東方想本録   作:蒼霜

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第9話 初授業へ向けて

翌朝、僕は「記憶書」を読んでいた。

「記憶書」とは、幻想郷に迷い込んだ時に持っていた白紙だった本のことだ。

なぜ突然、名前を付けようと思ったのか?

 

それは古くから世界各地で、言葉には力が宿ると考えられてきたからだ。

日本では言霊(ことだま)として知られている。

言葉には想いが込められており、それは時として強い影響を周囲に及ぼす。

 

例えとしては魔法が分かりやすいだろう。

魔法使いは魔法を使うとき、呪文を()()()()()唱える。

これは魔法のイメージを確立し、言葉に込められた力を解放する意味があるとされている。

 

もちろん僕は本物の魔法使いなどを見たことは無い。

しかし各地の民話に登場する魔法使い達は、必ずと言っていいほどそうしている。

これは言葉には力が宿ることを示している証拠では無いのだろうか。

 

僕が言いたいのは、言葉や名前に宿る力はそう名付けられたものとそれ以外のものとを区別する、いわゆる「境界」の役割を持つこと。

名前が無いとは存在が曖昧になるということだ。

僕が記憶喪失状態だったときに感じていた不安が「自分とは何か」というものだった事も、この事が深く関係している。

 

まだまだ話したいことはあるが、ここらで止めておこう。

 

自分が幻想郷に迷い込んだ時の数少ない所持品の1つであり、自分の記憶を記録してくれる不思議な本。

このような興味深い物の仕組みはぜひ調べ尽くしたいので、存在が曖昧で消えてしまいそうな状態にはしておきたくなかったからだ。

 

 

……と言っといて何なのだが、実はそれほど深く考えてはいない。

最後の調べ尽くしたいと言うことは本音だが。

本当の理由は「白紙の本」よりも「記憶書」の方が言いやすいからだ。それに覚えやすいし、記憶書の響きがかっこいいと思ったからだ。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

どうやらこの記憶書は自分が覚えていることに限らず、一度見たり聞いたりしたことは全て記録されるらしい。

先ほどそれに気付いた時は思わず、「禁書目録(インデックス)かよ」と言ってしまった。

彼女(インデックス)のように、一度見聞きしたものは決して忘れないといった「完全記憶能力」を持つ人間は極々稀にいるらしい。

何とも便利な能力だと思うが、自分の黒歴史も忘れられない事を考えるとどうかと思う。

 

 

想「やっぱり聞き逃した事は無いよな……」

 

 

今は昨晩の紫さんとの会話を読んでいた。

仁さんが元は僕と同じで外から迷い込んだ人間だと聞き、その事について調べているところだ。

 

______________________

 

~昨夜~

 

 

想『……それはどういう事ですか?』

 

 

全く予期していなかった言葉を聞き、驚きで言葉が出なくなってしまったが、何とかそれだけを絞り出すように言った。

 

 

紫『彼は幻想郷に残ると言ったの。あなたとは違って私の能力で帰ることは出来たはず。でも彼は自らの意志で残ると決めた。』

 

想『よほど幻想郷が気に入った…ということですか?』

 

紫『そうね。でもそれ以上の理由があったわ』

 

想『それ以上の理由?』

 

 

幻想郷が気に入ったよりも大きな理由とは何だろうか?

 

 

紫『その理由は……』

 

 

その時階段を昇る足音が聴こえてきた。

振り向いて耳を澄ませる。

この階段の軋みかたは恐らく七々さんだろう。

重そうな仁さんなら、これより大きく軋むはずだ。

 

 

想『大丈夫です。仁さんじゃないみたいですよ』

 

 

しかし返事は無く、振り向くと紙が1枚落ちていた。

 

[私がこれ以上言ってしまうのは彼に悪いわ。続きは彼の口から話してもらって。もう夜遅いから私は帰るわね]

 

仁さんが幻想郷に残ると決めた理由を言わないまま、紫さんは帰ってしまった。

仁さんがそれを会ったばかりの僕に言う事はありえないと思うんですが……

 

そうぼやいて紙の裏を見ると、

 

[|P.S. 今度、幻想郷での色々なルールについて教えるわ]

 

と、書かれていた。

 

 

想『今度っていつですか……』

 

 

慌てて帰ったせいか、具体的な日時が無かった。

まぁ慌てることは無いだろう。

重要な事なら既に言っているはずだから。

 

 

七『想手さん、入っていいですか?』

 

想『It's bad timing……(何て間が悪い……)

 

七『いっつばっどたいみんぐ?』

 

想『ごめん気にしないで。Please come in(どうぞお入りください)

 

七『ぷりぃずかみん?』

 

想『ごめんなさい』

 

七『何で謝るんですか……』

 

 

七々さんの発音が面白かったので、つい英語を言ってしまった。

 

 

想『面白かったのでつい……あ、どうぞ入ってください』

 

七『?』

 

 

______________________

 

 

 

何度昨日の会話を読み返しても、忘れていることは無かった。

仁さんの過去が気になって仕方が無いのだが、こんなことをしている場合ではない。

 

 

 

明日、教師としての初授業が有るのだ。

それに向けての準備をしなくてはいけない。

あの後、七々さんから最初の授業内容を訊かれ、まだ何も考えていなかった事に気付いた。

 

 

あれから考えてはいるのだが、まだ良い案を思いつかない。

その理由は主に2つ。

 

1つ目は、できる内容が限られているからだ。

 

ここ、幻想郷の発展度は外の世界とかなり差がついている。

それは科学への理解があまりにも少ないという意味だ。

ここで思い出してほしい。

僕は外から来た理科の教師だ。

自分には解っていても、子供たちには理解できない(もしくは退屈)な事を最初の授業でやるわけにはいかない。

退屈な授業は拷問でしかない。

良い教師の第1条件は、授業が面白いことだ。

 

つまり、子供達にも理解できる面白い内容。

これが中々見つからないのだ。

 

 

2つ目は、材料だ。

 

たとえ出来る内容が見つかったとしても、それを行うための材料が無ければどうしようもない。

 

能力で出せば良い?

それは可能だが、駄目だ。

僕の能力で出すと、質が悪いものが出てくる。

恐らくだが、イメージは常に形を変える儚い物なので、どれだけ努力しても具現化中に変質してしまうのだろう。

霊夢さんに渡した五円玉も細部が細かく表現出来ていないはずだ。きっと偽造した硬貨と同じぐらいの完成度だろう。

 

 

これらの理由を纏めよう。

 

 

 

ドゥドゥデデ ドゥドゥデデ

 ドゥドゥデデ ドゥドゥデデ

 

I have a problem(幻想郷の発展度)♪ I have a problem(自分の知識)

 

Oh! Very difficult problem(良い内容が無い).

 

I have a problem(必要な材料)♪ I have a problem(用意可能な材料)

 

Oh! Very difficult problem(致命的な材料不足).

 

Problem(良い内容が無い)Problem(致命的な材料不足)

 

ドゥンドゥン トゥゥン

 

It can not be only a little(出来る内容が見つからない).

 

 

 

つまり、出来る事がとても限られている。

ふざけてあの曲に合わせて言ってみたが、かなり恥ずかしい。

周りに人が居なくて良かっ

 

 

七「想手さん、今の踊りは何ですか?」

 

想「見られてたーー!?」

 

七「最初の足踏み、決まってましたよ」

 

想「やめて言わないで恥ずかしいっ!」

 

 

七々さんに見られていた。

それも最初から全て。

 

 

______________________

 

 

 

七「落ち着きましたか?」

 

想「はぁ……」

 

七「落ち込まなくても……上手でしたよ」

 

想「頼むから本当に止めて下さい」

 

七「上手だったのに……」

 

 

いや、上手なら良いって訳でも無いんだよ七々さん。

 

三角座りで部屋の隅に居る僕を不思議そう見ている七々さんは、思い出したように「そうそう」と続けた。

 

 

七「もう授業内容は決まりましたか?」

 

想「それが中々決まらなくて……」

 

 

理由を話すと、七々さんに記憶書を見せてほしいと言われた。

 

 

想「良いですけど、どうしました?」

 

七「時には違う視点から見るのも必要ですよ。それじゃあ私が指差した事は出来るのか教えてくださいね」

 

 

それはそうだが、本当にこんな方法で決められるのだろうか?

 

 

七「これはどうです?」

 

想「どれどれ……あ、それは危ないからダメ」

 

 

いきなりテルミット反応の実験を選んでくるとか、七々さん恐ろしい。

テルミット反応は僕が好きな化学反応の1つだ。

自分も少しは考えたが、高熱を放つ上に材料の1つ、アルミニウムの粉末が用意できないので止めた。

 

 

七「ならこれはどうです?」

 

想「絶対ダメ」

 

 

なんで核爆発の絵を選んだ。

用意出来る出来ない以前に、幻想郷が消し飛ぶわ。

無知とは恐ろしい物だ……

 

 

七「それならこれは?」

 

想「それは……出来なくはないけど……」

 

 

七々さんが指差したのは、水面を走れる様になる実験。

水に小麦粉を溶かして粘度を高め、上を裸足で走っても沈まなくなると言う実験だ。

 

 

七「何か問題でも?」

 

想「色々なクレームが来るからダメ」

 

 

実験が終わった後はそれを棄てることになる。

そうすると色んな団体から絶対に来る……

小麦粉(食べ物)を粗末にするなっていうクレームが……

ホットケーキにして食べて、『スタッフが美味しく頂きました』ってしたら良いって?

僕は足が触れた後のそれを食べるなんてしたくない。

 

 

七「ならこれは?」

 

想「○○だから無理」

 

 

七「それならこれは?」

 

想「材料が用意できない」

 

 

七「これならっ!?」

 

想「何でまた核爆発っ!?」

 

 

 

______________________

 

 

~約2時間後~

 

 

七「これ」

 

想「無理……じゃない…出来る」

 

七「次は……え?今何て言いました?」

 

想「出来る!これは出来る!七々さんありがとう!」

 

七「あ……はい、どういたしまして?」

 

 

突然の事に状況が飲み込めていない七々さんを尻目に、僕は部屋を飛び出した。

 

 

想「仁さん!ジャガイモって有りますか!?」

 

仁「ん、ああ。台所にあr」

 

想「ジャガイモ借ります!」

 

 

仁さんが言い終わらない内に台所に向かって駆け出した。

 

 

仁「借りるとはどういうことだ!?」

 

想「そのままの意味です!()()()()()です!」

 

 

さぁ、ようやく明日の授業の準備が出来る。

子供たちがどんな反応をするのか楽しみだ。

僕は袖を捲り、ジャガイモを手に取った。

 


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