艦隊これくしょん ― 紺碧の戦線   作:ラケットコワスター

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第三話:赤羽ドリル

 食堂。ここでは給糧艦‘間宮’や町の人間が運営しており、艦娘や町の人間達で賑わうスポットとなっている。

 中でも人気のメニューは間宮が手がけるあんみつ。小豆や抹茶アイスにソフトクリームやウエハースなど和洋折衷、豪華絢爛にして甘味尽くしな一品である。一口食べれば病みつきになること間違いなし__ともっぱらの評判である。

 さて、ここに一人分のあんみつが置かれている。それに向かうは特型駆逐艦‘吹雪’。普段の彼女ならば目を輝かせてソフトクリームにスプーンを入れるのだが何故か今日に限ってはそうしない。それどころか非常に気まずそうな顔をしてうつむいている。

 その理由は隣に座っている浜風にあった。

 

「で……なんであなたがここに居るんですか」

 

 浜風が心底嫌そうな顔をする。その視線の先には牛丼にがっつく赤羽の姿があった。

 

「そりゃこっちの台詞だ。俺はそいつに飯に誘われてな。そんで来てみりゃなんでお前までいるんだよ」

「ま、まぁまぁ……」

 

 吹雪の頬を嫌な汗が伝う。

 つい三十分前の出来事だ。赤羽は昼休みに入り、特に理由もなく外をぶらぶらと散歩していると偶然吹雪に出会った。お互いに顔見知り程度だったので親交を深めるのにいい機会と考えたのか吹雪は赤羽を食事に誘ったのだった。赤羽も空腹感を感じ始めていたので快くそれに応じ、二人で食堂へ入ったまでは良かった。が、そこには浜風がいた。その存在に吹雪が先に気づいたのだが、困ったことに吹雪は赤羽と浜風が喧嘩したことを知らなかったのだ。

 

「ううう、まさか喧嘩してたなんて……」

 

 結果赤羽が気づく前に浜風に声をかけてしまい、不運にも喧嘩中の二人をばったり出会わせてしまうことになった。二人とも案外頑固な所があるようで、赤羽が席についても浜風は席を離れず、赤羽もまた遠くの席へ動こうとはしなかった。吹雪も赤羽を食事に誘った側である手前、彼を一人にして離れるわけにもいかず、結果として非常に気まずい空間が出来上がってしまった。

 

「吹雪、無理にここに居る必要はありませんよ。なんならどこか他の席にでも……」

「お前が動けばいいじゃないか」

 

 浜風が吹雪に席を動くことを薦めようとしたら赤羽が割って入ってきた。

 

「私は吹雪と話をしているんです。入ってこないでもらえませんか?」

 

 気まずい。とても気まずい。二人の視線が合わさると火花が飛ぶ。好物であるはずの間宮のあんみつが全く美味くない。

 

「私の方が先にいたのになんで私が動かなければならないんですか。というよりあなたが他の席に移ればいいだけの話では?」

「いやぁ実はさっき足を挫いちまってなぁ、歩けないんだわ」

「そうですか、じゃあずっとそこに座っていてください」

「うう……二人とも怖い……」

 

 本当に気まずい。

 

「そもそもここで食事をするだけの働きをしたんですか?働かざるもの食うべからず、です。どうせまたふらふらしていたところを偶然吹雪に見つかったんでしょう?」

「その仕事がない場合はどうすればいいんですかね浜風さん?」

「そんなの私が知ったことじゃありませんよ」

「あー出た!そうやって逃げるやつ!議論の放棄だ放棄!」

「ちょっと大きな声出さないでください!」

 

 赤羽と浜風の言い争いは白熱する。次第に二人とも声が大きくなり、食堂にいる他の艦娘達も何事かと顔を向け始めている。吹雪の居心地の悪さはピークに達した。

 その時である。

 

「ごめんね。ちょっと隣いいかな」

 

 赤羽の隣、浜風と向かい合う席に大胆にも新手の艦娘が乱入してきた。きつねうどんが乗せられた盆をそっとテーブルに置き、椅子にかけると割り箸を綺麗に割り手を合わせた。

 

「いただきまーす!」

 

 そう言ってうどんをすすり始める。あまりに突然のことに赤羽も浜風も調子が狂って黙りこんでしまう。

 

「も……最上さん?」

 

 沈黙を破ったのは吹雪だった。

 

「ん?」

 

 最上と呼ばれた艦娘はうどんをすすりながら呼応した。急に顔を上げたのでうどんの汁が少しえんじ色のセーラー服に飛んでしまった。

 

「え……ええと……」

「……二人とも、喧嘩はよくないよ?せっかくのご飯なんだから美味しく食べようよ、ねっ?」

「えっ、お、おう……」

「そ、そう……ですね……」

 

 決まった。赤羽と浜風は完全に調子を崩され沈黙した。落ち着いてきて大声で言い争っていたのが恥ずかしくなったのか二人ともうつむいて黙々と食事を再開する。

 

「も……最上さん」

 

 吹雪が二人に聞こえない程の小声で最上に話しかける。

 

「なんだい?」

「ありがとうございます」

 

 吹雪が小声で礼を述べると最上は優しく微笑んだ。

 彼女は重巡洋艦、最上型一番艦の‘最上’である。短く切りそろえられた黒髪に艦娘としては珍しく半ズボンを着用し、男性的な立ち振る舞いから見目麗しい美少年と勘違いする者も多いがれっきとした女性である。

 その親しみやすく、面倒見の良い性格から鎮守府内の一部の艦娘達からは姉のような存在として見られており、吹雪もその一人だった。

 

「そう言えば……今日は第一艦隊は朝から中部海域に行ってるって聞いてたんですけど、もう帰ってこれたんですか?」

「うん、まぁ……ね」

 

 急に最上の返事は歯切れが悪くなった。

 

「ん、ごっそさん」

 

 最上が次の言葉を繋ぐ前に赤羽が空になった牛丼の器に箸を置き立ち上がった。

 

「悪いな。先、帰るぞ」

「えっ、あ、はい」

 

 浜風と同じ場所にいるのがよほど居心地が悪かったのか赤羽は早々に立ち去ろうとした。吹雪としても居心地の悪さは感じていたしこれ以上赤羽と昼食を共にする理由もないので別に引き留めはしなかった。

 

「……」

 

 赤羽はそのまま食堂を出ていった。吹雪は浜風の方をちらと見やる。相変わらず無表情のまま食事を続けていた。

 

「あぁ……畜生、なんであいつがいるんだ……せっかくのメシが不味くて仕方ない……」

 

 食堂を出た後赤羽はブツクサ言いながら食堂のある別館を練り歩き始めた。まだ昼休みが終わるまでは時間がある。せっかくだから行ったことのない場所にも行ってみようという魂胆だ。

 

「……ん?」

 

 ふと、赤羽は足を止めた。

 

「風呂場……?」

 

 赤羽の目の前に突然レンガ造りの洋風な建物に似合わない一角が現れた。

 それは一言で表すならば‘銭湯’。突然銭湯で見かけるようなのれんのかかった通路が現れたのだ。

 

「……海軍はよくわからねぇな……」

 

 別に軍隊の基地に浴場があるのは変な話ではない。基地とはすなわち兵士の生活の場となるのでむしろ無い方がおかしい。だがこれはどうみても明らかに銭湯だ。軍隊の浴場ではない。

 それにもう一つおかしな点もある。のれんが一つしかない。本来のれんは赤と青が並んでそれぞれ女湯と男湯に通じる二つの通路があるのだがここでは女湯の赤いのれんしかない。

 しかし赤羽はそれに気づかなかった。基地に突然現れた銭湯の衝撃に気をとられ、自分がとんでもない行動を起こしていることにも気づけなかった。

 

「……なんだよ、ちゃんとした風呂場あるじゃないか」

 

 あろうことか赤羽はその中に足を踏み入れてしまったのだ。脱衣場の中心で腕を組み部屋を隅々まで見渡す。幸い今はまだ誰もいないがもしここに誰かが入ってきたらどうなるかは想像に難くない。

 

 ***

 

「そう言えば」

 

 時間は少し遡る。赤羽が去ってから少し経った後の食堂。

 

「結局なんでこんなに早く帰ってこれたんですか?」

 

 赤羽がいなくなり居心地の悪さが和らいだ反動からか吹雪の口はよく動いた。

 

「あぁ、そうだ、ええとね……出撃したまではよかったんだけど……その……」

「?」

「山城が大破しちゃって」 

「ええっ!?山城さんが!?」

 

 吹雪がすっとんきょうな声を上げた。

 

「うん、戦闘海域に入ってすぐに敵の雷撃に当たっちゃって……で、そのまま撤退さ。僕も含めてほとんど皆無傷。でも山城が大破するくらいだからあの海域の攻略はまだまだ先になりそうだなぁ……」

 

 艦娘とは人の身体を持ちながらその本質は船に非常に近い。艦艇が戦いで傷つき、破損し、大破するように艦娘もまた戦闘で()()する。彼女らが本質から人間であればその傷を癒す為にはしばらく前線を離れ療養生活に入る必要があるが、先ほども述べたように艦娘らの本質は‘船’。()()することができるのだ。

 ただし、工具や資材を持ってきて修理ができるのはあくまで艤装まで。本体である人間の身体を癒す為には艦娘専用の浴場で入浴する、という方法を取る。

 つまり、赤羽が足を踏み入れた場所と言うのは――。

 

「……夜にまた来るか」

 

 浴場。自分が今女湯の脱衣所に居ることなどまるで気づいていない赤羽は部屋を一通り見回すと頭の後で手を組み、欠伸をひとつすると脱衣所から出ようとした。

 

「全くもう……なんで私なのよ全く……あぁ、不幸だわ……」

「うん?」

 

 脱衣所を出ようと入り口の方へ歩いていくと丁度その入り口の方から女性の声がした。

 ここが男湯か女湯か全く何も考えていなかった赤羽は特にその声に反応することもなく歩みを進める。一方で声の主も浴場に用があるらしく独り言が遠くに行く気配はない。

 一本しかない通路。突然二人は出くわす。それだけならまだよかったかもしれない。ここで更に問題だったのは――。

 

「え?」

「は?」

 

 声の主が大破した艦娘であり、その衣服までボロボロになり非常に際どい格好をしていたことである。

 そこにはボロボロの服を纏い、全身すり傷だらけの長身の艦娘が立っていた。赤羽の姿を見るなり色白な顔がみるみる真っ赤になっていく。

 

「なっ……!お前っ!?」

「ちょ、ちょっと何よあんた!?」

 

 赤羽と艦娘は同時に驚嘆の声を上げた。

 

「ま……待て!ちょっと待て!お前……!?」

「なんで男がここにいるのよ!?」

「待ってくれ、ちょっと待ってくれ、整理させてくれ、なんでお前がここにいるんだ!?」

「当たり前じゃないここ女湯よ!?」

「女湯?」

 

 艦娘に言われ赤羽は初めて赤いのれんに気づいた。

 

「あー……なるほど……」

 

 バチン。赤羽の耳の奥で乾いた音が響く。

 

「ぶべら!」

 

 人の姿ではあれどもその細い腕から繰り出される力は強烈である。艦娘に思いきり横面を張られた赤羽は錐揉み回転しながら吹き飛び壁に突っ込んだ。

 

「ぐふっ」

 

 そしてそのまま気を失った。

 

 ***

 

「……」

「……佐……」

「……少佐!」

「うおっ」

 

 赤羽が気づくとそこは工廠だった。ソファに寝かされていたようで、明石と夕張が微妙な表情で赤羽の顔を覗きこんでいる。

 

「あぁ……明石……に夕張」

「全くもう、驚きましたよ?天龍さんが廊下で気絶してたってここへあなたを担ぎこんできた時は」

「天龍か……あとで礼を言わなきゃな」

 

 そう言って赤羽は体を起こした。かなり激しく頭をぶつけたので未だにくらくらする。

 

「今何時だ?」

「二時前です。そろそろ仕事に戻りますよ」

「仕事ったってねぇだろ今日はもう」

「大丈夫。あ、り、ま、す、よ。今はね」

「うん?」

 

 そう言って明石は工廠の奥を指差した。

 そこにはボロボロの大きな艤装があった。

 

「こりゃあ……」

「山城さんの艤装です。なんでも、出撃先で真っ先に雷撃をもらっちゃったそうで」

「山城?」

 

 赤羽が眉をひそめる。どうやら聞いたことの無い名前のようだ。

 

「浴場で会ったって聞きましたけど?」

「浴場で?……!」

「少佐?」

「ん?あ、あぁいやいや、なんでもない」

 

 赤羽が珍しく静かなリアクションをとったので夕張が不審がって赤羽の顔を除きこむ。

 すると赤羽はソファから降り、艤装に近づいた。

 

「……なぁ、明石」

「なんです?」

「あいつのこと、ちょっと詳しく教えてくれないか」

「ん?どうしたんですか急に。あ!さてはあれですね?一目惚れってやつですかぁ?」

「違うわ!」

 

 明石がやや下品な笑みを浮かべ赤羽を茶化す。

 

「そうですねぇ……実は皆山城さんがここに来るまで何をしてたか知らないんですよ」

 

 明石から帰ってきた返答は赤羽の予想外のものだった。

 

「知らない?そりゃまたどういうことだ」

「教えてくれないんですよ。何故か。いつもその話になるとはぐらかされちゃうんですよね……」

 

 赤羽は腕を組み、山城の艤装を見上げながらゆっくりと口を開いた。

 

「そうなのか……」

「ええ。別に人当たりの悪い(ひと)ってわけじゃないんですけどこれだけは何故か」

「……なぁ、あいつ多分戦艦だろ?姉妹艦とか……いたりしないか」

「?なんでそんなこと聞くんですか」

 

 赤羽の意味深な発言に明石が反応した。

 

「あぁいや、ほら、いるならそいつに聞けば何かわかるんじゃないか……とか思っただけだ」

「……」

「な、なんだよ」

 

 夕張も明石も赤羽を疑わしげに見つめる。

 

「……いることにはいますが」

「いるのか、やっぱ」

「はい、います。お姉さんがいます。ですが……」

「?」

「山城さん自身が、()()()()()()()()()()()()()と言ってるんです」

「そう……なのか」

 

 それを聞くと赤羽はまたソファにどかりと腰を降ろした。

 

「……あぁいや、何、ちょっと気になっただけさ。さ、ほら!仕事あるならやろうぜ!」

 

 明石と夕張が未だに自分に疑惑の目を向けていることに気づいた赤羽は気丈に声を上げ山城の艤装の修理に取りかかった。

 丁度その時である。

 

「失礼する」

 

 工廠の入り口から落着きはらった声が飛んできた。

 ――この声は。

 赤羽の全身の筋肉が緊張した。

 

「て、提督……」

 

 答えは明石と夕張が明かした。赤羽の背後数十メートル後方に立っていたのは冷泉君彦だ。

 

「山城の艤装の調子はどうだ」

 

 冷泉はクリップボードを片手に歩いてくる。振り返り、彼と目が合うことを恐れ赤羽は蟹歩きで艤装の前から動いた。

 

「まだ修理には時間がかかりそうです……」

「そうか。しかしこちらも時間がない。なるだけ早く直せ」

「は、はぁ……では高速修復剤は……」

「使わん」

「ですよね……」

 

 恐れるようにおずおずと言葉を返す明石に対し冷泉の返答は冷たく素っ気ない。

 冷泉は手元のクリップボードに何か書き込むと工廠を見回した。一瞬、赤羽と夕張が後ろに隠れているソファの前で一度視点を止めたがまたすぐに別の場所に目を移した。

 

「ふむ、吹雪と浜風はいるか?」

「へ?」

 

 突然冷泉の口から飛び出した名前に明石は目をパチクリさせた。明石の様子に特に反応もせず冷泉は淡々と続ける。

 

「先の進撃であの海域は特定の艦隊編成でなければ突破できないことが判明した。そこで山城、高雄を一度艦隊から下ろし、代わりに吹雪と浜風を編入させる。まぁ、ここにいないなら他をあたるとしよう。仕事に戻れ」

 

 それだけ言うと冷泉は足早に工廠から出ていった。

 

「……」

 

 一人残された工廠で明石は首だけ回し無表情のままソファを見つめた。

 

「……」

「……」

「何か言うことは」

「一人にさせてすみませんでした」

 

 ソファの陰からは男女の声が同時に聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 




こんにちは。ラケットコワスターです。やっと第三話、投稿できました。当初の予定では今回からお話が色々と動き始め、赤羽がやりたい放題始める予定だったんですがまー上手くいかないものですね……ただただ赤羽が山城にビンタされて赤羽ドリルを披露するだけのよくわからない回になってしまいました……次はっ、次回こそはっ!ちゃんと……お話を……動かしたいです……そんなわけで次回をお楽しみに……

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