光に生きる闇人 作:ギグC
その日、祐佐久は眠りにつくことが出来ずにいた。
余りにも凄惨な後継が脳裏に焼き付いていた。まるで映し鏡の様に修羅道に陥った彼が現れる。
あの様に成りたくない───もしも、彼の様に道を踏み外してしまえばどうなることか、と考えるだけでも心が決壊してしまう。だが同時にこれさえ乗り越えてしまえば、自分は一段高み臨むことが出来るに違いない。
「はぁ、寝れないや。どうしようかなぁ。暇をつぶすにも手持ち無沙汰だしなぁ」
天井には伝統的な模様が描かれている。左右非対称なくねくねとした線、それに大小様々な斑点。確か、広間にも似たような模様が描かれていた事を思い出した。
しかし模様を1時間も2時間も眺めるバカは早々いない。いたとしてもソイツは本当にやる事がないか、単なるバカだ。
祐佐久は意を決し、布団からムクりと起き上がる。
「ああ、もう!こうなったらヤケだ。邪神さんのお城を徘徊してやる!」
ティダード王国において、ジュナザードは神に近い存在であり、それは如何なる事があろうが不可侵だ。ジュナザードがリンゴを蜜柑と言い張れば、それはもう蜜柑だ。
それ程の力をもつジュナザードの自宅はまさに城。新旧入り乱れる居城はまさに伝統とモダンアートの融合であり、立地も去ることながら防衛設備も完璧という非の打ち所が全くもってない。
少なくとも、ケチをつけるのならば、防衛設備はいるのか?という事ぐらいである。
さて、ここにおはすのは命知らずの祐佐久少年。
不幸にジュナザードが修行場にわざわざと自ら足を運ぶのであった。そして、ある部屋の前を通り過ぎようとしたその時、
「───ユウサクか」
突然の事に口から心臓が飛び出そうになった。
見つかってしまってはもう遅い。
「は、はい」、とオドオドとした口調で祐佐久は返事を返す。
「こんな夜更けに何をしておる」
「いや、ちょっと眠れなくて」
「······あれが原因か」
「あー、多分そうです。あれです。なんかスミマセン」
「カカッ、まだ子供じゃのう。まあええ。とりあえず我の部屋に入れ」
重厚で、まるで冥界へと続きそうな扉の前に祐佐久はただただ絶望する。扉の先にあるのは恐らく多くの屍が散乱し、その中央に邪神であるジュナザードが鎮座しているに違いない。
はたまた贅沢の極みを尽くした数々の装飾が施されているのだろうか。どちらにせよ期待と不安が1:9の割合で、祐佐久は扉に手を掛ける。
「お、お邪魔します」
驚く程にシンプルな内装であり、拍子抜けしてしまう。寧ろ自分が借りている部屋の方が豪華であるが、圧倒的に違いがあるとすれば、部屋の造りがかなり解放的である───という事である。
「適当に掛けろ」
扉付近のハンモックに腰を下ろす。
部屋に現代的な明かりは無く、ただただ暗闇が辺りを覆い被していた。辛うじてだが暗闇に目が慣れてきており、何となく、真ん前にジュナザードが居るのだろうなと目を凝らす。
「なんじゃ、こんな夜更けに。散歩なら他所ですればよいのに。もしも貴様が使用人であれば即刻殺しておったわい」
「ハハハ、ははは······ごめんなさい。つい出来心で、というか寝れなくて」
「やはり童じゃのう。腕はそれなりにあるが、心が追いついていないのか。カカッ、やはり風林寺の爺様のやり方は甘いのう。やはり選択肢を与えずして、鼻っから死の恐怖を刷り込ませれば自ずと精神を鍛えることは出来るのにのう······。
ユウサク───主が望めば、ワシは貴様の師になってやることも出来るのじゃが······汝は望むか」
「え、そ、それは······」
「冗談じゃ」
邪神の弟子になればべらぼうに強くなるには違いない。が、一歩間違えれば自分の寿命が確実に縮まる事に決まっている。神は神でも彼は邪神だ。邪神に教わるなら、まだ悪魔に教わった方が生き延びる確率はかなり高くなりそうだ。
考えるに、邪神さまには現在弟子がいないのであろうか。弟子にこないか、という質問は若干本音も混じっていたのかもしれない。
空一面に掛かっていた雲にの隙間から差し込んだ月明かりが、ジュナザードの部屋に初めて差し込めた。
自分の足元からジュナザードへと徐々に、光の境界線が前へ前へと広がり、ジュナザードの足元に差し掛かる頃には、既に30分近くお互いに話し込んでいた。
「あ、はい······って、あれ?」
「どうかしたのか」
「邪神······さま······ですよね?」
「────ああ、そういうことか」
目を疑うという言葉はまさにこの時の為だけに存在すると祐佐久は思い知る。月明かりがゆっくりと、ジュナザードを包み込む様に灯し、部屋一面を覆う頃に祐佐久は既に目を見開き、言葉を失った。
老人とは決して似つかぬ風貌の若者が1人、中央の台座に腰を降ろし、果実を咀嚼していた。
祐佐久は混乱する。今まで話していた人物は───ジュナザードは何処に行ってしまったのだと。
しかし驚く事にその若者の声はジュナザードそのもの。
「いや、明らかに顔が予想と違うというか······」
「カカカッ。貴様の言う事はもっともらしい。我に影武者なんぞおらんからのう。確かに見た目こそ二十歳止まりじゃが、年齢は風林寺の爺様同様に老いぼれに過ぎんからのう」
「じゃ、じゃあ────」と言葉を汲みだそうとするが、相応しい言葉を選択しようが無い。人は、余りにも驚く事に直面した際にはフリーズしてしまう、という秋雨の言葉を思い出しつつ、祐佐久は考えをぶつ切りにし、言葉にする。
「ジュナザードさん───老人───若い───長老······」
「力を求める余り辿り着いた成れの果てがこれじゃ。顔以外は老いぼれてしもうてた、ただそれだけの話に過ぎぬ」
「そ、そうですか」
「そうじゃ」
「ふ、不思議だ······」
「カカッ、実に率直くな感想じゃのう。それが大多数の声じゃろうな。じゃが世の中は貴様が思っている程に広く、そして深いということを肝に銘じておくことじゃな。貴様は今日、1ミリ程度成長したのう。人生とは経験の積み重ねじゃ。例え説明がつかんとしても、経験は一つの経験として存在し、己の糧となる。理解を拒むとしても、理解そのものは記憶される。
汝は何も知らぬ。じゃがそれが正解じゃ。今はそれで良い。寧ろそれが解。汝が拳を鮮血に染めるのも、人が為に使用するのも正解は存在せぬ。ただ何れ選択を迫られる事もあろう。その時は自分の心に問うことじゃ。
ワシとて懐疑する事も暫しある。だが、ワシはもう解を見つけてしもうてのう」
「解······ですか?」
「ワシが見出した解───今は教える事は出来ぬ。それが貴様自身の解に多かれ少なかれ影響を及ぼすかもしれんからのう······。
さ、もう遅い。はよう出てけ」
意外な事に、ジュナザードの言葉には重みがあり、祐佐久の心に響いた。彼の言葉からはどこか不思議な温かみがあった。
祐佐久はジュナザードの言葉を心に刻み、布団に潜り込む。
翌日、祐佐久は寝坊し、めちゃくちゃ怒られた。