並盛町妖奇譚   作:雪宮春夏

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 あれ? 一足先に春が来ました。
 こんにちは。雪宮春夏です。
 今回ちょっと短めですが、読んで頂ければ嬉しいです。
 では、どうぞご覧下さい。


第三譚 春眠暁を覚えず

 城島犬は困り果てていた。

「依り代。動けるびょん?」

 尋ねては見たものの、蒼白よりも白に近い顔色と、ガタガタとずっと小刻みに震える体を見れば、その答は聞かなくとも分かった。

「人いねぇとこ通るから、ここから離れるびょん。歩けるか?」

 腕を引いて促すと、ヨロヨロとしながらも子どもは立ち上がった。その姿を見ながら、性急すぎる柿本千種……柿ピーの判断に、彼もやはり混乱していたのだと分かる。

「……ボンゴレの……あの管理者の十人目なんて、こいつにんな大役、出来るわけねーびょん」

 呟いた声は、子どもの耳までは届かなかった。

 

 フラフラと蹌踉ける子どもを支えながら歩く犬は、頭の中で並盛周辺の地図を現在地を照らしながら、どこへ行くべきか頭を悩ませていた。山の麓には雑貨屋があるが、食料を買い込むとなるとあそこは品物が少ない。

 これから数週間は持つように買ってから尋ねてきたと言うのに、下手をすればさっきのゴタゴタで全て破壊された可能性があるのだ。

(大体、金もう手元に残ってねぇぞ。()()()からは仕送りなんてあってないようなもんだし、だからって、()()()から手心なんて、貰いたくねぇし)

 日の当たりにくい所を選びながら通ると、時折子どもの震えが酷くなる時がある。その理由に目を向け、犬は威嚇の唸り声を上げた。

「テメェらみてぇな有象無象が、こいつ喰えると思ってんのか! 失せろっつーの!!」

 ガルルルルと、唸った口からメキメキと牙が生え、その眼は人としてのものから理性を捨てた獣のものへと変わっていく。その姿に、辺りに蠢く者達は自らとの明確な力量差を悟ったのか、すぐさま散り散りとなり、一目散に逃げ出していく。

「……馬鹿共が」

 そう吐き捨てた犬がふぅぅぅぅと、自らの気を鎮めるように息を吐くと、シュルルルとその気性の変容に会わせるかのように変化が解け、人の姿に戻っていく。

 柿ピーは昼だから大丈夫とは言ったが、正確にはまだ陰の気の強い午前である。万全を期すのなら本当は午後になってから出かけるべきだったのだ。

「依り代……大丈夫か?」

 柔らかい声音を意識するが、幼少期、朝夕問わずに奴らに狙われ続けた経験を持つこの子供は、奴らの気配には過ぎるほどに鋭敏になっている。

 それに加えて、味方であったはずの人間から憎悪の思念を向けられた影響か、慢性的な人間恐怖症と言っても良い。

 本来ならば、人混みにいることでさえ、かなりの神経をすり減らしているのだ。

「全然繋がんねぇ……電源まで、切りやがったな。柿ピーのやつ……」

 半ば依り代を抱えるようにして歩きながら、犬は珍しく、昔の事を思い起こしていた。

 

 並盛町は首都の近くでは珍しく、奴良組の畏れがあまり行き届いていない場所である。元々土地としても閉鎖的な部分があったためか、賑やかしの多くいる奴良組の連中とは、夜薙姫は馬が合わなかったらしい。

 だからと言っても、彼女は京妖怪と仲良く出来るような妖怪第一主義者でもなかった。

 元々彼女も鬼女とは呼ばれてはいたが、始まりは人間であったことが一因だろう。彼女自身の人としての死にも、他者の欲望が多く遠因していることもあり、京妖怪とは相容れる事は難しかった。

 しかしながら、この両者に囲まれた土地では、どちらかか、若しくはそれと同等、またはそれ以上の勢力と手を結ぶしか、小さな土地神が生き残る道は無かった。そして彼女は、後者……犬達のボスである、宇宙(そら)の元へ集う事を選んだのである。

 犬や千種が所属する宇宙(そら)をボスとする組織の規模は、それほど大きなものではないと犬は思う。

 奴良組や京妖怪のように、本家……本拠地と呼べるような場所もない。ただ、集った仲間が多い分、本気になったときに勝手に宇宙(そら)へ手を貸そうとする者達が多いのだ。それこそ世界規模で。

 江戸の時代に、奴良組を率いていた当時の総大将、奴良鯉伴は江戸を己の庭と称して、臣下達を振り回していたらしい。

 それを聞いた直後、犬はおかしな対抗心を燃やして、話してくれた相手にこう返したのだ。

「まだまだ小せぇびょん! 宇宙(そら)にとっては世界中が隣近所扱い! 俺らの主である鬼罹(きり)様が何十年かけて世界中を探し歩いたか! ここで語り尽くしても良いびょんよ!!」

 そう言いきった己はその数秒後に話に出した主人、鬼罹(きり)の武具にて、ざっくりと眉間に傷を負わされたのだが。

(まずい……! 黒歴史まで思い出してしまったびょん!!)

 京妖怪は千年、奴良組は五百年近く続く組織だが、それに対して己らの組織が出来たのは今から百年ほど前……正確には現在も、その組員はゆっくりとだが、増え続けていると言っても良い。

 しかしながら、ボスである宇宙(そら)と、それを支える幹部六人。彼らのボス曰く、これが彼の組織の全員であるらしい。そこまで続けられた言葉には実は続きがあって、「まぁまだピンと来る人いないから、三人しか席は埋まっていないんだけどねぇ」と、何とも言いようのない言葉で締められていた。

 ともあれ、彼の主張で纏めれば、その下にいる者達に関しては、幹部の畏れについてきている者達であり、あくまで己の支配下にはないのだという。

 多くの妖怪を畏れさせ、魅入らせておいて、本人は平然と丸投げ宣言を行う、自分達の組織の長はそんな風変わりな総大将なのである。

『どこまでも自由で、どこまでも奔放で……つかみ所がなく、ぬらりくらり』

『……それで目を離すと幽霊のように儚く消えるかもしれない……そんな危うさがあるから』

『だから放っておちおち寛いでいられない……彼って、そんなおかしな魅力があるんだよねぇ』

 そう結論づけた幹部達の顔は、皆一様に苦笑いに近いものだった。

 犬から言わせて貰えば。

 基本的に幹部の三人は向いている方向はバラバラで、性格もまるで合わない。

 協力するよりも敵対する方がよっぽど多くて、恨み言を言い合っている事がずっと多い。

『本当は皆それぞれが、百鬼の長になれるだけの力量があるのに……何故か一番年若い俺を長にするんだもんなぁ』

 おかしいと思わない? そう無自覚なままに問いかける宇宙(そら)にあきれ果てた事は覚えている。

 そもそも彼らは宇宙(そら)がいなければ一つに纏まることさえ出来ないだろう。三人共がそれなりに力を持ち、野望も大きいのだから、彼を介していなければあった瞬間殺戮に変わっていた可能性が最も高い。

『だいだい、君を追って飛び出さなければ、こんな所まで僕は来ようとも思いませんでしたよ』

 彼の言葉を聞いた鬼罹(きり)の溜息交じりの事に同意したのは、もうずっと昔のことのように思える。

(いや、もうずっと昔びょん……あの日から、依り代の中に入った宇宙(そら)の声は誰にも聞こえなくなったびょん……)

 幹部の一人はいつもと変わらない笑みで言った。

 眠っているだけだと。

「起きたくなったら勝手に起きるよ。その時は皆でしっかり叱ってやろう……大丈夫。きっとすぐに起きるよ」

 組織がバラバラになることのないよう、内外の弛みを締めてくる。そう言って彼はこの国を出た。この国には他の幹部が二人とも残る。誰かが全体を見るために、どうしても外側へ行かなければならなくなったのだ。

「……あの子がいないのなら話にならない。僕は僕で勝手にやらせてもらうよ」

 二人の内一人はそうぶっきらぼうに言い捨てて、宇宙(そら)を、その依り代を守るため、一人で動いた。依り代の目に映る範囲に気を配るのは己らの仕事だが、普段、食料品だけを差し入れる以外は、全てを夜薙姫に任せて、自分達が自由に動けるのは、依り代を殺そうと画策し、外側から入ろうとする阿呆共を彼が完全に食い止めてくれているからに他ならない。

「あちらの者達に邪魔立てされないためにも、奴らを上手く利用するためにも……どちらにしろ一人は残る必要はあるのですよ」

 放逐される自分達に、言い聞かせるように鬼罹(きり)は言った。

「利用し、出し抜く。その為に僕は残りますが……彼とその依り代を頼みますよ」

 くふっと周りからおかしなと称される笑い声を上げて、鬼罹(きり)はほくそ笑む。

「……犬?」

 か細い声が耳に届き、犬は漸く顔を振り向いた。路地の奥へ奥へと進んでいたが、いつの間にか路地そのものを突っ切るように歩いていたらしい。表通りへ出かけているのだろう。差し込む光と共に、笑い声が聞こえる。

「なんだびょん……」

 振り向いて尋ねた声が、自分のものの筈なのに、やけにくぐもって聞こえた。

 振り向いた直後に依り代の子どもが僅かに息を吞んだことも理解できない。

「……泣かないで」

 僅かな間と共に、依り代から絞り出されるように発された言葉がそれだった。

(泣く……?)

 依り代の指を追い、己もそこをなぞると……顔が僅かに濡れている。少しばかり乱暴にそれを拭いながら、犬はへっと声を上げた。

「バッカ。これは泣いているわけじゃねぇびょん」

 そう……自分は泣いていないのだ。だって……。

「人間なんかと一緒にすんなっつぅの」

 己は強い……妖怪なのだから。

 

 人間の学舎……おそらく中学校だろうそこに子どもを抱えて入った犬は人の気配の無い木立の中に、子どもを下ろした。

「もう太陽は中天を通ったから、奴らが来る可能性は滅多にないびょん! 俺はひとっ走り買いもん行ってくっからおとなしくここで待ってろ!」

 それまで人の多さに気分を悪くした後遺症か、ぼんやりと視線を宙に向けるだけだった子どもはそんな犬の発言にポカンと大口を開けてしまっていた。

「えっ? 待ってろって、ここに俺、放置ですか?!」

 ついで慌てた様子で言い募る子どもの姿に、予想は出来ていたものの、溜息は禁じ得ない。

「聞き分けろっての。そんなお前連れて、人の集まる場所に行けるわけねぇらろ?」

 真っ当すぎる犬の正論に、子どもも押し黙った。

 彼とて分かっているのだ。

 己の現状では人の集まる商店街へ出向けばすぐにでも動けなくなる。そうなれば犬は己の安全確保で精一杯で、食料の調達所では無くなるだろう。

 ……どう考えても子どもは足手まといだった。

(柿ピーとしては無理矢理人混みに入れることで、少しでも人に慣れればもうけもんぐれぇに思ってんのかもしれねぇけど)

 犬としては、それは悪化こそすれ、改善策にはならないのではないかと思えてならない。

 子どもを保護してからのこの数年間、現状のやり方で一向に宇宙(そら)が意識を取り戻さないことに関しての焦りは犬も分かっている。

 しかしそれに焦って犬達との間に出来ている信頼関係を崩しては逆に手詰まりとなるだろう。

(そう言う意味では……あのアルコバレーノの来訪は上手く使えば今の現状から何らかの変化を得られるのかもしんねぇけろ……)

 それでも、犬にはあまり歓迎したいという感情は無い。

 得られるよりも失うものの方が多いのでは無いかと思えてならないのは、嘗てアルコバレーノと関わることで宇宙(そら)が受けた喪失を一番近くで見たのが自分達であることも関係しているのかもしれないが。

 考えても解決しない問題だと分かりながらも、グルグルと考え込んでしまう犬は、気分を切り替えるように首を振り、後ろを振り返らずにその場所から離れた。

 このままここにいたとしても食料が手に入るわけではない。

 何よりグルグルと考え込むのは己の性には合わないのだ。

(細けぇ事は柿ピーと、鬼罹(きり)様に任せれば良いびょん)

 俗に、丸投げと呼ばれる選択を取りながらも、犬は早く終わらせようと僅かに離れた商店街に向けて、全速力て駆け出していた。

 

 太陽が中天を通ったこの時、並盛中学の時間割としては昼休みが始まる時間がまもなくだとは、元々時計を見る習慣が無い犬には、知る由も無かった。

 草陰の中でたった独り。押し潰されそうな孤独の中で子どもは泣き出しそうになっていた。

(何でこんなことになっているんだろう……!)

 子どもは己の知らない間に、目まぐるしく変わる状況に、ただ合わせることしか出来なかった。

 この状況の激変は、今朝掃除を終えようとした俺に夜薙姫が侵入者の襲来を知らせてきた事から始まっているような気がする。

(そうだ……考えてみれば元々、あの赤ん坊が来たことがこのゴタゴタの始まりだもん……!)

 こうして考えると夜薙姫の激昂も、それに伴い社から閉め出され、寝床を失った現実も、食べ物が無いからという理由で人里まで降りることになったのも、何から何まで全て、あの赤ん坊が原因である。

 少しばかり八つ当たりが混じっている事も否定は出来ないが、子どもからすれば他に当たれる相手もいなかったのである。

 子どもは匿われているあの場所では、誰よりも弱者である。

 そして子どもは漠然とながら、彼らが匿っているのは己自身ではないことも分かっていた。夜薙姫が気にかけるのも、犬や千種が心配するのも、厳密には己では無い。

 いや、己に対して、僅かな関心も示していないと言うわけでは無いのかもしれないが、それよりも尚多くを占めるのは、己を依り代としている、彼らに宇宙(そら)と呼ばれている存在なのだと分かっている。

 子どもと彼らが宇宙(そら)と呼ぶ存在には面識と呼べる面識は無い。

 ただあの日、あの神社の本殿の裏へと続いていた、子どもが見たのは、宇宙(そら)の血痕だったのだ。

 本来なら誰にも認識されない()()となってしまっていた宇宙(そら)を何の因果か子どもは認識してしまい、その意識に引き摺られるように宇宙(そら)は子どもを依り代としてしまった。

(見方を変えれば彼らからすれば俺が大切な宇宙(そら)さんを奪ったようなものなのかな……)

 あの日何故あのような所に行ったのかと、後悔したことは数知れず。それでも、どちらの意志かも分からないまま依り代となり……若しくはされた、この身体には選択肢などほとんどなかった。

(依り代ってだけで、他の妖怪には襲われるようにもなっちゃったし……)

 宇宙(そら)さんに怨みを持つ妖怪も居ないわけでは無いらしいのだが……これは犬さんと千種さん曰く、宇宙(そら)さん本人と言うより、その血族を恨んでいる輩らしいが、ともかくこどもは誰の護りも与えられないまま、宇宙(そら)に怨みを抱いている京妖怪という、この国の妖怪の中では一大勢力と呼べる者達……その下っ端に襲われるようになった。

(母さんだって……)

 考え込む内に、こどもが思い出したのは襲われる自分を庇おうとして倒れた母の姿。そのまま妖怪達に襲いかかられた彼は、碌に母親の状態を確かめることさえ出来ず、逃げるしか無かった。

(それからしばらくして、父さんがたくさんの人を連れて、俺を探しに来てくれたときは、正直ホッとしたっけ……でも)

 助けてくれる。そう思った子どもの思いは粉々に砕かれたのだ。

 いつものよりも少し怖く感じられる顔。それは俺の姿を認めた瞬間、まるで鬼のような形相になった。俺の中に猜疑心さえ知らなかった俺に向けられた恐ろしい姿にあの時俺が何を思ったのかは、俺自身でさえ今も言葉にすることはできないままだ。

 その後の事は、積極的に思い出したい光景では無い。

 今でもうまく思い出せないのは、それだけ精神的な傷になっているのではないかというのが、千種の意見だ。

 気づいたときは窓のない部屋に縄で縛られ転がされていた自分と、見たことの無い男達が何人も床に倒れている姿。そして……。

『何とか……間に合いましたね』

 そう言って微笑む片目が赤、片目が藍色の長身の男。彼が犬や千種、夜薙姫の上に立つ、鬼罹(きり)と呼ばれる人だと知ったのはずっと後の事だった。

 

 後から聞かされた話だが、あの時俺の中にいる宇宙(そら)さんの気配が酷く乱れた事で、顔色を変えた鬼罹(きり)さんが急遽夜薙姫に体を借りて駆けつけたのだという。

 そんな鬼罹(きり)さんにはあれ以降会ってはいないが、どうやら鬼罹(きり)さんは現在色々と面倒なことに巻き込まれていてあまり動く事が出来ない状況らしい。

(止め止め! 今更こんなこと考えてもどうにもならないんだから!!)

 慌てて頭を振り思考を打ち消そうとした子どもはしかし勢い余ったのか、茂みの中に頭を突っ込んでしまった。

(本当に俺……何やってんだろ)

 一つをやれば一つが引っかかるというか、何とも様にならない自分の姿にがっくりと項垂れて、子どもは危険も感じない現状からそのまま寝てしまおうかと思い始めていた。

 あれ以来、外へ出ることなど一度もなく、依り代となってからはこんなにのんびりとした心地で外に居ること自体が初めてだったのだ。

 久しぶりの外に疲れも確実に堪り、全ての事象が子どもを睡眠の淵へ案内しているようでさえあった。

(ちょっとくらいなら……大丈夫だよね?)

 程よい眠気に誘われるまま、子どもの意識は眠りの中へと落ちていった。




 周りに信頼できる存在がいないまま眠るとは……大胆なのか、抜けているのか。その答はまた、次の機会で。

 では、ここまで読了ありがとうございました。
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