艦隊これくしょん ― 紺碧の戦線   作:ラケットコワスター

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第八話:僻地の不祥事

「……はい」

 

 昼下がり。工廠に隣接された資材庫に若葉らが遠征の成果を届けに来た。第四艦隊編成後も一応工廠の業務を手伝っていた赤羽は軽く返事を返すとドラム缶を持ち上げ倉庫の奥へ運んでいく。ドラム缶を積み上げ、出来上がった泥色の山を見上げてもため息が出た。

 

「こんなあんのになんでビンボービンボー言われんのかねぇ……」

「工廠は知らないのか?」

「あぁ。明石や夕張でも知らねぇって言ってるし、当然俺も知らん」

 

 いつの間にか隣に立っていた若葉の頭に何気なく手を置きまた山を見上げた。若葉らのおかげでかなりの量の備蓄があるはずなのだが、気づいた頃には無くなっている。いくら第九とはいえ資材を使わないことは無いし、最近は妙に出撃が増えたのもあって資材をよく使う。

 しかしそれを差し引いても資材の減りは早いように感じる。当然冷泉に聞いても答えは返ってこないし、電も“何もない”の一点張り。冷泉が何かに使っているのはわかっているのだが、これといった証拠も無しに追及するわけにはいかなかった。

 

「しっかし溜まったな……」

 

 赤羽が資材の増減を記した紙をかさかさと揺らしながら言う。あの一件から冷泉の人使いは更に荒くなったように思う。もとより冷泉は自分のことを語ることがほとんど無い。資材の使い道についてもごまかすのではなく、一切話してくれなかった。

 

「あぁあ、こんだけ溜めてもまたすぐ無くなんだろうな」

「恐らくな」

 

 そう言いながら二人で大きなため息をつく。この山はどれほど()()のだろうか。資材は使ってこそのものではあるが、それでも使い道のわからない資材を集め続けるのも、その増減を管理するのもむなしいものだ。

 と、ため息がおさまると同時に二人の腹が大きな音をたてた。

 

「……働かなくても腹は減るのか?」

「やめろ、お前までそんなこと言うんじゃねぇよ。それにあいにく少佐はちゃんと働いてますゥー」

 

 若葉の冗談を軽く流すと赤羽は窓越しに別館の方を見やった。昼時というのもあってか人の出入りが多くなっている。

 

「どうする?メシ行くか?」

「まぁ、そうだな。午後にはまた遠征だし、今済ませておくか」

「ご苦労なこって……」

 

 そう言うと赤羽は資材庫の鍵を取り出しちらつかせた。“閉めるから先に出ろ”と受け取った若葉は素直に資材庫をあとにした。

 

「今日の日替わり定食なんだっけか」

 

 資材庫から出るなり鍵をかけながら赤羽が問う。

 

「あぁ、なんだったか……」

「アジフライ定食です」

 

 突然聞こえた声に振り返ると明石、夕張のいつもの二人が立っていた。

 

「アジフライかぁ……」

 

 赤羽が腰を押さえながら伸びをする。腰が小気味良い音をたてた。

 明石と夕張もここ数日で忙しくなった二人だった。資材の増減が激しくなり、それだけ管理に割く時間が増えていた。赤羽が戦力として採用され、工廠の仕事に割ける時間が減ったというのにも忙しさを手伝っていた。

 

「ところでエンジンの件どうなった?」

「許可下りませんでしたよ。やっぱり資金がねぇ……」

「やっぱりか……」

 

 赤羽、若葉の会話に自然に入ってきた二人は当然のように食堂へ向かう二人に合流し、四人で食堂を目指した。

 別館につくと思ったより人の出入りが多かったことに気づいた。腕時計を確認すると十二時半を指していた。なるほど確かに昼時ちょうどだった。

 

「あー……こりゃ券売機混むなぁ……」

 

 赤羽の予想通り券売機まで来ると長蛇の列ができており、四人は空腹をさすりながら並ぶ羽目になった。

 しかし並べば意外と出会いはあるようで。赤羽は並びながらちょくちょく知り合いを見つけ、列の近くを通る人物と時折立ち話をしていた。

 

「……あれは……」

「三丁目のお肉屋さんね」

 

 カレーを乗せたトレーを手に赤羽と楽しげに会話をしているパーマの女性を横目に、若葉と夕張がひそひそと話をする。

 この食堂は時間によっては一般にも開放されており、鎮守府外の町の人間も訪れる。もっとも、一日のほとんどを鎮守府内で過ごす艦娘達にとって、鎮守府外の人物はほぼ顔も知らない存在であり赤羽のように出会っても会話をすることはほとんどなかった。時折向こうから話しかけてくることはあっても、自分からはほとんどなくあまり関係が成熟してないだけに、なんとなく赤羽が羨ましく思えた。

 

「少佐って非番の時よく街ふらついてるんだよねぇ」

「そうなのか?」

「そうね。この間なんかもらったー、なんて言ってみかん一袋持ってきたしね。あの人のコミュ力どうなってんのほんと……」

 

 そう言われた若葉の脳裏にみかんがぎちぎちにつめられた袋を持ち、いつもの笑顔で工廠へ入ってくる赤羽の姿が瞬時に浮かび、思わず吹き出してしまった。

 

「しかも面白いのがそれだけのコミュ力あるのにいまだに浜風ちゃんとは上手くいってないってとこだよね」

「ほんとそれ!」

 

 そこまで話して二人も吹き出し、笑い始めた。四人とも何かしらの理由で笑い、ゆったりと時間が流れる。その時だった。

 

「あ、あのっ」

「ん?」

 

 肉屋の店主と別れた赤羽がふと視線を落とすといつの間にか電が赤羽の前に立っていた。

 

「あら電ちゃん。どうしたの?ひょっとしてまた提督が何か言ってるの……?」

「え、ええと……」

 

 赤羽の肩に顎を乗せながら夕張が声をかける。

 

「急ぎじゃなかったらできればご飯のあとがいいんだけど……どうかな?」

 

 今度は明石の顎が赤羽の肩に乗った。

 

「重ぇーよ」

「あ、その……えっと……」

「あー、ど、どうしたー?」

 

 どもるばかりで話を切り出さない電を前に赤羽も対応に困り、苦し紛れの声を出す。

 

「少佐の顔が怖いんじゃないですか?」

「バッカこんなハニーフェイスが怖いわけねーだろ」

「ダウト。悪人面ですよ」

「……ご、ごめんなさい!やっぱりなんでもないのです!」

「うぇ!?お、おい電!?」

 

 電は突然そう言うと現れた時と同じように唐突に走り去ってしまった。残された四人は目を丸くし、状況把握を始める。

 

「あー……俺なんかまずいことしたか?」

「顔じゃないですか?」

「顔ですね」

「顔だな」

「やめて泣きたくなる」

 

 しかし今の電はどこかおかしかった──四人全員がそう思ったがその瞬間また腹が大きな音をたてた。そこで券売機が空いたことに気づき四人の疑問は吹き飛んでしまった。

 

 ***

 

「んむぅ、今日も少佐頑張ったわ」

 

 夜。工廠の隅に置かれたプレハブ(執務室)で赤羽が伸びをする。結局午後も工廠の仕事を中心に事務作業が多かった。明日からはまた怒涛の演習が待っている。以前よりマシにはなったもののまだまだ課題は多い。明日からの演習を想像し少しげんなりした気持ちになりながら布団に入った。

 最近疲れているのか寝つきは妙に良い。ベッドは明石が良い物を用意してくれたおかげもあるだろうが。布団に入るなり赤羽の意識はすんなりと沈んでいった──

 

 ──カサリ。

 

「……」

 

 ──コツッ、コツッ。

 

「ん……」

 

 三つ目の夢が佳境に入ったあたりでふと、何か聞こえた気がして目が覚めた。枕元に何かが置かれている。寝ぼけ眼で何度か枕元を叩き、五度目で右手がシーツ以外の何かの感触を捉えた。

 かさり、と音がし、それを合図にしたかのように頭を垂れる。

 

「……?」

 

 いや、これはおかしい。寝る前、枕元には何も置いてはいなかったはずだ。そう思い、無理矢理意識を覚醒させる。

 呻き、気だるい体を起こす。右手にはメモが握られていた。

 

「なんだ?」

 

 部屋の明かりをつけ、手に握られたメモを広げてみる。

 

「うわっ、きったねぇ字。えぇと……何だ?」

 

 ‘資材庫へ行ってください’

 メモには何とか読み取れる程の汚い字でただそれだけ書かれていた。

 

「資材庫?何でまた……」

 

 そう言いつつ赤羽は半目で上着を取り肩にかけた。眠気に伴う判断力の低下からか、特に疑問を抱くことなく指示に従っていた。

 プレハブを出、うつらうつらとおぼつかない足取りで工廠を出る。途中三度大欠伸をした。

 工廠と資材庫は繋がってないものの隣接しているので移動するのは容易い。工廠から出た赤羽は首を九十度曲げるようにして資材庫に目をやった。

 

「……?」

 

 しかしそこで違和感に気づき、眠気が一気に吹き飛んだ。

 資材庫からうっすらと光が漏れている。今夜は月光が弱かったため気づけた。それほどうっすらとした光だった。

 しかし間違いない。今、資材庫の中に誰かがいる。赤羽は上着のボタンと留めると注意深く資材庫へ入っていった。

 

「……!」

 

 中へ入ると案の定誰か居た。赤羽は反射的に近くに積まれた木箱に身を隠し相手の様子をうかがった。

 二人だ。資材の山を前になにやら話し込んでいる。

 

「……今回は随分遅かったんじゃないですか?」

「そこについては説明したはずだ。思いがけないことが起こったからな。あれはお前の差し金だろう?」

「証拠もなしに追及するな、とはあなたの言葉ですよ?」

「……?」

 

 聞いたことのある声だ。この不機嫌そうな声は──聞き間違えようがない。

 

「冷泉……?」

 

 暗闇に目が慣れてくると二人組の片方が冷泉であることがわかった。目立たぬように黒いコートを羽織っている。もう一方は──いやに背が低い。赤羽自身、成人男性にしては小柄な部類に入るが、それよりも更に背が低い。加えて妙に声が高い。いや、これは──変声前の声。まさか子どもか?

 

「とにかく、これで要求分は全部のはずだ。さっさと持って行け。私にはまだ仕事がある」

「驚いた。ボクよりは時間があるはずなのにまだ何か仕事に追われてるんですか」

「あぁ。お前よりは仕事があるからな」

 

 親密さなどまるで感じない雰囲気だった。赤羽は身を潜めた木箱を背に二人の様子を観察し続けた。

 

「まぁいいです。こちらは要求量を満たしてくれればそれでいいですし」

「毎回気になっていたがどう運ぶのだ?みたところ来ているのは毎回お前だけだが」

「気にしなくていいです。()()()()()()()できないことはしませんから、運搬方法くらい万全にしてます」

「そうか。まぁいい。さっさと持って行け」

 

 運搬?要求量?まさか、用途不明分の資材っていうのは──

 そう思った時、その事実に注意が行ったせいで不用意に体勢を変えてしまい、それによって動かされた木箱が音をたててしまった。

 

「!」

 

 冷泉が首だけ素早く振り返らせた。その視線は紛れも無く赤羽が隠れている木箱を見据えている。不審げな視線を向ける冷泉に対し、赤羽は青い顔をして木箱に背中を密着させた。呼吸音も聞かれているような気がし、無意識に口と鼻を両手で押さえる。もう音は出さない。一度くらいなら冷泉も聞き間違いと処理するはず。いや、そうであってほしい──

 

「誰かいるな……誰だ」

 

 だめだった。

 

「……」

 

 しかしそれで返事をするほど赤羽も間抜けではない。口を押さえたまま沈黙を続ける。顔が更に青くなるが気にしている余裕はない。呼吸を忘れていることすら忘れる程消音に全神経を集中させた。

 

「……」

 

 しかしそんな赤羽の努力もむなしく木箱が動かされる。代わりにそこには顔をしかめた冷泉の姿が現れた。

 

「赤羽……お前か」

「彼は?」

 

 そこで初めてもう一人の少年が赤羽の方を見やった。自身に投げかけられた質問だったが冷泉は無視し振り向きもしなかった。

 

「何故ここにいる」

「そ…そりゃこっちの台詞だ……です!誰だそい……誰なんですかそいつ!」

 

 赤羽の言葉を受け、少年は大義そうに肩をすくめて見せた。

 

「誰も近づかないと聞いていたんですが?」

「急ぐなら用事をさっさと済ませろとも言ったはずだが」

「はぁ、急いでいます。あなたと違ってやらなければいけないことは多いんです。あなたの感覚では急いでないみたいですけどね」

 

 まるで赤羽などそこにいないかのように二人で会話が進行する。

 

「聞いてんですか提督」

 

 冷泉が大きなため息をつく。

 

「運搬だの要求量だのさっきから妙な話をしてますが……まさか提督」

「お前には関係ない」

「横流ししてんですね?ここにある資材!用途不明資材ってのは……」

「関係ないと言っているだろう」

「……横流ししてる分なんですね!?そうなんだろ!?」

 

 赤羽の口調が乱雑なものに変わる。その言葉には明らかに怒気がこめられていた。

 

「見損なったぞ」

「黙れ、端からお前に期待などされたくない。それより質問に答えろ。何故ここにいる!」

「こっちの質問が先だ!」

「ふぅ。もうあてになりませんね。ボクがやります」

 

 突然、少年が話に入ってきた。冷泉の肩に生意気に手を置き、大儀そうに赤羽の前に出る。

 

「……余計なことはするなと言ったはずだ」

「それはあなたの感覚で、ですよね?」

 

 聞く耳を持たない少年の様子に冷泉はここまでで一番のため息をつくと二人に背を向け裏口へ向かった。

 

「おい!待て冷泉、俺はお前に……」

「面倒なことにはしてくれるなよ」

「うるさいな。そっちが自分の仕事もできないからでしょう?」

 

 赤羽を無視し冷泉は資材庫から出ていった。赤羽は忌々しげに声を漏らすと改めて目の前の少年と対峙した。もとより赤羽自身が成人男性にしては少し小柄であったためか、さほど二人に大きな身長差はなかった。

 

「何もんだ」

「同じ質問を繰り返すのは非効率的ですよ」

「うるせぇ」

 

 赤羽が吐き捨てるように言うと同時に少年は素早く腰に手をまわし、警棒のような金属棒を引き抜いた。

 

「!」

「吐き気がする。そんな言葉しか語れないんですか」

 

 少年が前に飛び出し、小さな動作で金属棒を振り下ろす。突然のことに赤羽は面喰らったものの、素早く横っ飛びにかわした。

 そのまま少年は素早くステップを踏みまだ体勢を立て直しきっていない赤羽に殴りかかる。対して赤羽は頭上から振り下ろされた棒を右腕で受け止め、そのまま払いのけながら素早く立ち上がった。しかし金属棒での一撃は相当堪えたようで顔を歪めながら右腕を押さえている。

 

「ん?あぁ、こいつが赤羽少佐か。煩わしい人だと聞いてたが本当らしい」

「年上に対する礼儀がなってないなクソガキ。大人をからかうもんじゃないぞ」

「独り言に返事をしないでくださいやかましい。それに反論するなら自分の言葉で語りなさい。定型文のような言葉は聞きたくありません」

 

 一瞬の突き。間一髪赤羽はそれをかわすと右手を横に突き出し、隣を通過していく少年の顔面を掴み力任せに押し込んだ。

 頭部と下半身で逆向きの力がかかった少年の体はその場で空転し背中をしたたかに打ちつけた。そのまま赤羽が覆いかぶさり間接を極める。

 

「ふんっ!」

 

 しかし腕ひしぎ固めが決まる直前、少年が腕に取り付いた赤羽ごと持ち上げ強引に立ち上がった。

 

「……嘘だろ」

 

 次の瞬間、赤羽の体が宙を舞う。振り払われた勢いは尋常ではなく、今度は赤羽が背を壁に強く打ち付けた。

 肺の空気が一気に抜け、突然体が呼吸のしかたを忘れたかのように息ができなくなる。

 

「……うわ、とりあえず考えなしに筋肉だけつけた、そんな重さだ」

「げっほ……えおっ……バケモンかよ……」

 

 少年は少し息が乱れたように見えるが特にかまう様子もなくゆっくりと歩み寄ってくる。対して赤羽は忌々しげにそれを見上げ、近くに落ちている金属片や木片を手当たり次第に投げつけるが小石ほどの大きさも無いそれらは少年の足を止める力は無く、そもそも届いているものも少ない。

 

「ふぅ。これが()()か。海軍が没落したと言われても反論できませんね。吹雪といい冷泉少将といい、寄せ集めはろくなことにならない」

「……?吹雪?」

 

 少年は赤羽の前に立つと腕を組み、わざと赤羽に聞かせるかのように一人ごちた。赤羽は鳩尾を押さえながら予想外の名前が飛び出したことに驚いたような顔をする。

 

「は?聞いてたんですか?」

「なんで、あいつの名前が出てくんだ」

「まぁ、顔見知りなので」

「……んなわけ、あるか。お前みたいなのとあいつが……知り合いでたまるかってんだ」

「根拠は?ボクより彼女のこと知らないくせによく言えますね。感情論でしか話せないんですか?」

「あ?」

 

 赤羽の額を軽く蹴りながら少年が言う。

 

「ボクはあの子の元上官です。戦後、日本海軍は完全実力主義になったのは知ってますよね?特に艦娘と接する提督は適正さえあれば年齢は関係ありません。あぁ、ちなみにボクの今の階級は大佐なのであなたの上官にあたります。理解できますか?できますよね?」

「……なんだと」

 

 不意に赤羽の表情が変わる。

 

「お前……あいつの元上官だってのか」

「一度で理解してください。これだから体育会系は」

「一つ聞かせろ……お前、この資材……誰が集めたのかわかってんのか……?」

「質問まで低級ときた。まぁ、答えましょう。ここの艦達ですね」

「それがないと……あいつらが苦しむのをわかってるのか」

「ボクが許可した質問は一つだけです」

「うるせぇ!答え」

 

 その先の言葉は続かなかった。少年に頭を踏みつけられ無理矢理黙らされた。

 

「許可した質問は一つだけ、です。それにボクらは今この資材のことについて僕らの話をしてたはずでは?先に彼女の名前を出したのはボクですが、関係ない話です。論点のすり替えなんてして時間でも稼ぎたいんですか?」

「関係ないわけあるかよ」

「ありません。では今度はこちらが聞きますが、あなたは作戦を立てる時に拳銃の意見を求めるんですね?それが弾を使いたくないって言ったら戦わないんですね?」

 

 その瞬間、赤羽の目の色が変わった。

 

「言いやがったな」

 

 少年の足を払いのけながらよろよろと赤羽が立ち上がる。

 

「言いやがったなてめぇ。それは艦娘は兵器だ、艦娘の意見なんか関係ない、そういうことでいいんだな!?」

 

 少年は目を細め、小さく息をついた。

 

「艦……艦娘は喋るし心もあるようです。ですが大前提として彼女らは戦力です。本分を忘れた運用は効率を落とす。司令官としてそういうことはできませんね。ボクにはそういう前提があるので。なまじ人の姿をしているからそこを勘違いする人も少なからずいるようですが、職務を果たせない司令官にあたってしまう艦も気の毒ですよね」

「てめえぇ!」

 

 赤羽が激昂し殴りかかる。しかし怒りに任せた一撃は大振りで、かわすのは容易かった。少年は軽くステップを踏み拳を避け、話を続ける。

 

「あぁ野蛮、野蛮野蛮野蛮!反論できなくなったとたん拳に訴えるなんて!……ふ、ふぅ、そうですね、ちゃんと説明しましょう。彼女らは戦力、ボクらはその頭脳。そういう前提があります。極めて合理的な役割分担ではないですか。事実、ここ(第九)だってそうしてますよね。作戦は全部冷泉少将が立てているようですし、それに黙って従ってるあなた達にどうこう言われたって説得力がありません。何か間違ったこと言ってますか?」

「確かにそうだ。司令官と兵士じゃ仕事が違う。だがてめぇは兵士と兵器を一緒くたにしちまってるじゃねぇか!」

「人聞きの悪い。ボクは自分の仕事を全うしてるだけです。一回で理解してください。できないんですか?」

「それは全うって言わねぇよ」

「聞く耳無し、ですか。こんなのが軍にいるなんて……」

 

 少年は大儀そうに肩をすくめてみせると赤羽と改めて向き合った。その態度があまりにも大げさだったので、もはやわざとなのではないかと赤羽はひそかに眉をひそめた。

 

「では話を完結にまとめましょう。ボクはこれが欲しい。冷泉少将は持っていっていいと言っている、あなたの横槍、発言に合理性は無い。そういう状況です」

「だから邪魔すんなってか?断る」

「まぁわかってくれるとは思ってませんでしたけど」

 

 そういうと少年はそのまま一瞬で飛び出してきた。相変わらず人間の子どもの動きではない。目にもとまらぬ速さで繰り出される突きをじりじりと後退しながらさばく。反撃に出たいがかわすので精一杯であり、じりじりと後退していってしまう。もともと壁際近くに立っていたのもあって退路はない。

 

「そもそも寄せ集めに戦果なんて初めから期待してません。言いましたよね?役割分担です。いいじゃないですか。戦いに出ず資材収集。リスクの少ない仕事ですよ。爪弾き者の集まりなんですから、せめてそれくらいでもして役立ってくださいよ」

「てめっ……どこまで馬鹿にしやがんだ!」

 

 少年の言葉は赤羽の怒りを更に加速させた。その言葉からは悪気が感じられず、もはや自覚の無い侮蔑が感じ取れ尚更神経を逆撫でした。

 しかし少年の方もどうやらもう話し合う気は無いらしい。嘲るような視線を向けると未だふらつく赤羽へ早足で近づいていく。

 

「そんなふらふらで凄まれても、ね」

 

 腹部に衝撃。一瞬遅れて殴られたのを理解した。しかしその先が続かなかった。理解した瞬間、全身を衝撃が襲った。まず背中に一撃。そのまま頭、腕、顔、脚──全身を一斉にめった打ちにされたような衝撃が走った。同時に聴覚も容赦無く刺激され、何かが崩れ落ちたような、激しく金属がぶつかりあう音が耳を満たした。

 視界も刺激され、目が見えなく──いや、意識が遠のいていく。そのまま赤羽は存外あっさりと──意識を手放してしまった。

 

 ***

 

「それで?お前はそのまま一晩そこで寝ていた、と」

「何を白々しい」

 

 翌日、赤羽は取調べ室の机に向かっていた。頬には絆創膏が貼られ、頭には包帯、右目には眼帯と実に痛々しい見た目をしている。

 あれから赤羽は朝まで資材庫で気を失っていたようだった。朝になり、資材庫の様子を見に行った明石が崩れた資材の下敷きになっている赤羽を発見し、今に至る。

 冷泉は赤羽が資材庫に何かしらの工作をしようとしたと推察。調査を行ったところ資材庫から爆薬と壊れた通信機が発見された。結果、赤羽の容疑は深まり、取調室に連れてこられたわけだ。

 

「白々しいのはお前の方だ。ここまで証拠が揃っているのにまだそんな嘘を通すか」

「事実だ!」

 

 当然、冷泉も嘘を言っている自覚はあるはずだ。赤羽からすれば三文芝居もいいところである。少年が赤羽をそのまま放置していったのもことを荒立てたくなかっただろうか。死人が出た、よりは内部の人間の不始末にしておいた方が()()()()()()がいるからだろう。

 

「そういうのならばお前が無実だという証拠を見せろ。差出人不明のメモ、都合よく資材庫にいる私、果ては対人格闘の達人である侵入者。それも子ども。相手が私でなければすぐに病院送りもおかしくないほど意味不明な主張だという自覚があるか?」

 

 冷泉がこめかみを軽くつついてみせる。

 

「馬鹿にしやがって……」

「上官に対する言葉がなってないぞ」

「ケッ」

 

 あくまでしらを切り冷静さを欠かない冷泉の態度に赤羽の怒りは更に掻き立てられる。もはや激昂する段階すら越してしまった。

 

「じゃあ逆に聞くがお前があの時間あそこに居なかったって根拠はどこだ。アリバイは無いんだろ?」

「悪魔の証明か、相も変わらず頭の悪いことを言い出すな」

 

 苦し紛れの反論だった。恐らく冷泉にその証明はできないはずだがこの論法を持ち出すのは逆に自分の首を絞めるだけだ。

 

「まだ何か言うことはあるか?」

「俺はやってない」

「……営倉を開け」

 

 ***

 

「……何をしやがった」

「何のことだ?」

 

 鉄格子越しに赤羽が冷泉を睨みつける。あの後赤羽は別館の営倉へ連れて行かれた。営倉と言えば聞こえはいいが実態は牢獄だ。しばらく使われていなかったようで埃臭い。

 

「とぼけんな、お前は確かにあの時あの場にいた!」

「知らんな」

 

 赤羽が鉄格子を掴み激昂する。冷泉はそんな赤羽を相変わらずの冷たい視線で刺した。

 その時だった。突然営倉に勢いよく誰かが飛び込んできた。小柄な体躯にセーラー服──電だ。

 

「提督!た、大変なのです……!」

「どうした電、騒がしいぞ」

 

 そうとう急いで走ってきたようで肩で息をしており、途切れ途切れ発される言葉は何を言っているかわからない。

 

「落ち着け、何があった」

 

 電が黙って手に持っていた紙を冷泉に差し出す。その内容に冷泉は一瞬眉をひそめたがまたすぐにいつもの仏頂面に戻るとすぐに電に指示を出した。

 

「損害報告を早く終わらせるよう明石と夕張を急かせ。その後高雄を中心に準備委員会を設置。人事はあいつに一任していい。必ず開催に間に合わせろ」

「は……はい」

 

 冷泉の指示を受けた電は赤羽のほうを見向きもせずふらふらと営倉を後にしていった。恐らく赤羽と顔を合わせたくなかったのだろう。まるで後ろめたいことでもあるかのような雰囲気だった。

 

「……運の強いやつめ。次の‘定例会議’の会場がたった今ここに決まった。お前の処分はその後だ」

「何?」

「まぁ、お前にはさほど関係のある話ではないな。会議が終わるまでそこで大人しくしていろ」

 

 そう言って冷泉は営倉を出て行こうとした。が、すかさず赤羽がそれを呼び止める。

 

「おい待て!」

「……なんだ」

「最後に聞かせろ、何故資材を横流しした」

「何の話だ」

「答えろ!」

 

 冷泉が目を細める。

 

「……初めに言ったはずだが、何のことだかわからんな」

「てめぇ……」

「それではな。さらに忙しくなってしまった」

 

 そう言って冷泉が部屋を出て行く。

 

「俺は……」

「?」

 

 が、冷泉がドアノブに手をかけた時、また赤羽が口を開いた。

 

「もう俺はお前を認めない。お前にあいつらは任せられない」

「勝手にしろ。何を言うのも自由だが行動が伴わなくてはただの壮言に過ぎんぞ」

「ケッ」

 

 冷泉は振り返ることなく、今度こそ部屋を出て行った。

 




 お久しぶりです。ラケットコワスターです。極めてお久しぶりになってしまいました……前回の更新時には高校生だったのに今や大学生……何やってたんだろほんと……お待たせしました。ホントお待たせしましたすみません……
 ええと、そんなわけでめちゃんこ久しぶりの更新になった第八話、いかがだったでしょうか。だいぶ期間が空いたというのもあって色々と忘れてたり書き方かわってたりで結構苦心しました。特に後半。ぶっちゃけこのシーンを書いたり消したりで五ヶ月は使いました。マジです。うぅん難しかったよう……
 ……まぁとにかく、今後もちまちまと更新を続けていきたいと思ってます。営倉にぶちこまれてしまった赤羽、ここから起死回生はありうるのか!?ではでは次回をお楽しみに……

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