「士郎、いってらっしゃい」
「ああ…………いってきます」
 ―――――それが最後に見た士郎の姿だった。

 これはセイバールート寄りのIFルートその後のイリヤスフィール、藤村大河、遠坂凛、間桐桜の……残された女達の唄。

 ―――――わたしが死ぬ前に帰ってきてくれたらいいのに。


 ※本作品は、今は閉鎖されましたサイト、にじファンで掲載していた作品の微修正移転作品となっております。


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ばんははろ、EKAWARIです。
この作品は、今は閉鎖されましたサイト、にじファンで掲載していた作品の微修正版となっております。
セイバールートよりのIFルートその後のもしもの物語。短いですがお楽しみいただけましたら幸いに存じます。かしこ。


残された女達の唄

 

 

 IN.イリヤスフィール

 

「シロウ、今日も遊んでくれないの?」

 私はじっと赤い髪の少年を見上げる。いや、童顔なだけで本当はそろそろ青年と呼んでも良いんだけれど、わたしにとってはシロウは子供だから、その成長に知らないフリをする。

「ああ、ごめんな、イリヤ」

 そう言って困ったように笑うから、わたしはいつも彼を許してしまうんだ。少年の名前は衛宮士郎。10年間わたしが殺したいくらい憎んでいたひとで、同時にとても大事な人。

「仕方ないなあ、お兄ちゃんは」

 そう言って笑う。お兄ちゃんと呼んでいるけれど、本当は私のほうが年上。わたしの父親は衛宮切嗣。シロウは父が引き取って育てた子供だから、だからわたしとは血の繋がっていない弟。

 わたしはお姉ちゃんだから、だからシロウの我侭は聞いてあげる。

「ごめんな、イリヤ」

 そうやって謝るのに、シロウは出て行くんだ。それが凄くずるい。

(ねえ、シロウ知ってる? 私は長くないんだよ?)

 そう言ったらどんな顔するだろうか? ずっとわたしの傍にいてくれる? でも、結局わたしは言わないんだ。シロウなんて、わたしが死んでから後悔しちゃえばいい。そして泣いて泣いて、わたしの死を悲しんで。そうしたら、ちょっとは気が晴れるから。

 そうしてある日、本当にシロウは出て行った。

「シロウの馬鹿」

 シロウのことが好きだった。とくにエプロンをつけて料理をする姿が好きだった。そんな平和な姿が似合うのに、なんでシロウは行ってしまうんだろう。あの男(キリツグ)みたいに。

 遠くで見守るような顔をするときのシロウが嫌いだった。父親のあの男をどうしても思い出すから。

 なんで、シロウは行っちゃうんだろう。セイギノミカタなんて嫌い。わたしを置いて行ったキリツグも嫌い。

 シロウだって、シロウは、大好き、ううん、でも、やっぱり大嫌い。

 おいていかないで。寒いのは嫌なの。心が寒くなる。サクラとタイガがいるから大丈夫なんて思い込みやめてよ。わたしが好きなのはシロウなのに。

 でも、わたしはお姉ちゃんだから。だから、なんでもない顔をして「いってらっしゃい」を言うんだ。

 

 ―――――わたしが死ぬ前に帰ってきてくれたらいいのに。

 

 

 

 IN 藤村大河

 

「全く、仕方ないなあ、士郎は」

 いつかこんな日がくると思っていた。

「切嗣さんの息子だもんね」

 昨日、士郎は明日この街(ふゆき)を出て行くといった。どうしてもやりたいことがあるんだって。真剣な弟分の姿。だけど、切嗣さんに士郎のことを任されている身としてはそんなこと認められなくて、「出て行きたかったら、私を倒していきなさい」と持ちかけて、そうしてまだまだ子供だと思っていたのに、逆に負けてしまった。

「ごめんな、藤ねえ」

 そんな風に言うのはずるいと思う。

 まだまだ子供だと思っていたのに。でも士郎はもう大きくなっていた。高校を卒業して、士郎は急に背がのびた。遠坂さんとそんなに変わらないと思っていたのに、いつの間にか随分見上げないといけないようになっていた。ずっと傍にいたからそんなことにも気付いていなかった。

「イリヤのこと、頼む」

「おねえちゃんに任せなさい。イリヤちゃんはもううちの家族なんだから」

 そうやって、胸をはってえっへんというと、士郎は苦笑しながら、「ああ、そうだな」と言う。

「じゃあ、藤ねえ、俺そろそろ行くから」

「ちょっと待ちなさい、士郎」

 まだ何かあるのか? と首をかしげる弟分に、びしっと竹刀を向ける。

「いつでも、帰ってきていいんだからね。ここは士郎の家なんだから」

 士郎は数瞬、呆けたように目を見開くと、くすっと小さく笑って「ああ、サンキュ。藤ねえ」と言った。

「ん」

 よし、と笑う。

「士郎、いってらっしゃい」

「ああ…………いってきます」

 それが最後に見た士郎の姿だった。

 

 士郎が出て行った半年後、イリヤちゃんが死んだ。遠坂さんを通して連絡をした。

 それでも、士郎は帰ってこなかった。

 

 

 

 IN.遠坂凛

 

 士郎が封印指定になった。それは、あいつの魔術を知ったときから覚悟していたはずのことだった。私に迷惑をかけるのを恐れたのか、あいつはイリヤの死を伝えてから姿をくらませた。

「あの、馬鹿」

 ぎりっと唇をかみ締める。

 なんで本当にあいつはああなんだろう。私を誰だと思っているのか。

「馬鹿士郎」

 きっとこうしている今もあいつはどこかで誰かを助けようと馬鹿な御伽話(せいぎのみかた)を実践しているのだろう。

 そうして何年も経った。そして士郎の噂を聞いた時、その現在の顔写真を見た時愕然とした。

 かつて赤かった髪は真っ白に、日本人らしい色をしていた肌は中東の人間のような褐色に変貌していた。そう、それはかつての聖杯戦争のパートナー、あの皮肉屋だった根は善人の男(アーチャー)のように。顔も、きっと前髪を立てて上げてしまったら、もう二人の見分けはつかないだろう。

 なんてことだろう。アーチャーは士郎だった。

 思えば、いくつもの共通点が二人にはあった。敵視していたのにセイバーを気にしていたあの男。皮肉屋で現実主義者だったのに士郎と同じことを言っていた。

 つかまえなきゃいけない。あいつを問いたださないと。そう思ってももう手遅れだった。

 だって、次に私があいつの居場所をつきとめたとき、あいつは、士郎は、戦争をおこした犯罪者として処刑されようとしていたのだから。

 今更もう遅い。

 絞首刑にかけられるのを、私はただ遠くから群集にまじって見つめるだけ。

 魔力で水増しした視力で、せめてよく見ようとしたとき、士郎の首にかけられているものに気付いた。

 それはあいつには不釣りあいな赤い宝石。かつて私が士郎を救った石だったのだから。

 何故、あいつがもっているんだろう。だって、アーチャーはあの日確かに私にこの石を返したのに。唯一のはずのその石はここにあるのに。

 答えは簡単。

 英霊を召喚するのは、触媒があってのもの。私は触媒も無しにサーヴァントを召喚したと思っていた。でも、アーチャーのほうが私の触媒を所持していたのだ。

 そして私は、馬鹿な魔術の弟子で、自分のサーヴァントだった男と同一の魂をもつ男の、死の瞬間を動かなくなるそのときまでただ見ていた。

 

 

 

 IN.間桐桜

 

 先輩が死んだ。遠い遠い国で、犯罪者として死んだ。

 私は生きているのに。私を殺してくれる前に、先輩は死んだ。

 その日、藤村先生は愕然としながら新聞を凝視していた。

「嘘、士郎が犯罪なんてするわけないもん」

 遠い遠い国だけど、規模の大きな事件だから、だから日本にも彼らがやってきた。

「だから、士郎は昔っから良い子で、そんな、戦争犯罪人なんて、なにかの間違いだもん」

 たくさんのひとたちが先輩のことについて尋ねた。冬木中で尋ねた。

 リポーターがなにか言っている。でも私にはなにをいっているのかわからない。

 だって先輩が死んだ。先輩はもう帰ってこない。先輩はもう笑わない。

 なにを言っているのかわからない。「悪魔」? だれのこと。「人でなし」? だれのこと。「凶悪な殺人鬼」? だれのこと。

 ああ、わかった。私のことだ。

 ええ、もういいんです。私、疲れちゃいました。

 だって先輩がいないんです。なら、もう私が耐えて待つ意味だってないですよね。

 お腹、空いちゃいました。

 もう、いいですよね。

 

 

 

 ―――――イタダキマス。

 

 ああ、最後に、先輩の笑顔が、見たかったなあ。

 

 

 

 

 それはある日、突然のことだった。一つの街が地図から姿を消した。それが1人の男の死がきっかけだったなど、誰が知ろうか。

 街は歌う。街は謳う。残されて壊れた女達の唄を。

 

 

 完




ご覧いただきありがとうございました。


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