Fate/GrandOrder ~憎悪と慈愛と復讐の救済を~   作:三枝 月季

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 誤字報告、下さった方、有り難うございました。


幕間
眠り姫


 夢の中で、自分が夢を見ていると気付く事がある。今回もその類である事は、まず、間違いなかった。

 

「我らは何か御身の怒りに触れましたでしょうか?」

 

 しわがれた声が神殿の高い天井に反響する、私は真白い柱の陰からそれを見ていた。

 

「何のことです?」

 

 隠者のような老人に相対するは美しい女だった。無垢な白さを纏ったその見目は、余りに崇高で、直視するのも憚られる。私と死線をくぐったアヴェンジャーの、在りし日の穢れなき姿は、想像以上に神々しかった。

 

「……恐れながら、女神様の神殿内部に……その……淀みが」

 

 超常の存在からの問いに、老人は畏敬の念も露わに口籠る。

 

「女神の庇護を求めて参った者を匿っているだけです。その事で、何かお前たちに不利益でも?」

「い、いえ、滅相もございません。そのような事は断じて……」

 

 脅迫じみた詰問に、老人は慌てて被りを振るも、言葉に反して、その表情には不安が色濃く表れていた。

 

「ならば、これ以上の詮索はしない事です。女神(わたくし)の怒りに触れたくないのであれば」

「ハッ」

 

 冷淡な声音と鋭い視線に、深く傅いた老人の口からは割れた声が漏れる。と同時、女神は衣擦れ一つさせずに、老人へと背を向けた。言外に話は終わりだと告げて、神殿の最奥へと歩を進めた彼女ではあったが――

 

「恐れながら!!」

 

 低頭したままに大声を張った老人にその歩みが阻まれた。途端、彼には冷ややかな視線が注がれる。その瞳には、話の次第によっては無事では済まぬぞ。と言うような猟奇的な輝きが含まれているようにも見えた。

 

「わたしの孫娘は……」

 

 老人の意を決した問いかけに、彼女は、なぜ、そんな事を聞くのか理解が出来ない。とでも言いたげに柳眉を顰めて淡々と言い捨てた。

 

「無事に帰るでしょう」

 

 そのまま踵を返した女神を拝するように、老人が深く目を瞑る。今度ばかりは邪魔は入らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、視界が無理やりに継ぎ接ぎにされたかのように切り替わり、眩暈を覚える。どうにもこれは、私の意志の有る無しに関わらず、決定されている事らしかった。けれど、女神の瞳を借りて世界を見る事で、被ったかもしれない心的外傷を鑑みれば、この程度の酩酊は救いだったのかもしれない。

 

「表の者は貴方の言う通りに下がらせました。約束通り、わたくしの巫女たちを解放なさい」

 

 白亜の神殿の心臓部。そこには確かに淀みがあった。本能的な警鐘に従って、とっさに直視を避けたので、姿をはっきりと見たわけではなかったが、ソレはおよそ人が拝謁していい存在ではなかった。

 

「■■■■■■■■■」

 

 音として認識できない怪物の声に、私は衝動的に柱を背に蹲る。恐怖にここまで気が狂いそうになったのは初めてだった。

 

「めっ……女神、様……っ……!!」

 

 そうして、縮こまる私の鼓膜に、いくつかの地を這うような若い女の声が、息も絶え絶えと言うように響く、恐らくは女神に仕える巫女達のものだろう。

 

「皆、無事ですね?」

「女神様、申し訳――」

「無事ならばそれで良いのです。各々、休養なさい。ですが、ここで見聞きしたことは他言無用です。よいですね?」

 

 救いへの感謝と、不覚についての謝罪に潤む主張を、女神は即座に棄却した。途端、女神からの恩赦を受けた、腰の抜けた巫女達は、身体を引き摺るようにして、私の居る柱のすぐ脇を通り抜ける。否、何名かは仲間の手によって真実、引き摺られていた。なかには眼球が上転し、泡を拭いている者まである。そうして、艶やかな大理石の上には、赤い線と鉄錆の匂いだけが残された。

 

「――……さて、それでは貴方の怪我の程度(・・・・・・・・)を診ましょう」

 

 恐怖に駆られた喧騒が遠のいた折、シンとした静寂にまろやかな美声が反響する。神殿の主の一声で、場は一瞬にして、清められたかのようだった。すると、そんな空気にあてられてか、怪物は落ち着かない様子で身をくねらせる。巨体に擦られた神殿の柱から上がった土煙で、私は咳き込んだ。それほどまでに、夢と言うには何もかもが、あまりにリアルだった。

 

「今更、何を戸惑うのです?貴方は女神に助けを乞うたのでしょう?」

「■■■■■■■■■■■■■■」

「……巫女たちの事ならば、今回限りは不問に致します。貴方には、ああする他、なかったのでしょうから」

 

 呆れた声音で窘めるように、もしも、次があるのなら改めてもらいたいわ。と告げて伸ばされた腕に、怪物は怯えるように身を後退させる。いや、事実、彼は怯えていたのかもしれない。あらゆる者から畏怖される存在が、唯一、恐れる者は己を恐れない存在なのだ。

 

「■■■」

 

 冷然とした女神を前に、怪物は言葉にならない困惑の音をあげる。纏う気配は女神に引けを取らず、寧ろ彼女よりも強大でありながら、彼は一介の女神の威風に気圧されていた。

 

「――……今でこそ、わたくしは女神としてこの神殿に住まい、人々に崇め奉られていますけれど、その始まりは貴方と大差ありませんでしたのよ?」

 

 そんな、彼の心の内を察してか、女神は幼子へと語りかけるように言の葉を紡ぎ――

 

「ふふ、信じられないと言う表情(かお)ですね」

 

 滑らかな手で彼を捉えると同時、淡く儚げに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

――視界が揺らぐ。

 

 

 

 

 

 

 目を開けると知らない天井が広がっていた。無理やりの覚醒ではないからか、眠気はない。緩慢な瞬きと共に、私は呆然と上体を起こして、立てた両膝に額を付けて深く呼吸する。何かを見た気がするのに、それが何であったのかを思い出せない。べたつく寝汗も相まって不快感が激しかった。

 

「――……お目覚めのようですね。ご気分はいかがでしょう?」

 

 そんな中、鼓膜に響いた落ち着いた声音(衝撃)に、弾かれるように顔を上げれば、そこには見知らぬ男の姿があった。ただ、額の中心で分けられた前髪には既視感が湧く、室内光の明かりに銀を反射する黒髪も。ああ、でも、極め付きは白皙の面に光るその双眸だろう。左右で異なる色彩は単純な二色ではなく、右から左、或は左から右へと、虹の様にグラデーションしている。纏う衣服はドクターが着ているものと似た濃紺の長衣で、装飾の少ないシンプルな作りが、かえって洗練されて見えた。

 

「………………貴方、ケルベロス?」

「はい。私は上手く人になれていますでしょうか?」

 

 まだ、どこか本調子ではない頭を回して問いかければ、長身の美丈夫は肯定と共に微かに首を傾げた。

 

「それは、多分、大丈夫だと思うけど」

「……そうですか。いや、ダ・ヴィンチ氏には、絵画のモデル(題材)になって欲しい。と迫られたのですが、その他の職員方は、まだ私が恐ろしいのか、遠巻きにこちらを眺めるばかりでして、よもや、私のこの姿には、何か致命的な欠陥でもあるのかとばかり、何せ人型など、はじめての経験なもので――」

 

 お恥ずかしい限りです。と滑らかな低音が苦笑する。寧ろ、ムカつくくらいに顔が良いせいで、皆、気圧されているだけだと思うのだが、この分だと言っても伝わらないだろうから、黙っておく事にした。

 

 すると、虹の瞳で私を射抜いたケルベロスは、改まったように寝台の傍らに傅くと、厳かな声音で宣誓する。

 

「――……常ならば、冥府の神の従僕たるこの身ではありますが、今生は我が母神を倣いて、貴女様にお仕え致します」

 

 そうして、呆気にとられる私をよそに、彼は流麗な所作で私の手を掬うと、その甲へと額を寄せた。辛うじて口づけの形とならなかったのは、内包した毒を考慮しての事だったのだろうが、それでも、私を貴人として扱い、献身を表した彼の姿に背筋がゾワつく。現代日本を生きてきた小娘にそういうのはちょっと重い。付け加えるのなら、白馬の王子様とかに憧れる乙女な嗜好は、私にはなかった。

 

 が、そんな事など知る由もないケルベロスは、サッパリとした面持ちで顔を上げる。瞬間、視線が絡み、微笑みかけられた。おい、よせ。早速、忠犬全開でキラキラすんな。お前は自分の顔面が宝具である事に自覚を持て。

 

 と、彼の魔性に翻弄され、早くも前言撤回を決めた私ではあったが、それ以上に気にかかっていた事に思考が廻った。

 

「マシュ達は?」

「あの場に居た者は皆、無事ですよ」

 

 美貌の微笑みに、私の口からは反射的な溜め息が漏れる。

 

「……そう、良かった。本当に」

 

 思わずと顔を覆って寝台へと身体を沈ませれば、安心したせいか、どっと倦怠感に襲われる。ついさっきまで寝ていたはずなのに、この疲労はなかなかに手強いようだった。

 

(……ああ、生きてる)

 

 不快感ほどにそれを実感できるものもない。複雑ではあったがそれが事実である。

 

「……我が君、宜しければ貴女が目を覚ました事を母に伝えても?」

「構わないけれど、彼女は何処に?」

 

 ふと、慮るように投げかけられた控えめな問いかけに、私は肯定したうえで質問を返した。あれだけ私に執着を見せていたアヴェンジャーではなく、ケルベロスが傍らに付いているのは、若干の引っ掛かりを覚えなくもなかった。

 

「母上ならば、貴女の上司。いえ、その内に宿る。我が弟の元に居ります」

「え?」

 

 ケルベロスの返答に、私は勢いよく身体を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

「――では、あくまでも、所長の為だったと仰るのですね?」

「ええ」

 

 場所は変わり、カルデアの施設の一室では、机を挟んで向かい合う男と女の姿があった。

 

「……ですが、そこに所長の意思は汲まれてはいませんよね?」

 

 疲れの色濃い表情で、男は眼前のヴェールを見据える。彼に瞳で訴えかけられた女は、被り布の向こう側で整った片眉を跳ね上げた。

 

「お言葉ですが、あなた方が盾の乙女に為した事と、此度のわたくしの行いに、何の違いがあると言うのです?」

「貴女はッ!!」

「そこまでだ、ロマニ。冷静になれないのなら、今すぐに出て行きたまえ。私の神経まで逆撫でて、手元が狂ったらどうするつもりだい?」

 

 瞬間、思わずと言うように、席を立ち、身を乗り出した男を、端に座った美女がキツく窘める。その仲裁に、バツが悪そうに表情を歪めて、彼は今一度、席に座り直した。

 

「……無論、私だって憤っているさ。流石は元が女神なだけはある。ってね」

 

 机に片肘を突き、横向きに座る。モナリザを体現した姿のキャスターのサーヴァント。真名をレオナルド・ダ・ヴィンチは、対話する両者ではなく、組んだ膝の上に乗せたタブレットを操作しながら、愚痴を溢す。

 

「だが、我々には彼女を救う術がなかったのも事実だ」

 

 やおら、長い脚で床を蹴って椅子を転がした彼、もとい彼女は、後ろ手に拳で不透明な硝子を叩く、途端、振動を合図としたかのように大窓が透き通った。

 

「――……くそっ!!」

 

 珍しく声を荒げ、拳で卓上を叩いたロマニを一瞥して、ダ・ヴィンチは元女神へと向き直る。

 

「エキドナ。もう一度、尋ねるが彼女の中に入れたのはなんだ?」

「※※※※です。尤も、あなた方には名としては聞こえないでしょう。人間世界にあの子の真名を記したものは残ってはいないでしょうから」

 

 憂いを帯びた灰紫の瞳が、マジックミラーの向こう側で、解析機に横たわるオルガマリー(名もなき子)へと注がれる。室外から慌ただしい靴音が響いたのもその時だった。

 

「お待ちください、我が君。貴女はまだ万全な状態では」

「私を止めたいのなら、足でももぐことね!!」

「そうではなく。移動なされるのなら、私がお運び致しますので――」

「――ああ、もう、そういうところよ!!」

 

 冷静な低い諭告に噛みつくような悲鳴が返る。その声音はぎゃいぎゃいと喧しいままに扉を開け放って、室内へと押し入って来た。

 

「――ん?どうやら、本命の目が覚めたようだね。よしよし、それでこそ主人公というヤツだ。こうして会うのは初めましてだね、イモリ・セツナ。意識はしっかりしているか――」

「そんな事より、所長の安否は?」

 

 息を切らせたまま、ダ・ヴィンチの言葉を遮った少女。イモリ・セツナは、長い黒髪を振り乱すように室内を見回して、すぐさま、透明な板で仕切られた向こう側の存在に瞠目した。

 

「んー、君って寝起きは悪い方かな?目を覚ましたら絶世の美女がいて驚く気持ちもわかるけれど――」

「御託はいいからちゃんと答えろ。所長の容体は?彼女の身に一体何が起きている!?」

 

 瞬間、硝子一枚で隔たれた世界を睨んだままに発せられた、鋭い剣幕と冷たい気迫に、場がシンと静まり、空気がピンと張りつめる。当初は羽虫の一匹も殺せぬような、大和撫子の雰囲気を醸し出していた少女の化けの皮は剥がれ、剥き出しとなった本性は、こちらを喰い殺さんばかりの威圧感を溢れさせている。それは、この場に居合わせた英霊ですらも目を剥くほどの代物だった。

 

「――……ふぅ、やれやれ。どうにも君はしっかり(・・・・)しすぎているな(・・・・・・・)。だからこそ、あまり不安を抱えさせたくはなかったのだが」

「そうやって、綺麗事だけを教えられても不満が溜まるだけよ。それに、お前たち魔術師が往々にして外道であることくらいは、私なりに理解しているつもりでいるわ」

 

 だから、何を言われても大して驚きはしない。と虚無を湛えた自嘲的な視線が、挑発するようにダ・ヴィンチを見据えていた。

 

「んんー、どうにも手厳しい意見だが、あながち否定も出来ない。事実とは残酷だね」

 

 モナリザの美貌に冷えた翳がおちるが否や、サッと逸らされた天才の瞳は、未だに拳を震わせたままのロマニへと注がれた。指示(許し)仰ぐ(請う)ような視線を受けた彼は、瞳の奥で深く頷く。その返答を受けて、美女は少女に向き直ると瑞々しい唇を開いた。

 

「オルガマリーは一度死んでいる。少なくとも、彼女の遺体(肉体の死亡)はこちらで確認が取れているからね」

「ええ、あの狂った世界で、レフの自供を聞いたわ。にわかには信じがたかったけど、所長は魂だけの存在になっていたようね」

「そうとも、だから彼女だけはどうあっても帰って来られない筈だったんだ。こちらに帰還すれば、その時点で魂は肉体の後を追う運命だった。まぁ、どのみち、あの世界で生き地獄を味わわせるような仕打ちも出来なかったけれどね」

「……そう、じゃあ。状況を精査したところで、本題に踏み込むわね?此処に繋がれている彼女は何?」

 

 潔く口を割ったダ・ヴィンチに、少しばかり肩透かしを食らったような面持ちで、けれど話が早いのは助かるとばかりに、セツナは硝子の向こうに注意を向ける。

 

「まだ断言は出来ないが、恐らく、彼女の魂をエキドナの宝具がプロテクトしている。というところだろう。ただ、どうにも目覚める気配がなくてね」

「※※※※は……、失礼、息子はかつては眠らぬ竜でした。そうして金羊毛の守護をしていたのです」

「そうか、コルキスの竜!!彼女の中に入れたのはコルキスの竜なんだな!!」

「はい」

 

 話題にあがったからか、エキドナが補足するように口を挿み、その内容へロマニが飛びつく。そうして勢いづいた流れの中で、セツナだけが整った顔に厳しい表情を張り付けていた。

 

「では、オルガマリーが目覚めないのは、彼の伝承に引きずられてなのかい?」

「……恐らくは」

「………もしかして、母親の君でも」

「ご明察の通り、魔女にかけられた呪いはとけません。非常に腹立たしく悔しくはありますが、息子の知名度は、此処に居るケルベロスなどとは違って、そう高くはないのです。故に現界を図れば、自ずと最もよく知られている姿をとらざるを得ない」

 

 ダ・ヴィンチの懸念を先回りしたエキドナの返答に、場には悼むような静けさが満ちる。

 

「……ですが、他に手立てはありませんでした。先も申しましたが、母は何よりも我が子を護る事を優先していましたから、そして、それは、あの場に居たサーヴァントの共通認識でもあったでしょう。故に、必然的に防備が手薄になる彼女には、予防線を張っておいたのです。眠ってはいようが、息子は無能ではありません。守護竜としての本能で、母の呼びかけに応じる気骨までは、何者にも侵されません」

 

 そうして、しんみりとした空気に対抗するように言葉を継いだエキドナの主張は、既にセツナの耳には入ってはいなかった。

 

「――ハッ、黙って聞いていれば、どいつも、こいつも。命を何だと思っているのかしら」

 

 鼻を鳴らして少女は笑う。上品さの欠片もないその造作は、不思議なほどに彼女によく似合っていた。

 

「勝手な思惑や独善で、分不相応な力の容れ物にされる側の気持ちがお前らに分かるか?」

 

 振り返る、乱れた黒絹の隙間から覗く黒曜の瞳は、暗く濁って光を灯さない。みるみると歪むその顔に浮かぶのは、抑えきれない悲憤。

 

「自我に己以外の意識を抱える恐怖と屈辱が!!お前らに分かるか!?」

「我が子」

「ふざけるな!!」

 

 ピシャリ。と、震えるセツナの肩へと伸ばされたエキドナの手が打ち払われる。凄烈な拒絶を受けた淑女の唇からは、絶望に似た吐息が漏れ、少女は総毛立つように激昂した。

 

「私は許さない!!許してなどなるものか!!呪ってやる!!私から私を奪ったお前たちを!!必ず全員、縊り殺してやる!!」

 

 虚ろな目を見開き、怒涛の呪詛を並べるその姿は、気の触れた老女の如し。否、現に今の彼女に正気などは残されてはいまい。そうして、知らずのうちに少女の禁忌に触れた者達は、憎悪を孕んだ不吉な言葉の羅列を、聞くに堪えない語調で浴びせかけられ、ある者は顔を歪ませ、ある者は目を逸らし、ある者は口元を覆い、ある者は後退した。その悲痛の滲む反応で、彼女の神経がより逆撫でられる事になるとも気付かずに。

 

「――……セツナさん」

「まずは、お前からだ!!」

 

 途端、己が名を呼んだ男へと少女は弾かれたように牙を剥く。数瞬、遅れて濃紺の長衣が翻り、美女が杖を振るう。バチリ。と、セツナの鼻先で何かが弾けると同時、痩せた指先がロマニの胸元を掠った。

 

「――我が子に何をしたッ!?」

 

 瞬間、今度は淑女がヒステリックな叫びをあげ、美女へと掴みかかる。

 

「――……どうやら、強制的に眠らされているようです。母上、彼女を離してやって下さい」

 

 それを息子に窘められたエキドナは、ハッと我に返る。己の手がダ・ヴィンチの腕をキツく締め上げている事に気付くが否や、恥じ入るようにその手を放した。そうして、そんな自分が信じられない。というような面持ちで、謝罪を述べる。ダ・ヴィンチはそれを、少なくとも表面上では、柔和に受け取った様子で、悄然とした面持ちの男へと向き直った。

 

「無事かい?ロマニ」

「…………」

「ロマニ・アーキマンッ!!」

 

 すると、無反応に早くも焦れた美女は男の頬を掴み、強制的に視線を合わせてその名を呼んだ。

 

「――あ、うん。平気、だよ」

 

 やおら、しっかりしろ。という叱咤に気付けられ、心神喪失状態から回復した男は、自らを覗き込む美女へと焦点を合わせて応答する。

 

 ならいいんだ。と呆れとも安堵ともつかない嘆息を溢したダ・ヴィンチにつられるようにして、現状を見渡せば、ロマニの瞳には難しい表情をした美青年と淑女の姿が映った。

 

「……軽い、ですね」

 

 脱力した少女を抱えた魔性が低く唸る。重く静かなその吐息には、褒められた軽さではない。という糾弾が込められているようだった。

 




 登場人物たちの夢という過去については、これからも小出ししていきます。

 というわけで、サーヴァントと融合したマシュに続き、宝具と融合した所長の誕生です。なんとも、非人道的です。なので、主人公らしく?彼女がキレるのも道理と言えば道理かもしれないですね。
 
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