Fate/GrandOrder ~憎悪と慈愛と復讐の救済を~ 作:三枝 月季
*** 三人称視点でのシーンの切り替わり
※ 一人称視点の過去回想シーン ←new
※少しばかり残酷な描写と言えそうなシーンがあります。
「ほら、キリエライト。こっち、怪我をしているんでしょう。それぐらいなら治療できるわ」
「あ……はい、ありがとうございます。オルガマリー所長」
「やれやれ。所長も落ち着いていると頼りになるんだけどなぁ……」
宝具の特訓を終えたマシュのケアを始めた所長を眺めながら、ドクターが嘆息する。私も概ね同じ感想ではあるが、マシュを癒す術を持たない私は、所長の治療行為には感謝しかない。
「ああ、そうだ、セツナさん」
「なんですか」
ドクターが所長から私に視線を動かし、私もマシュからドクターへと視線を移した。
「あの時、なぜ所長を?」
「…………………………」
「ボクなりに配慮して、
その配慮はマシュへのものだろう。私は兎も角、心優しいマシュは、事実を知って平静ではいられなかっただろうから。
「……それは」
「いや、ごめん。君を責めるのはお門違いだね。まぁ、マシュの事情を考えたら、責めるべきなのかもしれないけれど」
その口ぶりから察するに、やはりサーヴァントはマスターありきの存在らしい。それは即ち、私がマシュの命を握っているようなものである。マスターになったおかげで、私の命は私だけのものではなくなってしまった。
「他のマスター適性者は?」
「所長の指示で、生存者は凍結保存状態だ。つまり現状、代わりはきかない」
それは、なんて運の悪い事だろうか。氷漬けにされた彼らは勿論の事、よりにもよって、残されたのが私だとは。
「……そうでしたか」
「知らなかったのか」
「ええ、情報の共有不足です。こちらの不備です。すみません」
ドクターに頭を下げると、彼は居心地が悪そうに後頭部を掻いた。
「しかし、マシュには私よりも優秀なマスターがふさわしいと思ったのは事実です」
「なっ――それじゃあ君は」
「ええ、浅慮でした」
「ッ!!そういう問題じゃないだろう?」
すっと、ドクターの視線が冷えた。お優しいお医者様の言いたいことは分かるが、今はまだ、その事で咎められる事に対する精神的な余裕を有していない。
「
あからさまに話題を転換した私に、彼は渋面を作るも、現状を優先したらしく、追及してはこなかった。
「……残念なことにね。爆発の基点は彼女が立っていた場所なんだ」
「……そうですか。でも、ならばなぜ、彼女は私達と一緒に居るのですか?」
私の当然の疑問に対して、ドクターは視線を彷徨わせた。それは何を話すべきか思案している風でもあったし、何から話すべきかを推し量っているようにも見えた。
「…………もともとマリーはキミたち同様、マスター候補の一人だったんだよ」
短くも長くもない逡巡の後、口を開いたドクターの語り口は、独白のようでもあり、回想のようでもあった。
「でね。三年前に前所長……彼女のお父さんが亡くなって、まだ学生だったのにカルデアを引き継ぐ事になった。そこからは毎日が緊張の連続だったんだろう。アニムスフィアの家を背負う事になったんだから」
一応は私も、名家である。と、宣う家の娘なので、家を背負う。という事には、それなりの理解はしているつもりだが、所詮は一族の道具でしかない私では、真の意味では所長の置かれた状況への理解は出来ていなかったのかもしれない。
「マリーはカルデアの維持だけで精一杯だった。そんな時、カルデアスに異常が発見された。今まで保証されていた百年先の未来が視えなくなった。協会やスポンサーからの非難の声は山のように届いた『一刻も早い事態の収束を』それが彼女に課せられたオーダーになったんだ」
そんな中、明かされていく所長の置かれていた状況と、課せられていた責務の内容は、呆れるほどによくある理不尽に満ちていた。
「加えて、ついていない事に、彼女にはマスター適性がない事も判明した。名門中の名門、十二のロードの一家、魔術協会の天体学科を司るアニムスフィア家。その当主がマスターになれないなんて、スキャンダルもいいとこだろう?どれだけ陰口を囁かれた事か想像に難くない。その声はマリー本人の耳にも聞こえていただろうね」
(……持つ者が、持たざる者を厭う事が多いのは、何処でも一緒か)
それでも、過ぎたる力を持つくらいならば、そんなものは持たぬ方がいい。とは思うのだが、そこは所長と私とでは背景が違うのだろう。
「そんな状況でも彼女は所長として最善を尽くしていた。この半年間、ギリギリで踏みとどまっていた。実際、キャパオーバーしているんで、メンタルケアに来てほしかったんだけど、中々都合がつかなくてね」
けれど、同情する気は微塵も起きなかった。
「……なるほど。気に入らないですが、彼女が
まぁ、自覚したところで、結果は変わらなかったかもしれないが。
「……そう言って貰えるとボクも嬉しいよ。現状、彼女について僕が話せる事なんて、こんな事しかないから」
「では、所長の身に起きた事を断じるには、判断材料が足りていないのですね?」
「……うん、まぁ、そういう事になるのかな。なんて言うか、うまい言葉は見つからないんだけど、今の所長は
「ドクター、それ以上は要らぬ世話です」
他人が私を嫌うのは、正しい節理なのだから。
「そう?あ、でも所長は悪人だよ?ただ外道とか残忍とか、クズとかゲスじゃないのは保証できる。根は何処までも真面目だから」
「そういう人ほど病むんですよね」
「……違いないね。まあ、ともかく、今頼れるのはキミたちだけなんだ。喧嘩せず、仲良く調査を続けてくれ」
「善処します」
「キミの“善処します”ほど、信用ならないものはないかもね」
「よく、人を見ている人ですね。セクハラで訴えようかな」
「また、そうやってキミは」
「冗談ですよ」
溜め息をつくドクターに笑い返しながらも、思わずにはいられなかった。この状況もそうやって、冗談で済めば気が楽なのに。と――
「傷の具合はどう?」
「あ、先輩」
「大したことじゃないわよ。マシュの身体はもう普通の人間とは違うんだから」
「私はマシュに尋ねたのですが……」
「わりぃなあ。オレがランサーとして召喚されていれば、こんな特訓なんてしなくてもセイバーなんざ一刺しで仕留めていたんだがね。いやあ、やっぱキャスターは合わないわ。冬木の聖杯戦争でキャスターなんてやってらんねえっての」
ドクターとの話を終え、マシュの元へと戻った私を迎えたのは、キャスターの思いがけない一言だった。
「ランサーだったら……?」
「そういうコトもあるんですよ、先輩。英霊の中には複数のクラス特性を持つ者がいます。この人は槍の使い手でありながら、魔術師の側面も持つ、高レベルの英霊と思われます」
「そうなの?」
「……憶測にすぎませんが、きっとトップサーヴァントの一人です。
「そういうこった」
「それはまた大層な自信がおありのようで……」
「まぁな。んで?それでもアンタは、新たな英霊を必要とするのか?」
そう私へと問いかけたキャスターの口調には、まだどこか不満そうな響きがあった。
「……そうね。考えは変わらない。寧ろ必要性が増したわ」
「……そーかい」
強情なことで、と、小さく呟いたキャスターは、それきり傍観を決め込む事にしたらしく、フードを被り直すと辺りの警戒へと戻る。その後ろ姿からは、彼なりの気遣いと線引きの姿勢を感じられた。
「という事で所長。後は貴女の許可を頂きたいのですが」
「あなたね、何考えてんだが知らないけど、触媒もなしに英霊を召喚しようだなんて、無謀にもほどがあるわよ」
マシュの傷の具合を確かめながらそう言えば、治療の手を止めないままに、所長の文句が返される。
「そうなんですか?私は今、サーヴァント発祥の地で英霊を召喚しようとしているんですよ。もしかしたら、もしかするんじゃないですかね?」
ダメ元でも試す価値は大いにあると思う。
「……ああ、もう分かったわよ。失敗して恥かけばいいんだわ。マシュ。貴方の盾を地面に置きなさい。宝具を触媒にして召喚サークルを設置するから」
私の意志の固さに、議論するだけ無駄と思ったのか。溜め息を一つついて、所長はマシュへと指示を出した。
「……了解しました。それでは始めます」
治療を終えたばかりのマシュが、十字の盾を平たい地面へと横たえる。するとその盾の中央に光り輝く魔法陣が出現した。
これには、私は勿論の事、戦場で武器を手放すのは感心しない。と、愚痴を溢したキャスターですら閉口する。
「マシュの盾を媒介に、カルデアの召喚実験場と同じ機能を構築してある。それと、魔法陣の中央にあるそれは、聖生石と言って、英霊の召喚を補助する……まぁ、いわば対価のようなものかな」
「対価?」
ドクターの言をうけ、魔法陣の中央に目を凝らせば、眩い光に照らされた、林檎くらいの大きさの、金平糖のような形をした虹色の結晶が目に入る。
「ロマニ!?あなた希少な聖生石を――」
「まぁまぁ、所長。落ち着いて下さい。いつ襲われるかも分からない状況で、セツナさんに一から詠唱を覚えてもらう手間を考えれば、聖生石の一つや二つ安いものでは?」
「そうだとしても、原石を使う必要はないでしょう!?しかも、あれ40個分の価値はあるわよ!!」
ドクターを睨んだまま、魔法陣を指差した所長の身体は、怒りによってか、細かく震えている。
「いやだって、この状況ですし……ぶっちゃけ、加工が追いついてないです」
「なぁにが『追いついてない』ですかッ!?どうして前もって準備を――」
青筋を立てた所長が、怒りを爆発させようとしたその瞬間、ドクターと所長の眼前に小さな火花が散り――
「なっ――」
そのまま、驚きに仰け反った所長の腕を取ったのは、大きく無骨な男の手だった。
「喧嘩する元気があんのはいいけどよ。英霊を喚ぶなら万全を期すに越したことはねぇだろ」
それに……と、キャスターの視線がマシュを捉える。
「いつまでお嬢ちゃんから商売道具を取り上げているつもりだ?」
ん?と首を傾げたキャスターに、全員の視線がマシュへと移る。
「アンタらの事情は知らねぇがよ、それは戦場で兵士から武器を取り上げていい正当な理由となり得るものか?」
それは、下手な脅しよりも残酷な問いかけだったろう。マシュが丸腰の状況で襲撃に遭う事が、どれほどリスキーな事か分からないほど、お気楽な人間はここにはいない。
それに、誰だって、他人の生き死にに責任を負いたくはないものだ。
「そうだね。詳しい説明は省こうか。兎に角、あとはセツナさんのラック値が全てだ」
「…………そうですか」
キャスターの脅迫に、素直な反応で私を促したドクターを、ヘタレと言うのは酷だろう。
「キャスター」
「あ?」
「ナイフか何か持ってたりしませんか?」
「……ある事にはあるが」
「貸してください」
「ほらよ」
「どうも」
どこに隠し持っていたのかは知らないが、キャスターは刃渡り20センチほどの短剣を取り出すと、私へと差し出してくる。
「好きに使え」
「……理解が早いようで助かります」
それだけに、敵に回したくない。と、思うには十分な男でもあった。
「なるほど、その手があったか」
「えっ?」
「あー、そういう事」
「どういう事です?」
私とキャスターのやり取りを、自分達なりに解釈したのか、所長とドクターの納得したような呟きと、一人、置いてけぼりをくらう事となったマシュの、困惑した声が耳に入る。
「ん?つまりセツナさんは、キャスターの備品を触媒にして、彼に縁のある英霊を召喚しようと考えているんだよ。味方を喚ぶわけだし、知り合いを喚んだほうが、チームワークも見込めるしね」
「見かけによらず強かよね。全く」
「流石、先輩ですね」
「流石、軟弱男が考える事だけあるぜ」
が、両者の推測は、キャスターの一言によって一蹴された。
「へっ?」
「ちょっと、それどういう意味よ」
呆けるドクターに対し、自分の意見でもある為か、所長が抗議の声をあげる。
「はぁ~、あのなぁ、オレの知り合いが味方だって、どうして決めつけられる?それに――」
キャスターたちの会話に耳を傾けながらも、魔法陣の中央、聖生石を見下ろすように立った私は、目を瞑ると深く息を吸い――
「触媒に、
「あっ……」
「まさか……」
「せんぱ――」
「なぁに、マスターなら大丈夫だ」
右手に握った剣の柄を、強く握り直す。
「アレはアンタらが思っている以上に、強かな女だからな」
言ってくれる。と思いながらも、不思議とそこまで悪い気はしなかった。
「無覚悟な小娘なわけじゃねぇ」
その瞬間、私は左手に包んだ抜身の剣を、躊躇うことなく引き抜いた。
※
満足に生きて満足に死ねる人間ばかりじゃない事は、生前から散々、思い知ってはいたが――
「フォウ、フォーウ」
今際の際に、嬉しそうに笑った少女の姿は、遠く懐かしい記憶の中に残る。一人の孤高なる女王の姿と、どことなく重なって見えた。
(……全く、簡単な女なんていないとは思うが。どうしてこうも、オレが出会う女は、その中でも複雑怪奇なのばかりなのかね)
最も、諦観の中に幸福を見いだす事でしか、己の生死に活力を抱けない奴なんて、オレが知らないだけで、案外、何処にでも居るのかもしれないが。
「フォウ……」
「もう、寝かせてやんな」
少女の頭部から離れようとしない小動物を摘み上げる。異変を感じたのも、その時だった。
「……げ、て」
「あ?」
聞き間違いかと思ったのは、ほんの一瞬――
「離れてッ!!」
「なっ――!!」
次の瞬間、死んだはずの少女が、瞠目と共に声を張り上げた事で、反射的に距離をとった俺は、目の前の光景に、ただ、ただ、息を呑んだ。
「おいおい、こりゃあ一体、何がどうなってんだ?」
少女の脚から流れ出た血が蠢いている。それも恐らく、少女自身の意志に反して。
「ど、ぉして――」
それを裏付けるかのように、驚愕と形容するには、少女の陶器のような顔は苦痛に歪み
「な、んで――」
漆黒の瞳には絶望が色濃く広がっている。
「ぁ――」
と同時に、失血死が確実視されていたはずの、少女の青白い顔には、少しずつだが確実に、生気が戻り始めている。
「ゃめ、や、やめて……」
だと言うのに、その表情には相変わらず恐怖しかなく、それはこちらが近付くのを躊躇ってしまうほどの壮絶さを孕んでいた。
「いや……おねが……やめっ……やっ――」
唐突に、嫌だ、嫌だと首を振り、うわごとのように懇願を始めた少女のか細い身体は、不気味なほどに痙攣している。
その只ならない必死さに、介入しようと思った矢先
「アあ”あアあ”アあアあ”あアあアあ”ァ――――――!!」
断末魔よりも酷い、怨嗟にも似た絶叫が辺りに響き渡った。
白目を剥き、のたうちながら仰向けになった少女の身体は、手足だけが地に磔られたかのように動かない。それでも懸命に、何かから逃れようとしているのか、弓なりに身体が浮く。
そんな少女の切り裂かれた脚の傷口へと、逆再生される映像の如くの勢いで、血液が吸い寄せられていく光景からは、拷問じみた醜悪さすら感じられた。
「……マジかよ」
魔術刻印が
「……………………ふっ、ふふ、あはっ、あははは、ははははっ――――
傷が癒えると同時に、目元を両手で覆い壊れたように嗤った少女からは――
「…………おい、アンタ」
「………………あら?貴方は……サーヴァント?」
冷たい狂気しか感じられなかった。
「…………そういうアンタは、マスターだな?」
「ふふ、ええ。なんの因果か、そういう立場よ」
何が可笑しいのか、少女は楽しそうに口角を歪めるも、漆黒の瞳は凍てつくほどに冷めている。
「それで?」
「あ?」
「この状況は、どう解釈するのが的確かしら?」
依然として仰向けに倒れたままの少女が、こちらを試すかのような問いを寄越してくる。それは答えようによっては、面倒な事になる気配を纏っていた。
「……取り引きしねぇか?」
「取り引き?」
「ああ、アンタのその力」
瞬間、少女の顔から表情が抜け落ちる。
「オレに貸して――」
「お断りよ」
素早く立ち上がった少女は、俺の発言を撥ね付けると、その瞳に明確な殺意を宿して、此方を見据えた。
「おいおい、勘違いすんなよ。オレが借りたいのは
「……どういう意味?」
少女の地雷がイマイチ分からず、扱いづらいと感じてしまったが、そんな理由で引くには惜しい。と、思ったのもまた事実で、俺は彼女を逆撫でしないように、その右手の甲を指差した。
「端的に言えば、マスターが欲しい」
「…………へぇ、そう。それで?その対価として、貴方は私に何をしてくれるのかしら?言っておくけど、私は自分を安く売るつもりはないわ。例えそれで、自分が死ぬ事になったとしてもね」
その言葉に嘘はないだろう。下手に刺激したら舌を噛んで死なれそうな雰囲気すらある。確かな事は何も分からないが、多分さっきのアレは、少女にとっての知られたくないもの、もっと言えば、他人に知られてはならない類の何か。だったのかもしれない。
「……そうだな。オレがアンタに提示出来るのは三つ。一つアンタの身の保証。二つアンタに対する不可侵。三つアンタへの恭順」
「フォウッ!!」
親指、人指し指、中指と広げながら提案を投げれば、フードに隠れた小動物が、オレに味方するように鳴き声をあげた。
「………………一つ目と三つ目の変更を認めるのなら、その取り引きに応じます」
そうして、しばし考えこんだ少女からの返答は、まさかの提案の変更願いだった。
(ガードの堅い事で)
まぁ、そんな事を言ったところで、どうなるものでもないので、俺は肩を竦めながらも首肯する。
「聞こう」
「私には既に盾があるの、だから貴方には、その盾に対する盾となって欲しい」
「アンタのサーヴァントの守護をしろと?」
「そうよ」
「そりゃまたなんで?」
「貴方なら、彼女に会えば、すぐに分かるわ」
「ふぅん、で、もう一つは?」
「私は忠誠というものが好きではないの。そういったものに応えるように出来てないのよ」
ごめんなさいね。と薄く笑った少女の顔は、酷くやつれて見えた。
「だから、そうね。三つ目の条件は…………仲間に合流した時の口裏合わせを求めるわ」
「具体的には?」
「私が
(なるほど)
「出来そうかしら?」
「つまり、他言無用って事か」
「そうよ、もしうっかり漏らしたりしたら、その時は心中しなきゃならないから。よろしくね」
「アンタ程の美人となら、心中すんのも悪かねぇだろうが、ま、そういう訳にもいかないわな」
「フォウ」
女の秘密を知ったからには、腹を括るかね。
「いいぜ、条件はアンタの言う通りにしてやる」
「決まりね。そうとなれば早速、一つ目の約束を果たして貰おうかしら」
差し出した右手に重ねられた少女の手は、氷の様に冷たかった。
*
「っ――」
「先輩っ!!」
「駄目よ、マシュ。召喚式の邪魔になるわ」
私の凶行に、此方へと駆けよろうとしたマシュを、所長が押しとどめる。
(……失敗したわ。掌じゃなくて、手首にするんだった)
それを横目に、私はその場にしゃがみ込むと、血だらけの手を聖生石に翳す。
「なんというか……黒魔術じみてるなあ。まぁ、尤も、一般人の彼女から見た魔術のイメージって、ああいう感じなのかもしれないけど」
虹色の結晶が鮮血で染め上げられていくのを見てドクターの顔が引き攣る。その隣では、キャスターがフードの下から鋭い眼光を覗かせた。
(……さぁて、鬼が出るか蛇が出るか)
真っ赤に染まった石を見つめながら、ふと思う。
(そう言えば、ここは冬木と言う名の都市だったっけ?)
それもまた、一つの因果かもしれないな。と思いながら、私は口を開いた。
*
「……盲……鬼……血……香…………柊……刃……穢……角……百……贄……八……」
マスターなりに詠唱でもしているのか、ブツブツと呟く声が風に乗って流れてくる。魔術師とは似て非なるロジックで紡がれる文言には、知的好奇心をくすぐられるが――
「忘……じ……此方……忘……ら……其方……時は彼は誰、誰そ彼」
何よりも驚いたのは、マスターの詠唱に呼応するように、魔法陣が光を発し始めた事だった。
「っ、先輩!!」
「……嘘、で、しょ」
「…………こんなことが」
(まったくだ。まさか、有言実行とはな)
「恐ろしい女だぜ」
身体に走る震えは歓喜か怖気か、どちらにせよ、この少女と居ることで退屈する事はなさそうだった。
「即ち、逢魔が丑三つ」
凡そ、少女のものとは思えない。低く、厳然な声が、その時を告げる――
「サーヴァント アヴェンジャー 母を呼んだ我が子はだあれ?」
膨大な光の奔流。その中で、一人の美しい女が、微笑んだように感じた。
10連一回が聖生石40個だった時代を懐かしむ作者ェ……
連投するつもりではいたんですが、ごめんなさい。次話の投稿は今月の10日前後の予定になりそうです。