ある日、世界中で死者がよみがえり、ゾンビとなって、草を食べ始めた。

人を襲わず、感染もせず、人々もパニックにもならない――そんなゾンビのお話。



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草食ゾンビ

 ある日、世界中で、死者がよみがえり始めた。

 

 

 

 

 

 

 事件の発端は、極東の国・N国にある、小さな田舎町だと言われている。言われているというだけで、正確な情報ではない。調べれば正確かどうかは判るかもしれないが、それを調べる人はいなかった。その事件はすでに世界中に広がっており、どこから始まったかを特定したところで、あまり意味がないからである。とにかく、最初に事件の報告があったのが、その、N国の小さな田舎町だったというだけだ。

 

 天寿を全うし、天国へ旅立ったはずの老婆が、葬儀の途中、棺桶のふたを開け、外に出た。

 

 不治の病にかかり、医者に見放され、息を引き取った若者が、霊安室で起き上がった。

 

 痴情のもつれから恋人にナイフで刺された男が、目を開けた。

 

 会社をクビになり、妻と子供に逃げられ、生きることに絶望し首を吊った夫が、暴れはじめた。

 

 そういった現象が、N国から始まり、やがて世界中へ広がっていったのである。

 

 ただ、死者が蘇ったとは言っても、生き返ったわけではない。姿は死者のままであり、話しかけても返事はない。生前の意識はないようで、ただ、うつろな目でゆっくりと動くだけ。その姿は、映画やゲームなどに登場する、生ける屍、ゾンビそのものだった。

 

 映画などのゾンビは、人を襲い、その肉を食べる、恐ろしい存在だった。さらに恐ろしいことに、ゾンビに咬まれたり引っかかれたりした者もまた、同じくゾンビとなり、人を襲うようになる。やがて、世界はゾンビで溢れ、文明は崩壊。人類は滅びの一途をたどるのだ。世界の人々は、自分たちもまた、そうなるものと思った。

 

 しかし、そうはならなかった。

 

 なぜなら、ゾンビたちは人を襲うことはなく、ただひたすら、植物を食べるだけだったからである――。

 

 

 

 

 

 

「――それでは、ゾンビについて判っていることを、報告してくれたまえ」

 

 事件発生から一週間後。A国大統領官邸の会議室で、大統領は、集まった学者や側近たちに向かって、重々しい口調で言った。A国は世界で最も経済が発展しており、各国のリーダーとも言える国である。

 

「では、わたくしから報告させていただきます」そう言って立ち上がったのは、A国で最も優秀とされる生物学者だ。

 

 生物学者の報告によると、ゾンビの身体を徹底的に調べた結果、心臓や肺など体内のほぼすべての器官は機能していないものの、脳だけがわずかに活動しているとのことだ。しかし、それでなぜ動くことができるのか、科学的には説明がつかず、まだ研究中だという。また、ゾンビはウィルスによる感染症の一種であると推測されるが、それも、詳細は不明。要するに、今のところほとんど何も判っていないのだ。現段階で判明していることは、人は死ぬと二十四時間以内にゾンビになること、ゾンビになるとひたすら植物を食べること、ゾンビになると身体は腐ることが無いということ、頭を潰すとゾンビは動かなくなるということ、くらいである。

 

「ゾンビは、人を襲うことはないのだな?」大統領が質問する。

 

「今の所、そのような行動は見られませんし、襲われたという報告もありません」

 

「ふうむ。映画のような恐ろしい存在でないのは幸いだったが、だからと言って、このままで良いということはあるまい」大統領は、視線を他の学者に移した。

 

「その通りです、閣下」そう言って立ち上がったのは、環境学の博士だった。「映画のように、ゾンビに襲われてゾンビになる者がいないとは言え、それでも、ゾンビは増え続けております。世界中で一日に出る死者の数は、十五万人と言われております。つまり、一日十五万体のゾンビが誕生していることになります。この数字に、ゾンビが一日に食べる食料の量をかけて計算しますと、一年で、約五百万ヘクタールの森林が失われることになります。これは、地球温暖化が、これまでの二倍の早さで進む計算になります」

 

 大統領は頭を抱えた。地球温暖化への対策は、今や世界中で取り組んでいる問題だ。温暖化が加速すれば、経済大国であるA国は、真っ先に批判を浴びることになる。

 

「やはり、ゾンビは処分するしかないな」大統領は言った。

 

「しかし、それには問題が」今度は、法律の専門家が立ち上がった。「ゾンビを処分するためには、頭を潰すしかありません。ですが、現状、ゾンビは死体と同じ扱いとなります。死体の頭を潰すことは、死体損壊の罪に問われ、罰せられることになります。実際、勝手にゾンビの頭を潰し、逮捕された者も多くいます」

 

「では、まずゾンビを処分するための法律を作らなければならないのだな?」

 

「その通りです、閣下」

 

「判った。では、さっそく取り掛かることにしよう。諸君らは、引き続き、それぞれの分野で研究を進めてくれたまえ」

 

 と、いうことで、この会議は終了した。その後、大統領は議員を集め、臨時の国会を開き、早々に、ゾンビに対する法律を作った。人が死んだらすみやかに頭を潰すこと、ゾンビの頭を潰しても罪には問われないこと、などである。これらは『ゾンビ対策法』と呼ばれ、すぐに施行された。A国がこのような法律を作ると、他の国もマネをして同じような法律を作り、やがてゾンビ対策法は、世界中に広まった。これにより、ひとまずゾンビが増え続けることは避けられた。

 

 しかし、これに反対する団体も現れた。ゾンビを死体ではなく、生きた人間として扱うべきだ、というのだ。ゾンビにも人権を与えるべきか? 一部で議論はされたが、おおむね却下された。まあ、当然だろう。ゾンビを処分しなければ、永遠に増え続けるのだから。

 

 ゾンビ対策法の普及はある程度効果があったが、それでも、ゾンビを絶滅させるまでには至らなかった。現段階では、ゾンビを絶滅させるには死者の頭を全て潰すしかないのだが、世界中の死者を全て把握するなど、不可能であろう。だから、ゾンビを絶滅させるには、死者がゾンビ化する原因を根本から断たなければならない。しかし、A国をはじめとする生物学者が総力をあげて研究を続けたが、原因の解明は遅々として進まなかった。ゾンビの数は、増えもせず、減りもせず、そのまま数ヶ月の時が流れた。

 

 ある日、インターネットを中心に、こんなウワサが流れ始めた。

 

 ゾンビは、食べると非常に美味しい、と。

 

 最初は単なる都市伝説的な話だった。友達の友達から聞いただの、知り合いの知り合いが実際に食べてみただの、子供じみたウワサだった。だが、実際にゾンビを食べている画像や動画がネット上に流れ、それが作り物ではないと判明すると、世界中で大騒ぎとなった。ゾンビは死体と同じである。ゾンビを食べることは、人の死体を食べることと同じなのだ。文明社会においては、絶対のタブーであるが、それはあくまでも倫理的な問題であり、法律的に罪に問うことはできなかった。

 

 と、いうのも。

 

 人の死体を食べるという行為が罪になるのは、それが死体損壊にあたるからである。

 

 しかし、ゾンビ法の施行により、ゾンビには死体損壊が適応されなくなったのだ。

 

 そうなると、ゾンビ食は少しずつ広まっていった。どうやら本当に美味しいらしい。やがて、有名な料理人や美食家がゾンビを食べ始めると、世界中でゾンビ食がブームとなった。ゾンビを料理して提供する専門店や、様々な地域のゾンビを加工して売る業者なども現れた。

 

 もちろん、常識的に考えればこんなことが許されるわけはない。各国の首脳も対策に乗り出し始めた。すぐにゾンビ対策法が改正され、ゾンビを食べることは禁止となった。しかし、あまり効果は無かった。ゾンビを扱う業者やゾンビ料理を出す店は無くなったが、個人レベルでゾンビを食べることを取り締まるのは、どうしても限界があった。

 

 こうして、世界中で、秘かにゾンビが食べられることになった。幸い、というべきなのか、ゾンビ食がブームになった頃から、ゾンビの数は少しずつ減っていった。それでも、ゾンビの数がゼロになることはなかったが。

 

 

 

 

 

 

 そして、世界にゾンビが発生してから、一年が経った。

 

 

 

 

 

 

「――と、いうわけで、この一年での世界の死者数は約四千万人。前年より二十パーセントほどマイナスとなります。この先もどんどん減り続け、十年後には、一千万人を切る見通しです」

 

 A国大統領官邸の会議室で、大統領は、生物学者から報告を、満足げな表情で聞いていた。今日は、生物学者と大統領、そして、大統領の側近の、三人だけの会議である。

 

 生物学者の言う通り、この一年で、世界の死者数は大幅に減った。と、いうのも、ゾンビを食べるという行為が根づいたため、途上国などで、飢餓によって死ぬ人が、大幅に減ったためである。

 

「ふむ。概ね、予想通りではあるな。結構、結構」大統領は席を立つ。「では引き続き、ゾンビウィルスの散布を続けたまえ」

 

「かしこまりました」

 

 生物学者は、深く頭を下げた。

 

 ゾンビウィルスとは、その名の通り、ゾンビのウィルスである。人の死体に感染し、発症すると、ゾンビとなって動き回り、草を食べるようになるのだ。この生物学者が、長年研究を重ね、開発したものである。世界中で発生しているゾンビ騒動はこのウィルスが原因だ。すなわち、世界中で起こっているゾンビ騒動は、A国が密かに起こしたものである。

 

 なぜ、A国がそんなことをしたかと言うと。

 

 世界で一日に死亡する人は約十五万人。その大部分が、途上国や紛争地域の人で、さらにその半数は、飢餓によって死亡しているのである。

 

 先進国ではあまりピンとこないが、今、食糧不足は、世界的な問題なのだ。

 

 その問題を解決するために行ったのが、ゾンビウィルスの散布だ。『ゾンビ食料化計画』と、彼らは呼んでいる。その名の通り、ゾンビを食料として、食糧不足を解消しようという計画だ。

 

 生物学者の報告通り、この計画は非常にうまく行った。人が死ねば死ぬほど食料が生産されるのだから当然だろう。いずれ、世界中から飢餓は無くなるはずである。

 

 もっとも、大統領の目的は、食糧不足の解消ではなかった。食糧不足の解消により、途上国への食糧支援を行わなくて済むことが、真の狙いである。早い話が、国家予算を節約したいのだ。そのための、ゾンビ食料化計画。実際この計画により、かなりの予算を削減できる見込みだ。

 

 満足げな表情で会議室を後にする大統領。その後に続く大統領の側近は、心の中で密かに思った。表向きは世界のリーダーとしてゾンビの対策を率先して行っているが、ウラでは自国の利益のために密かにゾンビウィルスをバラ撒いている。本当にコイツは、人を喰ったヤツだ。

 

 

 

 

 

 



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