ギルモア・レポート 黒い幽霊団の実態   作:ヤン・ヒューリック

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第三章 ガモ・ウイスキー 前編

ガモ・ウイスキーが祖国を捨ててブラックゴーストに所属したのは、ある人物との対立によるところが大であった。

 

悪名高き科学者にして、希代の詐欺師、トロフィム・ルイセンコである。スターリンの寵愛を受け、そのスターリンの死後政権を握ったフルシチョフのスターリン批判をも巧みに生き延び、フルシチョフからも寵愛を受けたことで知られるが、彼が詐欺師と呼ばれるのは彼が提唱した「ルイセンコ学説」である。

 

ルイセンコ学説の是非はこのレポートの目的ではないので簡潔にさせて貰うが、当時の東側陣営ではメンデルの法則による遺伝学が衰退しており、ルイセンコ学説による後発的な努力、あるいは獲得形質による進化論が台頭していた。

 

植物の春化などがその一例としてあげられるが、これは本来植物が持つ「低温状況に一定期間さらされることによって、開花能力が誘導される」という能力を利用した技術に過ぎない。

 

だがルイセンコはこれを進化と決めつけており、自ら新しい植物を作り出したと断言している。つまり生物の本質、形質は後天的な処理でいかようにもなるということである。

 

DNAの存在が立証された今日では、ルイセンコの学説は完全に否定されているが、それが発見されていない時代であってもルイセンコの学説には根本的な欠陥が存在した。

 

「そのような簡単な処理、簡単な手段で進化が促せるのであるならば世の中の生命体は皆新種の生物だらけになっているはずである」

 

 そう反論したのは、ソ連ソビエト科学アカデミー遺伝学研究所所長を勤めたニコライ・ヴァヴィロフである。

 

 実際、ルイセンコの学説では新種の植物を作り出すことは出来なかったが、平等を尊しとするルイセンコの学説はソ連上層部において定説とされており、逆にヴァヴィロフは収容所送りとなり餓死している。

 

ガモ・ウイスキーはヴァヴィロフの元で植物学、遺伝学を学んでいた。だが次第に人体に対する研究、その中でも脳に対する研究に興味を抱いたことで彼は脳医学へと進路を変えたが、ヴァヴィロフはそんな彼を多いに褒め称えており、自らアカデミーに推薦状を書いたという。

 

しかし恩師の投獄は彼にとって不運の始まりであった。ルイセンコは自らの学説に対して一切の反論を許さず、政治の力を利用し、対立者を強制収容所に送ることも辞さない人物であった。

 

そして、ガモ自身もルイセンコが恩師を投獄し、獄中死させた事に対する深い恨みを抱いており、ルイセンコに対して復讐を考えていた。その隙をつく形でブラックゴーストがガモを支援するにはそう深い理由は存在しなかったと言える。

 

当時のソビエトではルイセンコ学説の為に、遺伝形質を初めとする生物学の研究が大いに後退しており、医学においても下り坂に入りかけていたのである。ブラックゴーストはこのとき、あくまでガモに対して協力者という立場として実験データやそこから得られる情報解析などを求めていたに過ぎなかった。まだ彼らはガモを必要としていなかったのだが、次第に彼らはガモの研究が自らの目的にふさわしい代物であることに気づく。

 

そして、間接的な形で彼らはルイセンコと接触した。理由は「彼はあなたの地位失墜を狙っている」という忠告である。

 

ルイセンコはガモを追いつめる為にKGBと手を組んで彼個人に対してハニートラップをしかけた。彼の夫人はKGBに所属するエージェントであったのである。さすがのガモもこのハニートラップには気づかず、夫人を愛し、そして生まれてくる子供に対して自ら「イワン」という名を考えていたという。

 

そしてルイセンコは生まれてきた子供をあえて脳死状態にさせた。我が子を溺愛していたガモは自ら執刀手術を行い、息子を助けるべく今までの研究成果を元に脳手術を行うことで蘇らせた。

 

手術は成功したが、同時にそれは脳を改造するという倫理的に逸脱した研究の産物によるものであるとし、ルイセンコはそれを利用する形でガモを逮捕するべく早速手配するが、その前にブラックゴーストの手で夫人の正体を知ったガモは自ら彼女を殺害し、息子であるイワンと共にブラックゴーストへと逃亡した。

 

そして彼はミュータント計画を実行に移したのであった


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