ファンタシースターポータブル オリジナルストーリーズ 作:きりの
「……ねぇ、本当にこっちで合ってるの?」
「さっき見回りしてたときに一つ見つけたんだ。方向は合ってるから、もう少し頑張って。」
疑問の声を上げたエミリアをなだめたのは列の先頭に立つリィナだ。まぁ他に頼れるものも無いし、とエミリアもそれ以上は黙ってついていく。
草木が擦れ合う音や独特の青い匂いに囲まれる熱帯雨林、その中にエミリア達はいた。時折響く獰猛な原生生物達の声がエミリアをなじる。おまけに不快な蒸し暑さに支配されており、エミリアの体力はまだ10分程しか歩いていないが、着実に奪われていた。大体、こんな中では、目印も何もないのではないかとエミリアは止めどない不安に溜め息をつく。そんなエミリアを見かねたように、
「水飲む?エミリア?」
「うー、のむ……ありがと、ネロ。」
「モノメイトもあるよ。」
「うぇ。それはいらない……ってか、あんたもよくそんなの食べる気になるよね……」
モノメイトは、いわゆる携帯食料の一種で、『飲むゼリー』のような食べ物だ。傭兵などが現場で手軽に摂取する為に生まれたもので、当然栄養などは豊富に含まれているようだが、何分エミリアは味が好みではない。何とも言い難い薬品臭さが苦手なのだ。しかしこれは稀な例なようで、
「おいおい、それでも傭兵か?モノメイト食えねぇ奴なんて聞いたことねぇぞ。」
というトニオの非難も珍しくない。というか、一応でも傭兵なエミリアで言えばもっともである。とは言え、言われっぱなしも癪だ。
「だってまずいじゃん!もっと色んな味でつくってくれればいいのに。」
「好き嫌いは激しいし、体力はねぇし、ネロも苦労するよなー。」
「え?あぁ、いや、僕は別に…」
「何よ。こいつだってさっき宇宙船で…」
「そういやネロ、さっきから思ってたんだが……お前どっかで会ったことないか?」
トニオが軽い調子で話を変える。エミリアも軽く抗議してみたが聞いてくれる気配は無い。
と、一方ネロはこれが一大事だったようで、
「え!?今なんて!?」
珍しく取り乱して、素っ頓狂な声を上げるネロにエミリアも驚く。
「僕にあっ、会ったことが、……見覚えがあるんですか!?」
「お、おい、落ち着けよ。どうしたんだ、急に。」
「ごめんなさい、でも、いやそんなことより!あるんですか!?僕の顔に見覚えが!?」
「いや、だから俺が質問したんだが……思い出せねぇんだよな。見た覚えがあるような…そのオッドアイ、コンタクトレンズで色を変えてるのか?取ればわかるかもしれねぇ。」
「…これは、裸眼らしいんです。珍しいけど、天然の目の色素だそうで…」
「マジかよ!?……いやわりぃ。それなら多分、俺の知り合いじゃねぇな。」
「そんなっ……もっとよく見てください!!ちょっと見かけた程度でもいいんです!!」
「いや、だからわからねぇよ。さすがにそんな珍しい目の奴がいたら覚えてるさ。少なくとも俺の知り合いにはいない。」
「ですからっ!……いや、そうですよね……急にすみませんでした。」
トニオにきっぱりと言われ、肩を落とすネロ。無理もない、とエミリアも思う。だってネロは……
「ハァ……一体なんだってんだ?尋常じゃねぇ雰囲気だったが……ワケありか?」
「実は……ネロ、記憶喪失なの……半年前より以前のことが全然思い出せないんだって。」
意気消沈してしまったネロに代わってエミリアが答える。答えながらエミリアは思い知らされた。ピンと来ていなかったが、ネロは自分が何者なのかすらわからないほど記憶が無い。それなのに一人で半年程も生きて来たのだ。その孤独は、そしてエミリアはそれを突き付けられてなお、寂しいと思った。あたしは、こいつのこと、何も知らないんだ。
「記憶、喪失……そうか。いや、悪かった。そんなつもりはなかったんだ。でも…」
「お取込み中のところ悪いんだけどね……ちょっと、加勢してもらえるかい…?」
おずおずと割って入って来たのはリィナだ。エミリアもハッとして辺りを見回す。そういえば、やけに周りが静かになった…?
「う、嘘でしょ……?この、まわりでにらみをきかせてるの、全部ここの原生生物……?」
妙に丸っこい影がいくつも周囲に並び、それぞれが黄色い目を覗かせている。そしてその奥にはもっと巨大な何かが潜んでいるようだ。獲物に狙いを定めて息を殺すその様が、エミリアに嫌な汗を吹きださせる。
「あたいも気づくのが遅れたよ……どうもヴァンダの群れに目をつけられたみたいだね。しかも、あの奥の方で睨みをきかせてるでかいのはドルァ・ゴーラだ。二人とも、戦える?」
「う、うん。多分、どうにか…」
「僕も、大丈夫です。」
ネロも、先程かなりショックを受けたようだったが、打って変わってはっきりと答えた。いつの間にやら既に彼の
「状況が悪ぃな……ヴァンダくらい大したことはねぇが、数が多い。しかも囲まれてるときた…俺が切り込むから、3人はそのサポートを頼む。」
自分の
「じゃあ……始めるぜ!!」
と鼓舞するように言い放つと群れの中に飛び込んだ。待ってましたと潜んでいたヴァンダ達が一斉に飛び出し、吠える。さらに応じるようにトニオの後ろから飛び込んだのはリィナだ。
現れたヴァンダは(エミリアも初めて実物を見た)二本足で立つ平たい顔の猪のような姿の生き物だ。天を突く下顎の立派な牙と、手の甲から伸びるこれまた太い角が特徴である。
「エミリアは僕の後ろに!」
続いてネロがそう叫んでエミリアをトニオ達と自分で挟むように押しやって、背を向けて立つ。四人の背後から迫るヴァンダを迎撃する構えだ。パッと見で数えられないほどのヴァンダが飛び出すが、しかしやはりネロの方が速く、その実体剣が数回閃いたかと思うと、一斉に細切れの肉片になってしまった。
突っ込んでいったトニオの方はと言えば、こちらも身軽に立ち回ってヴァンダ達を翻弄し、襲い掛かるその角を的確に躱し、切り裂いていく。その背を狙うものをこれまた的確に捌いていくのは、
「
振り抜いた
「いっけー!!」
しかし、生まれた炎は、かの巨大
「下がってて、エミリア!」
足手まといと言わんばかりに声をあげたのは、その転んだヴァンダごと周りの個体まで一振り(に見えた)でズタズタにしたネロである。エミリアの心も一緒にズタズタだ。
エミリアがいじけている間にも、前で荒らしにかかったトニオ達のおかげでヴァンダの方はあらかた片付いたようである。その奥で、静観していたドルァ・ゴーラが一頭。
ドルァ・ゴーラは巨体だ。竜の頭を持つワニといった見た目をしており、硬い皮膚とズラリと並んだ鋭い歯が特徴である。だが本当に危険なのはその顎ではなく…
「危ないトニオ!」
青ざめて叫ぶリィナ。
「ドルァ・ゴーラの口から火が!!」
しかしそれも時すでに遅し。ヴァンダの乱戦からじっくりと狙いを定めていたドルァ・ゴーラは、口に大量の炎を蓄え、丁度
「エミリアァ!!!」
ネロが目を配せて叫ぶと、真っ白だったエミリアの頭が働き出す。が、あたしに止めろっての!?
否、考えている暇は無い。もとよりあたしには……!!
「ええい、これしかない!!
無我夢中で杖を振る。あたしの貧弱な火の玉でも、ぶつけて少しでもあの炎を弱めることができれば……!
が、杖の通過した目の前の空気から、ゴォッ!!と生まれたのは爆炎だった。先程のヴァンダを転ばせた火の礫などとは比べ物にならない。巨大
「いける……!!お願い、トニオ達を守って!!」
呼びかけに応じるように爆炎はドルァ・ゴーラの火炎と衝突し、相殺してみせた。爆音が轟き、ドルァ・ゴーラがひっくり返る。
「す、すげぇ……今の、本当にエミリアがやったのかよ…?……っと!」
自分が命の危機に曝されていたことも忘れ、目をまん丸く見開いて立ちすくんでいたトニオだったが、ドルァ・ゴーラが元の姿勢に戻って一度吠えたのを合図に我に返って構え直す。しかし、ドルァ・ゴーラがその目で睨んでいるのは……
「えっ…?あっ、あたし!?」
言うが早いか、標敵を変えたドルァ・ゴーラはもう一度吠えると土煙を上げ、エミリアめがけ突進を始めた。あっという間に心臓が早鐘を打ち始める。エミリアはもう一度
「や、やってやろうじゃん……みてなさい、フ……」
と、するっ、と手元が狂い、エミリアの
「俺を無視とはいい度胸だ。」
そして、ドスッ、と、
突進が止まった。否、止められた。
間に割って入った、トニオによって。
「う、受け止めた!?」
トニオは小柄である。なんならエミリアよりも小さい。その彼が、巨体ドルァ・ゴーラの鼻っ柱に食らいつくように組み付いている。異様としか言いようのない光景だったが、実際にドルァ・ゴーラはそれ以上トニオを押し潰すことも、振り払うことも出来ずにいた。両者に一層、ぐぐぐっと力が入る。ドルァ・ゴーラが唸る。そして、
「
ぐりんっ、と巨体が捻られ転がる。鱗の少ない腹を曝したその姿は、もはや抵抗のできないことを意味している。
「今だ、リィナァ!!」
「はぁぁぁぁぁっ!!!」
気づけばトニオの背後に控えていたリィナが、すかさずその手の
「これが……
それは、エミリアの口から自然と漏れた呟きだった。
「大丈夫か、エミリア?」
「う、うん。ありがとう。…でもまさか、あんな大きいのを一人で投げ飛ばしちゃうなんて…」
「ちょっと小さいからって舐めるなよな。あのくらいなら屁でもねぇぜ。」
「何言ってんだか。エミリアがフォイエで助けてくれなきゃ危なかったじゃないか。」
胸を張るトニオをやれやれ、とたしなめるリィナ。なんとなく、エミリアは羨ましいと感じていた。
「けど、
後方で戦っていたネロも戻って来た。
「お前だって、記憶が無いってわりには中々の戦いっぷりだったんじゃねぇか?…エミリアもありがとうな。リィナの言う通りだ。フォイエ、助かったぜ。」
照れたように笑うトニオ。…そうは言っても無我夢中だったし、その後のトニオとリィナがすごすぎて全くお礼を言われる実感がないのだけど。
「しかし、ドルァ・ゴーラはともかく、あのヴァンダって生き物はあんなに好戦的なのでしょうか……あまり戦闘馴れしたようには見えなかったのですが……」
ネロが口に手を当て、呟くように言う。
「言ったでしょ。原生生物がやたら凶暴だったって。……早く奥へ行って原因を……あ、ほら見て!」
そう言ってリィナが指さしたのは、何の変哲もない……否、何か文字のようなものが刻んである岩だった。
「……なにこれ?何か刻んである……?」
「カーシュ族の目印だよ。刻んであるのは彼らの文字。ちょっと癖のある文法をしてるけど、あたいは一通り勉強してきたから、一応読めるはず……えー、『我らが一族に道を示す』……?これだけ?」
首を傾げるリィナ。トニオが後ろから声をかける。
「わかりづらいけど、この岩の向こう、道になってるな……こっちへ行けってことじゃねぇか?」
しかしながら、エミリアはリィナが読んだ目印の方が気になっていた。…これがカーシュ族ってヒト達の文字。恐らくそれぞれが意味を持っていて、でも象形文字っぽくはないんだよなー……だったら…いや、なんにせよ、これだけじゃ短過ぎてわからな…
「エミリア?」
「へっ!?…な、なによネロ?急に話しかけないでよね!!」
「いや、だから先へ進もうって…」
集中すると周りが見えなくなるのは、全くもって、あたしの悪い癖である。