インフィニット・ストラトス 火力と愛と絆と 作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)
負傷した一夏とシャルロットを抱え、旅館へと到着した箒。そこでは、医療スタッフがすでに待機していた。
すぐさま一夏はスタッフの手によって緊急措置が取られ、旅館の一室へと運ばれた。海岸には、悲痛な顔を浮かべる箒と、ただ涙を流しているシャルロットの姿しかなかった。
その時だった。プライベート・チャネルでメッセージが送られてきた。送り主は龍之介。箒は、それを急いで読もうとした。
『箒、約束無理だったみたいだ』
だが開封した時には、希望すらなかった。
「…………冗談、だろ…………」
その数秒後であった。榴雷のシグナルがマップから消失したのは。
その頃司令室では
「おい、有澤‼ 何があった⁉ 有澤‼」
「龍之介さん、応答してください‼ 龍之介さん‼」
千冬とフィオナが異常に焦っていた。マップから榴雷の反応が消失し、さらに通信は途絶。焦らないはずが無い。この場にいるものは全員が拭えない不安感に襲われていた。もしかして榴雷は、撃墜されたのではないかと。
「…………織斑先生、報告が」
「…………篠ノ之、どうしたーー」
「ーー龍之介が墜とされました」
箒は、涙目になりながらもその事を司令室の中にいる全員へ伝えた。それは一瞬の静寂をもたらした。
「ウソだろ⁉ 榴雷がーーリュウが墜とされたなんて、あり得るものか‼」
「箒‼ こんな時に冗談はよせ‼ あんな装甲の塊が落とされるはずないだろう‼」
龍之介と旧知の仲であり親友であるオッツダルヴァは声を張り上げて叫び、レギアはいつもと違い大声でその現実を否定した。二人の目からはすでに涙が流れ出ていた。
「冗談などではない‼ これは…………本当の事なんだ…………あぅっ…………」
箒は現実と向き合ってはいるが、心から愛していた人を失った、その傷がふさがる事はなく、泣いた。
「そんなの…………嘘に決まっています。龍之介さんは…………模擬戦での敗率殆どないんですよ。負けるはずありません…………‼」
「そうですわ…………龍之介さんは、あんな馬鹿げた火力と装甲の持ち主です。負けた姿が思いつきませんわ…………‼」
「セシリアのいう通りよ…………あたしの装甲と衝撃砲を纏めて消し飛ばした、あいつが負けるはずないじゃないの…………‼」
実際に龍之介と戦ったことがある仲間達は、その事実を受け入れられなかった。圧倒的な装甲と火力を持つ龍之介の敗北を誰が想像できたのだろうか。否、誰もできなかった。
『箒ちゃん‼ それは本当なのか⁉ 龍之介が…………龍之介がやられたっていうのは⁉』
「…………隆文おじさん…………はい、そうです…………」
『…………わかった。すぐそっちに向かう』
たまたま繋がれていた回線から流れた声は、企業連の総代表であり有澤重工第43代社長でもあり龍之介の親父でもある、有澤隆文本人の声であった。
いつもなら炸薬が弾けるように張りのある声だが、その声には明らかな動揺が含まれていた。
「箒…………」
涙を流している箒を慰めようと簪と静寐は寄り添うが、二人もまた親しかった友が行方不明となり涙していた。
「…………一先ずお前達は自室で待機だ。状況が変わり次第通達する」
「織斑先生‼ 大変です‼」
千冬がこの場を締めようとしたが、真耶の言葉によって空気は一変する。
「海上に大型の反応が‼ ニミッツ級よりも遥かに大きいです‼ こちらへ向かってきています‼」
モニターに映し出された映像。そこには、ここへと接近するナニカが映し出されていた。
「あれか…………大きすぎるな」
海岸へと出た千冬と専用機持ち達は、接近してくるナニカを見つめていた。距離はまだあるというのに、かなり近くに感じられるほどの威圧感、全てを焼き尽くす暴力、その全てを感じさせていた。
ーー有澤重工製アームズフォート[山神]
全長900メートル、全幅300メートル、全高150メートル。
主兵装、大型グレネードキャノン二門。副兵装、ガトリンググレネード八門。その他、小型グレネードキャノン、小型ガトリンググレネードが多数。
都市の一つを数分で壊滅させることが可能な殲滅戦AF。それが、この海岸へと向かってきていた。最も、このAFの詳細を知るのは、企業連のメンバーだけであるが。
「まずいな…………代表がブチ切れているぞ」
「ああ…………世界が終わるんじゃないか、比喩抜きで」
ジョシュアとジェラルドはそうつぶやく。確かにあのような兵器が本気を出したら、世界は持たないだろう。
山神は海岸へ近づくにつれて速度を落としていく。そして、無限軌道が乗り上げ、海岸へ上陸した。
ガコン、と音を立てて正面のハッチが開く。中から出てきたのは、一組の男女。有澤隆文とその妻響子であった。企業連メンバーはその二人に向かって敬礼をする。
「お久しぶりです、ブリュンヒルデ。いや、千冬ちゃん」
「隆文さん…………申し訳ありません」
「何言ってるの、貴方は全く悪くないわ」
「ですが…………私が委員会からの命令に反していれば、こんな事には…………」
千冬は二人に頭を下げる。普段の千冬の姿からは全く想像ができないものだった。それに、隆文と響子は言葉をかける。
「いや、千冬ちゃんが命令に反しようがどうしようが、こうなってはいたと思うな、俺は。龍之介は、仲間思いなとこが強い」
「それに、大切なものを守るためなら傷つく事も厭わない。…………本当は、言いたくないけど、あの子の右眼と左腕が無いのはその性格故にできてしまったものなんです」
響子の突然のカミングアウト、その言葉に千冬以外にも反応したものがいた。箒だ。
「…………私の所為だ…………私が…………私が龍之介に頼まなければ…………」
箒は肩を震わせ、過去の事を思い出す。八年前、一夏がヤクザに拉致られてしまった事、それで龍之介に頼んだ事、逃げようとした時に龍之介が撃たれた事、そして龍之介と離れ離れになってしまった事。
箒はその全てをこの日までずっと忘れることがなかった。そうして今、龍之介が眼帯と義手をしている理由がわかった。
「箒ちゃん…………過ぎた事はどうしようもない。過去は捨てるしか無いんだ」
「で、でも…………」
「そんな過去の事を引きずっても、龍之介の身体が元に戻る事なんてない」
隆文の一言によって押し黙る箒。その言葉には悲しみが感じられた。
「済まん、本題に移る。そんでもんって織斑先生、龍之介がシグナルロストしたのは本当なのだな?」
隆文はさっきとはうってかわって、いつもの職場モードに切り替える。
「…………はい。ですが、ロストしたポイントまではよく…………」
「まぁ、そりゃわからないよねぇ。ここから半径三十キロにコア反応と通信に障害を及ぼす粒子が撒かれていたらねぇ」
「その通りです。あの兎が来たのできな臭いと思っていましたが、あながち間違いではなかったようです」
千冬がそう答えた時、茂みの方から男女が出てきた。男の方は何やら対Gスーツを着ており、女の方はオペレーターのつけるヘッドホン一体化マイクを装着している。彼等は、休暇をとっていたガルシアとキャロルであった。
「おまけにシールドバリアなどと言った障壁類を減衰させる効果がついた厄介な代物です。展開さえしていなければ問題はありませんが」
「それは本当か、キャロル⁉」
「ええ、間違いありません。現に調査して来た結果です」
キャロルの放った情報。それは、IS乗りの全員が畏怖する情報であった。ISの防御を担うシールドバリアを減衰させる効果のある粒子がこの辺りに撒かれているなどと誰が想像しただろうか。
「あと、そうそう。これすげえやばい情報だけどーー」
「主任、その情報は危険です。信憑性を確認してから流してください」
「ちぇ〜、わかったよキャロりん」
ガルシアはもう一つの情報を流そうとしたが、それはキャロルによって制止させられる。
「とりあえず、この辺りは兎に支配されちまったということだよ」
ガルシアがそう言うと再び茂みの方へ歩き出す。
「ガルシア、どうするんだ一体?」
ベルリオーズが聞くが
「なに、決まってんじゃないの? 弔い合戦の準備をさ‼」
ガルシアはとてもイイ笑顔で答えた。
「そうか…………ミグラント主任、あとは任せてもいいな?」
「まかしといてくださいよ、代表」
「それと、弔い合戦はやめなさい。せめて敵討ちよ」
「へーい」
隆文と響子はそう言うと山神へと戻る。その前に隆文は千冬にこう言った。
「ああ、千冬ちゃん。次、兎に会う機会があったらこう言っておいてくれるかい。『兎の繁栄する時代は終わった。腹を空かせた
隆文が乗り終わると山神はハッチを閉め、もと来た方向へと引き返していった。
全員はその姿が小さくなるまで見続けていた。
「どれ、じゃあ準備するからみんな機体を展開してーー」
ガルシアがそう言うがある事に気がついた。
「あれ? シャルロットちゃんは?」
この場にシャルロットが来ていなかった事に。
その頃、ある部屋ではシャルロットが俯いた状態で座っていた。その傍には、機体ダメージ限界を超えたダメージを負い、体の各所に包帯が巻かれている一夏が横たわっていた。
「…………僕のせいだ」
シャルロットは一人そう呟く。
「…………僕がしっかりしていれば…………僕が龍之介に頼んだりしたから…………」
先の戦闘で、一夏が重傷、龍之介が行方不明となっていた。だが、その現実を受け入れるのにシャルロットは厳しかった。いくら代表候補生であっても、その本質は齢十五歳の少女。受け入れるにはあまりにも厳しく、そして耐えがたいものだった。
「…………僕がいけないんだ…………こんな僕に一夏を守る資格なんてないよ…………」
シャルロットは静かに涙する。一夏の意識はまだ戻らない。
「…………いちかぁ、起きてよぉ…………いちかぁ」
涙の量は増すばかり。布団から出ていた一夏の手にその一雫が落ちる。
その時、部屋の襖が開いた。
「ここにいたんだ…………」
その声の主は、歩であった。だがシャルロットは向こうとしない。
「シャルロット、皆が探しているよ。早く行って来て」
だが、シャルロットは答えようともしない。
「シャルロット、一つ言わせて。あなたがここで泣いていても、一夏の怪我が治るわけじゃない。それならどうする? 戦うしかないでしょ、福音と。皆はそのつもりでいるよ。それに貴方だけ参加しないというのならーー」
歩はさらに言葉を続ける。
「ーー私はあなたを『臆病者』と認める」
今まで反応しなかったシャルロットが、その言葉には反応した。
「…………どうしろっていうの? 僕にどうしろっていうの⁉ 福音は、とても恨んでいるよ‼ 戦えるんだったら、僕だって戦うよ‼」
「その言葉、聞かせてもらったぞ、シャルロット」
突然襖の裏から声がしたと思いきや、出て来たのは箒だった。
「箒…………」
「私だけではないぞ」
箒だけではない。セシリア、鈴、ラウラ、簪、静寐。皆が集まっていた。
「みんな…………」
「シャルロットさん、貴方は戦う覚悟できましたか?」
「もちろんだよ、セシリア」
「さすが一夏の嫁だ。期待を裏切らない」
「ラウラ…………」
「シャルロット、戦う勇気を見せてもらうよ」
「簪…………」
「思いを決めたなら、それと共に走るよ、シャルロット」
「静寐…………」
「あの福音を海にコンクリ漬けにして沈めるわよ、シャルロット」
「鈴…………」
「全員、やる気はある。あとはお前だけだ」
箒がそう言うと視線がシャルロットへと集まる。
「…………僕も戦う。戦って、次こそ必ず勝つ‼」
シャルロットは自分の決意を明らかにした。その思い、一陣の風のように強いものだった。
「よし、そうと決まったなら、一夏の敵討ちに行くわよ‼」
「「「「「「おーっ‼」」」」」」
彼女達は決意を胸に、戦場へでる覚悟を決めた。
「…………歩、後は任せた」
「わかった。必ず無事で帰って来てね」
ただ一人、歩だけは待機する。彼女は、仲間を見送った後、一夏の傍へ行く。そして、一夏の右腕にはめられているガントレットーー白式の待機形態ーーを両手で掴む。すると、彼女の体は粒子へと還元されて行く。
「やっぱりこれしかなかったんだよね。ふふっ、人間の世界は面白いよ」
だんだん、彼女の影は薄くなって行く。まるで、空前の灯火のように。
「でも、皆にお別れを言うの、忘れちゃったな。皆…………ごめん。私という存在はここで終わる。だから、届くかどうかわからないけど、これだけ言わせて」
すでに彼女の影は半透明と言っても過言ではない。かろうじて形がある程度だ。
それでも彼女は言葉を紡いだ。この世界で見つけた大切なもの、それに対する感謝として、声に出す。
「ありがとう」
その言葉と共に、彼女の体は完全に粒子へと還元された。その場に残ったのは、彼女が腕につけていたリボンだけであった。
(ここは…………どこだ)
「ここにいたんだ、一夏」
俺は名前を呼ばれて振り返る。この聞き覚えのある声は
「お前…………歩か?」
「正解。その通りだよ」
七瀬歩、その本人だった。って、なんでこいつがここにいるんだよ⁉ ただでさえよくわからないってのに、ますますわからなくなったじゃねえかよ‼
「それにしても、ここはつまらないなぁ。何もない世界だし。それに比べて向こうは、賑やかで楽しかったのに」
「何言ってるの、お前?」
「あれ? 私、言わなかったっけ?」
「何をだよ」
「私が白式のコア人格って言う事」
…………。
……………………。
………………………………。
「はあぁぁぁぁぁっ⁉」
少しの間を置いて、俺は驚愕の声をあげた。まさかのカミングアウト‼ 歩は白式の擬似人格であると自分から言ってきたぞ、おい。もっと余計にこんがらがってきた。
「ちょっと待てよ。今、いろいろぶっ飛んだ話を聞かされて頭がこんがらがっている。とりあえず、質問させてもらうぜ。お前は、七瀬歩だよな?」
「うん」
「そんでもって、お前って人間?」
「半分は正解かな」
「本来の姿が、白式の擬似人格であったというのか?」
「そうだね。でも、正確には自我と言った方がいい」
うわぁ、すげえやばい。自我を持ったISなんぞ、初めて見た。って、
「てか、ここはどこなんだよ? なんで俺はここにいるんだよ?」
最初に思った事を口にする。
「簡単に言えば、コアの深層領域。一夏と白式が今、心と心でリンクしているんだよ」
ヘェ〜、なるほど。こんなにとんでもない事を聞かされても驚かない俺に驚く。
その後も、歩が暇だったから具現化して人間の世界に来た事や、一度目覚めたコア人格はずっと目覚めたままという事などを聞かされた。あと、白式のコアが白騎士のコアを使っているという事。ーーそして、コア人格が具現化できるのは、一度だけだという事も
とにかく、歩から聞かされた事はとてもやばい情報だった。しばらくして、俺も歩も黙った。降り続ける粉雪だけが、この砂浜を白く染めて行く。
「それよりも一夏、私からも聞きたい事があるんだ」
歩はそう言ってくる。
「ああ、こっちも散々聞かせてもらったからな。いいぜ、なんでも」
俺はそう答えた。
「そう、それならよかった。じゃあ、必ず答えて」
歩はそう言うと、言葉を紡いだ。
「一夏は何のために戦うの?」
海面上に肘を抱えてうずくまるような体勢でいる福音。その翼が守るように包んでいる。
ふと福音が顔を上げた瞬間、超音速の砲弾が直撃した。
「初弾命中‼ 続けて砲撃を行う‼」
『了解しました。では、各機オペレーションを開始してください』
ラウラが放ったレールガンの砲撃だった。しかし、使用したレールガンはいつものレールガン[ブリッツ]とは違う。
ーーWB24RG-LADON2
装填数を犠牲に、一発の威力を追求したレールガン。その威力は、ブリッツとは比較できない。
ラウラは、LADON2のリロードに入るが、それに福音は食らいつく。ブリッツを二門搭載し、物理シールドを四枚保持する砲戦特化パッケージ[パンツァー・カノニーア]。機動性を捨て、砲戦仕様へと特化したその機体に、福音が迫る。
二門のブリッツを交互に撃つが、福音はバレルロールで鮮やかに避けて行く。
「予想より速いぞ‼」
『目標との距離、およそ1000』
福音はなおもラウラへと迫る。その速度は決して緩む事がなく、突き進み続ける。
(500を切った‼ これ以上は避けられん‼)
ラウラに肉薄した福音だったが、突然背中に着弾したレーザーによって、軌道を逸らされる。
「あらあら、私を忘れてもらっては困りますわ」
そう言ったのはセシリア。その手に握るレーザーライフルは、強襲用機動特化パッケージ[ストライク・ガンナー]に付属しているレーザーライフル[スターダストシューター]ではない。
ーーWH08RS-FENRIR
圧倒的破壊力のレーザースナイパーライフル。重量と引き換えに得た高密度レーザー。それにプラスして、ブルー・ティアーズの精密射撃用FCS。弾が外れるわけがなかった。
「さぁ、踊りましょう。私とFENRIRが奏でる、レクイエムで‼」
さらにセシリアは福音の羽の付け根を狙う。福音は、敵と認識し、光弾を放とうとする。だが、それもまた妨害される。飛来した多数のミサイルと、大型のミサイルによって。
「お前はただで返さない‼」
「ちょっとだけ、傷物になってもらうよ‼」
簪が放ったASミサイルと、静寐の放った大型ミサイルーー通称核ーーが福音へ食らいつく。福音はこれと言った回避もせず、それらを迎撃して行く。だが、核とも呼ばれる大型のミサイルは別。起爆した途端、巨大な火球が生じ、その余波は福音を吹き飛ばす。さらにそこへ砲弾が直撃する。
「逃がさない‼」
叫びながら両手に持つバズーカを福音に放つシャルロット。
ーーCR-WH05BP
装填数を重視したバズーカを同時に撃つ。リロードが完了したら、さらに撃つ。その繰り返し。
「負けられないんだよ‼ お前なんかにはぁぁぁぁぁ‼」
その叫びと共に、高威力の砲弾がまた放たれる。福音には、どんどんダメージが蓄積されて行く。やがて、福音は離脱を試みようとした。だが、それは紅い砲弾によって妨害される。
「ここから、逃がすかぁぁぁぁぁ‼」
鈴である。火力増強パッケージ[崩山]を装備し、その特徴である四連装熱殻拡散衝撃砲を連射する。だが、福音も負けじと鈴へ接近する。そして、福音の手が伸びたとき、鈴は不敵に笑う。
「後は任せたわよ、箒」
「任せろ‼」
海面から急上昇してきた箒による、斬撃。それは福音の翼を斬り落とした。それにより、スラスターを失った福音は、バランスを崩すが、体勢を立て直し箒と交錯する。
何度も、何度もぶつかり合い、空には紅と銀の線が描かれる。だが、福音は箒のヴァイスハイトほどの機動性を有していない。本当に一瞬の隙だが、福音はバランスを崩す。それを箒は見逃さなかった。
「斬り捨て、御免‼」
残った翼も断ち切られた福音は海中へと没する。その水柱が立ち上がったあと、福音が浮上してくることはなかった。
そして、だれかが「私たちの勝ちだ」と言おうとしたとき、丁度その時だった。本当に僅かな変化が、海面に起きていたのは。
「なんで、俺がここにいるんだよ⁉ 訳がわからん…………」
そう思うしかない。少し息苦しく感じて来たので、対Gスーツのヘルメットを外す。すこし涼しい風が俺の頬を撫でる。その時、右眼と左腕に違和感を感じた。左腕をよく見ると、義手ではなくオリジナルの腕があった。右眼に触れるが義眼がなかった。俺の失った肉体のパーツが蘇っていた。って、すげえ。
「まぁ、すこし歩いて見るか」
ここにいても意味が無い。俺は、すこし歩いて見る事にした。草原にしては、背の低い草が生えているだけだから、歩きやすい。
だが、しばらく歩いて行くと、普通は草原で見かけないものが出てきた。
錆び付いた空薬莢、地面に突き刺さっているライフル、植物に包まれている機械の腕の様な物。まるで、ここがかつて戦場であったかのような光景が目に入った。
俺はあまり気にも留めずに歩き続ける。この先に何かがある、そう考えて歩みを進める。
すると、人影が見えた。俺はそこへ向かって歩み寄る。服装からして高校生か? でもなんでこんなところにいるんだ? すこし聞きたい事もあった俺は歩み寄った。
近づくにつれて、歌が聞こえてきた。
「君はまるで太陽で
僕には近くて遠い存在
手が届きそうで届かない君に
僕はもどかしさを隠しきれない
それでも楽しそうに話している君を見ていると
僕の心の穴がうまって行く気がするんだ」
この歌、何処かで聞いたような気がーー
「僕の願いはたった一つ
君の幸せ、ただそれだけだから
たとえ、僕のこの気持ちが叶わなくても
君の笑顔があればそれでいい」
ああ、懐かしい。そうとしか感じられない、この歌ーー
「ある日君は僕の前で
無理に笑って話していた
瞳の奥に悲しみを隠しながら
僕に何かを訴えているようだった」
その時、俺は記憶の中に何かを見つけた。そう、昔の忘れていないものーー
「僕の願いはたった一つ
君の幸せ、ただそれだけなのに
君の笑顔が消えてしまった、その時に
何もできない自分が悔しい」
過去に冒した過ち、自分の無力さを知ったあの日。俺はその日を忘れないーー
「君が太陽ならば
僕はまるで雨雲のよう
僕の思いは儚く虚しく
雪のように切ない」
初めて大切なものを失った時の思い。無力さ、虚しさ、悲しみーー
「それでも」
その日を越える、それしか考えていなかったあの時ーー
「僕の願いはたった一つ
君の幸せ、それだけだから
君が笑顔で過ごせるのなら
僕はもう何もいらない」
本気でそう願った日ーー
「君の笑顔が永遠でありますように…………」
その時、俺は記憶が逆流するような感覚に襲われた。ああ、そうだ。思い出した。この歌、二十年以上前に俺が作ったやつじゃないか。なぜ、思い出せなかったんだろう。そして、俺はこの歌を彼奴に歌ったんだ、俺の思いを伝えるために。
そして、少女は俺の方を向く。俺はそいつの顔を見た途端、ぼんやりとしか思い出していない記憶がはっきりと鮮明に思い出されて来た。少女は俺に言葉をかける。
「久し振りだね、龍之介。いや、あっくん」
俺をそう呼ぶやつは彼奴しかいない。そうだ、間違いない。この歌は彼奴のために歌った歌。かつて、中学で知り合って、同じ高校に入学し、そして高校を一緒に卒業できなかった、俺の幼馴染を。
「ルリ…………ア…………」
俺は左目から涙を流しながら、そいつの名前を呟く。
「そう、ルリアだよ、あっくん」
霧島ルリア。死ぬ前の俺の友達で、俺より先に逝ってしまった、俺の大切な幼馴染と、俺は二十年ぶりにここで再開した。俺はその場に膝から崩れた。涙が左目から左手に落ちる。
「なんで、泣いているの?」
「アホか…………泣いてねえよ…………ただ、嬉しいだけだ、このヤロー…………」
俺は涙を否定するように言葉を続ける。ちくしょー、涙が止まらねえよ。なんで、彼奴の最期に立ち会えなかった俺が、こいつと会うんだ。俺には、そんな権利ねえだろ…………
「あっくんはまだ引きずっているの?」
「あたりめえだ…………ただでさえ、命のリミットが無いのに、お前の最期に立ち会えなかったんだ…………後悔すらしている、あの日、大学受験さえ受けていなければってな」
もともとルリアは身体が弱かった。100メートル走れば過呼吸になり、ひとたび風邪をひけば悪化し、入院しがちであった。一方の俺といや、中学に入って半年で三人に告白して全敗し、屋上で黄昏ている毎日だった。ある時、俺が屋上に行った時、先客でいたのがルリアだった。話をすれば共通の話題も多く、俺達の仲がよくなる事はそう難しくはなかった。そうして、高校へと入学した。その頃からだったな、ルリアの身体がさらに衰弱し、学校も休みがちになったのは。そこからまた時が経って、大学受験。その当日、ルリアは突然心肺停止状態に陥り、そのまま帰らぬ人となってしまった。俺がそれを知ったのは、彼女がこの世を去ってから三十分後だった。
俺はその日、彼女の傍にいてやれなかった事に負い目を感じている。彼女の親からは、最期まで俺に会いたいと言っていた、と聞かされ、初めて涙した。
「でも、あっくんは大学に進めたから良かったじゃん」
「良くねえよ…………お前の最期に立ち会えなかった…………お前の願いを聞いてやれなかったんだ…………‼」
「ううん、あっくんは私に素敵な物をくれた、それだけで十分」
「それって、あの歌の事か…………?」
「そう。あっくんの思いが詰まった歌、こっちの世界に来てもその思いはしっかり伝わったよ」
そう言うと、ルリアは胸に手を当てる。そうか…………お前にはちゃんと伝わったんだ。
「多分、最期にああ言ったのは、あっくんに甘えたかったからかもしれない。不良瞬殺事件のように、なんとかしてくれると思って」
「ああ、あれか。絡んできた不良を三分で再起不能にした、あれ」
あれは少しいい思い出だな。
「それに…………あっくんは、普通に私に接してくれた。他の人が何処かよそよそしく話しかけるのに、あっくんは普通の人に話しかけてくれるように。だから、あっくんの事が好きになったんだ」
ルリアはまさかの爆弾発言をした。ギャー、箒に知られたら斬殺エンドだ‼
「そ、それはーー」
「ううん、気にしないで。あっくんに大切な人がいるのはもう知っている。それに私はもう愛そうにも愛せないしね」
ルリアは酷く現実を突きつけてくる。まぁ、そりゃそうだよな。でも、箒の事を知っているってどういう事だよ⁉
「それじゃ、あっくん。私の質問に答えて」
「おまっ…………話を強引に持って行くなよ」
「いや、真面目な話。ちゃんと答えてね」
そう言うとルリアは真剣な面構えになり、俺に問う。
「あっくんは、何のために力を使うの?」
その質問に、俺はすぐに答えを出せなかった。