艦隊これくしょん ― 紺碧の戦線   作:ラケットコワスター

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第五話:鎮守府近海沖海戦・後編

「少佐……」

「ほんと……はは、なんだろ、意味わからないや」

 

 最上が苦笑いを浮かべる。

 

「これは好機だぞ……私達も続け!」

 

 日向が腰の刀を抜き叫んだ。それに呼応するように残りの者も艤装を構え再び臨戦態勢を取る。

 

「撃てーッ!」

 

 砲撃の轟音。輪形陣から四方へ砲弾が発射された。

 

「敵被弾確認!行けます、これは行けます!」

 

 吹雪が戦果に嬉しそうに声を上げる。

 赤羽の乱入で戦況はひっくり返った。艦娘達は士気を取り戻し、深海棲艦達は調子が狂ったように勢いを失っていく。赤羽の戦闘機に搭載された機銃は深海棲艦を撃沈する威力は持たない。しかし砲撃を阻止し、邪魔するだけの威力はあった。何より、空に味方がいるという安心感、機銃が鳴らす爆音は艦娘らを勇気づけ、鼓舞する力があった。

 

「オオオオォォォォッ!」

 

 しかしここへ来て軽空母、ヌ級が動く。一斉に大量の艦載機を飛ばしてきた。

 敵機は編隊を組み、真っ直ぐに浜風らに向かって飛んでくる。

 

「!」

 

 軽空母一隻とはいえそれなりの量がいる。無傷でやり過ごすのは難しそうだ。

 

「くっ……!」

 

 浜風が艤装を向ける。

 しかし。

 

「待て、まずはこっちにしとけ」

 

 赤羽の戦闘機が浜風の前に躍り出た。両翼から白熱した弾丸が撃ち出される。無数の弾丸は密集した編隊を組んだ無数の敵機に飛び込みその機体をめちゃくちゃにした。艦爆、艦攻機はあっという間に全滅し、一番数の多い艦戦が残った。

 

「オオオォォォォ」

 

 ヌ級は赤羽の挑発に乗った。艦戦達は浜風らの目の前で急旋回し、赤羽を追い始める。

 

「……少佐ッ!」

「そうだこっちだ、こっちに来い!」

 

 赤羽は急上昇し、無数の敵戦闘機が後を追う。

 

「……少佐……」

「浜風!前だ!前!」

 

 天龍の切羽詰まった声で我にかえった浜風は空から目の前へ視線を移す。

 

「ッ!」

 

 ロ級だ。先程赤羽に攻撃を邪魔されたロ級がまた大口を開けている。

 

「させない!」

 

 浜風は素早く艤装を構え引き金を引いた。バレルから轟音と共に砲弾が飛び出す。

 砲弾は弧を描き、綺麗にロ級の口の中へ吸い込まれて行った。

 轟音が響く。ロ級は悲鳴とも怒号ともつかない声を上げ、今度こそ沈んでいった。 

 

「よし……いける、隊列を組み直せ!」

 

 日向の号令に合わせて改めて隊列が組み直された。

 

「いくぞ……全艦、砲撃!」

 

 再び轟音が響いた。

 

 ***

 

「かっこつけたのはいいが流石にこの数は無理があるか……ッ!?」

 

 一方上空では。一機の戦闘機に小さな深海棲艦の艦戦機が群がっていた。

 

「うッ!」

 

 背後からの弾幕。赤羽は操縦桿を切り間一髪の所でかわす。

 戦闘機の空中戦は戦闘機という乗り物の性質上、相手の背後を取るのが優位に立つ術だ。故に赤羽を含め戦闘機のパイロット達は空中での格闘戦において相手の背後を取るように動く。これを犬の喧嘩に例え、ドッグファイトと呼んだ。

 

「くそ、やっぱサイズが違うってのはでかいな」

 

 艦娘や深海棲艦は人の姿、またはそれに近い形になることでその装備は人がその手に持てるほどに小型化した。戦艦の主砲から駆逐艦の機銃にいたるまであらゆる装備がだ。

 と、なれば今赤羽が戦っている敵機もまた‘小型化’したことになる。彼の視界をところ狭しと飛び回るバスケットボール大の異形の戦闘機。小型な為非常に狙いづらい。

 右へ左へ操縦桿を切り、ペダルを踏み込み右往左往する。どうにか反撃の機会を得られないものか―――

 

「!」

 

 が。その機会は思いのほか早く訪れた。

 突然現れた厚い雲。とてつもない大きさだ。

 

「ここだッ!」

 

 赤羽は迷わず雲に突っ込んだ。当然敵機も後を追い雲に入ってくる。 

 視界が悪い。猛スピードで雲に紛れていった赤羽はその白い世界に紛れ、姿を消していた。

 雲は厚く、赤羽は見事に白い世界に溶け込んでみせていた。後を追う戦闘機はめちゃくちゃに機銃を撃ってみるも雲を裂くだけで赤羽の機体を見つけられすらしない。

 結局そのまま異形の戦闘機達は赤羽を探し出せず雲を抜けてしまった。

 始めに一機、続いて二機、三機、四機―――そして、一拍置いて巨大な戦闘機が一機。

 

「後ろ、とったぞ」

 

 赤羽はニヤリと笑うと操縦席の傍らのレバーに手をかけるとそれにとりつけられている別のレバーを握りこんだ。

 ガラスの窓の外で機銃が弾丸を撃ち出す音がする。弾丸は赤羽の目の前の小さな敵機を撃ち抜き風穴を開けた。

 

「一機撃墜!」

 

 赤羽は更にペダルを踏み左から飛来する敵機と向き合う。

 敵機も負けじと機銃をうならせるが赤羽の機体は回転(ロール)し軽々と弾丸をかわす。

 再び赤羽がレバーに手をかけた。

 次の瞬間には敵機は爆発炎上する。

 

「二機撃墜!次だ!」

 

 突然操縦席のガラスのそばを弾丸が掠めた。

 

「うっ、なんだ」

 

 振り替えるといつの間にか背後にまわった一機の戦闘機が機銃を向け追いかけてくる。

 

「へぇ」

 

 赤羽は不敵に笑うと急旋回した。後ろについてくる敵機も慌てて急旋回する。

 

「おし、ついてこいよ!」

 

 赤羽の機体は急旋回を繰り返し、急上昇したかと思うと急降下し、回転し、加速し滅茶苦茶な操縦をしだした。

 敵機の方もなんとかついてくる。

 

「よし、そのまま」

 

 赤羽は水平飛行へ移った。

 敵機はその隙を見逃さず真っ直ぐに突っ込んできる。

 

「ぐッ!」

 

 しかしそこでまた赤羽が操縦桿を引き急上昇した。あまりに突然のことに哀れな戦闘機は反応が遅れてしまった。

 そして、急上昇した赤羽の代わりに真正面からはもう一機戦闘機が――。

 空中で派手な爆発が起こった。

 

「よし!」

 

 しかし喜びも束の間、すぐに左右から別の機体に挟まれ銃撃を浴びる。

 

「うっ!……しかたねぇ、やるか……!」

 

 赤羽は苦虫を噛み潰したような顔をすると酸素マスクを口にあてがい、そのまま更に上昇を続けた。残りの敵機も後を追い上昇してくる。

 

「うッ……ぐ、おおッ……」

 

 赤羽の体にGがかかる。自分の体重の倍の重力が体にかかり、圧迫感と共に血流の異常を感じる。

 

「まだだ……まだ……」

 

 更に高度が上がる。大気が薄くなり、気温も下がっていく。

 赤羽の後を追い複数の戦闘機もまた高度を上げる。こちらの方がやや速い。少しずつ間合いが詰まっていき、充分に撃墜可能な距離まで近づいた。機銃が赤羽の機体を見据える―――

 

「かかったな」

 

 突然、空を昇る全ての戦闘機が減速し、一瞬その場で停止した。

 かと思うとそのまま反転し、逆さまに落下し始めた。空気が薄くなったことで動力が正確に作用しなくなったのだ。

 

「さぁ覚悟しろ!」

 

 一転して追われる者から追う者となった赤羽は速度を失い落下していく敵機に照準を合わた。

 

「うぐッ……ぐ、おおおッ!」

 

 またしても体にかかるG。頭に血がのぼり、視界に赤みがかかり始める。気絶(レッドアウト)寸前だ。

 

「駄目だやっぱもたねぇ……!」

 

 通常、人間の限界は7Gから8Gと言われる。急上昇し、さらにそのまま急降下した赤羽には間違いなくそれに近いGがかかっている。早くこのGから逃れなければ、最悪操縦桿を握ったまま気絶してしまいかねない。そうなれば最悪の事態を招くだろう。

 勝負は一瞬。それもすぐに訪れる一瞬。そこで決められなければ次のチャンスはない。

 ―――やれるか!?

 しかし、やらなければ恐らくもうチャンスはこない。ほんの一瞬の間に赤羽は覚悟を決めた。

 

「ぐっ……いくぞ!」

 

 レバーを強く握りこむ。

 一拍置いて敵機が爆発する。

 

「二機撃墜確認!あいや三機だ!次!撃墜!」

 

 敵機は速度を得ようと必死に立て直すが小型で特徴的な形状が災いし、そもそものバランスがとれない。そうこうしているうちに頭上から降り注ぐ弾丸にことごとく貫かれ、爆発していく。

 

「よっしゃ!どうだこの野郎!」

 

 全滅。ついに空に敵はいなくなった。あるのは敵が遺していった黒煙とその中を悠々と飛ぶ戦闘機だけだ。

 赤羽はすぐに機体の体勢を立て直し、計器をちらと見やる。エンジンは正常に動いていた。

 

「……よし、全滅したな」

 

 赤羽は口元につけたマスクを外し、一息ついた。

 

***

 

「撃つぞ!……それっ!」

 

 轟音。日向の艤装の主砲が火を吹く。狙いは敵軽巡。

 

「ギャアアァァッ!」

 

 命中。ホ級と見てとれる敵軽巡はすさまじい悲鳴を上げて沈んでいく。

 

「どう!?」

「まだだ……気を抜くな!」

 

 日向が叫ぶ。

 敵は数にものを言わせ少数の編隊に分かれ攻めてくる。

 

「くそ……元の数が多すぎる!」

「離れるな!隊列を維持しろ!」

 

 敵の航空戦力は赤羽が引き受けたおかげで空の心配は無い。しかしだからといって状況が好転したわけではなかった。

 

「ここままじゃジリ貧だよ……なんとかしなきゃ」

 

 最上が不安そうに言う。

 

「確かにこれじゃキリがありません!」

 

 吹雪が最後の魚雷を射ち出し叫んだ。

 

「くっ……」

 

 当然、そんなことは日向も十分に理解している。とはいえそれを打開する策が思い付かない。

 

「……ん?」

 

 不意に、日向の眼前でヌ級が妙な動きをした。傍らにいたイ級にさりげなく、しかし確かに何かを伝えた。するとイ級は咆哮し、それを機転に敵艦隊の動きが変わった。

 

「まさか」

 

 その動きは日向の経験に無い動きだった。

 

「どうした日向!?」

 

 天龍が日向の様子に気づき声を上げる。

 

「撃ち方やめ!あの岩の裏まで後退しろ!」

「はぁ!?」

 

 日向は全体に指示をだすと右斜め後方の岩場を指差した。天龍が素っ頓狂な声を上げる。

 

「何言ってんだ!これ以上下がると本当に逃げ場が無くなるぞ!」

 

 事実、岩場の後ろには島がある。敵の陣形が変形したことによって今なら逃げ込めるが同時に退路も絶つことになる。

 

「構わない、とにかく一度集まれ!」

「……どうなってもしらないぞ!」

 

 五人は砲弾を撃ち、追っ手を阻みながら岩場へ逃げ込んだ。

 

「なぁ天龍……深海棲艦は意思疎通ができるのか?」

 

 岩場へ逃げ込むなり日向はすぐに話を切り出した。

 

「なんだ急に!?そういうのは母港でやれ!」

「深海棲艦はあんなに原始的な意思疎通をするのか?」

「はぁ!?」

「いや違う、奴らに指示という概念は存在したか?」

 

 日向の目の前でヌ級は確かにイ級に指示を出した。それ自体は極めて当たり前なことで、本来であれば考察しようとすら思わないほど自然なことだ。

 しかし問題は()()()()()()()()()()()()()だ。

 日向を初め、第九側の者、ひいては人類の見解として、低級な深海棲艦は意思疎通能力が低い、またはほとんどないというのが今日の認識だった。ヌ級やイ級はその‘低級な深海棲艦’にあたるため、ここまではっきりと連携を取っているのは初めて見た。

 

「指示なんて……奴らだってそれくらい当然するだろ……」

「そうだよ。日向らしくないよ。どうしたのさ」

「いや……違う、そうじゃないんだ。恐らく、奴らの行動はヌ級の指示に完全に依存している。これまで、ここまで明白に‘指揮官’という存在を立てた連中は見なかった」

 

 日向が顎にてをあて思案する。

 

「つまりどうしたいんだ」

「……ヌ級を優先的に沈める。奴らの指揮系統を叩く」

「で?じゃあそのヌ級を倒す方法は?」

「少しばかり乱暴なやり方になるが」

 

 ***

 

「……じゃあ、先陣は僕が行くよ」

「やってくれるか、最上」

「うん、いける。任せて」

 

 最上が先陣を買って出た。傷一つない手に握る艤装を握り直し、首を左右にふって小気味良い音を立てる。

 

「ま、待ってください」

 

 するとその様子を見ていた浜風が口を挟んできた。

 日向と最上が不思議そうに浜風の顔を覗きこむ。

 

「なんだ?何か問題でも?」

「いくら最上でもあの数です。無理があるのでは……」

「なぁんだ、そんな心配?大丈夫大丈夫。僕にまかせて」

「ですが……じゃあせめて私も一緒にいかせてください」

「そいつはだめだな」

 

 突然浜風の頭に手が置かれた。天龍だ。

 

「吹雪はもう射ちつくしちまった。今魚雷を射てるのは俺とお前だけだ。大丈夫だって、最上を信じろよ」

 

 それでも浜風は不安そうだ。見ると吹雪も同様だった。対して他の三人は不安などまるで感じていないように見える。

 

「で、でも……」

 

 その瞬間、五人の背後の岩場が大きな音を立てた。

 

「……もう持たない、行くよ!」

「最上!」

 

 岩場を飛び出し勢い良く最上が前に出る。日向の隣によくいたせいかなんとなく小柄で華奢な印象の強かった彼女ではあるが、その艦種は‘重巡洋艦’。この艦隊では日向に次ぐ火力を持つ。次の瞬間、その事実を浜風は再確認することになった。

 

「大丈夫だって、これくらい!」

 

 直進する最上に二体のイ級が襲いかかった。最上は急停止し、艤装を構える。

 片方のイ級が口を開け砲口をのぞかせ、砲撃を加えようとした瞬間、最上の艤装が先に火を吹いた。

 ずん、と浜風の体内に鈍い音が響く。イ級は先ほど浜風が撃沈したロ級よりも派手な爆炎と轟音を上げ沈んで行った。残りの一体もそれを呆けるように見ていたが、すぐに口を開き、砲口から大きな火の玉を吐き出した。

 

「!」

 

 しかし最上はその場で回転するようにそれをかわし、振り向きざまにイ級に艤装を向ける。

 轟音。

 

「すごい……」

 

 思わず浜風の動きが止まる。その瞬間、日向が見たことのない速さで浜風の横を通り過ぎた。

 

「ッ!」

「遅れるな吹雪!」

「は、はいいっ!」

 

 続いて吹雪が飛び出す。心なしか青い顔をしていた。

 

「……」

「……よし、浜風、準備しとけ」

「……はい」

 

 浜風が艤装を構える。

 

「オオオォォォォ」

 

 最上の奮戦は凄まじかった。今や逃げる敵を最上が追う状況になっている。依然として敵の方が多いが、敵は包囲網を狭めすぎたがために最上から逃げる場所を失い隊列が崩れ始めていた。ちょうど、密度の高く硬い鉱物ほど一点に集中した衝撃を受けるとあっけなく砕け散るように。

 

「ねぇ……まだぁ!?」

 

 とはいえ最上の方にも限界がある。早く次の行動に出なければすぐに相手は立て直してしまう。そうなれば作戦の成功も、最上の無事も保証できない。

 

「うわっ!」

 

 案の定最上の死角からホ級が襲いかかった。細く青白い腕で最上の腕を掴む――

 

「すまない、少し待ちすぎたようだ」

 

 その言葉と同時にホ級の腕が飛んだ。

 

「……!?」

 

 一瞬置いて腕を斬られたことに気付いたホ級が見やるとそこには日向が刀を抜き立っていた。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛!」

「吹雪!」

「は、はい!」

 

 轟音。吹雪の艤装から放たれた砲弾に貫かれたホ級が爆発する。

 

「いくぞ!二時の方角!あそこに穴を開ける!」

 

 日向は右前方を指し叫んだ。最上が始めに突撃をかけたポイントだ。不意を突かれ攻撃を受けたため未だに隊列が乱れている。

 日向の艤装が重厚な音を立て砲塔を回した。

 この日一番の轟音。日向の艤装の主砲十門全てが砲弾を吐き出した。

 

「続け!」

 

 着弾地点に上がった水飛沫の間を縫ってロ級やへ級が迫る。

 

「あ……当たってぇっ!」

 

 吹雪の艤装が吼える。一拍置いてまた水飛沫が上がる。

 

「……外した……」

「いや、いいぞ。上出来だ」

 

 日向が吹雪の肩に手を置く。

 

「天龍!浜風!」

 

 再び十門の主砲が火を吹く。吹雪が上げた水飛沫に遮られ動きが止まっていた敵の下に砲弾が綺麗に落ち込んだ。

 

「浜風!行くぞ!」

「……はい!」

 

 浜風はもう一度頭の中で日向が作戦を説明した時のことを思い返した。 

 

 ***

 

「他の敵は無視する」

 

 日向は作戦内容を説明するにあたって始めにそう宣言した。

 

「無視……?」

「あぁ。見たところ敵艦隊の動きは完全にヌ級の動きに依存している。ヌ級を潰せば奴らは崩れるだろう」

 

 日向が即興で立てた作戦はこうだ。

 まず、敵の包囲網を限界まで狭める。限界がきたところで一人が飛び出し、手当たり次第に攻撃を加える。敵の陣形が乱れ、敵が一人に気を取られているうちに残り二人が突撃、ヌ級までの道を拓く。そして後はその道に沿って天龍と浜風が魚雷を――

 

「ま、待ってください!それって……」

 

 吹雪が抗議の声を上げる。日向の口が止まった。

 

「それって……その……」

 

 力押し。浜風が心の中で次の言葉を受け継いだ。日向が提案した作戦はもはや作戦などというものではなかった。少し計画性があるだけのただの突撃だ。

 日向は小さくため息をついた。

 

「……そうだ。これは作戦なんて立派なものじゃない。だがもうこれくらいしか打つ手も、時間も無い……やれるか」

「……」

 

 ***

 

「……行きます!」

 

 天龍に続いて最後に浜風が出る。

 宣言通り一点だけ綺麗に敵がいなくなっている。

 

「ヌ級を直接狙う!直線上に入れ!」

 

 天龍が急旋回する。それにならい浜風も続く。日向と吹雪のすぐ側を通った。一瞬、吹雪と目が合う。

 ――やってやる!

 浜風の擬装を握る手に強く力が入った。

 

「焦るな、あの穴が塞がるまで少し時間がある。しっかり全部当てろ!」

 

 天龍が更に速度を上げる。敵は持ち直し始め、穴が塞がり始めていた。

 

「行くぞ!」

 

 艤装に衝撃。体に鈍く、緩い反動が来る。魚雷が全て射ち出された。

 

「いけぇぇぇぇぇ!」

 

 魚雷が水面をかき分け進んで行く。

 

「!」

 

 しかしヌ級の前に駆逐艦達が群がり壁を作った。

 まずい。このままでは。

 

「全弾撃て!」

 

 日向が即座に叫ぶ。

 

「なんとしてでも魚雷を当てろ!あの壁を崩さないと全部無駄になるぞ!」

「浜風!」

「大丈夫です、まだ撃てます!」

 

 魚雷を放った二人も即座に艤装の砲口を向ける。

 

「撃て!撃ちつくせ!」

 

 続けざまに鳴る轟音。弧を描き空を飛ぶ砲弾はさながら流星群のようだ。

 

「撃沈確認!」

「当たれぇぇぇぇぇぇ!」

 

 天龍の叫びと同時にヌ級が大爆発を起こした。

 魚雷、全弾命中。ヌ級は凄まじい叫び声を上げ小爆発を続けざまに何度か起こし、未練がましく腕で宙をかくとそのままゆっくりと沈んでいった。

 

「よし!」

「撃沈確認!旗艦撃破です!」

 

 浜風がヌ級の沈没を報告した。

 

「……」

 

 すると戦場には嘘のような沈黙が漂った。日向の予想通り、敵はヌ級の指示に行動を依存していたようだ。皆次はどう動けばいいのかわからず沈黙している。

 

「……ギッ」

 

 不意に、深海棲艦の声とも艤装の音ともつかない奇妙な音がなった。それを皮切りに途端に深海棲艦達がさわぎ始める。

 

「さて……敵もずいぶん減ったな。日向、次は?」

 

 天龍が不敵に笑う。

 

「殲滅する必要はない。弾薬を節約し……脅かしてやれ」

 

 もはや深海側の優位性は失われた。()()で補っていた以上、その大部分を砲撃戦で失ってしまったらもう逃げるか玉砕するしかない。

 残った深海棲艦が取った選択は前者だった。我先に海底に逃げていく。

 

「深追いする必要はない、弾薬を節約して追い払え」

 

 程なくして海に浮かんでいるのは艦娘だけになった。

 

「……うまくいったな」 

 

 作戦の成功を確認すると日向が額の汗を拭った。

 

「しかし……すごいですね、本当に成功するなんて」

「何?ひょっとして信用してなかった?」

 

 最上がいたずらっぽく笑う。

 

「い、いや!そんなつもりでは……皆頼もしかったです。ずっと怯えてた私なんかよりずっと……」

 

 浜風が慌てて訂正する。

 

「いやいや、僕たちも大概だよ」

「え」

「本当はすごく不安だったよ。力押しなんて全然日向らしくないし」

「仕方ないだろう。もう別の作戦を立てる余裕なんて無かったんだ」

 

 日向がすこしふてくされたように言う。

 

「にしてももっと別のやり方なかったのかぁ?浜風と吹雪は最前線に来たのは始めてだったんだし。ん、いやここは最前線じゃねぇか」

「えええ!?」

 

 浜風は驚愕の声を上げずにはいられなかった。この三人は自分とは違うと思っていた。なにか確信のようなものがあるのだと思っていた。自分にはわからない、何か勝利を確信するに足る要因があるのだと。だからあそこまで平常心を保って戦えたのだと。

 だがそれは違った。そんなものは無かったのだ。ただただ己の経験を、仲間の力を信じ、ただそれだけで不安を押さえ込んで敵の砲火の前に身をさらせたのだ。

 これが、第一艦隊。浜風は思わず身震いした。山城と高雄を抜いた不完全な状態でこれなのだ。果たして彼女らを加えた完全な第一艦隊ではどこまでやれるのか。浜風は目の前にいる三人が急に手の届かない存在のように思えてきた。

 

「まぁ……でも彼がいなかったら流石に危なかったかもな」

 

 そう言うと日向は空を見上げた。それにつられて浜風も顔を上げた。

 すると戦闘機が雲の切れ目から陽光を背に姿を現した。

 

「少佐!」

「おーおーこっちも随分さっぱりしたな……」

 

 戦闘機はそのまま艦隊の頭上を旋回し、艦隊の次の作戦行動を待った。

 

「で……次はどうするの?」

 

 最上が日向の様子を伺った。途端に空気が緊張し、空を見上げ微笑んでいた日向は真顔に戻り視線を仲間の顔に戻した。

 

「……撤退だ。補給所も潰され、弾薬も使い果たした。何より……これだけの規模の艦隊がこの海域(ここ)にいたことを考慮すれば作戦の見直しが先決だ」

 

 日向の決定に異議を唱える者はいなかった。

 

「帰るぞ。途中山城と高雄に合流できるよう、もと来た道を引き返す」

 

 日向はまた上空を見上げ、赤羽に身振り手振りで撤退の意思を伝えると隊列の先頭に立ち、指示通りもと来た道を引き返し始めた。

 

「……撤退か。まぁそりゃそうだろうな」

 

 赤羽は日向の意思を理解すると操縦桿を握り直し、艦隊に続いた。

 その時。突然操縦席の左手のガラスに亀裂が走った。

 

「ッ!」

 

 油断した赤羽の背後から弾丸が飛んできた。

 

「少佐!?」

「まだいたか!」

 

 見ると二機の戦闘機が赤羽の背後から猛スピードで迫ってくる。

 

「くッ!」

 

 すぐに赤羽は操縦席のレバーに手をかけ、エンジンの出力を上げる。上空で旋回していた戦闘機は速度を増し、艦隊の頭上から急速に遠ざかっていく。

 

「生き残りがいたか……!」

 

 日向が艤装を構える。が、赤羽と敵機は既に激しい格闘戦に入ってしまい、迂闊に手が出せない。

 

「くそ!後ろにつけねぇ!」

 

 操縦席で赤羽が悪態をつく。格闘戦は赤羽の得意とするところではあるがいまいち丁度よい位置につけない。空を激しく飛び回る三機は時折機銃を唸らせるがそれでも当たらない。

 

「どうする……!?」

 

 赤羽がふと燃料の心配をした時、突然敵が予想だにしなかった動きをした。

 

「!?」

 

 赤羽が旋回動作に入った瞬間高速で離脱したのだ。

 

「……まさか」

 

 予想通り。赤羽が旋回し終え、敵を探すと二機とも正面から真っ直ぐに突っ込んできた。ヘッドオン(真っ向勝負)で決着をつけるつもりだ。

 

「……この機体で真っ向勝負は辛いぞ……ええいくそ、受けてやるよ!」

 

 互いに速度を緩めることなく一直線に進む。確実に撃墜できる間合いまで詰める気だ。

 

「……!」

 

 先に赤羽が手を出した。レバーに手をかけ、強く握る――

 チキッ。乾いた音が耳に届いた。

 

「……は?」

 

 弾は出なかった。

 焦った赤羽はすぐに計器を確認する。

 

「――!」

 

 目の前のいくつもの計器。その中の一つ。残弾数を示す計器がゼロを指していた。

 ――弾切れだ。

 

「まずいッ!」

 

 赤羽はすぐに離脱する。が、当然敵もみすみす逃すわけがない。

 

「うっ、くそ、撃ちすぎたか……」

 

 あっという間に後ろにつかれ、弾幕にさらされることになってしまった。

 

「ま、まずい!あれはまずいよ!」

 

 真下の海上でも赤羽の弾切れに気づいた最上が声を上げる。

 

「対空攻撃だ、用意!」

 

 日向が右手を上げ号令をかける。しかし――

 

「……あれを撃墜できるほど……弾薬は残ってない」

「!……」

 

 天龍が答える。日向の右手がゆっくりと下がっていった。

 そうこうしているうちに赤羽はますます追い詰められていく。

 

「うッ!」

 

 ついに被弾。操縦席の右手の主翼を弾丸がかすめ、主翼の表面がえぐれた。

 その衝撃で機体は体勢を崩し、水平飛行が困難になってしまった。

 

「うッ……ぐぐ……バカ野郎、墜ちるんじゃねぇ……ッ!」

 

 操縦桿を強く握りしめ、体勢を整えようとする。しかし一度体勢を崩した機体はそう簡単には安定せず、ふらふらと墜ちていく。

 

「ど、どうしましょう……!?」

 

 その様子を見ていた吹雪は完全にうろたえ、情けない声を上げた。

 

「!」

 

 不意に赤羽は操縦席の両脇に敵機の姿を捉えた。機銃を向け、挟み込むように真っ直ぐに迫ってくる。

 

「嘘だろ……待て、待て待て待て!」

 

 南無三。やはり人間では深海の力には勝てないのか。

 ガラスが割れる。赤羽は右手で頭をかばった。割れた窓から強い風が吹き込んでくる。今にそれに乗って弾丸が飛んでくる。

 ――しかし。次の瞬間敵機は火の塊に変わった。

 

「!」

 

 突然の爆発音に赤羽は目を見開いた。そのまま反射的に操縦桿を引き、無理矢理体勢を戻す。

 

「うッ!」

 

 まさに衝突の寸前。水面に到達する寸前に戦闘機はバランスを取り戻し、再び空へ還っていった。

 

「……!」

「浜風!?」

 

 敵機は、浜風が撃墜したのだった。まるで残っていない弾薬で、正確に一機ずつ撃ち抜いた。

 離れ技を披露して見せた当の浜風は艤装を構えたまま息も絶え絶え、未だに小刻みに震えていた。 

 

「……俺が助けられちまったか。カッコつかないなこりゃ」

 

 操縦席で赤羽は独りごち、頭を掻いた。

 

 ***

 

「それで……突然戦場に乱入してきた赤羽に皆助けられた、と」

「はい、あの人が居なければ全滅でした……」

 

 艦隊は無事母港に帰投し、吹雪は冷泉に戦場で何があったのか詳細に話した。冷泉は終始眉一つ動かさず聞いていた。

 

「ふむ。若葉。補給と入渠を頼む」

「……わかった」

 

 若葉は指示されるとすぐに第一艦隊の面々をドックへ連れていった。

 

「赤羽、待て、お前は私の執務室へ来い」

 

 赤羽もそれに続こうとしたが冷泉に呼び止められ、ぴたりと歩みを止めた。

 

「え、えぇ……その……俺も疲れていまして……」

 

 冷泉の明らかに怒気のこもった呼び掛けに赤羽はゆっくり振り返りひきつった笑みを浮かべ逃れようとしたが冷泉に素早く歩み寄られ肩を掴まれてしまった。

 

「来い」

「……はい……」

 

 観念した赤羽は半ば引きずられるように冷泉、電と共に第一艦隊の面々とは逆方向へ連れていかれた。

 

 ***

 

 やはり冷泉の執務室は落ち着かない。部屋に入ると冷泉の机に向かい合うように椅子が一脚置かれていた。まるで公開尋問のようだ。

 

「座れ」

 

 冷泉は赤羽に椅子にかけるよう促し、自分もまた机に向かって歩いて行き自分の椅子に深く腰かけた。電もその後に続き冷泉の背後に立った。表情は緊張しきっており、今から起こることを恐れているようだった。

 

「……お前は、自分が何をしたかわかっているのか」

 

 電が所定の位置に立ったのを気配で確認すると早々に冷泉は本題に入った。

 

「……第一艦隊を救済しました」

「たわけ!それはあくまで結果だ!」

 

 珍しく冷泉が声を荒げた。赤羽の視界の隅で電が驚いたように目をつむった。

 

「私がお前に与えた仕事は母港での整備作業だ!ましてやお前が使用した戦闘機!どこから拾ってきたのか知らんが、正確に機能するかどうかもわからない代物を飛ばして……戦場で墜落でもしてみろ!」

「し、しかしですね」

「お前も軍人ならば命令に背くことがどういうことかわかっているだろう!?余計なことはしなくて良い!」

「っつってもですね……あの」

「やかましい!余計なことまで言わせるな!自分の仕事をきちんと」

「ですが提督!」

 

 今度は赤羽が声を荒げた。電はまた驚き今にも腰が抜けそうだ。

 

「そりゃあ俺だって軍人の端くれ、命令違反がどれほどの重罪かはわかってます。ですが!あの場面で誰が救済に向かえたってんですか!確かに俺、あぁいや私が出撃したのはバカなことでした。ですが……その……誰も救済に向かえないと知っていてもたってもいられなくなりまして……」

 

 最後の方は半ば呟くように勢いが無くなっていった。確かに冷泉の言うことは反論の余地が無い程の正論である。上官の命令に背くということは作戦そのものの根幹を覆し狂わせかねない。それを一人の感情で無謀な行動を取り、それだけのリスクを自分以外の者にも背負わせた赤羽は軍人失格と言えよう。

 

「それでも、だ。今回のお前の行動は厳罰に値する。処罰が決定するまで工廠から出るな。わかったらさっさと行け」

 

 赤羽はゆっくりと立ちあがり、トボトボと部屋を出ていった。

 

「……!」

 

 が、赤羽の表情は執務室を出た途端に変わった。

 偶然、執務室の前を通ろうとした浜風と出くわしてしまったのだ。

 

「……お前……」

「……」

 

 浜風は決まりが悪そうに目をそらした。

 

「……」

 

 不思議な沈黙が流れる。

 

「……」

「……」

「……おい」

 

 先に口を開いたのは赤羽だった。

 

「……助かったよ。ありがとうな」

「!」

 

 赤羽も決まりが悪そうに礼を述べた。

 浜風はその言葉に驚いたように息を呑んだ。そしてまたしばらく黙り、やがて俯き、絞り出すように言った。

 

「……敵を撃つのが私の仕事です。別に大したことはしてません」

 

 そう言うと浜風は赤羽の前を横切り、立ち去ろうとした。が――。

 

「それと」

 

 また赤羽が口を開いた。浜風の足が止まる。

 

「……この間は悪かった」

 

 そう言って赤羽は頭を下げた。

 

「……」

 

 浜風は振り返らずに立ち尽くした。浜風に赤羽の姿は見えていなかったが、何故か彼女の脳裏には頭を下げる赤羽の姿が以前見たことがあるかのように想像できた。

 やや長めの沈黙。そして――。

 

「……いえ、私も言い過ぎました」

 

 無愛想にそう答えるとやっとその場を立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




こんにちは、ラケットコワスターです。結局一ヶ月近くお待たせしてしまいました。まさかこんなに長くなるとは……前後編に分けた意味。
さて、ようやく戦闘に決着がつきました。戦闘シーンって難しいですね……どうにも単調になってしまいます。もとからか。どなたか僕に地の文の書き方を手ほどきしてください……
とにかく、次話からはまた鎮守府のお話です。次の更新でお会いしましょう!

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