並盛町妖奇譚   作:雪宮春夏

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 五月に入りました。雪宮春夏です!
 ……間が開くこと一カ月越え。
 どうもすいませんでした。これからゆっくりとではありますが、復活していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。



一譚 嵐の前の静けさ

澤城 譲生(たくしろ ゆずき)だ」

 グルリと見渡したクラスメートの顔は、千差万別と言って良い。

 気に止めるほどの敵意を持った相手がいないことを確認しつつ、その存在に目を向けた。

 逆立った茶髪に、同色の瞳。

 こちらへの興味は無いのか、チラリとあった視線は直ぐに逸れてしまった。

(……あれが、依代ね)

 こちらが殺気を出していないからか、まともな警戒一つしていない彼の危機感の無さに笑い出したくなる。

 しかし、本当にこんな所で笑い出したら、不審に思われるだけだ。

 教師が示した席へ向かいながら、窓からこちらを観察する気配を感じて、僅かに口角を上げる。

(さて……先に釣れるのは()()()かな?)

 これから起こることに期待するかのように、僅かに微笑んだのを知るものは、果たして何人いるだろうか。

 

 はじめに感じたのは、既視感だった。

(何だ? ……誰かに、似てる?)

 予定外の時期で突然やって来た転入生を観察していたリボーンは、その誰かを探そうと記憶を探ったが、直ぐには見つけられなかった。

 小麦色のような明るい金毛は重力に従ってまっすぐと落ちる。肩まで伸ばされた直毛は毛先だけ重力に逆らうように浮き上がっていた。

 遠目であること、眼鏡をかけていることもあり、この位置から目の色までは知ることは出来ない。影を作ると直ぐさま、髪が目にかかってしまうのもまた一因だろう。

(イタリアから来たって所は気になるな……敵対ファミリーの可能性も視野に入れて置くべきか)

 これからするべき事に意識を向けながらも、リボーンの第六感は、今し方の既視感を無碍にするなと訴えている。

(……澤城譲生。調べる必要はありそうだな)

 

 

「体育祭? ……あぁ。そんなのあったね……」

 耳半分で聞いていたのも相成り、その相づちはかなりおざなりだった。

「それで? まさかと思うけど、君こっちに来て観戦したいなんてバカな事言う気じゃ無いだろうね?」

 機嫌の悪さを隠しもせず、ジロリとそれを睨みつけるのは、事実上の並盛の支配者。

 「並盛の秩序」と恐れられる雲雀恭弥である。

 彼が睨みつけたのは一羽の烏。……但し、その烏の片目……その眼球は血のような深紅。その中には漢数字の六の文字が描かれているという、普通の烏には無い特徴はあるが。

「そんな訳ないじゃ無いですか。バカですか? 失礼。そうでしたね。貴方。鳥頭(とりあたま)ですもんね」

 そう……()()()()()

 時間としては、カァと一声鳴いた程度。それでそれだけの文章を言い切る烏はどう考えてもインコの物真似の域を超えている。

 その上、普通の烏ならば行う筈の鳴く以外の行為……毛繕いや、身動ぎ、羽ばたきなどの動きが一切無いために余計にその烏には得体のしれない不気味さが付きまとっていた。

「……その言葉。烏の死骸を操って喋らせている君に言われたくは無いよ」

 そんな生物を恐怖するでも無く言い切る雲雀恭弥に、烏は「クフフフフ」と、()()()

「申し訳ありませんがその言葉は侮蔑にはなりません。私にとっては褒め言葉です」

 烏は()()()()()、まるで小馬鹿にするかのように大袈裟に羽ばたいてみせる。

「お望みとあれば、死した後の貴方の死骸だろうが己の手足として動かしてみせますよ? ……()()そういう()()です」

「必要ないよ。わかってる」

 その言葉には、嫌悪も厭いも無く、状況を理解している以上の含みは持たされていない。

 全くもって異様であった。

「それで、先程の話ですが……観戦したいのは私ではありません」

 まるで一呼吸置くかのように、突然話を元の場所に戻された雲雀恭弥は、気に入らないのか、表情を顰めている。

「君の下僕達? 僕の領域に入れるなんて……何を企んでいるんだい?」

 僅かに鋭さを纏った雲雀恭弥の詰問に、烏は再び笑い声を()()

「企むなどとは人聞きが悪い。「体育祭」は学校行事でしょう? 学校行事には保護者の出席が必須と聞きましたが?」

 疑問の形で言い放った烏に、しかし相手は答えることなく、今の所は沢田綱吉の「保護者」に当たる相手を思い浮かべて眉を寄せる。

「君……まさかあの()を並盛に放つつもりかい?」

 そこに雲雀恭弥が含んだのは明確な苛立ち。殺気こそは無いものの、忌々しいと顔にはっきりと出ているのはおそらく、対峙する烏の死骸を操る相手にも容易に想像できるものだろう。

「そんなことはしませんよ。あの子はあの神域からでられない。それが縛りですからね。……貴方も知っている筈でしょう?」

 クフッと()()烏は明らかにこちらを挑発している。それは挑発された当人にも明らかに分かるものだったようで、微かに鼻をならすだけに止めて烏から視線を外した。

「しょうがないね。あの二人だけなら良いよ」

 それっきり口を閉ざし、黙々と書類を裁く雲雀恭弥の周辺の空気を察する程度の能力は、烏にも……正確には、それを操る人物にも備わっていたのだろう。

 クフッと、一声吐息のように漏らしてから、バサッと、羽を広げる。

「ありがとうございます。……それではまた。縁があれば。我らが駆裳(くも)

 仰々しい溜を入れて、烏が、言い置いた言葉に、雲雀が浴びせたのは嘲笑だった。

「何それ? 僕は君となれ合うのはごめんだよ。……失せな。鬼罹(きり)

 開いたままの窓から流れ込んだ風に、雲雀は漸く視線を烏が、鎮座していた場所へ戻した。

 当然そこにはあの烏の姿は無い。

「……態々()で呼びかけるなんて、嫌みのつもり?」

 小さく呟いたその声を聞くものはいなかった。

 

 さて。並盛において恐怖と共に語られる事の多い並盛の秩序がおかしな烏と話し込んでいたその頃。

 並中の一室では……。

「極限必勝っーー!!!!」

 ……極限バカと称される男が燃えていた。

「でなくて良いんすか? 十代目……」

 開け放たれた窓から漏れ聞こえるその声を何とも無しに聞いていた獄寺は、その傍らに座り込む自らの主君、ボンゴレ十代目候補、沢田綱吉に目を向ける。

 彼らが使っている会議室の真上であるこの屋上のスペースで、獄寺の敬愛するボス候補は日向ぼっこに勤しんでいた。

 いや、よくよく耳を澄ませれば、微かに寝息が聞こえる現状を思えば、正確には日向ぼっこではなく、昼寝だろう。

 無理もないことだ。

 獄寺の知る限り、十代目にとっては昼間は寝る時間であった。

 十代目、沢田綱吉は長く昼夜逆転生活を送っていたらしい。

 御年七つ頃からのそれを改善しようとしているのが、数週間前から彼の家庭教師としてボンゴレから派遣された最強の殺し屋、リボーン。

 その一環として学校での生活を生活サイクルに取り入れ、獄寺も毎日の送迎役として協力を依頼されたのだが、長年の習慣がそう簡単に変わるはずも無く。

 結果だけを先に言えば、今の十代目は学校へと、ほとんど寝るためだけに通っている。 

 この結果にはリボーンさんも妥協したのか、何も言わない。今はまだ、そこまでの高望みをするべきでは無いと思っているのかもしれない。 

 普通の授業でもそんな十代目が、単なるレクリエーションの時間に真面目に起きている筈がなく、現状に至っている。

「しかし! 俺は辞退する!!」

 微かな寝息を立てる十代目を横目にしながら、階下の会話を流し聞いていた獄寺は、笹川が放った次の言葉に声を上げていた。

「A組の総大将は……沢田ツナだ!!」

 話題の中心人物は、獄寺の傍で、階下の喧噪にも気付くこと無く、眠り続けていた。

 


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