光に生きる闇人 作:ギグC
「へっへっへ。順調に物も蔓延してきた所だし、一安心だな」
「ああ、本当にそうだ。これが組合の成長の礎となるであろう」
一方は白髪のオールバック。もう一方は黒髪で七三分け。どちらも上物のスーツを身に纏い、ビルの最上階から優雅にワインを片手に楽しんでいる。
「なぁ、ここまで来るのにどれ位の時がかかったであろうか」
「さあな。そんな事はとうの昔に忘れちまった」
「はは、違いねえな」
2人の関係は山より高くマリアナ海溝よりも深い絆で結ばれている。古くからの下積み時代を共にし、幾多の苦難を乗り越えて来た2人は漸く独立を果たし、組合を結成する。
裏の広がりや、顔が政界にも効くのでほぼほぼ無敵であった。
「早く組合を広げたいものだ」
「まあ、そう焦るなよ。俺達を退けられるの者などいやしない。時間はまだまだ十分なくらいある。ゆっくりと、そして着実に拡げていこう」
「すまない、ちと気が早すぎたようだ。ブラザーの言う通りだぜ」
「案ずるな。はやる気持は私にもある。今は足元を竦われないように一歩づつ歩み続けよう」
「ああ」
三度杯を酌み交わし、今度はブランデーに切り替える。グラスにタプタプと注ぎ深く椅子に腰掛け、掌で少しづつ温もりを加えていく。
四月の夜は気持ちがよい。横目にはライトアップされた桜が栄えている。
優雅な時間が流れる中、下の階では祐佐久の快進撃が繰り広げられていた――
「こ、こいつはバケモノだ!!逃げろぉぉぉぉ!」
小さな旋風と揶揄される祐佐久は敵を見てはバッタバッタと薙ぎ倒し、投げ飛ばし、そして確実に気絶させていく。その光景はこの世のものとは思えぬ程で、強面の男達の悲鳴がビル内に木霊する。
「はァァァ!!劣化マ・トロン!!」
「ヒィィィ!もうやめてくれぇぇぇえ!!」
アパちゃい直伝、ほとんどの人が気絶しちゃうよパンチを散弾銃の如く辺り一面の男達に放つ。
真に恐ろしのは、無意識の内に全てのパンチが人体の急所を的確に突いているという事だ。どうにもムエタイの技を放つ際にはアパちゃいを意識してしまうのが理由の一つである。
現在はおよそビル3分の1――つまり10階部分に相当する場所に祐佐久は駒を進めた。
「逆鬼直伝――普通のジャイアントスイング!!」
たまたま足元で気絶していた大男の足をガッシリと掴むと、遠心力を利用し気絶した男を武器代わりにし、辺りの敵を一掃する。
次の階に足を運ぼうとしたその時、祐佐久は咄嗟に身構え、距離を置き始めた。
「へぇ、やるね坊や」
スキンヘッドの男が上の階からドシドシと足音を鳴らし、姿を現した。図体は逆鬼と同等であろう。しかしサングラスを見ると何故だが泣けてきてしまう。
「はは、流石に怖くて泣いちまったか」
「泣いてなんかないやい!」
「――さて、今なら許して上げよう。逃げるなら今の内だ。さあ、早く下校しなさい。親御さんが悲しむよ」
「だまれ、ハゲ!」
ハゲという言葉に男は若干だが眉を顰める。
「坊や、今なら――」
「うるせぇハゲ!」
「――……。そうかい、君は死にたい様だな」
祐佐久は挑発の意を込め、来いよと言わんばかりの手招きをクイクイとし、挑発する。
流石の男もこれにはキレたらしい。
「糞ガキィィィィィィ!覚悟しやがれェェ!!」
全体重が掛かった鋭く思い突きが祐佐久目掛けて放たれる。祐佐久が普通の達人クラスの弟子であるなら、避ける事は出来るであろうが恐らく負けを喫してしまうに違いない。しかし普段からアパちゃいや逆鬼達の突きを見ていては、スキンヘッド野郎の突きは酷く遅い鋭さの欠片もない突きに等しい。
「何!避けやがっただと!?」
突きが到達するまでの数秒間――彼は左に避けるが、右に避け直す。しかしどうもしっくりこず、三度左に身体を預け、合計三回も拳の間を右往左往する。
臆せず男は蹴りを繰り出したが、祐佐久に届くはずも無く、前髪が蹴りの風圧に靡く。
祐佐久は息を深く吸い込み、やっと攻撃に転じた。
「
片手で身体を持ち上げ、相手を真上に蹴り上げる。そして素早く大勢を整え、自らも宙へと駆け上りスグさま同じ高さに到達。
「自作――
相手を空中で、上下逆さに持ち替え、そして地面に目掛けてスキンヘッド野郎を地面に落とす。所謂スクリュードライバー。まだまだ拙い技ではあるが目を光らせるものがある。
地面で意識を失ったスキンヘッドの大男を横目に、暫し休息をとる祐佐久である。
「ふぅ……。逆鬼師匠は今頃何してるのかな?」
屋上では未だ何も知らずに2人の男がのほほんとブランデー片手に酔っている。
しかし男の酔いは突如として冷めてしまい、そして部下の一言に戦慄する。
「何!?侵入者だと!?」
「はい!」
「それに相手は子供だとォォォォォ!?!?」
白髪の男が卒倒しそうになるがギリギリで意識を繋ぎとめる。組員の手下は別れを告げるとスグさま応援へと向かった。
未だに状況を飲み込めていない2人は呆然としている。
「う、嘘だろ……」
「悪魔だ……きっと悪魔の子に違いない」
こうしては居られぬ――男はスグさま下の階へと移動し、とある一部屋に入り込む。祐佐久はというとそろそろ30階に到達も間近であった。
「ここが――屋上だよね?」
辺りをキョロキョロと見渡すが人っ子1人もいない。あるのはライトアップされた桜が数本、飲み掛けのお酒。
逆鬼からは只只屋上がゴールと言われているが、逆鬼は一向に現れようとしない。
「貴様が――悪魔の子……」
パッと背後を振り返るとそこには男2人――そして辺りには武術の香りが何処と無く立ち込める男が数十人。刹那祐佐久は死を覚悟する。
(やばい……これは本当にやばいやつだ。こんな達人クラスを相手に出来るほど僕は強くなんかないぞ。こんな大勢を集めるなんて卑怯だ!)
「フッフッフ、悪魔には悪魔を。これが鉄則だ」
「卑怯だぞ!子供をいじめていいのかよ!」
「ええいだまれ!貴様は子供などではない!悪魔だ!悪魔の手先に違いない!!」
悪魔の子と言われ、ショックを受けたがこの状況の方が数倍凄まじいに違いない。急いで出口へ向かおうと決意するが、既に塞がれている。
距離を置こうと思い足を少しだけ動かした刹那、四方八方を塞がれてしまう。退路は完全に絶たれ、四面楚歌。
「くそ……しくじった――かな」
「フハハハハ!これで貴様もお終いだ!」
男が静かに手を上げると同時に達人達は身構える。そして静かに呟いた。
「殺せ――」
祐佐久と達人の距離は僅か数メートル。目を閉じた刹那、彼等は目前に迫っていた。
死――考えたことも無いが、一度だけそれに近い絶対絶命のピンチに陥った事がある。それはまだ幼き日――その日は突然訪れる。
平穏な一日、平和な日常は淡く脆く崩れ去ってしまう。達人に囲まれなが父は死に絶え、母は目の前で拳の餌食となった。去り際に放った母の言葉が酷く懐かしく感じる。
そして拳が己に向けられた際に死を覚悟した。絶対的強者による搾取。それは決して逃れる事が出来ぬものであり、弱者は従う以外選択の余地はない。
過去の記憶の断片が走馬灯の様に駆け巡る。
(ああ、僕はここで死んでしまうんだな――梁山泊での日々は楽しかったなぁ……身体が軽い――本当に死んじゃったんだ……僕は――!!)
梁山泊での辛くも楽しかった記憶が蘇る。ツンデレであった逆鬼。マッドであった秋雨。スケベな剣星。いつも戦争を繰り広げていたアパちゃい。結局中を深める事が出来なかったしぐれ。
散々であった日々も今となっては愛おしい。
魂が肉体を離れるとはこの事を言うのであろうか。誰かに抱かれたような感覚があり、何かを自分に語りかけている。さしずめ天国の使者であろう。
「おい」
(天使さんって案外荒っぽいんだなぁ……)
「起きろって」
(天使ってこんなドスの効いた声か?)
恐る恐る目を開けると、月光に照らされ、顔はよく見えない。しかし下を見れば先程眼前に迫っていた達人達が祐佐久を眺めている。
そして祐佐久は気がついた。
「僕は――生きてる……?」
「たりめーだろ。間一髪だったな」
「さがぎじぃじょォォォォォーー!!」
咄嗟に自分が助かったことを理解すると否や祐佐久は声を荒げて泣いてしまった。
「わーった、わーった!だから抱き着くな!ついでに一張羅で鼻水を拭くんじゃねぇ!」
此度、少年は一命を取り留める。
祐佐久を担ぎ、逆鬼は宙を舞う。月明かりの元に舞うその様は幻想的であり、同時に畏怖の念を抱かせる。翼さえ無いが軽やかに、そしてしなやかに大地に降り立つその天使はまさに鬼神。堕ちた鬼は地獄さえも我が手中に収めんとする傲慢さ、凶悪さは他のものとは一線を画す。
要するには逆鬼はブチ切れた。
「テメェら――うちの弟子をよくも泣かせてくれなぁ…………。ただじゃおかねぇぞ――!!」
「ま、待て!話せばわか――」
「景気付けに一丁派手に行くか!祐佐久!」
「待て!金は幾らで払う!だから――」
「喰らいやがれ――
正拳、貫手、鶴頭、平拳、掌底、手刀、一本拳、虎口などあらゆる拳で凄まじい連撃を放つ。
空気中の分子さえも驚くほどの猛スピードで放たれる突きは辺りにいた祐佐久以外の全てを蹴散らし、同時に爆弾が爆発したかのような衝撃が走った。
「ふぅ、スッキリしたぜ。祐佐久ー、そろそろずらかろうぜ。腹が減って死にそうだ」
「僕も腹減った」
「そうだ。近くに上手いラーメン屋があるんだ。そこには行こうぜ!」
「え、ホント!?行く行く!」
2人はその場を後にするとすぐさまラーメン屋へと向かう。今日食べるラーメンは格別である。疲れきった身体に自家製とんこつラーメンのスープが行き渡る。
オマケにチャーシューは丼を覆い隠すほどトッピングを追加してもらった。若干逆鬼は涙を浮かべていたがお構い無しだ。
「クソォォォ!金が吹っ飛びやがった!」
「ズルズルズル(大人って大変だなぁ)」
「な、なぁ祐佐久。美羽に今月の小遣い前借りしてくれる様に頼んでくれよ〜……。いや、寧ろ前借りではなくて普通に小遣いが欲しいな――そうだ、今回の仕事のギャラをコッソリと……」
梁山泊では小遣い制である。アパちゃいは小遣いは必要なく、秋雨や剣星にはそもそも小遣いが必要ない。何故なら一応だがまともな金銭感覚があるからだ。それに引換え逆鬼は金銭感覚が無く、よくギャンブルで小遣いをパーにする事も少なくはない。
秋雨と剣星の地道ではあるが確実な収入はコツコツと梁山泊に貯金されているが、逆鬼は月に1本依頼があれば多いほうだ。
美羽が家計のやりくりの苦労をしっているので、逆鬼に冷ややかな目線を送る祐佐久であった。
「な、なんだよ」
「うーん……別に今回だけだったら良いんじゃない?その変わり報酬の6分の1だけだよ」
「本当か!?よっしゃ!それでこそ我が弟子だ!!今日は機嫌が良いから何でも奢ってやらぁ!」
「やったね!ありがとう、逆鬼師匠!」
その後、逆鬼はもう1度死ぬならぬ、もう1度泣くのであった。
「チクショぉぉぉぉ!!何でも奢るって言うんじゃ無かったァァァ!!」
「あ、師匠。次はあれね。それとー……あれも欲しい!」