Fate/GrandOrder ~憎悪と慈愛と復讐の救済を~   作:三枝 月季

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狂い始めた歯車

英霊(サーヴァント)を召喚するだあ!?」

「ファッ!!」

 

 キャスターの大声に、フォウが毛を逆立てて私の肩に飛びついてきたので、私は彼を安心させようと、その首元を撫で付けた。暫くすると、落ち着きを取り戻したのか、視覚的に大きくなっていたその身体が、元の大きさへと戻る。

 

「ええ、何か問題でも?」

「いや、問題も何も。アンタには既にサーヴァントがいるだろ!?」

「ドクターのお話を聞きましたよね?マシュは正当な英霊ではありませんよ」

 

 それを見届けてから、キャスターの質問に答えれば、至極真っ当な意見が返って来たので、訂正がてら、マシュについて言及しておく。

 

「……まあ、この際それはいいわ。とにかく、サーヴァントの二体持ちなんてやめとけよ。喚び出した英霊が、必ずしもマスターに従順とは限らねえんだ」

「ご自身を数の内から抜いてしまっていますよ?厳密には、三体目を喚ぼうとしているところです」

「…………喚んだのが、バーサーカーみたいな手に負えないヤロウだったらどうする?」

 

 見るからに揚げ足を取るような私の語りにも、鷹揚な態度を崩さないキャスターの様子が、私の中に深く根付いた警戒心を煽る。

 

「その時は貴方とマシュで叩き伏せるか、最悪、令呪(これ)を使用して凌ぎます」

 

 顔の高さに右手の甲を挙げる。刻まれし赤い八角は二つに数を減らしてはいたが、減らしたが為に、私はそれ(・・)を理解できていた。

 

「………………喚んで、順当に契約もこなせたとする。だがそのあと泥に汚染されそうになったら?」

「その時もやる事は一緒でしょう。当人には悪いですが、速やかにご退場頂くつもりです」

 

 私の話を吟味しつつ、右手を睨みながら唸ったキャスターは、最終的には私のやり方に従う事にしたようだった。

 

「……はぁ~、なら最後に、これだけは聞いておこう。アンタがこのタイミングで新たな英霊を欲しがった。その本当の目的(理由)は何だ?」

 

 嘘や偽りの回答は許さない。とばかりに、キャスターの双眸に凄味が増した。明らかに変貌したその雰囲気に、殺意は感じられないまでも、限りなく殺気に近しい空気にあてられたのだろう。私の肩に乗ったフォウが、セーラーの襟に隠れるように、頭を潜り込ませた。

 

「…………私、貴方みたいに勘の働く人は嫌いじゃないです。けれど、使い魔(サーヴァント)としては、欲しくはないです」

 

 決して、彼に落ち度があるわけではなかったけれど、相性の問題なんて、大概そんなもんだろうとも思う。好き嫌いの感情はいつだって、一方的で曖昧なものなんだし。

 

「ふん、そうかよ。そいつぁ、残念だ」

「白々しいですね。まぁいいでしょう。お答え致します」

 

 交錯していた私とキャスターの視線が、同時に特定の方向へと逸れる。

 

「三体目を無事に迎えられれば、ですけどね……」

 

 私の瞳には、百鬼夜行の如くに此方へと迫る。死屍累々の姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Grrrrrr……Zuaaaaaaaa……」

「ヒィッ!!」

 

 いつの間に囲まれていたのか。背後から迫った骸骨兵相手に、私を盾に使う事で応対する所長の図太さ、流石である。

 

「しょ、所長、わたしの後ろに!!先輩も!!」

 

 所長の震えと、マシュの焦燥に駆られた声に気付いていながら、迫りくる凶刃に私が反応する事は最後までなく、振り上げられた刃の煌めきは、瞬く間に灰燼と化す。火柱の中で一瞬、悔しそうに伸ばされたように見えた白骨の手には、思わずと、救いの手を差し出したくなるほどの哀愁すら感じられた。

 

「なぁ、オレの勘違いじゃなければ、アンタ、骨に好かれすぎじゃねぇ?」

「……出来れば指摘しないで欲しかったわ」

 

 燃え尽きた火柱の向こう側で光る紅玉に、非難の色が混じっているような気がして、私は、動揺を隠すように目を伏せた。

 

「まぁ、でも、こんだけ集まれば十分かもな」

「はあっ?」

 

 瞬間、キャスターが溢した意味深な文言に、所長が間の抜けた声を上げる。反射的に上がった私の視線は最早、キャスターを睨み据えていた事だろう。

 

「お嬢ちゃんは宝具が使えないんだろ?」

「っ、それは……」

 

 急に話を振られる形になったマシュの肩が跳ねる。

 

「マスターは気にしていないみてぇだが、サーヴァントなら宝具は使えるに越したことはねぇ、オレでよけりゃあ、特訓に付き合うぜ?」

「本当ですか!?是非っ!!お願いしますっ!!」

「ちょっと待って、私はマシュに――」

「マスター。お嬢ちゃんが(・・・・・・)こう言ってるんだ。少しばかり、寄り道しても構わねえな?」

 

 堪らず、両者の会話に割り込んだ私へと、キャスターの意識が向く。何てことはない口調だが、その声音には有無を言わせぬ強さがあった。

 

(この男……)

 

「……純真なマシュをからかわないでくれる?」

 

 固く握り込んだ拳が震える。どうにも感情が上手く纏まらなかった。

 

「なに、ただの特訓だ。すぐに終わる。それにオレはキャスターだぜ?治療なら任せておけ」

 

 そんな私に気付いていたのだろう。すれ違いざまに私の肩に手を置いたキャスターは、そう囁いた。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 妙な小娘だと思った。第一印象(見た目)だけなら、地味でおとなしい美少女然としているが、その雰囲気は、オレが盾のお嬢ちゃんのケツを触ったあたりから、如実に刺々しいものへと変貌した。

 

 いや、変貌っていうよりは寧ろ、こっちが素なんだろう。そんな最初の違和感には、二重人格(裏の顔)を邪推したが、どうにも腑に落ちない。そこまで考えて、オレはマスターとなった少女を観察する。身体は貧相(まだまだガキ)だが、その姿形は確かに女だ。けれど、この仮初のマスターには、女のくせに女ではないような錯覚を覚えるのも、確かな事だった。それも、碌でもない類の男の影を――

 

『珍獣を見るような目で、私を見るんじゃないキャスター。あまりいい気はしない』

 

(珍獣、ね)

 

 突然念話で話かけてきた件の少女は、やはりと言うか、此方を視界に入れてはいない。無論、悟られるようなあからさまな動きをした覚えもない。それだけでも、少女を異質と断言するには、充分と言えた。

 

『存外、鋭いなマスター』

 

「おらっ!!気ぃ抜くなよ、お嬢ちゃん!!」

「っ――!!」

 

『その言葉、そっくりそのままお返し致しましょう。キャスター』

 

「マシュ!!見た目に惑わされてはダメよ。燃えていない(・・・・・・)個体のほうが、動きに隙がない」

「はいっ!!」

 

 そうして、指示を止めないマスターと、雑兵を誘導する手を緩めないオレの会話は、人知れず進んでいく。

 

『…………なぁ、アンタ、人の上に立った経験は、今回が初めてじゃないだろう?』

『……何故、そう思ったのですか?』

『いや、別に。理由なんて大それたもんはねぇよ。ただ、アンタを見てたらなんとなく(・・・・・)、そう思えただけだ』

 

 的確な指示。というには、まだ粗削りだが、正確に状況を判断し、立ち回るマスターの姿には、荒事に慣れた空気を感じずにはいられない。それが仮に、危機的状況に陥った事で開花した才能だとしても、板につくのが早すぎる。

 

『つまりは勘だと?』

『まぁ、そういうこった』

『キャスターの英霊なだけはありますね。流石の観察眼です』

『褒めんなよ、照れんだろ?』

 

 そこで念話のパスが途切れた。まるで、もう話す事はない。とでも言わんばかりに、だからこそオレは気付かなかった。念話を切るその一瞬、マスターの仮面が剥がれていた事に。

 

「なんとなく……か」

「先輩ッ!?」

「いや、何でもないよマシュ。所長は援護を、左の個体は私が引き付けます」

「なっ……なんでこんな事になって――ヒィッ!!」

「所長っ!!」

 

(あっ、やっべ!!)

 

 お嬢ちゃんの悲鳴に意識を戻される。オレとしたことが、マスターに集中しすぎて、不味い状況を作ってしまった。ただまあ、キャスタークラスはこういう時便利だからな。

 

「アンサ――」

「嘆く暇がおありなら、知恵を絞って下さりませんか所長!!」

 

 が、俺が行動するより先に、白髪の女に迫った骸骨の腕が砕け散り、数瞬遅れてオレの業火がその個体を捉えた時には、マスターは女と共に既に退避を完了していた。

 

「あなたは順応しすぎなのよっ!!」

「バッカ、おまっ……ギリギリだったぞ今の、肝が冷えたわ!!」

 

 瞬間、爆炎から庇われるように押し倒された女の叫びと、オレの怒号が重なる。

 

「……ッ、ハァ。それは、こちらの、台詞、です。今のはどう見ても、貴方の監督不行き届きです。戦場を修練の場に設定する事が、どれだけ危険だか分からない貴方ではないでしょう!?それとも何です?貴方の目的は別にあるのでしょうか!?」

 

 対して、息を切らせたマスターは、手を貸そうとしたオレの手を払うと、金属バットを支えに立ち上がり、そのままオレを親の仇が如くに睨みつけた。

 

「……ああ、悪かった。確かにさっきのはオレの落ち度だ。言い訳はしねぇよ。が、誓って他意はねぇ」

 

 マスターの言い分は分かる。だから素直に否は認めるが――

 

「けどよ。正直なところ、お前さんが動かなくても間に合ったぞ?」

 

 続く、オレの発言に、何故かマスターは蠱惑的な微笑みを浮かべた。

 

「あら?それは心外ですね。貴方が私に見とれたせいで(・・・・・・・)、人が死にかけたのですよ?自らの不始末を贖って(・・・・・・・・・・・)、何がいけないのですか?あまり私を逆撫でしないで下さいます?」

「……ハッ、なるほど。気付いちゃいたが、アンタ相当屈折してんな」

「別に嫌なら嫌で結構ですし、その時はその時(・・・・・・・)です。けれど、撒いた種はきちんと刈り取ってからにしてくださいね」

「まさか、寧ろ、その容赦のなさ(気の強さ)は買うぜ?」

 

 だがまあ、このマスター()の場合、それは性格的な要因というよりも、環境的な要因からくるもん(気の強さ)だろうが。

 

「今の会話のどこに喜ぶツボがあったのか、全く分からないんだけどっ!!」

「ご安心ください、所長。わたしにも何がなんだか……」

「……女を見る目がないのか、単に趣味が悪いのかは知りませんが。貴方、碌な死に方してないでしょう?」

 

 三者三様に、繊細な容姿を持つ女達が感想を述べていく姿は、此処が戦場である事を忘れさせる引力を有している。

 

「さあ?どうだったけかな?」

 

 そうして、図らずも戦場の乙女たちの興味関心の的となったオレではあったが……

 

「……にしても、これはちと集め過ぎたかねぇ」

 

 その事で悦ぶには、現場はあまりにもむさ苦しかった。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

「限界、です――これ以上の連続戦闘、は――すみません、キャスター、さん――」

 

 盾を支えに、マシュが荒い息を吐き、時折苦し気に咳き込んだ。だがそれもそのはずだろう。私と所長を庇いながら、文字通りにキャスターが焚き付けた骸骨兵の大群の殆どを、一人で相手取っていたのだから。

 

「こういった、根性論では――なく、きちんと理屈にそった教授、を――」

「――分かってねえなあ。コイツは見込み違いかねぇ。まあいいか、そん時はそん時(・・・・・・・・・)だ。んじゃあ、次の相手はオレだ」

「え――――?」

「味方だからって、遠慮しなくていいぞ。オレも遠慮なしでマスターを……殺すからよ」

 

 そう低い声で宣言したキャスターの瞳に曇りはない。この男は自身の発言を曲げるような事はしないだろう。つまりは私と一緒で、非情になる時はいっそ清々しいほどに、徹底できるという事だ。

 

「っ……!?」

「なに言ってるのアナタ、正気!?この訓練に彼女は関係ないでしょう!?」

 

 マシュの声にならない悲鳴と、震えの混じった所長の問いかけが響く中、私は何処か懐古的な安堵を覚え始めていた。

 

「サーヴァントの問題はマスターの問題だ。運命共同体だって言わなかったか、オレ?」

 

 研ぎ澄まされた鋭利な眼光で所長を黙らせたキャスターは、最後に私を視界に捉えた。

 

「おまえもそうだろ、マスター?お嬢ちゃんが立てなくなった時が手前の死だ」

「いいえ、それは語弊があるわキャスター。私が倒れた時が全ての終わりよ」

「……ああ、そうかよ。不器用な女だなアンタ」

「……そういう貴方は酔狂な伊達男ですね」

 

 合わせ鏡の様に、私とキャスターの口元が弧を描く。

 

「……!!マスター……下がって、ください……!!」

「……マシュ」

「わたしは――先輩の足手まといには、なりませんから……!!」

 

 そう宣言して、矢面に立ち盾を掲げる健気な少女の闘志が、私にはとても眩しく見えた。

 

「そうこなくっちゃな。んじゃあまあ、マトモなサーヴァント戦といきますかッ!!」

 

 マシュの盾にぶつかり爆ぜた火球の火花を目くらましに、此方へと迫るキャスターは、どこか猟犬じみていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 冬木の心臓部、汚染された聖杯を守るかの様に一人の人物が居た。全身を隈なく漆黒の甲冑で身を固めたその者は、鎧と同色の剣を地に刺し、自身もまた、剣と一体となったかの様に動かない。

 

 ただし、夜の帳に溶け込む色彩を纏いながらも、兜を被らない事で晒された、色の白い中性的に整った面立ちと、時折吹く風に乱される金の頭髪が一際目を引く。年の頃は十代半ばと言ったところか。身体つきを見ても、まだ成長しきっていないように思われた。が、そんな容貌に反し、威風堂々とした雰囲気を醸し出すその姿からは、支配階級としての風格が滲み出ており、かの者が只者ではない事を知らしめている。

 

「寝首でも掻きに来たか?アーチャー」

 

 瞬間、瞑想するように閉じられていた瞼に彩られた金が微かに震えた。見開かれた瞳もまた、映える様な金である。物騒な内容を誰にともなく投げかけた声は、硬く尖ってはいるものの、重低音というには軽やかに辺りに響き渡った。

 

「……まさか。既に私はセイバー、君に敗退した身だ」

 

 一抹の静けさの後、姿を現したアーチャーと呼ばれた白髪の男は、わざとらしく肩を竦めて自嘲気味に笑う。対して、セイバーと呼ばれた性別不詳の黒騎士は、相変わらず直立したまま、無粋な来客を咎めるように目を細めた。

 

「まぁ、別に大した用ではないのだが、一応、耳に入れておくべきかと思ってね」

 

 そんなセイバーの無言の圧力に、アーチャーは上官へと戦況報告をしに来た兵士のように切り出した。

 

 一見した限りでは、両者の力関係は体格差で勝るアーチャーに分があるように思えるのだが、事実とは時に想像を凌駕するものである。

 

 少なくとも、元々は敵対関係にあったかのような彼らが、どのように今の形に落ち着いたのか、第三者が簡単に推し量れる類の代物ではなさそうであった。

 

「あの男の事か?」

「いや、新手だ」

「フッ、抑止力でも働いたか?」

「どうだかな。ただこの状況でハンデを背負って(・・・・・・・・)現れる抑止力など、物好きもいいところだ」

 

 どことなく、挑発するような口ぶりでセイバーが鼻を鳴らし、アーチャーはニヒルな笑みを浮かべると、皮肉るようにそう続けた。それはまるで、気心の知れた悪友同士が悪戯の計画を練るような会話であり、現に「ほぅ」と、感嘆の声を挙げたセイバーは、新しいおもちゃを見つけて喜ぶ幼子のように、怜悧な美貌を愉しげに緩ませている。

 

「……残念ながら仕留め損なったよ。今頃、あの男が唾を付けているだろうさ」

 

 しかし、セイバーとは対照的に、アーチャーは「あの男」の部分で、あからさまに眉を顰めた。心なしか、その口調もどこか刺々しい。

 

「雑魚が束になったところで何になる?私は私のすべき事をするだけだ」

 

 対して、アーチャーの様子に気付いているのかいないのか、セイバーは何処までも冷ややかに嗤う。暴君のような宣言は、驕りよりも彼女()の自信の高さを感じさせた。

 

「負けず嫌いは結構だが、油断はするなよ。セイバー」

「他人の心配を出来るような立場か?アーチャー」

 

 刹那、金の瞳と鷹の目が交錯し――

 

「それもそうだな。まぁ、せいぜいオレはオレの出来る事をするさ」

 

 そのまま、両者はすれ違う。そして、恐らくその道は二度と交わる事はない。そう予感させるには充分だった。

 

「…………アーチャー」

 

 ふと、永別の空気にあてられたのか。振り返る事なく、セイバーがアーチャーを呼び止めた。

 

「なんだね」

 

 アーチャーも微かに首を動かしただけで、振り返る事はしない。

 

「……キャスターによろしくと伝えておけ」

 

 少しだけ間をおいて語られたのは、別れを惜しむにはあまりに簡潔な言伝。

 

「……ああ、分かったよ。君も武運を、アルトリア」

 

 だと言うのに、アーチャーの返答にはどこか、親愛を感じさせる響きがあった。

 

「………………因果なものだ」

 

 来訪者の気配が完全に失せた折、(彼女)の口から憂うように落とされたその言葉に、どんな意味(心情)が込められていたのか、誰にも知られる事はない。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 力量の差、決まり手の有無、加えて、攻守までもが判然としている戦いが、一方的な展開となるのは決まり切っていたようなものだし、連戦続きのマシュの体力の消耗が激しいのも明白だった。

 

「ハァ――ハァ――ハッ――!!」

「おう、そろそろ仕上げだ!!主もろとも燃え尽きな!!」

 

 何より、悠長に獲物が弱るのを待ってくれるほど、キャスターは甘い男でもなかった。

 

「我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める社――」

「ぁ――あ」

「倒壊するはウィッカー・マン!!オラ、善悪問わず土に還りな――!!」

 

 キャスターが宝具を開帳する。焔にまかれた巨人が道連れを求めて迫りくるのを、私は他人事の様に眺めていた。去来した感情の中に恐怖は微塵もなく、ただ、美しいものを見たのだ。という実感だけが、意識の深いところを切り裂いた。

 

「ああ、ああぁあああ――!!!!」

 

 その瞬間、目も開けていられないほどの光が満ち、どこか遠く深い場所から、産声が聞こえたような気がした。それは生を叫ぶ魂の声であり、同時に死を獲得した確信を謳っていた。まるで、人間の不完全性から生じる無限の可能性を謳っているかのような悲鳴だった。

 

 だと言うのに、だからこそ、私は思わずにはいられなかった。

 

 間に合わなかったのだと――

 

 光が収束し視界が戻ると、そこは変わらず焼け爛れた戦場でしかなく、唯一の違いと言えば――

 

「あ……わたし……宝具を、展開できた……んですか……?」

「――ヒュウ。なんとか一命だけはとりとめると思ったが、まさかマスターともども無傷とはね」

 

 死体が増えていない(誰も死んでいない)事。ただ、それだけの奇跡だった。

 

「喜べ……いや、違うか。褒めてやれよマスター。アンタのサーヴァントになったお嬢ちゃんは、間違いなく一等級の英霊だ」

「先輩……わたし、いま……!!」

 

 キャスターの賛辞に、興奮気味に此方を振り返ったマシュは、何故か私と目が合った瞬間に、その表情を一変させた。

 

「……ええ、頑張ったわね。って、マシュ?」

 

 慌てて近づいてきたマシュの掌が、私の頬を拭うように包んだので、私は呆気にとられながら彼女を見返した。しかし、私の顔を不安そうに覗き込む彼女は何も言わない。ただ、その瞳の中に映る少女(わたし)の頬が濡れているのに気付いて、知らず閉口した。

 

 そのままどれくらいそうして見つめ合っていただろうか、きっと、大した時間ではなかったとは思うのだけれど、私が何も言わないせいで、マシュが辛そうな表情を見せるのに耐えきれなくて、でも、何を話すべきか迷った私は結局、何も言わずにただマシュを抱きしめる事しか出来なかった。

 

 鎧の下の彼女の細い身体は微かに震えていて、私は寝付けない幼子をあやすように、彼女の頭を撫で付ける。

 

「大丈夫、大丈夫よ、マシュ」

 

 何が、とは口にしなかった。元々安全とは保障が効かないものだから。私の慰めはいつだって虚言(そらごと)に過ぎない。でも、残酷な真実よりは人様に好まれる代物である事は、うんざりするくらい知っていた。

 

「フォウ、フォーーーーウ!!」

 

 私の肩からマシュの肩へと移動したフォウも、私に加勢するように元気に鳴き、その声に背中を押されるようにマシュが顔を上げる。

 

「……その、すみません、有難うございます。お二人とも」

 

 少しだけ恥ずかしそうに頬を上気させたマシュに、謝る必要はないのに。と、笑えば彼女の表情も幾分か軟化した。

 

 それに伴い、静かに成り行きを窺っていた様子の外野からも、ちらほらと感嘆する声があがり始めた。

 

「……驚いたな、こんなに早く宝具を解放できるなんて。マシュのメンタルは、ここまで強くなかったのに……」

「そりゃあ、アンタのとらえ方が間違ってたんだよ。お嬢ちゃんはアレだ。守る側の人間だ。鳥に泳ぎ方を教えても仕方がねえだろ?鳥には高く飛ぶ方法を教えないとな」

 

 得意げに、此方に同意を求めるように笑うキャスターには、文句を返したいのが本音だが、それは同時に、マシュの頑張りを否定する事にも等しい為に自重する。

 

「だがまあ……それでも真名をものにするには至らなかったか」

 

 ただ、彼にとってはイマイチ物足りない結果でもあったのか、その口調には歯痒さが滲んでいるようにも見える。

 

 アレでまだ足りないとか、どんだけ脳筋なんだこの男は。素人目から見ても、現状の彼女では、アレで精一杯なのは明白である。

 

「あ……はい。宝具は使えるようになりましたが、まだ宝具の真名も、英霊の真名も分かりません……」

 

 折角の感動的な出来事に、水を差すかのようなキャスターの一言で、マシュが申し訳なさそうに表情を崩した。

 

 私も私で、こういう時に気の利いた言葉を思いつかないところ、大分コミュ障を拗らせてるのを実感するなぁ、挑発行為は得意なんだけど。

 

「……そう。未熟でもいい……仮のサーヴァントでもいい……そう願って宝具を開いたのね、マシュ」

 

 すると、どこかしみじみとした口調で、独り言のように紡ぐ声が耳に届いた。

 

「あなたは真名を得て、自分が選ばれたものに――英霊そのものになる欲が微塵もなかった。だから宝具もあなたに応えた。あーあ、とんだ美談ね。御伽噺もいいところだわ」

「あの、所長……」

「その美談で私たち命拾いしたんですよ、所長」

 

 良い事を言っている風だが、素直じゃないせいか、今一つ場が締まらない。

 

「ただの嫌味よ、気にしないで。宝具が使えるようになったのは喜ばしいわ」

「そうですか」

「でも真名なしで宝具を使うのは不便でしょ。いい呪文(スペル)を考えてあげる」

 

 そう言って、しばし考え込んだ所長の表情は、どことなく複雑な感情を抱えているようにも見えた。

 

「宝具の疑似展開なんだから……そうね、ロード・カルデアスと名付けなさい。カルデアは、あなたにも意味のある名前よ。霊基を起動させるには通りのいい呪文でしょう?」

「は、はい……!!ありがとうございます、所長!!」

「ロード・カルデアス……うん、それはいい。マシュにぴったりだ!!」

「え――?」

 

 組織の名をそのまま宝具に冠する事を許した所長にも驚いたが、何よりも、その事に疑問を抱かないばかりか、相応しい事だと推挙するドクターの言動も、私には衝撃的だった。

 

 いくらマシュが古参のマスター候補者で、Aチームに籍を置く優秀な人材で、デミ・サーヴァントの成功例である事を鑑みても“花を持たせすぎでは?”という印象が否めない。無論、彼女の働きには評価すべき点が多い事は理解しているが、これじゃ、まるで……

 

「そうなると、すぐに試したくなるのが人情だよね。キャスター、マシュの相手を頼めるかい?」

「ああ。もちろんだ。手加減していたとはいえ、さっきは完全に防がれたからな。先輩として、宝具のイロハを叩きこんでやるよ。準備はいいか、マスター、お嬢ちゃん?」

 

 しかし、考えが形になるより先に、思考に割り込むように展開された会話に、意識を戻される。

 

「え――?ああ、うん。ほどほどにね」

「はい、先輩。では、キャスターさんお願いします!!」

 

 喜々とした表情で修行を請う、可愛い後輩の姿を視界に収めながらも、私の心には言い様のない不安が渦巻いていた。

 




 
 ※冬木の謎は未だ分からないので、剣弓のシーンは完全に雰囲気の代物です。(筆が乗ってしまった結果ともいう)

 次話は、六月上旬には投稿予定。
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