艦隊これくしょん ― 紺碧の戦線   作:ラケットコワスター

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第一話:1ページ目

 深海棲艦。

 突如として深海から姿を現したそれらを人はそう呼んだ。その姿は人形のものから完全に人形を離れた異形まで様々。しかしいずれも共通して恐ろしく強い、という特徴が挙げられる。

 あまりに唐突に現れた外敵に対し人間は抗うことができなかった。人間の装備では敵わなかったのだ。

 しかし全く希望が無いわけではなかった。深海棲艦と同じくまた別の新たな存在が世界に現れていた。

 艦娘。人は彼女らをそう呼ぶ。どこから現れたのか、気付けばそこにいた。気付けばそこにいて、気付けば戦っていた。外見は人間の少女と言って差し支えない。いや、何から何まで人間と全く変わらない。

 新海棲艦の対抗存在として人間とは比べものにならない強靭な肉体を有し、実際の船のように油で活動エネルギーを得ることができる、という点を除けばの話だが。

 少女らは皆総じてかつてこの海を駆けた艦艇の名と記憶を持っていた。彼女らは人間が作り出した存在の生まれ変わりだった。故に彼女らは人間の手を取り、人間と共に在り、人間と共に戦う道を選んだ。

 かつて海で凄惨な殺し合いを演じた“兵器”は“心”を得て手を取り合い、共に人類の敵に抗うこととなった。

 

 

 ―――鎮守府近海

 

 

「目標到着時間一時二十分頃……予定通りだ」

 

 蒼く晴れ渡る空の下、同じく限りなく蒼い海の中、陽炎型駆逐艦十三番艦“浜風”の美しいシルバーブロンドはよく目立った。

 

「うぅんっ……今回も長かったなぁ……疲れたぁ……」

 

 思い切り背伸びをして浜風に呼応するように独り言を洩らしたのは特型駆逐艦、吹雪型一番艦“吹雪”である。

 

「仕方ない、また資材が枯渇寸前なんだそうだ。私達が出なければ最悪鎮守府が回らなくなる」

 

 吹雪の独り言に初春型駆逐艦三番艦“若葉”が返事をする。容姿は浜風や吹雪に比べ大分幼いが漂う雰囲気は容姿に似合わない達観したような何かを感じさせた。

 

「だがなぁ……流石にこうも遠征ばかりだと何だか張り合いが無いっていうか……やっぱ出撃してえなぁ……」

 

 最後に遠征隊の先頭を行く旗艦が口を開いた。彼女は天龍型軽巡洋艦一番艦“天龍”だ。

 艦娘らと提督が深海棲艦と戦う為の前線基地、それらは総じて“鎮守府”と呼ばれる。鎮守府と言えば戦時中日本に数ヶ所存在した海軍の根拠地を想像するが深海棲艦や艦娘らが現れるようになってからは単に艦娘と司令官がいる基地をその規模の大小を問わず鎮守府と呼ぶようになり、またそのような場所は各地に散見されるようになった。故にそれらを束ねる大本営も各鎮守府の運営に必要な資材を負担しきることは出来ず、ある程度までは供給されるが基本的に運営の為の資材は各鎮守府で都合するしかなかった。

 彼女ら四隻、もとい四人は枯渇寸前になっている資材を集める為に朝から遠洋航海を行い資材をかき集めてきた。

 彼女らが所属している鎮守府はここしばらくこれといった出撃は行っておらず、遠征隊が資材回収の為に海へ出ているだけだった。この遠征隊の旗艦を務める天龍も本来は主力、第一艦隊に所属しているのだが艦娘としての活動の燃費の良さから遠征隊に抜擢された。

 

「あぁ……どうせ帰ってもまたすぐに次の遠征に出されるんだろうなぁ……なんつーかつまんねーなぁ……」

 

 天龍が背伸びをしながら愚痴を溢す。

 

「まぁまぁ。鎮守府が回らなくなるよりマシですよ」

 

 吹雪がやんわりと天龍を諌める。それに対して天龍は首だけ振り返り苦笑いを浮かべてみせた。

 

「まぁな……ん?」

 

 突然天龍の表情が曇る。素早く首を前方に向け空を見上げた。

 

「ど、どうしたんですか……?」

「電探に反応あり、三時の方角!何か来るぞ!」

 

 急に真顔に戻った天龍は腰に差してあった刀を抜いた。艦娘が持つ艦船としての特徴の一つ、艤装である。それに応じるように他の三人も手に持った小さな大砲のような艤装を構えた。

 

「三時の方向……?爆撃機でしょうか」

 

 浜風が天龍に訊ねる。拳銃のような形をした自らの艤装に取り付けられたトリガーガードにかける指の力が自然と強まった。

 

「わからない。だがあっちは……」

「ええ。深海棲艦の支配海域の方向ですよね」

 

 遠征はあくまで資材の回収や工作を目的とした出撃であり戦闘が目的ではない。しかしこうして会敵する可能性もまたゼロではないのだ。

 やがてそれ(・・)は姿を現した。

 

「来た!」

 

 遠くに影が見えた。しかしそれは――

 

「……一機だけ?」

 

 影は一つだけだった。雲に隠れてうすぼんやりとしか見えないが確かに一つだけだ。本隊からはぐれたのだろうか。

 

「……いや、違う。あれは……」

 

 次第に影の形がはっきりしてきた。縦に長い楕円形のような機体、横に長く伸びた二本の翼、弱々しく回るプロペラ……プロペラ機だ。

 

「……あれは人間が乗る機体だ。敵じゃない」

 

 近づいてきたことでわかったが影は思っていたより大きかった。おおよそ艦娘や深海棲艦が扱う艦載機の大きさではない。と、なれば人間が扱う機体ということになる。天龍は刀を鞘に納め、他の三人も安堵の表情を浮かべ艤装の構えを解いた。

 

「しかし珍しいな今時このあたりで人間の機体とは」

「そうですね」

 

 影はいまやしっかりプロペラ機とわかる程に近づいてきていた。一機だけ、というのが気になるがとりあえず敵ではないようだ。

 

「ん……あれ!?ちょ、ちょっとあれって!」

 

 しかし吹雪が突然プロペラ機を指差して声を上げた。それにつられて皆プロペラ機を見上げる。

 その瞬間、プロペラ機のプロペラが止まった。

 

「!?」

 

 推進力を失ったプロペラ機はゆっくりと前のめりに傾き四人のもとに真っ逆さまに墜ちてくる。

 

「か、回避ぃぃっ!」

 

 四人が慌ててその場を離れる。途中プロペラ機は火を吹き派手な音をたて、錐揉み回転しながら海へ墜ちた。

 

「う……そ……墜ちた」

「と、とにかく搭乗者の保護を!」

 

 四人は急いでプロペラ機に近づく。機体は激しく損傷し、煙がもうもうと上がっている。

 

「うっ……すっごい煙」

「大丈夫ですか!?」

 

 鉄屑と化したプロペラ機の残骸を解体しながら搭乗者の安否を探る。早くしなければ搭乗者もろともプロペラ機が沈んでしまう。

 

「いた!」

 

 やがて中から一人の男が引きずり出された。どうやら軍人のようで血と埃で薄汚れたボロボロの深緑色のつなぎのような服を着ている。この損傷は墜落した時のものだろう。おびただしい出血に加え意識も無いのか、ぴくりとも動かない。

 

「……生きてるのか?」

 

 若葉に言われて浜風は男の口元に耳を近づけた。わずかにだが浜風の耳に自然のものではない空気の流れが届く。どうやら息はまだあるようだ。

 

「……息はしている。急ごう、まだ助けられる」

 

 四人は頷き、天龍が男を背負うと皆鎮守府へ向けて帰路を急いだ。

 

 ***

 

「……どうですか」

 

 十数分後、四人は鎮守府の医務室にいた。目の前にはベッドに横たわる男、そして鎮守府近くの町から急いで呼んできた人間の医師がいた。

 

「うーむ、微妙なところですね」

 

 医師は見事に禿げあがった頭を掻きながら男の診断結果を前に苦い顔をする。

 

「結構な量出血していますし、全身傷だらけです。しかしまぁ……現状命に関わるような怪我は見当たりません」

 

 医師の言葉に四人はほっと息を吐く。

 

「ですがまだどうなるかわかりません。怪我が悪化する可能性も充分に考えられますし、場所によっては止血できていない所もあります……ん?」

 

 そこまで話すと医師が口をつぐんだ。そして眼鏡を直し、ベッドの側面を見つめる。

 

「ど……どうしました?」

 

 浜風が恐る恐る聞くと医師は我に帰ったように浜風の方を向く。

 

「あっ、いえね、今彼の手が動いたように見えまして……私も歳ですかね、流石にこんなに早く意識が戻るというのは流石に考えられないのですが」

「はぁ……」

 

 浜風がちらと男の手を見た。医師が動いていたように見えたというその手はやはり微動だにしない。見間違いのようだ。

 

「しかし……珍しいですな、話を聞く限り深海棲艦の支配海域の方角からの戦闘機……まさかそんなことがあったとは」

「えぇ……私達も驚きました。服装から察するに軍人……だとは思いますが」

 

 そう言われて今度は医師が自身の左手に位置する壁にかけられた男の服を見た。墜落の衝撃でズタズタになってしまっているが戦闘機のパイロットが着る深緑色のつなぎだというのはわかる。

 

「しかし……一体なんでそんな方角から飛んできたんだ?軍人だとすると……連中に攻撃を仕掛けでもしたのか?その隊の生き残りとか」

 

 天龍が顎に手をあて男の素性を推察する。深海棲艦の支配海域から飛んできたボロボロの戦闘機と同じくらいボロボロのパイロット。そう考えるのが自然だろう。

 

「ふーむ、いや、特に最近そういう話は聞かないですな。少なくともこのあたりの海域では、という話ですが」

 

 鎮守府を度々訪れるこの医師の情報網はどういう訳か妙に広い。そういった話も多少なりとも入ってくるそうだ。

 

「だとすると……いやまさか……そんな遠くから飛んできたとでもいうのか?」

 

 若葉が医師の顔を見上げながら質問をぶつける。医師は困ったような顔をして続けた。

 

「流石に詳しくはわかりませんよ。私は軍人じゃあありませんし……」

「まぁ……そうですよね」

 

 結局疑問に答えは出ず、五人は黙りこんでしまう。

 

「……で、どうする」

 

 しばらくして天龍が沈黙をやぶった。

 

「どうするって……提督に報告するしか」

「……私あの人苦手なんだよなぁ……」

「私もだ吹雪……」

 

 医師を除く艦娘四人の会話はこのことを報告するか否か、いや、誰に報告すべきか、という話題にシフトした。どうも四人とも歯切れが悪い。

 

「とはいえ秘書艦に一任するわけには……」

「そうだよね……」

「俺が報告しなきゃいけないのかこの場合」

「お願いできます?」

「えぇ……」

 

 やがて四人の会話は声量が上がっていく。医師は蚊帳の外に取り残され、椅子に腰掛けズタズタになった男の服をぼんやりと見ていた。

 

「俺は嫌だぞ!あの人苦手なんだ!」

「それは皆そうです!」

「というよりあの人大丈夫なのっているのか?」

「……う」

 

 瞬間、ほんの一瞬だった。あまりに突然のことにその場にいた全員は何が起こったのかすら認識できなかった。

 ベッドに寝かされ全く動かなかったはずの男の手が突然動いた。突然素早く伸び完全に呆けていた医師の腕をしっかりと、確かな力で掴んだ。

 

「うおおっ!?」

 

 あまりに突然のことに医師は声を上げのけぞった。当然その医師の腕を掴んでいる腕も引っ張られる。それに連動し腕の持ち主も当然引っ張られた。

 ガシャンと大きな音をたてベッドに寝かされていた男がベッドから転げ落ちた。横に置かれていた鉄製の台や木製の椅子が派手にひっくり返り、四人も変な声を上げ飛び上がる。

 

「な……ななななんですか!?」

 

 吹雪が両手を上げ壁に背中をぴったりとくっつけながら状況を確認しようとする。

 

「うう……ここは……どこだ」

 

 吹雪の声に続いて聞こえたのは人間の男の声だ。医師の声ではない。若々しく低い声だ。と、なればこの声は怪我人の方になる。

 

「も、もう意識が戻ったんですか!?」

 

 今度こそ医師の高めの声が聞こえた。吹雪が落ち着いてきた頃には男が医師の肩に手を回し立たされていた。

 男はそのままベッドに寝かされ、医師は倒れた台や椅子を元に戻した。男は小さくうめき声を上げ寝返りをうつ。

 

「せ……先生?これは……」

 

 浜風が驚いた顔のまま医師に状況の説明を求めた。

 

「意識が……戻りましたな。しかもこんなに動けるとは……」

「あぁ……駄目だ……すまねぇ、そこのあんた、そう、あんただ」

 

 男は再度うめき声を上げ浜風を指差した。

 

「わ、私?」

「なんか……食いもんをくれ……血が足りねぇ」

 

 

 ***

 

 

「あの……彼、大丈夫なんですか?」

 

 数分後。浜風と医師は二人そろって呆気に取られた顔をしていた。医師にいたってはずれた眼鏡を直そうともしない。

 

「しょ……食事ができてるなら……問題ない……ですかね」

 

 男は意識を回復するなり食事を要求した。今浜風の目の前で鎮守府の一日分の食糧を平らげようとしている男はとてもつい先程まで意識不明の重体だったとは思えない。

 

「うー……ゲフッ」

 

 ちょうど男が胃袋におさめた食事がのっていた食器で病室が埋め尽くされそうになった時、そこでやっと男は箸を置き、食事以外の目的で口を開いた。

 

「あぁ……食った!もう食えねぇぇ……」

 

 男は大きく伸びをするとベッドに倒れこんだ。その様子を見た浜風は急いで男に駆け寄る。事情を聞き出す前に眠られたらたまったものではない。

 

「あ、あのっ!」

「ん……?」

「お名前を聞かせてください」

「俺の名前……?」

 

 一瞬、男は何故そんなことを聞くんだとでも言いたげな顔をした。してからほんの少し考え、すぐに表情を変え勢いよく起き上がった。

 

「失礼、悪い悪い。メシ食わせてもらったのにこんな態度はないわな」

 

 そう言って男は歯を見せながら笑ってみせた。

 そこで浜風は改めて男の顔をしっかりと見た。全体的に顔立は整っており、目は男性にしては少し大きく、その眼光は大人の男性と言うよりは悪童どもを束ねるガキ大将のような無邪気さを感じさせた。眉は細めだが凛々しく力強い印象を受け、無邪気に笑う男の屈託のない笑顔が与える印象に一役買っている。

 

「俺の名前は赤羽。赤羽 興助(あかばね こうすけ)だ。よろしく頼む」

「……戦闘機に乗っていたりあの服を着ていた、というところを見るあたり軍人のようですが、間違いありませんか?」

 

 名前が確認できた所で浜風は今度は男の身分について探りを入れてみた。対して赤羽は不意を突かれたように歯切れ悪く返答する。

 

「ん?……あ、あぁ……空軍に所属している」

「空軍、ですか。階級は?」

「少佐だ」

 

 浜風が次々に浴びせる質問にたじろぎながらも赤羽はきちんと答えた。嘘をついてはいなさそうに見える。

 

「あの……赤羽少佐、聞けば、深海棲艦の支配海域方面から戦闘機で飛んできたそうですが、何があったのですか?」

 

 あまりにも浜風が矢継早に質問を浴びせるので医師がやんわりと横やりを入れた。会話のテンポは一気にテンポダウンし、赤羽も調子を取り戻した。

 

「……俺は……俺達は、深海棲艦と戦ってたんだ」

 

 赤羽は少し考え、やがて重苦しく口を開き、述べた。

 

「深海棲艦と?このあたりでは最近そういった作戦の話は聞きませんでしたが……」

 

 赤羽は改めて医師と向き合い、使用言語を砕けた敬語に切り替え続けた。

 

「作戦の存在そのものが秘密だったからなぁ……ま知らないのが普通でしょう」

「なんと」

「そういえば、今このあたりと言ってましたが、ここは一体どこなんですかね?」

 

 赤羽の言葉を聞くなり吹雪が背後の戸棚から海図を取り出し赤羽に手渡した。

 赤羽は海図を受けとるなり丸められていたそれを一気に開き、目を通す。

 

「マジか、こんなところにまで……」

「……どうされましたか?」

 

 医師に言葉をかけられ、赤羽はゆっくりと顔を上げた。

 

「俺はこのあたりの人間じゃあないんですよ」

「なんと」

 

 赤羽は自らの所属について話し始めた。なんでも彼は深海棲艦の支配海域近くの小さな港町の出身だそうだ。彼の街はまだ深海棲艦に対する装備が整っていないのにも関わらず勢力を拡大する深海棲艦に挑んだ。当然結果は惨敗。彼は戦闘中に被弾しその衝撃で気を失ってしまった。そのまま燃料が切れるまで飛び続け、結果燃料が切れ墜落した所に丁度浜風らが通りかかったというわけだ。

 

「そんなことが……」

「そうだ、俺の仲間は。他に、俺の他にここまで流れ着いたのはいなかったか?」

 

 赤羽が思い出したように浜風に尋ねる。食事をし自分以外のことに気がまわるようになったのだろう。

 浜風は突然返された質問に不意をつかれ黙りこんでしまう。

 

「少佐……その……」

 

 浜風の代わりに吹雪が口を開く。が、言葉が続かない。直接に確認したわけではないが赤羽がこれだけひどい状態だったのだ。生き残りがいる見込みは薄いだろう。

 

「……そうか」

 

 吹雪の態度を見て赤羽なりに納得したようだ。赤羽はそれ以上尋ねようとはしなかった。

 

「……」

 

 重い空気が流れる。たった一つの質問でこうも空気が変わるものなのか。誰も口を開かない。

 息苦しい。空気が変わるとこうも居心地が悪くなるものなのか。だんだんとその場にいる者に落ち着きがなくなってきた。

 

 ―――コツッ、コツッ

 

 突然扉をノックする音が鳴った。今の今まで沈黙が部屋を支配していたがために全員の反応は速かった。

 

「どうぞ」

 

 医師の言葉に続いて木製の扉が軋む小さな音をたて一人の男が入ってきた。後には小さな少女を従えている。恐らく彼女も艦娘だろう。

 

「失礼する」

 

 男は低く、若々しいながらにも威厳のこもった声で話した。

 海軍の将校が着用する白い制服をきちんと着用し、帽子のつばもきっちりと前を向いている。帽子から少しはみ出た髪は几帳面に整えられ、全体的に何処と無く神経質な出で立ちだ。人相は悪くなく、鋭い眼光の三白眼、眉は比較的細めで緩やかな傾斜を描いていた。端正な顔立ちではあるものの、同時に眼光の鋭さや近づく者全てを威圧するような雰囲気をまとい、なんとなく近寄りがたさを醸し出していた。

 見たところ赤羽とそれほど年は離れていなさそうだが何かが赤羽と決定的に違う。そう感じさせる男だ。

 

「提督……」

 

 部屋に入ってきた男と目が合うなり天龍が小さく呟く。

 

「天龍、帰っていたか。報告は後で聞こう」

 

 男は表情一つ変えずに淡々と述べた。

 

「さて、君が問題のパイロットだな」

 

 天龍が視線をそらすと男は赤羽に向き合い彼の身分を確認した。冷たい目だ。赤羽の中でこういう目を持つ人間はそれだけで‘嫌なやつ’に分類されてしまう。自然と体が緊張した。

 

「私は冷泉 君彦(れいぜん きみひこ)少将だ。ここ、第九鎮守府の責任者を務めている。……君の名前は」

 

 冷泉の質問は一本調子だ。話題が完全に彼のペースで進んでいる。

 

「え、あ、はぁ……赤羽興助といいます、えぇと、あ、階級は少佐であります」

 

 コイツ苦手だわ―――

 赤羽は内心舌打ちした。赤羽はこういう人間が得意ではない。

 

「ふむ、赤羽。ここに来るまでに何があったか覚えているか?覚えているだけ話してもらいたい」

 

 冷泉はあくまで表情を変えない。無愛想な男だ。

 赤羽は自らの所属する航空戦隊と深海棲艦団との戦い、敗北、長時間の飛行など先程までの話を繰り返すように冷泉に説明した。

 

「……以上です」

「わかった。ではまずは君の所属先へ確認を取る。今後のことはそこから考えるとしよう」

 

 冷泉は小脇に抱えていたクリップボードの上に敷かれた紙にさらさらとペンを走らせ赤羽の証言をまとめると彼と目を合わせることなく言った。

 すると赤羽は少し驚いたような顔をして冷泉の一本調子に割り込んだ。

 

「し、しかしっ、恐らくもう俺の街は深海棲艦に占領されています、そこへ通信するのは逆に危険では……」

「そこは問題ない」

「はぁ……ですが」

「問題ないと言っているだろう。怪我人は大人しくしていろ。くれぐれも余計なことはしてくれるな」

 

 冷泉はぴしゃりと言い放った。これには赤羽も黙らざるを得ない。

 これ以上の対話は無意味と判断したのか冷泉はすぐに部屋を出ていった。彼について部屋に入ってきた艦娘はついに一言も発さずに冷泉に続いて退室していった。

 

「……本当に必要な話しかしなかったな」

 

 冷泉が出ていった後生じた沈黙を破ったのは浜風だった。赤羽の視界に彼女は映らなかったが声に苦々しさがにじんでいるあたりよくない表情をしているのだろう。

 

「……助けてもらってなんなんだが」

「?……どうしました少佐」

 

 しかしそれは赤羽も同じだった。 

 

「嫌なヤツぅッ」

 

 ――八月十五日午後一時三十分、赤羽興助、第九鎮守府へと辿り着く。

 歴史にはこう刻まれる。後世に語り継がれる人間の反撃、勝利の歴史。輝かしいこの歴史はなんでもない鎮守府の無機質な病室の一角から始まる。後にその場にいる者の多くがこの歴史で主役を演じることになるのだが、それはまだ誰も知るよしのないことであった。




 初めましての方は初めまして、なんだおめーかって方は毎度お世話様ですラケットコワスターです。今作、「艦隊これくしょん ― 紺碧の戦線」よりpixivでの活動も開始しました。優柔不断さに定評のあるぼくですが、そちらも合わせて赤羽、冷泉共々よろしくお願いします。

さてさて、第一話「1ページ目」。如何だったでしょうか。なにぶんネットに小説アップするのは久しぶりで、まー書けない書けない。難儀しました(笑)ネタ自体は大分前から練っていた話なのでこうしてやっと形になったのはぼくとしても嬉しいことです。まぁそれでこのクオリティかとかは言わないでください泣きます。今回登場した赤羽、冷泉、浜風や吹雪達。ちょーっと人間目立ちすぎかな?まぁですがそういうお話だと思ってくださいごめんなさい。更新は遅めになってしまうかもしれませんがしっかりちまちま書いていきたいと思います。これからもよろしくお願いします!

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