スーパーメタルクウラ伝【本編完結】   作:走れ軟骨

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誤字脱字直してくださる方々いつもありがとうございます。


キャベ・ヒット戦

破壊神選抜格闘大会は中盤を越えていよいよ佳境に入りつつあった。

和やかムードだった前半と異なり、クウラが登場して以降は緊迫感が漂う。

気の所為か悟空らサイヤ人達の顔つきも引き締まってきているようだった。

 

「さぁ、次の相手は誰だ」

 

大会の空気に緊張を生まれさせた元凶であるクウラが

尻尾を不愉快そうに舞台の石床に叩きつけながらそう言った。

次の相手は第6宇宙のサイヤ人である好青年キャベ。

彼はマゲッタとは違う意味でクウラとの相性は最悪だ。

少なくとも、試合前に彼と少しばかり話し込んだサイヤ人達はそう確信していた。

 

「ベジータ…あのキャベって奴、このままじゃやばいんじゃねぇか?」

 

「ヤバイだろうな。だが俺達にはどうしようもない。

 俺達はフロストの毒針でもう負けちまったんだ」

 

「でもフロストは反則してたろ?審判に言えば復帰できねぇかな」

 

悟空の意見に少しベジータは考える素振り。だが、

 

「…フロスト戦の直後にその異議を唱えれば通ったかもしれんが今のタイミングではな…」

 

難しい顔で唸った。

 

「そうですね。異議申立てはタイミングも大事ですから…。

 クウラさんの苛烈っぷりに思わず僕らも呆気にとられちゃって、

 言うタイミング逃しちゃいましたね…マズイなぁ」

 

悟飯も対戦相手のキャベの方を心配そうに見ていた。

悟飯から見ても、何から何までクウラに分があると思えるのだ。

長年戦い続けた戦闘巧者(ベテラン)である父と同族の王子から見てもきっとそうなのだろう。

 

だが、彼らの心配を余所に、無情にも試合は始まってしまった。

 

「宜しくおねがいします!」

 

キャベが、緊張を見せながらも深々とお辞儀をする。

クウラは礼儀正しいサイヤ人を無味乾燥な顔で見つめ、

体をやや斜に構えて腕を組み尻尾をゆらゆらと左右に振っていた。

返事も返さない。

 

「…?あ、あの…宜しくおねがいします!」

 

キャベはもう一度礼をした。

だが、やはりクウラは腕を組んだまま動かない。返事もしない。

さすがにキャベもムっとする。

 

「そうですか。挨拶などせずにさっさとかかってこい…ということですね。

 …では!」

 

キャベは走り出す。

構えすらとらないクウラに向かって全速力で走った。

 

(まるで無防備…フロスト戦で見せた力は確かに圧倒的だったけど…

 それでもボクを舐め過ぎだ!)

 

クウラの真正面まで来てフェイント。真横に跳ねて右っ面を狙って拳を振り抜く。

 

(…よし!相手は目線ですら追えていないぞ…直撃だ!)

 

そう確信して放った右ストレートだったが、

 

「えっ!?」

 

キャベの拳は何にも当たらなかった。

気付けばクウラを通り越して左側へと来ている。

真後ろのクウラは今も腕組みをして動かない。

 

「な、なんだ?くっ…もう一度だ…!」

 

真後ろへ回し後ろ蹴り。

なかなか鋭い蹴りだったがやはり空を切る。手応えはない。

 

「…!」

 

コンパクトにまとめた左のジャブ、続いてキックの連打。

ジャンプし太陽光を背にしてからの渾身のダブルスレッジハンマー。

足元を狙っての低空回し蹴り。

それら連撃からのフィニッシュ…近距離からの連続エネルギー弾。

キャベは呼吸をするのも忘れて力の限りの速さで攻撃を叩き込んだ。

しかし、その尽くがまるで感触がない。

全ての攻撃をクウラに叩き込んだのに、

クウラはまるで蜃気楼のようにその姿を一瞬揺らめかせるだけだけで完全に無傷だ。

無呼吸の連続攻撃をしたのもあるが、キャベは肩を大きく揺らして息をしていた。

クウラからの圧力(プレッシャー)が、自然とキャベの呼吸を圧迫し動悸を引き起こしていたのだ。

 

「当たらない…!い、一体何が…?分身…?いや、虚像…なのか?」

 

「…」

 

クウラは試合開始からまるでポーズを変えない。

だが、ようやく初めてクウラに変化が起きた。

キャベを一瞥すらしなかった彼の視線が、とうとうキャベを見た。

 

「…っ!!!」

 

その瞬間、背筋にぞくりとするものが走ったキャベは本能的に十数mを飛び退いていた。

外野のサイヤ人らは、やはり…と表情を悲しげに歪める。

 

「残念だが…キャベはまるでクウラの動きが視えていねぇ」

 

戦いに関する悟空の観察眼のキレが戻りつつある。

クウラが試合に緊張感を齎した結果だろうか。

悟飯も父の言葉に頷いた。

 

「クウラさんはただキャベさんの攻撃を棒立ちで躱しているだけ…。

 このままじゃキャベさんの攻撃は掠りもしませんよ」

 

ベジータは小さく舌打ちをし、そしてキャベへ向かって大声で言う。

 

「おいキャベ!!さっさと(スーパー)サイヤ人に変身しろ!!

 このままじゃイタズラにクウラをキレさすだけだぞ!!」

 

敵方からの声援…というよりも助言に、キャベは戸惑いながら答える。

 

「スーパーサイヤ人とは、あの金髪の姿のことですか…!?

 ボクは…あんな変身はできませんよ!!」

 

そう言った瞬間に、キャベの表情が歪み額から頬から冷や汗が吹き出た。

 

「っ!あ…あ…!」

 

眼前の(クウラ)からの圧力が更に増大しキャベの心身を締め付けた。

フロスト戦で見た実力を、今キャベは嫌というほど実感し始めている。

キャベは理解した。

完全に分かったのだ。

クウラは、先のフロスト戦で見せた力ですら氷山の一角。

クウラの力は…それこそこの圧力だけでキャベを殺せそうなレベルだった。

殺気と混合された莫大な気の圧力に当人(キャベ)以上に危機感を持ったのがベジータだ。

 

「馬鹿が…!ならばさっさと降参しろ、キャベ!!間に合わなくなるぞ!!」

 

キャベは言おうとした。だが、クウラからの圧力で思ったように声が出ない。

膝までが笑いだしていた。

そして悪い予感が当たってしまった。

 

「こ、こ…こうさ―――っ!?」

 

声を振り絞ったが、キャベの言葉はそこで途切れた。

クウラの姿が消えたと思うと、次の瞬間にはキャベの頭を掴んで空へと飛んでいた。

 

「~~~~~~っっ!!!!」

 

ただ掴まれているのではない。

頭蓋骨をいたぶって徐々に握りつぶすように掴まれている。

キャベの耳朶に頭蓋が軋む音が聞こえてくる。

必死に手足をばたつかせて藻掻き、

クウラの指一本を両手で掴んで全身全力で引き剥がそうとする。

だがたった一本の指がキャベには動かせなかった。

 

「む゛ぅぅう゛う゛~~~!ん゛む゛う゛う゛~~~~っっ!!!」

 

「紛い物め…!」

 

〝紛い物〟。

それがクウラがキャベへと下した評価であり、そして初めての掛けた言葉だった。

キャベを掴んだままクウラが腕を振り上げ、そして高速度で舞台の石畳へと叩きつける。

爆発したかのような音が響き、もうもうとした土煙が辺りへ飛散していった。

 

「あ、が……か……ぁ…あ゛……」

 

地面へ深くめり込んだキャベの首は怪しく曲がり、彼の目の焦点は合っていない。

 

「キャベくんっ!」

 

悟飯が今にも舞台上に乗り込みそうな勢いで齧りつき、別宇宙の同胞の名を呼ぶ。

しかし、もうキャベから返事が返ってくることはなかった。

観客達も、まだ幼い我が子を連れてきていた

ビーデルや18号などは思わず子の目を塞いでいた。

それぐらいにはショッキングな角度でキャベの首は曲がっている。

先程のフロスト戦もそうだったが、今大会はどうも子供の情操教育にはよろしくないらしい。

 

「キャベの気が……クウラ、おめぇ…!」

 

消えて無くなりそうなキャベの気を感知する悟空。

だが、クウラは悟空には向き直って返事をしてやる。

 

「心配するな。

 殺してはいない…が、頚椎を砕かせてもらった。

 貴様らならば復活するだろうが、コイツは所詮は猿の紛い物。

 ()()はここで再起不能だ」

 

倒れ伏す第6宇宙のサイヤ人を〝これ〟呼ばわりし鼻で笑う。

手酷過ぎる仕打ちに思わず悟飯が声を荒らげた。

 

「なぜキャベくんにここまで!

 彼はフロストのように卑怯なわけでもクウラさんの一族の面汚しというわけでもない!

 ただの…心優しいサイヤ人だったのに…!」

 

「それが気に食わんというのだ!!」

 

「…!」

 

クウラの気迫に悟飯が気圧される。

悟飯を睨むクウラの目にははっきりと怒気が宿っていた。

 

「貴様らサイヤ人は、本能の奥底に戦いと血に飢えた獣性がある。

 どれだけ心の表面を優しさや愛で覆い尽くそうが、お前達の魂の奥底にはケダモノがいる。

 俺は…お前達のそういうところだけは気に入っていたのだ。

 だが、こいつはどうだ?このキャベとかいう紛い物は…!

 奥底から根腐れしていやがる。だから処分してやったのさ…この俺がな。

 感謝するが良い…貴様らサイヤの血を汚す腑抜けを始末してやろうというのだ」

 

クウラの言葉と怒りは悟飯にとって衝撃だった。

悟飯は思わず黙り込んで、俯き加減に考え込んでしまう。

まるで学者を目指し戦いを嫌ってきた自分を否定されたように感じた。

しかも、その否定がまるきり的外れでは無いと

心の何処かで思っているのさえも見透かされたような気分だった。

悟飯は戦いが嫌いだ。学者の道も本気で歩んできた。

しかしその一方で、戦いに駆り出される時、血を流し強敵に立ち向かう時、

勝利を確信し敵を見下し嬲る時…得も言われぬ血の高揚を感じたことが確かにあった。

アルティメットに目覚め、魔人ブウを一方的に殴りまくった時などは、

悟飯は確実にサイヤの戦士だった。ビーデルとの逢瀬よりも興奮していた。

 

クウラの言葉は悟飯だけでなくベジータや悟空にとっても思い当たる節はあった。

だが、それとこれとは別の話。

悟空はクウラに切り返す。

 

「…おめぇがオラ達以上にサイヤ人に拘ってるのは良く分かった。

 でも、キャベを殺すことには結びつかねぇ。

 サイヤ人の在り方は俺達サイヤ人が決める。

 少なくともクウラ…おめぇじゃねぇ」

 

クウラはまた鼻で笑った。

 

「フン…最初から殺す気はない。二度と戦士の体に戻れなくなるようにしてやっただけだ。

 だが……もし、万が一にでもコイツがこの傷から立ち直って俺の前に立てたのなら…

 その時は一端の猿だと認めてやらんこともないがな」

 

「どうせ怪我はヴァドスさんが治しちまうさ」

 

「だろうな。だが心はどうかな?

 ()()()()猿の紛い物は…圧倒的な恐怖に二度と立ち向かえまい。

 フロスト共々…宇宙の片隅でひっそりと隠れ住むのが虫ケラにはお似合いだ」

 

ベジータが舌打ちをする。

確かに、あの優しいサイヤ人の心は

悟飯以上に闘争に向かないとはベジータも認めるところだ。

 

第7宇宙陣営の間に妙な沈黙が流れる。

会場全体が重々しい雰囲気となって、家族連れの観客連中は居心地の悪さを感じていた。

 

「確かに心までは私達天使にもどうしようもないですからねぇ。

 フロストとキャベは、トラウマにならなきゃいいんですけど」

 

そこにヴァドスの呑気な声が響いたが、

空気は弛緩するどころか何処か白々しく寒々しいものになってしまった。

が、そんなことを気にするヴァドスではない。

 

「ほら、審判。さっさと次の試合を始めなさい。次の選手が待ちくたびれていますよ」

 

指摘され、クウラ達のやり取りを固唾を呑んで見守っていた審判が慌てて仕事を再開する。

舞台上からキャベが運び出され、入れ替わりに第7宇宙最後の選手が上がってくる。

紫色を基調とした、人型異星人・ヒット。

第6宇宙最強の殺し屋であり、身にまとう雰囲気は少しクウラと近しい。

眼光は鋭く、身のこなしに隙がない。

裏稼業に人生を捧げてきた男の虚無的で冷たい視線はクウラに勝るとも劣らない。

その目がクウラを静かに見据えていた。

キャベの時とは違い、クウラは腕組みを解いて最初からヒットの目を睨み返し、そして笑う。

 

「ほう…ようやく少しはマシなのが出てきたか」

 

「…」

 

「殺し屋ヒット…第6宇宙の生ける伝説か…フッ」

 

「俺のことをよくご存知のようだな」

 

「俺は物知りなのでな」

 

クウラの脳に蓄えられている知識はビッグゲテスターが調査し貯め込んできた知識と、

そして全宇宙の知を持つとさえ言われたズノーの知識とが合わさったものだ。

必要に応じてデータバンクにサーチをかけて引き出せば、

およそクウラに理解できぬことはない。

ある意味で破壊神や天使…そして大神官や全王よりも、クウラは物知りだ。

 

「…貴様の手の内も知っている。

 時飛ばしと殺しの技で来い。下らぬ様子見は…必要あるまい?」

 

歪に微笑むクウラは足をやや交差させ幅狭く立ち…両腕をゆっくり下げ広げだした。

まるで相手を包み込み抱き入れるようなノーガードの姿勢。

それは自分を存分に見せつけ、いつでも打ち込んでこいと言わんばかりのポーズだった。

実弟フリーザも、己の力を見せつける示威として好んで行う〝敢えて無防備な〟態勢。

 

「ぬぅ…」

 

無防備ではある。誘われている。

だが、ヒットはクウラから隙きを見出だせずにいた。

 

「殺しの技で来い、か。なるほど…宇宙は広い。

 貴様のような強さを持つ者が破壊神以外にもいるとは」

 

ヒットは腰を低くし、厚手のロングコートのポケットから手を出す。

生まれながらの強者であったヒットは、

クウラの弟フリーザと同様に修行というものを殆したことがない。

構えや型も我流であり、

同等かそれ以上の実力者との〝勝負〟でどこまでそれが通用するかも不明だった。

なにせ、ヒットの今までの人生では

〝時飛ばし〟と身体能力のゴリ押しで敵を倒せてきてしまったのだ。

そういう意味ではフリーザと似た不幸を背負っていると言える。

フリーザも天才であったが故に鍛錬・特訓・修行とは無縁で

生まれつきの身体能力と才能だけで勝てていたが故に、

孫悟空(実力が比肩する者)との勝負では人生初のフルパワーに肉体がついていけず最後にはパワーダウン。

敗北を喫した。

 

どう攻めたものか、考えあぐねていたヒットだが…

 

(…黙ってみていても埒が明かない。やってみるしかあるまい)

 

ヒットはクウラ目掛け走り出す。

そしてある程度クウラまで接近すると急激に気を漲らせ己以外の時間の流れを消し飛ばした。

ヒット以外の全ての存在の時の流れが消えて、ヒットだけに時間が流れる。

ヒットが作り出せる〝自分だけの時間〟は僅か0.1秒。

しかし1秒以下の時の中で

数百発の拳の応酬が出来るこの世界の強者達からすれば充分に有利だ。

クウラの目・鼻・人中・首・心臓部・みぞおち・背に回って後頭部・腰部…

およそ急所と思われる部位に全力のパンチとキックを叩き込んでやる。

だが、そのどれもがまるで何処までも分厚く固く柔軟なゴムを殴っているようだった。

 

(な、なんという強靭な肉体だ…俺の拳の方が痛みそうではないか…!)

「…時間切れか」

 

大きな手応えを感じられぬままに時飛ばしのリミットが迫る。

ヒット以外の存在に時の流れが戻ってくる寸前…

ヒットはクウラのボディの強靭さを目の当たりにした以上の驚愕をすることになった。

 

「!!」

 

時の流れが戻る寸前、一瞬だが、クウラと目が合ったような気がした。

ヒットの時飛ばしの世界で、ヒットは確かに視線を感じたのだ。

クウラの赤い瞳がギョロリとヒットを見ていた…そう思えた。

残りの0.001秒でヒットは大きく後ろへ跳躍する。

間合いを詰めていたくなかった。

 

そして時が動き出す。

 

「なんだ?ヒットがいきなり退がった!?」

 

ベジータの目にはクウラに向かって走って近づいていたヒットがワープ(瞬間移動)で後退したように見える。

悟空や悟飯の目にも同様に写っていた。

 

「クウラも動いていねぇ…だが、何かあったな」

 

だが、その中でも悟空だけは何かを察する。

悟空の戦いの嗅覚が何事かを感じ取っていた。

 

「クウラさんが言っていた、時飛ばし…という奴でしょうか。

 名称からして時間操作系…ベジータさん、あいつを思い出しませんか?」

 

悟飯の推察もほとんど当たっている。

そうか、とベジータも感づき、そしてギニュー特戦隊の一人を思い出していた。

 

「グルドの野郎か!

 確かにグルド以外にも時間を操る奴がいても不思議じゃない!

 ヒットの動きの違和感…そうだ…グルドの時と似ていやがる。

 そういうことか…時間を止めているんだ…!」

 

外野陣による分析は進むが、当のヒットはそれについて当たりも外れも指摘しない。

そんな余裕は今、彼にはない。

顔面から幾筋かの血を垂らしながら不敵に笑うクウラを前に極度の緊張状態にあった。

(おもむろ)にクウラが口を開く。

 

「フフフ…時飛ばしか。面白い。

 …時の操作は高等テクニックだが…貴様は使いこなしているじゃないか。

 もっと使ってこい。それしかお前に勝つ道はないぞ」

 

「…お前の体の尋常じゃないタフネスは理解した。

 が、今の俺の攻撃が効いていないわけじゃないようだな」

 

クウラの鼻や唇の端から僅かに流れる紫の血の筋を見てヒットが言った。

 

「そうだ。お前は俺に血を流させるだけの力がある。

 全力で来い、ヒット。お前の力を俺に見せるのだ!」

 

クウラは言うと同時に地を蹴って加速する。

 

「…!(速いっ!)」

 

ようやく本格的に動き出したクウラの速さは、先までの試合で見せたものよりも数段速い。

あっという間に間合いを詰めたクウラが左腕だけで軽めの拳撃を連打する。

ヒットはそれを体よく捌くが、

 

(速度が…どんどん上がっていく!)

 

クウラのジャブは見る間に速度を上げる。

 

「うぐっ!」

 

やがてヒットも捌ききれずにとうとう一発を顔面に食らう。

クウラが軽めに放った左腕のジャブだったが、それでもヒットは大きく仰け反り数十cm後退。

それとほぼ同時にクウラも合わせて数十cm前進。

間合いを広げずに下段狙いの低空キックでヒットの足を取る。

横に払われたヒットの体が宙に浮き態勢が完全に崩れ、

彼の浮いた体をしなやかで太い鞭のような物が瞬時に巻き取った。

 

「ぬぅ!?」

 

ヒットの動体視力が悲鳴を挙げる速度でクウラの尻尾がヒットの首へ巻き付いていた。

そのまま猛烈なスピードでヒットは引っ張られ、

 

「ぐはっ!」

 

舞台に叩きつけられた。

間髪を容れず、クウラは無言のまま足裏でヒットの胸を踏みつけるのだった。

呻き、血を吹き上げるヒット。

クウラは執拗に、何度も何度もヒットの胸を足でストンピングし続ける。

 

「こんなものか、ヒット。

 時間停止も時飛ばしも、こうして肉体の一部を拘束されると途端に意味を無くす。

 止まった時間の中を動けても俺の尻尾を切断することも出来ないのではな…!

 もう貴様は逃げられんぞ!さぁ抗ってみせろ!」

 

そう叫び、一際強い力でヒットの胸を踏みつけたようとしたが、

 

「む?」

 

クウラの足は虚しく石畳を砕いただけだった。

一瞬ヒットの姿が揺らめいたように見えると

次の瞬間にはするりとクウラの尻尾から抜け出していた。

肩で息をし痛む胸部を抑えてはいるが、ヒットはまだまだ戦う意志を失ってはいない。

 

pipipi―

 

クウラにだけ聞こえるビッグゲテスターの電子音。

クウラの眼球内のビッグゲテスターが即座に今の現象を解析していた。

 

「なるほど…貴様の〝時飛ばし〟によって蓄積した時で、

 自分だけの時間流の空間を作り出した…

 お前は今そこに逃げ込み、また出てきた…ということか。

 まさかそんな異能まで持っているとはな」

 

揺らめくヒットの像とすり抜けの謎はあっさりと白日の下にさらされた。

ヒットは驚愕する。

今までの人生で驚いてきた回数を今日だけで超えそうだ。今日は驚かされっぱなしだった。

 

「初めてだな…こんなにあっさりと俺の能力がバレたのは。

 貴様は…何者だ。その強さ…洞察力…まさか、破壊神だとでもいうのか」

 

「フ、ハッハッハッ…俺が破壊神…?

 馬鹿な…俺はそんな程度で終わる男ではない。

 破壊神程度と評してくれるなよ…」

 

笑いながら、クウラが、ドンッという音と共に再び石畳を蹴って跳んだ。

 

「!!(くっ、やはり速すぎる!)」

 

ヒットの真横の石畳が、また弾ける。

再度ドンッという音が、今度は背後から。

次は、また目の前の石畳が衝撃音と共に抉れる。

 

(何という速さ…!だが、全く視えないわけではない!)

 

ヒットの長年の暗殺経験を元にターゲット(クウラ)の動きを予測し、

 

「…そこだっ!」

 

ヒットの高速の拳が透明な気弾となって敵へ飛ぶも、残念ながら掠りもしない。

小さく舌打ちし、外したことを残念がるも直ぐに思考を切り替える。

次は己に迫る高速のパンチを見、

直ぐ様ヒットは自分の実体を別次元へと潜行させて回避…しようとしたのだが、

 

「ぐ、おっ!?」

 

クウラの一撃はしっかりとヒットの実体を捉えていた。

ヒットの頬にクウラの紫色の拳が突き刺さり、吹っ飛ぶ。

数度、石畳にバウンドしてからヒットは即座に態勢を立て直す。

 

(何故だ…俺は確かに別次元に潜った筈…何が起きた)

 

ヒットの困惑は、どうやら僅かに表情に出ていたらしい。

クウラはそれを見抜き、

 

「分からんか。ならばもう一度食らわせてやろう」

 

言いながらヒットの目の前に姿を現した。

 

「うっ!」

 

ヒットの眼前。距離にして30cm程しかない至近距離。

反射的にヒットは再度、己を別次元へと潜行させた…

が、ヒットの顎にクウラの拳が直撃し彼の脳がぐらりと揺れた。

視界も揺れて、思考も霞がかってしまっては〝時飛ばし〟も異次元潜行もままならない。

アッパーで浮いたヒットの脳天にクウラが高々と蹴り上げていた脚の踵が迫る。

 

「がっ!?」

 

その一撃でヒットの頭蓋に(ひび)がはいる。それ程の衝撃だった。

再び脳が揺れて、ヒットは凄まじい嘔吐感にまで襲われてしまう。

舞台にめり込み、無防備になった背にさっきのようなストンピングの嵐が見舞われて、

ヒットはどんどん深く石畳にめり込まされていく。

 

「ぐ、がぁ…ッ!うぐ、あぁ…っ!!」

 

埋もれたヒットの首を、クウラはまた尻尾で締め上げるとそのまま持ち上げ…

そして再び石畳へとしこたま叩きつける。

何度も何度も叩きつける。

 

「う…ぐ…」

 

ヒットの意識は朦朧としていて相変わらず無防備なままに仰向けに倒れ、

そこにクウラの容赦ない追撃が迫る。

胸に脚がそっと置かれると…クウラは徐々に篭める力を上げていく。

ヒットが苦悶の声を挙げる。

彼の胸からメキメキと嫌な音が静かに聞こえてくる。

その様子を見ていた破壊神は大慌てだ。

 

「ああーーーー!!う、嘘だろ!

 俺の宇宙の、伝説の殺し屋が!百発百中のヒットが!!!

 クウラをぼこぼこにしてくれるって信じてたのにぃー!

 い、いや、まだわからん!がんばれヒット!負けんじゃ無いぞぉーー!!」

 

両拳を力強く握ってぷるぷるしながら熱の籠もった声援を送っている。

そんな主を見る天使の目は、まるで不出来な子を見守る母のように温かい。

 

「まぁ最初から結果は視えていましたけどね」

 

小声でボソッと呟かれたヴァドスの言葉は観戦に熱中しているシャンパには届いてはいない。

 

(…クウラは、あの時…ウイスがしてやられた時でさえ既に破壊神級の力を持っていた。

 それから一ヶ月…どうやら孫悟空の修行は、彼を一段上に引き上げてしまったようね。

 やれやれ…あの孫悟空とかいうサイヤ人…とんでもないことをしてくれたわ)

 

あの時クウラを生かす選択をした自分の判断も甘かったかしら、

と一瞬ヴァドスも思わないでもない。

が、天使は破壊神ですら敵わない上位種であり、

その中でもヴァドスは一際己の強さに自信を持っている。

実は天使は中立を絶対的に義務付けられている為自分から仕掛けることは出来ないが、

それでもいざとなればクウラ如きどうとでもなるという自負がヴァドスを楽観に導く。

 

試合を観戦している第7宇宙の面々も、クウラの戦慄する程の戦いっぷりには辟易するが、

それでも彼の強さにはかなりの信頼を寄せていた。

 

「あのヒットって奴も相当強ぇ…。けど、ちょっと相手が悪ぃな。

 …それにしてもオラ達、よくクウラに勝ったよなぁ。

 あいつ、オラ達と戦った時よりまた腕上げてんじゃねぇか?」

 

クウラの容赦の無さに眉を顰める悟空が、改めて一ヶ月前の自分達の偉業を感心する。

呑気な父の発言に悟飯が思わず、

 

「そりゃ強くなってますよ…父さんやベジータさんとあんだけ手合わせしたんですから」

 

溜息をつきながら突っ込まずにはいられなかった。

 

「おめぇだって手合わせしたろ」

 

「えぇ、危うく4回ぐらい死にかけましたけど」

 

「ははっ、まだまだだな悟飯!オラなんか6回は閻魔様の顔見た気がすっぞ」

 

物騒だがどこか牧歌的な親子の会話に割って入ったのはベジータの声。

 

「おい見ろ、ヒットめ…まだまだやる気らしいぜ」

 

フフンと笑いながら立ち上がった挑戦者(ヒット)を感心した様子で見ていた。

 

 

よろよろと立ち上がるヒット。

胸を抑えて苦しそうにしているが戦闘に支障はない…、

などというわけはない。

「がはっ」と吐血し、呼吸をするのもかなり辛そうだった。

 

「…大した奴だ。流石ではないか」

 

クウラが彼の健闘を褒め称えている。

 

「お褒めの言葉を、頂けて…ありがたい、な……ぐっ、う…」

 

ヒットの右手は紫の血で塗れていた。それはヒット自身の血ではない。

クウラの血だった。

 

「今の、俺の尻尾を切断した一撃は見事だった。

 あの殺気…あれこそがお前の真価。

 フフフ…流石は殺し屋……やはりこのような生温い大会等では、

 真の戦士の本領は発揮できんということだな」

 

ヒットの首を締め上げていたクウラの尻尾は先端数十cmが切断され、

その残骸は舞台の石畳の上で今もウネウネとのたうち回る。

ようやくダメージらしいダメージを与えられたことにヒットは幾分安堵し、

 

(…頭蓋骨に亀裂…胸骨、肋骨が折れ、肺にも骨が刺さっている…継戦は不可能か。

 いや…あと一回…〝時飛ばし〟をやれる!チャンスは…ゼロではない!)

 

お陰で己を鼓舞することができた。

だが呼吸をする度、ヒットの体力が激痛に奪われていく。

しかし、それとは真逆にクウラが負った傷…即ち切断された尻尾は、

 

「…な、なんだと…!」

 

驚愕するヒットの目の前で新たな先端部が生えてきてしまった。

そういえば最初の一撃で負わせた鼻血も唇からの出血も完全に治っているようだ。

 

「再生能力か…!この短時間に…なんという、治癒力だ…。フッ…こいつは困ったな」

 

ヒットが苦労して与えたダメージは、数秒とかからぬ内に完治してしまった。

冷静沈着なヒットが思わず苦笑いをしてしまう程に理不尽と言えた。

彼の笑みにクウラも笑って返し、

 

「どうする?まだやるか…ヒット」

 

余裕たっぷりにそう言った。

ヒットは睨み返す。

 

「…当たり前だ。俺は…受けた仕事を投げ出したことは、ない!」

 

言い切り、そして気を再度漲らせる。

時飛ばし発動。

ヒット以外の時間の流れが消し飛び、彼以外の全ては活動を止める。

だがボロ雑巾のようになるまで叩きのめされた今のヒットでは

最初のような超高速移動はもう出来ない。

 

(クソ…とにかく、今の全速力で接近するしかない…!)

 

速度は数段落ちている。

0.1秒という時間が、今のヒットには圧倒的に物足りない。

 

(振り絞れ…!0.1秒以上…!!

 せめて、0.2…いや、0.05秒でもいい、伸びてくれ!俺に時間を!!)

 

止まっているクウラの首筋に全力の…対象を殺すつもりの手刀を叩き込むしかない。

ヒットはそう考えた。

殺意を解禁した全力の一撃ならばクウラの強靭な肉体にも

大ダメージを与える事が出来るのは尻尾で証明された。

だが、恐らく尻尾と首ではクウラの気の防御力のレベルも違うだろう。

切断は出来ないだろうことはヒットも予測済みだった。

だがヒットはそれでもよかった。

寧ろルール的にはそっちの方が助かるのだ。

切断するつもりの全力の手刀ならばクウラに大ダメージを与え、

一矢報いるか…ひょっとしたら昏睡させて逆転K.O.を狙えるかもしれない。

ヒットはその可能性に全てを掛けて挑んでいた。

 

(0.08秒…く…まだ必殺の射程に入れん、か!間に合わん…!

 いや…止める!止めてみせる…!!俺はまだ…止められる!!)

 

0.12秒経過。

まだ、世界はヒットだけの時間だった。

 

(超えた!俺は0.1秒の壁を超えた…!この距離は、俺の必殺の距離!)

 

気の全てを右手を篭め、振り上げる。

その瞬間、ヒットの背筋に薄ら寒いものが走った。

クウラの赤い目がこちらしっかりと見ている。

 

「…フッ」

 

そして笑った。止まった時の中で表情変えて笑っていた。

ヒットを見ながら、確かに笑ったのだった。

 

(まずい!別次元に潜…ッ!―――――)

 

そこでヒットの思考はぷっつりと途絶えた。

顎に大きな衝撃を受けて、止まった時の中でヒットは宙を舞い…

舞台に倒れて彼は完全に意識を手放した。

 

クウラは、既に時飛ばしの知識を持っていた。

そこに、実際にヒットから時飛ばしを食らい、体感し…そしてクウラは学んでしまったのだ。

 

元々、クウラはこの時空に時を超えてやって来た。

ビッグゲテスターの時空観測(簡易未来予知)も前々から何度となく行ってきた。

そんなクウラだったからこそ飛ばされた時を感知し認識出来てしまった。

そして時間操作のコツまでも学習し、とうとうヒットの時間に介入してきたのだ。

 

ヒットは戦いの中で成長し、時飛ばしの時間も伸ばした。

だが、クウラもまた成長していた。

 

 

舞台が静寂に包まれた。

観客席では、破壊神シャンパがあぐあぐと口をパクパクさせている。

 

「勝者、クウラっ!!」

 

審判の勝利宣言がなされた。

 


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