよりもそっちのほうが才能あったんだ、あの人。
だから金で雇った。
おかげで私の作品はより洗練された」
「そこまでしてるんだ」
やはりトップはやることが違う。
一人だけ課金してチートしているようなものだ。
コイツはすげぇと少年はますます感心した。
「ここにいるマネージャーみたいな人もね、私の作品のための資料を集めてくれている。
元は27位の人だった。
彼も私が才能を見出して金で雇った」
「うわぁ」
そりゃ勝てっこねーわと少年は己の未熟を痛感した。
井の中の蛙とはまさにこのことだ。
「洞穴一位さん。握手、してくれないかな?」
「うん。頑張るのだよ」
ぎゅっと少年の手を握る洞穴一位。
「なんかイカ臭いね」
「匿名でR-18作品も書いているからね。
そこでも私は洞穴一位だよ」
「すごいや」
握手し終わった後、少年は隠れてウェットティッシュで手を拭いた。
「27位!」
「はい」
「私は去年何位だった?」
「一位です」
「今年は何位かい?」
「一位です」
「よしんば私が二位だったとしたら?」
「……洞穴、一位です」
最強だ。
誰もこの人には勝てない。
少年は泣いた。
自分はここまで本気で二次創作に取り組めない。
だって所詮は趣味だし。
それでも少年は尋ねたかった。
「洞穴一位さん……僕も、洞穴一位になれるかな?」
「はっはっはっはっはっはっはっはっ!!」
なに言ってんのコイツ? という具合に爆笑された。
少年はさらに泣いた。
そこでとつぜん電話が鳴る。
「失礼。32位の秘書からだ。もしもし?
……何!? 私を二位に引きずり落とそうとしている奴がいる!?
そいつは何位だ!?
……七位の奴だな? 信者を使って複アカ低評価爆撃で平均評価を下げようとしている!?」
なにやら大変なことが起きたらしい。
「すでに被害が出ている!? そんなにいるのか(信者が)!
バカ者! すぐに評価の一言必要文字数を最大にするんだ!
……すでにしている? それでも低評価爆撃は止まらない?
バカな50文字だぞ! わざわざ書いているというのか!? どんな文章だ!?
……ぷっ! ククク、わ、わかった、すぐに行く」
余ほどおかしな内容だったのか洞穴一位は必死に笑いを堪えていた。
「くそっ、見てろ七位の野郎! 証拠集めて運営に突きつけてやる!
お前の『妹を孕ますためだけに転生を繰り返した男の奮闘記』もここで終焉だ!」
あ~、あの作品の作者かと少年は思い出す。
以前から最悪なタイトルだと思っていたので除外設定にしていた。
中の人もやはり最悪だったようだ。
そりゃアカウントごと消したほうがいい。
しかし、トップレベルの世界では日常的にこんなおぞましい争いが繰り広げられているのだろうか。
こえーなー、業が深いなーと少年は肝を冷やした。
「し、失礼するよ。ぷぅ~っ! ククク……」
思い出し笑いか、七位の末路を想像して笑っているのか、洞穴一位は腹を抱えながら病室を出ていった。
「……」
その姿を見送って、少年は思った。
「うん、もっと健全な趣味を見つけよう」
その後、少年は無事に立ち直り元気に退院した。
そして新しい趣味としてサイクリングを始めた結果、彼女持ちのリア充になった。
久しぶりにダ○ンタ○ンのコント見たくなった。